第二百六十八話 気がかり
迦具夜が小さな精霊の姿になり俺の肩の上に乗った。弁財天と千代女様はレベルを抑えて迦具夜と同じくレベル400の召喚獣として契約を結び、シルバーエリアの中に入る。召喚獣は主よりもレベルが高くなってはいけないのだ。
それでも、もしこの状態でシルバーエリアを攻略することになれば、チートなどというものではない。俺だけならともかく迦具夜達もいるのだ。
レベル的に考えても、そして召喚獣(仮)の中身がルビー級最高位3人であることを考えても、もはや反則の領域だ。
「実質的に俺のシルバーエリアとゴールドエリアが、迦具夜を桃源郷の神のクエストに当たるよな」
「まあそうね。祐太ちゃんはこれから2つのエリアの限界を超えて強くなってしまうわけだから、祐太ちゃんにとっては本来のシルバーとゴールドエリアの攻略は意味がなくなってしまうわね」
「この場合、本来のエリアはどういう扱いになるんだ?」
つまり世界を支配するというクエスト自体が大丈夫なのかと思えて、迦具夜に聞いた。
「そういう特殊な状態になった前例はかなり希少ではあるけど、今までにもいくつかあるらしいわ。その結果は時々によってかなり違うみたい。だから最終的に神の争奪戦が終わって、祐太ちゃんがどうしたいかによるわね。まあでも行かないわけにはいかないと思うわよ。何しろシルバーとゴールドに入らないと、その世界のエネルギーが全て手に入らないってことになるもの」
「そりゃそうだよな」
その場合、先に入った99人には随分可哀想な結果になりそうだ。そんな話をして俺たちがダンジョンゲートをくぐり出てきた場所は以前と同じく裏路地で、路上生活をしている者たちがいるかと思った。しかし見当たらない。
「どこに?」
以前渡した食料だけで、ホームレスがいなくなるわけもない。せっかく食料をあげようと思ってマジックバッグにいっぱい積み込んでおいたのに。
「まさか2ヶ月でホームレスから抜け出した?」
そう呟いた。
「シルバーエリアは外からの探索者に次々と介入されて、状況がどんどんと変わっていってるはずよ。少し綺麗になったように思うし、どうもこの辺は今のところ以前よりもいい状況になってるみたいね」
迦具夜がそんなことを口にした。裏路地から表通りに出ると確かに、以前にはなかった露店の姿がちらほらとある。以前は確か勇者エンデを巡る大きな戦争があって、ようやくそれが終わったところなのだという話を聞いた。
そこからだんだん復興してきたようだ。街の人間の顔も明るい。あの時喧嘩を売ってきた騎士の姿も見当たらなかった。表通りにまでいたホームレスの姿も見えない。それはとてもいいことだ。
以前のように街の声に聞き耳を立てようかと思った。しかしそれよりも手っ取り早い方法がある。何かといえば"仲間"と連絡を取るのだ。
《玲香。聞こえるか?》
俺はともかく玲香のことも気になり連絡を取った。
《……祐太? え?》
ちゃんと生きてるようだ。【意思疎通】が繋がったことにほっとした。俺がいきなり声をかけて驚いている様子だ。
《玲香が生きてるみたいで良かった。今どこにいる?》
本当にかなりほっとしていた。伊万里の専用装備エンデと同じ名前の勇者がいた世界。そして伊万里が俺を裏切ったというルルティエラの言葉。そのことから、この世界がかなりきな臭く思え、玲香の安否も気にかかっていたのだ。
《驚かせないでよ。あなたから連絡があるなんて全然想像もしてなかったわ。あれからまだ2ヶ月よ。間違いなくあなたなのね?》
《安心していいよ俺だ》
《祐太。まさかもう月城迦具夜を神にすることができたの?》
姉妹だからだろうか、どうも美鈴と話しているような気分になる。
《さすがにそれはないよ》
まだそれをするための場所にようやく到着したところである。事前準備がまだ終わらなくて実は結構急いでる。それでも玲香と話せたのが嬉しかった。
《ねえ、どこにいるの?》
《最初にここに来た時の場所だよ。シルバーコインが結構手に入ったから、ガチャを回しに来たんだ》
《何枚?》
《200》
そう聞いた瞬間玲香が息を飲むのがわかった。
《……あなたは本当にわけが分からないわね。真面目にコツコツ頑張ってる自分がバカバカしくなるわ。この間20枚手に入れることができたって、切江とシャルティーと祝杯をあげて喜んだ私がバカみたい》
《すまん》
《いいのよ。あなたと比べるのが間違ってるの》
《ガチャ結果は?》
《……まあぼちぼちね。祐太は200枚か。あなたはいきなり全部揃えそうで怖いわ》
《ガチャ運8になったぞ》
結果はあまり良くなかったのだろうか。返事まで時間があった。
《自慢ね》
《うん》
《ふふ、それより私の場所それほど離れてないわ。200㎞ほど離れたところが私の与えられた場所なのだけど、そこの支配を進めていってるの。この地域の"デーモン"を玲香やシャルティーと全て倒して領主には平和的に土地を譲ってほしいと交渉しているところよ》
《そっか。手伝ってほしい?》
玲香の覚悟を聞いたつもりだ。それにしてもデーモン? ダンジョンの中で初めて聞いた単語だった。この世界特有のものだろうか?
