第二十八話 召喚獣リーン
【リーン召喚】
名前をつぶやき、そして空中に出現した魔法陣から召喚獣のものと思われる足が出てくる。空中から地上へと降臨してくるようだった。しかし俺は戸惑った。おそらく召喚されるのは名前からして可愛い妖精かと思った。
しかし青い肌色ではあるが、ほっそりとして人間としか思えない女性らしい足が現れてくる。下に降りてくるほど太腿も魅力的で、お尻の形もどう見ても人間だ。ほっそりとした腰つき、そして美鈴以上の貧乳。段々と現れてきたその姿は、
「肌の青い女の子?」
完全に女の子だった。耳が長い、綺麗と言って差し支えのない俺たちよりも年下らしき女の子だった。胸も小さいし、お尻の形もキュッとしてる。レオタードのようなものを着ていて、露出はかなり多かった。年齢でいえば小学6年生ぐらいだ。
「そうよ。どういうわけか私が呼べるのはこのリーンという女のゴブリンなの」
「ゴブリン? リーンはゴブリンなの? この見た目で?」
「そうよ。だってリーンのステータスにそう書いてるもの」
エヴィーから召喚されているためなのか、かなり美少女だった。俺の想像するゴブリンはダンジョンに出てくるあのゴブリンで、たとえ女だといっても、ここまで見た目が良くなるわけがない。
腰まである長い髪はツヤツヤで、この見た目でレオタードなんてきているから、目を向けるのが悪い気がしてくるほどだ。
「いつっ」
「ね。エヴィーはリーンをどこで見つけたの?」
美鈴にリーンをまじまじと見ていた俺のお尻が抓られて、その美鈴が尋ねた。
「見つけたわけじゃないわ。最初は【低レベル召喚】って、ステータス画面に表示が出たの。やった超レアジョブの召喚士だと思って喜んだんだけど、どうやって召喚するかわかんなかったわ。日本のゲームみたいにモンスターを倒して、倒したモンスターと契約するのかと思ったんだけど、一生懸命頑張ってゴブリンを怪我をさせないように生きたまま捕らえたところで、契約どころか敵意剥き出しのままでね。うまくいかなかったのよ」
「じゃあこの子はどうしたの?」
リーンは見た目で言えば西洋寄りの美少女だった。下の階層に行けば人間よりも綺麗な見た目のモンスターもいるらしいが、こんな綺麗なゴブリンがダンジョンの1階層なんかに現れたら大騒ぎである。
「ゴブリンを100体ぐらい倒した時だったわ。【リーン召喚が使えるようになりました】って機械的な女の人の声が聞こえたの。そうすると召喚魔法の使い方が自然と頭に浮かんで、使ってみたらこの子が現れたってわけ」
「この子、しゃべれるの?」
「全然。でも言うことは分かるみたいで、理解したら、『ぎゃっ』とか言って答えてくれるわ。犬のワンワンと似てるわね。でも犬より賢いみたいで、こっちの言葉は大抵理解できるみたい。あと、ステータスもあるの。リーン、ステータス出してちょうだい」
「ぎゃ」
本当に『ぎゃ』としゃべるようだ。可愛い見た目とミスマッチで逆に可愛い。他のゴブリンと喋り方は同じだが、やはり女であるためか、それとも見た目のせいか声も可愛く聞こえた。
名前:リーン
種族:ブルーゴブリン
レベル:2→3
職業:近接戦闘型召喚モンスター
HP:15→20
力:17→24
素早さ:14→17
防御:16→22
器用:8→10
知能:3
魅力:35→36
装備:なし
「スキルと魔法が表示もないんだ。ステータスはゴリゴリのパワー系だ。この見た目で俺より力が強いの?」
「ええ、かなり強いわよ。私もこの子と力比べしたら全然勝てなかったわ。やってみる?」
「え、遠慮しておくよ」
ステータスは残酷だ。
たとえヘビー級チャンピオンでも43歳の主婦に勝てないように、俺も普通に力比べをしたらこの女の子に負けてしまう。まあそれでも実際戦えば100%勝てる自信はあった。というのも近接戦闘において一番重要ステータスは力ではない素早さだと言われているからだ。
まさに当たらなければどうということはないという世界なのだ。それにやはり魔法とスキルがないのは弱いな。
「魔法とスキルがあればな……リーンのメイン武器は?」
「大きな斧を使わせてるわよ。私は取り回しが悪いからって反対したんだけど、斧が良いって聞かないのよね。その割に器用が低いからよく物を壊すわ。でも、この子がいてくれるおかげでなんとか向こうでもレベル上げができたの。まあスキルと魔法がないから、いざって時が弱いんだけど」
「ガチャ運は表示がないけど?」
