第二百四十七話 Sideアメリカ大統領
「死者行方不明者100万人を超える見通しだと……」
私はめまいを覚えた。争ったのはたったの4人の人間である。しかも一度ぶつかり合っただけである。それなのにダンジョン崩壊した時のような被害が出てる。いくつもの建物が倒壊し、カジノ街は瓦礫の山とかした。
「ですが我々の勝利です。龍神は死にました」
「死んだのではない。奴はすぐに生き返るではないか! ピンピンしてインドの大地を焼き払っているぞ!」
「勝利は勝利です。ともかく今は国民が祝っております。弓神と瞬神は、我らの英雄です」
大統領首席補佐官を務める女だった。髪を一つにまとめ上げ、モデルなのかというほど背が高く容姿の整った女。レベル200の補佐官。生粋のアメリカ人でこの国の現状を見て、探索者をやめて、補佐官に名乗り出てくれた人物だ。
「馬鹿な……なぜ喜ぶ。弓神も瞬神もアメリカ人ではないのだぞ」
「ほとんどの人間はそのことをもう忘れてしまいました。今ではアメリカ人ということで受け入れられた2人の英傑が、アメリカの守護者だと受け入れています」
「侵略者を英傑扱いか……」
「このような時代です。すがらねばやってられないのでしょう。この国には常にヒーローが必要なのです。今まではそれが軍隊だった。それが今は探索者となった。ならば探索者の極みである彼らが好かれるのは当然でしょう」
たったの数年。まだそれだけしか経過していない。それなのにずいぶんと時間が経ったような気がする。あの栄光の時代を生きていたはずなのに、私ですらそんな日があったのかと思える。それほどに全てが変わってしまった。
「この国はどんどん悪くなっていく」
「まだ持ちこたえている方でしょう。完全にダンジョン崩壊をしたのにギリギリ経済が保たれている。それだけでも奇跡なのですから」
「それがいつまで続くことか。だいたい、あの二人は別の場所で戦ってほしいという我々の要請を聞かなかった」
「相手は龍神。そんな余裕はなかった。そう言われては言い返せません」
補佐官は探索者だった。もともとホワイトハウス事務局職員であったが、ダンジョン開放とともに、ホワイトハウスを辞職。探索者としてメキメキと頭角を表し、私の窮状を聞いて探索者を一旦中断、首席補佐官になってくれたのだ。
探索者だっただけに弓神や瞬神の考え方も理解できる。それだけに今の現実とは相性が良かった。とはいえ私から見れば化け物と思えるレベル200も、あの2人からすれば可愛いもの。強くものを言えるわけでもなかった。
「いつでもこちらを呑み込めるのに呑み込もうとしない。いっそ殺してくれれば楽だと叫びたくなる時がある」
「中国の麒麟にしろ、こちらの2人にしろ、何を思って我々を生き存えさせるのでしょうね。旧体制など邪魔だと思わないのでしょうか?」
「化け物の考えなど到底理解できんよ。私は未だに思う。やはりニューヨーク割譲などという馬鹿げたものにサインするべきではなかったと」
「いえ、あれは英断でした。サインしなければもっとひどいことになっていました。そもそも大統領が決めたことでもニューヨーク州を割譲など本来不可能。それでもできてしまった。もはや決まりが決まりではない。まだ他の州に離反者が出なかったことが幸いです」
「この時代に単独の州で生きていこうなどと思うバカがいるか」
「固まっていても不安なのですから」
「探索者だった立場としてはどう思う? 今回の英傑たちの動きは明らかにおかしくないか?」
今まで英傑たちは被害が出ないように戦っていたように思う。それが今回の龍神の侵攻は明らかに被害が出るように戦っていた。怒り狂った龍の神に国土を焼き払われ、それに対抗した3人の英傑の存在で被害は余計に拡大した。
「何かが彼らを急がせているのだという話は聞きます」
「何がそれほど急がせるのだ?」
「私のレベルではこれ以上は分かりません」
「ともかくこれほどいいようにされて、それでも文句が言えないのなら、事実上もうこの国はあの2人に支配されているようなものだ」
たった2人の人間に超大国たるアメリカが支配される。5年前ならバカかと思った。でも今となってはバカではない。探索者に降伏した。実際にそうなっている国が山ほどある。そうでない国は探索者が見逃しているだけだ。
ダンジョンのある世の中において一番成功したと言われる日本。あの国も実際は4英傑の言いなりで彼らがその気になれば、いつでも君主制の国に変化してしまうだろう。
