第四話 ダンジョンショップ
桐山さんのことで浮かれた気持ちをなんとか切り替える。女子のことで浮かれているわけにはいかなかった。緊張しつつも24時間営業しているダンジョンショップに入る。入り口のカードの差し込み口に緊張しながらマイナンバーカードを入れた。
「何度か映像で見たことあったけど圧倒されるな」
あっさり入り口を抜けることができた俺は、ダンジョンショップの中に広がる光景に目を輝かせた。照明に輝く品々。ここは本当に日本なのかという光景。
ダンジョンショップの広い空間には、まず普通に拳銃が売られている。それどころか機関銃やアサルトライフル。携行式対戦車ミサイルまで売っているのだ。
さらに本格的なボディアーマーから、ダンジョンから発見されたアイテムまで、人間が個人で戦うための全てが揃い踏みしていた。
「本来なら銃刀法違反なのに無法地帯とはよく言ったもんだな……」
ダンジョンショップにはダンジョンに入る探索者以外は入れない。そして、ダンジョンから出てきたら、ダンジョンショップの保管庫があるので、そこに銃や刀は置いて帰らなければならない。なぜかと言えば銃刀法違反になるからだ。
「とはいえ結局『規制があってないようなものになってる』って叩かれてたな……」
俺はダンジョンが現れるまで世界に溢れていた兵器が並ぶコーナーの向こう側を見る。ダンジョンから発見された鎧や刀、弓や鞭といったものが並んでいるコーナー。探索者が発見したもので、ショップに併設されている買取所で買い取られて売られているのだ。
「ダンジョンアイテムなら外に持ち出してもいいとか、もはや銃刀法の意味ないよな」
そしてダンジョン産の武器防具は銃刀法に引っかからない。家に持って帰れる。なぜかといえばダンジョンアイテムを規制すると、ダンジョンに嫌われるからだ。
ダンジョンに嫌われることがどれほど恐ろしいことか。誰もが身にしみて分かっている。それを日本政府は恐れるあまり、ダンジョンアイテムの規制を一切できなくなっていた。
普通の武器よりはるかに威力があるのに放置状態なのだ。野党やマスコミには毎日のように、そのことで無能で無策と叩かれている。
「かっこいいけど、こんなの買ってたら必要なものが買えないよな」
ダンジョンアイテムは高い。
安いアイテムも一時期は普通に置いてて、本気で探索者をする気も無いものが、ダンジョン武器だからと刀を差して街に繰り出したりして問題になった。
それからあまりに安い武器などは置かれなくなったのだ。まあそれでも危険性のない安い品物も置いてあるのだが、それでも高い。
「ここに本当にあるんだよな」
そして俺はその中でもここに来たら是非見てみたいと思っている物があった。日本で、いや世界的にも最も有名なダンジョン武器。日本で売られている武器の最高値。誘われるようにそちらへと歩いていき、その武器を見上げた。ひときわ異彩を放つ商品があった。
【炎帝アグニ】
太陽のように輝く刀身。プロミネンスのような炎が常に渦巻いている。それでも不思議と眩しいわけではない。近寄っても熱を感じるわけでもない。だが人が手に持って、相手を斬りつけると、例外なく対象物が消し炭になると言う恐ろしい武器。
そのお値段なんと、
【1,130,000,000,000円】
「……本当にそう書いてある。冗談じゃなかったんだ」
ダンジョンから出てくる武器は能力によっては、その武器一つで軍隊すら壊滅させてしまう。アグニはその中でも在日米軍と自衛隊相手に使用されたことで有名な武器で、イージス艦や10式戦車をバターのように切り裂いた後、蒸発させてしまった。
その事件は外国の探索者が、在日米軍と自衛隊に戦争を仕掛けたことで有名なのだが、国はたった一人の探索者を追い払う事ができなかった。最終的に追い払ったのは自衛隊とは何の関係もない日本人探索者で、その際に相手の主要武器であったアグニを奪った。
【護国の盾・天使フォーリン】
と呼ばれる探索者なのだが、そのフォーリンがアグニを『必要ない』と言ったため日本政府は買取を打診した。買取金額3000億。当時は大騒ぎになった。そんな金どこにあると叩かれもしたし、逆に安い買い物だと褒められもした。
日本政府はおっかない武器だから本当は売りに出したくない。国庫の中に封印しておきたいそうだ。でもそれが出来ないのがダンジョンアイテムのややこしいところで、下手に国が関わると、どんなきっかけでダンジョンに嫌われるか分からない。
