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第二百五十二話 御前会議

「六条祐太君へ。と、あんまり書き慣れてなくてごめんね。これでいいかな?」


 般若のお面を常につけているために、田中がどんな顔をしているのかは分からない。それでも和やかな声でサイン色紙に文字を書き込んで、俺に渡してくれた。


「すみません……もう1枚だけ。俺の友達の分も」


 エルフさんは俺が入ってきたところで休憩を宣言してくれて、冷たい目で見られる心配はなかった。そのエルフさんがサイン色紙を作成してくれて、唐草模様の上等そうな装飾のあるサイン色紙に田中がサインしてくれた。


「いいよいいよ。遠慮しなくて。サインなんていつもフォーリンさんばっかりで、滅多に頼まれたことなくてさ。正直ちょっと嬉しいな。卯都木さん、もう一枚ください」

「はいよ」


 エルフさんは嫌な顔もせずに、サイン色紙をもう1枚作成して田中さんに渡してくれた。


「お前早くする。非常に迷惑。空気読め」


 伊万里ぐらいの身長の女の子が俺を半眼で見つめてきた。


「あんたが言うんじゃないよ。いいじゃないのさちょっとぐらい。ちょうど会議も煮詰まってたんだ」


 自分でもわかってる。この状況でサインのおねだりなど非常識だ。でも田中は滅多に人前になんて出てこないし、田中ファンのコミュニティの中でも、サインがもらえたなんて話聞いたことがなかった。


 レアなんてものではない。これは宝物だ。たとえフォーリンから嫌な目で見られてもこれだけは譲れない。


「こっちも君の名前でいいの?」

「あの、いえ、ジャック君にしておいてください」

「了解。ジャック君へ。これでいいかな?」


 般若面を常につけているのに優しく聞こえる田中の声。きっとすごく良い人なのだろう。


「完璧です。ありがとうございます」


 俺はペコペコ頭を下げた。最後に握手を求めると快く応じてくれた。これはもう手が洗えない。一生洗わなかったらさすがに汚い。しかし洗いたくない。どうしよう。初めて推しと握手できたアイドルファンが『一生手を洗わない』と言う意味を理解できた。先程と俺の手は全く一緒なのに、田中に握られた後だと手が輝いてる。


「お前」


 そうして夢のような交流が終わると、フォーリンが俺に声をかけてきた。身長は低くて伊万里と同じぐらい。頭に天使の輪がある。非常に愛らしい顔をしており、世界中で熱狂的なファンを抱える英傑一の人気者。


「あ、はい」


 だが残念ながら俺にとっては田中の方がはるかに価値のある存在なのだ。つらい時も悲しい時も田中のような探索者になりたいと思い一生懸命頑張ってきたんだ。


「太郎がそんなに好きなの?」


 不思議そうに聞かれる。田中太郎。それが田中のフルネームだ。


「もちろんです。できれば田中さんのような探索者になれればと常々思っています」

「……お前はどっちかって言うと真逆の探索者じゃない?」

「うっ」


 そうなのだ。悲しいことに俺は田中とは真逆の探索者なのだ。田中がたくさんの女性に声をかけてるなんて話は聞いたことがない。田中は全然モテないのだ。そしてダンジョンにもあまり好かれてないと聞く。


「不本意ながらそれは認めるしかない」

「で、私のサインはいらないの?」


 言いたいことはそっちだったのか、フォーリンから真顔で見られた。周りが面白そうに見てる。南雲さんも全く助ける気はなさそうだ。


「も……ものすごく欲しいです!」


 本当は欲しくなかったけど俺は空気の読める男だった。


「そうか。やっぱりな。太郎のサインが必要で、私のサインがいらないなんてことはないと思った。仕方がないお婆ちゃん!」

「はいよ」


 エルフさんは苦笑いしながらもう1枚サイン色紙を作ってくれた。そこに完璧にサインをしょっちゅう書いている人間のように、崩した文字でさっとフォーリンがサインを書き上げる。【六条祐太へ】の文字も忘れなかった。


 嬉しいか嬉しくないかと言われると正直嬉しい。田中と並べて六条屋敷の一番目立つところに飾ろう。それなら美鈴とエヴィーの分があると一番いいのだが……、


「お前、私のサインがもっと欲しいと顔に書いている」

「わかるんですか?」

「私ほどの人間になると楽勝。いいだろう。お婆ちゃん!」

「はいよ。何枚いるんだい?」

「2枚でお願いします。エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクと桐山美鈴です」

「よし、できた!」


 なんとなく子供っぽい人だなと思いながらも、楽しそうな人だなとも思った。


「ついでに握手もしてあげる。ほら」


 フォーリンの可愛い手が俺の前に出てきた。俺が先ほど田中と握手した右手だった。空気は読める。ここで握手しないなどない。しかし、この手は当分取っておきたい。せめて1週間は洗わないでおこうと思っていたのに!


