第二百八十二話 三種の神器②
「織田や風魔がどこにいるかわかる?」
「向こうが何らかの方法で三種の神器の位置を掴んでるなら、三種の神器の近辺が一番可能性が高いと思います。あと、こちらのことも正確な場所までは分からないけど、いること自体は気づいてると思いますよ」
「俺たちと一緒か。厄介だな。見つかる心配はない?」
「正直に言います。私1人なら隠れられます。でも、祐太さんがいると微妙です」
「微妙?」
「多分信長はごまかせると思うんです。厄介なのは銀次ちゃんです」
「ちゃん?」
「はい。私の100年ぐらい後、15歳の頃に大八洲国に迷い込んだ忍です。こいつ結構忍としての能力値が高いんです。性格も生意気だし、使う術も絡め手が多くてイヤらしい。翠聖様に心酔していて、少しでもその御身に近づけることを目標として生きている男です。今回参加したのも翠聖様に少しでも近づくために、半神になりたいからでしょうね。全く軟弱なやつです」
「知り合い?」
話を聞く限り知っているようだと感じた。
「最初は同じ忍のよしみとして10年ぐらい面倒見てあげてたんです。でも私のこと一度もお姉ちゃんって呼ばなかったから、頭に来てコンクリートに詰め込んで大八洲国の海に沈めてやりました」
「ええ!?」
お姉ちゃんと呼ばないことにそこまでのリスクがあったのか。ちゃんと呼んでてよかった。
「や、やりすぎでは?」
「そうでしょうか? 『姉ではなく俺の妻になってくれ』とか意味わからないこと言ってきたんですよ。私がお姉ちゃんとも呼ばない人間と付き合うわけないじゃないですか。ね?」
「あ、うん。そうなの。そうか……千代さんでいいよね?」
「もちろん」
笑顔を向けてくれるのはいいが、多分翠聖様のところで見たあの偉丈夫は、千代さんに弟としてではなく1人男としてみてほしかったのでは……。
「まあどうでもいい話はやめておきましょう。そろそろ海です。視界が良くなりますから、敵にも見つかりやすくなります。また気配を消し始めますよ」
マジックバッグから取り出した【身代わり人形】はすでに懐の中に忍ばせてる。【身代わり人形】が燃え尽きた灰のようになっていた姿を思い出す。実際、気配を完全に消したダメージをこの体で受けたら、あんな風になるんだろうか。
一抹の不安を覚えながらも海に到達する。相変わらず地平線もわからないほどずっと奥に奥に続いて、果てが霞のように消えている海だ。その雄大さは明らかに地球の海を越えた大きさだと理解できた。
ここからさらに地球の直径二個分ぐらい離れた場所。それが、目的地だ。距離にすると2万5000キロほど離れてる。ユグドラシルから近いと言っても、さらっととんでもない距離になる。それがブロンズエリアというものだ。
「ちょっと本気になりますね」
千代さんは気配を消し、途端に俺は自分というものが曖昧になってくるのを感じ、歯を食いしばる。瞳を閉じて【レガの指輪】の瞳とリンクした。そうするとレガの瞳を通じて女神ルルティエラが、過去に海辺にいた姿が見えた。
女神の姿は俺には光り輝いて見える。そのせいで顔がはっきりとしにくい。それでも、その光が放たれている女神がどこに行くのかはよく見えた。瞳をとじるのをやめて実際の景色と見比べる。
今見た映像では、砂浜が見え、その横が断崖絶壁なっている。そして断崖絶壁の上に城が建っていた。ミズガルズの領主の城なのかもしれない。城があることでかなり分かりやすい場所といえた。今いる場所は砂浜と岩礁地帯がある。
その実際の景色と瞳から見えてくる過去の映像が一致しない。
「どうですか?」
「ここじゃないみたいだ」
少しでも探索を早くするため千代さんにも【意思疎通】で映像を送っておく。断崖絶壁と砂浜が並んでいる場所。そして城がある。分かりやすい特徴なのだ。絶壁といえど岩ではなく木なのだが、その位置を探していく。
「——ここも違いますね」
「はい。次に行きましょう」
気配を隠して見つからないように気をつけた。速度を出すと気配が多く出やすいらしいのでそれも落とした。何度か怪しい気配を感じて千代さんが【超自然】を限界レベルまで使う。結果【身代わり人形】が二つ砂になった。
これで三個か。
ブロンズアイテムなどもうあまり役に立たないと思っていたが、【身代わり人形】のおかげで何度か命が拾えている。そう考えるとガチャアイテムもブロンズガチャぐらいからは侮れない。残り三個の命かと余裕がないと考えていたら、
