第三十四話 Side池本
俺は学校で一番喧嘩が強い。今時中学でもそんなの流行らないと思うかもしれないが、これがなかなか効果てきめんで、おかげで俺は童貞だってもう捨てた。彼女の名前は榊小春で、顔はイマイチだが胸はでかくてエロい。
「おい、押すなよ」
「ちょっと、どけろよ」
「マジかよ。あんな子が?」
「うわー、あれがレベル3? やっぱすごい綺麗」
「もともとすごい綺麗な人だろ?」
「なんでダンジョンなんかに入ったんだ? Dラン行くものだろ?」
「何の騒ぎだ?」
朝、登校してきて教室に入ろうとしたら、教室の前に人だかりができていた。そんなことは今まで1度もなかった。ダンジョンがどうとか言って、みんなわいわい騒いでいる。なぜか六条がどうとかいう声まで聞こえた。
あいつ、そういえばDランも受けてないって話だったよな。全然学校にも来てないし、さてはダンジョンで死んだか? だとすると俺が虐めたのが原因か? ちょっと悪いことしたかな。まさか俺に復讐でもしようとして、無理にダンジョンに入ったのか?
まあだとしたら自業自得か。大体、六条なんて殴って当たり前だろ。あのはっきりしない顔見たら誰だってむかつくぜ。他の奴らだって俺が殴るの止めなかったしな。ビクビクしてる顔がむかつくから殴る。それが嫌なら堂々としてればいいんだ。
「騙されてるんだろう」
「俺知ってるけど、なんで六条なんかと」
「可哀想に」
可哀想? 六条でも死んだら可哀想なのか? 教室に入ると泣いてる女子がいた。やっぱり間違いないようだ。六条の君。俺がわざわざつけてやったあだ名。あいつには高級すぎるあだ名。
もっと馬鹿にしたようなあだ名の方がよかったのだが、こっちが先に定着しちまったんだよな。遺書とかで俺のこと書いてないだろうな。まあダンジョンに入って死んだのなら警察だって大して調べないか。
「おい、ちょっとどけよ!」
怒鳴り声を出した。席に座ろうとしたら、別の女子が座っていたのだ。なんでこんなに女子ばっかりいるんだ。と言うか六条の君の席には誰もたむろしてなかった。それでやっぱり六条の君が死んだわけじゃないのかと思った。
「感じ悪。ちょっと席に座ったぐらいで怒鳴らないでよ」
人の席に座っておいてなんだこの女。今まで教室の中を見て騒いでいた他のクラスの連中が、一斉にこっちを見て、「池本だ」と呟くのが聞こえた。
「お前が俺の席に座ってるのが悪いんだろうが!」
「ちょっと行こうよ。この子、池本だよ」
「え? あ、ごめん」
女子は俺が池本だと知らなかったみたいだ。まあそれなら許してやるかと思った。元々女子を殴るほど悪いことはしない。でもなぜか女子が俺を哀れみの目で見てるような気がした。逃げるように俺から離れていく。
よく見ると女子達がたむろしているのは、桐山の席だった。桐山は俺の好きな女子だ。その辺の中学生とは全然違う綺麗な顔をした女子で、この学校じゃ大抵の男子が桐山を好きだ。よく見るとその桐山が今日は学校に来ていた。相変わらず綺麗だ。
「って、え?」
そして言葉を失った。相変わらず綺麗というより、前より綺麗だった。ただでさえ整っていた顔が以前よりも整って、冷たさすら漂う。ダンジョンに一人で入ったとか無茶苦茶な話を聞いていたが、まさかレベルアップしたのか?
