第二十六話 Side南雲③怒り
『南雲君! 頼む助けてくれ!』
『神様! 南雲様! 友禅様!』
『ひっつくな! 鬱陶しい! 後、名前で呼ぶな!』
お世辞にもカッコイイとは言えない顔をした奴らだった。30歳過ぎても童貞で、『おかげで魔法使いになった』とか言っている痛い奴らだった。ダンジョン探索で困るとすぐに頼ってくる。特に10階層の時はうるさかった。
『下に降りる階段を見つけられないんだ。一緒に探してよ』
『なんで俺が。おっさん自分で探せよ』
『そう言わないでよ。俺さ。11階層に行けたら、彼女が結婚してくれるって言ってるんだよ。でもこのままじゃ無理だ。もう一ヶ月以上探してるんだよ』
『穂積、また振られそうなんだよな。レベル上がってもブ男とか笑えるって』
『顔なのかな!?世の中やっぱり顔なのかな!?』
『はあ、今回だけだぞ』
『大好きだ南雲君!』
やたらまとわりついてくるうっとうしいおっさん4人組だった。でも俺は人から頼られたことなんてなかったから、頼られるのも悪くなくて、ついつい助けてやっていた。この時もクソババアはやめとけって、注意してた。でも煩わしいとしか思わなかった。
『なんとか穂積達を止めてもらえないでしょうか? 殺せとは言いません。すでに被害者が100人を超えてるんです』
『注意はしとく。それでいいだろ』
『注意ですか……』
『文句があるなら、お前らが捕まえればいいだろうが』
『い、いえ、よろしくお願いします』
それがいつ頃からかおかしくなった。
なぜだったのか?
せっかく10階層の階段が見つかったのに『彼女を殺した』と言っていたのは覚えている。なんでも騙されていたそうだ。三股、四股当たり前の女だったらしくて、家に帰ったら女が別の男と寝てたらしい。
それでつい殺してしまったと言っていた。
『傑作ですよ。35歳にしてやっと童貞卒業したと思ったら、その女がクソみたいなやつでさ。まあでも相手の男を殺すのはやり過ぎました。一般人のくせに10階層を超えた俺を殴ってきたんですよ』
『一般人が?』
『ええ、俺の顔が悪いから「探索者なんて嘘だろ」って、間男が俺の顔殴ってきやがって。ちょっとやり返したら女ごと死んでました』
『警察に事情を話したのか?』
『いえ、思わず逃げてしまいました。でも、日本の警察は優秀だって言いますしね。どうせ捕まるなら、ちょっとでも罪を軽くしたいし、これから出頭しようかと思ってます。しばらく臭い飯食べるんですね』
『仕方ねぇよ。人を殺しちまったんだ。穂積、罪を償ってちゃんと出てこいよ』
『はあ、警察の飯ってまずいんだろうな。南雲さん、出てきたらまた仲良くしてくれます?』
『しゃーねーなー。次は変な女じゃないの紹介してやるよ』
『大好きだ南雲さん!』
倍も年上のくせにいつのまにか俺のことをさん付けで呼ぶようになっていた。まあ俺も女を見る目の無さは人の事は言えたもんじゃない。顔が悪いだけで、性格は結構いいのに、俺と同じで女を見る目がないばかりに可哀想なオッサン。
あの時はそう思っていた。
『南雲さん。なんか俺捕まらないらしいです』
『は?』
しかし穂積は警察に出頭して罪を告白したのに、捕まらなかった。それどころか相手が悪いことになって、穂積の行為は正当防衛になっていたそうだ。ダンジョンが現れて最初の一年目だったらきっとそれはありえなかった。
いくら探索者でも捕まったはずだ。しかし穂積は捕まらなかった。穂積たちが探索者を始めたのはダンジョンが現れて3年目だ。穂積たちが10階層を超えた頃には探索者の恐怖が世間にも広く認知されていた。
自衛隊が高レベル探索者にボロ負けしたのもこの時だった。そして檻の中に入れた探索者が、看守を皆殺しにして、他の囚人を全員脱獄させてしまったという事件もあった。警察は探索者を檻の中に入れることを諦めたのだと後で知った。
『俺らって何してもいいんですかね?』
『馬鹿言うな。ほどほどにしとかないとクソババアにチンチンちょん切られるぞ』
『例の「ダンジョンに出る山姥」ですか。それはおっかない。やっぱ節度は守らなきゃいけませんね』
そんなことを言っていた。だから大丈夫だと思っていた。これ以上、人を殺したりなんかしないと思っていた。でも違った。おまけに、
『南雲さん。大変です』
『なんだよクソアマ。気安く話しかけるな』
『お、怒らないでください。それより、この間の子供達、穂積たちに狙われてます。池袋で「昨日の夜、とびきり可愛い女の子を連れてきた新人がいる」って噂になってるんです。それで穂積たちが「その新人の前で女を殺そう」って話してるの私聞いてしまったんです』
『嘘じゃねえだろうな?』
『ほ、本当です。あなたに嘘つく度胸なんて私にあるわけないじゃないですか』
『もし嘘だったらわかってるだろうな?』
『そ、そんな睨まれたらまた……』
「はあ」
俺は深い深いため息をついて、ダンジョンから出ると雪が降っていた。あんなアホどもにも泣いてくれるのかと空に感謝した。スマホを手に取った。
『なんだい。あんたから電話してくるのは珍しいね』
「クソババア。穂積たちを殺した。4人全部だ」
『そりゃまた思い切ったね。と言うかよく決心がついたね。あんたがどうしても無理なら私がと思ってたんだけどね』
「俺が蒔いた種でもある。ガキにまで手を出そうとしてるって……さすがにそこまで腐ってないと思ってた。殺してる女もカネ目当てで近づいてきた馬鹿ばっかだって聞いてたんだ」
『相手が馬鹿かどうかなんて誰にも判断できないよ。大体金目当ての何が悪いのさ。あんた金は嫌いかい?』
「そんなことは言ってねえだろ」
『私はね。だから、「やめとけ」って言ったんだよ』
「それは……反省してる」
『殊勝だね。でも、また、気に入った子供つかまえて、やたらめったら助けてあげようとかしてそうだけどね』
「あ、あいつらは多分大丈夫だ」
『はあ、ほどほどにしとくんだよ。ガキなんて甘やかすと碌なことがない』
それからクソババアとしばらく会話をして電話を切った。
「自由になりたくて探索者になったはずなんだがな……」
外に出ると朝日が昇りはじめていた。冬の空気がやたら冷たく感じられる。
俺はぶつぶつ文句を言いながら指輪を外した。祐太たちに渡したのと同じ指輪。どんな存在になろうとも姿を変えてくれる指輪。体から炎が漏れ出てくる。降り積もる雪と目から出た水が蒸発するのを感じた。
ダンジョンショップのクソアマからかかってきた電話の内容が、また頭をかすめた。
『あの、連絡するように言われてたからしましたけど、まさか穂積たちを殺すつもりですか? 警察も殺してほしいとまでは思っていないと思うんですけど。だって穂積たちがあんなふうになったきっかけって、横浜に出入りしだしてからだって噂ですよ』
横浜か。お前も随分変わってしまったな……。
『友禅。人は自分の一番強い想いのために生きるべきだと思わない?』
「……どうしてそうなった……」
自分の偽りの人の体が別の存在へと書き変わっていく。体の全てが真っ赤な紅蓮の炎に包まれていく。ああ、自分は怒っているのだなと思った。
「豊国……今、逢いに行ってやるよ」
朝焼けの太陽を背に、天空高く飛び上がった。





