第二百三十四話 南雲とクミカ
思ってもみないタイミングでルルティエラという存在を目にした。
「何を考えてあんなことをしてるんでしょう?」
ぱっと見た感じでは地球を抱きかかえて大事にしているように見える。それでも少しでも力を入れすぎたら、間違いなく地球が潰れる。いや、力を入れすぎなくてもその手で撫でられただけで、どんな災害が起きるよりもヤバい。
ただあまりにも現実感のない光景だ。地球よりも大きな女性が、地球を抱きかかえている。触れているようにも見える。だが巨人に触れられて潰れた都市があるという情報は聞いたことがない。
「【機械神ルルティエラ】が何をしてるか? それはお前が確かめるしかないな。ここに来てあれを見る。それは自由だ。あれだけ堂々としていたら見える奴らにとっては隠すも何もあったもんじゃねえ。だが、それ以上となれば自分で知るしかない。それがダンジョンだろ」
「そうでしたね……」
南雲さんは【機械神ルルティエラ】のことを話すのが【禁止事項】だとも何も言わなかった。それでもただ月に来ただけかと思ったら、この光景を見せてくれた。俺がいずれ知るべき人間になる。少しぐらいそう思ってくれたのかと思う。
「じゃあ自分で何なのか突き止めてみせます」
「そうしろ」
「それにしても大きいな」
こんなもの最初に見た人はずいぶん驚いただろうな。あの中にダンジョンの全てがあるのだろうか? いや、でも、ブロンズエリアだけでも太陽よりも広いという話だ。凄まじく大きい存在だがそれでも面積的には足りないと思う。
そもそもルルティエラは次元自体を自在に操っている存在のようだ。大きさなどというものがどこまで意味があるのかわからない。【機械神ルルティエラ】などと呼ばれる存在。
ダンジョンを存在させるためのハードがあの巨大な女性の体に集約されてるのか。近づいて確かめたい衝動にかられるが、これだけの距離が離れて全体を見ている。それでようやくぼやけて見える。
近づいたら透明で何もないようにしか見えない。地球の活動自体はこんな状態でも通常通り行われている。こんな状態で気づきもしなかった。
「祐太。次はシルバーだな」
巨大な女性を夢中で見ていたら言われた。
「はい」
「もうシルバーエリアは覗いたのか?」
「いえ、甲府だったし、池袋から入り直そうと思ってます」
「そうか。お前も池袋に来るか」
南雲さんからそう言われるとずいぶんと感慨深いものがあった。
「俺、今なら池袋でも大丈夫ですかね?」
「大丈夫だろ。さすがにあの雷女より面倒な探索者はなかなかいないぞ。それにお前一度中に入ったら、エリアからほとんど出てこないだろう。ブロンズエリアとはシステムが違う。シルバーとゴールドを合わせて100人しか入れないからな。それなら、どこから入っても安全性なんて同じだろ」
「そっか。じゃあ池袋にします」
「お前……まさか俺にダメって言われたら池袋をやめてたのか?」
「はは、どうでしょうね……」
俺は意外と南雲さんに言われたらやめてた気がする。そして浅草寺ダンジョンとかにした気がする。
「バカか。お前だってそこまで来たんだ。もう全部自分で決めればいいんだよ」
「まあそうなんですけど、自分だけだと悩むことってあるじゃないですか。仲間も多いし、みんな俺に従ってくれるから、重圧すごいんですよ。たまに俺はまだ15歳だって叫びたくなりますよ」
「お、お前結構仲間いるんか?」
「ええ、俺のところは何と言うか大所帯ですね」
「男もいるのか?」
「俺を含めて5人ですね」
「いいなあ。俺にはまあまあ気が許せるって相手が、ババアしかいないからな」
「エルフさんですよね?」
やはりババアというのは、森神様のことなのだろうか。あまりにもババアというイメージとかけ離れた美しすぎる女性だった。雷神も多分同じ人のことをババア呼ばわりしていたように思う。なぜそう呼ばれるのだろう。
「エルフさんなんて立派なもんかよ。ダンジョンに出る山姥。ババアは最初そう呼ばれてたんだぜ。何しろ元が90を超える婆さんでな。そんな婆さんでも、ダンジョンでレベルアップするとすぐに健康な体になる。それなのに健康な体をもらってからも、見た目がババアなのは変わらなくてな」
「ああ……」
恐ろしく強くて怖い。ダンジョンの中には山姥がいる。結構有名な話である。そりゃ90を過ぎたおばあさんが、ダンジョンの中でモンスターを次々とぶっ殺していけば、誰でもそう見えたかもしれない。