アメリカがダンジョン崩壊で、大ダメージを負ったのも、何が理由でダンジョンに嫌われたのか分からなかったためと噂されていた。
「こんなの持てるぐらい、かっこいい探索者になれたらな」
おまけに危険だからといって取り上げることすらできない。本当にダンジョンというのは為政者にとっては頭が痛い代物だ。アグニの値段が破格に高いのも、絶対に誰にも買われないようにと国が願いを込めて瀬戸大橋の建設費用と同じ値段にしたらしい。
それでも諸外国からの買取打診が後を絶たないが、今のところ政府は必死になって聞こえないふりをしている。
「でも高レベル探索者の極み、12英傑はこれ以上の……。って、いけない、いけない」
買うこともできない武器を眺めて、せっかく他の探索者が来る前にと思って、早く出てきた時間を無駄にするわけにはいかない。ダンジョンアイテムが並ぶコーナーから戻って、俺はエスカレーターをさっさと駆け上がって2階に行く。
2階は衣類コーナーになっていて、女性用と男性用に分かれている。探索者の数は男と女でほぼ同数なので、衣類コーナーとしては珍しく男のスペースも女のスペースとほとんど同じ大きさだ。俺は軍用品が売っている場所へと足を向けた。
「米軍コーナーの制式採用品……」
アメリカは今、ダンジョン崩壊に手こずっていて、なりふりかまってられない状況だった。このため低レベルなモンスターにしか効果を発揮しない軍用の個人装備が、大量に日本に売りつけられていた。
ダンジョン崩壊の影響が一番激しかった当時、日本はアメリカから、モンスターペアレントも真っ青な勢いで売りつけられたそうだ。
『おら日本、お前これ買うよね? お前のところダンジョン崩壊ほとんどしてないんだから買うよね? 同盟国だよね? 俺が困った時はお前が助け、お前が困った時は俺は知らない』
しかし、それらの在庫品を日本は喜んで買い取った。というのもゲームなどでもそうだが、ダンジョンは低レベルのところで死ぬ人間が一番多いのだ。
そういう人間に十分な装備を与えようと思うと、米軍の装備が一番役に立つ。結果、売りつけられた品々がダンジョンショップの店先に並ぶようになったのだ。これには普段政府を褒めたりしないマスコミも諸手を上げて褒め称えた。
「米軍一式を買い揃えていけば、1階層なら死なないってくに丸さんの動画で言ってたな」
探索者には動画配信している人がとても多い。その中でも現在、もうすぐ中レベル探索者になりそうな低レベル探索者である『くに丸』という人の動画を俺はよく見ていた。
ほとんどの人間は高レベル探索者の動画を見るのだが、本当にダンジョンに行くならそういう人間の配信の方が役に立つと思ったからだ。
そこでくに丸さんが言っていた。
『米軍一式はマジ神』
俺はその言葉を信じることにした。ダンジョン内は何の制限もなく武器使用が認められている。と言うか認めるも何もダンジョン内は完全な異界と認定され、日本の法律は何一つ通用しない。
「人を殺しても捕まらないんだから、くに丸さんもダンジョン内では他の探索者を信じちゃいけないって言ってたな」
米軍で制式採用されている迷彩服、ボディアーマー、ヘルメット、タクティカルベストなど、くに丸さんの動画を参考に書き出したメモを見ながら、かごに積んでいく。
国からの援助金が出ており、30万あればアメリカ陸軍個人装備が揃えられるのだ。30万使っても20万余るから、それはまた必要に応じたものを買い足していけばいい。一通り揃えてレジを探した。しかし2階のどこにも見当たらなかった。
「あのレジは?」
筋骨隆々の2mはありそうな男の店員がいた。ダンジョンショップだからなのか随分大きな男だ。
「保安上の理由で2階にはない。1階だけだ」
探索者じゃなくて店員だよなと思ったが、ダンジョンショップの名札をつけていたので多分間違いないと思う。そのごつい男がこちらを邪険に扱うように言ってくる。含むとこでもあるような視線。嫌な気分がした。
視線から逃れ、再びエスカレーターに乗り、下に降りた。レジに持っていくと、今度はメガネをかけた綺麗なお姉さんが応対してくれた。大人のできる女といった感じで、営業スマイルでもにっこり微笑んでくれたから、ほっとする。