「私が低いからこの子が高ければなと思ったんだけど、そもそも無いのよね。試しにガチャをやらせてみたら、どれだけ力を入れてもガチャのレバーを回すことができなかったの。でも最初召喚した時はレベル1だったのが、レベル3まで上がったのよ。モンスターでもモンスターを倒すとレベルが上がるのね」
「マジ?」
「少なくとも召喚獣はそうみたいよ」
「ねー、だとしたら、ダンジョンの中のモンスターもレベルアップする?」
「モンスターを鑑定するとレベルの表示はあるらしいけど、レベルアップした話は聞いたことないな」
何しろダンジョンが現れてまだ5年。わからないことだらけだし、モンスターがレベルアップしてるかどうかなんて誰も知らないはずだ。
「私もかなり調べたんだけど、そんな話どこにも出てなかったのよね。それにこの子、目立ちすぎるのよ。ゴブリンなのに綺麗な女の子だから、ダンジョンの中で見られたらまずいかと思ってアメリカだと出すのも気を使ったわ。レベル3にするのも大変だったんだから。この子ちょっと馬鹿だし」
「ぎゃ」
その言葉は分かったようでリーンは抗議するようにエヴィーを見た。
「本当じゃない」
「ぎゃー」
「ねえ、リーンに美鈴とエヴィーのトイレの時に見張ってもらえば」
自分で口にしながら美鈴のあの音が聞けなくなるのが残念に思っている。でも泊まり込みになってくるとおしっこだけじゃなくなるだけに、それは良い考えに思えた。
「やめといた方がいいわ。私もそう考えてダンジョンでトイレを試してみたのよ。でも私がいちいち指示しないとゴブリンを見つけても教えてくれなかったりして、ひどい目にあったわ。あれだけは思い出したくもない。ファンに見られたらもう死ねる」
よほどひどいことになったのかエヴィーが顔をしかめた。
「でもこの子は戦力として十分役立つわよ。1階層なら4人パーティー組めばかなり危なげなく回れるわ」
「今日から階段探しで単独で動こうと思うんだけど、それでも大丈夫?」
「単独行動……。日本だと階段探しはそうするとは聞いてたけど本当なのね。ダンジョンの中まで安全とはさすがだわ」
「安全かな?」
「だって、アメリカじゃ超初心者が1階層で単独行動なんて危なくて絶対無理よ」
銃社会のアメリカと、銃が徹底的に規制されていた日本。元々からして銃がない方が平和だと言われていたが、エヴィーの話を聞く限りそれはダンジョンの中でも適用されるようだ。
「日本は拳銃がつい最近までダンジョン内でも使えなかったから、逆にゴブリンたちに武器を渡さなくて済んだ。そう言われてはいたけど、やっぱりそうなんだ?」
「お察しの通りよ。アメリカのゴブリンは、なんであなたたちがそんなにいっぱい銃器を持ってるのってぐらい持ってるわ」
「でもエヴィーのステータスって結構いいと思うけど、どうやってレベル上げしたんだ? もしかして相手が拳銃持ちだと、こっちが拳銃使っても、ステータスの上がりが悪くならないとか?」
「いいえ、ダンジョンは現代兵器が嫌いみたいでね。拳銃を使うとレベルアップしにくい上に、レベルアップできてもステータスはさっぱりになるわ。2年前にアメリカでもダンジョンが解放されて、それでも日本なんかと比べて、探索者の質が上がらなかった。最近ではその原因ははっきりと現代兵器のせいだって言われてる。だから私は最初から近接戦闘で頑張ったの」
「ガンナーだらけの1階層で近接戦闘?」
「よ、よく死ななかったね」
「大変だったのよ。ゴブリンが集団で拳銃を撃ってくるんだから」
そんな恐ろしいこと俺には絶対できない。弓だって十分に怖いが、拳銃の恐怖と比べたら、比べ物にならない。連射速度が違いすぎるし、弓よりも小さい動きで撃ってくるだけに避けることもかなり難しい。
「エヴィーはモデルじゃないの? 軍隊経験でもあるの?」
「ふん、お金に余裕のあるモデル10人がかりで入って、アリストが切れたら次のアリストに入れ替えて、ポーション飲みまくりのお金でぶん殴ってやったわ。ミサイルランチャー持ってるやつもいるから、それでも死にかけたけど」
「も、もはや根性だ」
「そりゃステータスの上がりも良くなるわけだ。でも一つだけ言っておくけど、日本のダンジョンを舐めないことだよ。ゴブリンはめったなことでは銃は持ってないけどもっとおっかない人がいるんだから。今のレベルじゃ見つかったら終わりだけど一応どんなのか聞いとく?」
そうなのだ。日本にはゴブリンの銃よりもおっかない人間がいるのだ。
「ええ、お願いするわ」