それでも、かの国のことを羨ましいと思うのは12英傑でもっとも良識人の【万年樹の木森】がいる。この状況でも各国へのポーション供給を止めない優しき神。木森がいなければ、世界の人口はもっと少なくなっていた。
日本でも木森のおかげで、最も攻防が激しかったと言われる沖縄での被害はほとんどなかったそうだ。あちらの英傑は日本のことを考えてくれるのに、この国の二人はアメリカのことを本当に考えているのかと思える行動を取る。
「ゲント中将はなんと?」
「人命救助に勤めてくださっていますが、レベルの差はいかんともしがたく『嵐が過ぎ去るのを待つのみ』とのことです」
「……我が国には誰かもっと良い探索者はいないのか?」
ダンジョン開放してからの探索者の状況も良くなかった。ピストル社会だったこともあり、大量に持ち込まれたダンジョン内のピストルが、ただでさえ恐ろしいと言われるゴブリンを余計恐ろしくした。
おかげでダンジョン開放後まで出遅れてしまった。
「1つだけ朗報はあります」
「何だ?」
「日本のダンジョンに入っている探索者の一人に、生粋のアメリカ人がいます」
「日本に……出稼ぎ組か。贅沢は言ってられないな。レベルは?」
アメリカの中のダンジョンが危険すぎて、アメリカのダンジョンが開放後も、海外のダンジョンに入るアメリカ人が後を絶たない。アメリカではそういう者たちを出稼ぎ組と呼んでいた。
「200を超えたところという噂です」
「全然ダメではないか」
「9ヶ月です。そのものがレベル200を超えた期間です」
一瞬補佐官が何を言ったのかわからなくて考えた。9ヶ月。レベル200に9ヶ月でなった? 頭が理解してくるほどに私の目が輝いた。
「……本当に9ヶ月か?」
「はい」
「素晴らしい!」
将来性がかなりある。かつての英傑たちの最初の頃と比べてもまだレベルアップが早い。レベルアップが早いということだけが重要でもないだろうが、少なくともかなりダンジョンから好かれていることになる。
何しろクエストなどの観点から、どれだけ優秀でも、ダンジョンに好かれていないと早くレベルアップすることはできないという話だ。それは実際の社会と似ている。実力主義のアメリカですら、上から完全に嫌われて成功などできない。
ダンジョンにはどうも人格があるようで、それから好かれることが大事だと言われていた。好かれた上に優秀でなければならないらしいが、その条件も満たされているように思えた。
「しかし日本ではな……」
何を考えているのかロロン達は日本側につかず、敵対した。それがなければそもそもこんな戦争起きずに済んだというのに。
「そもそもなぜ敵対するのか。仲がいいと思っていたのだが……。そのアメリカ人は、日本から呼び戻せないのか?」
「かなり難しいです。噂のユウタ・ロクジョウのパーティーメンバーとのことですから、どうにもならない。雷神と組んだとはいえ、死神を退けたのですよ。そのような探索者とは離れたくはないでしょう」
「あれは眉唾話ではないのか?」
「いえ、どうも本当のようです。ゲント中将が言っておりました。日本で何か爆発的なレベルアップをしたものがいると。一時的なものだったようですが、どうもそれがロクジョウで間違いないようです。結果雷神と組んで死神を退けた」
「むう。今すぐでも戻ってきてもらいたいが、ロクジョウパーティーからも抜けない方がいいのだろうな」
私も探索者をしていたことがある。その過程で優秀な探索者というものは、周囲を押し上げてくれる。ロクジョウがパーティーリーダーということなら、抜けるのは得策ではない。
アメリカにも待望の本当のアメリカ人である英傑が生まれる。その可能性を潰すのは良くない。
「そのことについて提案が来ております」
「誰からだ?」
「弓神です」
「何と言ってる?」
「彼女をこちらにくれないかと。どんな方法でもいいから、こちらに戻して欲しいそうです。そうすればアメリカ側に本当についてやってもいいと」
「何を考えてそう言ってきてるんだ?」
「分かりかねます。ゲント中将もどうしてロロンがそんなことを言ってきてるのかわからないようです」
「……」
いいように弄ばれている。その探索者を差し出せばアメリカ側になるというのか? そんな言葉を信じていいのか? 反故にしようと思えば向こうはいくらでもできる。こちらの軍隊を向こうは簡単に叩き潰せるのだから。
