第二百六十三話 青蛙 32~39日目
32日目
ルビー級である青蛙と24時間戦い、その後24時間かけてそれらの経験を整理し、頭の中で組み立て直し、千代女様が俺にスキルについて教えてくれた。そして俺は自分自身の体への理解を深める。
お腹に穴が開いたあの日、さらに青蛙の攻撃で体の半分が消失した。それでも死なない。そんなに怪我をすれば探索者でも死ぬ。でも、死なないために魔法で土と水を使い半身の代わりにしたのだ。【身代わり石像】の応用である。
体が復活したわけではない。水と土でかりそめの体を練り上げて、【身代わり石像】を本体と無理やりつなげたのだ。そもそもこれだけではちゃんと体として機能しない。機能させようと思えば足りないものだらけだ。
「お前痛くないゲコ?」
不思議そうに青蛙が聞いていた。普通は半身を失うほどの怪我を負えば痛みで人は動けなくなる。
「痛くないよ」
しかし痛みは痛覚を伝える電気信号をカットすれば脳に届かない。探索者となり外部からエネルギーを補充する方法も身につけ、体の電気信号をカットするぐらいのことが難なくできるようになったのだ。
《祐太ちゃん。そろそろ24時間です。【水龍の導き】に戻りますよ》
《分かったよ。お姉ちゃん》
「あ、また消えたゲコ」
33日目
【異界化】で姿を消して逃げる。24時間続く青蛙との戦いが終わり【水龍の導き】の中に戻ると、応急処置で造った体の全てのつながりをやり直して、きちんとした体へと造り直していく。こうすれば仙桃の使用は最小限にとどめて戦える。
そしてそれぐらいできないと青蛙との戦いを継続するのは難しい。何しろ実力が違いすぎて普通なら致命傷になるような傷をしょっちゅう負ってしまうのだ。まともに仙桃を使えばすぐに底をつきてしまう。
「仙桃が貴重だからって、祐太ちゃんはむちゃくちゃしますね。私でもそこまで行くと仙桃を使って回復させてしまいますよ」
「お姉ちゃんに褒められるのは嬉しいな」
「褒めてません。無茶しすぎだと言ってるんです」
「いや今のは褒めてるでしょ」
「褒めてません。全くこの子は……あまり困らせないでください。それにそんな詰め物だけで体としては機能しないでしょう」
いたわるように俺の無くなった部分の腕を撫でる。
「仙桃は本当にいらないんですか?」
「うん。訓練で仙桃が底をつきたら笑い話にもならないよ」
ちょっと甘えん坊の弟ムーブもすっかり板についた。慣れるとこれもプレーとしては面白い。でも、これを美鈴たちの前でもしなきゃいけないのかと考えると頭が痛い。
「それはそうですが……」
「お姉ちゃん。何とかこの体を動かせられないかな」
土と水だけで造り出したにしてはなかなか精巧にできている。それは【身代わり石像】のおかげでもある。ただ動かないので【念動力】で無理やり動かしている状態で、かなり使い勝手は悪い。
「じゃあ参考になるか分かりませんが、今日はポーションについて教えてあげます」
「うん。お願い」
「いいですか祐太ちゃん。ポーションはDNAに同調して体の構成を調べ上げ、そして再生させてしまうものなのです。高価なポーションになればなるほどその質は上がり、再構成させるためのエネルギーも液体内に多分に含んでいます」
「【超速再生】はどんなスキルなの? あれが厄介で仕方がないんだけど」
「【超速再生】も同じようなスキルです。つまるところエネルギーを供給してDNAの通りに細胞を急激に増殖再生させる。そしてこの蒼羅様の体内であるエネルギー密度が濃い空間。この空間では【超速再生】がより強力になる」
千代女様は俺に必要と思えることを全て教えてくれた。青蛙は2週間以上も戦っているのに未だにピンピンしている。俺の方はといえば体がかなり傷つき、頭だけはかろうじて守ってるような状態だ。
このエネルギー密度の濃い空間内で青蛙という格上すぎる相手と戦い、ルビー級最高位の3人の女性の知識をどんどんと取り込む。まだナニが残っていたから千代女様と繋がり、千代女様に強くなるための知識と力を分けてもらう。
正式なエネルギーの譲渡ではない。一時的なもの。ちゃんと手続きを踏まないと器は増えないもの。いくらこの空間内でも限界がある。シルバー級のレベル上限以上にはなれないのだ。
34、35日目
《祐太ちゃん。あなた限界に来てますね》
再び青蛙と戦い、【水龍の導き】の中に戻ってきて千代女様としっかりと接続している状態の時に言われた。
《え?》
《今、この瞬間にシルバー級のレベル上限に到達しましたよ》
《そうなの?》
《はい。ここはやはり特殊ですね。普通はここまで簡単にレベルは上がらないんですよ。あなたの努力と私たちの愛情。そしてこの蒼羅様の特殊な体内。3つが合わさった賜物なのでしょうが、それでもすごいです》