「すみません。まだ買い足したいんですけど、ここに置いといてもいいですか?」
かごに入れた商品をレジに乗せた。
「もちろん構いませんよ。まだお客さんも他にいませんし、ゆっくり必要なものを探してください」
ハキハキ喋る人で、気分のいい人だ。2階の男とはずいぶん違う対応だ。ごつい男はやはり店員ではなかったのか。ともかく次は武器だ。まず軍関係の商品が置いてある一番手前の拳銃コーナーに目が向いた。
日本の警察で使われるリボルバー拳銃から、米軍で正式採用されているシグM17、そして世界最強と言われるS&W M500まで並んでいた。
「これでいいんだよな……」
俺のお目当てはシグM17。米軍正式採用で、ショートリコイル式。以前は暴発問題などもあったらしいが、今はそれも改善され、米軍で使われているぐらいなので、作動不良などの心配もない信頼のある拳銃だ。
「ケースの中では分からないでしょ? 手に持ってみてください」
本当にお客さんがいないようで、レジから綺麗なお姉さんが出てきて、ショーケースの中に入った拳銃を取り出し、実際に手に持たせてくれた。思ってたよりは軽く、それでいて本物だと思うと重く感じた。
「お客様、銃を撃ったことがありますか?」
「それはないんです」
「でしたら照準器があった方がいいでしょうね」
お姉さんが親切に教えてくれた。M17は色んな付属品を取り付けられるのも特徴で、照準器がついたものもある。今の拳銃は用途に応じて簡単に部品が入れ替えられるようになっているのだと教えられ、その時お姉さんの手と触れ合ってドキリとした。
「どうかしましたか?」
「あ、いえっ、照準器ってちゃんと役に立つんですかね?」
「初心者ですと無いよりはあるほうがいいと思います。ですが、どう違うかは実際に撃ってみるのが一番いいでしょう。試し撃ちもできますから、よければ射撃場で教えますよ。それと弾丸は購入されますか?」
「だ、弾丸の方もお願いします」
桐山さんとは違う大人のお姉さん。親切に相手をされると緊張した。美女の手本のようなアーモンド型の瞳で見られる。男なら誰でもドキッとするはずだ。
「弾丸の種類はどうされますか? M17ですと9mmパラが通常使われます。ソフトポイント弾一発でゴブリンなどは大抵無力化しますし、ダンジョンの1階で探索されるだけなら十分だと思いますが」
9mmパラというのは、9mmパラベラム弾の略で拳銃に使われる弾丸として最もポピュラーなものである。
「じゃあそれで5箱お願いします」
「今なら補助金があるので一発50円。16発入りなので5箱で4000円ですね」
弾丸の値段は思った以上に安いが、実際はピンキリで、同じ9mmパラでももっと安い弾丸もあれば高い弾丸もある。
だいたい一発100円ぐらいの弾丸が一番よく使われているもので、国の補助金はその半分を負担してくれる。50円を一発撃てば人が殺せてしまうのだから恐ろしい話だ。
「サブウェポンとしてもう一丁買っておいた方がいいと思うのですが、どうされますか?」
「あ、えっと、お願いします」
くに丸さんの話でも、サブウェポンは必要だと言っていた。拳銃は1万発撃っても滅多なことでは壊れるものではないが、故障はする。その時は分解結合して故障箇所を直すしかない。だが、そんなことをモンスターの目の前でできるわけがない。
だから拳銃を本格的に使うならサブウェポンは必ずいる。伊万里にも生きて帰ると約束しているのだから、お金に余裕があるのにケチって、死ぬなんてことがないようにしなければいけない。
「お客様、まだお金は大丈夫ですか?」
「え、ええ、まだ大丈夫です」
「でしたら、近接武器の軍用ナイフ。それと万が一怪我をした場合の低レベルポーションを購入されるといいですよ」
「あ、ううん」
綺麗な顔で親切に勧められた。商売上手だな。こちらの懐の心配はしてくれてないようだ。でも軍用ナイフは確かに必要だ。それに万が一のためにダンジョンアイテムのポーションも買っておきたい。
しかし問題がある。
純粋に高いのだ。
低レベルポーションでも、
【100,000円】
「10万円……ちょっとマケてもらえたりは……」
ダンジョンアイテムのコーナーに案内されて、値段を見るが、10万円は最底辺のポーションの価格だ。他のはもっと高い。1000万円とか5000万円とか10億円なんてものまである。こんなもの買う人いるんだろうか?
