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第二百三十五話 日常、出会い

 南雲さんとの時間が楽しくて、つい帰るのが遅くなってしまった。南雲さんも急いでいると言わなかったから余計だ。結局送ってもらったのは夜の12時を過ぎていた。


「怒ってるだろうな」


 クミカはなんだかんだで楽しかったのか、影の中で南雲さんや俺と話したことを何度も反芻している。俺はこれから伊万里との時間である。しばらくは意思が表に出てきそうにはなかった。


 月からでは途中で連絡することもできず、南雲さんに伊万里が待ってるとも言えなかった。言えば楽しい時間がそれで終わる。なんなら泊まり込みたい衝動も湧いた。多分泊まるかと言われたら泊まった。


 ただやはり南雲さんも今は忙しいようで途中でエルフさんから連絡が来たみたいで、帰らなきゃいけなくなってしまった。



『今ならそんな金を俺が返してもらっても意味ないのが分かるだろう?』



 マンションのお金とか、最初にもらった装備のお金とか、結局何も南雲さんは受け取らなかった。合計で7億円を超えるような奢り。でも龍炎竜美である南雲さんからしたら100円返してもらうか、もらわないか、それぐらいの話である。


 俺も向こうが返さなくていいというのに、無理に返す気にはならなかった。結局大人しく奢られておくことになったのが、心残りではある。でも無理に返して、自分だけ納得しても仕方がないと思ったのだ。


「とにかく元気そうで良かった」


 地球に向かって隕石のように落ちていく。最後の着地する瞬間だけふわっと浮かぶと、東池袋駅のすぐ近くにある自宅となった高層マンションの前に降り立った。南雲さんとは成層圏で別れた。


 そこでふっと姿が消えて転移して行ってしまった。俺も帰りを待つ伊万里がいる。高層マンションに入るとカードキーを通して、エレベーターに乗り動き出す。どんどんと階数表示が上になっていく。


 49階に到着するとエレベーターから降りて、普通なら寝てるはずだが、伊万里はこういう時絶対に待っているので急いだ。


 玄関を開ける。


「ただいま」

「祐太。おかえり!」


 別に隠してなかったから気配で、俺が帰ってきたのがわかっていたのだろう。玄関を開けたままの状態で伊万里に抱きつかれた。すぐにキスをしてくる。寂しかったと表すようにしっかりと抱きしめたままだった。


 離れそうにない。そのまま【念動力】で玄関を閉める。伊万里が腰をすり寄せてくる。このまましたい。そう言わんばかりだった。結局そのまま伊万里を玄関に寝かせる。抱きしめてキスしてそして……。


「——待ってた?」


 家に帰ればいつでも伊万里がいる。以前は義理とはいえ妹だったからそんなことはしなかったが、そういった関係も解消され、今でははっきりと恋人同士になっていた。伊万里はパンティーとロンTを再び身につけた。


 ニコニコしている。かなり待たせたので寂しかったようだが、とりあえず温もりを確かめ合えて気分が落ち着いたようだ。玄関でしばらくイチャイチャして、伊万里はまだ離れたくないのか後ろから抱きしめてきている。


 仕方がないのでおんぶしてあげて、リビングに入るとソファーに落とした。そして横に座る。カーブを描いた迫力のあるでかい窓。リモコンでカーテンが開くようになっていた。


 自動でカーテンが開き東京の街並みがあらわになる。伊万里は俺と離れるのも嫌だというように、みんなの前では見せないほどくっついて甘えてきた。


「待ってたけどいいよ。遅くなるだろうなって思ったし、なんか急に友達が増えたしね」

「美鈴たちと電話してたの?」

「ううん。祐太も前のスマホ確認したらわかるよ。びっくりするぐらい着信来てるから」

「着信?」


 マジックバッグからスマホを出すと急に着信音が何度も響き始めた。驚いて履歴を確かめるとクラスメイトや学校の教師。知らない親戚。親父。千草小母さん。市長と名乗る人。都知事と名乗る人。国会議員の誰々さん。


 身に覚えがある人や身に覚えのない100人以上の着信履歴があった。


「すごいでしょ?」


 ようやく伊万里は落ち着いたのか俺から離れた。そして立ち上がると俺の部屋着を持ってきた。それにさっさと着替える。上下ともにかなりゆったりとした服。買っておいてくれたようだ。


