第四十五話 Side伊万里②
「よかった。元気そうで」
「喜んでもらえて何よりだ。ミス・イマリ」
祐太と離れ離れになると思った瞬間。どうしようもないほどの喪失感が襲ってきた。自分でもあの電話はないと思った。自分の中の黒い感情が一気に噴き出した。祐太だけはとらないで欲しいと心から思ったし、桐山美鈴を殺してやりたいと思うほど憎くなった。
ダンジョンから届いた祐太からの手紙にホッとする。私のことを心配してくれている内容と、順調にレベルアップできていることの一通りの説明がされていた。桐山美鈴とエヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクとも仲良くできてるらしい。
「デビットさん、マークさん。こんなことまでしていただいて、ありがとうございます」
私は手紙を届けてくれたデビットさんとマークさんに頭を下げた。
「そうかしこまらないでくれイマリ。俺達もダンジョンの中をもう一度見たくて入ったってのもあるんだ」
「まさかダンジョンってのが、あれだけ羨ましい場所だとは初めて知ったぜ」
「マーク。お前はいつも一言多い」
「へ、デビット。本当に俺たちは間抜けもいいところだったな」
「まあそれだけは賛成だがな」
「お二人はレベル10だって聞きましたけど」
私は二人のやり取りが気になった。やはり祐太はあの二人とそういうことなのか。本当に嫌になる。どうして私は祐太よりも誕生日が遅かったのだ。1日だけでも早ければ、絶対に他の女が入る隙など作らなかったのに……。
「はは、なんちゃってだけどな。なんせレベル4のユウタに勝てる気がしないんだぜ」
「まあイマリは失敗しないと思うが、くれぐれもユウタの言うこと聞いてレベル上げすることだ。じゃないと俺たちみたいに後悔してもしきれないような目に遭う」
「レベル上げのミスですか?」
最近徐々にだが言われ出していることだ。ダンジョン崩壊などで、レベル上げの質を問う暇などどの国にもなかった。しかし日本に高レベル探索者が多いことから、徐々になぜかということに研究者が注目しだした。
そして、レベルが一つあがるだけでも、全然質が違うということが明らかになってきた。分かってきて一番それを失敗しているのがどの国かもわかった。重火器の使用をダンジョン内で無制限に解禁したアメリカだった。
その巻き返しを図ろうと今アメリカは躍起になっている。それでも重火器を潤沢に用意できなかった貧困層などが、高レベル探索者になって、貧困層と富裕層の衝突も激しくなり、なかなか質の高いレベル上げができていないとニュースになっていた。
「ああ、たったのレベル10まで失敗しただけで、もう取り返しがつかない。本当嫌になるよ」
「やっぱり上手く行きすぎるぐらい上手く行ってるユウタを見ちまうと未練が復活するぜ。俺達だってあんな風にできたかもしれないんだぜ。あいつを見てたら、昔の俺たちをぶん殴ってやりたい気分になるぜ」
「そうだな……」
「ダンジョンで見たユウタってそんなに凄かったんですか?」
私は思わず尋ねた。なんだかんだで私のイメージの中には、暗くて冴えない、そして虐められっ子だった祐太の印象が強かった。それがこんな筋肉モリモリの強そうな人たちに褒められることに違和感しかなかった。
「レベル4なのにまるでアメコミのヒーローみたいだったよ」
「アメコミって言うとスーパーマンとか?」
「空は飛んでなかったけどな」
「イマリ、俺はアメコミが好きでよ。スーパーマンみたいになれたらってずっと思ってた。軍隊に入ってからは日本の漫画をこれでもかってぐらい勧められてよ。めちゃくちゃハマった。なんてクールで格好いい奴等なんだって憧れたぜ。だから俺はダンジョンが現れた時は飛びついた。『俺もスーパーマンになってやる』ってな」
「俺もだよ」
こちらの用事もしてもらった代わりに、デビットさんとマークさんの愚痴にも付き合ってあげた形だった。でも参考になった。前に帰ってきた時祐太は見違えるほどカッコよくなってた。
今はもう一段上になってるらしい。そんな祐太に、本当の祐太を何も知らない。かっこいい部分だけしか見たことがない羽虫が寄ってきている。私は自分の手紙も祐太に届けてほしいとデビットさん達に預けた。
デビットさん達が帰り、静かになると日本の寒い冬の夜に逆戻りした。私は自分だけだといい加減な気持ちになって、コンビニで買ってきたお惣菜で済ませた。それでも汚くしてると祐太に嫌われると思ってお風呂はちゃんと入った。
出てきて自分の部屋で髪を乾かして、立ち上がると祐太の部屋へと入った。当たり前だけど祐太はいなくて、ダンジョン関連の資料とゲーム機が乱雑に置かれていた。
「祐太……」
祐太からの手紙が届くと余計に切なくなり早く会いたくなる。帰って来てる間は私が独占したってあの女たちも文句ないはずだ。だってずっとダンジョンで一緒にいるんだもの。もしどこかに出かけたいなんて言ったら、今度は絶対に許したりしない。
「早く帰ってきて……」
祐太のベッドに潜り込んだ。
「寒いな」
ダンジョンの中がどれだけ暑くても、こっちはまだまだ冬で、私は頭から祐太がいつもかぶっている布団で、しっかりと自分を包んだ。





