第二十五話 殺人依頼
「お願いできますか?」
自分は裁判官じゃないし、人を裁く権利もない。
でも、自分にとってリスクを抱え続ける必要も感じなかった。何よりもここで南雲さんに頼まなかったがために、二人が俺の目の前で穂積たちにあの女の人みたいにされたら、悔やんでも悔やみきれないことになる。
「OK。 ババアにまた怒られそうな気もするけどな」
南雲さんは気楽な様子で喋りながら、どうしてか顔が真面目だった。
どうしてそんな顔しているのだろう。やはり南雲さんでも人を殺すことには思うところがあるのか。
南雲さんはこれで俺の知らない間に穂積たちを処分してくれるのか。
俺の見ていないところで、俺の頼んだ殺しが行われる。
そんなふうに考えていた。しかし、
【転移強制】
南雲さんが呟いた瞬間。
目の前に4人の男がボクサーパンツを履いただけの姿で急に出現した。何の脈略もなく急に人がそこにいたのだ。それを見て最初に思い出したのは南雲さんが、ダンジョンで急に横に現れた時のことだった。
この人たち転移させられたのか?そう思った。4人の男のパンツの前が盛り上がっていて、見たくもない物が目に入ってくる。
「うえ、服着てないのかよ。汚ねえなあ」
4人の男が真冬なのにパンツ一丁で寝ている。
ここはダンジョンの1階層なので暑いが、冬の季節に普通に寝てるだけならこの姿はありえない。美鈴とエヴィーが目のやり場に困っている。そして何かたまらない不快感が湧き起こってくる。
今もまた女性を辱めて気持ちよく寝てるんじゃないのか。
そう思えた。よく見ると手に血がついていた。と言うか今の魔法なんだ? 転移魔法が使えるとは聞いていたけど、他人を強制的に転移させる事までできるのか?この人本当に何者なんだ?
「この人たち、どこから呼んだんですか?」
「2km程先のマンションだな。こいつらマンションを買いあげて自分たちのハーレム作り上げてるんだとよ。そこでやりたい放題やってるみたいだ」
「そんなことして許されるんですか?」
「いや、さすがに派手にやりすぎだ。実際のとこ、俺のところに警察から何とかならないかって相談は来てたんだけどな。よくある話なんで放置してた」
「穂積たち以外にもこんなことしてる奴らいるんですか?」
「日本はまだマシだけどな。それでも結構多い。探索者ってやってるとな。急に強くなってみんながへいこらしだすから勘違いを起こすんだよ。心当たりは俺にもある」
「お、女の人にそんなひどいことしたことあるんですか?」
美鈴は思わず口を挟んでしまったようだ。
「ま、俺はあまりひどいことはしなかったし、ババアに去勢されたからそこまで悪さはしてないけどな。こいつらは相当真っ黒だな」
「でもやったことあるんだ……」
「馬鹿、ミスズ止めなさい」
怖いもの知らずで美鈴が口にする。焦ってエヴィーが止めようとした。
「女、俺は祐太を助けてやりたいと思って声をかけただけだ。あまり勘違いして生意気抜かすと殺すぞ」
南雲さんが美鈴を見た。その瞬間あのレジのお姉さんみたいな状態に、美鈴がなった。体が震え出して、恐ろしくて仕方がないようだった。
「こ、この人怖い……」
「ミスズ。高レベル探索者に悪意を向けちゃダメよ。もうほとんど自分が法律みたいなもんなんだから。アメリカでそんなことしたら殺されたって文句言えないのよ。それに別に男だけの話じゃないわ。探索者は女だってやりたい放題のやつが一杯いるもの」
美鈴が俺の後ろに隠れる。俺にはよくわからない。それでも相当なプレッシャーが美鈴に向けられてるようだ。どうも南雲さんは男より女の方に厳しいようだ。
「南雲さん。この人たち起こしてもいいですか?」
俺は美鈴の言うことには触れなかった。強くなると急に勘違いする。急にモテ出して調子に乗る。
男ならその状況になれば絶対に通ってしまいそうなワードである。ああ恐ろしい。美鈴と伊万里の顔がいつか恨む者にならないように心から祈った。そしてそれよりも穂積たちだ。
「あ? おお、いいぞ」
「じゃあ」
