第四十一話 ゴブリンライダー
「こ、これで大丈夫だよな?」
まさか自分が女性に浮気がバレるのを怖がって、アリバイ作りに必死になる時がくるとは、正直ちょっと優越……。なんだろうこの気分。悪いことをしているのは分かっているのだが、モテているということに優越感を持ってしまう。
なるほどモテる男が調子に乗るのは、このせいなのか?
「だめだ。だめだ。こんなことで調子に乗ってるってバレたら二人にも伊万里にも愛想を尽かされる」
ともかくゴブリンを近接戦闘で狩りまくった。二人が来るまでに100体ぐらいは殺したんじゃないかと思う。体中がもうゴブリンの血だらけで、これで俺の体からはエヴィーの匂いなど絶対しないはずだ。
普通なら血がかからないように気をつけているのに、それを一切しなかったから、かなり気持ち悪い。さすがにこのままでは気持ち悪すぎた。俺は2階層への階段がある場所まで来ていたが、近くにある水場へと歩いていく。
ゴブリンに警戒しながら裸になって鎧をひとつひとつ綺麗に洗い流して、着ている服も脱いで、洗ってしまう。そばにキリンがいてペコリと頭を下げる。蹴られたら嫌だから少し距離を置いた。ゴブリンが怖いので日本刀と拳銃だけは傍から離さなかった。
「はあ、暑い」
これで美鈴にバレたら何をしていたんだろうという話である。
「本当にハーレムなんてエロ本の中だけで十分だな」
「祐太、何してるの?」
「裸じゃない」
しばらく水の冷たさを感じていたら、二人が来たみたいだった。こんなシーンは今までいくらでもあったからそこまで慌てなかった。とはいえ粗末なものをいつまでも見せていても仕方がないし、悪いと思った。
「ごめん。すぐに服を着るから」
「あら、そのままでも別にいいのよ」
エヴィーが、平気な顔でそんなことを言ってくる。せっかく浮気がバレないようにここまでしてるのに、エヴィーには俺の努力が伝わらないようだ。それでもとにかく服を着ようとして、二人の方をちゃんと見て驚いた。
「ふ、二人ともどうしたの!? リーンもひどい状態じゃないか!」
「ふふ、どうしたんでしょうね」
「本当に」
「ぎゃー」
せっかく買い換えた装備や服装が傷ついていて、おまけに血の痕まである。ポーションで回復しているようだが、1階層でこの3人でいて、こんな状態になるとは思えなかった。
「まさか先に2階層に入っちゃったの?」
「そんなことしないわよ。と言うか2階層でこんな状態になるようなことしてたら、二人とももう死んでるわ」
「それもそっか。え? じゃあ1階層のゴブリンにやられたの?」
「そうよ」
「『そうよ』って。何してるのさ」
呆れた。3人もいて1階層のゴブリンに後れをとってどうするのだ。
「そんな調子で二人とも階段を降りられるの?」
「大丈夫。ちょっと気を抜いちゃっただけ」
「ちょっとって……ちゃんと気合い入れてくれないと困るよ。2人とも2階層じゃ気を抜いたらダメだからね」
「分かってますー」
美鈴はなんだか面白くなさそうに答えた。まあ負けると思ってなかった1階層のゴブリンに負けてしまったからだろうか。わずかに浮気がバレたのかとも思った。でもそれならもっと俺を怒ってくるだろう。そういう反応でもないのだからやはりバレてないはずだ。
「エヴィーもわかってるよね?」
「ええ、まあミスズ次第だけどね」
「ぎゃー」
なんだか2人の間に微妙な空気が流れている気がした。
「は!」
しかしそこで俺は気づいた。真っ裸で女子の前に居続けている。
「ごめん。本当に今すぐ服着るから」
「別にそのままでもいいけど」
「ダメよ。私達だってゴブリンに襲われた汚れを落としたいんだから、見張っててもらわないと。リーン。あなたは後よ。祐太と見張ってて。祐太に変なことしちゃダメだからね」
「ぎゃー」
