第四十九話 幸せな悩み
「なかなかレベルが上がらないものだな」
最初こそ危ない戦いをしたが、ゴブリンライダーの相手も徐々に慣れてきた。エヴィーたちと別れて一人で行動するようになってから数時間。100騎を超えて倒すことができたが、それでもまだレベル6にはならなかった。
ぶるるるる
ぶるるるるる
スマホが震えた。胸のポケットに入れていたスマホを取り出すと通話ボタンを押す。美鈴からで、
『祐太、私無事にクエストできたよ』
明るい声で言われてほっとする。それとともに美鈴の声を聞くと、エヴィーとの関係がまた振り出しに戻ってしまったことを思い出してしまう。
金色の髪をした妖精のように美しい少女。エヴィーの綺麗な瞳で見つめられて、愛してると言われるとこっちだってそうだと思ってしまう。正直エヴィーのことも美鈴と同じぐらい好きになってきていた。
『祐太の判定は何?』
「俺?」
『うん。私はA判定だったよ』
「俺は……Sだったよ」
『そっか……』
俺の成績が良くて明らかに落ち込んだ声だった。事前にそのことは伝えていた。上手くいけば俺はSで、美鈴とエヴィーはA判定になる。
3人ともSが良かったのだが、そうするためには美鈴は魔法矢を使ってはいけないことになるし、不意打ちなしでゴブリンライダーを一騎たりとも減らさずに、いきなり正々堂々と殲滅しなければいけない。
なぜダンジョンはそれを求めるのか?
頭脳戦をしてはいけないのか?
脳筋じゃないとダメなのか?
その理由は誰も知らない。ただ唯一知っている人がいるとすれば、南雲さんとかだろうか?
いや、そういう人たちではなくて、もっと身近でそのことがわかっていそうな人がいた。わかっていると言うよりは、ダンジョンの傾向から類推して推理した人間。その人の名前は、
【モンスター愛好家米崎】
と言う。奇しくも甲府にいる探索者やばいやつトップスリーの一人だった。研究者なのにレベル100に到達したという生粋のモンスター愛好家。モンスター愛好家なのにモンスターを殺してレベルアップした人。
『アメリカほど、ダンジョンの意図を理解していない国はない』
そんな言葉を口にして、アメリカで一番嫌われている日本人。積極的に探索者を攻撃したりするような人ではないらしいが、やばい噂もたくさんあるので、できれば会いたくない。
しかし、モンスター研究のために1~10階層をよくうろついているという噂だ。やばい人トップスリーの中では間違いなく一番出会ってしまう可能性が高い。研究者の中で、唯一レベル200に到達しそうだと言われている頭のおかしい人。
元々有名な生物学者だったのが、レベルアップによって知能が上がった事で、ダンジョンに関してこの人よりも知っている人はいないとも言われていた。
話を聞いてみたい気はするけど……できれば同じレベルになるまでは会いたくないな。
「まあともかく美鈴がA判定を取れて良かった」
『うん。祐太がそう言ってくれて嬉しい』
弓兵ジョブで2階層のクエストをSでクリアしたと言われている人物は全探索者の中でも12英傑の一人【弓神】だけである。レベル1000を目指してなんとかやろうとしたものは、ことごとくひどい目に遭っている。
弓兵ジョブのクエストだけではなく他にも危険なクエストは山ほどある。そしてそれに挑戦しないと上のレベルにはなれない。そのことからダンジョンは人間を殺しにかかっているという研究者もいる。しかしそれを真っ向から否定して、その上で何も教えてくれないのが米崎でもあった。
いや何も教えない訳ではない。
『ダンジョンとは神が人に与えた愛だ』
とだけ言うのだ。その真意は誰も知らない。頭のおかしい米崎を理解する必要はないという人もいる。でも俺はなんとなくこの人の頭は、おかしくないんじゃないかという気もしていた。
「もともと、この時点では相当難しかったんだ。俺はたまたま運が良かっただけだ」
侍ジョブなどの近接職の人は【加速】がレベル5までに出ることが多い。そしてこれが先に出た場合、飛躍的にS判定をもらえる可能性が高まる。
『わかってるんだけどさ、ちょっと焦っちゃう。エヴィーも私と同じだよね?』
エヴィーからは1時間ほど前に電話があった。
その時にA判定だったと教えてくれた。召喚士ジョブでS判定をもらう方法は、分かっていない。だが推測ならできる。おそらく召喚士ジョブでS判定をもらおうと思ったら、召喚士が手伝わずに、召喚獣のみでゴブリンライダーの群れを殲滅することだ。
エヴィーとは何度かこれを検討してみたが、どうやったところで高い確率で、リーンが死ぬという結果になり、断念した。そしてエヴィーとリーンが協力することで、無事にクエストは達成されたそうだ。
「エヴィーもAだよ」
『ふ、ふーん』
「美鈴、わかってるよね。慌てたらだめだからね。これから先、俺がA判定で美鈴がS判定だって有り得るんだ」
『分かってる。祐太の言うこと聞くって決めてるから、ちゃんとそうする』
「一度こっちに来る?」
美鈴のクエストが無事に終わったと聞いて逢いたいと思った。そして抱きしめて、この美少女が自分のものだと確かめたかった。
『う、ううん、ちょっと、私忙しいと言うか……あ! 私クエストにかなり時間かけちゃったから、このまま続ける。寝る時にまた』
くれぐれも無理をしないようにだけ念を押して、電話を切った。最後に慌てていたのは多分、匂いを気にしてるんだろう。かなり嫌がってたもんな。俺はあの香水をつけなくて良かったけど、美鈴は死ぬよりはマシということでつけることにしてた。
もしかしたら今日の夜、美鈴がちょっとだけあれでも、絶対そのことには触れないようにしよう。しかし正直エヴィーもA判定で良かった。もしエヴィーがSだったら、美鈴はまた無茶をしたと思う。
もうちょっと仲良くなってくれたらいいのだが、その原因が自分なだけに何とも言えない。美鈴が好きで、エヴィーのこともどんどん気になってきて、伊万里のことだってほっとけない。
逆の状態なら絶対に嫌だっただろうに、それでも俺は3人とも好きになってきている。3人のあの美少女達をすべて自分のものにできればと思うだけで興奮してしまう。
「はあ」
自分の欲の深さが呪わしい。あんまり参考にならないけど、また南雲さんに話を聞いてもらいたい気分になった。今頃どうしてるんだろう。俺のことも少しは考えてくれてるんだろうか。
いや、あんなにすごい人に好かれて、調子に乗ってはいけない。相手をしてくれてるだけでもありがたいことだ。でもダンジョンから出たらちゃんと連絡しよう。
「モテるって大変なんだな」
学校ではモテたくてモテたくて仕方なかった。しかしいざモテだすとかなりの心労だった。そばに寄ってくる女性は全員綺麗で、肉食系で、こちらが求めなくても求めてくる。探索者を目指すと決めて、学校に行っていた時よりもはるかに充実はしている。
正直3人の美少女から好かれてることは嬉しい。だからこそ、
「仲良くしてくれないかな……」
誰も聞いてないので、草を食んでる仲の良さそうなカバの親子に向かってつぶやいた。