「祐太さん。私が今掴んだ場所なのですが、ここはどうでしょう?」
千代さんが自分が地形把握した場所を俺の脳内に送ってきた。その地形には砂浜と断崖絶壁、そしてお城が見える。俺もその映像をしっかりと確認した。
「なるほど行ってみましょう」
ルルティエラがいたはずの海辺。地形が映像と合致している。千代さんもほぼ確信してるだろうが確認してくれたのだろう。再び千代さんが気配を最大限まで消していく。そんな中、俺にも"誰かがいる"と感じられた。
「これは?」
かなり強い気配。千代さんと気配だけで言うなら同じぐらいに感じられた。むしろ相手の方が大きくないだろうか。そう思えるほど肌がビリビリする気配だ。
「風魔です。風魔家当主・風魔銀次。銀次ちゃんは相変わらずこういうところが甘いんですよね。忍びたるもの常在戦場。いついかなる時も気配は消さないと」
甘いと聞いてもその名前を聞いた途端、危険だと分かった。多分、この相手がちょろちょろしていたから、千代さんは俺を二回も殺してしまったのだ。
「千代さん。俺の命は気にしないでくれ。徹底的に気配を消してくれたらいい」
「実際そうするしかありません。祐太さん【身代わり人形】だけ離さないようにして少し我慢してください。祐太さんが後二回死ぬまでになんとかたどり着いてみせます」
【レガの指輪】の映像は千代さんに送った。後はどうにかしてくれる。俺はできるだけ足でまといにならないうちに千代さんにしがみついた。【超自然】の深度が増していく。自分の感覚が曖昧になっていく中、いつか見た侍が見えた。
向こうはそこまで隠れる必要を感じていないのだろう。そもそもここに自分の同格である千代さんがいること自体分かってないのかもしれない。しかし最悪のことがもう1つだけあった。
「風魔の小僧、誰かいたか?」
その男はスッと姿を現した。【転移】だ。
「小僧ではない」
「誰かいたかと聞いている」
「お前に教える義理はない」
「ではどうすれば義理はできる」
「織田の爺。どうやったところで無理だ」
「頭の固いやつめ。そういう考えは早死にするぞ」
爺と言うが本人だ。何しろ迦具夜よりも強いと一目で分かった。あれが信長。近藤さんを見た時もそうだが、俺は意外と歴史が好きだ。だから昔の偉人など見ることができただけでも感動する。本能寺でどうやって死んだのか。首謀者は誰だったのか。聞きたい。
しかしそれよりも驚きはあの信長が、自分よりも年下相手に生意気な言葉を言われて、イライラしている様子も見せてなかった。甲冑に身を包んだ織田信長。きつい瞳なのだがどこか穏やかで、それでいて鋭さは龍の如く。
顔を見ているだけでも一筋縄ではいきそうにない相手と思わされた。50年生きただけで天下を取りかけた男。それが450年ほども生きてる。どれほどの存在になっているのか。確かめたい気持ちがある。
それは俺だけじゃなく、日本人なら誰しも信長が生きていると知れば、直接確かめたいことは山ほどあるだろう。
「どうかな。隠れられるやつもいるかもしれんぞ。例えば千代女とか」
信長にドンピシャで呼ばれた。千代さんがそれだけ有名ということもあるだろうが、まずいな。この場で外様のレベル900代の名前が出る。それを偶然とは考えなかった。
「あの女はこんなところに顔を出さない」
「情報が遅いな。月城が仲間に引き入れたのは日ノ本自体ぞ」
「それはそうだろうが、千代女が神の座の手伝いなどするか。死ぬほど金にがめついのだぞ。此度の手伝いなど頼めば一体如何ほどの金額になるか。あの女の取り立ての厳しさをしゃれにならん。払わねば殺される」
「確かに、あの女は金にがめつい。ルビー級一人殺すのにも千億貨を要求してきよる。しかし我もこんな場所まで来て嘘はつかぬ。まあ理由は知らんが月城迦具夜は四ヶ月しか時間がないようだ。時間がないなら長期に渡って使う金を一瞬で消費するのも迷うまい。何よりも日ノ本には木森もいるのであろう。性質上、あれはとんでもない金持ちになる。求めずとも財が湯水の如く溢れ出る」
下に羨ましき事よ。と続けながらも信長は楽しんでるように見えた。
「六条祐太が金を払わなくても夫婦となれば関係なしか。それならば確かにありうる」
千代女がいる。そうわかった瞬間。銀次の目の色が変わった。明らかにこちらがすぐそばにいると確信したように周囲を警戒し始める。
「先ほどから何かいる気はしたが掴かめなかった。ユグドラシルの神か何かと思っていたが千代女ならば納得……」