二人が装備を外し始めた。素肌がどんどんとさらされていく。俺はそっと視線を外した。リーンが俺の横に来て、エヴィーと美鈴の方向を見ながら警戒してくれている。前の泊まり込みの時もこういうシチュエーションは何度かあったが覗いたことはない。
「まあ当たり前だけど……」
「ぎゃ」
何かを言いたそうにリーンが声を出した。
「どうかした?」
リーンも自分の意思のようなものはあるみたいで、普通のゴブリンと違って男の好き嫌いもあるようだ。俺は気に入られてるみたいで見張りの時も距離が近い。
「ぎぎゃー」
「んん? ごめん何言ってるか分からないんだけど」
犬がワンワン吠えても何を喋っているのか分からないのと同じで、リーンも何を言ってるかわからない。エヴィーには理解できるようだし、美鈴も少しは分かるようになったみたいだが、俺はさっぱりである。
レベルが上がったら知能も上がってリーンが何を言いたいか理解できるようになるのだろうか。いつかリーンの言っていることを理解できるようになりたい。
「ぎーぎー」
「うん?」
それにしても今日は何か言いたげだ。何か伝えたいのか? とまどいながらもリーンと見張りを続け、二人が汚れを落とし終わったのか、装備をつけている音が聞こえた。
「お待たせ」
「待たせたわね」
振り向くと破けたところは仕方がないとして、身綺麗にした二人がこちらに歩いてきていた。エヴィーには日本人には見られない超越したような美しさがあるし、美鈴は美しさを売りにしている芸能人と比べても綺麗じゃないかというほどだ。
伊万里はショートカットで目がくりくりしていてアイドルグループのセンターの人みたいな顔してるし、リーンもハリウッドの子役みたいな感じだ。やばい。顔がにやにやしそうになる。
「ごめんね。せっかく祐太に買ってもらった装備なのにいきなり傷物にしちゃった」
「俺こそさっきはちょっと言い過ぎた。ごめん」
「ううん、ダンジョンで警戒を怠った私が悪いの」
「じゃあここからは気合い入れていこう」
「祐太……あの、好きだよ」
「うん?」
なぜそんなことを唐突に言うのかがよく分からなかった。それでも美鈴がそばに寄ってきて、ものすごく構ってほしそうなオーラを出していた。それでついエヴィーに見えないように美鈴のお尻を触ってみた。
「う、うん」
エロ親父みたいなことをしてしまったと思ったのに、美鈴は嫌がる様子もなく嬉しそうだった。むしろ触りたいの?もっと触っていいよ?みたいな顔をしている。
「ユウタ。とにかく下に降りましょう。2階層がどんな感じか見てみたいわ」
エヴィーに気づかれたみたいで口を挟まれた。というより、こんなことしてる場合じゃない。リーンも先ほどまで不満そうな雰囲気を出していたのを引っ込めている。1階層ですら未だに油断すると死にかけてしまう。
2階層に行く前に浮ついた心なんて起こせない。美鈴のお尻を触ってる場合じゃないと手を離した。そして2階層への階段まで、移動した。階段は2mほど盛り上がった黒岩でできた建物だった。畳、2畳ほどの広さがあり、下へと続く階段が見えていた。
まず俺から階段へと一歩足を踏み出した。そして降りた瞬間だった。フッと視界が歪む。その感覚はダンジョンの入り口をくぐる時と似ていた。各階をつなぐ階段は、実際のところ階段というより転送装置に近いと言われている。
ずっと下までの長大な階段を降りていくのではなく、一瞬で下まで降りてしまうのだ。さらにもう一歩足を踏み出す。そうすると目の前に再び日中のサバンナが広がっていた。
「ここが2階層?」
「見た感じ、それほど変化はないわね」
「本当だ。でも暑い……噂通り1階層より暑いんだ」
後ろを見ると黒岩でできた建物が10mほど上に盛り上がっている。中を覗くと上に上がる階段になっていて、足を踏み入れるとまた一瞬で1階層へと戻れる。このため各階層は別空間にあるのではないかとも言われていた。
