第二百三十七話 危険感知
「本当にごめん!」
美鈴が謝ってきた。呑気に男を親に紹介なんてしてる場合じゃない。そんなのは美鈴でもわかってる。それでも美鈴は親にずっと男とダンジョンに入っていることを秘密にしてきた。それが俺たちの探索があまりにも成果が出たせいでバレた。
俺もだが美鈴の名前も売れてしまい噂を聞きつけた近所のおばちゃんが、
『美鈴ちゃん。ハーレムパーティーの一員なんですって? 何でもアメリカのモデルさんともう1人綺麗な女の子を囲ってる男だとか。本当、今の時代はどうなってるのか私には理解できないわー』
そんなことを言ってきたらしい。それで初めて俺の存在を知った美鈴の父親は、美鈴と会うなり質問責めにして、急にこんなところに連れて来られて納得がいかない。そんな思いもあって、かなりご立腹の最中だそうだ。
「美鈴。ところで玲香のことは?」
「それは、お姉ちゃんに任せる。そんなの絶対にお父さん達には言えないから、私だってそこまでバカじゃないよ。というかそんなの知ったらもう終わりだから。親子の縁を切るとか言い出しかねないから」
「そ、そうだよな」
「もう嫌になる。うちの親は相変わらず昔のまま。お母さんはまだいいの。芽依お姉ちゃんともダンジョンに入ったりして、ゆっくりだけどレベル上げていってるみたい。ごちゃごちゃ言ってきたおばちゃんまで誘って結局仲間にしたんだよ。うちのお母さんが魔法使いで、おばちゃんが盾使いだって」
「タフな人だね」
「本当だよ。でも、うちのお父さんはもう本当に頭が固いの。昔のままで、まだいけると思ってるんだから。だからブラック企業なんかに入っちゃうんだよ」
「その割に美鈴も玲香も芽依さんも三姉妹とも結構変わってるよな」
「それは確かに」
「まあ大丈夫。何とか話してみるよ」
美鈴は頭の固い親にかなり腹を立てているようだが、心配してくれるだけマシである。うちの親に比べたら。そう考えるとうちの親父はダンジョンをどうするつもりなのだろう。俺に相談するのが一番いいのだが、言ってこなかった。
まあそこまで図太くはなれない。それにプライドもある。手伝いたい気持ちと、手伝いたくない気持ち。それが俺の中で争っていた。
「ふーん。ずいぶん余裕なんだ」
美鈴と少し似てる別の声がした。声のした方向を見た。女の人にしてはかなり身長の高いモデルのような女性がいた。いや、モデルのようなではなくモデルである。レベルが上がったことで余計テレビにも引っ張りだこになっている。
「美鈴のお姉さん」
「あたり。芽依でいいわよ。六条君。ちょっと話したことあるんだけど、いい?」
桐山芽依が居た。言わずと知れた美鈴のお姉さんにしてトップモデル。エヴィーと同業者。人工レベルアップ研究所の広場にいたが、視線が自然とこちらに集まってきた。
「エヴィーが惚気てたわ。今はとても幸せだとか、とにかくタフで格好いいとか、エヴィーがあんなふうになるとはちょっと信じられないけどね。エヴィーを勧めた身としては、うまくいってくれてよかったわ。というか、あの時私が入ればよかったって、ちょっと後悔してるぐらい」
「それは……はは」
「お父さんのことだけどね。私も、急にいろいろ世の中が変わっていくことに正直驚いてるぐらいなの。うちの父親なんて余計よ。引きこもって、ずっと家の中でいるから、時代が変わっていくことについて行けてないのよ。美鈴もあまり悪く思わないことね」
「うん、まあそれは理解するけど」
「それに、あの人は文句を言う以外は何もできないわ。お母さんにまでレベルアップで負けて、本人はかなり焦ってるの。思い詰めて急にダンジョンとか入ったりね」
「やめてよ怖いな」
「冗談じゃないのよ。そういうのを世間じゃ今【思い詰めダンジョン】って言うの」
「そんな言葉あるの?」
