第二百四十八話 Side伊万里 エンデストーリー
美鈴とエヴィーは一緒にガチャを回したけど、私は自分だけでガチャを回した。どうしてかといえば今回でストーン級の装備が全て揃うと思ったからだ。祐太の例を見る限り、そうすれば私の専用装備エンデのストーリーが開放される。
専用装備が揃った上で、ブロンズエリアにいること。それがストーン級専用装備のストーリー開放条件なのだと思う。だから私は大八洲国にやってきた当初のような、危険な状況にならないように、誰も襲ってくる心配のない場所。
ガチャ屋敷でエンデのストーリーを開放したかった。
そして、それは、私1人だけの状況が良かった。
「——やっぱり揃った……」
それは祐太が死神コシチェイに殺されかける前の話。美鈴とエヴィーがガチャ屋敷の前で、待ってくれている。畳張りの部屋に1畳分だけの板間。そこにブロンズガチャが設置されていて、私はそれを回した。
その結果、予想通り私はエンデの専用装備を全て揃えた。祐太からかなり遅れたけど、ついにストーン級の専用装備が揃ったのだ。私はそれを装備する前にガチャを全て回した。その結果また二つブロンズ級の装備が現れた。
【清明の胴着】
【清明のロングスカート】
である。エンデとは全く違う装備で、西洋装備とは対照的な和風装備である。ロングスカートも袴っぽくて、胴着も巫女的なイメージが強い。祐太がよくしていたゲームに出てくる和装の女キャラ。そんな感じだ。
色も金ピカではなく紫で大人っぽいシックな雰囲気。エンデは役立ってくれたし、本当に助けてくれたけど、正直見た目が派手すぎて嫌だった。それに比べて清明の装備は私の心にグッときた。
かなりいい。今すぐ祐太や美鈴たちに見せて自慢したい。
【清明の剣】
【霊光玉】
これも合わせてブロンズ装備が4つ揃った。それでも私は迷ったけど、ともかく好みの服を装備するのは後にして、今までお世話になったエンデを全て身にまとった。自分の運命の暗示のようにも思えて、エンデのストーリーが気になったのだ。
金色のピカピカした装備。目立つことこの上ない。まるで私が目立って、探しやすいようにでもされてるようだ。お世話になったけど良いイメージの持てなかった装備。おそらく私と同じ勇者の称号を持っているであろうエンデの物語。
「祐太の話じゃストーリーが見えるって話だけど……」
つぶやいたと同時のことだった。
【条件が達成されました。エンデのストーリーが開放されます】
いつも聞いているダンジョンの声が頭の中に直接聞こえた。一番平等だという機械神ルルティエラ。最も平等なルルティエラ、それが私に語りかけてる。
【見たいですか?
見たくないですか?】
祐太から聞かされていた突然の選択。ここで見たくないを選んで、二度と見れなくなるのが怖くて、祐太はあの状況でも見たいを選んだという。だからストーリー開放条件が揃う場所を安全なところにしたんだ。
私は祐太から聞いていたこともあり落ち着いて、
「見たいです」
そう答えた。
【了。エンデストーリー開放】
勇者としての私にとって大事なこと。きっとそれが見れる。そしてそれは私が一人で乗り越えられるようになっていかなきゃいけないこと。みんなに頼りたい気持ちはある。それでも永遠に守られているのは嫌なんだ。
私の意識が遠のいていく。頭の中に流れてくる映像の方に意識がどんどんと奪われていく。そうなると理解していたから私はガチャ屋敷の畳の間で仰向けに寝転がった。そして自ら目を閉じ何が見えるのかと待つ。
『初めましてイマリ。こうして話すのは初めてだね』
私と同じ年頃に見える。そして何よりも祐太と同じ年頃に見える少年がいた。もうきっと魂だけの存在。エンデは名前的に男か女か分からなかったが男の子のようだ。
『君が生きてここまで到達し、僕を見ることができたことに感心しているよ』
つまり私は男の魂を体にまとって戦っていたのだ。スラッと背が高くて、金色の髪をしていた。それはどこかエンデの装備を思わせる色だった。青い瞳。均整の取れた見惚れるほどの筋肉。
100人いれば100人がイケメンだと答えそうなほどの甘いマスクの少年……。
『いや僕だけじゃない。これまでのあらゆる勇者が殺されたんだ。ルルティエラに理由も知らされないまま理不尽に殺されたんだ。まあそれを僕は知らないのだけどね。君と共に歩んで初めてルルティエラという名前を知ったよ』
『あなたがエンデなの?』
予想を超える美少年であったことが、私を不快にさせた。正直祐太以外の男がイケメンだろうがなんだろうが、私にとってはどうでもいい。私にとっては祐太以外の男が私のそばにいて、それを身にまとっていたことが不快だ。