俺は探索者用のスマホを取り出した。地図アプリを開くと1階層から2階層へと更新してくれる。そして帰り道の起点となるこの黒岩の建物のところに、ちゃんと印を入れておく。地図アプリの備考欄に書いてある2階層の情報を開いた。
「気温35℃。湿度80%。気温は1階層よりも5℃高いね。湿度も10%高く固定されてる」
まず1~5階層までのエリア環境はサバンナであることに変わりがない。しかし下の階層に行くほど気候が厳しくなっていく。1階層でもかなり暑いと思ったが、2階層ではそれがまた一段とひどくなり30℃から35℃に気温が高くなり湿気も強くなる。
ムシムシとしていて暑いので、最初のうちは体力が奪われる。そして俺たちはそんなことよりも大事なことがあり、低い姿勢になった。エヴィーがリーンにも命令して低姿勢をとらせる。ここには明確な敵がいる。200m程先でたむろしているモンスターを見た。
「早速居るな」
「ゴブリンライダーか。うわー強そう」
それはメスのライオンに乗ったゴブリンだった。
ゴブリンライダーと言われる存在だ。メスのライオンの背中には馬のように鞍が取り付けられ、手綱も付いている。そしてゴブリンは腰に西洋の剣を装備していて、ゴブリンのくせに騎士のような鎧まで着込んでいる。
2階層ではこのゴブリンライダーが15騎~20騎の小隊規模で行動する。隊長のゴブリンは西洋風の赤い鎧を着ていて、肌は緑色だがレッドゴブリンとも呼ばれていた。こいつらがべらぼうに強くて、
「隊長がレベル8、ただのライダーでもレベル7よね」
「うん、鑑定をした人の話だとそれで固定されてるらしいよ。リーンのような、レベルアップした個体がいるという話は聞いたことがないね」
「小春が15騎以下で居ることはないって言ってたよ。20騎以上で居ることもあるんだって。でも、まだまだ銃は通用するって。まあライフルにしたほうがいいらしいけど」
「ライフル銃にしなきゃいけないのは運用面でかさばるけど、まだ銃が効くだけ、マシってことか」
「背中の弓も厄介ね。レベル7のゴブリンの弓は弾丸みたいにほとんど直線で飛んでくるって話よ」
どのゴブリンライダーもきっちりと統一された鎧を着込んでいた。背中に弓も装備していて、騎乗しながら放つことができる。1階層のゴブリンが、農兵の集まりなら、2階層のゴブリンは騎兵隊だ。
「私達よりレベルが倍以上も高いっていうのがな……」
「スキルがないだけまだマシだよ」
このゴブリンライダーが2階層の敵である。1階層のゴブリンよりも脅威度が増している。
「ライオンの速力は時速80km。体重の軽いゴブリンが騎乗しててもほとんどスピードは落ちないって話だ。おまけにゴブリンはレベルが高いから小さくても力が強い。普通の大人の人間なら束になっても勝てないだろうね」
「アメリカってダンジョン崩壊した時こいつらも出てきたのよね?」
「こんなのどころか、もっとえげつないゴブリンも出てきたわ。ダンジョンが崩壊すると1階層から10階層まで全部つながっちゃうみたいなのよね。第1陣で1階層のゴブリンがひとつのダンジョンにつき1万体ぐらい出てくるの。あの当時アメリカに141箇所あったダンジョン全てで合計141万体よ。第2陣であいつらが一つにつき千騎。アメリカ全土だと、14万騎出てきたって言われてるわ。あいつらちょっと理知的に見えるでしょ」
「言われてみれば確かに」
レベルが上なだけにゴブリンも1階層よりも男前に見えた。
「交渉の余地があるんじゃないかって、向かっていったバカが殺された。私の父だったわ。『人はもっと平等であるべきだ』って口癖のように言ってる人だった。『特定の才能があるものしか上にいけないダンジョンは神の摂理に反している』ってよく口にしてたわ」
「それは……なんというか」
口振からしてエヴィーはお父さんが嫌いだったんだろうかとふと思った。
