第二百七十話 時の移動書
シルバーカプセルを開けると最初に出てきたのは果実だった。種類は素早さである。これでまたひとつ果実が増えた。どうして果実なのだろう。食べるのが大変などと言えば、贅沢なのはわかってる。
でも種とかじゃだめなのか。ブロンズとストーンの分合わせて53個の果物を食べる。絶対に一度では無理だ。でもこれが終わればすぐにユグドラシルに戻る。それまでにできるだけ食べてステータスをあげなきゃいけない。
千代女様が言う。
「すごいですね祐太ちゃん。シルバー級の果実になると絶対にもう市場には出てきません。みんな自分で食べますよ」
それは分かってる。でもステータスアップの果実って全部"皮"も食べるんだよ。
弁財天が続いた。
「大八洲国でも市場には流れないわね。シルバー級の果実は+50だもの。まあシルバー級だとステータス3000超えるのが普通だから+50でも微々たるものだけど、祐太ちゃんぐらい数が揃うとさすがに違うわ」
分かってるんだ。すごくありがたいって。でも"皮"も食べるんだ。
「すごいんだ」
俺は抑揚のない声が出た。生死に関わることだから、いくら皮ごとでも頑張って今から食べ始める方がいい。素早さの果実はいつも洋梨みたいで俺はかぶりつこうとした。
「祐太ちゃん。さすがにこの数は大変でしょう。せめて皮を剥いてあげましょうか?」
「剥くの?」
ステータスアップ系の果実は皮ごと食べるもんだと思ってた。そうしないとステータスの上がりが悪くなると日本では言われてる。またお高すぎるものなので、皮や茎や種ですら捨てるのはもったいないとみんな全部食べるのだ。
その中でも一番の難敵は力の果実でその見た目はバナナで味もバナナだ。そして皮もバナナだ。まあ探索者の胃袋なので、お腹を壊したりはしないのだがこれを食べるのが結構しんどい。
「大丈夫よ。抵抗はあるかもしれないけどね。実の部分にステータスアップ効果の栄養があるって言われてるの。皮の部分は捨てても問題ないわ」
「そっか……」
弁財天が言うのなら本当なのだろう。しかし、いざ、ステータスアップの果実を剥いてしまうと考えて見つめる。そうするとなんだかものすごくもったいない気がする。この果実。市場に流せば10億以上しそうである。
「いや、やっぱりいいや」
いくらお金はあると言っても10億円である。それにストーン級とブロンズ級も含めて果実が大量にある。それらの皮を全て捨てれば、そこに実が多少はついてしまう。そうするとステータスが10ぐらいは上がらないかもしれない。
ステータスが1でもいいから増えたいところなのだ。皮ですら捨てるのはもったいない。
「このまま食べる。もったいないし」
「まあそれはそうだけど。大変よ?」
「贅沢は言ってられない!」
勢いをつけてとにかく洋梨にかぶりついた。果実自体は甘くて美味しいのだ。洋梨はまだいい方なんだから弱音を吐いてたらバナナの皮は食べられない。そして肝心のシルバーカプセルも開けなきゃいけない。
俺は洋梨を【念動力】で浮かせて、かぶりつきながらシルバーカプセルを開けていくことにした。そうすると中から3番目に出てきたのは1冊の本だった。
「本?」
ガチャアイテムで本が出てきたのは初めてだった。だから俺はそれを手に取って確かめてみた。表紙にはこう書かれている。
【時の移動書・未来編】
「……」
その衝撃的なタイトルにピタリと一瞬停止する。時間にして1秒ほど。そして再起動する。
「な、なんだこれ?」
字面から理解できる情報はそのままである。それなのに意味がわからなくて首を傾げた。理解できるそのままだとするとその効果が【時間移動】のように思えた。少なくとも時間に関係する何かだ。
【明日の手紙】のことがあるから、時間関係の何かが出てくるのではと期待はしていた。しかしいざ見てみるとやはり驚く。未来編。じゃあ過去編もあるのか? なぜこんなものがよく出てくる。そのことが理解できなかった。
そもそも簡単に出していいものなのか? いや、俺のガチャ運が異常すぎるだけで、ガチャからその人専用のアイテムが出てくるのは、専用装備が出てくる確率よりも低いと聞いていた。
ただでさえなかなか出てこないシルバーカプセルの中の30分の1と言われている。それはつまり迦具夜のようにかなりガチャ運がいいものでも、900回回してやっと1回出てくるぐらいになるらしい。
それは俺のガチャ運8でシルバーガチャが1D8だと推察すると240回回して1回ほどの確率だ。それが出てしまった。
「どうしたの?」
迦具夜が俺の様子に尋ねてきた。
「いや、ほら。【——】って」
口にしようとして口にできなかった。そのことに驚く。つまりこのことを口にすることはダンジョンにおける【禁止事項】なのだと気づく。
迦具夜達はルビー級だぞ?