女が一人でそんなことできるのか? あの切れ長の瞳で見つめられるだけでもドキドキする。俺は桐山に告白もしたことがあった。半年前のことだ。好きな女子を校庭裏に呼び出して告白する。あの時は俺もアオハルしてるって思った。
『あ、あの、桐山好きだ! 俺と付き合ってくれ!』
『はあ小春のやつめ……頼まれても断ってって言ってるのに……えっと、池本だったよね?』
『あ、ああ』
『ごめん。私あんまり男子に興味なくてさ。そういうことだからバイバイ』
だが全く相手にされなかった。俺が振られても仕方がないと思えるほど桐山は綺麗だった。しかし今はそれ以上だ。
「ちょっと待て。なんで一緒に六条の君の名前が出てくるんだ?」
桐山の人ごみの中から六条という名前が何度も囁かれていた。
「池本。なんかすごいことになったな」
「まさか六条がなー。俺たち絶対恨まれてるぞ」
「ダンジョンリベンジとかマジ勘弁だぜ」
考えていたところに小野田と後藤が声をかけてきた。小野田は自分の親が散髪屋で、茶髪に染めてるのだが地毛だと言い張ってる。女にモテたいとばかり言ってた。茶髪にすれば女にモテると思っているバカだ。
後藤は俺と小野田の腰巾着みたいなやつで、面白いことを言うから気に入っていた。この3人で渋谷にナンパに行ったこともある。俺は結構イケメンだから、大学生の女3人組が引っかかった。未だにそれは俺たちの自慢だった。
「なんだよ。六条なんてどうでもいいだろ。どうせ今頃家でパソコン見ながら自家発電してるぐらいだろ。それより桐山がダンジョンから生きて帰ってきたのか? 女子でも生きて帰ってこられるのかよ?」
俺は一気に自分もダンジョンに入る気が湧いてきた。
女子でも生きて帰ってくるのだ。学校で一番喧嘩の強い俺なら、楽勝でレベル3になれる。そしたらもうヘビー級チャンピオンより強くなる。俺の告白を断った桐山も俺がどんどんダンジョンでレベルを上げたら見る目が変わるはずだ。
「馬鹿違うよ。桐山もだけど六条も成功したんだよ。あいつ、武蔵の受験日に何をとち狂ったのかダンジョン入ってたらしいぜ」
「へえ、それで死んだんだろう?」
ふいに嫌な予感がした。
あんな弱い奴がダンジョンでうまくいくわけがない。ダンジョンはそんな甘い場所じゃないと大人たちが散々俺たちに教えた。しかしその反面ダンジョンは、たとえ喧嘩が弱くてもゴブリンを10匹倒してレベル2になれば、それだけで全てが覆るとも言われていた。
「死んでねえよ。レベル3だよ。おまけにパーティー仲間があの桐山美鈴だぞ。もう一人も桐山の姉ちゃんの知り合いらしいし。つまりモデルのきれいな女の子ってことだろ」
「は?」
「それにしても女子ってすげえよな。桐山が黙っておこうとしてることまでどんどんと聞き出していくの。聞き耳立ててたら怖くなってくるぞ」
「なんでみんなあんな無理やり聞こうとしてるんだ?」
「羨ましくて仕方ないんだろ。以前から、桐山に男子の好意が全部取られてるみたいな状態だったからな。ダンジョン入って死んだって思ったら生きて帰ってきて、おまけに前よりレベルアップ。こりゃ黙っちゃいられないって感じだよ」
「2階層の階段まで見つけたらしいぞ。桐山も学校にちょっと来ただけで3日後にはまた泊まり込みだ。桐山のやつ、六条とダンジョンに入るんだってよ」
「マジかよ。クソが、うまくやりやがって。鬱陶しいな」
一瞬で胸がムカムカしてきた。あの六条の君が、ダンジョンに一発逆転をかけて成功しやがったのか。
「ダンジョンに異性と入ったら100%結ばれるって話だぞ」
「は~、もう萎えるわ。なんでよりにもよって六条なんかと桐山が……。ぶん殴ってやりてえ。学校来ないのかよ」
「バカ。六条だってレベル3だぞ。それよりダンジョンリベンジだろ。俺たちやられるかもしれないぞ」
ダンジョンリベンジ。虐められっ子がダンジョンに入って強くなって虐めた奴に復讐する。Dランができてからはあまり聞かない話だったが、ダンジョンが現れたばかりのときはそんなことも頻発した。その中には相手を殺してしまうことだってあった。
「やばいよ」
「レベル3なんかに殴られたら死んじまうよ」
「どうするんだよ。六条の家に謝りに行くか? あいつ結構お人好しっぽいから、ちゃんと謝ったら殴っては来ないんじゃないか?」
二人の言葉がどんどんと俺の中に入ってくるほどに怒りがグツグツとこみ上げた。ダンジョンは危ないところで、Dランに入学してからじゃないと入るもんじゃないって大人たちが言ってたよな。
そんな危険な場所にどうして六条なんかが入れるんだ。
あいつが入れるなら俺だって入れるだろ。誕生日だって半年以上前だから、とっくに入れたんだ。俺もダンジョンに入ってレベルアップしておけば今頃レベル50とか100だ。そうすれば桐山は俺が優しく導いてやった。
『え? 池本泣いてるの?』
まただ。またあの時と同じだ。小学校六年生の時プロレスに興味を持ち始めて、技の練習とかを家で始めた。筋トレだってした。それで技を試してみたくなって、学校で一番弱くておどおどしている六条で試すことにしたあの日。
『な、なあ? なんで俺がお前のプロレスの相手しなきゃいけないんだよ』
そんな言葉を聞くと無性に技をかけたくなった。でも俺はあの時負けてしまった。学校でおどおどしているくせに六条は妙に力が強くて、技が上手く決まらなかった。それどころか気がついたらこちらは首を絞められていて、痛くて俺は泣いてしまった。
『な、泣いてない! 泣いてるわけないだろ! お前このこと誰にも言うなよ!』
『人の嫌がることなんて言いふらすわけないだろ』
『ちっ、くそくそ! お前なんかが俺を見下すな!』
あんな弱そうなやつの前で泣いてしまったのが悔しくて悔しくて、それから本気になって体を鍛えて中学に入った瞬間にリベンジしてボコボコにしてやった。でも、あいつは俺に復讐するほどの気概はなくて、ずっとおとなしく殴られているだけの惨めな存在だった。
まさかこれをずっと虎視眈々と狙ってやがったのか?
