第二百九十八話 Side黒木 二年 千年郷日本国
今回メインの黒木君ですが、
本編での登場は【第九十五話 卒業式】の中盤からちょっと後半にかけて、
それと【第百三十九話 第五回ガチャ】の後半に登場するキャラです。
誰? と思った方はよければ軽く読んでみてください。
Side黒木
俺は多分急激に世界が変わっていく時代。いわゆる過渡期に生きてるんだ。最初に現れた時あれほど嫌われていたダンジョンが、今じゃダンジョンに入るのは当たり前、入らないやつは非国民みたいな空気が溢れてる。
国から強制されるわけでもないし、誰かから命令されるわけでもない。でも15歳を過ぎて、ダンジョンに入らないと馬鹿にされる。そしてあらゆる考え方が、ダンジョンを基準にして変わってきていた。
「なあ、無理すんなって」
同じ中学の同じ部活だった後輩。俺は陸上部だったのだけど、100m走を専門にやってた。といっても、俺の中学時代でも、もうダンジョンは現れていたのだ。部活なんてものは本気でやって意味があるのかとみんな思ってた。
スポーツなんてものは俺が部活をやってる頃にはもうかなり下の地位に追いやられていた。何しろ、スポーツにおいて憧れる選手がいないんだ。あらゆるスター選手が、レベル3になっただけの一般人にことごとく負けていく。
そしてその一般人の方がはるかにエンターテイメント性が高いパフォーマンスを魅せる。スポーツ選手も焦ってダンジョンの中に入ったのだが、どういうわけかスター選手ほどダンジョンの中で開花することがなかった。
後に分かったことだが、一流選手ほど資金力がありすぎて、リスク回避に走ったためにステータスの上がりが悪くなった。何しろ資金力のある選手ほど、いや、お金持ちも含めて、銃火器を使える国でレベルを上げたのだ。
その結果として、本来なら子供の頃から一生懸命努力してきたプロ選手たちが、ダンジョンの中では落ちこぼれた。応援していたスター選手がダンジョンに入ってダメになり、世間で爪弾きにされていた者がダンジョンに入って活躍する。
そのことで、余計にダンジョンは危険視され世間の反発が強くなった。最も危険視されたとある15歳の少年が、自衛隊と米軍に追い回されて、たくさんの人が死んだ。なんていう話が嘘かまことか出てくるほど、当時は嫌われていた。
「いや、黒木先輩。俺も六条先輩みたいな伝説になりたいっす」
でも今は違う。どれだけ危険だと嫌われてもダンジョンに入り続けた第1世代の探索者たちが、神の如く扱われ、Dランに通わないやつはバカだと言われたのに、ダンジョンにいきなり入ったやつらがすごいと言われる。
六条はその典型例で、死神コシチェイや円卓の軍勢カインを退け、日本人にとっての理想郷【千年郷】をもたらした。その英雄的な話は、2年以上経った今でも日本人なら知らないものはいないほどだ。
「でもあんまり無理して死んじゃってもな」
後輩の村上はそんな六条に憧れている1人だった。同じ学校に現れたスーパースター。今もダンジョンの中でレベルを順調に上げ続けているという話や、三英傑とも交流を持ち、いろんな美女や美少女との浮名を流す。
その顔はダンジョン内で劇的に美しくなり、その顔を見て惚れない女はいないとすら言われる。正直男の俺ですらあの顔で見られるとドキドキしたのは覚えてる。この辺もダンジョンができてから変わったところだ。
実際にダンジョンに入って容姿レベルが飛躍的に上がるものは少ない。しかしあまりにも容姿が美しくなったものが印象的すぎて、ダンジョンに入れば格好良くなると思われていた。そしてその変化した顔は整形とは違った。
整形の場合は容姿が遺伝しない。だが、ダンジョンで魅力が上がるとそれは遺伝する。そのためか、ダンジョンで魅力が上がることはむしろダンジョンから好かれてると言われ、羨望の対象となる。
整形に対してまだまだ懐疑的な見方が強い日本ですら、ダンジョンでの容姿アップは、生まれながらに美しい者よりもはるかに羨まれた。
「死ぬ前にポーション飲めば治るっす」
