第二百六十一話 Side千代女 15~30日目
Side千代女
【水龍の導き】15~22日目
目の前では巨大な蛙の群れと戦っている祐太ちゃんがいる。弁財天さんから役目を交代してもらい、私が祐太ちゃんにスキルについて詳しく教えることにした。まず最初にすることが実際今の状態で戦ってみること。
迦具夜さんに実践練習をするために適当な場所はないかと聞いてみたら、蒼羅様の体内が良いということになった。
『【水龍の導き】から出ても大丈夫なんですか?』
私もこのアイテムについて詳しくわからなかったので聞いた。そうすると【水龍の導き】は、蒼羅様の体内におけるエネルギー密度と私たちの体内におけるエネルギー密度、そのズレを修正する役割があるそうだ。
【水龍の導き】によって蒼羅様とエネルギー密度が同じに調整され、蒼羅様の体内に入り込めるようになる。それが【水龍の導き】の効果らしい。これがないと蒼羅様と共に移動するということは不可能で、近づくこともできない。
それはちょうど私たちの体が深海に潜ると潰れてしまうことと似ている。エネルギー密度とは、エネルギーにおける水圧と同じようなものなのだそうだ。
『ブロンズエリアの海の底は、水圧も上がるけど魔力や精神力。そういったものも深ければ深いほど上がっていく。普通であれば私たちであってもそれには耐えられないほどの高圧よ。だから【水龍の導き】はとても貴重なアイテムなの。一時的にエネルギーの密度を普通の大気の中にあるものから、蒼羅様レベルに引き上げる。そして蒼羅様の一部となる』
『それってかなり修行効果も高くなりますよね?』
『お察しの通りよ。【水龍の導き】はブロンズエリアの海を移動できる。でも、それ以上にメリットがあるのは、この中ではとてもレベルが上がりやすいの。エネルギー密度が高い状態だから、当然の結果ともいえるわ』
迦具夜さんはユグドラシルに着く前に、祐太ちゃんのレベルを少しでも上げたい。その思いもあって、この移動方法を選んだようだ。
《祐太ちゃん、どう?》
私が尋ねる。【水龍の導き】から出ると、そこは蒼羅様の体内で、それでも蒼羅様の内臓が見えるわけではなかった。あまりにも大きすぎる蒼羅様の体内は、見渡す限りが水の中。そしてほのかに青白く輝いてる。
どうやら、蒼羅様はほとんど海と同化したような存在のようだ。蒼羅様の広い大海のような体内の中でも巨大蛙が群生しているエリアがあった。
《おかげさまで何とか戦えてます!》
1日目は無事に終えた。2日目は1日かけて祐太ちゃんと関係を持った。久しぶりに男と繋がったのだ。彼を一刻も早く強くするために、私も弁財天さんと同じことを祐太ちゃんにしてあげる必要があった。
少し迷いもあったが後悔の思いはない。
くノ一としてエッチな経験は遠い昔にかなりしてる。
望まない相手としたこともある。
でも男と交わったのは本当に久しぶりだった。どれほどの過去かも忘れるほど昔。覚えている限りでは、私が自分で望んでいないことをしなければいけなかったのは二十歳の頃だ。
その頃、私は忍穂家という忍びの家に生まれ、自分で言うのもなんだけど天才だった。そしてあまりにも天才すぎて、里では嫌われていた。
『ひいっ千代女。あなた今何をしたのです!?』
『触れもせずに人を殺したぞ!』
あまりにも強すぎたのだ。私はどういうわけか昔からスキルや魔法というものが理解できた。そして使うこともできた。そのせいかダンジョンが現れる前からダンジョンに渡ることもできた。
里がある山の奥に、ダンジョンという私にだけ開く扉があったのだ。そこには全く違う世界があり、私はさらに強くなることができた。それでも強くなればなるほど私は化け物のレッテルを貼られ、里では生きづらかった。
何度か大八洲国に渡ろうかと思ったこともある。でもそれを思いとどまらせたのが弟だった。私と10才ほど離れて生まれた忍穂家念願の一人息子。でも残念ながら弟には忍びの才能がなかった。
それでも私にとって弟は可愛かった。
まだ幼かったあの子が、
『姉上』
そう呼んでくれることが、とても嬉しかった。この世界の中で、唯一、私を怖がらずに一緒にいてくれる相手だと思った。
