第三十六話 Side榊小春
その日、私、榊小春は浅草寺ダンジョンのショップで美鈴と待ち合わせをしていた。
美鈴が今日、六条とここで買い物をすると聞いたからだ。私がどうしても探索者の買い物を見てみたいとお願いしたら、最初は渋っていたが、最終的には六条に聞いて了解してくれたらと折れてくれた。
その六条もOKしてくれたらしい。だが六条に失礼な態度を取ったら帰ってもらうとも言われた。
『いい。私の友達関係のこと気にして祐太はOKしてくれたんだから絶対に失礼なこと言わないでね。小春が変な態度取ったら私が祐太に嫌われるんだから。本当に気を付けてよ』
『わかってるって』
『本当に分かってる? もし今朝みたいな態度取ったら2度と口利かないから』
『美鈴ずいぶん変わったね。まあ安心してよ。さっきだって女子に言い寄られて困ってるの助けてあげたでしょ? みんな嫉妬心丸出しで、かなりやばかったよ』
『それは感謝してるけど』
六条に気を使っている美鈴の姿は可哀想で見ていられなかった。だから、私は美鈴より先に浅草寺のダンジョンショップ前に、ついていた。そして今、自分の彼氏。池本和也と待ち合わせをして、落ち合ったところだった。
「小春。俺初めてダンジョンに来たぜ」
「和也。探索者の人たちは危ない人が多いらしいから、変な騒ぎを起こさないでね」
観光地でもある浅草寺のダンジョンショップは、ショップのアイテムを観光客がよく興味を持って見に来ることから、ストーンガチャから出てくるアイテムに関して、探索者のフロアの横に設置されていた。
まあ探索者もストーンガチャのアイテムが必要だと出入りするが、できるだけ一般人と、探索者を分ける作りになっている。私もこの浅草寺のダンジョンショップには興味本位で来たことがある。
でも、どの品物も一つ一つが高くて買えたことがなかった。
「六条の君は浅草寺ダンジョンがホームか?」
「違うみたい。別の場所に入ってるって言ってたわ」
「どこだ?」
「どれだけ聞いてもそれは教えてくれなかったのよね。美鈴もそこまでゆるゆるじゃないみたい」
「ちっ、つまらねぇな」
私は今日ここで初めて買い物をしようと思っていた。ダンジョンショップの前でマイナンバーカードを提示する。ダンジョンショップの自動扉が開いた。そうすると、まず目に飛び込んできたのが、現代兵器の銃器の数々。
「うわー。 戦う男の場所って感じがするな!」
「ちょっと騒がないでってば」
その奥にはストーンガチャのアイテムが並んでいて、さらに奥にはもっと良い物がある。奥は私じゃとても足を踏み入れることができない場所だけど、いつかそこで買い物ができるぐらいになればいいのになと思った。
「これがダンジョンショップかよ。やっぱ珍しいもんがいっぱいだな」
「和也。ダンジョンショップに来るの初めてなの?」
「あ、ああ、母ちゃんが『絶対近づくな。殺される』とか言うから来たことないんだよ」
「奥は絶対に行かないでね。すーっごい、高いものばっかりだから、もし壊したりしたら、一生かかっても弁償できないんだから」
「わーってるよ。なんかでもすげえな。俺も春からここの仲間入りか!」
「拳銃は最低でも10万円はするか。やっぱ高いな」
「おい小春、お前マジで拳銃買うのか?」
美鈴のことが気になっていた。美鈴は昔、探索者のことに興味がなかった。それを仲のいい私が、しょっちゅう探索者の凄さを話しているうちに、いつのまにか私のような興味じゃなくて実際に探索者になりたいと言い出すようになった。
私はその危なさが分かっていたから、危険性を何度も説明した。それでも美鈴は私の知らないところで、いつのまにかダンジョンに入っていた。しかもパーティー仲間が六条なんかだ。ほとんどの女子はそれに引いてたのに美鈴は平気だった。
『六条って、あの親に虐待されてるとかいうやつよね?』
『嘘でしょ。あんなのと一緒に入るなんてちょっと美鈴の事、見損なった』