「馬鹿。いくらすると思ってるんだよ。大怪我したら大人しく"入院"だぞ」
「黒木先輩。"8区人"なのに夢がないこと言わないでほしいっす」
ここ最近、また少し違うことにもスポットが当たっている。というのが現代医療である。一時期日本には潤沢なポーション供給網ができて、現代医療が一気に廃れた時期がある。だが、ポーションの値段が上がってきている。
この日本を1000年守り続けてくれると思っていた【万年樹の木森】様が死んだのだ。残りの三英傑から、それが事実として正式に認められ、日本どころか世界中でポーションの値段が跳ね上がった。
10万円のポーションは100万円に、100万円だったポーションは1000万円に、1000万だったポーションは市場には出てこなくなった。このことで回復手段が急激になくなり、ダンジョンの中で怪我をするリスクが跳ね上がった。
モンスターは以前以上に恐ろしい存在となり、大怪我をしたものは治らない。レベルアップが鈍化。質も低下した。俺はまだ多少はレベルが上がっていたから良かった。でも村上みたいな後発組は、レベルを1上げるだけで命がけ。
「なんだかんだで現実だよ。病院がいらないのはもっと上だ」
「はあ、そうっすよね」
それに村上はダンジョンに向いてない。威勢の良い喋り方をするが、実際ゴブリンを目の前にすると震えてしまうのだ。可愛い後輩と思って育ててやろうと思ったが、3週間経ってやっとレベル3だ。1階層のゴブリンでかなり怖がる。
でも階段を見つけて降りれば2階層はゴブリンライダーである。俺でも最初見た時ライオンに乗るゴブリンに竦み上がった。村上など2階層で目にした瞬間、怖がりすぎて動けなくなりかねない。
「ともかく今日は終わりだ。帰ろう」
ずっと1階層のサバンナで話していた。照りつける太陽が今日も暑い。村上が殺したゴブリンの死体を見ながら口にした。
「うっす。おーい、みんな黒木先輩が帰ろうって」
「やっとかー」「その言葉を待っていた」「もう疲れたー」「ゴブリンの血がまたいっぱいついちゃったー」「村上この後、お茶しない?」「ちょっと」「何よ」「落ち着けって」
当然パーティーメンバーもいるわけなのだが、男2人に女4人。後々揉めそうなパーティー編成である。おまけに全員村上と似たり寄ったりだ。実際のところこれが平均値。みんななかなかレベルが上がらなくて悩むんだ。
「黒木先輩と一緒なら簡単にレベル上がると思ったのに」
「甘いんだよ。砂糖に改名しろ」
ダンジョンから出た。そうすると巨大な桜の木が見えた。高レベル探索者や英傑の手で日本各地に散らばっていたダンジョンは、崩壊した大楠ダンジョンの一箇所を除いて、【千年郷】の中へ集められていた。
日本中に散らばっていた89個あるダンジョンが、1箇所に集められているのだ。今や1日の利用者数が1000万人を超えると言われているダンジョンだ。1つの入り口だけで1日に11万人以上が利用するのだから、その混雑具合はすごい。
ほど良い新緑と赤レンガのおしゃれな建物が並ぶ【千年郷】。その場所によっていろんな建物が綺麗に統一されて建てられている姿は観光都市としても活用されている。ダンジョンへの入り口は低級ダンジョンの場合【千年郷10区】の一番端。
ダンジョンと同じく円形に造られている【千年郷】の透明にしか見えない外壁に、一体化して設置されていた。喧騒の中、俺は最近手に入れた【五感拡大】というスキルを使用してみた。
まず結構可愛い50mほど離れてる女子パーティーの声を拾ってみる。
「痛た。危うく死にかけたー」
「大丈夫?」
「1週間ぐらい休みかな。病院行くの嫌だな」
「もう何でこんなに苦労しなきゃいけないのよ。勉強してる方がマシだよ」
「そういう愚痴言わないでよ」
「そうそう。六条様だって頑張ってるんだから」
「今の生活がまだ保たれてるのも六条様のおかげだよ」
「それはそうだけどさ……」
