第二百二十七話 次のエリア
全てのものが再び巨大化していく。翠聖様の屋敷から出たところだった。屋敷の中で見たのとは逆バージョン。景色にあるもの全てが急激に巨大化して圧倒される。振り返ると富士山のような巨大な城があった。
「また眠られたようだな」
局長が口にした。
「翠聖様はほとんど寝てるんですか?」
聞いてみた。みんなはそれぞれに喋ってる。翠聖様の屋敷についてとか、与えられた力についてとか、全員楽しそうだ。榊は美鈴と話していて、眠そうにしている。それを見たエヴィーがラーイを出して、
「ベッド代わりにしていいわよ。私もたまにしてるし」
そう言う。エヴィーの方は顔は露出させて、リーンと合体した。
「ありがと、えっと」
「エヴィーよ」
「ああ、うん、もちろん知ってるんだけどテレビで見てた印象が強くてさ。何気に有名人と喋るのって初めてかも」
「あら、そうなの。今は眠いんでしょう。また後でいくらでも話しましょう」
「OK。それではお言葉に甘えて。ライオンさん寝ていいよね?」
「いくらでもどうぞ」
ライオンが喋ったことに目をぱちくりとさせて、榊はラーイによじ登るとその背中で眠らせてもらっていた。統合階層も考慮すると何気にこいつが一番大変だった気がする。だがそれをみんなは知らない。
それでも榊が自分たち以上の報酬を得たことに文句を言うものはいなかった。このクエストでは何かが起きた。そのことにみんな気づいているようだった。ただそれが何なのかを俺は説明していない。
翠聖様の話を聞く限り、どこまでこの情報を共有させるべきか悩む。その悩む俺と別に、局長と話す俺がいた。あの記憶とは別に、ただ単に思考能力を2つに分割しただけ。米崎に教えてもらった思考分割を使っているのだ。
周りの様子を聞きながら、局長と話すこともできるのだからやはり便利な能力だ。
「まあそうだな。翠聖様はな。生きることに厭いておられるのだ。何を見ても何を聞いてもそれほどの感動はもうない。あまりにも長く生きすぎるとそうなるのだと聞かせてくれたことがある。そして、厭いた神は眠ることが多くなる」
「それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫は大丈夫だな。翠聖様程になると眠っていても自分の命を保つことは容易い。ただ徐々に目覚めることがなくなり、ゆっくりと死ぬ。大八洲にはもう一人真性の神がいるが、その神を誰ももう覚えていない。伝説にはもう1000年、起きたことがないらしい」
「1000年……」
「【名もなき神の名を呼べば起きる】とも伝説にはあるのだがな。不思議と神ですら名を忘れたそうだ」
「はあ」
たぬきの神様が1000年生きた。その間その神様はずっと眠っていたのか。本当にいろんな神様がいるんだ。人間臭さが目立ち、戦争まで起こそうとしている俺たちの世界の12英傑と違い、この世界の神様は、本当に神様って感じだ。
「それって12柱が揃う時も寝てるんですか?」
美鈴が俺の横にいつの間にか居て尋ねた。美鈴は12柱が揃い踏みする時のことを話してるようだ。ドワーフ島で10年に一度神が一堂に会する。それは日本の神無月みたいだ。できれば俺も見に行きたい。
「寝てるそうだ。ただその場に参加しないのはダメでな。お守りの貴族が場所まで運ぶらしい」
「局長さん。眠った状態で海を越えるのって危なくないんですか?」
美鈴が聞いた。
「貴族がか?」
「いえ、その名前も忘れられた神様です。八岐大蛇とか超怖いのが海にはいるんですよね」
体調が153kmもあるという意味不明な悪神。きっと出会っても、大陸か何かだと思って、それが生物だとは認識できない気がした。
「ふふ、生まれたばかりの神ならともかく人も神ですら忘れるほど生きている。そんな神の心配などそれこそばかばかしい。大地を踏んだら、地面が怪我をしないのかと心配しているようなものだ。誰も傷を入れることはできんさ。たとえそれが八岐大蛇であろうとな」
「すごー。どんな神様か見てみたいな」
「見ようと思えば見れるぞ。直にお目にかかれはせぬが、5ヶ月ほど先に神輿が出る。その中身など誰も知らぬが、祭りになっておるから見たければ見に来ると良い」
5ヶ月と聞くとそれはちょうど美鈴達が伊万里のために、再びドワーフ島へと向かう時と同じだった。それに名も無き神様も参加するのか。