「それなのにレベル500になってハーフエルフに転生したんだぜ。さらにレベル1000で本物のエルフになった。最初は見た目が変わりすぎてよ。めっちゃやりにくかった。まあ俺も可愛い男の子でよ。ババアのことをお婆ちゃんって呼んでたんだ。それが綺麗なお姉さんだ。正直興奮したぜ。抱きつきたい衝動を抑えるのに苦労した。そんな気持ちをごまかすのに、俺も遅れてやってきた反抗期だ。あんまり綺麗になったババアのことを素直には呼べなかった」
「それでいまだにババアと?」
「そうだ」
「南雲さん……」
呆れた感情がはっきりと顔に浮かんだ。
「なんだよ。いいじゃねえか。名前が文子だぞ。今更文子なんて呼べるか?」
「俺なら最初から文子さんって呼んでますよ。いい加減ちゃんと呼べばいいのに」
「うるさい。向こうも文句言ってこないんだからいいんだよ」
南雲さんが子供みたいに顔をしかめる。きっとダンジョンの過渡期でいろいろありすぎたのだ。それでちょっとひねくれた大人に育ってしまったのだ。
「あの綺麗な女の人。南雲さんから『文子』って、呼ばれたら間違いなく明日自分は死ぬんだって思うでしょうね」
「くく、確かにな。今更気持ち悪いからやめろって間違いなく言ってくるぞ」
宇宙を見つめる。太陽の光が地球よりもはるかに強い。それでもおそらく特殊なガラスなのだろう。透明になったガラスから差し込んでくる光は、地球で感じるものと同じだった。ついつい上を眺めてしまう。
星々のきらめき。どこまでも真っ黒な空間に浮かんでいる。今の目だと、天体望遠鏡を使わなくてもかなりはっきりと見える。綺麗だと思う。いずれここにもたくさんの人が訪れるのだろう。
ダンジョンによってもたらされた新時代。どんな時代になるのだろう。空を見つめて少しの間黙って、そんなことを考えながらも一つ心に引っかかっていたことを口にした。
「南雲さん」
「あん?」
「紹介しておきたい人がいます」
俺の情報はかなり収集されているようだった。どれぐらいの人がどれぐらい俺の情報を持っているのかは知らない。それでも南雲さんは俺の"影"を見た。ミカエラのこと。やはりちゃんと話しておかなきゃいけない。
ミカエラは南雲さんの肉親じゃない。特別な関係もなかったようだ。死んだところで他の誰かが悲しむわけでもなかった。家族ももうおらず、友人は全て裏切った。才能のありすぎるものと才能のなさすぎるものの組み合わせ。
元々うまくいくわけのない友達関係。そんな友達のために、本来の仲良くするべき南雲さんたちトップ組と疎遠になり、自分から遠ざけた。おまけにミカエラが死んだという証はどこにも建てられていない。
俺も今クミカといるから、墓を建てる気にはならなかった。それでも確かに生きていた。
「ちょっと噂は聞いてる。ミカエラのことだろ……悪かったな。あいつは俺がちゃんと殺してやるべきだった。ずっとそう考えていた。お前が殺したと聞いた時、俺は少しほっとした。同時にババアも俺も何もしてやれなかったと後悔した」
南雲さんは俺がこれから口にすることを分かっているみたいだった。
「クミカ」
俺は出てくるように促した。当初は表に出さずにと思っていたが、やはり出ないと便利が悪いことが多く、最近はたびたび出ている。ただ影の中にいる方が好きなのは間違いないようで、今も、
「……」
呼んだのにクミカは南雲さんの前に出てこようとしない。南雲さんに対してミカエラの魂が、顔を見せたくない。そう思っているのか。魂だけなので、かなり漠然とした意識だが、南雲さんの前には出づらいようである。
「えっと、出づらいみたいです。ちょっと待ってくださいね」
《クミカ、南雲さんだぞ》
《別に話すこともありません》
《そんなこと言わずに出てこいよ》
《……》
クミカは、出てこいと言われても出てこない。それはまるで親の知り合いに紹介されることを嫌がる子供のようだった。
「お前が影の中にミカエラを飼ってる。そんな噂があるんだが本当なのか?」
南雲さんも詳細は分かっていないようで聞いてきた。
《言っていいよな? 相手南雲さんだし》
《それは構いませが……》
「はい。そうです」
「マジだったのかよ。お前よくあんな爆発女を影の中で……、というかどういうことだ? 殺したとも聞いたぞ」