「ええ、職場や学校でレベルアップした人間が優遇されるじゃない。レベル3で大人扱いとかさ。実際、レベル3ぐらいで頭の性能だって結構変わるしね。そうするとレベルアップしてない人間は焦るわけよ。それで思い詰めてダンジョンに入ってトラウマになって家に引きこもる。ここまでがセット。あの親父どうも自分で勝手にダンジョンに入ったみたいなのよね」
「マジ? あのお父さんが?」
「なんかすっごい怪我して帰ってきた時があってさ。一部分だけど腕を噛みちぎられてたの。本人は犬に噛まれたって言ってたけどさ。ポーション慌てて飲ませて治療したけど、『ダンジョンに行った』とは絶対言わないの。まあバレバレだけど、それ以来家から余計に出ないのよ」
「うわー」
「可哀想だと思ってちょっと相手してあげて」
「う、うん。お父さん大丈夫なの?」
「さあ、正直探索者としては終わってるかもね。最初の探索でゴブリンに腕の一部を食べられたりしたらちょっとね。でも私もお父さんに構ってばかりもしてられない」
「まあそうだよね。お姉ちゃんテレビとモデルの仕事とレベルアップで大忙しだもんね」
「というか驚いたわよ。もうシルバーエリア? 美鈴、本当に中レベル探索者になったの?」
どうやら話の流れからして、ダンジョンの中にでも入っていたのか、芽依さんはダンジョンから出てきた美鈴と話すのはこれが初めてらしい。
「へへー、頑張ったんだ」
「頑張りすぎでしょ。姉はまだ4階層にいるのよ。何をどうしたらそんなに早くなるのよ」
「ゾンビがいっぱいいるよね」
「ええ、そうよ。もう勘弁してよって感じ。六条君。今日ってそんなに慌ててないの?」
「そんなに慌ててないですね」
どれぐらい時間がかかるのか分かってなかったし、米崎にもあっておこうと思っていた。もうすぐ帰ってくるはずだったので、時間は今日1日空けていた。他のお誘いは電話でたくさん来ていたが、それには乗る気がなかった。
「じゃあ私の部屋に来ない? こんな場所で話すのもあれでしょ」
人工レベルアップ研究所にある広場だった。周囲では思い思いに休憩している研究員の人たちがいる。たくさん並べられたベンチに腰掛けている研究員の人たち。俺はその中で立って喋っていた。人目があることは気になっていた。
芽依さんは人工レベルアップ研究所。その近くにあるマンションに住んでるらしい。自衛隊が警護するその場所が仮住まいだそうだ。美鈴もいるので妙なことなど起きるわけもなく、俺はついていくことにした。
だが、そこでまた声をかけてくる人がいた。
「ちょっと待って芽依。その人を部屋に連れ込むのはダメ。私が許さないわ」
もう一人桐山家の女。玲香だ。結構慌ててきたようで髪が乱れていた。
「帰ってきたのか?」
思わずいつもの口調で喋ってしまう。芽依さんの前でこれはまずい。でも玲香は俺の顔を見て嬉しそうになる。
「ええ、ついさっきよ。博士が、こっちでもやらなきゃいけないことだらけなの。忙しいったらないわ。それより芽依が祐太のところに行ったって聞いたから、嫌な予感はしたけど……。ごめんね。この子の相手は私がするから」
「玲姉、勝手に決めないでよ。二人とも部屋で話すって言ってOKしたんだから」
「ダメよ。祐太はともかく美鈴が余計なことまで喋るかもしれない。そんなことになるぐらいなら私と2人で喋りましょう。あなた私のことが気になってるんでしょ?」
そうなのか? だとすると気づかなかった。何か隠しながら喋ってるような気はしたが、クエストの時と違ってそこまで気合いを入れてないので、ほとんど気づいてなかった。
「……」
芽依さんが黙った。
「芽依。私をごまかせる?」
玲香がすっと見つめる。
「ちっ、もうちょっとだったのに……。玲姉、何がどうなってる? 玲姉の噂も聞いた。祐太君とずいぶん親しそうね」
