第二十三話 Side伊万里
「うん、大丈夫だって。祐太兄とは仲良く出来てる。お母さんはお母さんの幸せを追いかけたらそれでいいから、こっちのことは気にしないで」
自分のしていることへの罪悪感なのか、定期的にかかってくる電話。イライラしながら喋ってる。だが、この生活を続けるためにも、ちゃんと対応した。もしこの人の機嫌を損ねたら、無理やりでも祐太と離されるかもしれない。それだけは避けたかった。
『それと、分かってると思うけど、二人とも歳が近いから、節度を保つのよ。祐太ちゃんのことはお兄さんだって忘れないでね』
だからどの口で言っているのかという言葉にも、いつも我慢する。いつもいつもこの人は私と祐太が二人で住んでいることを危惧してる。それなら最初から祖父母のところに私を預ければよかったのに、祖父母が嫌いだからそうしなかった。
まだ最初の頃なら私も、祐太のことが嫌いだったからこんな気持ちにならずに済んだのに、本当に救いようのない人だ。疑うなら一度でも帰ってくればいいのに、それもしない。
本当は私の面倒を見なきゃいけなくなったら今の男に捨てられると心配してるんだ。
「大丈夫。お義兄ちゃんとそんなことになるわけないよ。正直そういう対象には全然見えないし。と言うか小学校じゃ他人のふりしてたぐらいだし」
この人に嘘をついても心がちっとも痛まない。2ヶ月しか歳が違わない祐太が兄に見えるわけがない。大体、小学6年まで私の方が身長も高かったのだ。同年代の男の子と一緒に住んでるとしか思えなかった。
嫌なことも良いことも一緒に経験してきた男の子。最初は異性だから嫌いだった。今は異性だから好きになった。それだけのこと。お前には分からない心だろう。いや分かるから、こんなこと言ってくるのか。
『それならいいのだけど。あと、伊万里ちゃん。あなた学校を無断欠席したそうね。1日だけらしいけど、ちゃんと通わなきゃダメよ』
「ごめんなさい。ちょっとあの日は体調悪くて、お母さんにちゃんと連絡しなかった」
『今度からはそういうことはないようにしてね。お母さんちゃんと学校に電話するから』
「わかった。ごめんなさい」
それからも自分はちゃんとしてるんだと思いたいだけの電話が続いた。私は叫び出したい衝動を我慢した。そして通話が切れたことをちゃんと確認して、ベッドにスマホを投げた。以前通話が切れてなくて、あの人のことを、
『おばさんとっとと別れろ』
と言ってしまったのを多分聞かれている。だから向こうだって私のことを心からなんて信じてないだろう。だからこそ私は電話を切るといつも言ってしまう。
「おばさんとっとと別れろ! あんたが別れないからこんなことになってるのよ!」
私の知っている女の中で、この人ほどダメな女は知らない。
再婚してすぐに浮気して、やってることは今の男に嫌われないためのご機嫌取りばかりである。しかも笑えることに相手はギャンブル依存症だ。その男に貢ぐお金が欲しくて弁護士と離婚しない。
「さすがに私が15歳になったらお義父さんは別れるつもりだと思うけど、どうするんだろう。顔だけはいいのにいつも変な男ばっかり引っ掛けて、やっとまともな人を捕まえたと思ったら、今度は真面目すぎて物足りないって」
義父のことはあの人よりは嫌いじゃなかった。
あの人の浮気が分かってからもしばらくは我慢してくれていたし、親としての務めはあの人以上には果たそうとしてくれた。さすが祐太の父親だ。まあ今となってはそれも遠い幻のようだけど。
「4人で仲良く暮らせてたのに、本当に救いようのない女」
ただでさえ自分の浮気で前も離婚したのに、違う相手を見つけたと思ったらまた浮気。心はあんなに汚いのに顔だけはよくて、やたら男に寄っていくからモテる。
騙して結婚した義父にもすぐに正体がバレて他の女に逃げられた。私でもあんな女から全速力で逃げたい。
「14歳じゃな……」
自分の年齢が呪わしかった。
「それでもあと2ヶ月で祐太と上手くいきそうだったのに……桐山美鈴」
私は、私の大嫌いな2人目の女を思い出した。
つい最近まで名前だけは知っていて、祐太が恋してることも知ってた。それでも虐められっ子の祐太と学年で一番綺麗だとか聞く、桐山美鈴はどうやったところで結びつくことはないはずだった。
「ダンジョンで偶然出会うとか、どんなラブコメよ」
学校で虐められている祐太は、学校ではそれはそれは情けない姿で、最初私は小学校で目にした時、あれが自分の身内だとは信じたくないほどショックだった。あまりのショックで家に帰ってきた祐太に私は言ってしまった。
『あんたってさ。虐められてるの? と言うかなんか殴られてたけど、なんで殴り返さないの?』
『ごめんな。カッコ悪いよな俺。他人のふりしてくれていいから。俺もお前が妹だって絶対に誰にも言わない』
『そうじゃなくて、なんで殴り返さないのよ! って聞いてるの! あんなムカつく奴殴ればいいじゃない! いいように殴られてるから向こうだって調子に乗るのよ!』
