第五十八話 アメリカ旅行
「うわー!すごいグランドキャニオンの雪景色だ!」
「だろ?暇になった時とかによく来るんだよ。何も音がしないしな。心が落ち着く」
先ほどまでニューヨークにいたのに、今はグランドキャニオンにいる。赤茶けた大地に降り積もる雪。日本では見ることのできない雄大な自然。生き物の姿もほとんどなく、ただただ静かで、渓谷の上の方で、南雲さんと観光気分だった。
「それに人が全然いないんですね。観光客とかもっといるのかと思った」
「この辺は普通の人間だと入って来にくい場所だ。めったに誰もこねえよ。来てよかっただろ?」
「また部屋の中に女の人がいた時はびっくりしましたけどね。パンツ一丁でそのまま連れて行くのだけは勘弁してくださいよ」
何しろダンジョンから出て、まだお風呂にも入ってなかった。さすがにお風呂に入って服を着て、それぐらいは待って欲しかった。美鈴はまあ……。正直、あれ以上してると取り返しのつかないところまで行きそうだったから助かった。
「転移先はどうせ部屋の中だから構わないかと思ってな」
「あの人たち誰なんですか?」
「何て名前だったかな……」
出たよ最低発言。南雲さんのアメリカの部屋にいたのはすっぽんぽんの金髪美女8人で、どう考えてもそういう関係である。南雲さんが男趣味でないことは俺の安心材料なのだが、それにしてももうちょっと女の人を大事にしなくていいのだろうか。
「1人だけ思い出した。オーブリーだったな。探索者の女だ。8人パーティーでな。2年前ぐらいに1階層で全員ゴブリンに色々されてたんだ。まあそれを助けて、レベル3まで付き合ってやったら、なつかれてよ」
「なつく?」
「ああ、恋人の一人でいいからって申し込んできて迷惑ったらねーよ。あいつら断ったんだがしつこいんだよ。今は4人ずつのパーティーに分けて中レベルにまでなれたっていうのに、それでもこっちに寄ってくる。『諦めろ』って言っても、諦めないしよ」
「あっちの人って、やっぱりそんな感じですかね?」
「まあ、結構こっちの言い分聞かないよな。たまに相手してってお願いしてくるから、まあ仕方なくな。あいつらが気になるのか?お前の女の方が綺麗だろう」
「いや、気にはならないんだけど……」
それよりも気になることがあった。あの女の人たちが俺の顔を見て赤面していたことだ。
「正直この顔、自分の顔って感じがあまりしないんですよね」
「顔についてはそのうち慣れる。俺もそうだった。見てみろ」
そう言って南雲さんが姿を変えた。
「!!!?」
一瞬バランスを崩して谷底に落ちそうになった。
そこにはこれまでに見ていた渋めのおじさん顔の南雲さんとは全然違う人がいた。それは、これほどまでに顔の形の整った人間がいるのかと言うぐらいの中性的な顔立ちの美少年だ。
「これが人間だったときの本当の俺の顔だ。この顔でいるとあんまりにもめんどくさいから指輪で違う顔にしてる」
「そ……そんな顔だったんですか?」
俺はあっけにとられた。正直言ってこの顔なら女に冷たいのもわかる。あまりにも可愛すぎる。身長も低くて南雲さん自体が女みたいだし、というか実は女だったんだと言われても信じられるぐらい可愛い。少したれ目の瞳に見つめられてるだけで胸がドキドキしてくる。
こんな可愛い女の子が存在したらきっと男は誰でもイチコロである。男にはとても見えない。きっとこの顔だと男にも女にも好かれる。それぐらい整っていて保護欲がそそられる顔をしていた。え?Tシャツのその向こう側、小さく膨らんでない?
「み、魅力値いくつなんですか?」
「この姿だと80だな」
「そ、それはすごいですね」
正直可愛すぎて天元突破している。
「何言ってるんだ?お前だって、レベル10になったら同じだぞ」
「そ、そうだった」
こんなに美しくなってしまうのか。
「けけ、きっとお前も死ぬほど苦労するぞ」
「はあ、ただでさえダンジョン攻略が大変なのに……」
「ほら、やるよ。もう一個持っとけ」
そう言って南雲さんは天変の指輪をもう一つ俺の手の上に置いてくれた。
「いいんですか?」
「まあ、俺たちの階層にまでお前が来れたら、きっと腐るほど出てくるもんだよ。でも、この指輪を手に入れるまでは結構大変だったんだぜ。どいつもこいつも好きだ好きだってよ。ダンジョンに入る前は見向きもしなかったくせに鬱陶しい。筋肉だって全然ついてこないしよ。ダンジョン入れば誰でもムキムキマッチョになるんじゃなかったのかよ」
「何と言うか女顔ですよね?」
いやむしろ女じゃない?南雲さんの体には筋肉らしいものが何もなかった。華奢でかわいい女の子、いや、男の娘が南雲さん?え?