「分かってるんでしょ。私もどのぐらい噂が広がってるのかお母さんに確認した。どうもかなり好き放題言われてるみたいじゃない。成功する人間が面白くない。うまくいったことばっかり噂が広まる。そんなわけじゃない。それを祐太には言えなくても家族には言える。お父さん達も確認が終わるまではって思ってたみたいね」
バツが悪そうに芽依さんは頭をかいた。なるほどブロンズエリアの探索者が噂の出先だとすれば、最初からいる4人だけの噂の訳がなかった。当然、他のメンバーの噂もあるのが自然だ。
「隠して探ろうとしたのは悪かったわ。でも、何なのよそれ。玲姉、美鈴の男に手を出したの?」
《いい?》
玲香がかなり高速で【意思疎通】を送ってきた。
《玲香がいいならいい》
《自分の男だって言うわよ?》
《ああ、隠さないし堂々とするよ。俺ができるせめてものことだ》
《ありがと》
「そうよ。最初はね。祐太が苦しそうな時、ちょっとだけ相手をしてあげようと思った。でも、気づいたら自分の方がはまってた。それだけ、別におかしなことじゃないでしょ。祐太はこれからきっとレベルをどんどん上げていく。それこそ本当にレベル1000を超えられるかもしれない。少なくとも現時点では12英傑よりもレベルアップが早いと言われてるわ。たくさんの女を囲うなんて普通のことよ。きっとあと数年もすれば、お父さん達も鼻高々のはずよ」
「本気で言ってる? 美鈴の男よ。妹の男に手をつけるなんて見損なったわ」
「祐太。ごめんね。そういうわけだからこのことは私が話すわ。芽依、あなたの部屋に行きましょう」
《俺はいいの?》
《大丈夫。芽依はちゃんと話せば分かってくれるから心配しないで》
「それと祐太。博士が呼んでたわよ。自分の用事を終わらせに行ってくれていいわ。後、お父さん達は言って聞かせたから大丈夫。今の時点で顔合わせなんて必要ないのよ」
「勝手に決めないでよ玲姉!」
「芽依。そもそも話す必要性すらないのよ。あなたは祐太と関係ないでしょ。首を突っ込まないで。私と美鈴で話はついてるの。あなたから文句を言われる筋合いはない。それでも姉妹だから一応話は聞いてあげようって言ってるのよ」
「どうせ煙に巻く気でしょ。そもそもどうなってるの? 玲姉が探索者にいつの間になったのよ」
「私なりに頑張ってレベル200を超えたの。一々あなたの許可がいるわけじゃあるまいし、問題ないでしょ」
「じゃあどうして黙ってたの? 美鈴も玲姉も知らない間にどんどんレベルアップしてる。私だって結構命がけで頑張ってたのよ。納得いかないわ。美鈴はともかく玲姉は……言いたくないけど、祐太君を利用したんじゃないの?」
「だったら何よ」
「何よって」
「迷惑はかけてないわ。祐太とはここで働いててその必要上、関わったの。その結果レベルが上がった。それで話は終わりよ。別にやましいことをしてるわけじゃない」
「……」
確かに芽依さんに関係のあることではない。美鈴もレベルアップしてるために世間ではもう大人扱いである。玲香は言うまでもなく大人であり、構うなと言われたらそれまでだった。
「祐太君を好きなの?」
「芽依。ここではここまでよ。部屋で話すわ。それと美鈴。祐太は忙しいのよ。バカなこと言い出さない。それぐらいちゃんと父親でも言い返しなさい」
「あう。ごめん」
《六条君》
その時急に芽依さんから【意思疎通】が入る。3階層を超えたのなら使えて当たり前だった。
「芽依。【意思疎通】しない。私のレベルはもうかなりあなたより上よ。誤魔化して彼と話そうとしても無理だから。あとね。美鈴と私は、かなり特殊な環境下でレベルアップしてるわ。こんな真似をあなたはしようとしたらダメよ。冗談抜きで死ぬから」
「分かってるわよ。今でも結構ギリギリだもの。やりたくてもそんな真似できないわ」