「ああ、これに電話してたのか?」

「面白そうなのには電話してみたよ」


 伊万里がキッチンへと歩いていく。ご飯の用意をしてくれるようだ。お腹はいっぱいだったが、食べられないなどと口にするほどバカではなかった。


「俺たちの電話番号なんて、この人達はどうやって手に入れたんだ」


 元担任からも届いていた。この人は俺のスマホの番号を元から持ってるはずなので、連絡してきたこと自体は不思議じゃなかった。


【怒りを鎮めて再就職するための手伝いをしてもらえないか。

 六条が一言口添えしてくれるだけで俺は教師として再就職できる。

 それをしてくれるだけで、妻や子供を路頭に迷わせずに済む。

 今は貯金を食いつぶしている状態だ。

 そもそも今回のことは自分なりに精一杯やっていたことで、

 教師として真面目にしていただけだ。

 それなのにクビになるのはあまりにも理不尽だ】


 そんな内容が凄まじく長い文章で送られてきていた。俺は元担任に色々思うところはあるが、確かに路頭に迷うのは可哀想だと思う。でも元担任とは話したくないので鶴見先生に電話をした。


『六条君? もう動いてくれるの?』

『いえ、ちょっと別件なんです。鶴見先生。元担任が再就職の手伝いをしてほしいと連絡をしてきたんです。その件で、聞きたいことがあるんです』

『ああ、それはこちらの不手際ね。君には迷惑ばかりをかけるわ。ごめんなさい。かなりきつく連絡しないようにと言っておいたのだけど、もっときつく言うべきだったわ』

『いや別に鶴見先生には文句は何もないんですけど、先生から見てうちの元担任って教師としてはどんな感じでした?』


 自分で判断するより、この辺は鶴見先生に聞いて判断した方がいい気がした。


『それは、まあ良くも悪くも普通の教師って感じね』

『今まで問題行動があったわけではありませんか?』


 そんな噂はなかった。でも同僚目線で見ればまた別かもしれない。それで何もなければ、一言添えるぐらいは構わないかと思っていた。


『ないわ。業務を普通にこなして、クラス内のパワーバランスによって贔屓する生徒がいたりはしたみたいだけど、それが他の教師と比べて行き過ぎてるというほどでもなかった』

『鶴見先生は俺の元担任が失職したことは行き過ぎだと思いますか?』

『そうね。正直行き過ぎだとは思う。でもそれは"以前ならば"がつくわ。今の学校は探索者に過剰に怯えるから、特にあなたぐらいになるとね。失礼な行動をとったとなれば、首になるのが当たり前と思うわ。むしろしなかったら世間からどれだけ叩かれることか』

『そうですか……』


 今の世の中ではこれが当たり前なのだ。探索者として結果を残す人間に失礼な態度をとった。それは君主制の国で君主に文句を言った。それぐらいに受け止める。外国だともっと極端な国もある。そんな噂は聞いたことがあった。


『六条君。私からちゃんと連絡をしておくから元担任は放っておきなさい。どうせ何もできないわ。今のあなたが変に関われば、せっかく処分されたことも台無しになる。今の世の中をあの人が分からなきゃ仕方ないの。あなたに簡単に連絡してきたってことは、あの男はまだ探索者に対する認識が甘いの。そういう人間は今の時代の教師にはもう向かないわ』

『就職先がないと聞いたのですが、さすがにそれは可哀想だなって思うんですよ』

『嘘よ。教師に復職したいだけよ。教師以外の仕事なら何とでもなる。教師と比べたら体力仕事になるかもしれないけど、人間何をしてでも生きていこうと思えば生きていけるわ。それこそ自分だってダンジョンに入ればいいの。こういうのは、最初にしっかり突っぱねて、変に縋らせないことが大事よ』


 よほど旦那さんで懲りたのか。鶴見先生はその辺はかなりはっきりとした考えを持っているようだ。


『分かりました。じゃあ元担任に伝えておいてください。「ダンジョンの中であなたの行動を邪魔したりはしない。それは保証します。まあ元から止めてないけど、いくらでも入っていいですよ」。と』


 これだと逆に脅してるみたいに聞こえる。でも、そんなつもりはない。この急激な変化が元担任だけではなく、他の人間にも戸惑いを生んでる。それでも時代は動いてる。それについていくしかない。


