第二百八十話 四人会議
並べられた料理は和洋折衷の料理である。大八洲国と同じでどこかで地球と繋がっているのかもしれない。というよりもダンジョンと地球は昔から交流はあったのか。それなら意外と眉唾臭く思われていたことほど本当かもしれない。
「キャビアとかフォアグラとか。やっぱり地球と似てるな」
「そうですよ。迦具夜さんたちを見ればわかると思いますけど、ある程度レベルが上がると、正体を明かさない限り地球に行くのは意外と自由なんです。だからこっちの料理は向こうに伝わるし、向こうの料理はこっちに伝わる。でもこっちの人たちってあんまり味にこだわらないんです。だからほとんど地球の料理がそのまま来てますね」
「科学技術はダンジョンの方がはるかに進んでるのに」
「レベルが上がれば上がるほど食事が生命活動に関係なくなりますしね。それでいて魔法と科学技術は進んでるから、味の丸パクリも簡単です」
パクリか。いつの間にかパクられてること結構ありそうだ。まあそれでもこっちの人たちにとって地球のパクリなど片手間なんだろう。レベル200を超えてぐらいからそもそもお腹が空かなくなって、食べなくていい。
食べなければ排泄もしなくていい。千代さんなど意識的にお腹が空くように調整しているようだ。どうもきちんと食べた方が精神の安定にはいいらしい。
「千代さんがここに来たての頃、ここの料理ってどんな感じだったの?」
「昔は今から考えるとシンプルな料理が多かったですね。でも塩とかお味噌とかお醤油とかはあったので、その頃はこっちの方が料理は美味しかったです。日本ではつい最近まで美味しい料理を食べれるのは一部の人だけでしたけど、大八洲国だと全員食べれましたし」
「五層も含めて?」
「はい。むしろそういうことに関しては五層の方が積極的ですよ。魔法が使えないから医療技術も発達してますしね」
「へえ、福利厚生はダンジョンの方がやっぱりいいか」
フライドチキンに齧り付く。ジャンクなものから高級な料理まで、本当よくこれだけいろいろ作ってくれたものである。じわっと口の中に広がる肉汁をうまいと感じながら、一つ疑問がわいた。
「モンスターを食べたりはしないの?」
ダンジョンの中といえばモンスターで、まずそれを食材と考えないのか。ダンジョン飯。ドラゴンの肉とかが美味しいと聞くけど、そんなことを思って聞いたら迦具夜が答えてくれた。
「あまり食べないわね。モンスターは人間を食べる習慣があるから、同じことをすると共食いになるでしょ。だから嫌なのよ。それに肉食中心の雑食だから食べても美味しくないと言われてるわ」
「ドラゴンのステーキとかないの?」
「あいつらの肉は硬いわ。噛んだらこっちの歯が折れるわね」
「オークは?」
「人型で知能のある奴らを食べるなんて気持ち悪い。生理的に嫌でしょ。まあゴールドエリアだと食べる国があるとは聞いたことがあるけど、かなり野蛮よ。私たちからすれば原始人の行為ね」
「モンスター食は全然習慣はなさそうだな。アラクネとか狼人間だと普通にしゃべるもんな」
モンスターで目玉が飛び出るぐらい美味しいものがあったりしたら嬉しいのだが、そういうのはないらしい。
「魔法で手間暇かけて加工した高級食材ならあるわよ。ちなみに私も、いつか愛する人と食べようと思って500年間貯め込んでたものが結構あるわ。魔法で腐らないようにしてあるから帰ったら一緒に食べましょう」
「おお、それは嬉しい」
「ふふ、でも、この【レガ・ワイン】がその一つなのよ。地球じゃこんなの作れないわ」
迦具夜が明かりに照らす。光も通さないほど血のように赤いワイン。それでいてたまらなく甘くて滑らかで喉越しが良くて、アルコール度数が高いことも探索者の体になじむ。
「きっと1億出しても大八洲国じゃ買わせてもらえないわね。全部うまくいってレガの機嫌が良かったら何本か買って帰りましょう」
「俺も美鈴たちに買って帰ろうかな」
「どこの国でもだいたい家畜用の牛とか豚とか鳥とかそういうのを育てているのよ。祐太ちゃんが今食べてる鶏肉も多分そう。国の内部に環境を整えて育てている区画があるの。まあ食材から料理しなくても分子レベルで結合させる技術もあるんだけど、さすがに無駄に高いだけになるわね」
「そっか」
そんなことを喋りながらも俺は義体を出して、食事の給仕をした。これも訓練の一環である。できるだけ義体は出して動かす。これぐらいの動きだと自動モードでもOKで、義体というよりオートマタである。
