第五十七話 Side美鈴⑦
「はあ、ふふ」
「何この子気持ち悪いわね。ため息ついたり笑ったりどっちかにしなさい」
久しぶりに家に帰ってくるとお父さんは無職期間が長すぎて朝は寝ていて、お母さんにだけ『今回も無事に帰ってきたよ』と報告し、リビングでテレビを見ながらその内容には全く興味がなくて、思い出すのはあの一夜。
そして忌々しい南雲である。本当になんて気の利かない男だ。
どう考えてもそういう場なのに、どういう神経をしていたら祐太を連れて行けるんだ。全くもって許せない。それでもつい先ほどまでしていたことを考えるとどうしても顔がにやけてしまう。
あの様子では、祐太って今日は学校に行かないんだろうな。明日自分はどうするべきか。お母さんが呆れた顔でどこかに行ってしまう。それを見て写真に収めた祐太の画像を引っ張り出してきた。
「それにしても格好良くなったなぁ」
この男に色々されまくった。本当に幸せだった。もっとこれから色々できるんだと思うとやっぱり幸せだった。
「うわー、何よこの男? ものすごいイケメンね」
「ひゃ」
いつの間にか芽依お姉ちゃんが後ろから覗き込んでいた。
「ちょ、ちょっと見ないでよ!」
私は慌てて写真を隠した。いくらお姉ちゃんでも祐太のアレな写真を見せるのは嫌だった。
「これ誰? 上半身裸だけど美鈴が自分で撮った写真よね?」
「何でいるの? お姉ちゃん意外と暇人?」
この姉はいつも私が帰ってきた時にいる印象だ。
「失礼ね。まあ確かに前ほど仕事はしてないけどね。今日は特別。本当はエヴィーと仕事する予定だったんだけど、なんかあの子急にドタキャンしてさ。アメリカに行っちゃったのよ。まあ向こうは大喜びでしょうけどこっちはいい迷惑だわ。そういうことする子じゃないんだけど、どうしたのかしら」
「アメリカ? 日本に帰ってくるの?」
「そりゃ帰ってくるでしょ。何言ってるの?」
「あ、いや、なんでもないけど」
「それよりさ。その男誰よ」
「祐太」
「祐太って、前に話してたパーティー仲間の男の子でしょ。そんなに格好良い男だった?」
散々、格好良い男を見慣れてきているはずの芽依お姉ちゃんですら驚いているようだった。
「いや、さすがにここまでは格好良くなかったけど、なんかレベルアップして急にすごいイケメンになった」
「ダンジョンで異常なほど魅力が上がる子だったのね。最初はどんな顔してたの?」
「前はあんまり印象にない」
写真はあったけどやっぱり見せるのはいやだった。あの頃の祐太はあの頃の祐太で私の大事な宝物だった。
「はあ。印象に残らないクラスメイトから、そこまで変わったかー」
「そ、そのこと祐太に絶対に言わないでね。嫌われちゃう」
「今顔を知っただけの相手にどうやって言うのよ。まあ変わる人は極端なぐらい変わるって聞いたことはあるけど、その代表みたいな子ね。そりゃ夢中になるわ。そういう写真があるっていうことは、もうしたの?」
「ううん。強引に行けるかなって思ったけど、最後までは待ってほしいって言われた」
お姉ちゃんは何も言わずに肩をすくめた。祐太って本来女が言うべきようなセリフを言うよなと思った。
「私嫌われてるのかな? 18になるまではいやだって言うの」
「あんまり私の周りにはいないタイプの子ね。自分に自信がないんじゃない?」
「そんなこと……あるかも」
「心当たりあるの?」
「学校で虐められてた」
「ああ、私の時もされてる子いたな……。急に姿が変わる。強くなる。女にもてる。心がついて行ってないんじゃない?」
「そうなのかな?」
「エヴィーもその子に夢中みたいだし、美鈴とエヴィー、2人がかりで迫られたらもうタジタジでしょう。探索者なんて飛び抜けて格好良くなったりすると女食い物にしてむちゃくちゃしだすんだから18歳まで待ってくれって言うなら、ちゃんと待ってあげなさい。普通はそんなこと言わないのよ。多分、その子。誰も傷つけたくないのよ」
「……私昨日かなり強引なことしようとした」
「美鈴は美鈴で初めて男に本気になってのぼせあがっているのよ」
「のぼせあがっているか……」
確かにそれはある。何よりもこれほど取られたくないと焦るのもそれだろう。
「今度紹介しなさいよ。私がどんな男かちゃんと確かめてあげるわ」
