第二十七話 天変の指輪
「めっちゃ怖かったー」
美鈴の顔はまだ青ざめていた。エヴィーも生首四つはさすがに衝撃的だったのか青ざめて自分の腕で胸を抱いていた。
「でも穂積たちがそんなに危ない人達だったんなら殺してもらえて良かったんだよね?」
あの生首を見てしまって、美鈴も本当にそれで良かったのかと思っているようだった。甲府ダンジョンの1階層は相変わらず暑くて、汗が噴き出してくるのに、暑いから汗をかいているのか、冷や汗なのかよくわからなかった。
「そうね。私も人の生死にあんな形で関わったことないから自信持っては言えないけど、相手は中レベル探索者だし、捕えるっていう選択肢は取れないしね」
「殺すしかなかったんだよね?」
美鈴がエヴィーにもう一度聞いていた。自分と同じ歳だがエヴィーの方が大人びて見えたからだろうか。でもエヴィーも同じ15歳である。人を殺すことに明確な答えなどあるわけがなかった。
「そう信じたいところね。でも正直、驚いたわ。レベル300以上の探索者なんて、高レベル探索者ほどじゃないけど、よっぽどのことがない限り裁かれない奴らよ」
「なんかいまいちピンとこないんだけど、レベルが上がった人達ってそんなに偉いの?」
「偉いと言うか。レベルが上がるってことは、軍事力が上がるってことだって、最近アメリカでは言われてるわ。軍事力のある国にはダンジョンが現れる前から誰も文句言えなかったでしょ?」
「まあ確かに」
それには俺が答えた。しょっちゅうネットをうろついている俺は、目の前の人の出身国から、この国がどれだけ無理難題を押し付けられてきたかをよく知っていた。
「それと一緒。アメリカが威張ることができた理由でもあるし、今、威張ることができない理由でもあるわ」
「なんか私の探索者への夢が壊れる」
「アメリカじゃ頭のイカれた奴らは、頭のイカれた高レベル探索者とも繋がりがあったりするし、裁くのは相当覚悟がいる相手よ。まああんなにあっさり殺したところを見ると、日本じゃそうじゃないのでしょうね。改めてこの国に来てよかったと思うわ」
「南雲さん大丈夫かな。なんか無理してるように見えたけど」
ダンジョンでモンスターを殺しているとはいえ、人を殺すのとは全く違う。自分のせいで、それをさせたのだとしたら、かなり申し訳ないことをしてしまった。
「ユウタ。高レベル探索者の心配なんて私たちがしても仕方ないわよ。それに向こうが殺してくれるって言ったんだし」
「そうだけどさ。ああ、俺バカだ。冷静に考えて池袋にホームを戻すなんて正気じゃなかった。ここで、もっとちゃんとレベル上げするべきだった」
俺は甲府のサバンナを見渡した。池袋と同じ光景で、同じモンスターが出てくるはずなのに、池袋よりもどこか穏やかに感じた。人の恐怖が薄まるだけで、これほど感覚が違うのか。
「祐太だけのせいじゃない。私もレベル3になれたって浮かれてた」
「レベル300か。すごいレベルの人たちだよね」
何しろレベル3になるだけでも一度は死にかけた。それをはるかに超えてレベル300まで到達する。穂積達だって相当努力したはずだ。
「そこまで行くのに何回死にそうになったか分かんないはずなのに、なんでおかしくなっちゃったんだろう」
「頭のネジぶっ飛んじゃった奴らがあっちにも一杯いるわ。行き過ぎたやつらは始末するしかない。おかしくなっちゃったら終わりよ。真面目にやってればちやほやもされるし、いい思いだってたくさんできたはずなのに、馬鹿な奴らよ」
俺も美鈴も、そして多分エヴィーもレベル3になるまで結構大変だった。それを考えると穂積たちが死んだ安堵に、虚しさのようなものが混ざった。
「いや、気持ちを切り替えていこう。とにかくここでみっちりレベル上げして、半年、いや、1年はここでレベル上げしてもいいかもしれない」
「確かに。あんなのに絡まれたらもうどうしようもないもん」
「まあ甲府にも絶対に会いたくない人いるんだけどさ。依頼殺人請負人ジャックとか、モンスター愛好家米崎とか、魔眼病ミカエラとか」
「低レベル探索者の二つ名まで知ってるの?」
「ま、まあ、なんか格好いいなと思って……」
「中二病……」