 元担任のことを俺が口添えすると、今の時代だと前よりもいいところに就職しかねない。それはそれで違う気がして、自分で勝手に頑張ってくれと思った。


『ふふ、了解』

『鶴見先生。それと明後日Dランに行きましょう』


 それから俺は先にやっておきたいことがあるので、明後日まで待ってもらうことにして段取りを相談して電話を切った。


「Dランに行くの?」


 伊万里は電話の内容が聞こえていたようで聞いてきた。


「武蔵野らしい。伊万里も一緒に行くか?」

「ううん。祐太がついてきてほしいならいくらでも行くけどね。そうじゃないでしょ?」

「それは……」

「ご飯もうすぐできるから」

「ごめん」

「いいよ」


 テレビ局からの出演依頼なんてものまである。かなりの高額オファーだった。


「この連絡してきてる人達って詐欺まがいってことはないのか?」

「私が連絡した限りでは、だいたい全部本当だったよ」

「マジか……」


 警察からの連絡もあった。やましいことはなくても警察と聞けばドキッとする。特に今回は人間を殺した数も多いので、その関係かと思うが、内容を確認すると違った。


【治安維持へのご協力願い】


 という内容のもので探索者関連の犯罪に対する取り締まり願いらしい。ジャックがやっている非公式のものではなく、公式にちゃんと罪が明らかなものに対する取り締まりらしい。


 南雲さんもこれには参加しているようなことを口にしていた。内容はかなり過激で、探索者は罪を犯しても収監する場所はどこにもないので、執行人の判断に委ねるが、できれば殺してほしいという内容らしい。


 ここにはそんなことまで書いてなかったが、南雲さんから聞いていた。めぼしい探索者に対するチェックというのは、かなりマメに行われていることで、全てのゲートは警察が監視だけはしているそうだ。


 そして噂を集めて優秀な探索者で、倫理観の高いと思われるものはリストアップされてるらしい。



『お前は五郎左衆のことで探索者の間で有名になったからな。警察機関は五郎左衆なんて名称は知らないだろうが、悪い探索者がかなりの規模で間引きされた。その情報は掴んでるはずだ。間違いなくお前には声がかかる。まあやるやらないは自由にしろ。やるなら相談してくれたらそれには答えるぞ。まあ俺もお前も忙しくて、なかなか連絡が繋がらないだろうがな』



 とのことだった。今回俺がダンジョンから出てきた間に、なんとか接触したいと警察は考えているらしい。


「レベル200以上の犯罪者は、どんなに安くても殺せば1億円以上か」


 できれば殺してほしいが、殺す以外の方法で、更生してその後罪を犯さないと探索者が保証すれば報酬が発生する。ただし、口約束なので、見逃した探索者はまた罪を犯す場合がある。その場合、担当した探索者の評価が下がるそうだ。


 でも担当した探索者に対する直接的なお咎めは何もないらしい。あくまでも、警察がお願いしたことを好意でこなしてくれている探索者にお咎めなどするはずもないそうだ。


「私これには電話して色々確かめてたんだ。警察はかなり悪いことしないと探索者を犯罪者扱いはしないんだって。そもそもダンジョンの中で何人殺そうと警察が関わらない決まりがあるらしくてさ。おまけにレベルが上がるほどに、人間を殺してもいい人数が増えるんだって」

「少なくとも1人、2人殺しただけの探索者が依頼されてくることはないか……」


 それでも罪は罪だ。ジャックが狩ってるのはそういうやつらだ。


「祐太。どうする?」

「これからほとんどダンジョンの中だしな。今は登録しても仕方ないだろ。でも余裕ができたら、やってみたいとは思うな」

「でも登録は簡単らしいよ。警察署に行って担当の人に『依頼の連絡をしていい』って言うだけだって。登録料だけで3億円くれるらしいよ」

「契約書とかはないのか?」

「うん。警察組織に所属ってなるとダンジョンに入れなくなる可能性があるから、あくまでもお願いして、登録OKしてくれたらお礼金。実際に仕事をこなしてもお礼金。報酬ではないんだって。書面上にも探索者が所属していることは残されないんだって。あくまでも担当者が覚えているだけなんだって」