「それは見れないかな」
貴族が神輿を担ぐのだからかなりのスピードだと思う。そんなのに合わせてたら、美鈴たちはとてもドワーフ島の神が集う開催期間に間に合わない。
「まあ確かにお前たちは忙しそうだ」
それを知らずに局長が口にした。どんなクエストが出るのか知らないが確かにまだまだ忙しいんだろう。
「祐太。この国だけでも行ってない場所だらけだよね」
「そうだよな。一応それぞれの層には行ったけど他にどんな大陸があるのかも知らないし」
「それなのにもうシルバーエリアに行くんだ」
「お前たちは特殊すぎる。探索局にいたやつらが呆れてるだろう。俺でもストーンで1年、ブロンズで3年かけたぞ。まあ俺の時とお前たちとでは、ちと事情が違うがな」
「局長さん。シルバーはどれぐらいだったんですか?」
「10年以上かかったな。ゴールドで20年だ。ルビーに至っては未だにぐずぐずしてる。そもそも神の席がなかなかあかん。殺して奪うという方法もあるのだが、俺のレベルがそれを狙えるほどになった頃には、八洲の神は、どれも神として100年以上生きて、貴族として生きていた期間を入れると500歳を下る神はいなかった。強すぎてとても手が出ん」
「隠神刑部様は強さを求めてないって聞くけど」
「求めずともこの国で神になったのだ。弱いわけなどない。隠神刑部様の魔法はそれは見事よ。華やかで鮮やかで艶やかで、それでいて掴みどころがないのだ。挑んでも優しい神ゆえ殺されんそうだが、100年以上も前に命を狙った貴族が未だに幻覚の中で迷っている。と聞けば怖くて手を出す気が起きん」
「それはかなり嫌ですね」
「であろう。お前たち、とりあえず隠神刑部様が与えてくださったという屋敷を見に行くか?」
「えっと」
順番的に何を先にするべきなのか考えた。ガチャもしたい、日本の様子も見に行きたい、他のみんなも家族がかなり気になっているだろう。ただ、隠神刑部様がおそらくもうすぐ死ぬ。
それだけはこの国で待ってから、他のことをした方がいい気がした。
「隠神刑部様が亡くなられてからガチャを回して日本に帰ろうと思います。だから与えていただいた屋敷に先に入ろうかと思います」
「いいだろう。探索局の前までは付き合ってやろう」
「了解しました。お願いしますね」
局長から【意思疎通】で場所の明確なイメージが送られてきた。温泉街の一角にある屋敷のようだ。宿泊していた場所からそれほど離れてもおらず、立地的にも素晴らしいと思った。だがそれと同時に懸念事項もある。
桃源郷はこれから貴族が争う場になるのでは……。
どこまでも続く石畳の道を小人になった気分で歩いたまま、それでも探索者の速度だと門が見えてきた。この門は自動式のようでゆっくりと地面を響かせながら開いていく。最後に振り返ってもう一度翠聖様に向かって礼をした。
実際に翠聖様を見た後だと神社で鳥居をくぐった後のような気分だ。
「さて、翠聖様にも言われているしな。シルバーについても伝えておく。全員よく聞いておけ」
三層の門をくぐり繁華な翠聖都の中を歩いていると、局長が口にする。各々に話していた全員がこちらへ注意を払っていたようで、すぐに口を閉じ、局長を見た。ジャックなど10mぐらい離れていたが、しっかりと聞いていたようだ。
【機密保持】
歩きながらではあるが局長がそんな言葉をつぶやいた。
「今のは?」
俺が聞いた。
「魔法だ。見ただけで使えそうなものは覚えておくと便利だぞ。まあ【意思疎通】でもいいのだがな。どうも普通にしゃべる方が俺は好きだ。この魔法を唱えると話したいもの同士以外には声が漏れなくなる。【意思疎通】のように念波が拡散しないから、盗聴もしにくい」
そう聞くと便利そうだと思い局長の言葉の流れ、そして俺の発する言葉の流れを見る。音波を糸電話みたいに魔力で耳に直接つなげるようだ。距離が遠くなると難しそうだが、近くで普通に話したい時には確かに秘密を保てそうだ。
魔力で細い筒を作り、声を届けたい人間全員に届ける。
「こうですか?」
やってみた。魔力で包んだ細い管が、局長の耳につながる。それは青く細い糸のように見えた。魔力の低い俺が使えるのだから、難しい魔法ではなさそうだ。
「うん。それでいい。やはり筋がいいな」
