第二十九話 Sideエヴィー
「ぎゃ」
「何よ」
まるで元気を出せとでも言われたようだった。バカのリーンに励まされていては世話はない。
「私は私で探すから大丈夫よ。1人増えて5人パーティーになっても文句は言われないでしょ」
走りながら探索も忘れず、早速敵を見つけて、リーンと剣を抜く。アーチャーがいないようだったので、一気に距離を詰める。腹立ちまぎれに剣を叩きつけた。あっさり2体が倒れた。さらに2体に向かって切りかかったらあっさり倒せた。
「ぎゃ」
「確かに楽勝ね」
「ぎゃぎゃ」
「本当にそうね。アメリカじゃこんなことも無理なのよ」
レベル3なら1階層はこれぐらいで当たり前のはずだった。
それでもアメリカの1階層だったらこんな簡単には行かなかった。上のレベルの探索者が拳銃の回収をしてくれてはいる。でも、強い奴らは強い奴らでそんなことばかりしてる場合じゃなかった。レベル上げを怠っていると、碌でもない連中に負けてしまうのだ。
新人探索者のために拳銃を回収してくれるような、良識ある探索者が悪意あるやつらに負けたら、もっとひどい状況だ。そんな状況だから未だにアメリカのダンジョンは混沌としていて、素人はほとんど入れない。
お金でぶん殴る金持ちも、誰かを雇ってダンジョンに入ろうとしたら命令と受け止められ、ダンジョンルールに引っかかって、そもそもダンジョンに入れなくなる。だからそういう人達も自分で命をかける気がなければ入れない。
「ほんと羨ましいぐらい平和だわ」
恋をする余裕もあれば、いきなり拳銃で襲ってくるゴブリンもいない。あちらに見切りをつけたのは正解だった。ただ、正直なところ、彼氏はいない。作ったこともない。探索者になって添い遂げる人と一緒に生きていきたいと思ったからだ。
「私は、レベル1000になりたいって思った。あの姿を見てからその気持ちは本物なの。だからこっちに来て強くなりたいのも本当よ」
私は自分より遥かに綺麗なものを初めて見た。映像で見た天使と、実際に見たドラゴンである。どちらもビックリするほど綺麗だった。そしてその姿になることが不可能ではない。何しろダンジョンでレベル1000までなれたら誰でもそうなれる。
だから2ヶ月前に15歳の誕生日を迎えてからダンジョンに挑戦し続けた。そんな私にいい男は一向に現れなくて、モデル10人でダンジョンに入った時も男がたくさん寄ってきたが、誰を見てもピンとこなかった。
「ああ、もう」
正直、メイ・キリヤマがパーティ仲間に男がいると言ってきた時は予感のようなものを感じた。昔なら日本人なんてと馬鹿にしただろうが、今の時代はレベルが上がれば国籍などどうでもいい。同じようにレベルが上がっていく相手なら、なおのこといいと思ったのだ。
「でも無理ね。精悍で筋肉質で好みなんだけど、手を出したのバレたらミスズとの仲が致命的に悪くなりそう。あれは相当ユウタに入れ込んでるわ」
「ぎゃ」
「もっと適当に男を探したらって?」
「ぎゃぎゃ」
「いやよ。変に付きまとわれたら鬱陶しいでしょ。それにこれから何年もほとんどダンジョンの中にいるのにそんな男を作ったって意味ないわよ」
あの二人もダンジョンについては本気だった。そういう点であの二人には感謝してる。それにダンジョンの中がこの調子なら、泊まり込みもできそうだ。泊まり込みはアメリカでは危なくて1階層では絶対無理だった。しかしここならそれだってできる。
ダンジョンの中に泊まり込みとなってくると1週間、2週間も珍しくない。10階層の探索などになってくると1年帰ってこなかったというのも当たり前にあるそうだ。そしてそこまでする人たちでなければ高レベル探索者など絶対になれない。
「ぎゃー」
「キスしてみたい? そうよね。あなたもわたしも生まれてこの方、家族としかしたことないんだものね。あ、そうだ。ダンジョンの中はハーレムが当たり前だって言うし、『3人で仲良くしましょ』って言ったらダメかしら」
「ぎゃー」
「え? ダンジョンの中でずっと見せつけられたら嫌だって? わかるわ。キスどころか、あんあん、ぱんぱん聞こえてきたら発狂しちゃう。拳銃持ってる奴らが、ほとんどいないのは最高なんだけど、それだけは憂鬱だわ」
リーンとそんな話をしながら、それでも日本のダンジョンの低階層はとても平和で、少なくとも1階層では特に命の危険を感じることがなかった。そして私は12時になって二人との集合地点に到着した。
そうするとミスズとユウタが手を繋いで待っていた。私は顔が引きつりそうになるのを何とか我慢した。ともかく私とミスズがトイレを終わらせた。かなり我慢してたから時間がかかったし、ユウタの前でするのは少し恥ずかしかった。