『君には好きな男がいる。だから僕が男であることは嫌だろうね。でもせめてもの慰めだけど魂だけの僕が君に何かをできるわけじゃない。ただ僕は君を守りたかっただけだ』
『わかってる。だからすぐにこの気持ちも治まる。ただ祐太にはあなたが男だったとは言わない』
『くく、これでも僕はびっくりするほどモテたんだけどね』
『そんなもの関係ないって私を見てきたなら知ってるでしょ』
『確かに。でも脱ぎたいだなんて言わないでくれよ。さすがにショックで死んでしまう。もう死んでるけどね』
『私には力がいる。だからそんなこと言わない』
『了解だ。では聞いてくれ、僕の話を……無念に終わり何もできなかった僕の話を……』
僕は昔から何をやってもうまくできる人間だった。
結構大きな街の生まれでね。
見ての通りのこの顔だ。
女の子にもよくモテたものさ。
それでも僕の心は1人の女の子に向いてた。
君の好きな男と違ってよそ見なんてしなかった。
《余計なこと言わなくていい》
ふふ、ごめんね。
久しぶりに人と喋れて嬉しくて仕方ないんだ。
僕の好きな女の子は僕のことが好きだった。
いわゆる両思いだったんだよ。
君とよく一緒にいる美鈴って子とどこか似てたな。
明るくて無邪気でそして君よりは愛想が良かった。
その女が歩く姿が見えた。確かに美鈴とどこか似てる。そしてその女がいる場所は、日本ではなかった。かと言って外国のどの国でもない。魔法を使う騎士の学校。少女は、そして美少年エンデも剣と魔法を教える学校に通っていたようだ。
エンデの幼馴染。名前はオリビアだった。仲睦まじく二人でパーティーを組んでいた。幼少期からずっと一緒に育ってきた2人。他の女が入る隙間などどこにもない。それぐらい2人は仲が良かった。
それでも魔法騎士学校では授業の一環として、四人一組でパーティーを組んで授業を受けることが義務付けられていたのだ。パーティーメンバーは自ずと実力が同じものがなる。
魔法騎士学校で1位と4位、それが僕とオリビア。
2位と3位のカリンとテオを入れての4人パーティー。
僕たちは優秀で、どんどんと魔法騎士学校で頭角を現した。
3年制の学校だったんだけどね。
1年にして3年の第1パーティーを破ることができた。
そして僕たちは止まらなかった。
卒業する前からエンデパーティーは超有名だ。
王国からの騎士団への誘いを蹴って、冒険者ギルドに所属した。
そして、ダンジョンやモンスターに挑み、次々と困難にも打ち勝った。
全てがうまくいっていた。
僕たちに敵はいなかった。
でも、この世は全てがうまくいくなんてことないのかもしれない。
君たちの苦労を見ているとつくづくそう思うよ。
エンデは新しく入ってきた仲間とともに冒険者ギルドに所属し、様々な冒険をしている。それはまた私たちが見てきたダンジョンとは違う光景だった。世界そのものに実際にモンスターがいて、最初から魔法があり、全く発展していない科学。
祐太がよく見ていたアニメの世界のようだった。
《カリンと仲良くならなかったの?》
カリンは黒髪の女の子で、正直オリビアよりも可愛かった。オリビアは愛嬌のある顔だが、美人という感じではなく、それに比べてカリンは明らかに美しかった。テオは筋骨隆々の男で、カリンが好きで、何度も告白しては玉砕した。
その理由は明らかだった。カリンはエンデが好きで、それでもオリビアと恋人関係にあることで遠慮してそばにいるだけで我慢しているように見えた。だからって他の男を好きになることもできず、エンデを思い続けている。
テオはいいやつだったけど諦めが悪くてね。
カリンはあんまりにもしつこいからそのうちテオの気持ちに応えたんだ。
同じパーティーに2つのカップルができた。
僕はてっきりこれでうまくいくと思った。
何よりもテオの思いが報われたことを喜んだ。
エンデの世界は一夫一婦制だった。貴族ともなれば一夫多妻もよくあるようだったが、一般市民であったエンデ達には常識はずれのことだ。だから私たちのように1人の男をたくさんの女で共有する。そんな考えもなかった。
《こんなのうまくいくわけがない》
君はわかるんだね。
《決まってる。あなたはカリンたちと離れるべきだった》
その通りだよ。
僕は失敗したんだ。
いやそれが失敗だったのかもこの時の僕には分かってなかった。
カリンはテオの強引さに負けただけなのだ。それでもパーティーを解散していればまだ良かったかもしれない。でも好きなエンデがそばに居続けて、違う女と仲良くし続ける。私なら耐えられなくなる自信がある。
《だから、祐太は最初に私を選ぶと宣言してくれたし、私が嫌なら美鈴と別れると言ってくれた。だから私は気持ちが落ち着いたんだと思う》