「申し訳ありません。これでもポーションは安い方なんです。他で購入しようとすればこのポーションでも20万はしますよ」
「うぅっ……」
値段感覚の違いに言葉も出ない。
「一瞬で傷が治ってしまうポーションは、お金に余裕がある人たちに人気が非常に高いのです。プロのスポーツ選手なども好んで使うため、常に需要に供給が追い付いていない状況で、それを探索者の分だけは確保するためにダンジョンショップでは政府が補助金を出して安くしてるんです。ちなみにショップの特別優遇商品は転売すると捕まるので気をつけてくださいね」
「買っておくべきですかね?」
「それはもう是非。お金が許す限りは買っておくべきです」
ダンジョンではちょっとした怪我が死につながる場合もあるって話だし……。綺麗なお姉さんが勧めてくれていることだし……。顔が近い。美人の手本みたいなアーモンド型の瞳が俺を離さない。
「じゃ、じゃあ買います」
「ありがとうございます。死なないように頑張ってくださいね」
お姉さんがいい笑顔でこちらに微笑んできた。ものすごくいいようにカモられた気がする。結局低レベルポーションを二本も買い、予算ギリギリ寸前までお金を出し尽くしてしまった。
「全部でひっくるめて50万に値引きしてくれたけど、これじゃもう何も買えないよ」
残ったお金は2万。普通の中学生が持っているお金としてはかなりリッチだが、ダンジョンショップで買い物するには全然足りない。あのお姉さんこっちの予算知ってるみたいに勧めてくるもんだから、ついつい使ってしまった。
まあ軍用ナイフが5万円でそちらは無料にしてくれた。その他の食料品や医療キットは事前に買い揃えている。
「こうなったら、後はやり切るしかないよな」
ダンジョンに入る前に着替えようと、奥まった場所にあった更衣室を利用して米軍装備に着替えた。姿見で自分の姿を見たら、迷彩服を着た姿が、似合わないどころではなかった。
探索者になるつもりで5年前からずっと筋トレはしているのだが、それでもなんだか頼りない体つきで、出不精なために色白だし、鏡に映るのは迷彩服を着ただけの不健康そうな少年だった。
「似合ってなさすぎて自分でも引くな……」
こんな頼りなさそうな見た目で大丈夫かと自分でも不安になる。
「いやいや、弱気になるな! よし、行こう!」
俺は、頬を叩いて気合を入れた。ネット上でいろんな人から情報収集をした。拳銃の撃ち方とか、モンスターに襲われた時の対処とか、怪我をした時に慌てないこととか、ちゃんと勉強した。学校の勉強は全然しなかったのにこちらは本気でちゃんと勉強したんだ。
「おかげで武蔵野ダンジョン高校の過去問は満点だったんだ。自信を持とう!」
まず銃の試し撃ちからさせてもらおうとレジの綺麗なお姉さんに声を掛けようとした。お姉さんは目を合わせた瞬間に微笑んで、声をかけてくれた。
「お客様、とてもお似合いですよ」
さすがにこれは絶対に嘘だと思ったが、こんな綺麗な人から言われると不思議と似合ってるんじゃないかと思えた。
「はは、そうですかね。いろいろ教えてもらってありがとうございます」
「こちらこそですよ。M17の試し撃ちもされますね?って!!?」
と、どういうわけか急にお姉さんの顔が引きつった。
「そりゃ似合わないとは思うけどそんな顔しなくても……」
俺は遅ればせながら、あまりに似合わない俺の軍服姿に引かれたのかと思った。しかしお姉さんはそちらを見ていなくてダンジョンショップの入り口を見ていた。
「ふあああ。ねっむっ」