「祐太ちゃん。もういいでしょ」


 そこに小さな精霊として肩に乗っている迦具夜が声を発した。


「ああ、そうでしたね。すみませんエルフさん」


 俺は迦具夜に感謝しながらみんな持ってくれているんだと気づいた。


「いいさ。みんな席に戻りな」


 エルフさんが声をかけると全員が席についていく。その中でフォーリンだけが俺に手を出したまま固まっていた。さすがに握手しないわけにもいかないと手を出そうとしたら、フォーリンは田中に首根っこを掴まれて引きずられていった。


 会議室には一番奥のいかにも重役が座る場所に四英傑の席があった。その両脇にずらっと30名ほどの人間が座っている。有名どころがたくさんいる。エルフさんの右腕と言われる烏丸時治。それに千代女様もいる。


 俺が見ると軽く手を振ってくれた。雷神様はいないようだ。他にもあげだせばキリがないほどルビー級と思われる人たちが30人ほど会議室にいる。ここにいる全員がダンジョンが現れる前の世界中の軍事力を叩き潰せる人たちだ。


 人でない姿をしている人もいたが、ほとんどの人が人の姿をとっている。


「では御前会議を再開する! 皆、四英傑の方々に敬意を!」


 烏丸時治が進行役なのか、声を張り上げ、全員がさっと立ち上がると四英傑に向かって礼をした。俺もそれに倣い、迦具夜も肩の上で頭を下げてくれてほっとした。


「さてと。ではお話と行こうかね。月城迦具夜様。そして六条祐太。もう坊やとは言わないでおくよ」

「えっと、嬉しいです」


 認められているようで本当に嬉しかった。この人と初めて会った時から、少しは成長したらしい。


「あの時の坊やがこんなところまで来るとはね。正直、南雲から聞くまでは、どっかで死んでると思ってたよ。レベルは250になったらしいね」

「はい。何とか死なずにここまで来ました」

「もう十分わかってるだろうけど、油断するんじゃないよ。レベルが上がっても死ぬ時は死ぬからね」

「心得ておきます」


 エルフさんの目はとても澄んで綺麗なのに、老成して見えた。それは迦具夜にはないもので、翠聖様に感じた感覚と似ていた。実際に体が衰えていくことを経験したものと、そうでないものの違いなのかもしれない。


「まあ雑談はやめとこう。六条、南雲が言うには何か面白い話を持ってきたらしいね。まあ肝心の南雲はその内容は聞いてもいないと言うんだから困った子だ」

「別にいいじゃねえか。悪い話を持ってくるやつじゃない。聞くだけは聞いてやろうぜ」


 南雲さんは態度が悪く、テーブルの上に足を乗っけて椅子に思いっきり持たれかかっていた。サングラスをかけて相変わらず余裕そうである。


「もちろん聞くさ。どうにも手詰まりでね。どの可能性を試しても、行き着く先が良くない。それでみんなに意見を求めてみたんだけどね。誰の意見を採用しても麒麟が上に来るんだよ。麒麟も昔は可愛い女の子だったのにね。今は本当可愛くない子だ。子供ってのは大人になるとみんな可愛くなくなるね。嫌になってくるよ」

「王ですね。やっぱり【未来予知】を持ってるんですか?」

「【未来予知】を知ってるか。月城様かい?」

「はい。教えてもらいました」


 エルフさんは迦具夜を見つめた。他国の貴族である迦具夜に警戒感があるようだ。それでも小さな精霊はニコニコしているだけだった。


「あなたが日本にいる。月夜見(つくよみ)様は許可を?」

「そんな許可はないわ。だからあの方には内緒」


 迦具夜が人差し指を唇の前に立てた。


「……内緒ね」

「安心して内輪のことだから、迷惑はかけないわ」

「ならいいのだけどね」


 エルフさんは眉間を指で押さえて首を振った。


「【未来予知】についてだけどね。正直私よりも王の方が未来を読む能力が高い。だから六条」

「はい」


 エルフさんが立ち上がってきた。俺が立っている場所へと近づいてくる。指をパチンと鳴らすと部屋の中なのに床から木が生えてきて、テーブルとなかなか座り心地の良さそうな椅子が現れた。