彼だって最近は結構……いや、やめよう。
そんな議論は無意味だね。
僕はパーティー内に不和が生まれていることを知っていながら何もしなかった。
正直に全て報告して、その都度謝ってちゃんと対処した彼とはやはり違う。
何よりも彼はそれが許される立場を手に入れつつある。
《褒めてもあなたを好きにはならないわよ》
残念。
僕はレベル100を超えた時にね。
君と同じく勇者の称号がついた。
僕の世界で勇者の称号がつくのは、初めてのことだった。
だから誰もそれが悪いことだと思ってなかったんだ。
僕は国の王様からも大変喜ばれてね。
王女の夫にと言われたほどさ。
オリビアがいるのに王女の夫となる。それはかなりいびつなことだろう。でも国民は喜び、そのロイヤルウェディングは盛大に行われ、エンデは逃げることができなかった。
断る権利なんてなかった。
これがまた驚くほど可愛い女の子でね。
それに性格も悪い子じゃなくてオリビアが妾になることを許してくれた。
貴族以上の世界じゃ一夫多妻が当たり前だったしね。
でも僕は意地でも断って、オリビアと共に他国に逃げるべきだったのかもしれない。
今から考えるとここから歯車が狂っていった気がする。
《自業自得じゃないの?》
否定できないところが辛いな。
カリンは我慢できなくなったんだ。
僕とは絶対結ばれないと思ったからテオで我慢した。
それなら自分も僕と結ばれたいと言い出した。
当然僕は応えられないと首を振った。
その頃からパーティー内の空気が一気に悪くなった。王女もパーティーの中に入り、3人で寝泊まりするようになり、カリンは好きでもないテオと寝泊まりする。徐々に歪みは大きくなっていき、とあるクエストで崩壊した。
僕の世界では、絶対神セラスから出される【神聖クエスト】というものがある。
なんと"テオ"にそのクエストが出た。
それは【エンデを殺せ】というものだった。
幸いなのか、従ってれば良かったのか、当時のレッドという僕の国の王はこれに反発してくれた。
勇者を殺すなど間違っているとね。
《勇者殺しの理由は示されなかったの?》
何も教えられなかった。
ただ僕を殺せという。
だからこそ王様はこれに反対してくれた。
その瞬間から国王派と貴族派に分かれて戦争が起こった。
セラスからのクエストは神の啓示。
たった一人の人間のためにそれを破ることは許されない。
貴族派の言い分はそうだった。
この頃のエンデのパーティーは、もうぐちゃぐちゃになっていた。ずっと仲良くしていたオリビアが、妾にされた自分の境遇が不満だったようだ。"テオ"と共に貴族派に渡り、エンデに当てつけるようにテオと再婚してしまった。
王女はカリンとエンデのもとに残った。それでもセラスの威光は絶大で、貴族派の方がはるかに巨大勢力であり、エンデたちは最終的に戦争に負け断頭台にかけられた。エンデとカリンは横に並べられて首を落とされた。
僕が死んだ後、王や王女、テオとオリビアがどうなったのかは知らない。
ただあいつは言ってたんだ。
『お前の全てを俺が奪う! レッドの大貴族に俺がなる! そしてお前が最も大好きなオリビアも王女も俺のものだ!』
それだけを教えてくれた。
僕はその後何が起きたのかを知りたいんだ。
どうして僕は死んだのかを。
イマリ。
君にとってこれはとても迷惑な望みかもしれない。
そしておそらく君は愛するあの男と同じ世界になってしまうだろう。
君もわかっているだろう。
《レッド。祐太が向かうシルバーエリアの国と同じ名前……》
そうさ。
僕のいた世界は君の最愛の人が向かう世界だ。
君は別々の道を選ぶと言っていた。
でもそれはやめておくんだ。
彼の元に帰って一緒に入るんだ。
彼ならきっと僕のような道を辿らない。
君は何とか1人で生きる力を手に入れたいと思ってる。
それはもう少し後にするんだ。
同じ世界で別々になれば何か嫌なことが起きる気がする。
《でも!》
でもはなしだ。
イマリ、どうか僕と同じ運命を辿らないでくれ。
本当に心から願う。
彼とともにどうか幸せになってくれ。
そのためなら僕はあらゆる協力を惜しまない。
この魂、たとえ滅びようとも君が幸せになってくれることを願う。
エンデから送られてくる映像は途切れた。ピカピカと派手に光っていた装備は1つにまとまり、真ん中に黄金に光る宝石を称えた金のネックレスになり私の首に残った。
あの日からどうするべきか悩み続けていた。ダンジョンはおそらく意地でも私を祐太と同じ世界にする。それは多分エンデにやったのと同じことをしようとして、やってくる。
私は祐太に殺される?