「あ、いや、ちょっと待て。動けないように縛る。それから起こさないと危ないぞ。お前らぐらいだと見ただけでも殺せる能力もある。中レベルに片足突っ込んでるんだ。レベル300とか言ってたから結構何でもありでやってくるぞ」
南雲さんは何か本当に忌々しそうな顔になる。
【縛】
南雲さんが一言を口にすると穂積たち4人の体に大きく【縛】という文字が浮かび、体が真っ直ぐに伸びた。4人とも不自然なほどまっすぐ直立不動の姿勢からピクリともしなくなる。どうやらその状態から動けなくなるようだ。
「レベル300……。アメリカじゃまだほとんどいないのに簡単に縛った」
エヴィーが驚いたように目を見開いていた。
「あと汚ねぇものも隠しとくか」
南雲さんの前に黒い空間が開いてバスタオルが現れる。それが穂積たちの体に巻きついた。
「アイテムボックス……それに転移魔法……レベル300の人を簡単に縛ったり、この人いったいレベルいくつなの?」
エヴィーに耳元で囁かれた。金髪の美少女に耳元で囁かれるだけでゾクゾクした。
「じ、実は知らないんだよね」
あまり南雲さんに色々聞く気が起きなかった。聞いたところで仕方がないし、それを聞いて、そのことを自慢げに語る自分の姿が嫌だった。
「聞きなさいよ」
「いいんだよ。南雲さんに期待して生きる人間になりたくないんだ。俺はちゃんと自分でレベルを上げたい。本当はこれも凄く恥ずかしい気がしてる」
「ふうん」
「考え方が甘いかな?」
「いえ、そういうの好きだわ。わかった、じゃあ聞かなくていい」
エヴィーがあっさり引き下がる。
美鈴は南雲さんが怖いようで後ろに隠れたままだ。俺は穂積達を起こすことにした。穂積の頬を軽く叩く。穂積の顔は、レベルが上がったせいである程度整ってるが、それでもあまりかっこいいとは言えなかった。
レベル300でもこの見た目。
他の3人も男前までは行ってなかった。俺でもレベル3になってから鏡を見ているとちょっと男前だなと思うのに、全然穂積たちのことを男前だと思わない。そのことだけは同情してしまった。
「起きてください。聞きたいことがあります」
俺が本来ならこんなことできる相手じゃない。本来なら手も触れられずに殺されるだけの相手だ。そう思うと虎の威を借りているようで、気が引けながら頬を叩いた。
「うう、うん? 誰だお前? うん? 体が動かない……」
髪を茶色に染めていて耳にピアスをしていた。30歳ぐらいだろうか。俺から見たらおっさんだけどレベルが上がっていることもあり、おじさん特有のだらしない体型ではなかった。
「お、おい! お前なんだ!? 俺に何した!?」
「俺の名前は伏せさせてもらいます。あなたはここで3日前に人を殺しましたよね? そのことを反省してますか? それと、これからもそれをするつもりですか?」
「はあ!? なんでお前にそれを教えなきゃいけない! 離せ! お前俺が誰かわかってるのか! 中レベル探索者だぞ!」
「知ってます」
「じゃあ今なら殺さないでおいてやる。この体が動かないのをどうにかしろ! 何のアイテムを使った!?」
だんだん状況に理解が及んできているようだ。それでも自分のレベルに自信があるようで慌てた様子はなかった。それに俺はレベル3である。これだけレベル差があれば相手もこちらの強さは多少把握するだろう。
「ふあああ!」「なんだよ穂積うるさいな」「また女が逃げようとしたのか?」
穂積が叫んでいたら周りの男が起きた。
「うるさい! ちゃんと催眠にかけてるのに逃げるわけないだろうが!」
「穂積。あんまり激しくするとまた相手が死んじまうぞ。3日前にも使い物にならなくなってダンジョンで殺したとこだろ」
「あの女催眠にかかって最後まで喜んでたよな」
「40過ぎてるくせにレベルが上がってずいぶん綺麗になってよ」
「最初の頃は催眠なしでも俺らに喜んで尽くしてたのにな。お前が旦那を目の前で殺してみようとか言うからだぞ」
この人たち、極悪のようだ。 人が人にそんなことしようとするものなのだろうか?