「座ってくれていいよ」


 言葉に甘えて俺が腰を下ろした。テーブルの向かいにも椅子が現れてエルフさんは改めてそこに腰を下ろした。


「お前さんの死神との件はね。私の予測にはなかった。でも、王はある程度分かってたみたいだ。それでもあんたを殺し損ねてる。私はそれをとても面白いと思ってるよ」

「それは嬉しいです」

「要件をいいな。つまんないことなら突っぱねる。面白そうなら聞いてあげるよ」


 四英傑とルビー級の探索者の視線が俺と、その肩に乗る精霊に注がれていた。緊張しすぎて考えが頭の中でまとまらなかった。唾を飲み込む。早く何か言わなきゃと焦る。俺が焦っていると肩に乗っている精霊が口を開いた。


「誰にもバレない結界を張れるものはいる?」


 迦具夜がそう口にするとエルフさんがフォーリンを見た。フォーリンは頷くと声を発した。天使の輪っかが光を放ち、その光が部屋の空間を包み込む。


【絶対領域展開】


 天使の声とともに外の声が急に静かになった。探索者だと部屋の中にいても、どうしても外の声まで聞こえるものだが、何も聞こえなくなる。声どころか気配も感じられない。この会議室全体が外から完全に隔離されたようだった。


 元から会話を聞かれないように【機密保持】は使われていたようだが、これで完璧に外からはここで何が行われているのか分からなくなった。


「いいよ。迦具夜様。この会議室で起きていることを察知できるものはもういない」


 フォーリンの言葉を聞いて迦具夜が精霊の姿から自分のレベルを解放していく。光り輝いて俺の肩から降りると、手足や体が巨大化していき、1人のこの世のものとは思えないほどの美しい女が俺の横に立った。


 エルフさんがもう一つ椅子を作ると、迦具夜がまだそこには座らず口にした。


「この国の王。お初にお目にかかります。私は月城家当主、月城迦具夜と申します」


 そうして優雅に礼をすると俺の横に寄り添うように座った。


「どうも。私は卯都木文子(うつぎふみこ)、サングラスをかけて態度が悪いやつが南雲友禅(なぐもゆうぜん)、左が浮使主鈴(ふおみりん)、その左が田中太郎だよ。月城様。王というなら、私も含めたこの4人がレベル1000以上のものたちだ。他は長くなるんで説明は省かせてもらう。そもそも、余計な話は必要ないさね。観光で日本に来たなんてわけじゃないよね?」

「そうね。彼と観光目的で来れればよかったのだけどね。目的は全く違うわ」

「二人の関係性を聞いても?」

「何と言えばいいのかしらね」


《祐太ちゃん、妻ってことでもいい?》


 迦具夜に【意思疎通】で聞かれた。


 妻?


 月城迦具夜と夫婦?


《……》


 俺の仲間を皆殺しにするはずだった存在。それでいて俺の命を助けた存在。どちらも大事なことすぎて忘れられない。全て話すにはあまりにも赤裸々すぎる。完全に突っぱねたい気分でもあるが、迦具夜の中にはクミカがいる。