『ごめんな。殴り返したらいいって分かってるのに、どうしてもできないんだ』
未だに忘れられない。私はあの時のことを思い出す度に自分が情けなくなる。ちょっとでも祐太を情けない男だと思ったことが、許せない。そうじゃないんだ。あいつはいい奴なんだ。祐太はいつも私のことばかり考えてくれる。
あの女が家に帰ってこなくなった時も、義父が家に帰ってこなくなった時も、自分だって寂しいくせに私のことばかり考えて、ご飯の用意も洗濯もしてくれた。昔の私は最低で、祐太を召使いにでもしたつもりで顎で使っていた。
『下着は自分で洗うから、気持ち悪いから触らないでね』
『あ、ああ、わかってる』
『あ、それと今日は動画でビフテキとかいうのが美味しそうだったからそれ作って』
『わ、分かったよ。挑戦してみる』
言えば何でもやってくれるから、召使いのように命令するのが癖になってしまっていた。同年代の女子にすらそんな調子の祐太だから、底意地の悪い奴らに目をつけられ、小学校の頃から虐められていた。
「私は小学校で祐太が自分の兄だと言えなかった」
今になってそう口にしてみる。自分で口にして虚しかった。あの女と同じだ。やっぱりあの女の血が私の中にも流れてる。この世で一番嫌いなあの女の血が。自分は本当に醜い。でも祐太はいつも綺麗だ。
人を殴れないぐらい優しくて、私みたいな女に命令されても嫌な顔もしない。私が自分勝手に祐太を好きになってしまってからは、あの女みたいに祐太に迫った。そして溜まったものを出してあげようとしたら拒まれた。
それでも、なりゆきで受け入れてくれるのかと思ってたのに、やっぱり祐太は綺麗だった。正しくあろうとして好きな女を作った。
「うまくいくわけないと思ったのに」
祐太の良さがわかるのは自分だけでよかった。
あと2ヶ月経てば私も探索者になれた。そうしたら二人で探索者として生きていこうと思っていた。高レベルなんて目指さなくていい。安全にレベルを上げて祐太と二人で、人並みの生活を送る。
「それで良かったじゃない」
昨日盗み見た祐太のスマホ。私がしたかった事。桐山美鈴と恋人同士みたいなメッセージの送り合い。私がしたかった事。私が祐太とするはずだった事。あと2ヶ月だけ時間があればそこには自分がいた。
「私より先に探索者になること、もっと反対しておけばよかった」
いや、あれ以上は無理だった。
祐太はどうあっても私に譲る気はなかったし、探索者の夢を持つようになってから、祐太は変わろうとした。私はそれも含めて好きになった。探索者に関してだけは祐太は絶対に譲ろうとしてくれない。
それでも祐太のことだから、ダンジョンではマトモに探索できずに1階層でいつまでもくすぶっていると思っていた。それがどういうわけか高レベル探索者なんてものと知り合い、そこから全部私の考えていた未来とずれていった。
祐太はたった2日でレベル3になってしまった。走る姿を見せてもらったが、もはや別次元の人間だった。並んで走ろうという気も起きないほど速かった。これから早くも2階層への階段の探索である。
『桐山美鈴さんなんだ。これ帰りに撮らせてもらった写真』
桐山美鈴を写真越しに紹介された。
桐山美鈴とレベル3になれたことがよほど嬉しかったんだろう。その前の日は私に気を使って言わなかったくせに、桐山美鈴をどんどん好きになってることを私に話しさえした。
「このままじゃだめなのに。お母さんなんで別れないのよ。あの女どこまで私の邪魔ばかりするのよ」
こんな醜い心を私の中に植え付けたのもあの女だし、とっくに離婚状態なのに、離婚もせずにいるのもあの女だ。私は知ってる。義父はもう別れる気なのだ。それをあの女がお金がなくなるのが困るからと思いとどまらせている。
そのせいで、祐太が好きな女を作ってしまった。義理の兄妹でさえなければ、祐太はそんなことしなかった。私と二人で仲良く生きていこうとした。義理の兄と妹だから余計なものを見つけてしまった。
「ただいま」
という声が聞こえた。
祐太が帰ってきた。色々考えてしまって家事をしていないことに気づく。ご飯の用意をしなきゃと慌てて立ち上がる。私の作るご飯を喜んでくれる。そんな祐太の顔が今日はやけに機嫌が良かった。どうしたのかと聞くと、
「実は美鈴とキスしたんだ」
祐太は嬉しそうに言った。桐山美鈴、恥知らずにも道の真ん中でチューをしたとか言ってる。
「そ、そう。好きな人と上手く行けてよかったね」
「あ、ああ、でも告白する勇気はまだなくてさ。女の人ってそこまでしたら、こっちのこと好きってことでいいんだよな?」
「……うん。それ以外ないんじゃない」
そんなこと私に聞かないでよ。と叫びたかったが我慢した。母親との違いは唯一この自制心だと思った。
「そっか。でも正直怖いんだ。このまま美鈴と関係が進んで、それでもうまくいかなくなったら、もう二度と喋らなくなるかもしれない」
本当に桐山美鈴が好きなんだ。だから怖くなるんだ。私と仲が悪くなるのは怖くないの?