私は祐太に殺されるなら別にいい。でも、永遠に残る心の傷にはなりたくない。だから祐太を頼り離れないようにして、ずっとそばにいる。そんなことを本当にするのか……。祐太はこれから迦具夜を神の座につけなければいけない。
そんな戦いの中でも、迦具夜と魂を融合させることで祐太はできることがある。でも私はお荷物になり続ける。レベル900台の争いなどついて行けるわけがない。そんな状態で迦具夜から何らかの報酬ももらえるとも思えない。
つまりシルバーエリアに先に入っているみんなとも強さの差が開くし、祐太とも開いてしまうことになる。
「完全なお荷物になる道なんて選べるわけない……」
私はどうやら1人になるしかないらしい。当初の計画では、美鈴やエヴィーや榊さんと同じ場所に行き、4人でシルバーエリアということも考えていた。でも榊さんや美鈴たちを巻き込むわけにはいかない。
私は祐太になら殺されてもいい。でもどうにかして、幸せを掴み取りたかった。だから諦めないと決めて、池袋の3番目のゲート。シルバーエリアへと入った。瞬間、奇妙な違和感を感じた。いつもゲートをくぐる感覚とは違う。
ゲートをくぐったすぐ後にまた別の場所に入ったような。そうだ。なんだかシルバーエリアに入った後にもう一度ゲートをくぐった。ダンジョンの階段に入った時や、ゲートをくぐった時に感じる五感が歪む違和感が2度起きた。
どうして?
私は再び出会う。
あの存在と。
かつてピラミッドの最奥で見た存在……。
それがシルバーエリアに入ったと同時に目の前にいた。
その後ろに広がる荒涼とした大地。
命の息吹のないその場所に"それ"は微笑んでいた。
「やあこんにちは」
「……」
一瞬言葉を失った。
「返事がもらえないのは寂しいな。久しぶりだね。私のことは覚えているかい?」
そいつはいた。
忘れることのない姿。
どこか死神コシチェイとも似ている。
今は白い聖衣を纏い、そうすると落ちくぼんだ瞳がどこか澄み切ったものに見える。
あの時のこいつはとても不気味に見えたのに……。
「わ……忘れるわけないでしょ」
「それは朗報だ。【死を約束されし者】と再び会えるとは、私にとってなんたる幸せ。そして世界にとっての幸福。ああ、なのに、とても残念なことに、残酷な死が君に訪れようとしている。それを知らせる悲しみよ」
「回避する方法はある?」
何か知っているのかと思い期待してしまった。
「残念。私はそれよりももっと残酷なことが言いたい。東堂伊万里、私はこの世界ではこう名乗っている。【天からの使徒ローレライ】と」
その名前は聞き覚えがあった。祐太の向かう世界のルビー級だ。
「天からの使徒たる私が君にクエストを出す」
「クエスト?」
「ああ、そうだよ。君にお願いがあるんだ。どうか、どうか【六条祐太を殺してほしい】」
何を言ってるのこいつ?
殺すぞ?
「そんなクエスト受けるわけがない!」
「安心しなさい。私は君の味方だよ。誰よりも君の味方なんだ。だから安心して六条祐太を殺してくれればいい。ただその前にできれば君は我が主の住まいし【天壌無窮の神域】に来てくれ」
「どこか知らないけど絶対に行かない!」
「いいや、必ず君は来る。もうそうなると分かっている」
「決まってない!」
私は飛び出していた。清明の剣を抜き、まっすぐ首筋へと刃が向かっていく。そのままあっさりと"それ"の首が落ちた。
「確かに伝えた。待っている。真なる勇者。私はずっと君を待っている」
首だけの状態でしゃべり、一方的に話して、その首と胴体が消えた。私がそんなクエストを受けるわけがない。それが分かってるはずなのに、何を考えている……。
「リッチグレモン……」
何なのだろう。もしもそんな事態になったら私は自分で自分を殺す。それがルルティエラの望みなのだろうか。それともルルティエラはこれを知ってたから私を殺そうとしてる……。答えが分からなくて首を振った。
「白蓮様……」
何かわからないものに巻き込まれそうになっている。今の自分の状況を正確に理解できている気がしない。ともかく後5ヶ月ほどで白蓮様と会うことができる。祐太もさすがにそこまで早くシルバーエリアには来ないはず。
なんとか白蓮様に会って、どうすればいいのか道を教えてもらいたかった。もう誰にもすがらずに生きていけるぐらいの力を手に入れると決めたのに、私はその見たこともない神様に早く会いたいと思った。