「紹介するのはいいけど、絶対手を出したらダメだからね」
「はーい」
全く信用できない感じでお姉ちゃんが返事をしてくる。なんだかエヴィーに続いて余計な敵が増えていく。安息の地はあるんだろうか。
「で、2階層どんな感じだった?」
「意外と何とかなったよ。階段ももう見つけられたし」
「美鈴って意外なほど探索者向きだったのね。この調子だと本当に高レベル探索者とかになっちゃうのかしら。最初の転生ができるようになるだけで、寿命までかわるって話よ。もしそうなったら私の老後は頼むわ」
「その時はお母さんも頼むわね」
お姉ちゃんとの話し声が聞こえたのだろう。いつの間にかお母さんが私のいるリビングに戻ってきていた。
「何の話してるのよ。そんな先のことなんてわからないよ。あ、お母さん。私学校はいかないからね」
学校に行きたくないと言うより池本の話を聞く限り、小春の忠告を聞いておいた方がいい気がした。祐太がアメリカから帰ってきたらまたどうするのか相談しよう。それまでは自宅待機である。
「もう別に行かなくても何も言わないわよ。この間ちゃんとみんなに挨拶してきたんでしょ? それより家でゆっくりしなさいな」
「前と全然言ってること違くない?」
「お母さんちょっとレベル上げに興味出てきてるのよ」
お姉ちゃんが教えてくれた。
「ねえ、美鈴。お母さんでもレベル3ぐらいまでならなれるかしら?」
「それは……」
結構若くに結婚したお母さんは、まだ45歳で、トップモデルの子供を産むだけあって綺麗な人だった。いわゆる美魔女という人である。芽依お姉ちゃんに刺激されるせいで、美容にも気をつけていて体もたるんだところがない。
というか、お母さんはお姉ちゃん達と歩いてるとよく姉妹と間違えられるぐらい若々しい。
「うん、ゴブリンを殺せたら大丈夫だと思うよ」
「それ、ネットで調べたんだけど、結構しんどいって言うのよね。二人はどうだったの?」
「「ゲロ吐いて漏らした」」
二人同時に同じことを言っていた。 やっぱり姉妹だなと思った。
「女の子がはしたない」
「お母さんダンジョンに入ってみればわかるわよ」
「あれはマジでゲロ吐くわ」
「あいつら本気で殺しに来るから、あんまりにも怖くて漏れちゃうしさ」
「そうそう、色々もう最悪だから」
「そうなの?この歳でおもらしは……。でも更年期障害とかならないに越したことはないのよね」
話してる内容はともかく、悩ましいという感じで手を頬に当てると本当に色気のあるお母さんだった。本当、何を間違ってお父さんなんかと結婚しちゃったんだろう。いやまあ結婚してくれなかったら私は生まれていないんだけど。
「まあとりあえず私がレベル200になったら、レベル上げ手伝えると思うから、入るだけ入ってみたら?」
「そうよね。わかった。それまでに心の準備をしておくわ。あ、お父さんには言ってないんだけど誘ってもいいかしら?」
「別にいいよ。ただし、一度にレベル上げをするのは一人だからね。私だけでやるつもりだから、お父さんとお母さんはとりあえずレベル3までにしておいて。お姉ちゃん達の方が、先にした方がいいでしょ」
「それは別にいいけどお姉ちゃん達はどこまで上げるの?」
「レベル10までよ。職業的にもそこまで上げると結構収入が良くなるのよね。玲姉も頭の性能上げたいとか言ってたしね」
芽依お姉ちゃんが答えた。
「でも私がお姉ちゃん達に教えるなんて、なんか不思議な感じするな」
これも祐太のおかげだけど、私のコンプレックスの原因であり、それと同時に憧れでもあるお姉ちゃん達。まさか世間的にもかなり優秀なお姉ちゃん達に私が何か教える日が来るとは思わなかった。
「玲姉はまだはっきり返事してないわよ。なんかやっぱり怖いみたい」
「そうなの?」
「玲姉、暴力には向かないのよね」
「まあ、まだ1年ぐらいは時間あるから大丈夫だと思うけど」
「これからの時代、レベルを上げた方がいいのは間違いないしね。私からもう一度ちゃんと話してみるわ」
「強制したらだめだよ」
「分かってるわ。そんなことしたら私がダンジョンに入れなくなるもの。まあそれ以前に本人次第よ」
私は家でそんな話をしていたから、きっと大丈夫だと思っていた。自分が平和なら祐太も平和だと思っていた。