六条って若い女の子中心に宗教じみてきてるんだよな。姿を見せないせいで余計に神格化されてるっていうか。俺はさらに声を拾う範囲を拡大させていると、次に100m離れた20代ほどの男性パーティーも六条の話題を話していた。
「なあ、六条様って実在の人物だと思う?」
「思わねえよ」
「だよなー。なんか作り話っぽいんだよな」
「プロパガンダってやつ? ヒーローを作って俺たちをダンジョンの中に放り込もうという政府の陰謀」
「でもそういうのするとダンジョンに入れなくなるんじゃねえの?」
「俺は本当だと思うなー」
かなり使えそうなスキルだとほくそ笑む。それにしても相変わらず六条の話は誰かがしている。森神様と六条と三英傑のおかげで、日本人は極端なぐらい戦争による死亡者数が少なく、守られている。
世界対日本。
こんな不利な状況で、不思議なことに日本人がほとんど死なず、世界中の人間がすごい勢いで死んでる。【千年郷】によって国土に人がいない日本。今の日本の国土がどうなっているのかちょっと恐ろしくもある。
だが、それも【千年郷】があると簡単に復興する方法があるのだという。凄まじいオーバーテクノロジー。そしてそれをもたらした六条祐太。1つの国にまさに理想郷を与えたのだ。確かに宗教になるのもわからないでもない。
ただし【千年郷】にも不自由な点はあった。外に出ることが禁止されていた。いや、禁止というよりは出れないのだ。いわゆる牢獄状態で、外の情報は普通に入ってくるし、あまりにも広いので、閉じ込められた感覚はない。
今まで無数に外に出ようとしたものはいるが、この透明で見えない強固な壁は、傷ひとつついた試しがない。もしどうしても【千年郷】から出たいなら、その方法は一つだ。
「レベル100か……黒木先輩はもうすぐっすよね。外に出れたら何があるのか教えてくださいよ」
「それは無理だって。なんか絶対に教えられないんだよ」
「【禁止事項】か。なんか格好良い響きっすよね」
「じゃあ俺はまた自分の探索に戻るから、死なないように頑張れよ。くれぐれも無理するな」
「オッス」
この"10区"の【千年郷】の"一番外縁部"に住んでいる村上とは別れて【転移駅】まで歩いた。【転移駅】はダンジョンゲートの近くに設置され、文字通り転移ができる【転移門】がある。そこにはいつも人だかりができていた。
これも不思議に思わなくなったな……。
【甲府8区エリアへの転移が開始されます。料金は10万4600円となります。引き落としを許可しますか?】
【許可します】
頭の中に女性の声が響く。【意思疎通】が使えるものは、このシステムを利用できる。料金はかなり高いが、中央に向かうほどレベルの高い探索者が住んでおり、そして利用者数は少ない。だから料金が高くなる。
【千年郷】の中はバームクーヘンみたいに十区画のエリアに分かれている。1区は三英傑と六条の住む場所で、2区はルビー級レベル900代。3区はルビー級レベル800代と700代。4区はルビー級レベル600代と500代。5区はゴールド級。
6区はシルバー級。7区はブロンズ級。8区はレベル50以上。9区はレベル10以上。10区は一般人。つまり村上は一般人と変わらない扱いで、俺は8区の人間。【転移門】が開いて、空間が歪んでいく感覚を味わう。
吐きそうになる感覚があり【千年郷】の8区に出た。俺が以前住んでいた家よりも高級な住宅が並んでいた。アメリカの高級住宅といった感じだ。8区でこれだけの土地がもらえる。日本人の9割は十区に住んでいる。
9区でもそこそこ広い住宅には住むことができ、8区ともなると、探索者としては十分エリートに入った。
「本当、便利なもんだよな」
空を見上げると天使の飛ぶ姿が見えた。今日はついてる。臨時で【千年郷日本国】を仕切ってくれている天使フォーリンは今日もとても忙しそうだ。普通に総理大臣もいるにはいるのだが、何しろ腕っぷしで成り上がった探索者達だ。
後ろに英傑でもいない限り、国内の治安を保つのも大変なのである。
「六条だと天使とでも話せるんだろうな」