祝福するように唇を深く重ねられた。千代女様のイメージが伝えられ、確かに俺のレベルが限界値に達しているのがわかる。シルバーの色をした俺のエネルギーが、器に完全に満たされている。そんなイメージが伝わってきた。
《でも、シルバーの限界ぐらいじゃ、まだお荷物だよね?》
それでもまだこの戦いには足りないことがわかった。何しろ主要メンバーは全員ルビー級の最高位なのだ。敵となる織田も局長も、その他の貴族も迦具夜のように強い。そしてその他のメンバーも貴族ばかりだ。
ユグドラシルで接触しなければいけない悪神など、レベル1000を超えていることは間違いがない。
《そうなんですよね。正直異常なほど早く強くなっているのですが、力不足は確かです》
《なんとか青蛙を殺したいな》
《確かに、あれを殺せるようになれば少しはお荷物ではなくなるのですが……》
千代女様と深い意識の中まで共有し喋っていた。シルバー級にしろブロンズ級にしろ。レベル上限に到達するとそれを超えるためのキークエストが必要になる。そしてキークエストはシルバーエリアに行かなければ出ない。
それを飛ばして他のクエストに参加してしまっているのだ。いくらこちらの方が難易度が上でも、そもそもキークエストをこなさないと、レベル350以上にならない。
《困りましたね。正直シルバーの壁にこんなに早く当たる人は初めて見ました。ここまで来たらゴールド級になってもらえれば、前線にいても逃げるぐらいは何とかなると思うのですが……》
《そうだよね》
《早く強くなりすぎて困る人も初めて見ましたよ。お姉ちゃんはちょっと祐太ちゃんが自慢です》
《喜んでくれるのは嬉しいけどさ。早くお姉ちゃんに追いつきたいんだ。俺はお姉ちゃんに守られるより守るようになりたい》
《祐太ちゃんに守ってもらう私、考えただけで興奮します》
なぜ興奮するのかも伝わってくる。千代女様は今まで人から守られたことがないのだ。いつもなんだかんだで人を守り続けてきた。そして誰にも頼れずに、頼られるだけで生きてきた。それが心を許せる人間に守られる。
そんな状況になるのは何かの後悔を抱えているらしい千代女様の理想型なのだ。そう伝わってくる。もしそうなったら千代女様はもう俺のことしか考えられないぐらい好きになってしまう。そう伝わってくる。
《シルバーエリアに行かずにゴールド級になる方法……私が神であればクエストを出してあげるのですが……》
2人でその内容について話し合っていた。
そうすると、それは突然、
【六条祐太】
頭にひびいた。
聞き覚えのある女性の声。
何度も聞いてはいるがブロンズエリアに入ってからはほとんど聞くことがなくなった声だ。
多分聞き間違いでなければダンジョンから連絡が来たのだ。
《は、はい!》
俺は慌てて返事をした。
【六条祐太。あなたに女神ルルティエラからクエストが出されました】
《クエスト?》
《祐太ちゃんが聞いてる声ですよね?》
意識の深い部分でつながっているため、千代女様にも聞こえているようだった。女神……まるでそれは俺が悩んでいるから、悩みを解決するために声をかけてきたようにも思えた。さらにいつもの女性の声が続いた。
【シルバー級からゴールド級への昇級クエスト・『青蛙の討伐』が出されました】
《え?》
《シルバーエリアに行ってないのに?》
千代女様からの驚きが伝わってくる。
【ルビー級レベル578青蛙の討伐をもって六条祐太を400にレベルアップ。報酬としてルビー級魔法【蒼天核】、ルビー級スキル【黒焔竜刃】、並びにルビー級精霊魔法【操り人形】を与えます。それと同時にシルバーコイン200枚、ゴールドコイン50枚を与えるものとします。女神ルルティエラよりメッセージが届いています。聞きますか?】
《へ? あ、はい》
《女神からのメッセージ?》
千代女様からの混乱が伝わってくる。かなり長く生きているらしい千代女様も女神と接触したことがない。そう伝わってきた。
【了】
そしてそこからの声は何かいつもと違っていた。いつもの女性の声ではあるのだが、機械的ではなくどこか人間的な感じがする。そんな声がしたのだ。
【六条祐太、いいですか?】
《は、はい。いいです》
【ではよく聞きなさい。勇者・東堂伊万里があなたを裏切りました。ですからあなたは早く強くなりなさい。でなければ本当に死にますよ】
そんな内容だった。
《勇者って伊万里……お、おい!》
思わず乱暴に聞き返した。しかしもうメッセージは切れてしまっていた。
《祐太ちゃんのこのイメージ……勇者……そんなことってこの子が裏切る?》
伊万里が俺を裏切る? どういうことだ? そんなことは起こりえない。伊万里と俺は何があっても一緒にいる存在だ。少し離れることはあっても必ず一緒にいる。ずっと一緒に生きていたのだ。
一番苦しい時にお互いがいたから生きていられたのだ。裏切るわけがないだろう。この女何を言ってるんだ?