『姉上』
忘れるほど昔のことなのに、まだその言葉が頭の中で響いてる。
祐太ちゃんのように綺麗な顔をした子だった。
ただ違うところは、
『姉上。僕は姉上のようになるのは無理です』
祐太ちゃんを見ていると弟を思い出して仕方がなかった。弱く勇気のなかった弟。忍びとしての才能はなかった。性格的にも忍びには向いていない。優しくて普通の男の子だった。
『甘えてはいけません。あなたは忍穂家の一人息子です。私はそんなあなたを必ず強くするようにと言われています。そしてあなたはこの里の長となるのです』
『そんなもの僕は嫌だ。もっと普通に生きたいんだ。忍びとして生きるよりも、田んぼを耕していたいんだ。僕には姉上のような才能はない。姉上は天才だ。全部姉上がやればいいじゃないか!』
『私は女です。女にそれはできません』
普通に生きたいという彼の気持ちはよくわかった。才能に恵まれたわけでもなく、男として強くなりたいなどという思いもない。そんな人間にとっては家族から求められる要求は苦痛でしかなかっただろう。
何よりも彼の気持ちをくじいたのは私だったのだと自覚している。あまりにも強すぎる私を見て、弟はやる気をなくしてしまっていた。私なら一瞬でできることが、弟は何日かかってもできなかった。
そんな時、私は残念そうな顔をするのを止められなかった。
弟ですら私についてこれない……。
いくら愛情を注ぎ込んでも強くなってくれない。
祐太ちゃんのような弟だったら……。
「と、時間ですね! 祐太ちゃん戻りますよ!」
蒼羅様の体内も海水に満たされていた。エネルギーを大量に含んだ海水が、海の中でいるのと同じように広がっている。そこが体の中なのかなどと追求するのもばかばかしくなるほどの海水に満たされた巨大な空間。
普通なら私でも毒になるようなエネルギー密度。その中で縦横無尽に泳ぎ回り、祐太ちゃんが巨大な蛙を魔法で、
【水蛇連刃】
祐太ちゃんによって操られた水の蛇が、蒼羅様の体内を高速で泳ぐ蛙を縦横無尽に喰らう。蛙の体長は30mほどあるだろうか。蒼羅様の中で寄生虫のように繁殖している蛙で、数えることもばかばかしくなるほどたくさんいた。
私との訓練の1日目は一体殺すだけでも一苦労していた祐太ちゃんだが、日を追うごとにどんどんと討伐する数が増えていき、7日目には一度に10体を超えて殺せるようになっていた。
「もうそんな時間か」
自分の魔法によって水流を操り、蒼羅様の体内を自在に動いていた祐太ちゃんが私のそばに来た。
「かなり魔法になれてきましたか?」
「うん。お姉ちゃん慣れてきたよ」
「あなたは本当によく頑張りますね。いい子いい子してあげます」
私が頭を撫でてあげる。最初は嫌がっていたが、最近は諦めたみたいに受け入れてくれてる。何気に私の弟扱いしたがる性癖に付き合ってくれた子は初めてだったりする。
他の子は強くなることをどれだけ手伝ってあげても弟になってくれなかった。だから代わりにお金を大量に請求した。でも祐太ちゃんからは1円も取らない。
「ねえ、どうしてそんなにお姉ちゃんって呼ばれたいの?」
「いいじゃないですか。私はこうしたいんです」
尋ねてくる祐太ちゃんは年齢以上に大人びて見えて、【水龍の導き】の中に戻る時は、彼から手をつないでくれた。私とこうしてくれるならいくらでも手伝ってあげる。2人で一緒に泳ぎながら【水龍の導き】の内部に戻る。
弁財天さんが祐太ちゃんと訓練していた時と同じく、今度は私と祐太ちゃんだけがこの中にいるみたいで、2人ともいないのかと思えるほど気配は消してくれている。だから私は思う存分賢い弟との時間を楽しんだ。
「定期的に戻らなきゃいけないのは不便だな」
「お姉ちゃんは最高だと思います」
「なんで?」
「だって祐太ちゃんそうしないと外で修行ばっかりするでしょ。こっちも必要だってこと忘れちゃだめですよ」
どれだけでも【水龍の導き】から出ていいわけではなかった。定期的に【水龍の導き】の中でエネルギー密度の調整しなければならない。あまり長時間それを怠ると徐々に体が元のエネルギー密度に戻ってくる。