「て、低レベル探索者だからそこまで意味不明な強さじゃないと思うけどね。あと、くに丸さんが甲府だって言ってたんだよな。もうすぐ河岸を変えるつもりらしいけど、それまでに会えたらいいな」
今回のことで美鈴も俺も早くレベルを上げたいという思いがかなり静まった。ゲームではないのだ。命を大事にしなければ死ぬ。あの生首四つが自分かもしれない。死にかけたことがあるのに、その危機感がなさすぎたのだ。
「あ、荷物!」
と、美鈴が叫んだ。
「あ」
自分の手を見ると何一つ持っていなくて、完全に手ぶらだった。いちいち荷物を持ち運びすると電車の中で色眼鏡で見られたりする。それが嫌で池袋の探索者専用のロッカーに全て預けていた。あれがないのはさすがに困る。
「どうする? 取りに帰る?」
「なんかそれも間抜けな気が……」
「だよね。と言うか、もし南雲さんに見られたら怒られそうだし。あの人怖いんだもん」
「あなた達はまだマシよ。私なんて、池袋ダンジョンのマンション、気合い入れて買っちゃった」
エヴィーが両手を上げて首を振った。アメリカ人特有の仕草で、さまになっているので、そんな姿ですら見とれてしまう。異国情緒に触れた気がして、やっぱり格好いいなと思いながら尋ねた。
「いくらしたの?」
「1000万ドルだから5億円かな」
「ひょえー」
あまりの値段に美鈴と目を見合わせて驚いた。池袋ダンジョンのマンションはそんなに高いのか。まああんなところに住むのは相当お金がなきゃ無理だな。きっといま世界で一番地価が高いんじゃなかろうか。
と言うか、そんなマンション購入できるとは、エヴィーの資金力を舐めていた。
「まあいいわ。どうせ1年したら帰るんだし、そうしたら、あなた達も一緒に住む?」
「いいの?」
「もちろん。仲間でしょう」
エヴィーがウィンクする。やはりその姿も様になっている。だが俺はもちろん節度を守らなきゃいけない。
「あの、その時、俺は別でいいです」
「ふふ、あら、別にいいのに」
「え、エヴィー、私たち付き合ってるから」
美鈴が腕を組んでくる。本当に付き合っているかどうかについては宙ぶらりんで、エヴィーはその様子を興味深げに見ていた。
「と、ところで荷物どうする?」
その視線が居心地悪くて俺は話題を変えた。
「大丈夫。荷物はデビット達に持ってこさせるわ」
「デビットって……ひょっとして後ろに控えてた黒服の人たち?」
「そ。デビットとマークって言うの。二人とも探索者をしてたのよ。まあ仲間が2人死んじゃってそれで引退したみたいだけど」
「そうなんだ」
俺は改めて死が身近にあることをしているんだと思った。
「悪いけどデビットさんたちに俺たちの荷物も頼める?」
「OK。ちょっと待ってね」
武器も持っていない状態でダンジョンの中は危ないし、一旦外に出ようという話になった。南雲さんからもらった指輪で、美鈴とエヴィーが姿を変える。美鈴が40歳ぐらいの冴えない男性になり、エヴィーが同じく40歳ぐらいの小太りな女性になった。
3人で話し合った結果、金回りの悪そうな男と、その妻、そしてその子供という設定で行こうということになった。この3人組なら、きっと悲惨すぎて誰も声をかけてこないだろう。
「ぷぷ」
二人のあまりの変貌に俺が笑ってしまう。どちらも綺麗なのに、今の姿からはそんなもの想像もできない。特にエヴィーの小太りな女性の姿には笑わざるを得なかった。もはや何を間違ってダンジョンに入ろうと思ったのかというくらいおばちゃんだった。
「笑わないでよー。この姿が一番良いってことになったでしょ」
「ミスズ、口調。その見た目で女言葉なんて使ったら、変どころか気持ち悪いわよ」
「あ、えっと、祐太、お父さんを笑うんじゃない!」
「ぶふー!」
俺はツボにはまって余計に吹き出した。美鈴がどれだけ男の言葉で喋ろうとしても笑える。エヴィーも大阪のおばちゃんみたいな見た目なのに、やたら色気のあるしぐさや言葉遣いになってしまう。おかげでおばちゃんの見た目なのに色気があった。
「に、人間って中身が大事なんだね」
俺はひとしきり笑うとなんとか気持ちを落ち着けた。二人の視線が痛い。外に出るとあまりの寒さにダンジョンショップに慌てて逃げた。そしてとりあえず服を買い。装備を選んだりしている間に、デビットさんとマークさんがやってきて、荷物を届けてくれた。