『おまけに男と入るって。ダンジョンの中の男なんてさかりのついた猿だっていうのに』
『うわー。美鈴、六条なんかに中古にされたの?』
美鈴のいないところで、みんな結構言いたい放題だった。
中には美鈴に聞こえるように言ってる子もいて、それでも平気そうな美鈴が危なく思えた。だから私は美鈴のために行動に出ることにした。六条の一番苦手な人間。私の彼氏を引き連れてだ。
「和也。六条のこと頼むわよ」
「わかってるって。拳銃を使って六条の君をブッ殺せばいいんだろ?」
「いやそうじゃなくて。美鈴に関わらないように言ってほしいの。殺さなくても美鈴の目の前で半殺しにしてくれたら充分だから。それと一応レベル3らしいから、六条だからって油断だけはしないでね」
実際にレベル3なら100%私の彼氏、池本和也が負ける。でも、拳銃があれば別だ。ダンジョンの中なら人を撃ったところで問題がない。半殺しとまではいかなくても、足に一発いきなり撃ち込めば、あとは和也ならなんとでもできる。
もし六条がかなり男前になってたら、その後、私が慰めてあげればいい。和也には美鈴との友達関係を崩したくないから、私のことは言わないでとちゃんと言ってある。だからどう転んでも私には損がない計画だった。
「しかし、拳銃で足を撃ち抜いたら、あいつ死ぬんじゃね?」
「レベル3だし、そんなすぐには死なないわよ。救急車呼んであげるぐらいの時間はあるわ」
この計画なら、六条を虐めている和也ならなんとかできると思った。
私は今のところ六条が嫌いだ。
クラスでいつも気弱そうな顔をして、殴られても何もしない。その六条が、私の自慢の友達の美鈴を探索者として引っ張り込んだと聞いては、居ても立ってもいられなかった。美鈴は絶対まともな状態とも思えない。何かおかしい。
「しかし、小春。お前マジで、桐山は変なアイテム使われてるのか?」
和也が無造作に私のお尻を触ってくる。元々美鈴が好きだった和也。告白の仲介をしてほしいと頼まれたのは半年前のことだった。私は美鈴と仲がいいから男子からそういう頼まれごとが多かった。
美鈴に告白するような男子はみんな自分に自信があるやつばっかりだった。そういうやつは決まって顔が良くて、プライドが高い。でも、いくら私が仲介しても美鈴は100%断る。しょっちゅう告白される美鈴は告白されること自体がうんざりなようだった。
私はその中で顔が好みの男子をよく慰めた。そうすると私は美人ではないけれど、胸は大きいから、美鈴に断られて傷心の男子はいつのまにか私に惚れた。和也はその典型例でそこそこイケメンなんだけど、いまいち何か足りない顔をしている。
そのことに本人は自覚がないみたいで、告白してあっさり断られてバカみたいに落ち込んでいた。私がちょっと『あなたはすごい人間だ』って言ってあげたら、面白いぐらい私に夢中になった。
以来、私にしては結構長続きしている男だ。
「多分ね。ダンジョンが現れてから本当に何でもありだから、人間1人ぐらい操れるアイテムはいくらでもあるのよ。【操り糸】とか【催眠虫】とか一般人でも人を簡単に操れるって有名だしね」
「それがあれば人間が思い通りに動くのか?」
「噂ではね」
「ここで買えるのか?」
「そんなやばい代物が普通に売ってるわけないでしょ。それにいくらダンジョンアイテムでも使ったら即逮捕」
「逮捕は嫌だな。そんなアイテム使わなくても俺はモテるしな」
「裏サイトとかで数千万以上で取引されてるって話を聞いたことあるわ。六条の親ってお金持ちらしいし、子供のためにそういうの手に入れて、結婚相手にしようとか考えてるかもしれない。そういうDQN親もいるって話だし」
かなり私は六条の事を疑っていた。ガチャ運がいいだけで、あの美鈴が、六条を好きになるとは思えなかった。美鈴にはあんなことを言ったが、ダンジョンはガチャ運だけでどうにかなるほど甘い場所じゃないのは私だってよく知ってる。