「その、ミカエラ自身がクリスティーナという女性のレベルアップをするための手伝いをしてもいいと死ぬ前に了承しました。それで米崎秀樹がミカエラの魂をクリスティーナのレベルアップに役立てました。2人の相性はとても良かったようで、徐々に融合してきてるみたいなんです」
「魂が融合……俺も初めて聞く現象だな。祐太。一定基準を満たした素体を作るとな。その肉体に魂が宿るんだ。ただ、魂はあまり切ったり削ったりくっつけたり、そういうことはしない方がいいと言われてる。米崎はうまくいってる例がいくつかあるのか?」
「そうみたいです」
「うん……やっぱお前の周りも特別なやつが集まってるんだな。その米崎もかなり特殊だぞ。普通はあんまりうまくいかないらしいからな」
「大八洲国なら米崎ぐらいのこと簡単にできるのかと思ってましたけど、違うんですか?」
【明日の手紙】を使用して時間に干渉する。それと同じく米崎にも何か特別な能力があるのか。米崎はかなりのペースでダンジョン関連の技術をどんどんと取り入れて、成果を出してきている。何気に特別なことなのか。
「俺もそっち方面はそこまで詳しくないからな。そういうのはババアに聞いた方がよくわかるかもな。ただ不安定なのかどうかぐらいはわかる。ミカエラはお前の影の中で不思議なほど安定している。それは間違いなさそうだ」
「そっか。良かった」
「祐太。俺はミカエラとは同じパーティーじゃなかったよ。責任があったわけでもない。でも一番そいつが困っている時に俺はダンジョンの中から全然出てこなかった。そういう時期だったんだよ。大八洲国に入ればレベル1000を超えられるのは12人しかいないとすぐにわかる。あの頃の強いやつらはみんな急いでた。早い者勝ちだって分かってたしな」
「そりゃそうなるでしょうね」
「そうやって急いでてよ。出てきてミカエラを見た時は、もう手がつけられなかった。何もかも手遅れで、助けることもできず、そばにいるわけにも行かない。俺は引きこもってたって言っただろう。その時日本はずいぶん割を食わされてるって子供ながら信じたんだ。だから、またそうならないようにって急いだ。俺が急ぐことでそれができるっていうのも気分良かったしな」
「無理ないですよ」
「でもその時こいつは両親が炎で焼かれて死んでた。それをしてたのはあの3人だって知ったのは、結構後からだった。ミカエラはその3人に自分で決着をつけてた。それでも俺が目を離した隙に完全に潰れたって思った」
ミカエラが本気でガチっていたらどこまで行ったのだろう。単独で八洲の武官宿舎に乗り込んで、かなりの人数を殺したという女である。たとえ一人でも12英傑に届いたのかもしれない。
「正直結構後悔してた。どうにかできたのかって考える時がある。その後悔から殺してやることもできなかった。それが、お前のおかげで今は楽そうだ。昔のあいつはいつも苦しそうだった」
「最低なことではないんでしょうか」
「本人が望んだなら最低じゃねえだろ。むしろ今の状態がいいんだ。しかしまあ……」
南雲さんはまるでミカエラが見えるように影の中を見たような気がした。
「変の状態だな。力の流れがお前の心に向いている。お前の方こそ大丈夫なのか?」
「それが案外平気です」
「【意思疎通】がなんか変化してるな。そこまでがっちり【意思疎通】をつないでるやつなんて他にいないぞ。仲のいい探索者同士ってのは結構いるが、ここまで心の障壁を取っ払ってるのは……常に心を繋いでるのか?」
南雲さんは気配を消すのは苦手でも、気配を読むのは苦手ではないようだ。クミカを見れば全てわかるようだった。
「ええ、そうしてます」
「……その状態で落ち着くとか、ミカエラもだが、お前もまた難儀な性格をしているな」
その言葉には呆れも混じっているようだった。
「自分でもそう思います。あと、今はミカエラじゃなくてクミカと名乗っています」
クミカは俺に命令してきたりはしない。それでもその呼び方だけは修正して欲しいという強い意志を感じた。
「クミカか。ベースの女も平気そうだな」
南雲さんはミカエラとは特別な関係がなかった。それでも、自分が気にかけていた探索者の中でダントツで才能のあったミカエラである。その才能を惜しんで表舞台に立たせようとした。それはミカエラの日記で知っていた。
だから気になって仕方がないようだ。本当に出ないつもりかとクミカにもう一度言う。
《南雲様に対して思うところは何もありません。むしろ感謝しています。ですが私はもうクミカでありミカエラではありません。ミカエラとして見てくる人間は嫌なのです》
