第二百五十四話 Side麒麟 お婆
「これも想定済みか?」
かなりイライラした様子でメトは口にした。日本から探索者の姿が消えたことで、自国に過剰な戦力を置いておく必要もなくなり、ロロン、ゲイル、メト、ナディア、麒麟、カイン、そして私の相棒饕餮。
八英傑のうち、コシチェイ以外の全員が顔を揃えていた。場所はスイスジュネーブ国際会議場。扇状に広がった聴講席。広々とした空間は、とても7人で使うような場所ではない。我々は急激に力をつけ頭も良くなった。
12英傑こそ世界の王者と言っても間違いはない。だからと言ってダンジョンが現れてたったの5、6年。それだけでここまで来た。つまり成金には違いない。最初にダンジョンに入り始めた時、こんなことになると誰が想像した。
国どころか世界の運命を左右する。何かの会議を開くといえばここを使う。12英傑であればいつでも使えるように我々専用に、年間通して貸し切られている。あらゆる物事が我々が喜ぶように用意され、歓迎される。
それが悪くないと思っているのだから、私も変わった。
「何が?」
「とぼけるのか。日本から主要な探索者が誰一人いなくなったことだ」
「それはまあ……正直言うと少し予定から外れちゃってるね」
私は気楽に話しているけど、世界の運命を左右しているという意味では、あまり良くない流れなのは間違いない。お婆はやはり手強い。こちらの思い通りに動いてくれない。
日本から探索者の姿が消える。
私が見た【未来予知】の中には、かなり低い可能性として現れていた。正直、これを選ぶとは、想像してなかった。この【未来予知】だと、入れ知恵したのは六条? 可能性が低すぎて【未来予知】の想定パターンも数えるほどしかない。
本当困った子供。ゆっくり詰将棋のようにお婆を追い詰めていくつもりだったのに、そんなところに逃がしちゃうなんて。でもだめだ。お婆にはちゃんと死んでもらう。逃がしてはあげない。
「まあ簡単には行かないとは思ってたよ。相手の頭脳は森神で、軍事力は昔のアメリカみたいなもんだ。それを邪魔だから世界の力を結集して潰してしまおうというんだ。その上、面倒なのが増えた。やっぱり彼は殺したかったな」
「あやつか……」
「そう。またあやつ。彼、面倒臭いな。どうもこの事態は彼の発案みたいなんだよね。どうしてこんな変なことを思いつくかな。そもそもしっかり殺しといてくれないからこんなことになるんだよ」
「言うな。老公が必ず殺す」
その言葉は間違ってない。8割の可能性で六条は死神に殺される。しかしそれでも2割も生き残る可能性がある。12英傑の中で人を殺すということに関して、最も長けている死神が、100%殺せない。何よりも妙な胸騒ぎが消えない。
この胸騒ぎを楽しく感じている。どうすれば100%になる。頭の中でもう一つの思考を用意して、六条を殺す方法を考え続ける。お婆と六条、私の一つをそれぞれに割り当ててずっと考える。これがたまらなく楽しいのだ。
「六条って面白いよね。大八洲国の最高位貴族をたぶらかすとかさ。思わず笑っちゃった」
いけない。楽しみすぎて思考が言葉に漏れた。ちゃんと分割しておかないとまた真面目なメトが怒る。
「実際に相手をしてみろ。笑ってられるか。老公がいなければまず間違いなく逃げられたんだぞ」
「実際に逃げられてるではないか」
カインが怒っていた。
「理由は説明しただろう。まだ六条の寿命を減らせただけでもましだ。何と言うかあれは殺しにくい。非常にそう感じた」
「それだけどさ。半年で間違いない?」
私が聞いた。六条の寿命の件だった。
「うむ。老公の話ではそうだ。大八洲国に向かう前に確かに私にそう言い残していた。老公はレヴィアタンの残滓から感じ取ったらしい」
「半年すれば死ぬか。それでもコシチェイはとどめを刺しに、この戦争を棚上げにしてまで追いかけた。六条が半年の寿命を解決してしまうと思ったわけだ」
「そうなる。どうやるのかは知らんがな」
「無責任すぎる!」
カインが怒っていることは分かっている。自分の召喚獣を犠牲にしたのだ。たかがレベル250はそれでも死なない。とても心穏やかにはいられない。
「王、この責任をどうつけるつもりだ?」
「どうとは? 彼を殺しそこねたのはそれこそカインの責任でもあるんじゃないの?」
「貴様! 私のどこに不備があったという!」