《祐太ちゃん、まだ冷静でいられますか?》
考え込みそうになった俺に千代女様が聞いてきた。
俺はしばらく時間を置いた。
頭の中が沸騰しそうになる。
それを知らせた女神にひどく腹が立った。嘘をつくなと叫びたかった。しかし心のどこかでそれが嘘ではないと分かってしまう。こういう時ぐらい感情のまま伊万里を信じてもいいのに、俺の冷静な部分がそれを許してくれない。
それほどに女神の言葉は本当だと信じ込ませる何かが込められていた。
《……はい。大丈夫です。この情報だけじゃ何もわからない。だから大丈夫です》
俺は一瞬、自分の中の理解できない思いを別の領域に分けてしまおうかと思った。そこで今の出来事を考え続けてもらうのだ。しかし止めた。それは久兵衛と同じ行いである。それをすれば間違いなく俺の裏の人格ができてしまう。
久兵衛を見ていたから余計に思う。裏の自分だけは造ってはいけない。それでは久兵衛のようになってしまう。それじゃあ余計に最悪なことになる。だから自分のこの考えから逃げない。逃げずにしっかり考える。
冷静になれ。何か良くないことが伊万里の身に起こったんだ。
伊万里に何か起きた?
お前のことだから俺を喜んで裏切ったりしないはず。
そうに決まっている。ひょっとすると何者かに強制されているか操られてるかもしれない。もしそうじゃなかったとしても必ず助けに行こう。でも本当に伊万里が伊万里のままで、俺を殺そうと言うなら、その時は"死んであげよう"。
そう心に決めた。
《それでいいのです。私でもきっとそうします。でも弟はそれすらできなかった》
千代女様に俺の覚悟が伝わったのか言ってきた。
《祐太ちゃんは私よりはるかに賢い子ですね。本当に好きになっちゃいそうです》
《はは、でも、色々なんか情けないけどね》
正直伊万里が俺を殺しに来るなんて考えただけでも泣きたくなってくる。それでも考え込んでいる暇はない。その余裕のない状態が今の俺を前に進ませてくれる。
《ううん、情けなくありません。本当に格好良い男です》
《お姉ちゃんは何でも俺のこと褒めるから当てにならないな》
《そりゃ姉は弟を褒めるものです》
千代女様は本当に愛おしそうに俺を撫でて、一層愛情深めてくる。伝わってくるその感覚ははっきりと愛なのだとわかる。俺の考えは千代女様の何かに響いたようだ。ぎゅっと抱きしめて離したくないというように繋がりを求める。
《あなたはやはり何だか不思議ですね。このブロンズエリアでゴールドへの昇級クエストなんて出るわけがないんですけどね。それに報酬がびっくりするほど良すぎる。何だか引っかかりますね》
《俺って何かあると思う?》
《あるのは間違いないですね。でなければこんなことは起きません。私は機械神以外のルルティエラはルビー級以下の探索者と接触しないと聞いたことがあります。それが祐太ちゃんに直接声をかけるというのはかなり異例のはず。ですが、それ以上の情報がないということも確かなようです。まあ安心してください。ブロンズエリアで何が起こったとしてもお姉ちゃんが祐太ちゃんを守ってみせます》
《それは頼りにしてますよ》
この人がとてつもなく頼りになることは間違いなかった。ただ何か嫌な予感が抜けない。異常とも思えるようなレベルアップ。自分でもここまで急激に強くなるものかと思えるほど強くなっていってることを感じる。
《お任せください》
俺は再び千代女様と自分を組み替えていく作業に集中した。レベルが上限に達したとしてもやれることはたくさんある。迦具夜が対等に戦えるはずのない太陽神メトと戦えたように、そのレベルでの練度によって強さは全く変わってくる。
36日目
「じゃあまた行くよ」
24時間経つと俺は再び青蛙に挑んだ。再構築した仮初めの体が青蛙によってあっさりと砕かれる。クエストが破格の条件で出たとはいえ、シルバーの壁に当たった以上、これ以上は青蛙を倒さない限りレベルが上がらない。
人間と比較すると同じ強さでもレベルが高い傾向にあるモンスター。とはいえ、かなりのレベル差である。向こうの方がでかいのに速い。力も強い。そして蒼羅様の体内は青蛙のフィールドでもあるのだ。
自在に操られる水に俺はいいように翻弄された。
37日目
「俺は弱いな……」