サングラスをかけた男がダンジョンショップの入り口にいた。ライトグレーに染めた短髪で、寒くないのか上は薄手の白いブラウスのみで、ダメージジーンズを履いていた。
背中には驚くほど巨大な剣を下げて、高そうなネックレスと腕輪と指輪をしている。年齢は30過ぎか。チャラそうで、モテそうな男だ。池本が30歳ぐらいになったらこんな姿になりそうだ。綺麗なお姉さんの視線はそのチャラい男に注がれていた。
「ああ、だっる。アレはないわー」
チャラい男がふんぞり返りながら歩いて、ダンジョンショップに入ってくる。たったそれだけのことなのに店内の雰囲気がガラッと変わった。なんと言うか冷たくなった気がしたのだ。
「あの」
俺が声をかけようとしたら、どうしてかお姉さんは急に首を振り、『早く行きなさい』と手でダンジョンショップの出口を示してくる。
「あの男に関わるなってことか……?」
お姉さんはあの男と俺を関わらせないようにしてるみたいだ。
『タチの悪い探索者に絡まれる前に早く行きなさい』ということか?
確かにとても真面目には見えない男だ。チャラそうで、苦手なタイプだ。ここはお姉さんの言うことを大人しく聞いて、こっそり出て行くことにした。
「うん? 誰だお前?って、その軍服?」
しかし野戦地では目立たない服装も、真っ白な内装の店内では目立つことこの上ない。全く隠れることができなくてすぐに気付かれた。それでも俺は聞こえなかったふりで、初心者に対する陰湿な絡みも警戒して、そのまま出て行こうとした。
「無視すんなよ。お前その軍服なんだ? 誰に着せられた?」
ガシッと肩が掴まれた。
「え?」
かなり距離があったと思うのにいつの間にか前にいて、身長の高い男に見下ろされていた。サングラスの奥に見える目が、異様な迫力で、ドッと冷や汗が流れる。
「な、南雲さん、その子供はっ」
「あん!?」
お姉さんが何か言いかけて、チャラい男に睨まれた。チャラいのに、それだけで室内の温度が2、3°c下がった気がした。
「っ、い、いえ、新人の子で南雲さんが気にかけられるような相手ではないと」
「うるさいぞクソ女。お前が決めることじゃないよな?」
「そ、それはそうですが」
チャラい男の言葉にお姉さんは明らかに震えていた。
「で、お前」
俺はそれでも何もできなかった。というより何か変な事をした瞬間に殺されるとすら思った。それぐらいこの男が怖かった。
「その姿誰に。って、聞くまでもねえよな。あの女だな?」
「え、えっと」
「坊主、クソ女にいいようにカモられたな」
「は、はあ? お、おっさん、ど、どどういう意味だよ?」
俺はそれでもできるだけ生意気に言い返した。命をかけてここまで来てるのに学校と同じようなことをするのが嫌だった。チャラい男を睨み返しさえした。しかしチャラい男は全然こっちの事など気にしてなくて、再びお姉さんの方を見た。
「クソ女、お前、良心が痛まないのかよ」
「別に私は悪いことをしているわけでは……」
「いいや、し!て!る!だ!ろ!う!ガッ!!!!!」
チャラい男が瞬間、大気が震えるほどの声を出した。広い店内がそれだけで揺れ動いた。お姉さんは完全に萎縮して縮こまった。それどころか直接睨まれているお姉さんの足元に液体がツーと流れ出している。あまりに怖くて漏らしてしまったようだ。
「坊主、金はどうした? それだけ揃えるのに30万はいるよな」
「別にこれは、お小遣いを貯めて……」
俺は男に睨まれる。強気になんとか出たくて声を出すのだが、喉がカラカラになり、この男と喋っていることが怖くて仕方ない。
「マジかよ。最近のガキはそんなにリッチなのか? 俺もあやかりたいな」