「そうなったら私がお嫁さんになってあげる」
もう嫌だ。何もかも嫌だ。せっかく我慢して母親とも会話したのに。母親に叫ばなかったのに。桐山美鈴と祐太がうまくいかないことを祈るくらいしか何もできない。
「あのな伊万里」
「聞きたくない!」
叫んでいた。一番、嫌いな相手に叫ばずに好きな相手に叫んでる。
「お前とのことだけどな」
それでも祐太は喋るのを止めなかった。これ以上聞きたくない。聞いたらきっと死にたくなる。他の男なんて見つけたくない。そんなことしてたらどんどんあの女と似てくる。あの女みたいに醜くなる前に早く死にたい。
「お前が俺のこと兄として見れないのはなんとなく知ってる。まあ俺ずっと情けないやつだったし、兄だって思ってほしいと思ってなかったけどな」
「そんなこと……」
「お前、俺のこと好きか?」
「……うん」
そう口にした。口にするごとにどんどん好きになっていく。
「お父さん達が離婚したら俺達って他人だよな」
「うん」
「お父さん達ってどうなるんだろうな。正直もっと早く別れると思ってた」
「お義父さんはもっと早く別れるつもりだったみたい。この間、電話したら言ってた」
「そんな電話したのか?」
「だって、祐太と早く他人になりたかったから。そうしないと祐太が私を見てくれないし、お父さんにもちょっとその話した」
「ええ、お前、あの親父にそんなこと言ったの?」
祐太はあっけにとられていた。
祐太のお父さんは真面目が服を着て歩いているというぐらい謹厳実直な感じの人である。私は意外とこの人には折に触れて相談事をしていた。実の母親と違い義理の父親はその度に真面目に答えてくれた。
「うん。そしたら『本当にすまなかった。親の都合で他人同士の男女を一緒に住ませてしまった。その気持ちが抑えられないのなら私は応援する』って、言ってくれた」
「お前……」
「ごめんね。みっともなくて……でも私無理だよ。本当に無理だから。諦めてくれとか言われたら死んでやる」
本気だった。絶対それだけは嫌だった。
『伊万里。どうだ今日は美味しいか?』
『まずっ、もうちょっと美味しく作れないの?』
『はは、ごめん。料理って難しいな。明日はもうちょっと美味しいって言ってもらえるもの作るよ』
私がどれだけ悪態をついても祐太はいつも笑って許してくれた。今になって思えば親にぶつけられないわがままも捨てられた寂しさも全部祐太にぶつけていた。同じ歳の男の子なのに全部それを受け止めろと言って私は押し付けた。
『あんたバカなの? あんたの親父まで浮気して家に帰ってきてないのよ? それを何呑気に洗濯してるのよ!』
『親父のやつ、俺たちのこと考えてずっと我慢してたからさ。無理ないと思うんだよ。お義母さんだってさ。そんなに悪気があったんじゃないって思うんだ』
『呆れた。あんな女のことまでよく思おうとするなんて。いい子ちゃんぶってバカみたい! 私あんたのそういうところ大嫌い!』
気持ち悪い奴だと思った。何をしても怒らないし、女の私にバカにされてもヘラヘラ笑ってるだけだったし。でも、
『伊万里。俺、探索者を目指す!』
5年前の1月1日にダンジョンが現れてから、祐太は変わった。学校では相変わらずだったけど、家では探索者の勉強を始めて、体を鍛えたり走り込みをしたり、探索者に向かって一生懸命頑張りだした。
『ねえ、探索者なんて危ないことやめときなよ。祐太じゃすぐ死んじゃうよ』
『それでもいいんだ。何もできないで生きるより、何かして生きたいんだ』
『急に夢物語みたいなこと言い出してバカみたい』
探索者の事を話す祐太は別人みたいに溌剌としていた。あんな根暗な男にこんな部分があったのかと思った。この頃ぐらいから私は祐太のすることが気になって仕方なくなっていた。
『美味しい』
『よっし、ついに美味しいって言わせたぞ!』
『私が美味しいって言ったからって何なのよ』
中学になる頃は祐太の料理はもうほとんどどれをとっても美味しかった。でも私は意地になっていて、絶対に美味しいと言ってやるものかと思っていた。