「なるほど回りくどいけど、ダンジョンに入れなくならないように気をつけてくれてるわけか」


 伊万里は料理の手も動かし続け、卵綴じした具が鍋で温められ、とんかつを揚げ始めて、美味しそうな匂いがリビングまで届いてくる。味噌汁や炒め物も同時に作っていき、自分の分も用意すると俺の横に座った。


「なあ伊万里。都知事にも電話したの? 国会議員とかもあるけど」

「うん。してみたよ。だいたい全員祐太と話したいんだってさ」

「失礼のやつらだな。伊万里に用事があるんじゃないのか」

「私にも興味はあるみたいだよ。勇者で生き残ってダンジョンに入り続けてるしね。だからテレビ局とかは祐太と私とエヴィーと美鈴で出演してほしいみたい。視聴率爆上がり間違いなしだって。出演してくれたら1億払うって言ってたよ」

「1億か。なんか簡単に出てくる単位になってきたな」


 まだサクサクの衣にかぶりつく。お腹がいっぱいだったけど、やっぱり伊万里の料理は別腹だな。ほとんどのエネルギー摂取を食事に頼っていない。そんな俺は食事をただ楽しむ。食べ終えて歯を磨いてベッドの中に入る。


 伊万里が布団の下から潜り込んでくる。抱きしめてきたから抱きしめ返した。そのままお互い触れ合う。相変わらず伊万里の乳房は気持ちが良かった。


「伊万里。また別行動も多くなると思う。だから一緒に居られる時はできるだけ一緒にいような」

「うん。なかなか2人にはなれないけどね」

「本当だな。でも伊万里は嫌がるかもしれないけど女の人だけじゃなくてさ。今こうしていろんな人が自分のそばに寄ってきてくれる。それが結構嬉しかったりするんだ」

「そっか……。私も美鈴たちと仲良くすることにして、そうしたら他のジャックとかも話すようになってね。私も祐太ほどじゃないけど、学校ではそんなにうまくいってなかったから。というか私が同級生とは距離置いてたんだよね。だから今はちょっと楽しい」

「いろんなこと怒ってない?」

「最初は死ぬほど腹立ったんだけどね。祐太があんまりにも止まらないから、そんなこと言ってたら置いていかれそうでね。今はもう許しちゃったから、怒ってない。正直今でも2人で生きて行きたかったなって思う時はあるけどね。それだとやっぱり寂しかったなとも思うんだ」

「それはそうだな……」


 俺もだけど伊万里も人生が変わった。勇者として生き残る。ダンジョンは伊万里から俺を切り離そうとしているようにも見える。どこまで俺が助けられるのかもわからない。ただ、できるだけは一緒にいたいと思う。


 いつのまにか寝ていて朝になると横には伊万里がいなかった。キッチンの方から音が聞こえて、先にお風呂に入ってから、キッチンに顔を出した。朝食が用意されていた。また席に並んで座る。


「今日はどうするの?」

「嫌なことを先に終わらせるよ。親父たちの確認だけはしておく。文句言われるかもだけど、会わないわけにもいかない。千草小母さんもいるけど伊万里はどうする?」

「私はやめとく。というか後で自分で行く」

「了解。じゃあ別行動で」


 千草小母さんと会うつもりはあるようだ。伊万里は千草小母さんと会うなら2人で会いたがる。昔からそうだったから知ってる。それがどうしてかまでは聞かず、俺は支度が終わると家を出た。すぐに親父から届いていたメールを確認する。


 気分が乗らなかったので今初めて読んだ。


【今回の避難優先に感謝する。お前のおかげでこっちでの扱いは悪くない。こっちに出てきたら一度会いたいと思ってる。時間を作れたらでいいからよろしく頼む】


 そう届いていた。外の人間に五郎左衆のことを言えない以上、今回の件はあくまでも今回起きる戦争に対する避難ということになっていた。そして俺の知り合いということで、避難先では優遇されているらしい。


 この辺は米崎の処置だろう。それを俺がしてあげたという形になってる。いろいろ確認してそういうことになってると今分かった。


「なんか親父から感謝されるのは複雑だな。米崎め。余計なことを」


 駐輪場からバイクを出してくる。たまには自分で動かしてあげなきゃいけない。これだけ放置してると普通だとエンジンがかからなくなるのだが、普段は整備工場に頼んで週に1回エンジンをかけてもらっている。