《好きに説明してくれ》


 複雑すぎてこちらからは何も言わなかった。


「"結婚を前提"にお付き合いしている関係よ」


 なんだか周りがザワっとした。



「マジかよこいつ。大八洲一の行き遅れと同時に美女とも言われてる女だぞ」

「あっちの貴族って俺らのこと基本見下してるよな」

「くっそ、うまくやりやがって」

「向こうの貴族といい中になるとか、龍炎以来ね」

「遊ばれてるだけじゃねえの?」



「本気かい?」


 真実を見極めるようにエルフさんが迦具夜の瞳を覗き込んだ。


「本気よ。この子の仲間全員の命を狙ったのだけどね。殺しそこねちゃって。あんまりにもそれが私にとって気持ちよかったの。それ以来私は彼に恋をしている」

「なるほど……恋か……」

「ええ、恋よ」

「確かに恋はいくつになってもいいもんだね」


 エルフさんは目を閉じて、しばらくしてから開けた。


 迦具夜と俺を交互に見る。


 その間誰も口を挟まず、おもむろにエルフさんが口を開いた。


「月城様。大八洲国の最高位貴族たるあんたが地球の若造に恋をして、何を望むね?」

「今は六条祐太と共に桃源郷の神の座を目指し、戦いに参加しようと思っているところよ。その前の準備段階でここに来させてもらったの。祐太ちゃん。あなたが自分で説明するわね?」


 俺を信頼するように見てきた。


「神の座……。六条、あんたあんなものに関わるつもりかい?」


 迦具夜が先に話してくれたことで俺の心が落ち着く。


《ありがとう》

《いいの。足りないところを足す。そういうものが愛なんだって、あの子が私に言うの》

《そうか》


「はい」


 はっきりと口を開いた。


「あっちのルビー級は化け物だらけだよ。そいつらが本気で争って一番を決めようって言うんだ。意味がわかってるかい?」

「そのつもりです」


 いや多分分かってない。ただ一つ分かるのは、俺にとってはもはやルビー級などどれもこれも同じぐらい恐ろしい存在ということだけだ。


「信じられないバカだね」

「その中の一番恐ろしい私を退けたの。いえ、恋をさせたの。死神だって退けたわ」

「確かに……やれやれ、色々驚かされる子だね。私たちも大概、色んなことがあったものだけど、あんたも大概だね」

「いいことなんだか悪いことなんだか」

「ふふ、そう言いたくなる気持ちわかるよ」


 エルフさんが何かを懐かしんでるみたいだった。


「まあいいよ。とりあえずは理解した。月城迦具夜ならば私を誤魔化せるかもしれないけども、それもないと判断しておこう。じゃあ、六条祐太。本題と行こう」

「はい」

「あんたが、その神の座に参加することにおいて、私たちに"何を望みに来た"のか聞かせておくれ」

「話す前に、今回の件、この会議が終わった後も、誰も外に漏らさないと保証してほしいのですがいいでしょうか?」


 できるだけ嘘はつきたくなかった。また嘘をついたとしても、俺ではエルフさんを誤魔化せない。できれば契約書を交わすことができれば良いのだが、それを求めるのは失礼すぎてできなかった。だから口約束だけでもしたかった。


「ふむ……慎重だね。六条、あんたの望みはどういった内容だい?」

「日本の探索者全てに関わることです。そしてこの戦争の勝敗にも関わります」

「大きく出たね……。だが、あんたの経歴を知る限り、そしてその横の人物を見る限り、与太話というわけでもなさそうだ。話の内容は日本にとってかなり有益……。お前様はそう考えてる。それでいいね?」

「ことによっては四英傑が一人も死なずに済むかもしれないと思ってます」

「……」


 エルフさんは黙ってしまう。そして、机の上に右手の人差し指を置いた。指先からサファイアブルーの輝きが液体となって流れる。机の上に何かを作って、描いていく。だんだんと何なのかはっきりしてきた。それは1枚の長い紙だった。


 先ほどのサイン色紙とは全く違った。とても長くて昔の日本の書状などで使われていたような、和紙である。机の上に3メートルほどの長さで作成された。ただの紙に恐ろしくなるほどの力が込められてる。


 その紙には俺には読めない文字がたくさん書き込まれている。


《これは?》

《神になるとね。自分でサファイア級のアイテムが創れるの。彼女は若いから最上級のものじゃないけど、それの何かだと思うわ。ほとんどのMPを注ぎ込んでる。あの紙に書いたことは私でも破れないわね》


「私の体に流れる血と万年樹を材質にして丁寧に編み込んだ特別製の紙だ。これから行われる会議内容に対しての守秘義務を課すように、神聖文字で私が願いを込めた。誓約するものは自分の血によって自分の名前を書き込みな。そのものだけ部屋に残り、できないものは出て行きな」


 エルフさんは口にすると自分が最初に魔法で指を切り、血文字で卯都木文子と書いた。


「次はあんただ」


 立ち上がって血の誓約書を南雲さんに渡した。


「OK、いいぜ」


 南雲さんも自分の指を切ると血文字で名前を書いた。フォーリンと田中も黙ってそれに続いてくれる。他のルビー級の人間も誰も出て行こうとはしなかった。全ての人間が血判状に自分の血でサインしていく。