全く羨ましいやつだ。そう思いながらどでかい桜の木が日本国の中心部に生えているのを見る。相変わらずでかい。そんなことを思いながら10㎞ほどをあっという間に歩ききってしまう。
目の前にある自分の家に入っていく。白い外壁の俺の家。最初これが俺のものだと言われた時は驚いた。まだ16歳だった。こんなところに住めるわけもないのに住んでいいと言われたのだ。おまけに【千年郷】のシステムでカスタマイズまで簡単にしてくれるのだ。
「ただいまー」
「あなた、お帰りなさい」
「おかえりー」
俺は探索者をしていた時にダンジョンの中で知り合いになった嫁と16歳で結婚した。そして子供を抱き上げた。俺の子供で男の子である。六条も子供ができてるらしいが、あまり家には帰ってないらしい。そのことが俺は密かに気になっていた。
子供がいるとは言う。男1人女1人いるらしい。だが六条にどんな子供がいるのか誰も知らないし、子供の写真1つ出てこない。それどころか六条は2年前からその姿を見たものがいない。
「親父ただいまー」
森神様が死んだ。ひょっとすると六条も……。そんな気がどうしてもしてしまう。特に外国から入ってくる情報では六条はもう死んだという説が有力視されていた。
「おう。村上君はどうだった?」
俺の親父も探索者で、現在レベル37。母親と一緒に他にも中年夫婦と組んでゆっくりレベル上げしているそうだ。
「今のところ難しそうだな。一度Dランに入るように勧めようかと思ってる」
六条はDランに行かずに頭角を現した。現在有名どころの探索者でDラン出身者はいない。だから本気で探索者を目指すほどDランは嫌われるが、ルビー級探索者の監修も入り、現在のDランは効率的に授業プログラムが組まれている。
独自の成長を阻害しないようにと、個人の才能が重視され、それほど悪い機関ではないのだ。それにDランだとモンスターが怖い人間に対する教育方針も確立してる。
「あまり無理をさせて死んだらな。お前がそう思うなら早くそうした方がいいんじゃないか」
「だよなー。明日もう1回会うか」
俺は村上に明日会うことをメッセージで送っておいた。ダンジョンの中では目を離すと本当に死ぬ。あいつのために虎の子のポーションを使ってやることもできない。だからこういうのは早めにした方がいい。
常識がどんどんと変わっていく。子供の安全を思えば、そもそもダンジョンになど入らせない方がいいはずなのだ。だがダンジョンが現れて8年経った今。死ぬリスクがあるとしても、ダンジョンに入ること自体を否定する者はいない。
それぐらいダンジョンによって日本が回っている。暮らしだってレベルが上がれば豊かになる。お隣さんは一番メインの探索者が死んだけど、同じパーティーだった嫁たちが探索者を辞めて、普通に働き出して高級取りだ。
俺もいっそ……。
六条の顔がちらつく。あんなすごい知り合いがいるのに、もうこんなところで諦めるのか。
「まあこれだから六条には届かないんだよな」
「六条君か。それは夢物語だな。六条祐太の知り合いってだけでもすごいんだ。お父さんのパーティーメンバーなんて写真見せただけでありがたがって拝んでたぞ」
「本当六条はえらくなったもんだよ」
次々と花々しい伝説を打ち立てた俺の友達。何かちょっとでも連絡がほしい。俺みたいに落ちこぼれそうなやつがそんなこと思うのはおこがましいか。でも六条はダンジョンから出てくると結構よく連絡をくれてたんだ。
お前生きてるんだよな? 生きてるなら声を聞かせてくれよ。
そんなことを考えていた時だった。テレビからの声に俺の意識は奪われた。
【速報です。太陽神メトが月の魔女に殺されたという情報が入ってきました。番組を切り替えて、この時間は、このニュースをお伝えします】
【千年郷】の中は平和そのものだったが、外国ではいろいろと動きが激しかった。でも俺にとってその話はあまりにも遠すぎた。どこか別の世界のことを話されているような気がして、気持ちがふわふわする。
それでも、世界はまた混沌としていきそうだった。