池袋のロッカーはレジのお姉さんに頼んだら、開けてくれたそうだ。そして結局俺も美鈴も、エヴィーからお金を借りることにした。これで資金は美鈴のお姉さんからの分も合わせて一人5500万円である。完全にお金に困った夫婦が持ってる金額じゃない。
だからデビットさんたちに追加で購入したい装備は買ってきてもらった。今までの装備と比べて一番お金をかけたのは首飾りの『アリスト』である。3000万円もするが、美鈴は俺に借りていた南雲さんのものを返すと自分で購入した。
エヴィーにも買っておいた方が良いと勧めたのだが、
「私は自分で持ってるから大丈夫よ。本当はもう一つクラスが上のやつを買いたいぐらいだけどね。アリストよりも良いものになると、低階層ではステータスの上がりがかなり悪くなるのよ。『良質なレベル上げをして、より良いステータスを得る』。最近アメリカでも注目されているワードよ」
「やっぱり上に行くなら無視できない要素だよね」
「それとパーティーメンバー全員分のマジックバッグを4つ事務所からの投資として買ってもらえたから、荷物はここに入れましょう」
エヴィーがそう言ってマジックバッグを出してきた。ウエストポーチ型のもので、200kg入るのだという。
「これ、すごく高くない?」
南雲さんのようにアイテムボックスのスキルが生えた人は無限に収納できるようになるらしいが、 それをアイテムによって補うダンジョン産のアイテムだ。密輸などの犯罪行為に使用されるリスクがあるので、公式には市場で出回っていない。
探索者もなかなか手放すものではないので、買おうと思えばすごい金額のはずだ。
「ひとつ1億」
「い、1億!?」
「そ。すごい値段でしょ。ボスは私にかなり期待しているの。それに日本で高レベル探索者を目指せるって事にもかなり期待してる。見返りありきの投資だから遠慮しなくていいわよ。ただし見事に高レベル探索者になれたら、ちょっとはお返ししてあげてね」
「それはまあ……」
受け取るべきかどうか悩んだが、マジックバッグの場合戦闘行為と直接関わりがない荷物の持ち運びなので、ステータスへの変な影響がない。それでいてダンジョンでは圧倒的に探索が楽になる。見返りが怖い気もするが、受け取っておくことにした。
「悪い。結局美鈴やエヴィーのお金にも甘えてるな。ガチャでそんなに遠くないうちに返せると思うから」
「私は……ブロンズガチャを回せるまでは無理かも……」
「本当はあげるつもりなのよ。返すというなら受け取るけど、むしろ、返済が探索の足を引っ張ることにならないようにしてほしいわ」
お金持ちが一人パーティーにいてくれるだけでだいぶ違う。美鈴のお姉さんだけでも充分助かるのに、特に最初の時点でエヴィーが参加してきてくれたこの状況もありがたかった。
それから再び3人でダンジョンの中に入った。3人とも首飾りをしているとはいえ、ボディアーマーとヘルメットは着用している。見た目がかっこいいわけではないが、ガチャからダンジョン産の鎧が出るまでは仕方なかった。
「とにかくお互いのステータスの見せあいっこからしない?」
ダンジョンの中に入るとエヴィーの方から提案してきた。パーティーを組むならそれは必要不可欠なことなので俺も頷いた。
「これよ。他には漏らさないでね」
名前:エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイク
種族:人間
レベル:2→3
職業:探索者
称号:新人
HP:13→17
MP:15→22
SP:13→15
力:13→16
素早さ:13→16
防御:14→17
器用:14→18
魔力:14→20
知能:14→17
魅力:71→72
ガチャ運:2
装備:ブロンズ級【魔力杖】
ブロンズ級【アリスト】(バリア値100)
シルバー級【マジックバッグ】(容量200kg)
ゴールド級【翻訳機】
サファイア級【天変の指輪】
魔法:ストーン級【リーン召喚】(MP15)
ストーン級【火弾】(MP4)
スキル:なし
「すごい……召喚だ。でも……」
エヴィーのステータスはかなり目を引くものだ。しかしそれよりもひとつだけものすごく気になる内容があった。
「【天変の指輪】……」
「サファイア級……」
「な、南雲さん……」