美鈴たちならともかく、ルビー級である迦具夜たちにも話してはいけない。それってどれだけヤバいのだ。時間移動は強力な手札で間違いない。神様には通用せず、迦具夜にも【明日の手紙】は不発に終わった。
しかし、あの後翠聖様が見せてくれたシミュレーション結果によれば【明日の手紙】は、迦具夜の目の前で使っていなければ、例え迦具夜でも対応はできていないように見えた。
つまり信長や局長の目の前で【明日の手紙】を使わなければ、例えルビー級に対してでも効果を発揮してしまう。だからこれもきっと強力な手札にはなるのだろうが……。
「シルバー級の【炎の魔法書】みたいね。これがどうかした?」
迦具夜からは【時の移動書・未来編】が別のタイトルに見えるようだ。
「いや、魔法書って出てきたのが初めてだったからさ」
俺の口から自然とそんな言葉が出た。【禁止事項】に引っかかるようなことは何もできず、ばれるような遠回しな表現もできなくなる。ただ口からは偽りに合わせた言葉が漏れるだけだ。
「シルバー級からは魔法書が出てくることはよくあることよ。効果は魔法陣と同じで使い切りよ」
「魔法書なのに使えば終わりになるのか?」
「そうよ。大抵なくなるわ」
魂のつながりで俺の今の戸惑いは伝わっていると思うが、迦具夜はそれでも奇妙には思っていないようだ。俺はその本を開いてみた。見たことのない文字の羅列。だけど不思議と頭の中に全て入ってくる。
読んだことのない文字なのに理解できる。不思議な能力などというものではなく頭の性能が上がりすぎて、前後の言葉から類推して数千万のパターンが頭の中にすぐに浮かび上がり、読んだことのない文字を次々と解読していくのだ。
「読んだことのない文字を次々理解していくとか、もう本当に人間やめてるな」
「まあ今まで見てきた魔法陣の記憶も探索者の頭には全て残ってるからね。今までの魔法陣がどういう効果で、どういう威力を発揮したのか。特に祐太ちゃんは弁財天に教えてもらった【魔法領域】で魔法について考察し続けているから、情報を集約して、どんな言語でも一瞬の解読に繋がってしまうのね」
魔法が得意な弁財天が教えてくれた【魔法領域】。魔法について常に考え続けるように俺の知能400分を与えている領域である。他にも千代女様と共に【スキル領域】や迦具夜と【精霊魔法領域】。
4人で【統合戦闘技能領域】などにそれぞれ400ずつリソースを割いている。そうすることで同じステータスであっても常に熟練度を増していくことができる。今こうして普通にしていても4つの領域が考え続けているのだ。
「なるほど」
がぶりと洋梨をひとつ平らげてしまう。茎まできっちり食べると今度は、ブロンズガチャから出てきた力の果実であるバナナを皮ごとかぶりついた。ダンジョンも多少改善してほしいところだが、バナナの皮は美味しくない。
そのことを探索者はきっと一般人よりも良く知っている。ともかく気になってさらに【時の移動書】を読み進めていく。読むほどに俺は驚く。未来へ移動できる魔法を一度だけ使用する。そのための補助をこの魔法書がしてくれる。
そう記載されていた。
未来移動。
様々な創作物で散々使われてきた時間移動。それを自分が使える。しかし気分はちょっと微妙だ。どれだけ未来に行くかは魔力によって左右されるが、今の俺の魔力でも2年ぐらい先に飛ぶことができるようだ。
「ううん。未来……」
唸ってしまう。これが過去なら今すぐでも使ったかもしれない。過去に2年も飛べたらどれほどいいことか。美鈴たちには会えなくなるかもしれない。それは残念ではあるが今度は本当の時間移動のようで、今の俺の体ごと移動できる。
そうなればあるいは南雲さんたちと一緒に探索者をできるかもしれない。
「でもそうじゃないんだよな」
起こせる現象はすごいが未来に飛んでも意味がない。日本は救えないし、伊万里のことだって放置してしまうことになる。誰も助けられないどころか害悪にしかならない。
「意味ないな……」
