第四十七話 秘め事
「いい。もしダメそうなら、すぐに拳銃を使いなさい。死んだら生き返ることがない。それはわかってるわね?」
エヴィーが何度も心配そうにリーンに言い聞かせる。今日からリーンのレベル上げを行うことになっており、リーンにその段取りの説明をしていた。作戦はいたってシンプルである。まず、リーン自身が20式小銃を使ってゴブリンライダーの群れを撃滅し、1騎だけ残す。
そしてそこから1対1の戦いをするのだ。ホルスターにM17。いざという時はこれでとどめを刺せと何度も念を押していた。
「ぎゃ」
「そんなに何度も言わなくてもわかってる? だってあなたはかなりバカじゃない。歩いてる途中で忘れちゃだめよ」
「ぎゃー」
エヴィーは完全にお母さん状態だった。過保護なエヴィーにリーンはうんざりであった。俺もかなり心配なのだが、この上に俺からも言われたら、わけがわからなくなると思って黙って様子を見ていた。
エヴィーは充分以上にリーンに注意すると、いよいよリーンが俺たちのパーティーから離れた。そして、どう見ても幼女は、自分より重いと思われる重装備を着込んで、背中になぜそれを持っていて倒れないのかというぐらい大きなハルバートを背負って、ゴブリンライダーの群れへと緊張感を持っている様子もなくトコトコと近づいていく。
そいつらに殺されかけたことがあることを忘れてるんだろうか? 美鈴もさすがに落ち着かない様子だった。リーンに質の高いレベルアップをしてもらおうと思ったら、俺たちが絶対に助けられない距離まで離れるしかない。
そう結論づけて、離れて見守ろうということにはなったのだが、昨日、リーンがゴブリンライダーに殺されかけただけに、不安は拭えなかった。
「【召喚獣強化】」
離れていくリーンに向かってエヴィーが魔法を唱えた。そうするとリーンの青い体が赤っぽく光った。見た目には光っているだけで筋肉が盛り上がるわけでもないが、これでリーンの能力が飛躍的に上がることは確認済みである。
魔法とスキルがないから心配ではあるが、召喚獣強化をかければレベル3でもゴブリンライダーと1対1ができると思う。リーンが駆け出した。召喚獣強化の効果時間は3分である。
俺たちが絶対助けられない距離ということで、500mほど離れることになっていたから、再びエヴィーがリーンに召喚獣強化をかけることはできない。
今までのダンジョンの傾向からして、質の良いレベル上げをしようと思ったら、それ以上のサポートはしてはいけないと思われる。だから3分の制限時間以内に終わらせる。
急いでいることで駆け出している上に、ほのかに赤く光っているリーンはよく目立って、ゴブリンライダー達に気づかれる。監視役のゴブリンライダーが大声を上げる。18騎の群れがすべてリーンをとらえた。
リーンはモンスターから人間判定をされるようで、視界に入った途端に敵認定をされる。すべてのゴブリンがライオンに乗りこむと、リーンに向かって駆け出した。それでも焦った様子もない幼女は、マジックバッグから20式小銃を取り出し、
次々とゴブリンライダーを仕留めていく。5騎を一瞬で沈めた。しかし、弾切れを起こした。残りはまだ13騎。リーンは弾切れを起こした20式小銃を地面に投げ捨てる。
さらにマジックバッグから20式小銃を取り出した。そして再び弾丸を放つと次々とゴブリンライダーを仕留めていく。次々と幼女がゴブリンライダーを20式小銃で仕留めていく姿はなかなか凄惨な光景だ。予定どおりゴブリンライダーが1騎残る。
騎乗するライオンとの位置が離れていて出撃するのが遅れたゴブリンライダーだった。何か訳のわからないもので仲間すべてを殺されて、最後の一騎となったゴブリンライダーが怒っていた。
「ギャアアアア!!!」
その咆哮がこちらにまで聞こえてくる。ゴブリンライダーはライオンに乗ったその勢いのまま、リーンと肉薄する。リーンは20式小銃を地面に投げ捨てた。背中に取り付けた鉄でできたハルバートを、片手で引き抜く。
あるいはハルバートの方があの幼女よりも重いのではないのかと思われるのに、リーンは片手で振り上げた。ゴブリンライダーが剣を振り下ろし、リーンのハルバートの刃とぶつかり合う。互いに拮抗して火花が散る。
上段から振り下ろされているのにリーンはよく耐えられるものだ。リーンは再びハルバートを振るった。ゴブリンの剣とぶつかりあう。こちらからは見えないほどの勢いでリーンはハルバートを振り回しまくった。
幼女の見た目からは想像できないほどの荒々しい戦い。剣戟の音がこちらまで聞こえてきそうな勢いだった。耐えきれずにコブリンライダーが距離を置こうとする。しかしリーンは逃がさなかった。
一旦下がろうとしたゴブリンライダーにズンッと一歩踏み込んだ。
右手でハルバートを振り下ろしながら、左手でショートソードを抜き放つとライオンの足を切り落とした。ゴブリンライダーがバランスを崩す。幼女はショートソードからも手を離す。ハルバートを両手に持ち替え、下に斬り落とした。
ズバッ!