《バカ。切江とシャルティーがいるのよ。あなたにまで協力してくれなんて言わないわ。デーモンは強くて大変だったけど私でも戦えてる。心配しないで》
《そうか。すぐに向かう。賢く待ってるんだぞ》
《はーい》
玲香がこの世界でちゃんとやれているようで顔がほころんだ。そのことが何よりも嬉しかった。迦具夜達に今の話を手早く伝え、【飛行】を唱える。大きく上空へと舞い上がった。
変わったと言ってもまだまだこれからなのだろう。崩れた建物も目立った。少し離れた場所では争いの気配も感じる。何より離れた場所に貧民街が見えた。裏路地ではなくちゃんと貧民が住む街を増設したという感じだ。
「何だあれ?」
空から見下ろした光景でひどく気になるものが目についた。
森林地帯が多く黒く淀んだ空気が流れている。結構なレベルのモンスターが【翠聖兎神の大森林】のような明るさではなく、黒く淀んだ瘴気をまとって歩いているのが見えた。あの黒い淀み。多分あれは良くない。
「壊れかけの世界」
元々この世界がそう言われていたことを思い出した。探索者の誰かがこの世界を支配して、是正しないと滅びる世界なのだという。
「以前来た時よりも"酷く"なってるわね。悪神の方面に流れたモンスターがかなりはびこってる。これが進むと生物が枯れてくるの。ほら」
迦具夜が指をさした方向を見ると植物が枯れ果てて何も生えてない地域があった。その中央に何か黒く淀んだものがいる。その淀んだ場所から地面が大きく割れて、底が黒く染まり奈落のようになっていた。
「世界のエネルギーバランスが崩れてるの。黒い瘴気をまとっているモンスターがいるでしょ。ああいう存在を【モンスター】ではなく【デーモン】というの。その存在が通常の生命のバランスよりも多くなればその世界は滅ぶのよ。大八洲国の場合ああいう存在は完全に外側に追いやられてるわ。もし出現情報が入れば探索者にクエストとして発注され、即行で排除されるの」
「そんなクエストがあるんだ。この世界はまだ落ち着いてるって聞いたけど」
「ええ、そうよ。他だともっと状態が悪いわ。デーモンはいわば世界のバグ。数が多ければ多いほど世界が癌化して繁栄しにくくなる。争いも起きやすくなり、世界としてのエネルギーも低くなる」
「祐太君。ただただ破壊のことのみを考える生命。広く長く続くのが生命の根源的な望みならば、狭く短く破壊することを種の目的として生きる生命。それがデーモンよ」
さらに弁財天が補足して教えてくれた。破壊しか考えない命か。そんなのがいるんだ。その親玉が悪神になるのか? 飛んでいると街が見えた。大きな館も見えて、俺が出てきた都市よりも規模は小さいが栄えた街のようだった。
大きな館から少し離れた場所、なかなか立派な宿に玲香と切江の気配を感じる。シャルティーはどこにいるのかと街全体の気配を探る。そうすると淀んだ森の方から、露出の激しい紫の甲冑を着たシャルティーが結構急いで走ってきていた。
玲香から俺が来ると聞いたのだろう。一生懸命走っているようで乳が揺れてる。相変わらずでかい。いたずら心がむくむくと湧いてくる。俺は気配を消すと3人に離れてくれと言い、ふっとシャルティーの真後ろに【転移】する。
そのまま後ろから抱きしめた。
「なっ!?」
状況をつかめずにシャルティーが慌てる。
「くそっ! 離しなさい!」
「嫌だ」
「この無礼者! この体に触れていいのは……」
そこまで言って俺の気配に気付いたのだろう。振り向いた。
「お、驚かせないでくださいまし!」
「ごめん。久しぶりだから嬉しくて。頑張ってるシャルティー?」
迦具夜も弁財天も千代女様も決して巨乳ではないんだよな。
「もう。急にどうなさったのですか? 帰ってくるとお聞きして一生懸命走っていたのですよ」