 洗車のお願いも週1でしてピカピカだ。整備工場の人は、きちんと管理してくれているようでスムーズに動いた。本来のマシンパワーである時速400kmが出るようにリミッターを外したり、改造もしてもらっていた。


 マフラーや外装、リフレクターなどの保安部品は探索者の場合いらない。だから余計に速くなる。それにバイク関連にも少しずつダンジョン技術が入ってきているそうで、時速400km継続して出しても、エンジンは十分もつらしい。


《じゃあ伊万里。また夜に帰る》

《うん。待ってるね》


 探索者専用のナンバープレートがあり、それをつけるとヘルメットをつける必要もなくなる。


「もしもし」


 バイクに乗ると思い出して、榊に電話していた。いい加減起きたのか気になったのだ。


『おはよう六条。電話してくれて嬉しい』

「ようやく起きたのか?」

『はは、でさ、何で私ここにいるの? え? 人工レベルアップ研究所?』


 俺以外の誰かと榊は話しているようだ。どうやらラーイに乗せられたまま人工レベルアップ研究所まで運ばれたらしい。榊の家族も避難させているので、それで問題なかったはずだ。どうやら話してる相手は家族らしい。


 話し声からして仲はそこそこか。ダンジョンに入ることはあまり賛成してくれてなかったはずだが、レベル230に上がってまたたく間に中レベル探索者になってしまった娘に対して、そんなことを言う親ももういないだろう。


「そこにいるなら俺もこれから行くからまたな。あと、ちょっとダンジョンに入って体の調整をしておいた方がいいと思うぞ。さすがにレベルが違いすぎてうまく動かせないはずだ」

『え? うん』


 まだしばらくは頭が起きそうにない。電話が切れてしまった。道路に出ると以前よりもはるかに探索者用のナンバープレートをつけている車やバイクが増えた。


 探索者用のナンバープレートをつけていると、バイクならメットをかぶらなくてもいいし、車だとシートベルトをしなくてもいい。


 スピード違反に対してもかなり寛容になり、まず警察は探索者用のナンバープレートが付いている車種を捕まえようとしない。捕まえようとして殺されるのはごめんだろう。


 そんなわけで探索者用のナンバープレートをつけているだけででかい顔ができる。なんとなく一般の車が遠慮しながら走っているようにも見えた。


 探索者でないと優先されないことが多く、普通の人間のままだと生きにくい世の中にどんどんなってる。昔アニメでDNAをいじった人間といじっていない人間が戦争をしている作品があった。


 でもこれだけ強さが違うと、戦争など両者の間では起きない。というか、もう起きて終わった感じだ。普通の人間はもう探索者に敗北している。レベルアップしていない人間は遠慮して生きるしかないようだった。


「住む場所を変えるのが確かに一番平和なのかもな」


 大八洲国でもどうしてもダンジョンに向いていない人間というのはかなりの数でいた。むしろそっちの方が多い。探索者に文句は言えないが、あそこまで完全に分けてしまうと、それはそれで探索者とは別の幸せがある。


 何をどう選ぶのかは自由で、探索者によって起きる災害は自然災害。探索者に殺されることは、人に殺されたんじゃない。災害で死んだのだ。日本がそこまで行くのはまだまだきっと時間がかかる。


 それまでに何度世界は揉めることか。そのど真ん中に俺は行きたい。そして、さっさとそんなの終わらせて大八洲国みたいにしてしまいたい。


「南雲さんはそう言ってたよな」


 昨日の話の中でそんなことも話した。車の流れに乗りながら、バイクが加速していく。【念動力】もかなり強くなり、ジグザグの挙動をバイクで自在に操ることができた。


 時速200kmでカーブに差し掛かっても直角に曲がることすらできた。車にぶつかりそうになればウイリーしてそのまま飛び越えることもできた。映画のような運転だ。普段はマッハをはるかに超えて移動するようになっているのだ。