「あの、でも、もうお金は残ってなくて……」
相手は気楽そうに喋っているのにこっちは怖くて仕方ない。だって俺はこの男に絶対に勝てない。池本みたいな勝てないじゃない。勇気の有無じゃない。生物的に根本的に勝てない。それが何故か嫌というほど分かる。
「1円もか?」
「2万円ぐらいはあるけど……」
「なるほど……。ちなみにお前全部でいくら持ってたんだよ」
「ご、50万円くらい」
「50万円持ってて2万円だけしか余ってない?ほお」
「な、南雲さんその子は…………」
なんとかお姉さんが口を挟もうとしてくれる。
「クソ女。この坊主の金50万もぶっこ抜いたな。全部払い戻しだ。できるよな?」
俺は怖くて考えがまとまらなかった。体まで震えてきてしまって、あまりに震えるので、チャラい男に手首を掴まれて、レジに連れて行かれるのも唯々諾々と従ってしまった。俺の体があまりに震えるのでチャラい男に気づかれた。
「うん? お前何か怯えてる?」
「あ、あの俺、両親が離婚寸前で、妹と家に残されて、それでも両親は生活費だけ出してくれて、ご、50万は切り詰めて貯めた大事なお金です。妹が『死なないで帰ってきてほしい』って家で待ってくれてるから、お金取られるのは困るって言うか」
「おいおいちょっと待て。お前な。こいつはクソ女だ。そして俺はいい男だ。わかるか?」
「はあ……?」
サングラス男が自分の頭をガリガリとかいた。不思議とあまり怖い雰囲気がしなくなっていた。
「坊主、ちょっと黙ってよく聞いてろよ。政府はな。若いやつが死ぬと色々面倒だからDランに入ってないやつが、いきなりダンジョン挑戦に来たら、持ってる金を全部ぶっこ抜いて、できるだけ死なない装備を着せてダンジョンに放り込むんだよ。この女、きっとお前が10万だけ持ってるだけでも、同じ装備調えてくれたぜ」
「……どういう意味ですか? 死なないことが一番大事だから別にそれでいいんじゃ?」
「確かにそうだけどな。拳銃だとモンスターを殺しても全然レベルが上がらねえんだよ」
「……は?」
一瞬俺は我が耳を疑った。拳銃だとレベルが上がらない。そんな話は聞いたことがなかった。
「正確に言うとちょっとは上がる。でも魔法とかなら普通に上がるのに拳銃だとすこぶる上がりが悪い。近接武器持って戦うのと比べたら1/100ぐらいレベルが上がりにくいんだ。1階層だとモンスター1000匹倒せばやっとレベルが上がるくらいだ」
「う、嘘だ!! ダンジョンショップは政府機関だ。政府の人間がダンジョンに入る人間を邪魔したりしたら、ダンジョンに嫌われるじゃないか!」
ダンジョンショップなどは全て政府が民間に委託しているものだ。いわば政府機関である。ダンジョンショップにはその他いろんな施設が併設されていて、全て政府の息がかかっている。しかしひとつだけ不文律があった。
『15歳以上の人間がダンジョンに来た場合、ダンジョンに入る邪魔を絶対にしない』
その鉄則だけは絶対に守られているはずだった。何しろそれを守らなければその国ごとダンジョンに嫌われてしまうのだ。
「そうだけどな。どういうわけかダンジョンってのは意外とコソコソすると気づかないんだ。と言うか、そこまでセンシティブに反応しないんだよ。案外分かりにくいやり方だとダンジョンに入れなくなったりしない。その抜け道使ってあっちこっちの国で色々やる。お陰でダンジョンに嫌われた原因がわからなくて国が滅びてしまったりもするんだよ」
「そんなこと……」
ないとは言い切れなかった。というのも未だに急にダンジョンに入れなくなって、ダンジョン崩壊を起こして滅びる国があるのだ。