「ふう、ちょっと我慢してたからすっきりした。うん、ユウタ、何か用?」
「あ、いや、じゃあ俺もしたいから見張っててくれるかな」
「OK。覗いたりしないから安心して」
「そ、そうしてもらえると助かります」
「ふふ。ユウタ、可愛い」
日本の男性の初々しい反応に思わず笑ってしまう。でも、ミスズの彼氏なのだからと我慢した。ユウタも終わると最後にリーンにもトイレをするように命じた。
「思った以上に賢いよね」
ユウタはリーンの様子に驚いているようだ。言葉は喋れないが、それでも人間の言葉が相当な部分で理解できているのだ。
「そうでしょ。おかげでかなり助かってる」
「何体も召喚できるって訳ではないんだ?」
「そうね。私の魔力のせいもあるんでしょうけど、一体が限界ね。なんとなくだけどそれ以上は召喚できないってわかるの。レベルが上がれば、また変わるのかしら」
自分でもその辺の細かいことはわからなかった。
「二人ともおにぎりでいい?」
「それでいいわ。日本のコンビニおにぎりよね。美味しいって聞いてるわ」
ミスズが提案してくれたおにぎりの袋の解き方を聞き、素晴らしいと思いながら食べた。以前はこんな風に気軽に何でも食べていいわけではなく、きっちり食事管理していた。そうしないとすぐに体型が崩れてしまう。
少しでも体型が崩れたらモデルとして終わりだから、かなり気を使う部分だった。しかしレベルが上がれば上がるほど食事はあまり美容と関係なくなってくる。実際今は食事管理を特にしなくても体型が崩れない。この点だけでもレベルアップはすごかった。
「じゃあ19時に集合ってことで」
そう言って先に出ると、後ろでミスズがユウタに近づいている気配がした。見ても絶対楽しくないと思ったから、リーンとそのまま探索に出た。
「ぎゃ」
「言わないで。分かってるから」
恋人同士だった二人に割り込んだのは自分だから、文句を言いたいのはミスズかもしれない。とはいえ、こっちに相手はいないんだから見せつけないでほしい。ダンジョンの中というのは命の危険にさらされ続けるから異性を求める気持ちが強くなる。
今日会ったばかりのユウタに惚れたなんて言わないが、ゆくゆくはそういう相手になる予感がしてはるばる日本まで来たのだ。ダンジョンとは不思議な場所だ。ダンジョンに好かれている人間ほど、導かれるように相性の良い人間と出会うと言われている。
私は最初に祐太の話を聞いた時にその予感をものすごく感じた。だからここまで来たのもある。しかしミスズはどう見てもユウタが好きだ。積極的なミスズをユウタも満更でもないようだ。
「ぎゃー」
「手を出したい? ダメよ。そんなことしたらパーティー解散だってあり得るわ」
リーンはゴブリンだけあり、性欲が強いようだ。それでも今まで一度も男と関わったことがなかった。男がそばに居る状況で出した事がなかったから、それでも問題なかったが、実際そばにいる状況だと相当欲求が溜まるようだ。
「私ですら無理なんだから、あなたは我慢しなさい。それにアメリカじゃ私がレベル1000になるのは絶対無理なのよ。この環境だけは手放せないわ」
この環境を手放す気はなかった。世界一美しくなりたいという目標もある。モデル仲間の腕も治してあげたい。あの二人はステータス的にも相性がいい。間違いなく最高のパーティー仲間だ。本気でレベル1000を目指すならば絶対必要だ。
「だけどね……」
その後も探索は順調に進み、リーンもいることで危ないと思うこともほとんどなかった。ユウタに聞かされた危ない探索者など本当に居るのかと思うほどだった。まあホズミたちとは違って1階層には興味がない人たちなのだろう。
夜の7時に探索が終わると、ユウタから、
「美鈴もエヴィーも順調みたいだし、明日からダンジョンに泊まり込もうと思うんだけど、どうかな?」
そう提案された。私は当然のようにOKして、2週間分の食料などの買い込みをデビットたちに指示した。そしてアメリカ人として余裕のある部分を見せようと、ユウタとミスズの分も用意すると約束して、二人と別れた。
「はあ」
ミスズがユウタと腕を組んで帰っていく。きっとこれからやりまくるのだろうと思うと羨ましかった。リーンは軽鎧を外して、できるだけ服を着せてマスクをさせた。そしてそのままダンジョン前で待機していたデビットの用意したリムジンに乗った。
「さっきの二人だけど、デビットとマークって言うの。あなたがよければ二人に体を提供してほしいって頼んでみるけど、どう?」
リムジンには運転席と後部座席で仕切りがある。デビットたちはリーンの姿に戸惑ったが、詳しいことは聞かずに、そのまま私たちをリムジンに乗せると、長期の宿泊予定を入れたホテルへと走り出した。
「ぎぎゃ」