「しゃーねーだろ。昔から身長が低くてな。どれだけ鍛えても華奢な体が治らなかった。顔もその通りで、だからってこんな可愛い誰にでも好かれるような顔してたわけじゃない。不健康そうでいかにも陰キャって感じの顔だった。それがレベルが上がりだしたら異常なほど魅力値が急に上がってきてな」
「それ、俺もです」
「お前と同じだ。レベル7ぐらいになってくるとほとんどもうこんな気色悪い顔だった。昔の顔が確かこんな感じだったか」
南雲さんがまた姿を変えた。そうすると、その顔はいかにも不健康そうで、なよっとしていて、しっかりしろ。と言いたくなるような、そんな雰囲気の男とも女とも言えるような子供がいた。
「変わるもんですねー」
「お前もなー」
「さっきの姿の方がいいなー」
「お前もかー。ちっ」
舌打ちしながらも南雲さんは、あの可愛い姿に戻ってくれた。あー、目の前に天使がいる。心が癒される。この人やっぱりフォーリンなんじゃないかとさえ思えた。それに顔については、そのうち慣れると言っていたくせに、全然慣れてる様子がなかった。
「俺、正直ここまで自分の姿が変わるとは思いませんでした。テレビに出てくる探索者は、もうちょっと常識の範囲で顔が変わってた気がするんですけど、俺のはもうなんか別人みたいで、本当にこんな顔になる可能性は俺にあったのかって疑問です」
「俺もだよ。どこの美少年だって感じだ。レベルが上がりすぎて顔が老けないしよー。俺は大いに不満だぜ。20歳になってるのにこの顔で、うっかり姿を変えるのを忘れると女がすぐに寄ってきて『美少年抱いて』とか抜かされるんだぜ。昔を知ってる女はこの顔を知っててな。この顔になってほしそうな顔をいつもするんだ。絶対に無視してるがな」
「はは、でも気持ちは分かるな」
「まあ、それなら今日ぐらいは元の姿でいるか」
南雲さんはなぜか嫌だという姿のままでいた。どうしてこの人こんなに俺に親切なのだろう。親切すぎて男趣味なんじゃないかと疑いたくなってしまう。今のラブリーエンジェルな南雲さんに迫られたら、怪しい扉が開きそうだ。
「ハーレムパーティーってうまくいきにくいんですかね?」
なんだか本当に怪しい扉を開いてしまいそうな気がして、俺は話題を変えた。
「正直あんまりうまくいかねえな。折り合いが悪くなってパーティー解散もよくある話だ」
「そうなった人達ってどうなるんですか?」
「うまく仲間が見つけられなかったやつらは、低レベルでくすぶることになる。パーティ仲間と仲良くできるかどうかも、高レベル探索者になれるかどうかの分水嶺だな。まあカインとか弓神とゲイルとか、王のアホと饕餮みたいな、12英傑は変なの多いけどな」
「12英傑はともかく南雲さんは仲間と仲良くできました?」
「出来てるから俺は強いんだぜ。だがまあ結構苦労した。正直、パーティーが解散しかけたことは何度もある。でも俺たちのパーティーには調整役のクソババアがいてな。俺も後の二人も、未だに困ったらクソババアに相談してるよ」
「それなのにクソババアなんですか?」
「そうだ。だってよ。ババアの姿から急にあれだぜ。魅力が俺らの中で一番上とかふざけんなって」
なんだか色々ありそうだなと思ったので俺はそのことにはそれ以上突っ込まなかった。それでも南雲さんからどんなパーティーでも、解散するほど揉めることがあると聞いて、ほっとした。
「俺、今3人の女の子に本気で好きだって言われてます。俺が3人のことが好きで、それぞれにいい顔するもんだから……」
「二人は知ってる。もう一人は誰だ?」
「俺の義理の妹だった伊万里っていう子です。伊万里はまだパーティーに入ってません」
「ああ、もうすぐ仲間になるとか言ってた女か。義理の妹か。お前は誰が一番好きなんだ?」
「美鈴です」
それは即答できた。誰が好きかと言われたら美鈴なのだ。それだけは間違いない。
「じゃあそれにしたらいいんじゃねえの?お前的にはあんまり複数相手するのはしんどいんだろ」
「俺、親にもほとんど捨てられたような感じだし、伊万里もそうなんです。伊万里はずっと一緒に生きてきたから、縁を切るなんてとてもできない。それにエヴィーのことも手放したくないと言うか何と言うか……」
「そりゃまた難儀だな」
でも南雲さんは最低だとか言わずに話を聞いてくれた。
「南雲さんならこういう時どうします?」
「……ハーレムでもいいって向こうは言わないんだよな?」
「エヴィーはいいみたいです。美鈴はちょっと微妙です。なんだかんだで見逃してくれてる気もするんです。でもはっきりと分かった時はその都度かなり怒ります。俺にじゃなくエヴィーに……。伊万里は……」