「落ち着けよカイン。王の言う通りだと俺も思うぜ。正直そんな子供がまだ死んでないって聞いた時、何のジョークかと思ったよ」
ゲイルが口にする。瞬神と言われる男。ハスキーボイスの声がとても耳に心地よい。50を過ぎたロマンスグレーで、いつも仕立ての良いスーツを着て、ハードボイルドを気取っている。
南雲とはとても馬が合ったらしいが、あちらの味方になるのではなく、八英傑側として参戦した。その理由はもう一人にあった。
「面白そうな子だ。私が殺してあげようか?」
ロロンは右目のない女だった。亜麻色の髪。背中に常に弓を背負っていて、神と称されるほど弓の名手だ。ゲイルとのつながりはダンジョンが現れたその翌日のことだったらしい。ゲイルは昔、マフィアのボスだった。
それがレベル3になったロロンがダンジョンが現れた翌日のこと、組織の事務所に女一人で乗り込んできた。そして拳銃で応戦したものの弓だけで組織を壊滅させられ、それ以来ロロンに臣従してるそうだ。
『俺以外の組織の人間を全員殺しておいてよ。「私に従え」とか言ってくるんだ。本当イカれてやがると思ったもんだ』
どうしてロロンに殺されかけたのかゲイルは言わなかった。それでも私の中では、探索者の中で怒らせたくない男筆頭は南雲。女筆頭は間違いなくロロンになった。この女が弓を引くと世界のどこにいても相手は死ぬ。
そういう矢を放つのだ。
「なかなか殺せないよ。彼」
「そんなにか?」
「うん。難しい。だから死神が本気になってる」
「ふむ……」
天井に向かって背中の弓をロロンが構えた。力が集中していくのがわかる。大陸ですら射貫きそうなエネルギーの集中。
【射止めよ】
矢が放たれる。耳が痛くなるほどの轟音。国際会議場の天井と屋根がほとんどなくなる大穴が開いた。これで普通の探索者なら死ぬ。たとえダンジョンの中にいても関係なかった。ロロンの矢は空間を超えて相手に届く。
「どう?」
私は聞いた。
「手応えがないな。六条の腕は落としたが、死ななかったようだ。頭を狙ったのだが、避けられたな」
ロロンの両目が光っている。【千里眼】を持っていて、たとえ相手がどこにいてもロロンはどこにいるのか見えてしまう。
「そばに迦具夜っていう大八洲国のレベル900台がいるんだ。何が起きてもその女が守ってしまうよ」
「そうか……。だとしても外されるのは面白いな」
「そうだよね。面白そうだ」
かなりイライラした様子のカインが口を開いた。
「笑い事では済まないぞ。お前が我らを組織して始めた戦争だ。今さらごめんでは済まない。俺の国のルビー級が暗殺女に3人も殺された。復活も阻止されたのだぞ」
「こっちも2人は殺したんだけどね。もちろん復活は阻止したよ」
「これだけ動いて殺せたルビー級が2人。誇れる戦果ではない。この状況をどうするんだ? なぜ奴らは消えた? 多少は理解できるが、正確なところは分かっているのだろうな!?」
「そうだ。王、お前はそういうのが得意だろう」
カインとメトはかなりこの戦争に本腰を入れていた。だから黙っていられないようだ。うちの男は面白いのがいないな。
「私の得た情報だと日本の探索者全員が、大八洲国にこもったということだ」
「あちらは桃源郷の神の座の争いをしている最中だろう。月城迦具夜がその参加者のはず。今回の件との関係はどれほどつかめたのだ?」
カインがさらに聞いてきた。戦端は開いたのだ。カインももう後には引けず、迦具夜のことはブロンズエリアで調べたようだ。当然私もそうする。おかげで精度は悪いが、大八洲国のことも予知の中に組み込むレベルにはなった。
その中でいくつか判明したことを私は開示した。
「あちらで大八洲国の12柱。隠神刑部が死んだ。これはどうも間違いがないようだ。まああの世界では1000年生きた神が死んでも、他国はそこまで気にしないけどね。大八洲国自体はそんなわけにはいかない。新しい神を決めなければいけない。それを決めるのは、隠神刑部の決めたルールに従うらしい。そしてそのルールは【ブロンズエリアの全てに散らばった三種の神器を見つける】。というものだ」
「三種の神器? まるで日本だな。というかお前よくそこまで所属でもない国の情報が手に入ったな」
「少しばかり伝手がある。ともかく日本の探索者が忽然と消えた。目ぼしいのは誰もいなくなった。これらの事象全て詰め込んで【未来予知】にかけてみた結果ね。どうも三種の神器の貸与契約をして、六条が日本の探索者を全て日本から抜いてしまったらしい」