そういう国は、何が原因か分かってなかった。何しろ、ダンジョンに入ることに対して止めさえしなければ、ダンジョンは嫌わないはずなのだ。
それなのにあのアメリカですら3年も原因がわからず、ダンジョン崩壊を起こしてしまい、2年前に急にダンジョンに入れるようになったそうだ。
「その辺、政府がどういう手口でダンジョンを誤魔化してるのか俺は詳しくは知らねーよ。信じるか信じないかはお前が決めろ。そのまま50万の装備を持ってレベルアップもしないまま頑張るか。それとも俺の言葉を信じるか。どうする?」
チャラい男が意外なほど優しくサングラス越しに見つめてくる。その目はよく見ると池本のような意地悪そうな色などどこにもない。お姉さんを見ると足元を濡らしたまま何も言ってこない。と言うかよほど怖いのかまだ震えている。
「でも俺みたいな運動が苦手な人間が、拳銃も持たずにダンジョンに入ったら……」
考えただけでも気持ちがすくんでしまう。拳銃がダメなら近接武器しかない。1階層に出てくるモンスターはゴブリンである。しかしゲームのゴブリンと一緒にしてはいけない。本気で殺しに来るゴブリンがどれほど恐ろしいか、今の世界に知らない者などいない。
「そりゃ死ぬかもな」
「ほ、ほら、おじさんだってそう思うでしょ?」
「そ、そうです! こんな気弱そうな子が探索者になったって死ぬだけです! 止められないなら、せめて拳銃くらい待たせてあげたらと私は思っただけです! ボディアーマーなんかの装備は死なないために絶対必要です!」
お姉さんが急に叫び出した。
「ふん、こいつらお前みたいな子供の探索者を諦めさせたら、秘密会計とかいうやつからボーナス出るらしいぜ」
「そ、そうなんですか?」
「それは……」
俺がお姉さんを見ると気まずそうに目をそらした。
「本当だけど」
そして認めた。
「な、なんだよそれ」
俺はがっくり肩を落とした。
「まだ始まってもいない部分で何もかもご破算になりかけてた? そういうのが嫌でダンジョンに来たのに、どこまで行ってもこういうことから逃げられないの? 大体、拳銃もなしでダンジョンに挑むなんて……」
情けない話、拳銃があるからダンジョンは大丈夫だと思っていたのだ。ダンジョン高校に行くやつらを馬鹿だとすら思ってた。
「……はあ、坊主。とりあえずその品物全部返して、お金も返してもらえ。それで準備できたらついてこい。俺が今日だけダンジョンの案内してやるよ」
「え?」
「俺が一緒なら100%死なん。どうするかはダンジョンの中で戦ってから考えろ。それでもやろうって思うなら俺がもっと金のかからない装備の揃え方を教えてやる」
「いいの?」
「妹が『死なないでくれ』って待ってるんだろ。じゃあ死んだらダメじゃねえか」
サングラスをした男の人の顔を見た。なんだか赤くなってる。そのサングラスからなぜか水が流れていた。
「あ、ありがとう! おっちゃん!」
俺は精一杯頭を下げて礼を言った。
「いいからさっさと行け。他の奴らが来ると、いろいろごちゃごちゃ面倒臭い。あと、南雲って言うんだ。おっちゃん顔なのは認めるが、20歳だからおっちゃんとか言うんじゃねえよ」
「え?」
無精髭を生やしたチャラい感じのサングラス男。どう見ても30以上の年齢だ。お姉さんも知らなかったのか目を瞬いている。
「なんだよその胡散臭そうな顔は。言っとくが本当だからな」
「わ、分かりました。南雲さん」
俺は急いで着替えに行った。振り向くとお姉さんが、南雲さんに股間から出たものを指摘されて、真っ赤になってトイレに駆け込んでいた。