 たかが時速200kmや400kmを出したところで、転倒する心配など何もない。そんな暴走する俺のバイクに並んでくるバイクがあった。


《勝負しよう》


【意思疎通】を入れてくる。こちらもヘルメットをしておらず、長い髪を三つ編みで腰まで伸ばしている男だった。化粧もしているようで、少し変わった雰囲気の男だ。


《いいけど、そっちの方がマシンは速そうだ》


 大八洲国で見かけたようなバイクだ。ダンジョンの技術をかなり使っているのなら、マシンパワーが違いすぎてこちらに勝ち目はない。


《400㎞以上は出さないよ。【念動力】の使用はOK。ただし地面から浮き上がるのはダメ。他はルールなし。ゴールは千葉市の中心部。これ座標ね。どうよ》

《OK。乗った。ただし巻き込んで誰かが事故にあったら責任取る》

《いい子ちゃんなこと言うな》

《うるさい。交通ルールは守るべきなんだよ》

《まあそれはそれで面白いか。いいよー。これあげる》


 走りながらマジックバッグからドラム缶に入ったガソリンを渡してくる。ガソリンスタンドでの停車はなし。ガス欠は自分で勝手に補給しろ。どこの誰かは知らないが、挑まれた以上は断れない。


 一般の車が事故らないようにだけ、気をつける。その最低限のルールは守って千葉市まで約50km。最高速にまで一気に加速していく。相手はレベルがいくつだろうか。俺よりも上だろうか。


【念動力】もかなり使いこなせているようで、正面の乗用車にぶつかりそうになると簡単にスピードも緩めないまま直角に曲がって、変態軌道でよけてしまう。あんな角度で曲がったりすれば、本来なら車体が持たない。


 しかし【念動力】で受け止めると、車体への負担は最低限になる。たったの50キロ走るだけでも、探索者としての能力が低いと、バイクを分解させかねないような動きだ。


 何よりも車をよけたバイクを、さらによけようとした車が、ガードレールに突入しそうになる。俺はそれを慌てて止めた。車体が凹んでる。


《下手くそ!》


 俺は【転移】で凹ませた車に100万円振り込んでおいた。


《うるさいよ! 最低限相手が死ななきゃいいじゃん!》

《事故らせないように気をつけてって言っただろ!》


 当然こんな速度で街中を走ったら、巻き込まれて事故りそうになる車が出てくる。特に交差点が危ない。できるだけスピードを緩めたくないし、こっちは車の隙間を走行する。でも車の運転手はそんな走行されたらたまったもんじゃない。


 バイクに当たったら相手が死ぬと思い込んでるからよけようとする。


《分かったよ!》


 おかげで事故りそうになる車が出る。それでもスピードを弱めれば負けるのは分かってる。何も賭けてないけど負けたくない。念動力でなんとかフォローしながら、事故りそうな車を空中に浮かべて着地させる。


 相手もこっちがやってることをやらずに勝っても面白くないと思ったのか、事故りそうになった車をフォローしだした。でも、そうしながら走るのはなかなか難しい。しかしこの新しいレベルになった体の訓練にはなる。


 400kmを維持する。それはとても困難だ。


 時間にして10分ほどだった。


《あそこがゴール!》


 千葉市のとある交差点をゴールだと指定してくる。先に送られてきた座標と同じ位置だ。少し負けていた。負けるのは嫌だ。こちらを振り向いてにやりと笑われた。


 かなりイラっとする。それでもどうしようもない。バイクから降りて走りそうになるが、さすがにそれはルール違反だ。俺たちはそのままゴールした。


「勝っちー!」


 最後にドリフト回転しながら停止する。どうもかなりバイク好きらしい。


「ちっ」


 本気でイライラした。負けたのは久しぶりだった。


「君の名前は?」

「六条祐太」

「おお、有名人だ。私は道明寺湊(どうみょうじみなと)。この後空いてたらデートしよう。同じシルバーでしょ」

「ナンパかよ」


 男だよな? 腰までありそうな長い髪をしていて、後ろで三つ編みにまとめていた。走ってる間中それがたなびていた。バイクに乗るのにミニスカートを履いていて、どうやら女装が好きらしい。胸は平らである。


 大八洲国だと女になることもできるらしいが、それもしてないらしい。かなり魅力値が上がった人間のようで、綺麗だ。


「また会えばな。ガソリン代払っとくよ」


 あまり成金趣味なことをしてもと思い、できるだけ安い10万円のポーションを投げた。受け取ると、


「きっとまた会うわよー。アデュー」


 そう言われた。エンジンを吹かし出す。そのまま俺も「じゃあな」と挨拶をして、なかなか楽しかったと思いながら走り出した。人工レベルアップ研究所はもうすぐそこだった。

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