言いながらもどこからともなく分厚い本を取り出した。遠目でも表紙が読めたそれは、俺の【時の移動書】と似ていた。名前は、
【天の感知書】
と記載されていた。銀次はその分厚い本を開くと、その本が光り始めた。そしてただただ本のページもめくらずに中を見つめている。そこに何かが映っているようだった。
「居た! そこか!」
クナイが飛んできた。避けなければ当たる。
「ちっ、銀次ちゃんのくせに!」
千代さんはもはや隠れるのは無駄と悟ったようで、姿を現した。同時に、さらに1つ【身代わり人形】がさらさらと粉々に砕けてなくなった。
「ごめん。本当に足を引っ張る」
「いいですよ。私祐太さんと一緒にいるだけで幸せですし」
「ほお、お前が六条祐太か。実物を見るとやはりいいな。類まれなる美童」
酷薄な笑顔で余裕たっぷりに信長は口にした。風魔任せで何かしようという様子がない。それが返って不気味だった。こうやって対峙していても相手に殺意らしいものを感じない。それもまた不気味だ。
歴史書では織田信長ほど激しい気性の持ち主はなかなかいないということだったが、大八洲国の信長は本能寺の変で死んだ後の信長。迦具夜の話では、かなり考えてからでしか動かない慎重な男なのだと聞いた。
「それはどうも」
「どうだ? 月城と同じ条件で構わん。我のところに来る気はないか?」
「それに乗るわけがない」
俺は首を振った。
「まあ当然だな。では月城の条件にさらに足して、我の財から何でも好きなものを三つやろう。そなたでも使えそうなルビー級アイテムも取り揃えているぞ。手に入れればたちどころに凄まじい力を振るうことができるようになるぞ」
「魅力的だけど断らせてもらう。俺にそれだけの価値があるのかは知らないが、月城からもう十分な報酬の受け取りを約束してもらっている。あんたがそれを超えるのは無理だし、俺があの女を裏切ることはない」
「カカ。ほんにあんな古臭い寺で死なんで良かったというものだ。この世は儂から誘われても断る奴だらけ。そういう強情者をゆっくりこちらに引き入れる時間もある。まこと毎日が楽しい。しかし無限に思えた時間もそろそろ足りなくなって来た頃なのだ」
信長が顎を撫でた。本能寺のことを言っているのか。興味は惹かれるし、話し込みたいところではある。それに今の言葉を聞いていて分かった。信長はダンジョンを楽しんでる。何がそれほど楽しかったのか聞きたい。
だが今回の最大の敵である信長を相手にこちらの準備は整っていない。ダンジョン話をする余裕などなかった。
「千代女。どうしてここに。お前は日本のことも特に興味があるような女ではないはずだ」
そして風魔銀次は千代さんが気になって仕方がないようだ。
「まあ確かに興味ないですよ。でもそれなりに色々繋がりがあって、私でも大事にしたいものはあるんですよ。それに好きな人がいますし」
千代さんが俺を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「お前のような女にまで男ができたと?」
「ほお、月城と千代女を同時に口説くとは、天晴れな日本男児よ! どうやって口説き落としたのかぜひとも聞かせてもらいたいものだ!」
「お前やめとけ。その女は本当にうっかりするとすぐに殺しに来るぞ」
「失礼ですよ銀次ちゃん! 私殺す相手は選んでます! というか祐太さんを殺すぐらいなら自分が死にます!」
「お前が年下をちゃん付けで呼ばない? そんなバカな!?」
そこが一番驚くポイントなんだ。まあなんか気持ちはわかるけど。
「千代さん」
「分かってます!」
俺が声をかけると同時、千代さんが俺と【意思疎通】を使って視界を共有して【レガの指輪】の瞳が示す場所へと向かう。海上をできるだけ素早く、体が負荷に悲鳴をあげるが泣き言は言ってられない。
光の如く2人から逃げていく。しかし追いかけてくる。千代さんはレベル900代でもトップ級のスピードを出せるらしいが、俺がいるせいでどれだけ抵抗を消しても、やはり1人分の質量は遅くなってしまう。
波のような水飛沫をあげながら、風魔がそこに追い縋る。速すぎる。どんどん近づいてきた。おまけに千代さんは本気で移動だけを考えた場合。鉄の壁を不可能なのに突き進もうとしているような抵抗が襲う。
《死んでませんか!?》
《し、死ぬかも》
《どうしましょう。これ以上遅くしたら捕まります》
《ち、千代さん、銀次は【転移】使える?》
《使えるのは使えます。でも得意ではありません》
《じゃあそっちでっ》