「え? なんで嫌なの?」
不思議とリーンの言っていることは私には伝わった。ユウタとミスズは、さっぱり理解できないようだったから、召喚士特有の能力だろうか。それにしてもデビットとマークをリーンはお気に召さないようだ。
「ぎゃぎゃ」
「好みじゃないの?」
「ぎゃ」
「逞しくていい男たちだと思うんだけど、どんなのがいいの?」
リーンの姿は誰にでも見せられるものではない。だから男を紹介すると言っても、限られるのだ。
「ぎゃぎ」
「ユウタ? だからあれはダメだって。ミスズ専用のオスなの。だいたい男のゴブリンなんて穴があれば動物でもいいのよ。あなたちょっと贅沢すぎない?」
「ぎゃーぎゃー」
「あんなのと一緒にするな? まあ確かに全然見た目が違うけど」
ともかくユウタを男として与えるなんてできるわけがない。大体それが許されるなら私だってユウタとキスしてみたい。そして予感にしたがってここまで来たのが正しいのかどうか確かめたい。
「ま、とにかくあの2人は嫌ってことでOK?」
「ぎゃー」
「あなたまでユウタなのね。あの男、女を誘惑する薬でもつけてるのかしら?」
「ぎゃ」
「違う? 分かるの?」
「ぎゃー」
「はあ、少し考えてみるから今日は帰りなさい」
「ぎゃぎゃ」
それからリーンは召喚元に還し、急遽手配したホテルに帰って、デビットとマークの顔を見る。この二人は私が日本に滞在している間、ずっと私のサポートをするために雇われている。私が望めば、リーンではなく私のそういう相手にもなってくれるだろう。
そしてこの二人のどちらかを相手にしたらミスズと揉める心配もない。
「どうかしたか?」
もしかしたら会社もそれを考えて雇ったのかもしれない。
「いえ」
「探索はどうだった?」
「順調すぎてびっくりするぐらいね」
答えながらも悩んだ。ダンジョンから出てきた直後で男を求める気分も高まっている。でもどうも違う気がした。なぜか召喚元に還したリーンの気持ちが理解できる気がした。オスのゴブリンじゃあるまいし誰でもいいわけじゃないのだ。
「私がいない時、あなたたちはどうしてるの?」
ふと気になって尋ねた。
「自由時間を許されてる」
「それは知ってるわ。興味があっただけ」
「まあそれなら言うが、日本の女はかわいいのが多くていいよなってことだ」
「おい」
マークがニヤリと笑ってそれをデビットが諫めた。ふたりはアメリカ軍で知り合ったらしくかなり長い付き合いのようだ。
「なるほど。よろしくやってるって訳ね」
「あ、ああ、悪いな」
「デビット。何も悪いことはないぜ。日本の猿なんて簡単にエヴィーなら落とせるだろう。もうやっちまったのか?」
「失礼な質問ね。私はビッチではないし、生涯に男は1人だけと決めているわ」
私は不快な気分になった。デビットはまだいいが、マークの品性は最悪のようだ。
「はいはい、そうかよ。全く、あのガキが羨ましいぜ。ミスズもかなり美人だしな。さらにエヴィーの相手までできるんだぜ。ダンジョンに潜るのだけはもうごめんだが、それだけは代わってやりたいぜ」
「おい、その辺にしとけ。エヴィー。マークの言うことは気にしないでくれ」
「本当に大丈夫なんでしょうね? 場合によっては契約を切るわよ」
相手はレベル10である。今の自分では勝てない。それでも下手に出るつもりはなかった。
「大丈夫だ。俺たちはあんたと肉体関係を持ってはいけない契約になってる。そういうことになったら違約金が発生するし、これから高レベルを目指すあんたに俺たちは力不足だ」
「別に日本の猿に負けるとは思ってないけどな」
「やめろマーク。それ以上言えば俺がお前を許さん。お前だってわかってるだろ。俺たちは諦めたんだ。それとも、ダンジョンにまた挑戦したいのか?」
「……分かったよ」
この二人は確かダンジョンでかなりひどい目にあって、再起不能な怪我を負って探索者を諦めたと聞いていた。そこをモデル事務所のボスにポーションを融通してもらって助かったそうだ。さすがに裏切りはしないと思うが、ホズミ達を見ているだけに警戒心が湧いた。
「それにどのみち、俺にはチカがいる。チカは俺の天使だ」
「チカ?」
「いや、ちょうど2人組の可愛い女に声をかけたら成功してな。それでこいつは浮かれてる。許してやってくれ。仕事はちゃんとする。明日から泊まり込みだろ。食料なんかの買い出しとかは全部ちゃんとやっておくよ」
「ふふ、そうね。ちゃんとしてもらえると嬉しいわね」
奇跡の15歳とまで言われた私が、なんだかサポート役の二人にまでバカにされた気がした。貞操の心配をしなくても、そっちはそっちでよろしくやってるのか。紛らわしい。私は悶々とする中で自分の手を使って慰めるしかなかった。