「……は?」
カインは一瞬理解が追いつかなかった。
「バカな。正気かあの子供。そんなことをすれば自分の国がどれほど混乱するか。家族を守ろうとは思わないのか?」
「あの子の家族は父親一人だけさ。それも私があの戦争で殺しちゃったんだよね。まあ人質としての価値はなさそうな家族だったからなんだけど」
「だとしてもお婆様はそれで納得したのか?」
どの英傑もお婆には多少なりとも世話になっている。今回の戦争の目的がお婆とはいえ、それで尊敬の念が消えるわけではなかった。
「お婆が納得してなければこんなこと無理だよ」
「お前の予知ではどうなっている?」
「半年後に日本の探索者は全員出てくるって。ただ結果は分かれている。大きな2つのパターンがあって、1つは三種の神器を揃えたパターン。これが一番厄介。ほとんど四英傑と八英傑の戦力が対等になっていると思った方がいいね。もう1つは3種の神器を2つ手に入れてるパターン。この場合、六条は迦具夜を神の座につけることに失敗する。そして死んでくれる。そうすると、時間はかかるけど最終的に私たちが勝てる」
「死神は何をしている?」
「残念だけど予知に出てこない」
「なぜそんなことに……結果は、もう2つと決まっているのか?」
「ううん。この2つは、こちらが何も介入しなかった場合の結果だ」
「介入したらどうなる?」
「完全に潰せるかどうかは未知数。正直、よく見えないんだよね」
「役に立たん女だ」
「そう言わないでよ。いくらなんでも大八洲国が関わってくると情報が少なすぎる。日本史でも有名な織田信長とか近藤勇とか、そんなのまで参戦するんだよ。情報がない状態じゃはっきりした答えは見えないな」
カインがはっきりと舌打ちした。相当怒ってるな。メトもかなりイライラしている様子で口にした。
「我でもわかるぞ。半年後に出てきたやつらはもっと厄介になってる。おそらくこちらへの勝ち筋を持ち帰ってくる。三種の神器がどんなものかは知らんが、2つ持っているだけでも壮絶な潰し合いになるぞ」
「まあそうなるよね。私の予想ではね。それでもお婆は殺せる。南雲は半々、田中はあの天使からどれだけ離せるかだね。ともかく良くないね。子供一人に振り回されてる」
そうなのだ。六条さえいなければ全て予定通り進んだはずだ。それがあの子供のせいでこんなに未来が揺らぐとは。やはりあの子供は何かあるな。死神が確実に殺すはずなんだけど、その未来が見えにくくなっていた。
これは必要な情報が全く入っていない時に起きる現象だ。死神は何をしてるのだ?
「納得がいかん。ブロンズエリアは基本両者不干渉が原則のはず。それなのに迦具夜を神の座につける手伝いなど許可されるのか?」
カインが言う。
「許可されるんじゃないかな。向こうの真性の神って、長く生き過ぎてるから変わったことが起きるの好きだしね。圧倒的な力で弱いものをいじめるなんていうのは嫌いだけど、弱者が知恵を絞って、強者を倒して見せるというのはあっぱれと喜ぶぐらいだよ。私たちもそうだったんだから君も知ってるだろ?」
「確かに……」
こんな馬鹿げたことを提案するのは強者ではない。弱者だ。そして、六条は弱者だ。それが飛んでもない援軍を引き入れたとなれば、あちらの神は間違いなく喜ぶ。咎めたりはしないだろう。そしてそれを余裕を持って楽しめる。
それほどに真性の神は強い。
「もう戦争など中止してはどうですか?」
メトの横で大人しく聞いていたナディアが、そんなことを口にした。メトと契りをかわしながら、南雲への未練も捨てられない。だからこそ、この戦争には乗り気ではない。12英傑の中でナディアは一番人間らしい。
人から神になりまだ1年ほどなのだ。人の世での行いを捨てきれないで、誰も彼もがまだまだ人間だった。向こうの真性の神にとっては1000年生きてようやく神の入り口に立つと思っているのだ。
たかが1年ほどで俗世が捨てられるものか。
「この間も私の国の人間が100万人以上死にました。もうあまり人が死ぬのは見たくありません」
「ナディア。我が国の民を殺したのは南雲だ」
メトが言う。南雲に振られて傷心のナディアを口説き落とした。南雲とは対極的にナディア一筋なのに、ナディアはどうにもまだ南雲を忘れられずにいる。ルビーエリアは全ての世界の探索者が同じ場所になる。