そんな音が聞こえてきた気がした。ゴブリンの鎧ごと真っ二つになり、そのまま添えた左手でさらに力を込める。ライオンの体までがハルバートで斬り裂かれた。ゴブリンライダーの青い血とライオンの鮮血が舞う。リーンの圧勝だった。
名前:リーン
種族:ブルーゴブリン
レベル:4→5
職業:近接戦闘型召喚モンスター
称号:エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクの召喚獣
HP:26→33
力:24→30
素早さ:24→29
防御:26→31
器用:17→19
知能:3→4
魅力:37→38
装備:ストーン級【兜】
ストーン級【胴鎧】
ストーン級【脛当て】
ストーン級【小手】
ストーン級【肌着】
ストーン級【護符】×2
ストーン級【ハルバート】
ストーン級【短剣】
ストーン級【靴】
ブロンズ級【アリスト】(バリア値100)
「リーンもかなりうまくレベルが上がったね。今回は知能も上がったんだ」
「上がった」
「?」
一瞬目を瞬いた。2日かけてリーンのレベル上げをして、4までになると、リーンが安定して、ゴブリンライダーとの戦闘に参加することができるようになった。そして4人ならばそこまで苦労することもなくそれぞれがレベル5に到達した。
「リーン、喋れるの?」
最後にリーンのレベルが上がり、そしてその瞬間、リーンが言葉を発した。今まではどれほど頑張っても『ぎゃ』という言葉しか出てこなかったのに、片言ではあるがしゃべれるようになった。
「しゃべれる。少し」
単語を並べているだけだが、それでも単語自体の意味は伝わってきた。
「驚いた。私より先に日本語喋るようにならないでよ」
主であるエヴィーは翻訳機能のあるアイテムに頼っているため、日本語が全く上達していなかった。その必要性を感じないほどアイテムが優秀なのだ。ただ弱点としてこちらの声も全て英語に翻訳されているため、これだけしゃべっていても日本語のスキルが一切上がることがなかった。
「主、翻訳機、頼りすぎ」
「だって……仕方ないじゃない。誰も教えてくれないんだし、そんな暇もないしね。レベル100ぐらいになると、1日、日本語の本を読んでれば簡単に喋れるらしいからそれまではいいかなって」
「まあ不自由はないけどさ」
レベルが上がると知能が上がる。そしてその上がり具合が一定を超えると、どんな言語でも1日あればペラペラに喋れるようになるらしい。全くもってレベルアップとは恐ろしいほど便利である。
「今回はスキルも魔法も生えなかったわね。またステータス勝負する?」
「やらない。祐太は賭けの対象にするようなものじゃないもん」
「残念」
あの日からエヴィーは美鈴とギスギスしている。エヴィーからすれば穏やかな気分でいられるわけがないと思うが、俺と美鈴が仲良くしていても、何かしてくるわけでもなかった。
そして数日が経過して、俺もこの状況に慣れてきた。というか、これで当たり前だったんだと思った。俺がエヴィーほどの美少女に好かれるわけがないし、よく考えたら一時の気の迷いだったのだ。
「昼からついにクエストね」
「うん」
「誰からする?」
「誰からというより、私からの提案なのだけど、それぞれ別にクエストをやらない?」
「どういう意味?」
「そのままよ。ここからは、それぞれクエストをこなすために単独行動をとるの。私の見立てだと祐太はまず間違いなく単独でクエストをこなせると思う。私はリーンと組んでいるからそれほど難しくない。一番不安があるのは美鈴だけど、クエスト内容は離れた位置からの狙撃よ。もし失敗しても20式小銃で殲滅すれば大した危険はないでしょ」