「それならいいけど。後でちゃんと見てあげるから、私たちの探索が終わるまではゆっくりレベルアップしなさい。いいわね?」
「……」
これが姉妹のカースト関係か。芽依さんもどうにも玲香には弱いようだ。あのまま俺と美鈴だけだったら、どんな話になったか。俺は未だに自分のしていることに罪悪感もある。だから、芽依さんにはうまく説明できなかったと思う。
「祐太君。お茶ぐらいいいよね?」
「芽依」
「彼に聞いてるの」
《祐太。行って。部屋には両親もいる。後の相手は私がするから。今の時点で両親には会わない方がいいと思うの。あなたがルビー級になればもっと話も変わってくる。それまで両親と話すのは待って欲しい》
《……分かった。玲香の言う通りにする》
【意思疎通】を送られて玲香の気持ちも伝わってきた。玲香も強がってはいるが妹の男に手を出して罪悪感がないわけではない。俺に迷惑をかけたくないと思っているのも事実のようだ。
そしてルビー級になれば話が変わるのも本当だ。シルバーに片足を突っ込んだ。それだけでもかなり周りの対応が変わったが、ルビー級はまた全然違う世界だ。もうそれこそ一つの国である。
それぐらいルビー級になると日本でも大概のことは許された。
《面倒なことになってごめんなさい》
《いや、俺も……》
悪かったといえば玲香との関係の否定になる。否定はしたくなかった。
《うまく話しておいてくれ。あとは任せるよ》
《OK》
芽依さんは多分、一番怒っているのはいつの間にか三姉妹で自分だけ置いていかれていたことだと思う。そりゃ気づけば自分以外は順調にどんどんレベルアップしていた。自分だけがまともに探索者をしている。
馬鹿馬鹿しい気分になったとしても不思議じゃなかった。そしてその元凶と思われる俺と喋りたい。だが玲香は今の時点では喋らせたくない。そう望むなら頼むことにした。
「芽依さんすみません。玲香と話してください」
「逃げるの?」
「芽依。まあ気持ちはわかるわ。とりあえず部屋で話しましょう。美鈴もいっていいわよ」
そうして芽依さんと玲香が部屋に向かっていくと美鈴が残った。
「いいのかな?」
「大丈夫だろ」
玲香の心は大体分かる。実際のところ玲香も美鈴に負けたくなかったのだ。それもあって俺に手を出した。あの時、色々と追い詰まっていた俺はそれに乗った。玲香は自分がここまでしてきたことを後悔もしている。
自分の中にある魂。それが今もやかましく声を出す時がある。玲香からすればステータスをダメにしておらず、自力でレベルアップしている芽依さんがむしろ羨ましいぐらい。
「美鈴。行こう。下手に関わるより任せておいた方がいいよ」
「それはそうだけどさ」
言いながらも俺が歩き出すと美鈴はついてきた。玲香と芽依さんのコンプレックスの原因。その1番は美鈴だ。
「2人ともなんか以前と私とのしゃべり方違うんだ」
「色々生きてたらあるんだよ」
俺なんてもうコンプレックスだらけで、スッキリ全然しない人生だ。
「ううん」
「それより。お父さんと会わなくて本当にいいの?」
「ああ、うん。玲香お姉ちゃんがああ言ってるなら大丈夫。お父さん玲香お姉ちゃんには全然頭が上がらないから。というかもうずっと無職で、お金出してもらってきたから今更頭が上がるわけないんだよね」
「そっか」
男なら頑張れよ。そんなことを言われる。でも、きっと頑張れない状況になってしまっている美鈴のお父さんを哀れに思う。男はそういう時が一番辛いのだ。
「祐太。今は本当にいいけど、探索が終わったらまたそういうことも考えようね」
「ああ、分かってる」
その頃の自分はどうなっているのだろう。正直想像がつかない。本当に12英傑になっているのだろうか。そうなっていたとしたら世界の支配者の一人ということになるのか。だとすると、どうなるんだ?