ガチャからは必要なものしか出てこないと言うが、俺のマジックバッグには結構必要なくて、死蔵したままのガチャアイテムが多い。これもその一つになりそうだ。弁財天も覗き込んできて口にした。
「まあ確かにシルバー級の魔法書よりもっと強力な魔法使えるようになってるものね。妙ね。シルバーカプセルから出てくるアイテムにしてはかなり微妙だわ」
「まあいいよ。それよりどんどん開いていこう」
使う可能性は0に近い。現れる効果は誰もが驚くようなものだが、遠い未来で、もし俺が生きてたら気まぐれに使うこともあるかもしれない。それぐらいに考えてマジックバッグの中に放り込んだ。
その後バナナを1本食べ終わる頃に2回連続で果実が出てくる。嬉しいのだが1/3の確率で出てくるはずの専用装備がまだ出てこない。全て揃えなければいけないと考えると、4回連続で出てこないだけで焦ってしまう。
「もっとポンポン出てくれないと揃わないぞ」
頑張ってくれよ。すでにガチャの中身は決まっているわけなのだし、頭の性能が上がった探索者としては、すでに結果は出ているはずのことに『頑張ってくれ』は意味不明だが、とにかく何か頑張って出てきてほしい。
そんな思いで次は魔力の果実を一呑みした。探索者の中で最も評判のいい果実。魔力の果実は苺なのだ。おいしいと思いながら次のシルバーカプセルを手に取った。
《あ、それポンです》
華が口にした。ポン。どうやら華は麻雀が好きなようだ。光と共に現れたのは上下の肌着だった。黒くて肌にぴっちりと吸い付くタイプ。ウェットスーツのような肌着である。早速身につけるととても着心地が良かった。
【焔竜・華の肌着】
ステータスにはそう記載されていた。
《おお、主様との一体感が増しました。主様、華の肌の温もりを感じてくださいませ》
「なんかエロい言い回しだな」
どうも華は竜の中でもメスのようで、そのせいといえば偏見かもしれないが結構よく喋りかけてくる。美火丸と焔将は必要な時しか喋ってこなかったから、なんだかそれを面白く感じながらも次のカプセルを開けた。
《主様。次は私ではありません。残念ですね》
「そうなのか。それは本当に残念だな」
と次に現れたのは華の言葉通り、専用装備ではなかった。それは石だった。ステータスを確認すると、
【炎龍・烈の魔石】
と表示されていた。
「これ、かなりいいものよ。さっきのがちょっとおかしかっただけで、そうなのよシルバー級の使い切り魔法ってこんな感じよね」
弁財天が言いさらに続けた。
「炎龍・烈は大八洲国の巨大な【龍】よ。この魔石は、一度だけその力を借りられるの。本当に一度の攻撃だけだからここぞという時に使ったらいいわ。炎龍の攻撃は相当なものだから、自分に被害が出ないように使いどころは気をつけてね」
「おお、それはありがたい」
攻撃力不足をたった一撃だけではあるが補える。俺はそのことを喜びさらに次のカプセルを開けると、またもや【炎龍・烈の魔石】が出てきてくれた。
「祐太君は華と言い炎龍神・紅麗様の系譜と縁があるのかもしれないわね。こういう魔石って向こうがOKしてないと出てこないのよ。特に烈は性格の激しい炎龍だから、よほどのことがない限りいいとは言わないわ」
「そうなのか……」
《華は何かわかるか?》
《申し訳ないです。華の記憶はないのです。力の記憶はあるのですが過去に自分が何をしていたのか全く思い出せません》
《そっか……》
ストーリーを開放させるしかないということなのだろう。でも焔将もまだなんだ。本来ならシルバーエリアで開放されるものなのだそうだが、それを飛ばしているせいで、開放されないままになってしまった。
焔将のことが気になりながらも、器用の果実である葡萄にかじりつく。結構美味しい果物なのだけどやはり茎ごと食べるものではないな。もしゃもしゃしながら次のシルバーカプセルに手をかける。
《主様。次ポンです》
できれば開けてから分かりたいのだが、華はどうしても言いたいようだ。そして実際次のカプセルを開けると籠手が現れた。赤色の綺麗な籠手だ。
