第四十話 Side美鈴⑤
まさか小春があんなことをしてくるとは思わなかった。ずっと仲良くしてきたから信じていたのに、なんだか別人になったような気がした。
『本当にごめんね』
あの後、謝罪の電話があった。祐太にもくれぐれも謝っておいてほしいと言われた。なぜそんなに急に態度が変わるのかいまいちよくわからない。中学3年になってからは特に仲良くしてきた相手だ。
私がヤッカミからクラスで嫌な思いをした時もよくかばってくれた。だから、かなり信じていた。友達関係は保つつもりだけど、祐太の前にだけは2度と連れていかないようにしようと強く思った。
「先にダンジョンに入っていってしまったそうよ」
「そうなんだ。待っててくれたらいいのに」
エヴィーのスマホに連絡が来たそうだ。小春との件で怒らせたかと気になったけど、祐太はそんなにすぐに私を叱らないし、大丈夫だと思う事にした。
「じゃあ行こっか」
それにしてもエヴィーは綺麗だ。
女の私でもあまりの容姿の良さに見とれてしまうほど綺麗だ。祐太は、この子と本当に何も関係がないんだろうか?私がもし男なら、ここまで綺麗な少女に、ちょっとでも気のあるそぶりを見せられたら、とても抗える気がしなかった。
何よりも……。
「装備変えたんだ」
エヴィーの姿を見て口にした。全体的に白と青を基調にしたワンピースのようなものに、マントのようなものを羽織っている。手袋とブーツを履いていて、杖を装備している。完全に魔法使いの装備で、防御力はなさそうだった。
それでもダンジョン装備だからある程度は防御力があるのだろう。何よりも召喚士である。近接戦闘をするのは召喚獣であり、おそらくリーンが鎧を着込んでエヴィーを守るんだ。そっちの装備も買い込んだそうだ。
「ミスズもね。ユウタに買ってもらったの?」
「うん。そうだけど後でちゃんと払うよ」
ついそんな言葉が出た。クラスにいた時は自分のコンプレックスを刺激してくるような人はいなかった。でも、エヴィーは容姿でもお金でも私より間違いなく上だった。ネットでエヴィーのことを検索したら総資産が2億ドルを超えてると書いてあった。
エヴィーはネットで総資産が書かれるほどのスーパーモデルで、自分たちに渡したお金も、エヴィーにとってははした金に過ぎないのかと思うとコンプレックスを抱いてしまった。
「あら、そうなの。でも、男が一度出したお金を払うなんて嫌われるわよ」
「そ、そうかな……」
「そうよ」
「ところで」
目の前にゴブリンの集団が現れた。ほとんど条件反射みたいに弓の弦を引き絞ると矢を鋭く放った。額に命中し1体減って4体になる。
「右の2体は私がやる」
「OK」
私は体を加速させる。短刀を抜いた。向こうも刀を振りかぶってくる。もう一体は金属バットだった。どちらも受け止めたら刃こぼれする。だから寸前で躱す。もう一体が飛びついてこようとする。一人で階段探しをしている時はこういう時4体同時になった。
正直それは怖かった。でも2体なら怖くない。左手でアーミーナイフを抜いて、飛びかかろうとするゴブリンの胸に突き刺す。素早くアーミーナイフは引き抜いて、もう一体のゴブリンを上から短刀で斬り殺した。
「よし」
急に近接戦を強いられることもあるので、できるだけそれもこなせるようになりたかった。今回のはなかなかいい感じである。
エヴィーを見ると向こうも危なげなくゴブリンを処理していた。まだリーンも出していない。それでもそこまでの動きによどみがない。アメリカでさんざん苦労しただけあって、やっぱり頼りになる。背中を任せていても安心だ。
「お見事」
「そっちこそ」
「まあこれぐらいは当たり前ね。それより何か聞こうとしてなかった?」
「ああ、うん。エヴィー、祐太の妹の伊万里ちゃんって知ってるでしょ?」
「ええ、もうすぐ私たちの仲間になる子でしょ」
「私の連絡先、祐太から聞いたみたいで、なんか今朝電話かかってきてね。『泥棒猫』とか急に叫び出してびっくりしてさ」
私はエヴィーの様子を注意深く見た。
『泥棒猫!』
『ちょ、ちょっと何を急に。伊万里ちゃんだよね?』
『泥棒猫泥棒猫泥棒泥棒泥棒猫泥棒猫!』