だから第1世代の人間はほとんど知り合いだ。だからこそ12英傑だけで完結する戦争だったならば、【未来予知】は完全に外れることなく遂行された。だが思い通りにいかない。
『それこそ面白いさね』
そうだな。お婆、確かに面白いよ。
「南雲が私の国の子たちを殺したのは、あなたが無駄に南雲の国の子たちを殺したからでしょう」
「無駄ではない。我がやったのは軍事施設のみだ。しかし、奴はそうではなかった。南雲こそは無駄に人を殺したのだ」
「そうでしょうか。あなたも避難民も巻き込んだと聞いていますよ」
「仕方なくだ。いちいち逃げることを待ってなどいられるか!」
メトが声を荒げた。面倒な女を好きになるものだ。選り取り見取りなのだから、もっと従順な女にしておけばよかったのに、そういう男ほど言うことを聞かない女を手に入れたくなるのか。理解できないな。
「ブロンズエリアにこっちも乗り込むか? そして半年という期間、妨害行為に勤める」
カインが口にした。
「それもいいけどね。どうにも彼の真似事をしているようで気に入らないな」
「気に入る気に入らないではない。勝つことが大事だ。この行いがあの子供によって潰されたとあっては笑い話にもならんぞ」
「……」
どうすべきかの結論は出ている。ただ私の口からは言いにくい。だから言ってほしいと頼んでおいた。その段取りどおりに言ってくれた。
「小さな島国ごと沈めてしまうというのはどうだ?」
饕餮だった。ぼさっとした髪型。痩せ型の体躯。瞳は白い部分のない完全な黒。頭にはとぐろを撒いた角が生え、角と瞳の色以外は最初に私とダンジョンに入った時のまま。饕餮。破壊者という意味では、よく名前の上がる英傑だ。
「バカな。ただの虐殺行為をするというのか?」
カインが難色を示した。相変わらずの偽善者め。饕餮はさらに続けた。
「いきなり全て海の藻屑にしてしまうわけではない。まずは四国からでどうだ? 四英傑はいくら姿を消したと言っても、何らかの手段で日本側の様子を常に掴み続けているはず。犠牲者が多いとなれば大八洲にこもり続けることはできなくなる。四英傑が納得しても周りが帰りたがるだろう」
「壊すのが好きなお前と一緒にするな。賛同しかねる。そんなことをすればそれこそ報復合戦になってしまう。我ら12英傑がただ人を殺すことを目的とすれば、どれほど死ぬことになるか。実際、メトのところはそれで100万人も死んだのだぞ」
「私もそのような作戦には賛成できません。ジェノサイドを巻き起こすなど人としての品位が問われます」
「俺もそれはできん。何もしていない人間を殺して回るなど、もはや人ではなくなる」
カインとナディアとメトはすぐに反対をしてきた。予想通りの反応に、私の顔が笑ってしまいそうになっていると、饕餮がさらに言ってくれた。
「ではどうする? このまま奴らが出てくるまでの半年間待ち続けるか? 結果どうなる? 八英傑がいながら、この戦争に負けたとなれば完全に全ての主導権は日本に握られる。これから先の未来、何千年、何万年の栄華が奴らのものとなる。貴様らはそれで良いと?」
「だから今無意味に人を殺すのか」
「そうだ。普通の人など死んでもまた産めば済むだけだ。この先ずっと屈辱に塗れることを思えば大した問題ではない」
饕餮にあらかじめそう言ってほしいとお願いした言葉だ。私がこれを言えば嘘くさく聞こえる。しかし饕餮は普段ほとんどしゃべらないし、私のように裏でごちゃごちゃするのも嫌いだった。
「王。お前はどう思うのだ?」
全員が私を見てきた。多少の芝居を入れたことはばれているだろうが、まあそれでも嘘ではないのだ。そもそも向こうの世界に我々まで乗り込む。それはおそらく許されない。我々は大八洲国が探索エリアになったことがない。
はっきり言って部外者すぎる。大八洲国の神もこちらのエリアの神も、関わることを許すとは思えない。ならば現実的にならざるを得ないだろう。
「今の状況のままはダメ。それははっきりしてる。とはいえ彼らも我々の動きをある程度は予想してるだろう。中途半端にやっても効果は出ないと思う。なのでどうかな。彼らは半年という期間にこだわっている。そしてその要因は【呪怨】だ」
「老公……」
「迦具夜と六条は半年で死ぬ可能性が非常に高い。それまでに決着をつけようとしているのなら、やはりこちらはあちらに時間を与えないことが一番良い。まあ、無意味な虐殺行為は私も望まない。だからどうかな——」