「なんだこいつ?」
「おい、斉藤。こいつ鑑定してくれよ」
斉藤と呼ばれた背の低い人がこちらを見てきた。
そうすると何か見透かされているような嫌な気分になる。ステータス鑑定をされたのだと分かった。そういうのがあるのはよく知っていた。南雲さんは彼らの視界に入らないように俺にも見えない場所にいるようだった。
「ぷ! おい、穂積! こいつレベル3だぞ! 後ろの女二人も一緒だ!」
「マジかよ。おいおい、なんだ復讐か何かか? あ、3日前に殺した女の弟か? せっかく死体をちゃんと返してやったのにブチ切れたか?」
他2人も状況がわかったようで会話に参加してきた。
俺たちのレベルを知って完全に馬鹿にしている。そりゃそうだ。何しろレベル3だ。レベル300の人にいくら攻撃しても何のダメージも与えられない。いくら体が動かなくても怖くもなんともないだろう。
「やめてー! 許してー!」
「何でもします! 何でもします!」
「ダンジョンの中で催眠を解いた時が最高だったぜ。ああいう時の女が一番楽しめるよな!」
「お前の姉ちゃん最高だったぞ! あれ? でも弟ってこんな顔だったっけ?」
「おいおいこいつ泣いちゃうぞ!」
「レベル343の俺達を楽しませて死んだんだから本望だって!」
「ところでなんで俺ら、体が動かないんだ?」
「無理してすごいアイテムでも買ったんだろうな。まあもうそろそろいいだろ。解除するか」
「まあ俺らを拘束したかったら100億ぐらい金がいるぞ。僕ちゃんには無理無理!」
「「「「ぎゃはははは!」」」」
本当は理由があって殺したのかもしれないとも思ったが、そんな様子はこれぽっちもなかった。そして俺は池本がこの世で一番悪辣な人間だと思っていたが、あっさりそれを超えていく人間を目にしていた。
「南雲さん。俺からはもう何もないです。というかお願いします。俺の目から見て、これ以上この人達は生きてない方がいい。勝手なことを言って本当にすみません」
「了解」
「は、何言ってんだお前! 調子に乗って……」
「お、おい、穂積! これなんかピクリともしないぞ!」
「な、南雲さん? え? どうして……」
そしてそこでようやく穂積たちは南雲さんの存在に気づいた。南雲さんが俺の視界にも入らない場所にいたのを、少し離れた場所にあらわれ、直立不動の姿勢で地面に寝転がっている穂積たちの視界にも入るように近づいてきた。
「あ、俺達、南雲さんの女に手を出したとか?」
「誰だろう? やっぱ3日前の女か?」
「やたらめったら弟の名前を呼んで泣いてたよな。弟が南雲さんの知り合いとか?」
「すみません! 許してちょ!」
この状況で、穂積たちにはそこまでの危機感がなかった。どこか余裕があると言うか、南雲さんでも中レベル探索者の人達相手になると、怖がられるほどではないのか?
「な、なんか南雲さんってそんなにすごくないのかな? 穂積たち、最低なこと言いまくって平気そうなんだけど」
「知らないけど、そんなことはないと思う」
美鈴はこっそり耳打ちしてくる。でもそれはありえない。人を遠くから簡単に強制転移させられるような人が、すごくないならそれこそ恐怖である。
「まあ許してやりたいんだけどよ。お前らのことはさっぱり可愛くないしな」
「そ、そんな、俺達と南雲さんの仲じゃないですか!」
「そうですよ。俺らちょっとやりすぎてたかもしれません。でも南雲さんがやめろって言うならやめますから!」
「本当に反省しました!」
「南雲くーん、許してくれるよね?」
「レベル100ぐらいなら見逃すのも考えてやったけどな。レベル300となってくるとちょっと違う。ちんちんちょん切ってもすぐに回復しちまうし、俺から逃げることだって簡単だ。外国へ行ったら日本以上に好き放題。今、そう考えてるだろう?」
南雲さんが背中に背負っていた大剣をゆっくりと抜く。
それと同時に体中から冷や汗が流れた。こちらに剣を向けられているわけでもないのに、殺されるのかと思った。刀身から黒いオーラが立ち上り、剣は狂気をはらんでいた。
「じょ、冗談だろ!? 南雲くん!」