「えぇ、そんな簡単にできる?」
美鈴の顔が難しくなる。パーティー内でもマークさんが出来て、摩莉佳さんができなかったりして、やっぱり摩莉佳さんって脳筋なのでは? と思ってしまう。
【六条祐太は機密保持の魔法を習得したことをお知らせします】
そんな声が頭に響く。ある程度使えるようになると魔法化をダンジョンが手伝ってくれる。そうすると一気に使い方がより分かりやすくなり、簡単に使うことができる。伊万里とエヴィーもすぐに使えるようになり、美鈴が涙目になる。
「ふ、まあ、そこまで難しい魔法ではない。使えないものは俺の魔法で補える。【意思疎通】と違い習得に制限がない。後でゆっくり練習しろ」
「分かりました」
「すみません局長」
「摩莉佳……お前は少し反省しろ。俺のそばで何度この魔法を見ている」
「あう」
美鈴と摩莉佳さんはすぐに使うことは諦め、あとでそれぞれにエヴィーとマークさんに教えてもらうつもりのようだ。
「でだ。シルバーはお前たちも知っての通り、レベル201~350の探索者のことを指す。そしてレベルがそこまで到達したものしか知られていないがゴールドエリアと同じエリアにある」
「ゴールドと同じエリアですか?」
「そうだ。出てくるクエストは大雑把に言えばどちらのエリアも含めて1つだ。それは【世界を所有せよ】だ」
「【世界を所有せよ】?」
意味が分からず首をかしげた。
「うむ。シルバーへと続く門を探す必要はない。シルバーへと行くレベルを得て、お前たちの世界にある3番目の入り口に触れてみろ。入ることができるようになっている。生まれては消えるダンジョンの中の世界。その中の1つの所有をどこまで達成することができるか。それがクエストとなっているのだ」
「随分壮大ですね」
「そうだろう。生まれては消える世界の大きさは地球と変わらん。その世界の全てを所有するものもいる。それは探索者によって様々だ。ただ、その世界のシルバー級以上の探索者の人数は100人と決まっている」
「土地、権力、お金あらゆるものを自分のものにするってことでいいんですか?」
「そうだ。どの世界へと行くかはそのパーティー次第だ。資源やエネルギーが豊富な世界ほど、力あるものが多く存在しており、所有するのは難しい。だがそれを所有することができれば、その貴族は、いや、そのルビー級の探索者は、それだけで非常に大きな力を得ることになる。その世界で所有できた全ての物質は、その探索者の力となるのだ」
「レベルアップと関係してる?」
「そういうことになる。レベル500に至っても、あまり良いものを所有できなかった場合、その後のレベルアップもままならなくなる。猫寝などがそうだな。世界から得られるものが少なすぎて、その後のレベルアップができなくなっている」
「……つまりルビー級の探索者というのは誰でも送られた世界の何かを所有してるんですか?」
「そういうことだ」
「局長は何を所有しているのか聞いてもいいですか?」
俺は不謹慎ながらドキドキした。そんな風になっているとは思わず、かなりすごいことのように思えたからだ。
「俺は100人いるうちの99人を殺した。そして全てを手に入れた」
「そ、それもありなんですか?」
「ありかどうかは自分で確かめろ。俺がそうしたというだけだ。まああの当時の俺は凶暴でな。とりあえず手当たり次第斬ってたら、その世界に他の探索者が誰もいなくなっていた。お前たちのように人数が多い場合。世界の所有を巡ってパーティー仲間同士で争うということもよく起きる。貴族同士でも仲の悪いものが結構いる。これはそれによるところも大きい」
「なるほど……どんな世界か聞いてもいいですか?」
「俺が行った先にはレベル500を超える5人の悪政を敷く王と10体のモンスターがいた。これに殺された探索者も多かった。行く先の世界は大抵不安定だ。探索者が関わらなければ世界として存続できないほど不安定で、滅びかけている」
「悪い部分をこちらが正しくする感じですか?」
それこそ伊万里の勇者みたいだと思った。
「どうだろうな。立派な行いをするなどというものではない。ただ自分の利益のためにより良い世界を造る。滅びかけの世界では、所有したところで意味がないのでな」
「はあ、なんだかいろいろあるんですね。ひょっとして大八洲国もそういう国の一つだったんですか?」