動きに不自然な部分があると【義体領域】でどんどん修正していく。そうして1人の人間のように仕上げていく。弁財天は狐魅が【念動力】を使って、給仕しており、迦具夜はなぜか俺そっくりのからくり族が出てきている。
「迦具夜様大好きです」
おまけになんか変なことを常に口走ってる。
「お前そういうのはやめろよ」
自分と同じ見た目の人間が動いている。俺の方はいざとなれば自分の体の代わりになるが、義体だとわかるようなサイボーグ風の見た目である。頭だってそうしてる。でも迦具夜のからくり族は完全に俺だ。
「迦具夜様こそ俺が愛する世界一の女性です」
おまけにこのからくり族、なぜかこっちに向かってドヤ顔をする。
「いいじゃない。あなたがいない時寂しさが紛れるもの」
「それって変なことに使ってないのか?」
「使ってません。この体はあなた専用だもの。いくら祐太ちゃんそっくりのからくり族でも触らせないわ」
「本当かよ」
「千代女さんは分身の術ね」
迦具夜が話をそらした。千代さんを見ると分身の術で、もう一人の自分を作っているみたいだ。
「へえ、すごい。実体のある分身だ」
とりあえず俺も精神衛生上目をそらした。頭が良くて何でもできると変なことを思いつくらしい。
「そうですよ。私10人まで出せます」
ルビー級まで行くと自分以外の何かを持っているのは普通のようだ。みんながそれぞれ自分自身が動かなくても何とでもできる。少しずつそこに足を踏み入れている。それでも三人と比べると強さがまだまだ。
今回のカインとの戦いで、最も頭の痛い問題が俺の弱さだ。順調にレベルアップしてるとはいえカインに届いていない。強さが違いすぎて泣きたくなる。
「あら、本当に美味しい。舌触りが滑らかね。【ユグドラシル産のレガ】は聞いたことはあったけどこのワインだったのね」
弁財天がそういうと飲み慣れた仕草で口に運ぶ。俺も口に運んだ。千代さんも興味がわいたみたいで分身に注いでもらう。そうして場が和んできたところで俺はまず話しておきたいことを言った。
「先に【三種の神器】を取りに行かないか?」
そう提案した。カインをユグドラシルから排除する報酬として、レガが三種の神器を手に入れる手助けをしてくれる。俺はその手助けを先に借りて、クエストの前に【三種の神器】を受け取りたかった。
「先に報酬を? そんなことしていいの?」
弁財天が言った。
「いいと思う。指輪はすでにあるし、ダメなら指輪を先に渡してないだろう。レガ自身はどっちを先にしろなんてことも言ってない。それにできれば俺は期限ギリギリまで、みんなからもう一度訓練を受けたい。そう考えると先に大事なものは手に入れておいた方がいいと思うんだ」
俺がなぜこんなことを口にするのか、レガが一番よくわかっている。俺が三人には黙っていること。それを俺に教えたのはレガだ。それなのにそれを反対するなら、最初から教えないだろう。
「まあそれでレガが怒らないなら、私も手順は逆でもいいと思うけど。どちらが先でも後でも失敗できないことには違いないのだし」
弁財天がそう言うと、後の二人も問題がないと頷いてくれた。
「じゃあ次の話題だけど、そもそもどうやってカインと戦うかが問題だ」
「まあそこよね」
今度は迦具夜が返事をしてくれた。
「そもそも俺は弱すぎるし、迦具夜にこれ以上寿命を減らすようなことはしてほしくない。そうすると、弁財天と千代さんだけで戦うことになる。二人ともそれでも勝てる?」
勝てるならそれでいい。女に戦わせて男が戦わないなんて気持ちはない。美鈴たちならこんなこと言わないが、千代さんと弁財天は俺より強い。プライドを持ち出すだけ無駄。足手まといはいない方がマシだ。
「その場合、カインは私と弁財天さんの相手をせずに逃げると思いますよ。向こうにしたらリスクを犯して私たちと戦う意味はゼロでしょうし、もし私たち二人に勝てたとしても、カインは得るものがなさすぎます」
千代さんが言った。そりゃそうだよねって話である。何が悲しくて、報酬もなくレベル900台二人と命がけで戦うのか。
「やっぱりカインの一番の目的は俺と迦具夜になると?」
「いいえ、カインは迦具夜さんも眼中にないでしょう。レヴィアタンを犠牲にしなければならなかった理由になった。そしてそれに付随する全てのことを考えても祐太さん以外は眼中にないでしょ。意味のない戦いはきっと避け続けます」