《了解》
俺の意図を察してくれて、千代さんが長距離転移が可能なように魔力を分け与えてくれる。俺はそれをもらってすぐに飛んだ。本来ならこういう形ではなくゆっくりと場所を探したいのだが、甘えたことを言ってる場合じゃない。
俺はできるだけ遠くの海上へと現れた。そうするとすぐに下から巨大魚の背びれが見えた。
《祐太さん。止まったらダメです。これぐらいすぐに追いついてきます。それにユグドラシルは神と悪神の力が拮抗しているなら、神の威光はほとんど海には届いてないはずです。【転移】を続けてください!》
「この辺り!【瞬閃】!」
急に刀が振り下ろされてきて、それが届く寸前で【転移】で消えた。迦具夜と融合した時の感覚を思い出す。あの時の全能感。それを向こうは自分でもってる。侮れば殺される。再び【転移】を唱える。常に唱える。
それぐらいしないとすぐに追いついてくる。
《千代さん、魔力持つ!?》
《まだ大丈夫ですよ。余裕があります》
そしてこっちにもレベル900代がいる。完全に不利ではない。俺は【レガの指輪】で瞳を開く。見えてくる映像は海がモーゼの十戒のように開いている姿で、海岸からまっすぐ来たのならともかく【転移】しながらでは位置の把握が難しい。
仕方がないので俺は【転移】の情報の全てと、【レガの指輪】の瞳で見た情報の全てを三種の神器の位置情報を割り出すことに集中する。そうすると前後100mほどの誤差は出たが、海面から入る位置が割り出せた。
さらに海上をこまめに【転移】して、なんとか二人を撒かなければ、このままでは三種の神器に案内してしまうことになる。
「いえ、祐太さん。二人を完全に撒こうとしてはいけません。きっとそれは不可能です。それよりも、まっすぐ目的地に向かいましょう」
「でもそれだと向こうに先に取られてしまう」
「小細工をしている間に本当に追いつかれます。もう見つかってる以上、どの道、私たちが行く場所にとことんまでついてきますから、追いつかれない方が重要です。こっちには位置がわかっているというアドバンテージがあるんです。先に【三種の神器】は必ず手に入ります。そして自分たちがそれを使う」
「分かった!」
その結論をさっさと出してからは迷わなかった。二人の魔力を惜しみなく注ぎ込む。【異界反応】で地上と変わらないぐらいの速度でどんどんと海の中を潜っていく。
「いない?」
周囲を見渡すと銀次の姿も信長の姿もなかった。
「私たちが確信を持って動いてると悟ったんでしょう。それなら変に追いかけるより」
「泳がせた方がいい」
ずっと明るい光が照らされている海の中。さらにその下のもっと下。ルルティエラがいる時はその部分が真昼の太陽に照らされるように明るくなっているのが見えた。しかし実際の超深層はブロンズエリアの海でも暗い。
「多分この下にあるよ」
俺は千代さんに告げた。下から何か大きな気配を感じる。アイテムなのに気配を放っていた。三種の神器が近づいている。【転移】し続けた。ひょっとすると織田も風魔も気づいてる。
「祐太さん、こちらに先を越されないよう信長が十人ほど家臣を呼んでますね。銀次も素早く動ける部下を五人ほど召喚したようです。向こうも本物だと感じたのでしょう。全力できますよ」
「味方の召喚って簡単にできるの?」
「ある程度近くにいれば難しくありません。ユグドラシル国の他の地域を探索させていた家臣でしょう。囲みから逃れるのが難しそうですね」
「【転移】で一気に目的まで行ったらどうなる?」
言いながらも飛び続けていた。もう10kmぐらいまで迫ってる。探索者なら一瞬だ。
「手に入れてすぐに使えればいいのですが、一瞬でも手間取れば奪われるかもしれません」
必死に考える。向こうはなぜこの方法を取ってる。先に近づかせるアドバンテージを与えるのは普通危ないものだ。それでも、千代さんから送られてくる信長と銀次の位置は後手に回ることを承知の動きだ。
多分俺というお荷物がいるから三種の神器の近くまで案内させれば、強引に手に入れることはできる。俺はレベル400になってるが、レベル900を超えた人間からすれば、俺から見た一般人を連れて歩いてるようなものだ。
外から見ててお荷物感は半端ないのだろう。
ただ俺には【ガチャ運】がある。今まで戦闘に使うことを積極的にはしてこなかったが、今回は思いっきり惜しみなく使ってやろうと思った。シルバーガチャから出てきた真っ赤に燃え上がるような綺麗な魔石を密かに手に掴んだ。