それでも小学6年の3月15日になぜか知らないが私の好きなチーズケーキを焼いていて、食べてみたらお店のものよりも美味しくて、思わず初めて美味しいと言ってしまったんだ。
『だって伊万里なかなか美味しいって言ってくれないからさ。今日は伊万里の誕生日だし頑張ったんだ』
『私の誕生日?』
『そうだよ。俺と2ヶ月違いの3月15日だろ』
自分でも自分の誕生日のことを忘れてた。
誰も祝ってくれないから忘れてた。
でも毎年こいつだけは祝ってくれた。
それでも気持ち悪いからいつも無視してた。
それに私は一度もこいつの誕生日を祝ったことなどなかった。
あの時食べたケーキが美味しかった。
そして私はなぜか泣いてた。初めて美味しいと言ってしまって、初めて祐太に気を許してしまって、何もかも溜めていたものが全部あふれ出して止まらなくなった。お母さんに捨てられた。頼りになると思っていた義父も出ていってしまった。
誰も彼も私の傍からいなくなっていく。それなのにいつも、こいつだけはそばにいてくれる。
はっきり好きだって思ったのはあの時だった。
あんなに冷たくしか喋らなかったのに、それでも私に美味しいって言わせようと思って料理をし続けてくれてたんだと思うと、たまらなく好きになってた。でも自分のことがもっと嫌いになって祐太に『ごめんなさいごめんなさい』と、馬鹿みたいに謝っていた。
「本当だからね。祐太を諦めろとか言われたら本当に死んでやる!」
「正直な。そう言われる気がしてた」
「な!? わかってたの?」
「伊万里ってさ。昔もっと違う感じじゃなかった?」
「うぅ」
「俺さ。ダメなのは分かってるんだけど、お前に好かれることそんなに嫌じゃないんだ」
「え?」
意外なことを祐太が口にした。私はずっと祐太に自分の思いが嫌がられてると感じていた。それでもなりゆきで攻め込もうと思っていた。
「意外そうな顔するなよ。だって俺、普通の男の子だよ。学校でどんな嫌なことがあっても家に帰ればさ。めちゃくちゃ可愛い女の子がいつも居てくれる。そう想うだけで毎日結構楽しかった」
「そ、そうなの?」
「伊万里と一緒に住んでることが俺の密かな自慢だった。知ってるか? 伊万里は小学校の時一番可愛いって言われてたんだ。今は中学別だから知らないけど、多分一番可愛いだろう」
「可愛いとか言われる時はあるけど一番かは知らないよ」
これは私の痛恨の出来事だった。私は勉強ができる。祐太もそこそこできた。弁護士の義父は中学から受験をさせようとして、そうすると受ける中学が違ってしまう。それでもわがままを言って、第一志望を祐太と合わせた。
はっきり好きだと自覚したのは誕生日からだけど、もうかなり前から祐太のことは気になり出していた。だから祐太と中学も一緒にしたかった。しかし、祐太は第1志望に落ちて第2志望に受かった。
私はただでさえレベルを落とした第1志望の中学に落ちるわけもなくて、受かってしまった。そうすると通わないわけにはいかなかった。おかげではっきり好きだと思い始めた時から祐太と別の学校に行くことになってしまった。
「それで美鈴は俺の学校で一番可愛い。なんでこの二人に俺が好かれてるんだろうって不思議でならない。おまけに、新しく3番目の仲間が来るんだけど、その人、エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクなんだ」
「……エヴィーってあの奇跡の15歳?」
「そうらしい。昨日の夜ネットで調べたらそう書いてた」
「仲間になるって、どうやってそんな人と知り合いになるの?」
「美鈴のお姉さん、桐山芽依の紹介らしい。なんでも世界一綺麗になりたいから、ダンジョンでレベル1000を目指したいんだって。それが俺たちの目的と合致するから、日本まで来てくれるらしい」
有り得ることなのかと一瞬思ったが、桐山美鈴の姉が桐山芽依であることは聞いていた。そして桐山芽依ならばエヴィーと繋がってもおかしくなかった。それを聞いて私は、なんだかもうおかしくなってきた。