「でも、英傑がちょっと不利だからってすぐに逃げるの?」
俺はプライドの高そうなカインの姿を思い出す。仮にもサファイア級のカインである。それはあまりにも情けない。
「逃げますよ。祐太さん。ブロンズエリア以上になってくると勝てない敵が普通に出てきます。ましてやレベル900が三人です。しかも全員300年以上は生きてる。そういうルビー級がどれほど怖いか。それぐらいカインはよく知ってますよ」
「でもカインはここに長時間いていいのか? それこそ戦争の真っ只中だろう」
「確信はないですし、今ここでそれを言っても意味がないので言いませんが、多分当分の間カインは時間があると思います。おそらく四ヶ月ぐらいはここに留まってるんじゃないでしょうか」
四ヶ月。俺の寿命と同じだ。そして俺たちにとってのクエスト期限。エルフさんのことと何か関係があるのか。千代さんがなぜその理由を言わないのかは知らないが、それだとカインが勝手にいなくなることも期待できない。
それにもしそうなっても小人神レガは納得しないだろう。
「もう1つ確認するけど千代さんが暗殺するのは無理なの? 確か神を殺したことがあるんだよね?」
「あります。ですが今みたいに向こうが警戒している時は不可能です。状況的に気持ちが緩んでる時じゃないとあのクラスの暗殺は難しいんですよ。悪神側のニザヴェッリルにいて、カインが油断することはないでしょうね」
「じゃあ俺が今の状態で正面切って戦えばどうなる?」
無駄とは思いつつ聞いた。色んな可能性を自分の頭の中で浮かんだだけじゃなく、人にも聞いて確認していく。そうする中で何かいいものが生まれないかと思うのだ。
「瞬殺ですね。もちろん祐太さんが殺される方です」
「じゃあ俺と弁財天と千代さんの三人組だとどうかな?」
「大事な祐太さんを守るために、私が完璧に祐太さんの守りにつくしかありません。弁財天さん多分、人を守ったりするの苦手ですよね?」
「おっしゃる通りよ。私って固定砲台タイプなのよね。下のレベルが相手ならともかく上のレベルと1対1で戦うのは難しいわ。特に召喚士は手数が多いから魔法だけだとね。千代女さんと2人でなら多分勝てるでしょうけど、祐太君を誰も守ってなかったら、そうしてる間に祐太君が殺される」
「私は——」
「「迦具夜は動いたらダメ!」」
迦具夜が何か言おうとしたけど俺と弁財天で遮った。迦具夜は自分が死んでもいいぐらいに考えているようだが、やはり一番の本丸である迦具夜が死ぬのは問題がある。それにそれは俺も弁財天もどうしても嫌なのだ。
「そうではなくて聞いて。私も今の状態で戦うのはまずいことになるとわかってるわ。とにかく想像以上に【呪怨】が厄介だった。若い神のすることだからって私もどこか侮ってたのが悪かったのね。でもね。今回の桃源郷の神の座の争い、その目的を考えてもやっぱり一番戦うべきは私と"祐太ちゃん"だと思う」
迦具夜のその言葉は意外で、俺は迦具夜を見た。
「あなたが一番祐太君を大事にしたいんじゃなかったの?」
「ええ、だとしても可能性が一番高いことをやらないとどうにもならない。それが私にもわかってる。こればっかりは祐太ちゃんを大事にしてるだけではどうにもならない。だから弁財天。少しだけ無理をしてほしいの。千代女さんもよ」
「「無理?」」
「ええ、カインの一番の目的である祐太ちゃんが戦うには、私と祐太ちゃんが融合するしかない」
「でもそれは」「分かってる」
今の状態で迦具夜と俺が融合すれば、融合した瞬間、俺が死ぬという話だったはずだ。でも今の迦具夜はどこか昔の迦具夜を思わせた。どこまでも苛烈に愛したものの強さと実力を求めてくる迦具夜が見えた気がした。
ずっとそうやって物事を考えてきた迦具夜である。そういう部分が抜けると、彼女はだめなんだろう。
「今の祐太ちゃんはあの頃と比べてもかなりレベルが上がってるわ。融合さえできれば1時間ぐらいは戦えるはず。それに出力も前よりも上げられる。私も多少は声を出せるぐらい安定すると思うわ」
「それはそうでしょうけど、どうやってそれをするの?」
弁財天が聞いた。何か考えがあるのは分かった。