「アメリカで身内の死んでいないやつなんていないわ。私はまだママとふたりの妹が死ななかっただけマシよ。それにこいつらですら、3階層のモンスターよりはマシだった。3階層のモンスターはクレイジーよ」
「よく普通の一般兵がこいつらに勝てたね」
「まあ幸い外に出たモンスターを倒しても、レベルアップするしね。おかげで、軍隊のレベルを上げられたのが一番良かったわ。それがなかったら今頃地球ごと滅亡してるんじゃないかって思うわ。まあ皮肉な話、そのおかげで未だにダンジョンを解放しない国が結構あるんだけどさ」
ダンジョンから外に出たモンスターを倒せば軍隊や警察のレベルを上げられる。そうすれば国家としての体制を保てる。そのために、ダンジョンを解放しない主義のままの国は結構ある。閉鎖主義の代表が中国。解放主義の代表が日本と言われていた。
そのどちらが良いかと言われると結論は出ていない。開放主義だと探索者が力を持ちすぎて、探索者の操り人形みたいな国になる。でも閉鎖主義だと外国の探索者に攻めこまれたときの対策が、同じく外国にいる自分の国の国籍を持っている探索者に頼るしかなくなる。
探索者はタダでは何もしてくれないから、その出費も大国でないと耐えられない。何よりも結局探索者に頼っている。
閉鎖主義の中国も例外ではない。
中国の危機が訪れるといつも現れる【麒麟の王】【魔喰い饕餮】。レベル1000を超えた12英傑の2人が守ってくれることが前提で今の中国は成り立っていた。
「さて、どうする?」
話しながらも周囲に目を配らせる。ここのゴブリン達は女性を孕ませようとしたりしない。なぜかと言えば乗っているライオンが伴侶なのだ。2階層にいるライオンは不思議とメスしかおらず、ゴブリンを夫として迎えている。
だから2階層のゴブリンは男だろうが女だろうが、ただただ人間を殺すだけである。
「風下っぽいね」
「風上でいきなり襲われるって事もあるらしいから、まだこれは良かった」
「もう行く?」
「いや、ちょっとクエスト確認だけしとこう。初動の時点で達成しなきゃいけないクエストもあるらしいし」
「ようやく1階層のチュートリアルも終わったのよ。できればクエストも逃したくないわ」
1階層はチュートリアル。一番、人が死ぬ1階層はそれでもそう言われていた。2階層からはもう一つダンジョンの中でやらなきゃいけないことができる。それがクエストである。
俺は自分のステータスを開いた。ステータスの表示内容は全て変わらないが、一番下の項目だけが追加されていた。
俺が、
クエスト:ゴブリンライダー15騎以上の群れをレベル5時点で、単騎討伐せよ。
使用武器:刀剣類。自身の魔法とスキル。
使用禁止:拳銃や現代兵器。美火丸の胴鎧。
成功報酬:力、素早さ、防御、器用+5。
A判定でさらに+3。
S判定でさらに+6。
美鈴が、
クエスト:ゴブリンライダー15騎以上の群れをレベル5時点で、単騎討伐せよ。
使用武器:弓矢。自身の魔法とスキル。刀剣類。
使用禁止:拳銃や現代兵器。
成功報酬:スキル【二点矢】。
A判定で力、素早さ、器用、SPを+3。
S判定で力、素早さ、器用、SPを+6。
エヴィーが、
クエスト:ゴブリンライダー15騎以上の群れをレベル5時点で、単騎討伐せよ。
使用武器:召喚獣。自身の魔法。刀剣類。
使用禁止:拳銃や現代兵器。
成功報酬:召喚獣ラーイ。
A判定でMP、器用、知能、魔力+3。リーン力、素早さ、防御、器用+3
S判定でMP、器用、知能、魔力+6。リーン力、素早さ、防御、器用+6
「それぞれ一人でやるクエストか」
「二階層のクエストはみんなこれらしいわね」
「欲しいな」
俺の場合、クエストを普通にクリアすると主要な4ステータスが+5される。さらにクエスト内容も問われることになり、ゴブリンライダーをいかにスマートに倒せたか?