「シルバーコインがいっぱい手に入ったからガチャを回しにね」
「そうなのですね。祐太様、変わられましたね」
そう言ってシャルティーは俺の顔をじっと見た。レベル400である。本来よりまだ力を抑えているが、シャルティーからはかなり力強く見えるのかもしれない。
「結構頑張ったからね」
「あなた様は頑張りすぎです。私では追いつけなくなってしまいますわ」
「それでも一緒にいてよ」
「もちろんです。離れてくれと言われても離れません」
俺はふわっとシャルティーを抱えたまま浮き上がる。ひょいとシャルティーの向きを変え正面から抱きしめる。久しぶりの抱き心地でギュッとそのおっぱいを顔に押し付けた。
「そんなことなさると前が見えませんわ」
「見えなくても飛べるよ」
意外とここまでレベルが上がっても全く見えない状態で移動するというのは難しいもので、周囲の状況を把握するために【探索界】をフル発動した。そうするとシャルティーの胸の大きさもよりリアルに伝わってきた。
「それはそうでしょうが」
「祐太ちゃん、悪戯はそれぐらいにね」
迦具夜はそれ以上隠れる必要はないと判断したのか俺の肩の上に乗った。
「急ぐわよ祐太君」
「本当に気が多いんですね。お姉ちゃんも呆れます」
弁財天と千代女様も合流して飛んでいく。宿の前に降り立つ。そのまま中に入るとシャルティーが心なしか楽しそうに宿の人間に一言言って、そのまま俺たちを中へ通した。2階にあがりシャルティーがドアを開けてくれて部屋の中へ入る。
あの時より少し強くなったことを感じる玲香と、それに付き従っている切江が待っていた。そのまま話をすると、その姿を見る。玲香は相変わらず、黄色いフィットスーツだった。専用装備が増えた感じはしない。
やはりガチャ結果は悪かったんだな。
「次は専用装備が出るといいな」
「まあ頑張るわ」
そんな挨拶もそこそこに、今はどう考えても急ぐべきだ。玲香が今元気で頑張れてると聞ければ他は良かった。まず俺はガチャゾーンについて聞いた。
「ああ、それならすぐ近くだから行ってくるといいわ」
玲香達の話を聞く限り、ガチャゾーンはこの世界の人間も利用するものだそうで、各都市に1つはある。そこへの道だけ教えてもらった。
「玲香はついてきてくれないのか?」
「ええ、ちょっと美鈴の気持ちがわかるわ。きっとあなたのガチャを見ると羨ましくなっちゃいそうだもの」
「それは……」
「それにあなたが来るまで、私は自分でここに居場所をしっかり作るしかない。あの時は1人じゃ心細いと言ったけど、今は少し自信がついたの。あなたに負けないようには無理だけど、あなたに好かれる女でいるためにも自分のやることに集中するわ。だってあなた気づくととんでもなく前にいるんだもの」
「そうか……」
探索者には強い女が多い。特に俺の周りにいる女は、必ずしも俺が常にそばにいなきゃ何もできないような女はいないようだ。どちらかと言うと放っておくと勝手に歩き出してこっちが慌ててしまう。
「玲香」
「うん?」
「正直少し寂しい。でも、お前も頑張るって言うから俺も頑張ってくるよ」
つまるところこの世界は、探索者が関わらなければ滅んでしまう世界なのだという。それなら玲香が思いっきりやればいいと思った。それにしても3人とも全く迦具夜達に反応しない。
どうやら迦具夜達は3人から完全に気配を消しているようだ。俺からは感じられるから、便利なことをするものである。
「任せて。こう見えて私美鈴より優秀だったのよ」
「知ってるよ。美鈴がよく自慢してた」
「そうなの……とにかくあなたは安心しなさい。今のところとても順調よ」
そう笑った玲香の顔はとても綺麗だった。俺は立ち上がった。
「祐太様。お早いお帰りお待ちしております」
