第四十六話 Sideアメリカ大統領
Sideアメリカ大統領
「大統領。この和解案に乗るしかないのです」
「本当にこれしかないのか?」
ダンジョンが現れて5年。前大統領の初動の失敗から始まるダンジョン崩壊から3年が経つ。良くも悪くも我が国は軍事産業によって成り立ってきた国である。軍事産業を蔑ろにして大統領として生きていけるわけがない。
前大統領はそれにとことんまで足を引っ張られ、かなりの壊滅的被害を出したダンジョン崩壊を経てもなお、1年もの間、ダンジョンを閉鎖する法律を撤廃することができなかった。そしてようやく2年前に私の手でダンジョン関連の規制を闇に葬った。
それでもなお、ダンジョン対策に遅れた我が国は、ダンジョンにおいて他国の後塵を拝することになってしまった。そうして今、再び私の手でアメリカの未来を決めるような、一つの出来事に決断を下さなければならなくなった。
「現状を鑑みるに無理な条件ではありません。弓神はこの和解案に同意する場合、治安維持に協力してもいいと言ってきています」
前大統領が闇に葬られ、自分が成り代わった時はもう少しマシなことができると思っていた。実際、大統領こそ探索者に積極的である姿勢を見せようと、ダンジョンにも入り、レベル上げだっておこなった。
その結果超人とも言える力も手に入れた。
レベル16。
しかしそれでもなお探索者の世界では、赤子同然。何よりも前大統領よりももっとましな未来を作るはずが、そんなことは全くできずにいる。あの頃より悪くなっているのではないかと最近は寝覚めも悪くなった。
「私は歴代アメリカ大統領の中で最も愚かな人間と言われるのかもしれないな」
なんとかGDP世界1を保っているものの、今のアメリカの治安は相当ひどい。ダンジョン崩壊で溢れ出たモンスターの討伐をなんとか日本の協力も得て処理し終わったのが、去年の年末だった。
その時は盛大にお祝いをしたものだが、アメリカの地獄の蓋が開くのはそこからだった。モンスターという共通の敵が居なくなり、密かに外国でレベルアップを果たしていたアメリカ人探索者たちが帰国を申請してきた。
高レベル探索者の名前もチラホラとあった。ダンジョン関連の事であまりにも出遅れていると感じていた私は、それを喜んで受け入れた。国民も我が国から逃げたとも言える探索者たちのことを、非難するのではなく賞賛するとともに迎え入れた。
やはり我が国の国民達は寛大で偉大だと私は誇らしく思った。
「逆に歴代で最も偉大な大統領と評されるかもしれません」
「ありえんよ。アメリカの敵を受け入れ、そして食い破られようとしているこの状況ではな。毎日のように前大統領をこの手で殺してやりたいと思うほどだ」
「安心してください。前大統領はもう死んでいます。弓神の手によって殺されました」
「ああ、そうだったな。全く嫌になる世の中だな。我が国は、我が国の国民にこれほどまで恨まれていたのだ」
嫌になるほど人が死んだ。それでも争いは治ることがなく、そして一番争ったのは皮肉にも外国ではなく国内の人同士だった。
「日本がまだそうでなかっただけマシと思いましょう」
「そうだな。ファイヤードラゴンはよく働いてくれる。ゼウスとの戦争でも、たったの1万人死傷しただけだ。おまけに、キシタニが何もしなくても勝手に解決してくれたと言うのだから羨ましい限りだ」
「この和解案もファイヤードラゴンがなんとか引き出してくれた条件でもあります。和解するのなら、もはや今しかありません。これが成功すれば、再び世界一の称号が、我が国の手に戻ってくる」
「君はずいぶん楽観的なんだな。私はまた何かミスをしている気がしてならんよ」
「大統領。誰が聞いているかもわかりません。それ以上は」
「分かっている」
私も探索者に片足を突っ込んでいるのだ。あの者たちがその気になれば、たとえどんな場所であろうと秘密の話などできない。そうだ。どれだけいい考えだと思ったこともその場しのぎに過ぎない。もうその事だってわかっている。
私の考えが間違いなければ、このままダンジョンがこの世に存在し続けるならば、世界は間違いなく探索者が支配する世界になる。いや、もうほとんどそうなりかけている。3ヶ月前の12英傑会議。そこで決まったことにどの国も逆らえない。
逆らうなどと口にする国すらなかった。だが12英傑には良識派が多い。だからまだ世界は均衡を保てているのだ。
「この和解案の書類にサインを。それしかないのです」
「ああ、わかった。確かにそれしかないのだな」
書類にサインを記していく。様々な条件が書かれている中で、一際目立つものがあった。10の入口を擁する特級ダンジョンが現れ、一番ダンジョン崩壊での被害がひどく、復興の目処が全く立っていないニューヨーク州の割譲。
「いずれは取り戻すが、今はひとまず彼らに譲ろうではないか」
「いけません。それをすれば、またアメリカは戦火となります」
「私もやりたくはないよ。だが、それでもだよ……」
あまりにも長くナンバーワンで居続けた国民が、こんな和解案に心から納得できるとは、私は欠片も思わなかった。