八英傑はそれぞれに求めるものが違う。自分たちこそが一番の利益を得たいと考えている集団である。その利益が著しく損なわれると判断すれば八英傑のまとまりは崩壊する。日本が一枚岩で団結しているのとはずいぶん違う。
だからこそ一人でも抜けるものが出れば、そこから一気に綻びかねない。我らはそれぞれの意見は尊重しなければいけなかった。話し合いをした結果がまとまり、各国の報道機関を呼び寄せて、麒麟になり、私は姿を現した。
日本も含めて全世界にこの内容は伝えられる。他の英傑たちも周囲に座っているが、撮影班をビビらせているだけで、テレビに映るという気もないようだった。もったいない。君たちはもっと楽しんだ方がいい。
昔ならばテレビなど出るだけでも、大騒ぎしていただろう。折り目正しい服装と窮屈そうな髪型の中国人アナウンサーが私の隣に座った。私が中国人だから、一応中国人がいいと思ったのだろう。
私は何気にマイクの前で声を出すことに緊張していた。テレビで会見なんて緊張するに決まってるじゃないか。うまくしゃべれるかな。不安に思いながら、それでも麒麟の口を開いた。
「皆ももう知っていると思うが、日本から探索者の姿が消えた。その事情を日本人ですら誰一人として全く知らないままだろう。だから我々が教えよう」
「日本は何を考えているのですか?」
「これは日本側による策略と、世界に覇を唱えるための行為と八英傑は判断した」
「では日本は探索者が消えて何をするのでしょうか?」
男のアナウンサーだった。普通の人間だと私が神気を放つだけで喋れなくなる。そういう職業のもので、一番レベルが上がったとされるレベル265のものが、質問してきた。
「ダンジョンには守らねばいけない秘密というものがある。その内容は本来ならば詳しく話せない」
「本来ならばと言うと?」
「しかしこれには例外がある。レベル1000を超えると守秘義務がほとんど解除される。この"世界を治める12人"で【秘密事項】の開示は判断しても良いと裁量が許されているのだ」
「そうですか……」
少し面白くなさそうな顔になった。中国人のくせに中国に全く有利なことをしない女。その女が世界を治めるなどとほざいてる。きっと中国人ほど私が大嫌いなんだろう。
「その中である程度の情報開示を世界に向けて行うことにした」
「それはどんな内容でしょうか?」
思わずの前のめりになる。本当に言っちゃっていいのかという顔だ。
「ダンジョン内には、異世界とでも呼ぶべきものが存在する。その中の日本が所属するエリア、大八洲国という国でも今、神の座を巡って争いが起きている。日本は我々を出し抜いて積極的にこれに関与している疑いがある」
「なっ、また奴等が俺たちの上を行こうと?」
アナウンサーは思わず本音が漏れていた。きっとそう思っている人間は多いのだろう。だから世界的には今回の件を反対する声はそれほど大きくならないと読んでいた。むしろ日本人が死ぬのは嬉しいんじゃないかな。
「そういうことだ。日本は世界の圧倒的支配を確立するために、今現在日本国内にいる人間を見捨てた。しかし見捨てることができない一部の良識ある者達もいるだろう。故に、1ヶ月後に小さな島国の陸地を削っていく。最初は四国だ。これより1ヶ月のち、日本に存在する四国は完全にこの世から消滅する」
「……ジェノサイドを行うと?」
嬉しそうな顔してるな。だから嫌いなのさ。
「どうかな。1ヶ月あれば日本国内の別の陸地に移ることはできる。だからそんなに死なないだろう。しかし、それより1週間のちに北海道がこの世から消滅する。さらに1週間のち、九州を消滅させる。さらに1週間のち、中国地方、その次の1週間後に本州の全てを消滅させる。つまり2ヶ月経てば日本という国自体がなくなるということだ」
「そこまでしてしまうのか?」
男は驚いていた。しかし我々の力というものは、どれほどの人外か、もう嫌というほどわかっているだろう。それができないとは言わなかった。
「ああ、時が来れば容赦はしない。日本国内での移動は自由にすればいいが、国外逃亡は許さない。船も飛行機も何もかも、日本から脱出しようとするあらゆる手段を禁じる」
かなり強めに宣言した。さてお婆は、どう出るかな。これでも動じなければ、仕方がない。日本は無くなるけどあなたに世界はあげるよ。お婆、しっかり私と世界を楽しもう。どうせもう少ししたら何も楽しくなくなるのだから。