 結構な時間がかかった。全員がそこに本当にサインをしてしまう。俺への信用ではない。全てはエルフさんに対する信用だ。それだけこの人は周りの探索者から信じてもらっているのだ。


「これで文句ないね?」

「はい。文句ないです」


 ここまでさせた。自分はそれに見合うだけの話をしなきゃいけない。化け物揃いの中に小動物が1匹だけ迷い込んだ。それでも自分の命のために、そして、日本のためにもなると信じて口を開いた。


「ではまず1つ大事なことから話しておきます。俺と迦具夜はこの間の死神との戦闘で、寿命が半年に縮みました」


 まずこれを口にすると決めていた。後々バレれば信用を失うし、半年の間に決着をつけたいという理由を話すには、これを口にするしかなかったのだ。南雲さんが舌打ちをするのが聞こえた。


「……飛び出すんじゃないよ」

「分かってる。話は最後まで聞く」

「それで?」

「このことによって迦具夜と俺は余裕がなくなりました。何とかして半年で死ぬ運命を回避しなきゃいけません」

「だろうね。回避方法は分かってるんだね?」

「はい。方法は一つです。魂で繋がった迦具夜が神になること。それが条件なんです」


 周りがざわめきだした。



「確かあちらの神の座の戦争は織田が最有力だったよね?」

「ああ、近藤家の3倍の勢力を有しているって話だ」

「月城家だと力の差が5倍ほどあるって聞いたぞ」

「他の勢力を全部合わせても織田が有利という話だ」

「俺は織田信長を知ってる。あれはやばい。もうほとんど神に近い」



 俺の話を聞く覚悟を決めたはずのルビー級の探索者たちが、怯えているのがわかる。俺はよく知らなかったけど、そうか、織田信長はそこまで強いか。俺は自分の体が震えるのを感じた。途方もないことを口にしてる。


 この人たちですら怯える。そんな化け物の裏をかいて三種の神器を見つける。


「全員うるさいよ。六条、たとえあんたの理由が何だろうと、これっぽっちも同情なんてしてやらないよ。あんたが半年後に死のうが生きようが正直どうでもいい。私だって死にたくないよ。みんな同じさね。それで何が言いたい?」

「桃源郷の神様を決定する。俺は、その争いの中にシルバーエリアに行くよりも先に首を突っ込みました」

「もはや命知らずというよりは蛮勇だね」

「自分でもそう思います。でも俺は俺の命のためにやりきると決めてます」

「そうかい。六条、まだまだ生きたいかい?」

「ええ、もっと生きて楽しみたいです」

「ふふ、私もそうさ」


 冷たいことを口にしながらも不思議と暖かい感じのする人だった。


「ではまず、迦具夜が神様になる条件ですが、ブロンズエリアの全てに散らばった三種の神器を揃えろというものです」


 俺は説明した。三種の神器がどういうものか、そして全てを見つければ神に至れるということも、詳しく説明して言葉が終わった時、もう一度、今度は南雲さんから尋ねられた。


「祐太。俺たちにお前のクエストの協力をしろってことか?」

「見返りは何?」


 興味が湧いたのかフォーリンも聞いてきた。


「地球側の戦争が終わるまでの間、三種の神器全ての貸与です」

「なるほど……」


 エルフさんが最後に口にした。



「サファイア級最上級クラスが3つ」

「1つ手にしているだけでも恐ろしい効果だと言うぞ」

「それが3つも……悪い話ではないな」

「落ち着け。誰と争うことになるか忘れたか」

「この上、大八洲国の貴族まで敵に回すのはまずい」

「確かにな……」



 俺よりもはるかに強い人たちの心が少しだけ動いてる。だが言うまでもなく条件はかなり厳しい。そしてルビー級の人たちでも大八洲国の情報収集は未だにしているようだ。


「六条。この時期にこの女ってことで予想はしたけどね。面白い話であることだけは認めてあげるよ。でも半年以内となると中途半端な戦力投入じゃどうにもならないね」


 エルフさんが口にした。やはりすぐにそこに気づくようだ。そして俺に話を任せていた迦具夜が発言してきた。


「森の王。私はあなたたちが全面協力を約束してくれれば、自分の陣営のものにも今現在の現状を話そうと思っているわ。今まではあまりにも状況が悪すぎて話しても、離反者が続出するのが分かって言えなかった。でも、あなた達が協力すれば三種の神器を半年で見つけられる可能性はかなり高くなる。その条件なら私の陣営も裏切り者は出ないはずよ。もちろんあなたと似た方法で縛りはかけるけどね」