「考えてみれば簡単なこと。私の中にある【呪怨】を一時的に"ここ"で解放するのよ。それを弁財天と千代女さんで私と祐太ちゃんがカインを殺して帰ってくるまで全力で止めてほしい。弁財天。あなた封印魔法は使えるわね?」
「それは……できるわ」
弁財天は迦具夜の言葉の内容を考え、すぐに強く頷いた。つまり成功すれば全員で生き残れるかもしれない。でも失敗すれば全員で死ぬかもしれない。迦具夜はそういう提案をしてきた。
「じゃあ私は全力で弁財天さんのサポートをしますから、それなら可能だと?」
「可能かどうかというより意地でもしてちょうだい。一時間ぐらい何とか二人で解放された【呪怨】を抑え込んでちょうだい。無理でもやるの」
「なるほど、分かりました。無理でもやりましょう」
「迦具夜。一時的に二人の消費を無視して強引に【呪怨】を封じてしまう。そういうことだな?」
俺からちゃんと確認した。迦具夜も【呪怨】を封じた最初は大丈夫そうだった。【呪怨】がまるで完全に消えたようになっていたのを覚えてる。しかし俺が生きてる限り【呪怨】は消えることがなく、徐々にその威力を強くしていく。
そう感じるぐらいだった。俺を殺す。ただそれだけのことに神獣レヴィアタンの命のすべてが使われた。だからこそそ目的が達成されない限り、その存在が消えることはない。
「ええ、そうよ。完全に消費を無視すれば一時間程度なら二人がかりで【呪怨】を封じ続けられる。正直クミカのブロンズガチャのアイテムでは完全に【呪怨】の祐太ちゃんを殺そうとする意思を消しきれなかった。それがそもそも私のミス」
「ミスじゃない。俺が無理をさせただけだ」
「そうね。でも私はこれしかないと思った。後悔もしてない。そしてあなたのためにもう一度頑張りたい」
「大丈夫か?」
「ええ、あなたがあまりにも私に生きてて欲しそうだから、私も生きたくなってしまった。だから私はそれでいい」
千代さんと弁財天を見た。二人とも頷いた。
「このままここで封印するのがいいでしょう。カインはこの中の気配は感じられないわ。レガの屋敷はそういう風にできてるようなの」
「まあレガにはちゃんと許可を取っておこう」
「そうね。いきなり神獣の【呪怨】が現れたら、いくら悪神でも驚くでしょうしね」
ともかくカインを始末する良い方法が浮かんだことに安堵する。正直ヨーロッパのことを考えると生きててほしい存在だ。それでも日本とどちらが大事かと聞かれたら、日本である。そして迦具夜の方が生きててほしかった。
「三人ともじゃあまず、三種の神器を取りに行こう」
「そうね。その後私たちとの訓練ね」
迦具夜たちは訓練が嬉しそうだ。別にこんな時になってエロいことをしたいわけじゃない。そんな暇もない。まあ鍛える過程でそれが必要ならするけど、必要ないなら本当にしない。期待を多少しているだけだ。
「じゃあ行くか」
食べるものも食べ飲むもの飲み、四人全員が立ち上がった。
「ストップです」
ただ千代さんがそれに待ったをかけた。
「何?」
「どうかした?」
迦具夜と弁財天が尋ねる。ただ俺は千代さんがなぜ止めたのかわかった。多分二人もわかってる。でも惚けたいんだろう。
「お二人ともわかっているでしょう。いくらなんでもこの争いに参加してる他家を警戒しなさすぎですよ。あれから二ヶ月経ってるんです。織田家なり、他の家も別に私たちに譲ってくれる理由なんて一つもないんですから、この辺まで到達してきてると思った方がいいです。その場合完全に気配を消す必要があります。それに迦具夜さんはただでさえ寿命が縮んでるんです。そんなあなたは力を温存しておいて欲しいのに前線に出る意味ありませんよね。何よりも私たちがいると分かった瞬間にいろんな勢力が一気にこっちに集まってきますよ。ですから、三種の神器の回収は私と祐太さん二人だけで行きます」
「まあそうなっちゃうよね」
弁財天が恨みがましそうに千代さんを見た。
「私ぐらい気配を消すのが上手い人はこの中にいません。この行いを成功させるために必要な戦い以外はしない。お二人ともその方針忘れてませんよね? そのためには私が気配を消せる精度をちょっとでもあげられる最低限の人数がいいんです」
「じゃあ千代女さん一人で行けば?」
「いいえ【レガの指輪】を持っている祐太さんは絶対必要。そして気配を消すのに必要な私も、もちろん必要。お二人は要りません」
ニコニコしながら口にした千代さんの言葉は筋が通っていて、二人は頷くしかなかった。