人としての正常さを失ってしまったミカエラという存在。その頃と同じに見られるのが嫌なのだ。俺とつながり、クリスティーナと一緒になり、完全に別の人格へと生まれ変わった。クミカは自分をそう思っている。
それを同じに見る人間の前には、たとえ恩があろうとも出たくない。そういうことのようだ。
「あの、南雲さん」
「うん?」
「クミカに聞いてみたんですが、ミカエラとしてはもう見られたくないそうです」
「ああ、なるほど。まあそりゃそうか。名残はあるけど別人になってるみたいだしな」
「ですからクミカをミカエラとしてではなくクミカとして接してもらえますか?」
「当然だな。わかった。俺も余計なことは言わない」
「クミカ」
《もういいだろ。出てこい》
《……》
そうは言っても南雲さんはどうしてもミカエラの影を見るだろう。そしてやはりクミカはミカエラでもある。混同してしまうのが当たり前だ。それでも全てを壊してしまいたいと思った。俺のことも殺そうと思った。それと同じではないと……。
「"お初にお目にかかります"。南雲様。クミカと申します」
クリスティーナとミカエラが混じり合った姿。日を追うごとにこの姿が定着してきている。ゴスロリ服と人形のように整った可愛い顔。それでいてクリスティーナの影響を受けた大人びた美しさもある。
そしてこの姿こそ今の自分だとクミカは言いたかった。
「そうか……。これで最後にする。だから少しだけ祐太にミカエラの昔話を聞かせてやっていいか? 長々と話したりはしねえよ」
「ミカエラという別人の話をされるならば、ご自由になさってください」
ペコリと頭を下げ、クミカは座っている俺の後ろに離れないように肩に手を当てて、影には戻らずに立っていた。
「祐太。昔な。ミカエラっていう変な女がいた」
「はい」
南雲さんはワインのボトルを開けた。そして2つしかなかったワインのグラスを3つにして、赤ワインを注いだ。南雲さんが指を鳴らす。3つ目の椅子は俺とひっつくように、そして南雲さんとは反対側に出してくれた。
クミカは猫みたいに警戒しながら、その椅子に腰を下ろした。なんだか俺はこういうクミカを見るのも面白いと思う。そう思っていたら半目で睨まれた。俺はすっと目をそらした。
「この変な女がよ。バカかってぐらい優秀でな。俺やババアよりダンジョンから愛されてた。そう思うぜ。おいおいそれは贔屓だろって俺たちが思うぐらい力に恵まれてた。それを使いこなしても見せた。当時、化け物みたいに強い女が一人いる。そう言われてな。その女は結構有名だった」
「南雲さんには負けっぱなしだったって聞きましたけど」
「そりゃ俺の方がレベルは上だったからな。同じだったら相当苦労したと思うぜ。負けてはないと思うが、ガチったら4英傑は5英傑だった。そう思うぐらいには優秀だった」
「それなのに本当バカですよね」
「本当、バカだぜ。なんであんな意味のわからない3人に引っかかるんだよ。普通騙されるか? 何度も優秀な俺らに誘われてるのによ。どう考えてもタカられてるだけの女3人がいいって聞かなくてよ。こいつ本当バカだって何度も思わされた」
結局それが大丈夫ではなかったのだ。ミカエラは信じられないほどの裏切りにあい、3人のゴミは、ミカエラを壊した。クミカを見ると面白くなさそうにそっぽを向いていた。
「俺はその頃本気で惚れた女がいてな。それもあってミカエラのことは全て中途半端なままだった。結局俺はその女も死なせた。死なせてからもちょくちょくミカエラの様子は見てたんだけどよ。何か今さら声かけづらいじゃねえか」
「……」
「必死こいて声かけても『南雲君は強すぎるからダメ』の1点張りだしよ」
「言いそうですね」
「気づいたらお前が決着をつけた。お前が甲府に行くって聞いた時、ひょっとしたら顔を合わせるかと思った。99%どうにもならねえと思った。でも1%ぐらいは期待していた。身内の断罪は気分が萎える。俺はそっから逃げてた」
「ミカエラのこと好きでしたか?」
「どうだろうな。いや、多分、そういう感じじゃないな。手のかかる妹みたいな感じだ。妹だから殺せなかった。だから祐太、俺からの礼だ。【天変の指輪】四つはそのままお前が使え。手遅れになってばかりの俺のケツを拭いたんだ。お前に余計な支援は送らん。だが、やっぱりやったものはやったものだ。それ、返されても突き返すぞ」