「月城様。この日本の戦力をどれほどだとお見積もりで?」


 エルフさんが聞いた。


「全て合わせれば織田を超えるわ」

「その戦力はどれぐらい欲しいんだい?」

「全てよ」

「全てとは?」

「言葉の通り、この日本にある戦力の全てを半年間貸してちょうだい」


 俺はその言葉を切り出すのに勇気が必要すぎて言えなかった。でもどこかで口にしようと思っていたら迦具夜が言ってくれた。悪者役を買って出てくれたようだ。


「バカな! 無茶な要求すぎる!」


 烏丸時治が怒り心頭で立ち上がった。


「そうかしら? 考えてみてよ。日本から中途半端に戦力がなくなるよりも、いっそ全部なくなっちゃった方が私はいいと思うけど」


 平気そうに迦具夜が口にした。こういう時ものすごく頼りになる女だった。


「お前は他国の人間だからそんなことが言えるのだ! もしもその間、国外の探索者に日本が襲われたら誰が守るのだ!」

「今回の戦争の目的って四英傑の殺害でしょ。それがこの国にそもそもいなきゃできないじゃない」

「屁理屈だ! 我々がいなければこの国の国民は全て外国のものの言いなりになるしかないのだぞ!」

「でも探索者が誰もいない国の国民を全員皆殺しにしたりはさすがにしないでしょう。拷問とか嫌なことが起きたとしても、せいぜい1000万人ぐらい死ぬぐらいじゃないの?」

「簡単に物を言うな! それだけの人が死ぬのだ!」

「レベルも大して上がってない人間が1000万人死んだからって何なのよ。どうせすぐに生えてくるわ。そもそも、あなたたちがこの地で今の劣勢のまま戦い続けて、死ぬよりは私は少ないと思うわよ」

「バカを言うな!」「まあお待ち」

「しかし! この女は人の命を命とも思っていない! その辺に生えている雑草とでも思っているのだ!」

「時治。月城様の言うことは嘘ではないよ。私の見える未来でも正直もっと死ぬ」

「それは!」

「時治。これは交渉だ。怒鳴り合いじゃないよ」

「……」


 エルフさんに言われると弱いのか、烏丸時治は黙った。


「南雲。どう思う?」

「ババア。こういうのはあんたに任してる。ババアはこの戦争、俺が死んでも収まらないと言ったから、この戦争は始まった。こいつら全員が戦ってるのもそれが理由だ。みんなあんたを信じてる。そうじゃなきゃ俺は死んだ。今回も同じだ。俺はババアの決定に従う」

「僕もそれでお願いします」

「私もそれでいい」


 四英傑は完全にエルフさんによってまとまっているようだ。そしてエルフさんが今回の戦争を始めようと言ったのだ。そのことを俺は今初めて知った。四英傑がその意見でまとまったことで、他のルビー級の探索者も文句は言ってこなかった。


「大事なことを人任せにみんなする。私は案外自分の好きに決めてるだけなんだけどね。さて、月城様。そして六条。お前さんの話を聞いてから急に私の未来がズレ出した。麒麟の方もおそらくズレてるだろうよ。ちょっと色々準備はいるけどね」


 エルフさんが立ち上がった。机を迂回して俺の方へと歩いてきてくれた。


「OK。乗っからせてもらおう。あんたが中心でやるんだろ。よろしく頼むよ」

「は、はは、勘弁してください」


 こんなことの作戦まで立てさせられたら俺はストレスで死ぬ。俺はエルフさんと南雲さん、迦具夜と田中さんにできるだけ頼りたかった。この瞬間から全てが動き出そうとしていた。

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― 新着の感想 ―
読み返してて、この作品がほんとに面白い作品だと再確認出来ました。
この作品、、、まじですごいな
雷神ちゃんとの交渉が面白くなりそう 意外と黒木が一個みつけたりしてね
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