なんて陰湿なやつだ!
ちょっと待て。じゃあ今度は俺がダンジョンリベンジなんてふざけたものをされることになるのか?
ふざけるなよ。絶対に嫌だ。謝る? 俺が? なんで謝らなきゃいけないんだよ! ふざけんな! 全部全部あいつが悪いんだろうが! あんな情けない奴が俺様に復讐する権利があってたまるか!
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音がして担任教師が入ってきた。さすがにクラスにたむろしていた連中も散っていく。改めて桐山をしっかりと見ると、見ているだけで息ができなくなるほど綺麗になっている。こんなにダンジョンって変わるのか。
あんなに綺麗な桐山と六条ができてる?
まさかキスしてるのか?
あの六条が、あんなに綺麗な桐山を抱きしめたりしてるのか?
俺が好きで好きでたまらなくて、それなのに歯牙にもかけなかったのに、六条なんかを選んだのか?
あんなカスを何で選ぶんだよ。俺の方がずっと格好いいだろうが!
しかし教師が桐山と六条を引き合いに出して、「悪い例だ」と平気で注意していた。
「みんなはまかり間違っても桐山の真似をしてダンジョンに入らないようにな!」
それでみんなの熱が一気に冷めたようだった。桐山の友達でもある小春が何か言おうとしたが、首を振って桐山が止めた。
「先生の言う通りだよ。危ないのは本当だし、私も3、4回本当に死ぬかと思った」
と発言した。そのことで担任は余計調子に乗って教壇でダンジョンがいかに危ない場所かと語りだした。その言葉は俺の頭の中には全く入ってこなかった。ただ、自分が虐めていた相手に負けた気がした。それがひたすら不快だった。
だから小野田と後藤と3人でダンジョンに入らないかと話した。
だが、二人は二の足を踏み、何よりもDランに入れば、よっぽどのことがない限り安全にレベルアップできる。六条がダンジョンリベンジなんてものを本当にしようとしてきたら土下座でもして許してもらう。そっちの方がいいと乗ってこなかった。
一人で入るのはさすがに無茶だと冷静な部分がつげている。あの2人みたいに六条におとなしく頭を下げる。そしてDランに入ってレベルアップしてまたやり返せばいい。いや、それは無理だ。野良の探索者のレベルの上がり方は桁違いだ。
こっちが30になってる間に向こうは300になってしまう。
でも迂闊にダンジョンに入ったら死ぬ。
くそっ。なんであいつそんなトチ狂ったことをしたんだ?
そんなに俺が憎かったのか?
考えていたらスマホに電話がかかってきた。
『和也』
「なんだよ」
『ねえ、六条をちょっと痛い目に合わせてみたいと思わない?』
小春がそんなことを言ってきた。俺を名前で呼ぶ女子は彼女である小春だけだった。中学生で付き合ってるとか言うと学校で騒がれるからと、付き合っていることを秘密にさせられていることだけが不満だった。
「はあ? お前六条と何か関係あったか?」
『別にないけど、私の美鈴の様子がちょっとおかしいのよね。きっとあれは催眠にでもかけられてるわ』
「ま、マジかよ。あいつそんな汚いことしてるのか?」
『多分間違いないわ』
そういうことか。何かおかしいと思っていたのだ。あの桐山美鈴が六条なんかとダンジョンに入るのがそもそもおかしい。いやでもあいつってそこまで性格悪かったか? でも、小春は異常なほどダンジョンに詳しい。その小春が言うのだから間違いない。
『和也。美鈴を救ってあげて。それは絶対にあなたにしかできないことよ』
なるほど。そういうことか。あいつは悪で俺は正義。あいつを虐め続けたのも間違ってなかったのだ。性根の腐ったあいつをもう一度叩き直してやろう。俺はそう思った。