それが素晴らしい場合はA判定やS判定になり、さらに追加で+できる。こういうのが積み重なっていき、高レベルになれるもの、中レベルになれるもの、低レベルでくすぶるものが振り分けられていくのだ。
「専用装備はやっぱり制限がかかったか。まあ美火丸の炎刀が使えるだけでもましか」
ダンジョンでは度々こういうことが起きるらしい。ダンジョン内で抜け道を見つけて、楽にレベル上げができるようになったとしても、それほど間を置かずにすぐにアップデートが入る。
その範囲は個人にも及んでいて、例えばゴブリンが楽に殺せるようになって、ガチャコインだけ集めるようになった探索者というのもいるのだが、途端にゴブリンからガチャコインが出てくる確率が極端に悪くなる。
命の危険がある割にサラリーマンの給料程度にしかならないように調整が入るらしい。まあガチャ運4とかになると、それでも充分儲かるらしいが、そんなにガチャ運があるものがそんなことをする例も少ない。
だから結果的にせこいコイン稼ぎをするものは本当にせこく生きるしかなく、まあ本当にダンジョンは楽ができないようにできているのだ。
「美鈴は二点矢か。これ弓兵にとっては必須スキルだ」
「うん、私も弓兵のスキルは色々調べたんだけど、これ、かなり良いスキルなんだよ。二つの敵に同時に矢を当てることができるの」
「つまり、ミスズも私もユウタも上に行きたければ、クエストをやるしかないってことね」
クエストはやってもやらなくてもどちらでもいい。だが大抵の者は挑戦し、失敗して死ぬ確率も非常に高かった。特にS判定を取ろうなどとするとかなり死ぬ確率が高くなる。
「エヴィーは俺たちに比べたら一番簡単かな?」
「ええ、確かに一番簡単かも。それでもまあ難しいけど。それにSを取ろうと思ったらリーンだけで戦わなきゃいけないかもね」
「リーンだけか……厳しいね」
「はあ、レベル5までとりあえず上げなきゃ話にならないわね」
俺たちはクエスト確認をそこまでにして目の前のゴブリンライダーを再び見つめた。
「ユウタ、作戦はどうするの?」
「ステータスのために銃はここからは基本として使わない。その上でリーンも入れて4人であいつらを全滅させる。それが基本だ」
「銃を使わないのはちょっと厳しくない? 相手はレベル8と7よ」
「どのみちクエストでは銃が完全に使用禁止扱いだ。それにレベル5であいつらの単騎討伐をしようと思ったら、俺達3人とも絶対に魔法かスキルがもう一ついる。ステータスの上がりだって最高状態じゃなかったら無理だ。そう考えたら、ここで条件を厳しくしないわけにはいかない」
「それは確かにそうだけど、その条件だと死ぬリスクがあるわよ」
「私は祐太の言葉に従うって決めてるからそれでいいよ」
美鈴はすぐに頷いてくれたが、エヴィーは考えてるようだった。
「エヴィーは嫌?」
「ユウタ、できればもうちょっと安全策を取りたいわ」
「ここで怯えてたらレベル1000なんて夢のまた夢だよ」
「わかってるけど……」
俺たちはゴブリンライダー達からもう少し距離をおいて、細かい打ち合わせを始めた。一応念のためにマジックバックに20式小銃を入れてある。改めて買い足した銃で、自衛隊で正式採用されているライフル銃である。
拳銃よりも遥かに威力が高くて、有効射程も500mまで延びる。危険な状態にならない限りは使わない予定だが、拳銃だと2階層になると心もとなくなる。ゴブリンライダーの鎧に当たると拳銃の効果が弱まり、なかなか死なないという情報なのだ。
しかし20式小銃なら鎧越しでも一発で死んでくれるという話だ。この保険を用意した上で、最初から個体数を減らさずに倒す。俺としてはそうしたかった。
「私は祐太が決めた方針でいい」
「ミスズ、そういうのはやめて。ユウタだけじゃ気づかないことがあるはずよ。あなただってちゃんと意見を言うべきだわ。ミスズの意見がなくて次の瞬間死んでるかもしれないのよ。しっかり考えて」
「むう。じゃあ言わせてもらうけど」
