第五十一話 ラーイ
クエストを達成してから、俺たちは外に出ることなく、レベル上げが終了するとそのままダンジョンの階段探索に入った。そして俺はエヴィーからラーイを見せられた時、
『言っておくけど、ラーイに手を出したらダメよ。その時はリーンも相手をしてもらうから』
エヴィーからそんな脅しを何度もされた。俺は一体何の心配をされているんだ?俺はそんな節操なしじゃないし浮気者でもない。伊万里と美鈴とエヴィーを同時に好きになった。それをいい加減といえば確かにいい加減だ。一分のスキもなくいい加減だ。
しかしそれもこれも綺麗な女の子に毎日毎日好き好き言われすぎたせいである。言われすぎて1周回って変な結論に到達しただけである。さすがにリーンに何かする勇気など俺にはないぞ。だから『大丈夫だ』と何度も言った。そして、
『ラーイに乗りたい。できれば毎日』
『ねえ、ユウタ、私が今言ったこと聞いてた?』
『いや浮気じゃないよ。ラーイに乗りたいって言っただけじゃないか。ライオンに乗ってサバンナをかけ回ってみたいだけなんだ』
『本当に乗るだけ?』
『そうだよ。他に何をするって言うんだよ』
『それならまあいいけど毎日はダメ。探索があるでしょ』
『そ、それはそうだね』
『とにかく一度だけ貸してあげる。でも絶対手を出しちゃダメよ』
エヴィーから何度も念を押された。俺の人間性について誤解があるように思う。普通にライオンに乗ってサバンナを駆け回りたいと思っただけじゃないか。それなのになぜそんなに警戒されなきゃいけないのだ。
なんだか釈然としないまま俺はラーイに乗った。
そして、
正直、最高だった。風と一体になってる感じが最高だった。ラーイにやはりもっと乗りたい。しかしあの様子ではあまり頻繁には頼めそうにない。階段探しの探索だってラーイと一緒にちゃんとしているのに残念だ。
「ユウタ、もうそろそろ時間だ」
俺が調子良く走っていると、いったん止まってラーイが人型に戻る。背の高い純白でライオンの獣耳が頭についている野生的な美しさを持つ女の人が、俺を見下ろしながら言ってきた。
「なんだかすぐに時間が経つね」
「ずっとこうしていたいが」
「俺ももっと一緒にラーイと過ごしたいな」
「それは嬉しいが、もっと違う意味で言ってもらいたいところだ」
「……ごめん。変な言い方をした」
「構わん。今はそれで充分嬉しい。主のところまで行こうか」
こうしているのは1時間だけと決まっていた。ラーイと俺が遠乗りする間、エヴィーは万が一の危険を考えて美鈴といる。リーンも一緒にいるが、あまり長く放っておくのは不安な2人だった。
ラーイが獣型に戻ると俺がその背中に乗る。
ラーイが最初はゆっくりと次第に加速していく。草原とアカシアの木、そしてサバンナの動物たち。全てを置き去りにしてラーイが駆けていく。生き物に乗ることなど初めての経験だったが、飛躍的に上がった身体能力と、ラーイができるだけ俺を気遣って走ってくれるので問題なかった。
階段探索を続けているエヴィー達が、30kmほど先にいる。ラーイなら10分ほどだ。名残惜しいがラーイとの遠乗りもそれで終わりだ。カバの集団が水場で行水をしていた。ラーイが群れを迂回して、水場が目の前に迫ってくる。
ラーイは体を収縮させ、一息で10mほどあった水場を飛び越えた。
「がう?」
ラーイが何か言ってきて俺はそちらに目を向けた。ゴブリンライダーの姿が見えた。
「がうがう?」
ホワイトライオンの姿だと喋ることができないようで、唸り声で尋ねてくる。殲滅していくかと聞かれているのが分かった。俺はラーイの背中を優しく撫でた。それだけでどうしたいのか伝わったようで、ラーイの体の向きがゴブリンライダーの群れへ向かっていく。
「があああああああああああ!!!」
ラーイが堂々と叫んだ。咆哮がサバンナの草原一帯に響き渡る。草食動物たちがを怯えて逃げ出した。
「ギャギャ!」