エヴィーが理路整然と口にした。確かに話している内容は理にかなっていた。俺自身、クエストを一人でこなす自信はあった。それに1階層のようにゴブリンライダーは不意打ちをしてこない。それだけでもかなり楽な状況だ。
「だからって一人になる必要はないと思うけど」
俺は口にした。それぞれがクエストをこなすのを離れた位置から見てればいい。それでもいいはずなのだ。
「何のために? クエストは一人でやることを求めている内容だわ。つまり私たちは絶対に助けられない距離まで離れる必要がある。それなのに見ている必要がある?」
「それは……」
南雲さんは転移魔法を使って一瞬で数キロ離れた場所に現れていた。あの時は豆粒ほどにも見えないほどだった。それでも声が届いたのは、おそらくテレパシーが使えるからだ。当然俺たちはそんなことできない。だから見守ることに意味などないのだ。
「私たちじゃ何があっても助けられない距離。500mぐらいかしらね。それだけ離れたら見てることに意味はないわ。それにもし、"仲間が見てた"ってことでクエスト達成とみなされない場合、やり直しよ。違う?」
「違わないけど」
「ミスズ、あなたはどうなの? 一人でやるの? それとも私たちに見ててほしい?」
「……分かったわよ。一人でやる。祐太。大丈夫。私は遠距離から狙撃だから、20式小銃のことも考えたら確かにエヴィーの言うとおり、そこまで危険じゃないし」
「本当にいいの?」
エヴィーのこの提案は美鈴のプライドを刺激している。私はできるぞと言ってきている。そして俺も出来る自信がある。そうなってくると美鈴は引くに引けなくなる。エヴィーはきっと俺のことを諦めたとしても自分が選ばれなかったことが面白くないのだ。
「祐太から見て私はクエストを一人で出来ると思う?」
「それは……」
俺は考えた。美鈴の持っているスキルと魔法。レベルダウンの魔法は遠距離狙撃だからほとんど使えない。でもスキル的に考えたら不可能とは思えなかった。
「多分ちゃんと作戦を考えたらできると思う」
「じゃあ祐太も一緒に考えてくれる?」
「それはもちろん。でも死んだら終わりだからね。そこだけは忘れないようにしてほしいんだ」
美鈴はダメでも無茶をする時がある。今回のやり方だとまたそういう時にそばにいることができない。俺がそれを強調すると、美鈴も理解してくれて、エヴィーの意見も求めて作戦を決めた。そして俺とエヴィーの作戦も話し合った。
それから3人でその日は、レベルアップしたスキルの確認と、ステータスの変化による動きの確認を行った。そして翌日の朝にもう一度ゴブリンライダーの群れを四人がかりで討伐した。最終確認が終わると、大丈夫ということに自信が持てた。
3人でうなずきあって、分かれる。再び階段探しのような状態になる。実際、ゴブリンライダーと戦いながらも、下に降りる階段探しも兼ねていた。だから今回も地図アプリで階段探しも行うことにした。
そのおかげもあって1/5ほどは探索が終わっている。後4/5はそれぞれに大丈夫だと判断したら、単独行動でそのまま探索を続ける話にもなった。
「なんかやっぱりこれは寂しいな」
2階層はゴブリンライダーの特性上、そのナワバリのゴブリンライダーを倒してしまうと、そこには次のゴブリンライダーはなかなか現れないと分かった。というよりもゴブリンライダーは他の群れのテリトリーには入ってこないようだった。
おそらくダンジョンからリポップするまで、その場所にはゴブリンライダーはいないようだ。ダンジョンが再び、モンスターをリポップさせるのは24時間だと言われており、ゴブリンライダーを倒してしまうとその空間は24時間安全になる。
だからトイレ休憩で接触してくることもない。昼食も一人で取れてしまうので、夜寝る時以外は完全に離れ離れだ。