なんだか二人の様子がギスギスして見えた。それでも、話し合いは進んでいき作戦が固まった。結局俺達は1階層に戻って、1時間ぐらい喋っていた。そして主として俺の意見が採用されて、エヴィーと美鈴が気づいたことを補足して、再び2階層へと下りた。
「本当に指揮官は俺でいいんだね?」
「問題ないわ。あなたの言うことならちゃんと聞く。リーンも同じよ」
「ぎゃ」
「私もそれでいい。エヴィーが指揮官だと私素直に聞けないと思うし」
なんだか2人の間に一瞬だけ火花が散ったような気がしたのは気のせいだろうか。なぜだろう? 昨日のことはバレてないはずなのだが……。
「わ、分かったよ。じゃあスキルも魔法も全て使い切る。出し惜しみは無しだ。なくなったらSP、MP、両方のポーションをいっぱい買い込んである。遠慮はいらない」
「うん」
「時計を合わせるよ」
時計が一秒でもずれないように、3人で時刻合わせをする。これも3人で買い合わせた同じデジタル時計である。俺が時計を合わせる掛け声を出した。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」
「「OK」」
「0900作戦開始。失敗したと判断した場合は俺が合図する。その時は一気に20式小銃で殺してしまうから、二人とも従ってくれ」
「「OK」」
できるだけ音を鳴らさないようにゆっくりとゴブリンライダーの群れへと近づいていく。ゴブリンは耳と目と鼻とすべてが悪いと言われていた。それでもレベル7になってくると鋭くなってくる。
この近づく工程で気づかれた場合は、20式小銃を使って一気に殲滅して、もう一度やり直す。そういう段取りだ。美鈴が100m程度近づいたところで止まった。
「じゃあ、美鈴、遠距離から弓攻撃を頼むよ」
「わかった」
「俺たちはもっと近づく。リーンも行くよ」
「ぎゃ」
リーンも危険な状況だとはわかっているのか、できるだけ声は潜めてくれた。エヴィーと3人で新調した装備が汚れるのも厭わず匍匐前進に切り替えた。
美鈴を残して俺達3人がさらに距離を詰めていく。50mまで近づいた。この距離で気づかれたら20式小銃があっても危ない。何しろライオンなら50mでも3秒ほどあれば目の前に来ている。
俺たちはもう一切余計な声は出さなかった。ただゆっくりと黙々と近づいていく。ゴブリンたちの声が俺たちの耳にはっきりと聞こえてくる距離まで来た。俺はハンドサインでエヴィーにここで止まるように指示した。
ふいにエヴィーが手を握ってきた。エヴィーを見ると心配そうにこっちを見ていた。俺たちは草むらにしゃがんでいるから美鈴から姿は見えない。それを確認して、エヴィーから俺にキスしてきた。
「生きてもう一度しましょう」
耳元でそんなことを囁かれる。これこそまさに死亡フラグだが、アメリカ人は知らないだろうな。それに実際の現実には死亡フラグなど何の関係もない。俺はゆっくりと離れて再び進んだ。最後にリーンにも指示を出した。
ゴブリンライダーが2体。5mほどの距離まで近づいた。この2体のゴブリンライダーは不意打ちで俺とリーンが殺す。ゴブリンライダーの速さの利点をこの2体には使わせない。リーンは俺の言いたいことが分かったみたいで、左側の方へと方向をずらした。
「ふう」
気持ちを鎮めるために少し息を吐いた。ゴブリンライダーの群れまで5mの距離まで近づくことができた。草原の草は腰ほどまであるから、ちょっと見ただけでは気づかないはずだ。でも、こちらを向けば多分気付く。
時計を見た。0900まであと10秒だった。炎刀に手をかける。最後に背中に盾を背負ったリーンを見る。
この場で一番危ない役を買って出ているのは、リーンだった。彼女にはスキルも魔法もない。彼女にも20式小銃を持たせているが、いざと言う時は守ってあげるつもりだった。
5
4
3
2
1
時計が9時を示す。ほとんど同時のことだった。美鈴とエヴィーがスキルと魔法を使用したのは。