そうすると蒼羅様の高エネルギーに体が耐えきれなくなる。その間隔は24時間で、その時間が経つと必ず帰ってこなければならない。そうして帰ってくるとまず私は祐太ちゃんをぎゅっと抱きしめる。
彼もわかってるから抱きしめ返してくる。
「分かってるよ。俺もそうしたいし」
「相変わらずエッチですね。次はスキルも試してみましょうね」
体を密着させて【意思疎通】も行い、弁財天さんと同じく、私の力を使う感覚を祐太ちゃんに伝えていく。ついでに気持ちよくなるのは当然の権利だ。そういう行為をお互い嫌いじゃないから、楽しめばいいと思った。
それを24時間続けて、そしてまた外に出る。この繰り返しを1週間続けていた。
『化け物!』
これでもまだ思い出すのね。
嫌になる。
祐太ちゃんの腕の中にしっかりと抱きしめられて、私はあの日のことを思い出す。それは弟のことではない。
15歳の誕生日を迎えた日のことだ。
祐太ちゃんと同じく、私はダンジョンの中に迷い込んだ。どうしてそうなったのかは未だに知らない。ただ私はその中で1年という歳月を過ごし、ようやく地球に帰る方法を見つけた。帰ってきてすぐに言われた言葉を今も覚えている。
『お前は私たちの娘じゃない』
『出て行って。お願いだから出て行って』
ダンジョンの中で私の魅力値は飛躍的に上がった。その結果怖いほど綺麗な顔になっていた。今はもうかつての顔に戻しているし、その期間があまりにも長いから、綺麗になった姿はどこかに消えた。
でもその時はあまりにも綺麗すぎる私を両親も怖がった。私は下働きでも何でもするから忍穂家に置いてほしいとお願いした。もう大八洲国には帰りたくなかったのだ。あの頃の私は繊細で親に捨てられるのが怖かったんだ。
何よりも親でさえも怖がるのだ。ここを追い出されたら、日本の中に私の居場所はないと思った。私は必死に懇願して、里の奴隷として働くことを承諾し、弟を強くしてあげることを条件に家に置いてもらうことができた。
それから命令されれば誰でも殺す暗殺機械となり、それと同時に私は弟を何とか強くしようとした。しかしだめだった。【意思疎通】でどれだけスキルや魔法を教えようとしても、弟はそれを覚えることができなかった。
それで両親からは、
『お前は教えようとしていない!』
『自分だけが強くいて、私たちをいつか殺そうとしてるんだわ!』
と散々なじられた。
でもどうしても弟は覚えてくれなかった。
ダンジョンの中に入ってもらえば一番良かったが、あの頃のダンジョンは、特別な何かを持つ人間以外は受け入れてくれなかった。だから、才能に優れた人間でもない弟が、ダンジョンもなしにスキルや魔法を覚えるわけもなかった。
「お姉ちゃん!」
祐太ちゃんは弟とは全く違う。強くなることに貪欲で、何よりも日本を巻き込んだことで、強くなるためなら何でもするという覚悟が見えた。私を姉と呼びながら強く交わってくる姿は、とてつもない快楽を呼び起こさせる。
レベルを祐太ちゃんに合わせていることも気にならなかった。ようやくあの時のことが許されている気がして、ただただ私の心が彼にはまり込んでいく。
「お姉ちゃんの全てを俺に教えてくれ! そのためならお姉ちゃんの望むこと何でもしてあげる! 頼む! どうしても時間がないんだ!」
「分かってる。お姉ちゃんに任せて。私の全てを祐太ちゃんに教えてあげる」
「ごめん……俺はお姉ちゃんの弱みに」
「違う。祐太ちゃん。お姉ちゃんは今幸せなの。だから謝らないで」
祐太ちゃんの積極性が嬉しくて仕方がなかった。今まで私の性癖を肯定してくれた人がいなかったから、ずっと寂しかったんだ。全てを弟と重ね合わせる私をみんなは嫌がった。でも私はどうしてもそういうことでしか人を見れない。
23~30日目
祐太ちゃんに私のできる限りを教えた。毎日毎日ずっと祐太ちゃんと一緒にいた。修行自体はとても厳しいものだ。スキルは実際に体を動かす方がいいから、今日から青蛙という本物の化け物と戦ってもらうことにもした。