かなり取り乱してかかってきた電話。伊万里ちゃんは私が想像していた妹とかなり違う妹だった。何よりも明らかに祐太を男として見ていた。しかし、それはともかく、伊万里ちゃんの電話の中でデビットさん達の名前が出てきたのが私は気になった。
「それはまた随分とひどい言い草ね……妹よね?」
「そのはずなんだけどな。昨日、『祐太がデビットさん達と飲み明かしたって嘘をついた』って言うんだよ」
伊万里ちゃんは『ずっと祐太と二人で生きてきた私には、祐太の嘘がすぐにわかる』と言っていた。でも私は思い当たる節がないのでそれを説明しようとした。
『ちょっと待って、私はそんなの知らないよ。というより祐太は昨日家に帰ってないの?』
『白々しい。まだ嘘をつくの? あなたのところに2人で泊まったんでしょ? そんなことでもない限り、祐太は私としばらく逢えなくなるのに家に帰ってこないわけがない。大体、あの祐太が急に男友達なんてできるわけないの』
『だって本当にそんなこと知らないよ』
『……とにかく私には祐太しかいない。だから取らないで。あなたさえいなきゃ祐太と私は仲良く2人で生きていた。結婚だってきっとした。祐太の子供だって私が産んであげるの。あいつが欲しいものは全部私があげる。だからお願い邪魔しないで』
私が思っていた伊万里ちゃんとあまりにも違う。というより、2人はもうそういう関係なの? 私が割り込んでいるの? 祐太に確かめるべきなの? でも確かめて『そうだ』って言われたら、私はどうなるの?
私はガチャ運1だ。
きっと祐太以外は私のことなんて探索者仲間としては絶対に大事にしてくれない。探索者をしないなら、それでもいいのかもしれない。いやよくない。きっとこれからの世界は探索者の世界になっていく。
レベル3になっておかなければ就職だって難しい時代がくるだろうと、ネットではもうそんな噂も流れていた。そもそもレベル3になると、かなり病気にかかりにくくなる。だからレベルアップした方が生きていくことにも有利だ。
今でこそまだ探索者の方が少ないから嫌う人が多いけどきっとそうじゃない世の中が来る。そうなったらガチャ運1の私なんて一番嫌われるかもしれない。でも、祐太なら私が虹色カプセルを出すまで、きっと見捨てないで付き合ってくれる。
そうだ。伊万里ちゃんがどう思っているのか知らないけど、私だって祐太しかいないんだ。何よりもこの好きだという気持ちは、人から言われて、とったり付けたりできるようなものじゃないんだ。
「その話は私も知ってるけど本当よ。きっと祐太は最近女とばっかり関わってるから、男の話し相手が欲しかったんじゃないかしら。私もお邪魔したら悪いと思って隣で騒いでいるのを遠慮してたわ」
「そうなんだ。とにかくなんだか感じ悪いなーって。祐太の妹だから、いい子だって思ってたのに、いきなり泥棒猫呼ばわりだし」
「大変だったわね。今回の2階層のレベル上げには、デビット達もサポートでダンジョンに出入りするの。ユウタが途中経過をイマリに教えてあげてほしいってお願いしてきたから、イマリのところにデビットたちが行くわ。だからデビットたちがちゃんと話してくれるはずよ。ダンジョンから出てきたら誤解は解けてるはずだわ」
「だといいんだけどね」
私は正直ほとんどエヴィーが黒だと思った。どう考えても祐太が突然デビットさん達とそこまで仲良くなるのはおかしい。エヴィーが関わっているとしか思えない。自分は祐太とお泊まりなんてしたことがない。
それをエヴィーがしていたらと考えるだけで胸が苦しい。それに色々と後悔も浮かび上がる。自分は祐太が池本に虐められている事を、分かってもいなかった。あの頃の私は人の痛みに鈍感で、うちのクラスに虐めはないと思ってた。
「ねえ、エヴィー。人のものに手を出そうとするのって心が痛まない? 私は伊万里ちゃんが妹なのになんとなく悪いことしてる気がしたよ」
もしかして祐太の好きな人は伊万里ちゃんかもしれない。だとしたら……。
「あら、私を疑ってるの?」
エヴィーは自分に絶対の自信があるからだと思った。祐太の一番が伊万里ちゃんなら、私にとってもエヴィーにとっても全然良いことじゃない。いや、それ以前に、もし伊万里ちゃんが言っているお泊まり相手がエヴィーなら、エヴィーはもう祐太と結ばれたの?