「化け物どもめ」
「どうなさいますか?」
「ともかくロクジョウパーティーのその人物と接触してみるのは悪い話ではない」
国のトップもレベルの高いものにすべきではないか? そんな議論がアメリカでも起こり始めている。正直私もそう思う。大きいものだと数㎞にも及ぶ英傑という存在。こんなモンスターどもの相手とても私には無理だ。
変わってくれるアメリカ人の優秀な探索者がいるなら、いくらでも、喜んでこんな権力差し出してやる。
「吐き気がしそうだ。いっそ探索者側からトップに立つと言ってくれないか。ゲント中将をトップに据えるのはどうだ?」
「おそらく断られるかと。それに彼にはもっとレベルを上げてもらわねば困ります」
「……それもそうだな」
ルビー級とはいえ、レベル900台に届いてない。ゲント中将がせめてそこに到達してくれれば、こちらの防備にかなり役立ってくれる。
「ともかくその優秀な探索者は何という名前だね?」
「エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイク」
「有名人の話を聞いているわけではない!」
正直腹が立った。私とてエヴィーぐらいの名前は知ってる。奇跡の15歳。モデル関係の人間が積極的にダンジョンに入っているという話も聞いたことがある。だが、それでも探索者にとってはお遊び程度だ。
彼女は確かにキュートで美しいが、お遊びの探索者では、さすがにこの国は任せられない。
「それです。その有名人です」
「だから有名人の話をしているわけではないと言ってるだろう!」
「いえ、そのエヴィーがロクジョウパーティーの一員なのです」
「彼女は15歳ぐらいではないのか?」
「ロクジョウも15歳です。同じくアメリカで活動していたモデルのメイ・キリヤマで繋がったようです」
「嫌になるな。そんな子供にまで頼るのか」
「優秀な探索者は15歳でもアインシュタインの頭脳を超えます」
「確かにそうだったな。しかし、ロロンはこの国に子供を差し出せと言うのか」
「そのようです」
しばらく考えた。
差し出すなど論外だ。せっかくアメリカ人から英傑が生まれるかもしれないのだ。むしろ何としてもあの2人とは接触させたくない。しかしあの二人がこの国の上で戦い続ければ、エヴィーが英傑になる前にこの国が滅びかねない。
「ともかく接触して、話を聞いてみるべきだろう。アメリカに忠誠を誓う探索者。その中でもっとも優秀なレベル200を呼べ」
「その基準で言うなら私ということになります」
補佐官がそんなことを言ってきた。確かに彼女もまたたく間にレベル200に到達した才女と言われていた。アメリカへの忠誠心も強い。そう考えると確かに適任だ。
「……君にいてもらわねば私が困るのだが?」
「大統領。今がどういう時か分かっておいででしょう」
「ううむ」
確かにそうだ。そして任務的にも信用できなければ困る。
「退職されると困るのだが……ダンジョンの特性上。政府機関に所属してダンジョンに入るということはできないだろう?」
「では大統領。今から他のものを探しますか?」
「そんなことは言っておらんが、私だけでどうやって探索者の相手をしろというのだ。そもそも補佐官をやめただけで簡単にダンジョンに入れるようになるのか?」
「おそらく大丈夫です。この件に関しては、アメリカ大統領からの個人的なお願いということでこなしてきましょう。大丈夫です。代わりのものは紹介していきます」
「それならまあ……身元は大丈夫だね?」
「少なくともアメリカ人です」
「エヴィーをあの二人に渡す気はない。それも理解してくれてるね?」
「あまり命令をされると入れなくなる可能性があるので、そこまでにしてください。ただそれは私の望みでもあります。何とかしましょう。では私はこの場で退職させていただきます」
昔ならば誰もが憧れた大統領首席補佐官という役職を探索者である彼女はあっさりと捨てた。
「受け入れよう。シルバーエリアか。私は想像するだけしかできないエリアだ。どんなものかは知らないが、幸運を祈る」
「ありがとうございます。うまく世界が合えば良いのですが……」
私にはよく理解できないことを彼女はつぶやいて、その姿が消えた。せめてアメリカという国の形が残るようにするのが私の仕事だった。それにはエヴィー、彼女の存在が鍵になるのではないか。そう思った。