ルルティエラから『このままの強さでは死ぬ』と言われたようなものだ。そのせいか余計に弱さを実感してしまう。この強さでは多分俺は死んでしまうんだ。せめて青蛙ぐらい殺せなければ死ぬんだ。
24時間青蛙に翻弄され【水龍の導き】の中に命からがら戻ってきた。こっちは巨大怪獣を相手にしている気分だが、あっちは鬱陶しい蚊とんぼとでも思っているようだった。
「そんなことはありませんよ。この空間は青蛙にとっては最高の空間なのです。海でも浅い部分や陸地では【超速再生】にも限界がある。自分のエネルギー、この場合SPが切れれば【超速再生】はできなくなるはずなのにならず、この空間だけは【超速再生】がほぼ無限に使える。そういう意味では青蛙を殺すほどの一撃を入れるのは元々かなり難しいんですよ」
「それはお姉ちゃんでも?」
「いえ、お姉ちゃんなら楽勝です」
「だよね……」
あれが楽勝とかやっぱり千代女様や弁財天様、迦具夜の強さは桁が違う。そりゃそうである。まだまだ比べるのが間違っているほど強さが違う。
「でも、祐太ちゃん、あなたは異常なほど急激に強くなってます。本来ならもう十分頑張ってると言えます。でも状況がそれを許してくれないのはお姉ちゃんにもよくわかります。だからお姉ちゃんと一緒に強くなりましょう。祐太ちゃん、今日も私の日ですからまたお勉強頑張りましょうね」
千代女様と頭をコツンと合わせる。そしてしっかりと体も合わせる。徐々にエネルギーの波長も合わせていく。2人が溶けあい一緒になっていく。何もかもがぐちゃぐちゃになって混じり合う。ただ繋がっているわけではない。
というのも今回の戦いで下半身の大事な部分も削られたのだ。だからエッチなことはできない。でも今はそれも必要なかった。千代女様から俺にイメージが送られてくる。ルビー級の情報量を少しずつ流し込んでもらっているのだ。
《青蛙を殺せる強力な攻撃がいるよ》
《やっぱりスキルの中で一番いいのは決まってます》
《これの威力をもっと強く。倍以上にするんだね》
《そうです。SPというエネルギーを効率よく運用し、どれだけ一瞬で爆発させることができるか。エネルギーをできるだけ必要な瞬間に、必要な部分に集中させるのです》
シルバーの壁に当たっている以上俺の中にあるものを選ぶしかない。そしてその結果は1つしかない。翠聖様がかつて俺に与えてくれたゴールド級のスキル。そのスキルを徹底的に分析し理解し完全に使いこなす。
24時間千代目様とそれを考え続けて、再び外に出る。
38日目
「また来たゲコか」
巨大な青蛙をもう何度見たことか。向こうもうんざりしてる顔だ。
「悪いな。どうしてもお前を殺す必要があるんだ」
「無駄ゲコ。お前、成長の限界に来てるゲコ。ここじゃあそれ以上レベルが上がらないゲコ。それで我輩に勝とうとするなんて無理ゲコ。もう飽きたから来るなゲコ」
焔将を再び抜く。どうあっても届かせるしかなかった。
39日目
勝てない。ユグドラシルに近づいてきてる。もう半分以上の工程は過ぎたようだ。どんどん日にちが過ぎていく。これ以上強くなれないのなら、お荷物になる。そのことが悔しくて歯噛みした。
《本当にこのやり方であの化け物蛙に勝てるのかな……》
自信がなくなってきて千代女様と再び意識の海の中に入り込み、その中で思わず口走った。
《翠聖様が与えてくださったスキルです。とても優秀です。あちこちに手を出すよりは1つを極めた方がいいでしょう》
そう言われると確かにそんな気がする。目を閉じて千代女様と頭の中で【意思疎通】を拡大させ同じ空間を創り出して、その中で何度も千代女様のスキルの使い方を微細に教えてもらう。はるかに俺より処理能力の高い千代女様である。
俺では理解できないことがたくさんある。だから時間をかけてゆっくりとイメージを送ってもらい理解していく。必要な部分にだけ力を集中させ、青蛙の体を一瞬にして奪い去る。
《それができればいいだけなんだ》
《祐太ちゃん、スキルは使う人によって威力が全く変わります。もっとお姉ちゃんを知るんです。理解してください。私はこの3人の中で一番スキルを使うのが上手です。ほら、私の中をよく見て……》
《うん。お姉ちゃんの中をよく見せて……》
俺はどんどんと自分を組み替えていく。伊万里のこと、日本のこと、問題だらけだったけどこの瞬間だけはただひたすらに千代女様と同調を繰り返した。