祐太はおかしい。そもそもこんな状態で男と女が一緒に住んでいること自体がかなりおかしい。その上、桐山美鈴と偶然ダンジョンで出会うこともおかしい。それにエヴィーまで加わったらもはや喜劇である。
「ぷ、何それ!? ちょっと祐太笑わせないでよ!」
「はは、実際笑えるよな。俺も、もうなんか自分でよく分からないんだよ」
思わず私は笑い出してしまった。お腹が痛くなるくらい笑ってしまった。あの学校で情けなくて、殴られて、虐めの手本みたいなものをされていた祐太。どう間違えたらそうなるんだ。
「まあでもエヴィーとどうこうなるわけじゃないから、一緒のパーティ仲間になるだけなんだけどさ」
「モテ期が到来してるね」
「そうなのかな……。なんか美鈴とエヴィーと伊万里を連れて今からダンジョンに入るのが怖いんだけどな。男に呪い殺されそうだ。と言うか俺ならそんな男、呪い殺す」
「あーあ、結構深刻なのに笑っちゃったじゃない。それで祐太は私に諦めろって言いたいわけよね?」
それは、でも、無理である。私の好きは、そんな単純な好きではないのだ。諦めろと言われたら死ぬしかない。それぐらい好きなのだ。こんな面倒な女をあんなに時間をかけて一生懸命惚れさせた祐太が悪いのだ。
「んんん、正直言うとな。俺、美鈴となんて絶対上手くいくと思わなかった。喋る事すらなく中学生活が終わると思ってた。それで2ヶ月したら伊万里とダンジョンに入って、その後のことはあんまり考えてなかった。お前があんまり俺のこと慕ってくれるから、このままでいいかなとも正直思ってたんだよ。嫌がってるふりしながら最低だろ?」
しかしそこから続く祐太の言葉も私の想像とは違った。祐太は私と違ってどこまでも綺麗な人間なんだと思っていたのに、私と似たような部分があったのか?
「でも美鈴にキスされて本当に幸せだった。それに気持ち良かった。でも、伊万里がしてくれることと何が違うのか考えたら、それはそれでよくわからなかった。正直今はどうしていいかよく分からない」
「祐太って、アホだよね。言わなきゃいいのに」
「自分でもアホだと思う。でもこれだけは分かっておいてほしい」
「何?」
「俺が伊万里を見捨てることはない。伊万里が美鈴とパーティーをやめてほしいならそうする。それぐらいなんと言うかお前のことはほっとけないんだよ」
「そ、そうなんだ」
そしてやっぱり全然予想と違うことを言われた。これはどうしたらいいんだろう。誰か答えを教えてほしい。
「でも多分美鈴とこれ以上一緒にいたら、そういう気持ちにもなれなくなると思う。だからお前が嫌なら本当に美鈴とは今別れるべきかもなって」
「……」
ここで私が『あの女と別れて』と言ったら本当に祐太はそうしてくれると思った。パーティーを解散して、私が15歳になるまでゆっくり探索者をして、私と一緒に生きていってほしいと言ったら、そうしてくれると思った。でもそれでいいのかとも思った。
きっと祐太はまだ親しくなれて数日しか経っていない桐山美鈴に私ほど好きという感情を持っていない。でもこのままいけば本当に好きになるのは、きっと桐山美鈴なのだろう。それを今私の一言で邪魔できる。
「ずるい。でも、祐太が私のことをそういう風にちゃんと考えてくれてたのは嬉しい。私だけが思ってるんだと思ってたから、違ったんだって思えて嬉しい。ねえ、正直、私はそこまで本気で探索者やる気なかったんだけどさ。探索者ってそんなに憧れるもの? 必死になって目指したら今とは全然違う何かがあるの?」
「わからない。南雲さんは何かあったのかな」
「南雲さんってそんなにすごい探索者なの?」
「すごい人だよ。正直俺じゃどんなにすごいのかよくわからないけどすごい人だ」
その日の話はここで終わった。
結局曖昧なままで話が終わった。
どちらも結論から逃げるようにして、何も答えを出さないままだった。その日も私がベッドの中に潜り込むと祐太は何も言わなかった。そして私は祐太の唇を奪った。そのまま寝るまでずっとキスをしてた。最高に気持ちよくて幸せだった。