「ちょっとだけ」
「安心してよ。ユウタはミスズが好きよ。私になんて興味ないわ」
「……」
かなり今の言葉にイラッとしてしまう。自分に自信があるからってよくそんな嘘がつける。目の前に緑の頭がいくつも見えてきた。ゴブリンだ。私は拳銃を抜いた。
パンパンパンパンパンパン!
パンパンパンパンパンパンパン!
パンパンパンパンパンパンパンパン!
そのまま片手で21発の弾丸を全て撃ち尽くした。そして拳銃をエヴィーにむけた。スライドストップがかかっているから、弾丸が出ないことは向こうも分かってる。
「おっかないわね」
「ゆ、祐太にちょっかい出さないでよ!」
「出してないってば」
「嘘つき!」
私はそのまま拳銃をおさめた。お母さんが見ていた昼ドラみたいな話だと思った。こんなみっともないことを自分は絶対しないと思っていた。浮気なんてされたら、あっさり引き下がって、その後一切その男と関わらない。そう思ってた。
それどころか、自分こそ2番目なのか? それとも3番目? そう思ってしまうと黙ってようと思っていたのにどんどん口から言葉が溢れてきそうになる。私が押し黙っていると、エヴィーが今度は口を開いた。
「はあ、じゃあ言わせてもらうけど、そもそもダンジョンの中で男を独占する方がどうかしてるのよ。見せつけられるこっちの身になりなさいよ!」
何か吹っ切れたようにエヴィーが言ってきた。そっちはそっちで胸にためてたということか。
「それって自分が黒だって認めたってこと?」
「そうよ! あなたが譲ってくれないから、昨日は1日ずっと隠れてユウタと過ごしたわ! 私を選んでくれたのはユウタよ! 何か悪いことでもある!?」
「開き直らないでよ! こそこそこそこそして伊万里ちゃんに怒られるべきは、あなたでしょ! なんで私があんなふうに言われなきゃいけないのよ!」
「じゃあ、その子に私のこと言えばいいでしょ! いくらでも受けて立つわ!」
エヴィーももう完全に隠しきれないと思って、と言うかバレることぐらいなんだという勢いで言葉を放ってきた。走っていた足が止まり、ダンジョンの中で睨み合いになった。
「い、伊万里ちゃんのことを受けて立つのは私だから! 祐太は私が好きだってはっきり言ったんだから!」
言ってない。祐太は私を好きだと言ってくれたことは一度もない。きっと伊万里ちゃんには沢山言ってるんだ。もしかしてエヴィーも言われたことがあるの?