切江はさっと俺に頭を下げた。彼女との繋がりはかなり薄い。それでもしっかりと玲香を支えてくれているようだった。
「もう行くのですね。残念ですわ」
一番シャルティーが残念そうな目を向けてくる。それでもやはり急がなければいけないことも現実で、玲香が無事に頑張ってくれていることを嬉しく思いながら、宿を後にしようとした。
そこでふと声をかけられた。
「そういえば伊万里とは何の関係もないと思うけど」
伊万里と聞いた瞬間俺の足がピタリと止まった。
「この世界にエンデとは違う新たな"勇者"が立ったそうよ」
「新たな勇者……名前は?」
聞いておきながら伊万里という名前だったらどうしようかと思った。今の状況でここに関わるわけにはいかない。それでも強烈に関わりたいと思った。名前を聞くなと思う。その名前を聞いたら前に進めなくなる。
「それは知らないわ。ただ勇者ということだけが分かってて、その勇者様が今私たちがまだいけていないゴールドエリアでどんどんと支配地域を広げていってるんですって。【天からの使徒ローレライ】が後押ししてるらしくて1つの国が悪と認定されて滅んだって話よ」
「それはまた随分と……」
伊万里とは関係ない話だ。そう思うのだが、どうにも気になって仕方がない。調べたいところだが寄り道をするわけにはいかない。
「玲香。悪いけどその件はできるだけ調べておいてくれるか? ちょっと気になることがあるんだ」
「わかった。まあ伊万里も勇者ですものね。何か彼女がダンジョンから命を狙われる理由への手がかりになることがあるかもしれないし、できるだけ調べるようにしておくわ」
ダンジョンから命を狙われる伊万里が俺を裏切る。そしてこの世界にいた伊万里の専用装備と同じ名前である勇者エンデ。ひどく気になる。それでも玲香に後を頼むと、別れもそこそこに宿を出た。
「どう思う?」
距離が離れて【機密保持】も利用して迦具夜達に尋ねた。
「気にしても仕方がないわ。祐太ちゃん、今はあなたも半年で死ぬかもしれない瀬戸際なの。しっかりと集中して、とにかく生き延びられるようにしましょう」
「それはそうだな……」
迦具夜がたしなめるように言ってきて、弁財天と千代女様は俺の心配がわかるようで励ますように手を握ってくれた。止まるわけにはいかない。そんなことは100も承知だ。それでも気になった。
「祐太ちゃん。今は切り替えましょう。ここに来てちゃんと調べないとどうやったところでわからないことよ。そしてあなたは今それをしている時間がない」
「そうだな……」
迦具夜の言葉にあまり考えすぎても仕方がないと切り替えた。歩いて行くと街の隅っこの方だった。それはどこか懐かしさを覚える建物だった。1階層のダンジョンゲートの近くにあった白い円筒形の建物を思い出す。
「なんか1階層のガチャゾーンと似てるな」
実際そのままで白い円筒形の建物だった。それでいて年季が入っていた。建物の壁を苔や蔦が覆っていて、かなり昔からあるものなのだとわかる。
「大八洲国のガチャゾーンはドワーフ島の科学者が趣味でいじっただけよ。天照様に勝手にいじるなって怒られてたわね」
「何でいじったの?」
「『大八洲国にあるものは全て和風で統一したいんだ』って言ってたそうよ。まあつまり、あれが変わってるだけで、ガチャゾーンは普通どこでもこんな感じよ。年季が入っているのもよくあることよ。この世界の始まりからあるから、神聖なものだと考えて誰も触らないの」
「そうなんだ」
俺はガチャゾーンの扉を1階層のことを思い出しながら開けて、中に足を踏み入れた。そうすると銀色に輝くガチャが中央に置かれ、その両脇にブロンズガチャとストーンガチャがあった。早速俺はガチャを回すことにした。