これは祐太ちゃんにとって命がけになる。今まで戦ってきた巨大蛙の上を行く存在。ネームドモンスター青蛙である。とにかく大きくて300mほどの全長がある。蒼羅様と同じように青い体をしている。
「祐太ちゃん、何日かけてもいいから、あれを自分のスキルを使って殺せるようになりなさい。いいわね?」
弟は実践訓練で熊と戦えと言っただけで逃げ出した。それでも祐太ちゃんが逃げるとは微塵も思わなかった。
「わかった。やってみるよ」
私の隣ではっきりと答える。あの時弟がそう言ってくれてたら、私の心は満たされてきっと忍穂家で天寿を全うしたのだと思う。でも私の期待に答える人間は、忍穂家にもどこにも現れなかった。
ダンジョンが現れてからようやく期待に答えられる逸材は現れたけど、それは強さだけだった。
「レベルはどこまで上がった?」
祐太ちゃんはまたレベルが上がってる。それは知ってる。それを彼の口から聞きたい。
「えっと、323だよ」
「そう……」
すごい。祐太ちゃんのあまりの優秀さに女の部分が疼く。そしてこれは迦具夜さんと弁財天さんと私という歪んだ女が、一人の男のために全て注ぎ込んだ結果。おそらくこれでもまだ青蛙には届かない。
でも死ぬことなく戦えるかもしれない。青蛙は蒼羅様の中で過剰にエネルギーを摂取して生まれた存在。おかげで青蛙は蒼羅様の外に出ることも中に戻ることも自在にできる。
ブロンズエリアの海には蒼羅様の中で生まれた化け物がたくさんいて、青蛙はその中でもまだ弱い方らしい。だからこそ最低限これには勝てるようにならなきゃいけない。
「いい、祐太ちゃん。私は助けないから自分だけでなんとかするのよ」
「もちろん。逆に助けたら怒るよ。俺が死にそうでも助けたらダメだ。お姉ちゃんは優しいから助けそうな気がする。そういうのはいらないからやめてくれよ」
この喋り方。そして強気な発言。たまらない。たまらないわ。祐太ちゃんはどこまで私のプレイに付き合ってくれるの。なんていい子なんでしょう。そんな目で見ないで。お姉ちゃんそれだけでもう!
「え、でも、お姉ちゃん、祐太ちゃんが心配だし死にそうならさすがに助けたいわ」
「必要ない。そんなことをしても俺が弱くなるだけだよ。だからお姉ちゃんは絶対に俺を助けようと考えるんじゃない。わかったね」
「え、ええ。でも死んでほしくないのよ」
私がこうやって本格的に修行の面倒を見たのは弟以来だ。他の子たちはそれ以前の問題で私はNGだった。そもそも私の性癖が受け入れられない時点で、私の強さまで教えるわけにはいかなかった。
『お姉ちゃん腕が折れた。もう無理だよ』
『はあ、仕方ありませんね』
そう言って弟は少し怪我をしただけで治してほしがった。やっぱり少し違う。祐太ちゃんは弟とは違う。いやあまりにも違う。こんなにも違うんだ。
「最低限死なないようには気をつけるから助けないでくれと言ってるんだよ。俺はあいつを殺す。それまで何一つしようとしてくれなくていい」
私の手をもう離れようとしていってる。あの子とは違う。助ける必要がどんどんなくなっていく。それは寂しくて悲しくて、そして嬉しい気持ちが溢れる。私はようやく両親から受けた役目を果たすことができる。
「でもさすがに24時間経ったら【水龍の導き】に戻らなきゃだめよ」
「それも手助けはいらない。自分で勝手に戻る。お姉ちゃんは何なら【水龍の導き】に戻っててくれてもいいよ」
「それはダメ。私の見てないところで死んだりしたら絶対ダメ」
「じゃあ黙って見てられるんだね?」
「ええ……」
「そんな顔しないでよ。必ず殺してみせるから」
蒼羅様のエネルギー密度が濃い水中で、【機密保持】を使い、そう言ってしまうと祐太ちゃんはもう自分の世界に入っていた。そして、どんどんと研ぎ澄まされていくのがわかる。青蛙が力の集中を感じて振り向いてきた。
巨大の山のような顔。私ですら祐太ちゃんのレベルだったらきっと怯えていたと思う。視界いっぱいを埋め尽くすほどの顔だった。
「よう蛙。ちょっと強くなりたいんだ。悪いけど死んでくれよ」
祐太ちゃんが水中で声を響かせた。弁財天さんが教えた魔法を使ってるんだ。淀みない魔力の流れ。これほど綺麗に魔法を使うことができるのは、同じレベル帯だと魔法使いの子でも無理だ。彼はどんどんと壁を破っていこうとしている。