「ステータスのことがあるから、多分みんなそうするよな」
美鈴もエヴィーも本気で探索者をやっている。だからこの階層でのレベル限界。レベル7に到達するまで、そして、そこからの探索。おそらく単独行動を選ぶはずだ。
「エヴィーが言ったことは、どのみちしなきゃいけなかったことか」
「私がどうかしたの?」
不意に声がして振り向いた。金色の髪に青い瞳。見間違えることのない美少女がいた。
「エヴィー。何してるの?」
俺は思わず惚けてしまった。
「意外そうな顔。気づいてるのかと思ったのに、全然だったの?」
4人が別れてから30分ぐらい経過していた。とっくの昔にエヴィーとの距離は、離れているはずだった。
「気づいてるって何を?」
「私がこういう行動に出るっていうこと」
エヴィーがそのまま近づいてきた。暑い日差しの中で、自分の鎧を取ってしまう。白い肌が現れた。しかし俺は戸惑った。こんなことをすれば地図アプリで一瞬にして美鈴が気づくはずだ。地図アプリでは仲間の位置もわかるようになっているのだ。
「まま、待ってくれ。2階層はトイレ休憩も必要ないんだぞ。こんなことしてたら絶対美鈴にバレるぞ」
「大丈夫。私のスマホはリーンに預けてあるから。それと個人的にもう一つ購入した探索者用のスマホもあるの」
エヴィーは綺麗すぎる素肌をさらしたまま、マジックバッグからスマホを取り出した。
「失くした時のために買っておいたんだけど、役に立ってくれたわ。こっちのスマホはリーンが持ってるのとしか連動してないの。これで後であの子と合流するのも簡単よ」
「呆れた。あの時から、このつもりだったのか?」
「そうよ。だって、ユウタは、ミスズにはあの場ではああやって言うしかなかったでしょ。私もあの場でミスズと本気であなたの取り合いを始めるわけにはいかなかったし、下手するとあの子が抜けちゃう。だから我慢したの」
「我慢したって、俺とは一時の気の迷いだったんじゃないのか?」
「バカなこと言わないでよ。そんなわけないでしょ。私はそんなに軽くないの。あなたが好きだって言ったじゃない。それに私は本当に関係を持つ男は1人って決めてるの」
エヴィーが近づいてきて俺の装備を外してくる。抵抗するべきかどうするべきか考えて、悩んでる間に外されてしまっていた。そして抱きしめられた。炎天下の中で距離がゼロになる。
「ああ、ようやくあなたの暖かさを味わえるわ。あんなこと言うなんてひどいわ。私本当は泣きそうだったのよ」
エヴィーの瞳には涙が滲んでいた。綺麗すぎるほど綺麗なエヴィーが涙を流すと、自分はどれほど悪いことをしてしまったのかと思えた。
「わ、悪かったよ。でも俺はどちらかって言われたら、また美っ」
それ以上言おうとしたらキスをされた。目の前にエヴィーの顔がある。腕をしっかりと回されてぎゅっと抱きしめられる。喋ろうとしても喋れなかったし、そんな気力すらおきないほど甘いキスだった。
少女はあまりにも美しすぎた。何なのだ? どうして俺はこんなに綺麗な少女に好かれている? 時間がわからなくなるほど、長く抱きしめられ、ずっとキスされていた。お互いに反応してもっとしたい気持ちになる。
でも離れるとエヴィーが本当に泣いていた。
「ユウタ。そんな言葉を私に聞かせないで。選ばなきゃいけないような状況にはならないように今度からはもっと気をつけるわ。だからそんな言葉を聞かせないで」
「聞かせないでって、それこそ、それでいいの?」
「いいわ。私はあなたを諦めたくない。今は一番じゃないなら我慢するから、私をちゃんと見て。もっとあなたに好かれるようにするからちゃんと見て」
エヴィーがもう一度キスをしてきた。俺はそのまま草原にエヴィーを押し倒していた。まるで魅了の魔法にかけられたみたいだった。