「だから独占しようとするのがおかしいのよ! ダンジョンの中よ!? 男でも女でも偏った場合はみんなで分け合う! そういうものでしょう! 私だって男が欲しいわ! ユウタと朝まで抱き合って眠れて幸せだったもの!」
「それって誰でもいいってことでしょ!? 犬猫でも捕まえてきなさいよ!」
「侮辱するの!」
「されるような言い方してる!」
完全に私も頭に来てたし、エヴィーも頭に来ていた。しかしここはダンジョンだ。ガサッと音が聞こえた。この音は何度も聞いたことがある。ゴブリンが急に襲いかかってくる時の草原を掻き分ける音だ。カンッと足に何かが当たった。
見るとスネの部分を刀で切ろうとしていた。鎧を新調してなかったらやばかった。大きな声で怒鳴り合いをしすぎた。10体近いゴブリンが集まってきてしまった。2体のゴブリンに抱きつかれる。鎧の隙間から体を触ってこられた。最悪だ。
エヴィーを見ると向こうも同じような状況になっていた。慌ててリーンを召喚している。私も私で、【レベルダウン】の魔法を連発した。そこからは喧嘩どころではなくなった。せっかく新調した服を破かれる。胸も尻も揉まれる。
絶対押し付けられたくないものを押し付けられる。腹を切られる。なんとか撃退できたが、二人とも髪が乱れて散々だった。
「はあはあ、だ、ダンジョンの中で言い合いするのはやめましょう」
「せっかく祐太に買ってもらったのに……」
「おかげで死ななかったでしょ」
「エヴィーのバカ。嫌い」
「私もミスズの独占欲の強さが大嫌い」
「すまし顔!」
「そっちこそ!」
「ぎゃぎゃ!」
私たちが言い合いを始めようとした時、同じく装備をメッタ斬りにされて、ひどい状況になっていたリーンが、まるで「いい加減にしろ」と言ってるように聞こえた。
「やめましょう。こんなことで死んだら笑い話にもならないわ」
「わかった」
私もそれは納得だったので頷いた。
「ねえ」
「何?」
「私、基本的に隠し事が苦手だから言っておくわ。あなたに隠れてユウタと関係を持ったわ。ユウタはイケモト?とかいう馬鹿のことで落ち込んでて、私は慰めてあげようと思った。キスをして、あーこのまま最後まで出来るんだって思った。でも、ユウタはミスズのことを気にしてやろうとしなかった。だから多分本当に好きなのはあなたよ」
「私? 本当に?」
「ええ、そう言ってたわよ」
「わ、私が好き? 本当に祐太がそう言ったの?」
「そうじゃないの? 美鈴に悪いからって言われたもの」
「本当?」
「な、何回も聞かないでくれる。鬱陶しいわよ」
「そ、そっか。そうなんだ」
こんなことで気分が良くなってしまう自分は甘いのだろうか。でも悪い気がしなかったのは事実だ。
「あと、私は誰でもいい女じゃない。ユウタに手を出したのは認めるけど、みんなエッチをしまくってる業界に居てもずっと処女でいた女なの。彼氏を作ったことも一度もないし、ハリウッドで主演を務めるような男に声をかけられても見向きもしなかった。ユウタよりいい男だっていたわ。ダンディーだって思う人もいた。でも、なぜか、この人だって一度も思えなかった。でもユウタなら一生一緒でもいいと思った。ユウタがいいの。私はユウタが好きなの」
「私もここまで強く人のこと思ったのは初めて」
「どうしてかしらね。私が今まで見てきた男と比べて特別魅力的な部分があるとも思わないのだけど……。というか優柔不断でウジウジしている男なんて本来嫌いなのに、ユウタだとそれが可愛くて愛おしく思えるの。昨日なんて盛り上がってこれからって時にあなたの名前を出してくるのよ。なんて酷い男だって思った。なのに好きなの」
エヴィーは自分の気持ちに戸惑いを覚えてるようだった。そのことで私はまたひとつ頭が冷えてきた。
「言い過ぎたのは謝る。ごめん。それと、ダンジョンの中で独占するのが駄目だっていうのは分かる。分かりたくないけど」
「本当?」
「本当……」
「じゃあ私とユウタが堂々とキスしても怒らない?」
「怒る」
「どっちよ」
「これ以上は聞かないで」
私ははっきりと拒絶の意味を込めて言った。そうするとエヴィーもそれ以上は言わなかった。二人とも何も喋らなくなり、
「ぎゃ」
「「それは駄目!」」
リーンが何を言おうとしたか、何故かわかり、私とエヴィーの声が重なった。ゴブリンにまで譲る気はないぞ。