この地球で、お城でも造るのか? やはり想像がつきにくかった。戦争が終わって世界がもっと落ち着いてきて大八洲国のようになっていけば、それはどんな世界なのだろう。12英傑……。
「ところで美鈴。一つ気になってたんだが、以前【危険感知】をもうずっと切ってるって言ってたよな?」
俺は以前から気になっていたことを口にした。というのも【危険感知】という能力である。以前これを持っている人がいた。その人はそれをかなり有効に使っていた。
しかし、五郎左衆でのクエストはあまりに危険度が高すぎて美鈴は役に立たなかったという。かなり使い勝手が悪い能力だ。しかしかなり便利に使っていたあの女の人と同じところまでもうほとんど来ている。
もうそろそろ役に立たないのかと思っていたのだ。
「あ、うん。もう鳴りっぱなしになるからうるさくてさ」
「今はどうなんだ?」
「そういえばクエストが終わったのに確かめてなかった。ごめん。すぐに入れてみる」
「祐太!」
そこに大声がした。金色の髪。青い瞳。颯爽と歩いてくる姿。エヴィーだった。本当に人が向こうから寄ってきてくれるなと思う。今まではずっと一人でいることが多かった。むしろ1人になる方法を考えていた。
いじめられてるとその方が都合がいいのだ。それが今は1人でいると勝手に人が寄ってくる。そして誰も俺をいじめてこない。本当に俺は今を手放したくないな。
「美鈴の方は終わった?」
エヴィーがだんだんと駆け足になってきて走り寄ってきた。目の前で立ち止まった。俺の顔を見るなり、本当にニコニコして嬉しそうに喋り出す。
「それが玲香にストップかけられた。今はそんな時じゃないでしょって」
「そうなんだ。じゃあ私も」
「エヴィー!」
エヴィーもやめておこうとしたのだろう。しかし走ってくる女の子たちがいた。エヴィーよりも背の低い、それでも血筋だとすぐにわかる金髪。外国人の女の子二人。その後ろに大人びたエヴィーに似た白人の女性がいた。
1人はエヴィーよりも少し背が低いだけ、もう一人はかなり低かった。大人の女の人がこちらに笑顔を向けてくる。以前聞いていた話だと上の妹とはほとんど年齢は変わらず、下の妹とは少し離れているみたいだった。
「うわー凄いエヴィー! これが祐太!?」
小さな女の子が大きな声を出した。そしてそのまま抱きついてきた。俺はそれを受け止める。10歳ぐらいの女の子は口の動きと聞こえてくる言葉が違う。どうやら翻訳機をつけているようだ。
「ちょっとは落ち着きなさいよイーダ。祐太は日本人なのよ」
「いいじゃないケイス。へえー。聞いてたけどあなた本当にすごいハンサムね。こんなのテレビでも見たことない」
抱っこして欲しそうにしてくるから俺は抱き上げた。
ケイスが次女になるらしい。顔にそばかすがあって、綺麗というよりは普通という方が正解だ。メガネをしていた。3女の方はかなり可愛くて母親も綺麗だ。次女もきっとこの4人の中にいなければ楽だろうなと思ってしまう。
まあそんな俺の余計な考察はもちろん口にしない。
「こんにちは祐太。私はエイラ。エヴィーの母親よ」
「えっとこんにちは祐太です」
「娘が本当にお世話になってるわ。まさかもう本当にシルバーなんて、ちょっとアメリカじゃ考えられない。戦争って聞いてここに来たことを後悔したけど、今は来て良かったって思えるもの。あなたのおかげね」
「い、いえ」
「祐太。ストップ」
美鈴だった。
「うん?」
変なタイミングで止めてきたから戸惑う。美鈴がこちらを見ていた。かなり顔色が悪い。
「どうした?」