俺の指をさしてきた。【天変の指輪】を装着していた。
「……ありがとうございます」
今ならわかる。この指輪は南雲さんにとっても気軽に人にあげられるほど、簡単なアイテムではないと。使えば使うほどその利便性の高さがよくわかる。今では手放せないほどいろいろ作戦にも取り込んでる。
南雲さんは好きな女の人と、ミカエラで手遅れになった。最初期のダンジョンである。そういう嫌なものも山ほど見たはずだ。だから手遅れになりたくなくて、今度はちゃんと命だけは助かるようにこれをくれた。
そんな気がした。【天変の指輪】をどうすべきかも悩んでいた。完全な変装ができるアイテム。返すとかなり困る。レベル200になれば返せと言われていた。自分なりにかなり成長できたと思うのに、それでもまだ返さない。
それは、あまりにも義理にかける。ただ、南雲さんがそう言ってくれて、俺は言葉に甘えた。
「南雲さん、俺からも」
やはり【明日の手紙】のことを伝えるだけ伝えたかった。そうしたらどうしても取り返さなきゃいけない一日を取り返せるかもしれない。
「阿呆。お前から受け取るものは何もないぞ」
「でも」
「十分だ。ようやくレベル200を超えただけのお前だ。俺の助けにはならんよ。全部自分のために使え。そしてさっさとここに来い。ちょっとは期待してる」
「……うん。待っててください。なんとか間に合ってみせます」
「そうなるといいな。俺はどうも大事なところで間に合わないことが多い。でもお前はまだ仲間を誰も死なせてないんだろ?」
「はい。みんな生きてます」
「お前は肝心なところで間に合うように思うぜ。だから、本当にちょっとは期待してる。俺が死ぬ前には来いよ」
南雲さんもかなり覚悟を決めてるようだった。それが誰になるかは予想はつかない。ここから先何が起こるかわからない。雷神は死ぬのは1人だろうと言っていたが、実際のところは何人死んだところでおかしくはなかった。
「クミカ」
南雲さんが口にした。
「何でしょう?」
「ミカエラっという女は、今のお前よりも強かった。それでも、お前よりもいずれ弱くなる。それはそんなに遠くない日だろう。あいつは強くなる気がなかった。レベル200をはるかに超える。そんな気はこれっぽっちもなかった。強くなる才能がなかった。ミカエラとそれだけ波長が合うのなら、お前もそうだろう。ただ、祐太の強い上昇志向に押されてるんだ」
「クミカは祐太様の望むままに進むだけです」
「上に行くなら、強い動機がいる。お前は死んでようやくそれを得た。祐太によってな。もう道に迷うなよ。動機は相変わらずだが、次は選んだやつが前よりマシだ」
「……前と比べないでください」
クミカは憮然とする。あくまでもミカエラではない。クリスティーナと2人が合わさったクミカなのだ。
「そうだったな」
南雲さんの姿がふっと消えたかと思うと、クミカの真横に現れ頭をぐしゃぐしゃと撫でた。やめてとクミカが抵抗している。しかし実力差が開きすぎて、抵抗虚しく撫でられていた。
「祐太」
「はい」
「俺よりも才能のあった奴等はいたんだぜ。ミカエラがその代表格だ。だが誰一人として俺より強くならなかった。理由は三つだ。その気がない。途中で死ぬ。初期段階でエリクサーじゃないと治らないような怪我をしてしまう。お前は、とりあえず3つ目は超えただろう」
「そうですね」
仙桃の数からして戦闘不能の怪我で、探索が行き詰まるということはもうない気がした。
「1つ目も意外とよく起きるぜ。好きな女が死んだり、難易度がどんどん上がっていくことにビビったり、それ以上強くなる意味を見いだせなかったり、そんな理由で意外と単純にダンジョンをリタイアしちまう」
「ああ」
それは思い当たる節がある。ついこの間も美鈴に弱気なことを言ったところだ。
「2つ目は一番可能性が高い。お前にどれだけ才能があっても死んだら終わりだ。今まで見てきた才能のあるやつらも結構簡単に死んだ。だからお前は変なところで死ぬんじゃねーぞ」
「ええ、死にませんよ」
「じゃあ、飲め。高い酒と料理。用意したんだ。おい、クミカ。お前も付き合え」
俺がグラスのワインを飲み干すと南雲さんが注いでくれた。クミカが、戻ってもいいかと聞いてきたが、南雲さんがいて欲しい気がしたので、ダメと言うとそこまで嫌じゃないようだった。
ただいろいろやらかした手前、南雲さんが前にいるのは気まずいようだった。それでも少し笑ってるように見えた。