「許して! 違うんだって! 本当に反省してるって!」
「中途半端にレベルが上だったことを呪え。面倒だが殺す。殺した女どもにあの世があれば、謝っておけ。まあおそらくこんな世の中だ。あの世はあるんだろうし、死んで終わりじゃねえんだろうよ。ただ行き先が地獄なことだけは仕方がねえな」
右手を振った。その瞬間地面に巨大な亀裂が走った。そして穂積たちの頭から下が綺麗になくなっていた。
「殺した……」
自分で頼んでおいてどこか現実感のない言葉だった。
その場に四つ。おっさんの生首が残っていた。美鈴とエヴィーが思わず目を背けている。それでも俺が頼んだ結果だと思うと、目をそらすことができなかった。
「俺もこうなるんでしょうか?」
俺は学校で虐められ続けた人生だった。
それなりにフラストレーションをためて生きてきた。だから、いつか道を踏み外して穂積たちと同じような事をして、南雲さんに殺されるんじゃないかと思った。実際今だって美鈴と伊万里のことで馬鹿をしている。
「大丈夫だろ。でも、もしそうなったら俺が殺してやるから心配するな」
穂積たちの生首四つを見ながらそんなことを言われると、なんの冗談にも聞こえなかった。だが、それでもほっとしていた。
「できれば、こんな醜くなる前にお願いします」
「はっ、そんなこと言われるとやりにくいな」
俺の言葉に答えた南雲さんはちょっと寂しそうだった。
「でも、こうならないように気を付けます」
「そうしろ」
南雲さんはしばらく穂積たちの生首四つを見たままで、頭を振るとこちらを見た。
「まあいい。とにかく池袋はお前たちにはまだ早い。他にもややこしいのが何人かいる。さすがに全部殺して回るわけにもいかん。それに、その女2人はちょっとまずい。どっちも顔が良すぎる。まさかとは思うが、おまえの妹も美人じゃないよな?」
「あ、うん。美鈴ぐらいに可愛いです」
「……お前も難儀な奴だな。女、これやるからつけとけ」
南雲さんが黒い空間を広げて、指輪を三つ取り出した。そして俺と美鈴とエヴィーにひとつずつ投げて渡した。
「これは?」
「自分の姿を好きに変えられるアイテムだ。根本的な肉付きから変えてしまうから見破られることはまずない。中レベルになるまで探索者の前ではそれで顔を変えとけ。レベル200を超えてくると余計なことする奴らもいなくなる。それまでの我慢だ」
「南雲さん、これ前にくれた首飾りより遥かにいいものじゃないんですか?」
南雲さんの口ぶりだと、相手が鑑定持ちの人間でも誤魔化せるような言い方である。そうなってくるとその価値は、アリストどころではなくなってしまう。
「そうだ。さすがにそれはちょっとお高い。だからレベル200になったら返せ。そうじゃないとお前また金払うとかグダグダ言うだろ?」
「……何から何まで本当にありがとうございます」
俺は頭を下げた。
そもそも自分が浅はかだったから、南雲さんに人殺しまでしてもらうことになった。
俺は探索者をなめてるつもりはなかった。しかし穂積たちを実際に見て、その悪意の深さをなめてたのだとよくわかった。そしてこれは受け取っとかなきゃいけないのだと思った。
「いいんだよ。まあただの気まぐれだ。また何か困ったら言え。それと何かあれば『南雲の友達』だと言ったら大抵はどうにかなる。でも俺は結構恨まれてもいるからな。逆に狙われる時もある。だからよっぽどやばい時以外は迂闊にあちこちで言うんじゃねえぞ」
「わかってます。と言うか俺が南雲さんの友達なんて言っていいんですか?」
「かまわん。俺は面倒見のいい男なんだよ」
「……すみません」
俺はふかぶかと頭を下げた。
「かしこまるんじゃねえよ。それより甲府に送ってやる。転移させるからあんまり動くなよ」
「あの! なんで俺にこんなに良くしてくれるんですか!?」
「ふん、頑張れよ」
【転移強制】
南雲さんが呟くと視界がぼやけた。
もっとちゃんとお礼を言いたい気がしたが、何も頭に浮かんでこなかった。そして気づいたら違う場所にいた。目の前の光景はサバンナだが、生首が四つなかったし、南雲さんもいなかった。