《これで主様の手は誰にも傷つけさせませぬ》
「はいはい」
そう言いながらも嬉しくて装着すると、これで3つ揃った。次に出てきたのは10個入りの紫色をした錠剤だった。薬のガチャアイテム。間違いない。こいつ性関連か。今までのことから錠剤はそういう感じと思ってしまう。
【避妊薬】やら【精力増強剤】やら余計なお世話だというようなものばかり出てくるダンジョンの性関連アイテム。俺はそっとステータスを確認した。
【性別改変薬】
「何に使うんだよ!」
男のままでいい。そう思ってそのままマジックバッグの中に突っ込むと、
《次も華です! 主様嬉しいですね!》
自己主張の激しい専用装備である。そんなことを思いながらも出てきてくれて嬉しい。なので俺は華の脛当てだったからそのまま装着した。とてもいい感じである。さらに次のカプセルを開けると2連続で引き当てた。
【焔竜・華の物理護符】
そう書かれていた。これは幸先が良い。というのも護符系統は最後の方に出るものなのだ。物理護符が出て魔法護符が一番最後と言われていて、今はシルバーカプセルが24個ごっちゃになって開けていってる。
だから、順番がランダムになってるのだろうが、専用装備が9個は揃っているということになる。俺はさらに嬉しくなった。
《これで主様の体を華が身を呈して守ります!》
「はいはい」
俺は華に塩対応を取りながらさらに開けていく。上級ポーションと果実が続き、【聖水瓶】という悪魔に特効がある水が出てくる。何でもこれに濡れたものは悪魔を退ける効果を得るらしい。例によって使い切りアイテムだ。
そしてまた果実が現れ、ここでさらにしつこく【性別改変薬】が現れマジックバッグの中に突っ込む。ルルティエラは俺が女になることでも望んでいるのだろうか。いくら望まれてもそんなものになる気はない。
俺は男がいいのだ。まあ今回のことを生き延びて、長い時間を生きることになったら、その中で女になってみてもいいかなと思う日もあるかもしれない。そういう時まで使う時はないだろうと思う。そしてそこからが奇跡のようだった。
《あ、もうほとんど私だけですよ。主様これ揃ってます》
華の言葉は本当だった。
【焔竜・華の胴鎧】
【焔竜・華の魔法護符】
【焔竜・華の叢雲の糸】
【焔竜・華の頬当て】
【焔竜・華の履物】
と立て続けに専用装備が現れ、そして俺のシルバー級専用装備【焔竜・華】が全て揃う。俺は竜の紋章がある赤備えに体を包んだ。体の内側から力が湧き上がってくる感覚。間違いなく今までと比べ物にならないほど強力な装備だ。
今なら青蛙と正面から戦えるかもしれない。
《主様はどれほどすごいのでしょう。たった一度のガチャで華を全て揃えられるとは。この華。とても嬉しく思います。揃えていただいた恩に報いるためにも、華はこの魂に変えても主様をお守りし続けることを誓います》
そう華が口にしたのと同時だった。装備が淡く輝き焔が体から溢れ出す。
ゴールド級【焔閃光】
ゴールド級【叢雲焔】
そう装備スキルの名前が記されていた。
「シルバー級でゴールド級の装備スキルが出ることは普通の人だとまずないのよ。祐太ちゃんの何かに反応してるのかしら……」
弁財天が不思議そうだった。
「最後のも開けてしまおう」
そこから果実と【異界膜】という【異界反応】を道具で使用できるものが現れ、シルバーガチャが終わった。
「大収穫でしたね」
千代女様が言ってきた。強さはまだまだ足りない。それでも怖くなるほどのレベルのクエストに参加していることで、自分もそれに引っ張られるように強くなってる。しかしここからは蒼羅様の中にいるわけではなくなる。
もうこれ以上強くなるには迦具夜が神の座につくしかない。ともかくできる限り強くなる努力はした。俺たちはガチャゾーンから出ると、覚悟を決めてユグドラシルの5番目の世界、悪神の支配種族が住むニザヴェッリルへと向かうことにした。