「甲府で悪い意味で有名な探索者は3人だ。当然これにパーティメンバーもいるから12人になる。一人は依頼殺人請負人ジャック。ネットで堂々と殺人依頼を受けている男で、『自分の正義に従って殺してる』って言ってるけど、何の罪もない人間を殺している例もあるからどこまで本当かはわからない。
その次がモンスター愛好家米崎。この人はもともと有名な生物学者で、ダンジョン内でゴブリン集落の観察をしていた。そしてそれを堂々と学会に発表。学会を追放された。今はレベル100を超えたことで許されて再び学会に戻ったらしいけどね」
「な、なぜ学会を追放されたの?」
「ゴブリン集落で飼われていた女の人たちを、助けもせずにそのまま観察していたからだよ」
「そ、そう。なかなかクレイジーね」
「そして最後のがたぶん一番危ない。魔眼病ミカエラだ。魔眼士というレアジョブだったことで、自分は選ばれた人間だって動画でいつも言ってるんだ。『見ただけで人だって殺せる』というタイトルで、動画をアップしてずいぶん問題になったこともある」
「ほ、本当に殺してたの?」
「さあ、人間の部分にモザイクがかかってたから本当かどうかは分からないね。表のサイトだともう削除されてるけど裏サイトだとまだアップされたままだ。ともかくエヴィー」
「……」
「こういう人たちは10階層をとっくに超えてるから、1階層なんかにはまず出てこない。それに前の2人は、積極的に人を害したりはしてこない。ミカエラだけは見つかりたくないけどね。とにかく一番大事なことはわかるね?」
「……日本だろうとどこだろうとダンジョンの中で油断するなってこと?」
「そうだ。もし、やばいと思ったときは、すぐに天変の指輪を出してシマウマか何かに変身するんだ。いいね? 絶対に他の探索者の姿を見ようとしちゃだめだし、口を利いてもダメだからね?」
「お、OK。わかったわ。気をつける」
まあめったなことでは遭遇しないと思うが、これだけ念を押しておいたら大丈夫だろう。何しろ日本にそんなおっかないゴブリンはいないし、1階層には滅多に人がいないので、リーンも堂々と出すことができる。アーチャーがいることは伝えたが、エヴィーもアーチャー程度ならと納得した。
俺たちはもう一度外に出て、トイレなどの準備を済ませると、1階層の探索を開始することにした。
「じゃあ12時にこの地点で」
ダンジョン用のスマホの地図アプリでルートを自動検索してもらい、一番効率のいいルートで12時にダンジョンの中で落ち合って昼食をとる。それまでは各々独自の判断で休んだり探索を続けたりする。
異常があった場合はスマホで連絡。
ダンジョン内であるが、スマホの通話は可能だ。同じ階層ならば使えるように、強力な電波を飛ばせる。50万円は伊達ではないのだ。普通の人だと人体に影響が出るレベルの電波が出てるらしいが、レベル3になった体は特に体調不良を感じることもなかった。
このスマホを購入できない場合は、最初は自分で地図をマッピングしたりして大変らしい。お金様々である。
「エヴィー。たぶん戦力的に一番問題ないと思うけど気をつけてね」
「OK。ユウタもかなりガチガチにはしてるから大丈夫だと思うけど、危ない時は遠慮なくポーションを使うのよ。資金ならいくらでも出すから。死なれたらもっと困る。忘れないでね」
「わかった。美鈴、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「もし何かあった時とか、休憩したい時には電話してくれたらいいからね」
「祐太」
「うん?」
「祐太も私にいつでも電話してね。12時にまた会いましょう」
そう言って美鈴の方から俺に抱き付いてキスしてきた。まるで恋人同士みたいに自然とその動作がなされた。美鈴はしばらく会えないからというように、かなり長くしていた。だが俺は固まってしまって何もやり返すことができなかった。
「二人とも私にあまり見せつけないで。ダンジョン内はただでさえ色々溜まりやすいんだから」
それにはエヴィーが不満そうに口を尖らせた。
「ごめん。でも、そういうことだから」
美鈴がエヴィーを見て言う。
「取らないわよ。私だって彼氏ぐらいいますから」
いるのか。残念なようなホッとしたような。
いやホッとした。これ以上はそういうことで悩みたくなかった。まあ自惚れ過ぎだが、エヴィーとまでこんな関係になったら揉めるだけである。とにかく若干気まずい雰囲気が流れたがそれぞれに走り出した。