ガチャでいくら稼いでも、あまりに良い装備を身につけてダンジョンに入ると、途端にダンジョン規制がかかる。だから揃えられる装備には限りがあり、自ずと自分のセンスと度胸がなければダンジョンになどいけない。
あの六条にそんなセンスと度胸があるとは思えない。でも、もしあるとしたら、美鈴にはもったいないなと思う。姉2人に恵まれ、顔にも恵まれ、どんなにかっこいい男子から告白されても、いつも迷惑そうな美鈴。
私はいつもそのおこぼれにあずかるだけ……告白なんてされたこともなかった。美鈴に振られて傷心の男子。慰めてあげたのに、慣れてくるとすぐに私の事をぞんざいに扱いだす。そしていつも私からじゃなく、向こうから振ってくる。
『悪い。あのときはどうかしてたわ。やっぱお前は無いわ』
『すまない。やっぱり桐山さんのことが忘れられないんだ』
『胸は気持ちよかったよ。胸は』
和也の前に付き合った3人の言葉が、私の心をチクチクと苛む。それに和也だって、
『お前本当にブスだよな。俺みたいなカッコイイ男と付き合えるのは奇跡だな』
「なんだよあいつ。本当に汚い奴だな。最低野郎だ。事実なら殺しても大丈夫じゃねーの?」
「まだわかんないけど、美鈴は六条の話をしているとき、なんか変だった。美鈴があんなふうに男子を好きなんて言ってるのを私は一度も聞いたことがない。それなのにどう見ても、六条に惚れ込んでた。あんな恋愛脳になってる美鈴ありえないのよ」
「確かによく考えたら桐山が六条に惚れるわけないよな。まあ大丈夫だって。ちょっとレベルが上がったぐらいじゃ、あいつの性根は変わらねえよ。俺が一発おどせば、すぐに桐山から手を引くだろ。それで、これ、本当に借りていいんだな?」
私はダンジョンショップで、拳銃を選んでレジのカウンターに緊張しながら置いた。これで間違ってないよね? 私は美鈴みたいなお嬢様じゃないし、ダンジョンだってちょっとは許してくれるよね?
「マイナンバーカードで本人確認をしていますから、間違ってもそのまま持って帰ろうなんて思わないでください。その場合は本当に銃刀法違反で捕まります」
ダンジョンショップのお姉さんが厳しい目をむけてきて私は少しひるんだ。
「は、はい。わかってます」
「あと、装備は購入されないんですか? 良ければお勧めのものを見繕いますよ」
「ちょっと入って出てくるだけですから」
「私はあなたがダンジョンに入ることを止めることができません。ですが、あまり深く入らないように気をつけるんですよ。本当に危ない場所です。私も入ってみたことがありますが、ゴブリンは本気で人を殺しに来ます。忘れないでくださいね」
「は、はい」
ダンジョンショップのレジのお姉さんに何度も念を押されて拳銃を手渡された。初めて拳銃を手に持った。これで本当に人が撃てるのだろうか? 実際、手に持つといまいち実感が湧かなかった。私はなんだか怖くて、すぐに拳銃を和也に渡した。
「うひょー、マジで本物の拳銃だ! ちょっと地下の射撃場で試し撃ちしてくる!」
「う、うん。言っておくけど、その拳銃、私のお小遣い使い果たしたんだから、気をつけて使ってよ。Dランでも使いたいからちゃんと返してほしいし」
「了解っと」
私はそれでも不安があった。六条がレベル3なら普通に脅されても、美鈴から手を引かないかもしれない。妙なアイテムで洗脳でもされてるなら、それを解いてもらう必要もある。だからそのために計画を立てた。
単純な計画ではあるが、まだレベル3の間なら成功する可能性が高い。ひょっとするとそんなことはない。六条は偶然、美鈴とダンジョン前で出会って、意気投合してパーティー仲間になった。
そんなふうに考えてる女子なんていなかった。みんな美鈴が騙されてるんじゃないかと心配してた。だから探索者の素晴らしさを教えてしまった私が美鈴を助けなきゃいけないのだと思った。