見張りをしていたゴブリンライダーが当然のようにこちらに気づいた。
20騎の群れ。以前ならこんな方法で近づいたらとんでもない目にあわされた。しかしレベル7になり、クエストもS判定でクリアしたことにより、以前とは比べものにならないぐらい身体能力が向上していた。
ラーイが凄まじい勢いで砂塵を巻き上げ、ゴブリンライダーの群れへ近づいていく。向こうもこちらを脅威と判断したのだろう。20騎全てが同時に矢を放つ。まだレベル3の時にこんなことをやられていたら、きっと一発で死んでた。
しかし今は違う。
何しろレベル7になったのはラーイもだ。そもそもゴブリンライダーの矢がこの距離で、ラーイに突き刺さることなどなかった。
ラーイが矢をかわすために右へと走った。向こうだってラーイの動きを予測して未来位置に偏差射撃もしているはずだが、それすらも置き去りにした。ラーイの走った後に矢が次々と突き刺さって、
「がう!」
俺に『私から落ちるな』と言っているのがわかった。俺はしっかりとラーイの体から振り下ろされないように両足で固定する。手綱もしっかりと握る。
次々と降り注いでくる矢をラーイがどんどんとかいくぐってゴブリンライダーにまっすぐ進んでいく軌道に入った。俺は美火丸の炎刀を抜いた。自分では絶対無理なほど早くゴブリンライダーとの距離が接近する。スキルを唱えた。
「【加速】」
10秒間だけ自分の素早さが、恐ろしいほどアップする。自分の認識がついていかないほどの加速。すれ違いざまに3騎。ゴブリンとライオンの首をまとめて斬り飛ばした。鮮血をまき散らしながらゴブリンとライオンの首が宙を舞う。
断面が少し焼け焦げて血の出が悪い。美火丸の効果だ。少しずつだが美火丸も俺に応えてくれるようになってきた。
「がう」
『来たぞ』と言ってくれている。リーダーのレッドゴブリンが正面から斬りかかってくる。しかしまだ【加速】の効果が切れていない。俺の刀が迷わずレッドゴブリンの首に届く。その様がスローモーションのようだった。
限界まで集中して何もかもがよく見えた。
寸前でレッドゴブリンが剣で炎刀を受け止めたが、それでもそのまま振り抜く。レッドゴブリンの剣の刀身ごと切り飛ばした。刃とレッドゴブリンの首が地面に転がる。多少なりとも対抗できたレッドゴブリンが死んだことで、そこからは一方的な虐殺だった。
俺達が通り過ぎるたびにゴブリンライダーは数を減らしていき、気づけば敵はサバンナに屍をことごとくさらしていた。
「がうがう」
「あっ、ガチャコイン」
ここ2週間で俺も9枚見つけていた。自分で見つけたのは8枚で、後の1枚はラーイが今見つけてくれた。ガチャコインは非常に見つけにくい。草原の草は腰ほどまであるし、見つけようと思うと結構きっちり確認しなきゃいけない。
しかし俺はそれが苦手だ。それなのに俺以外はガチャコインをよく見つける。美鈴に至っては昨日の夜30枚になったとか言っていた。美鈴にはガチャコインレーダーでも付いているのか。
プルルルル
プルルルル
スマホから着信音がした。電話は美鈴からだった。今から帰るつもりだったのだが何の連絡だろうか。一応、2人に、
『俺を取り合って喧嘩しないでくれ』
と自分でも、何言ってんだこいつ。というような言葉を言ってラーイと遠乗りに出た。時計を見ると一時間半経っていた。あまりにもラーイに乗るのが楽しくて、約束を30分も過ぎてしまった。ドキドキする。
そうすると、
『祐太。階段見つかったよ!』
美鈴から嬉しい知らせが届いた。俺も喜んだ。同時に喧嘩の収拾がつかなくなったから来いという呼び出し電話じゃなくてよかった。俺はラーイにお願いして2人とできるだけ早く合流した。そして3人で喜び合う。
見つけたのは美鈴だったらしい。美鈴はレベル7になった時に索敵のスキルも出ていた。それで見つけたらしい。
「とりあえずご飯食べようか」