「面倒だな。もうなるようになるでいいんじゃねえか?美鈴ってのはやってる最中だった女だろ?」
「はい」
「あれはお前に惚れこんでるよ。お前が強気で言ったら、まず間違いなくその状況でも受け入れるだろ。伊万里って女は知らんが、多分それで大丈夫だ」
「そんなもんでしょうか?」
あまりにも俺に都合が良くて、女性に我慢を強いるアドバイスに、信じられなかった。
「そんなもんだ。少なくとも俺はそれで女が逃げたことは一度もない。むしろ向こうへ行けと言ってるのに行かないから困ってる。お前もそうなんだろ。あんまり喧嘩ばかりして面倒なら放置だ」
「放置ってそんな……」
「まあ騙されたと思ってやってみろ。意外とうまくいく」
それは人間としてどうなのだろうか。かなり考えさせられるアドバイスだった。
「時間大丈夫か?」
「え?」
俺が唸りながら悩んでいたら、南雲さんが時計を見せてくれた。
「うわ。もう授業始まる。すみません帰らなきゃ」
南雲さんには日本時間で朝の7時には家に帰りたいと話していた。南雲さんの時計は、アメリカにいても日本の時間に合わせていて、朝の8時になっていた。
「もうちょっと時間があれば、いろいろ観光地巡りして行ったんだけどな。次はこの近くのラスベガスに行こうぜ。その時は気晴らしに1億ぐらい使おうぜ。お前もガチャ運いいんだからそれぐらい大丈夫だろ」
「は、はは、それはまたよろしくお願いします」
なんといい加減な事を言っているのか。相談すると南雲さんはいつも無茶苦茶なことを言うけど、不思議とそんなに嫌じゃなかった。その後すぐに南雲さんが家まで送ってくれて、学校の準備をするのも待ってくれて、学校の校門まで運んでくれた。
「すみません何から何まで」
美鈴の所から無理矢理アメリカに連れて行かれた時は、正直ちょっと勝手だなと思ったけど、いろんな景色も見られて、すっかりその気持ちもなくなっていた。何よりも今の今まであんなすごい景色の場所にいたのだということが楽しかった。
「また俺の手が空いてたら遊ぼうぜ」
「はい。その時はよろしくお願いします」
「じゃあな」「あ、あの」
南雲さんの姿が消えそうになり、俺は慌てて声をかけた。言うべきかどうか悩んでいた。だが探索者の世界は一歩間違えば本当に死ぬ。それなら死ぬ前に言っておきたいことがあった。
「うん?」
「もしも俺がダンジョンで死んだら、伊万里のこと面倒を見てやってもらえませんか?」
「親とあまり仲良くないんだったよな。いいぜ。お前が死んだら、その女の面倒ぐらいは見てやるよ」
「あと、もしも俺が探索者に殺されたりしたら、エヴィーと美鈴にまで危害が加えられないようにしてもらえませんか?」
「探索者……、誰かと揉めてるのか?」
南雲さんの雰囲気が急にガラッと変わった。俺が見てても怖いと思うような雰囲気になった。南雲さんのおっかないスイッチが入らないように俺は言葉を考えて次を口にした。
「あの、違うんです。探索者と揉めてるわけじゃないんです。ただ自分でどうしても決着つけたい相手がいるだけのことなんです」
「誰だ?」
「言えません」
「じゃあ相手のレベルは?言っておくがレベル差は残酷だぞ。たとえ、お前がレベル7の時点でどれだけ強くても倍も違えば99%お前が死ぬ」
「相手のレベルは倍以上みたいですけど、どうにかできると思ってます」
「ほお、言うじゃねーか。正気か?」
「手は出さないでください」
俺は真剣にそういった。どうしても池本のことだけは自分で決着を付けたかった。それで、もし自分が死んでも意地を貫き通せたならそれでいい。ただ、その後美鈴達に危害を加えられないかだけが心配だった。
「どこの誰と揉めてるか知らんが、そいつがお前の身の周りの人間にまで手を出そうとしたら、その瞬間殺してやる」
「殺すって。そこまでしなくていいんです。南雲さんに注意されたら絶対に何かしてくるような相手じゃありませんし」
「はあ?なんだそれ、俺が納得いかん」
「はは」
「何笑ってるんだよ」
「いや、その顔ですごんでると可愛くて」
「アホか」
残念なことに、南雲さんは姿を渋めのおっさんの姿に戻してしまった。
「何の事情でそんな事言っているか知らん。だが、意地を張るんなら勝てよ。俺はきっとお前が死んだ時点でそいつを殺す。理由はむかつくからだ。罪状は殺人なら十分だ。そいつの命が大事ならお前がちゃんと勝て」
その言葉を残した瞬間。南雲さんの姿が消えた。俺にはそれ以上何も言わせる気はないようだった。やっぱり言うべきじゃなかったかと考えた。でも自分を殺しておいて、のうのうと生きている池本というのは業腹である。
大体、人を殺すとか言ってるんだから自分が死んだくらいで文句はないだろう。そう考えることにした。