「あのさ。私ステータスアップした時にかなり【危険感知】のレベルもアップしてね。あのね。今使ってみてよくわかったんだけど精度が良くなった。それでね。ダメみたい。ドクロが見える。その子が死ぬって言ってる」
その子が死ぬって誰のことだ? 一瞬そう思うが美鈴はイーダと呼ばれた10歳ぐらいの女の子を血の気が失せた顔で見つめている。それでこの抱き上げてる女の子だと気づく。俺もスーッと血の気が失せてくる。
何かが起こる。きっとそうなんだ。いつもそうだった。だから、考えるよりも先に【意思疎通】を全開にしていた。
《全員、臨戦態勢!》
俺はそれを聞いた瞬間。私服でいたのを【天変の指輪】を使用して専用装備に入れ替える。美火丸の首飾り、そして焔将の専用装備を着た。ダンジョンの中で学んだ。少しでも危険だと思った瞬間に戦闘態勢を取る。
ましてや誰かが死ぬと聞いたのだ。【意思疎通】をオープンチャンネルで繋がる相手全員に送った。美鈴、エヴィーが専用装備にすぐに着替えてしまう。エヴィーは黒桜が戻ってきているようで、全ての召喚獣を出す。
「うわー、これがエヴィーの召喚獣?」
まだ子供のイーダが目をキラキラさせて召喚獣たちを見つめる。リーンは出てくると同時に【人獣合体】をしてしまいそのままラーイに騎乗する。周囲の気配を探る。何の反応もない。警戒しすぎただろうか。
だが、
「メト、間違いなくこの子か?」
その時、地面に急に大きな影がかかった。
「そうだ。この太陽のごときメトの尋ね人。そして麒麟が殺せと言ってきたのはこいつだ。しかし老公まで付き合わせるとはあの女は相変わらずよくわからんな。すまぬな。つまらぬ用事に手を煩わせることになった」
夜になったのかと間違うほど暗くなる。空を見つめた。そうすると急激に明るくなってきた。
「構わない。何かが見えているのだろう。私はただ死を狩るのみ」
そこには南雲さんではない。それでもそう思いたくなるほどの巨大で人をかたどったような大きな翼を持つ竜が浮かんでいた。何度かネットで盗み撮りしてあげては消されていた。その姿はカインと融合してると言われるバハムートの姿に相違なかった。
円卓の軍勢カインだ。
それだけではなかった。浅黒い肌をした男がいた。堀の深い目鼻立ち。口ひげを生やしターバンを巻いていた。座禅を組むように空中に座り、その頭上にとてつもない熱量を含むと思われる赤い炎が渦巻き出している。カインといることからもわかる。何よりも、なぜかこれが【炎帝アグニ】の持ち主だと確信できる。
間違いない。
でも信じたくない。
太陽神メトがいる。
最後の男はドクロの顔を持っていた。簡素な黒いマントにフードをかぶり、大きな鎌を携えている。周りは黒く淀んでいて、死霊がその後ろに無数に浮かび上がる。見ただけでも命を持っていかれそうなその男は俺を見たまま目を離さなかった。
死神コシチェイ。
どのような生物もこの死神の前では死に絶えるという。
12英傑のうちの3人。
「悪く思うな。四英傑を始末しても、代わりにお前がなられては困ると言うのだ。信じられぬがな。麒麟の【未来予知】ではお前が一番可能性が高いらしい。六条祐太。殺す気はなかったのだがな」
逃げる?
「可哀想だ。できるだけ痛くないようにしてあげよう」
無理だ。
「そうだな。少年よ。光栄に思え。この英傑たちが争い競う戦争の最初の一手となる栄誉を」
心臓が痛くなるほど動く。
「まず邪魔なものは死ね」
コシチェイが虚空に向かって鎌を一薙ぎする。そうすると急に周囲にいた俺と美鈴とエヴィー、その召喚獣、それ以外の人間が全員地面に倒れたのだ。死んだ? いや、まさかそんなわけがない。そう思った。
ただ腕の中にいたイーダから心臓の鼓動が聞こえなかった。