これで2階層の探索も終わりである。一段落した。昼食を挟むことになった。それぞれにいつもの料理を食べた。
「カツ丼」「ラーメン」「お肉」「肉、焼かずにそのままくれ」「ケーキ、食べたい」
そんなことを口々に言って食べた。食事中に美鈴も俺が羨ましかったようで「ラーイに乗ってみたい」と口にした。エヴィーがOKして、ラーイも嫌がらずに美鈴を乗せて走り出した。
エヴィーと2人になり、
「本当にラーイ、いいよね」
「あまりラーイばかり褒めないでリーンがかわいそう」
「大丈夫。私、姉。姉、妹に寛大」
「ははリーンも賢い。エヴィーにはこれからどんどんこんなに賢い召喚獣が出てくるのかな」
それがすごく羨ましかった。【カイン】みたいに12の召喚獣を従えているエヴィーのかっこいい姿が想像できた。想像しているとなぜかリーンが俺の背中によじ登ってきて、首からぶら下がった。だからおんぶしてやった。
「ね、ねえ。ユウタ」
「うん?」
「その、この間はああ言ったけど、やっぱりダンジョンから出たら会えない?」
エヴィーが聞いてきた。
「どういう意味?普通に会うんじゃないの?」
「えっと、ほら、私は会わないようなこと言っちゃったでしょ」
「ああ、うん」
そういえばダンジョンから出たら伊万里のこともあるし、会わないでおこうみたいな話になっていた。2月2日に再びダンジョンに入り、今日は2月18日になっていた。さすがに一度は出ないと伊万里も心配するし、美鈴の家族だって心配する。
だからいったん出ようということになっていた。そして以前と同じく、3日休んで、またダンジョンに入る。
「その休みの間にエヴィーは一度会ってくれと言っている。ということだよね?」
「え、ええ、ダメ?」
「会えるよ。ダンジョンから出て2日目にちゃんとエヴィーとの時間も作るつもりだった」
俺はそう返事していた。
「良かった。余計なことを言ってしまったから外では会ってもらえないかと思った」
何人もの女性と関係を持つ。こんなことをしていたら俺たちを捨てた親父のことを言えなくなってくる。それでもそうする道を選ぶ。
『何で家に帰ってこないんだよ。親父は弁護士だろ。育児放棄するなよ』
『やかましい。お金はちゃんと入れてやってる。あとは何とかできるはずだ』
『そういう話をしてるんじゃないだろ』
『お前のような劣等生には一生俺の心は分からない』
親父に電話した時にそんなことを言われたことがある。俺は正しいことを言ったつもりだった。でも俺はその言葉に何も言い返せなかった。今でもあの時、親父がそう言った言葉の意味が分からない。
でも少なくとも自分が手に入れたいと思ったエヴィーも美鈴も伊万里も不幸にだけはしないでいけたらと思っていた。
「ちゃんとエヴィーのことも本当に思ってるつもりなんだ。ダンジョンから出てからの予定次第になるけど、会えると思うから連絡はちゃんとする。その……ま、待っててほしい」
「ええ……わかった。ミスズとイマリの後でいいし、無理しないでね。私いい子で待ってるから」
そんなことを言われると心苦しくなる。誰も捨てられない人間が結局は一番最低なのだろうか。そういう意味では俺を捨てた親父は最低ではなかったのか。いや、やっぱりあんなやつ最低だ。
だからこそ自分は最低にならないように、自分なりの誠意が何か必要なのだ。それがわかってはいた。もうすぐ伊万里も来る。それまでには何とかしたかった。
そんなことを考えていたら美鈴が帰ってきた。美鈴が戻ってくると俺たちは帰り支度を始めた。
3階層へと降りる階段はまた次に入ってきた時ということにした。滅多にないのだが、その階層に入った瞬間、日付制限付きのクエストが急に発生する時がある。
だからその階層をそのまま探索するつもりがなかったら、安易に足を踏み入れない方がいいと言われていた。それにガチャコインが大量にある。美鈴がそわそわしている。エヴィーも何かに祈り始めた。2階層の探索を終え、ガチャの時間だった。