俺たち三人は頷きあって、ダンジョンの中の戦闘行為で万が一にも壊さないように、指輪をそっと外して、マジックバッグの中にちゃんと仕舞っておいた。
「か、かなりすごいステータスね。魔法使いタイプの召喚士だ」
美鈴が覗き込んで言った。
指輪については触れないことにした。値段など想像したくもない。と言うかこんなレアリティのアイテムをダンジョンの中でつけてたら、いくら戦闘行為に関わりがないものでもどんな影響があるか分かったものじゃない。
これはダンジョンの外でごまかさなきゃいけない時だけつける。3人とも暗黙の了解でそのことを了承した。ともかくエヴィーのステータスだ。全てのステータス値がかなり良かった。
アメリカでは銃器を使うのが当たり前だから、ステータスの上がりが悪いかと思ったがそうでもないようだ。しかもかなり貴重な召喚士型の魔法使いだ。というかなんだこの魅力値、70超えなんて世界中探しても滅多にいないぞ。
「ユウタのも見せて」
「いいけど、平凡だよ」
俺は自分のステータスを見てため息をついた。俺のステータスは所謂よくあるやつである。大抵の人が俺のような魔法やスキルが現れて、それを伸ばしていくことになる。そんなステータスをしていた。
名前:六条祐太
種族:人間
レベル:2→3
職業:探索者
称号:新人
HP:15→20
MP:10→14
SP:13→18
力:16→19
素早さ:15→19
防御:15→20
器用:13→15
魔力:12→14
知能:14→16
魅力:16→24
ガチャ運:5
装備:ブロンズ級【アリスト】(バリア値100)
シルバー級【マジックバッグ】(200kg)
魔法:ストーン級【石弾】(MP4)
スキル:ストーン級【二連撃】(SP3)
「気にすることないわよ。平凡なだけに使い勝手がとてもいいわ。それにレベル3で私と同じように二つ生えてるじゃない。と言うかレベル3でこれだけガチャ運がすごかったら、そっちの方がすごいわ」
「そうかな」
エヴィーが励ましてくれる。
「祐太で平凡なら私なんてかなり駄目だよ」
美鈴のステータスは3人の中では一番使い勝手が悪いかもしれない。ただ、【レベルダウン】【精緻一射】はどちらも長距離支援タイプで悪くはなかった。活躍できるところでは俺よりも活躍できる。
「そう? 私たちのバランスで言えば最適よ。近距離の侍。中距離の召喚士。長距離の弓兵。それにレベルダウンの魔法がこのまま伸びてくれたら、いざって時にとても助かる。それぞれ優秀なところがあるってことでいいじゃない」
「でも、こういうのってなんか比べちゃうなー。それに召喚魔法を使ってみたかったー」
「うん。使ってみたかったー」
俺は自分のステータスが平凡だと思いながらも笑顔になった。ダンジョンに入って仲間とガヤガヤ騒ぎながら、ステータスの見せ合いをする。池本みたいな余計なことを言ってくる奴は一人もいなくて、純粋に意見を交換できる。それがとても楽しいのだ。
「美鈴、ありがとう」
「ど、どうしたの?」
「いや、なんか、全部最初に美鈴が俺なんかと一緒にダンジョンに入ってくれたおかげだなって思って」
「な、何を言うかな。それを言うなら私でしょ。祐太と一緒じゃなかったら今頃こんなこと絶対してない。相変わらず学校でクールぶったキャラ演じるしかなかったんだ。私の方が感謝してるよ。ありがとう祐太」
美鈴が俺を見てきて、顔が近づいてきた。
「ちょっと、二人でいい雰囲気にならないでよ」
しかしエヴィーが口を挟んだ。
「ああ、ごめん」
「あのさ、エヴィー。このリーン召喚って使えるの?」
恥ずかしくなって俺と美鈴は距離を置いた。
「使えるわよ。やってみましょうか?」
「うん。やれるなら見せてほしい」
「私もー」
美鈴も俺も興味があった。そうするとエヴィーが腰に差していたステッキを取り出した。ステータスに表示されていた魔力杖だ。持ち手の部分の先に赤い羽根がついていた。魔法の使用を補助すると言われるもので、 火弾などの魔法なら威力が上がる。
召喚魔法だと、消費MPを助けてくれたりする。エヴィーが目を閉じる。魔力を練り上げているようで、目の前の空間に集中する。杖についていた赤い羽根が魔力に反応して光っている。そうすると魔法陣が空中に出現した。