「ゲコ?」
青蛙は最初声の出所がわからないようだった。これほど大きい生物はあまり見たことがない。見上げる巨体。祐太ちゃんの100倍をはるかに超えるような高さを持っている。10m以上あるのではというような巨大な瞳が祐太ちゃんをとらえる。
「お前敵ゲコ? この中になぜいる?」
水中の全てを振動させるようにその声は、威圧的だった。
「行くぞ」
祐太ちゃんの体が前進した。青蛙の腹の下に潜り込むと、自分の魔力の全てを手のひらに一瞬にして集中させた。祐太ちゃんの手のひらが輝く。間違いなくそれはゴールド級の威力を秘めていた。手を前に突き出す。
【炎羅天翔!】
青い炎の塊が青蛙の下で渦巻き爆発した。水蒸気爆発が起きた。地震が起きたのかと思えるほど海水が震え上がる。青蛙の下腹部に穴が開いていた。しかしその穴が開いたと思った瞬間から復活していく。
そして青蛙の巨体が移動したかと思うと強大な舌が、祐太ちゃんに向かってきた。太さが10m以上あるような舌が動くだけで、海水が渦を巻く。祐太ちゃんの体の制御が甘くなり、舌が体に巻きついた。
【蛇水龍】
しかしその寸前で水の中にある精霊の力を借りる。迦具夜さんの力だ。彼女は精霊の力を借りて、敵を砕く。迦具夜さんと融合したことで祐太ちゃんも精霊から好かれてる。精霊が協力的になり、水の流れが蛇のように伸び上がり、拘束する前に逃げてしまう。
「祐太ちゃん……」
なんとか強くなろうと上に這い上がろうと足掻く姿。格好良いと思った。子宮がキュンキュンとうずき続けていた。私の中に出されたものが熱くなってくるのを感じる。青蛙は強い。あのレベルになるとほぼ全てのモンスターが【超速再生】を所持している。
だから無限と思えるほど再生してくる。殺そうと思えばあの巨大な体を半分以上一気に消し飛ばすしかない。今の祐太ちゃんにその火力はない。だからどれだけ戦っても勝ち目がない。
それでも瞳は死ぬことなく、化け物のような蛙と戦い続ける。
どこまでも強く強く。
その姿は弟とはもはや似てもにつかぬようになっていく。その姿が弟と重ならなくなっていく。だってあの子は、怯えてばかりで最終的には私を頼って里から逃げ出した。
『姉上。僕を里から逃がして』
『でもそんなことしたらお姉ちゃん一人になっちゃう』
『何を言ってるんだよ。姉上はこの里で一番強いじゃないか。僕と違って一人でも大丈夫だよ』
『1人でって……』
なぜそんなことを言うのか。何でもしてあげたじゃないか。強くなる以外のことも全部与えてあげたじゃないか。気持ちいいことだってたくさんしてあげた。私は弟だけいればいいと思っていたから他には目もくれなかった。
私だって1人は嫌なんだ。あまりにも強すぎて誰からも相手にされなくて、お前だけが相手をしてくれたじゃないか。それなのにそのお前が、私が一人でいいというのか。あの時はっきりと殺意が芽生えた。
それでも私は堪えた。それでも弟を里から逃がしてあげた。追っ手をかけられても全部殺してあげたのに……。
『違う違う。こんなこと僕はしてくれって一言も言ってない! 姉上は化け物だ! 僕に二度と近づくな!』
『私は一生懸命あなたのことを思って……寂しいけどあなたのためになるならと……』
『誰もこんなことまでしてくれって言ってない!』
祐太ちゃんの戦いを見ながらずっと弟のことを思い出していた。異常なほどタフな青蛙が祐太ちゃんがどれほどのダメージを与えてもすぐに復活してくる。何度も死ぬほどのダメージを与えているのにそれでも平気そうな顔をしている。
逆に祐太ちゃんは仙桃を使おうとしなかった。それ以外の回復系アイテムは使ったが、応急処置にしかならない。
《祐太ちゃんのお腹の真ん中に穴が開いてるわ。私も仙桃をいくつか持ってるから》
《しつこい! いらん!》
血が止まったらそれでいいとか思ってる。本気だ。祐太ちゃんはユグドラシルに到達するまでに最低ラインを超えようとしてる。それがとても眩しくて私はいつのまにか弟のことを考えるのを忘れていた。