「どうだろうな。建国の頃の記憶など持っているのはもう翠聖様と名もない神ぐらいのものだろう。その翠聖様もあまり昔のことになると忘れてたりするしな」
当たり前かもしれない。俺だって生まれた頃の記憶などない。幼稚園の頃の記憶もかなり曖昧だ。まだ15歳の俺がこんなんだから、何千年も生きてたら、どれほど大事なことでも、覚え続けていることは難しいだろう。
「ともかくダンジョンの中にある無数の世界の一つ。ここより下。シルバーとゴールドの役目を兼ねた世界の1つに飛ばされる。おそらくお前が行く世界は最高難易度であろう。時間もかなりかかる。たまにここに来て休め。アイテムなどを仕入れても構わん。翠聖様がまたおいでと言ったのだ。融通を利かせてくれる店も増えるだろう。世界によってはこの国でこなさねばならぬことも出てくる」
「世界を所有か」
「それこそ方法は何でもありだ。暴力、金、謀略あらゆる手段を使って構わん」
「かなり難しそうなエリアですね」
「自由度が高すぎて、何をしていいのかわからずオロオロするだけの探索者もいるほどだ」
「でもダンジョンの下ってそんなに世界があるんだ」
中レベル探索者が1つにまとめられる理由がわかった気がした。エリアが同じだからなんだ。そしてその全てが100人ごとに別れる。それだけでもかなりの世界がいる。
「俺もどこまで広いのか正直想像がつかん。六条、俺はここに来て最初、宇宙というものを知った。それを聞いた時はな。太陽系だけで十分広いと思った。だが銀河系がある。そしてもっと広いという。どれほどのものかと想像していたら、広すぎて理解を諦めた」
宇宙とは言わないが、ダンジョンの中も理解を諦めるほど広く深淵に広がってるのか。本当に100階層って何があるんだろう。改めてそう思う。
「実を言えば俺はな。お前たちの世界が出身なのだ」
「それは知ってます」
「そうなのか? 俺のような末端の武士を知っているとはお前は物知りなのだな」
むしろ知らなかったら日本人じゃないというレベルで知ってる。
「だから少しお前たちの世界に例えることもできるぞ。お前たちの世界で言えば、ストーンエリアが幼稚園。ブロンズエリアが小学校。シルバーとゴールドが中学、高校といった感じだ」
「まだ社会人じゃないんですね」
思わず笑えた。
「そういうことだ。俺もまだお前たちの世界で言うところの大学生。翠聖様から言わせると、そんなイメージらしいぞ」
「はは、そんなに遠いんだ」
「ああ、遠い。ここに来て100年もはるかに超えたというのにな。果てなどどこにもない。ただ漠とした世界が広がり続けるのみよ。100階層。本当にそんなものがあるのかと思う時がある」
「そっか」
話していたら探索局の前にまで来ていた。
「六条。米崎と玲香、両名に俺のところに来いと伝えておけ」
「分かりました。伝えておきます」
「では、ここまでだ」
局長が探索局の中へと歩いていく。この人とまた会うことがあるのだろうかとふと思う。迦具夜とはもう絶対に会いたくないが、この人とはまた会いたい。
「いろいろありがとうございました」
「ふん、いいさ。俺もお前たちを見てて結構楽しんだ」
その後ろ姿が見えなくなるまで頭を下げた。すぐ近くにある転移駅へと着くと、相変わらずの人だかりだった。桃源郷への転移は30分ほど待ち時間があるようだ。しばらく待つことになり、転移駅の前で、米崎に【意思疎通】で連絡を入れた。
すぐに米崎に繋がったので、
《心を読まれるのが嫌だったんだろう?》
いきなりそう送った。
《正解。よく分かったね》
あっさりそう答えてきた。
《どこにいるんだ?》
「すぐ近くだよ」
後ろから声をかけられる。わずかにびくっとしたのが悔しい。横で玲香が呆れた顔をしている。
「こういうのは可愛い女の子がやってくれって、前も同じようなことを言った気がする」
「ほら、君がやるべきだって言っただろう?」
玲香にやらせるつもりだったようだ。
「私じゃバレましたよ。それに可愛い女の子ではありませんし」
「米崎、玲香。さっさとレベルアップしてこい。局長が報酬を受け取って待ってくれてるぞ」
「気が利くね。助かるよ。じゃあちょっと行ってくる。実はシルバーになるのを待ちきれなくて、ここでうずうずして待ってたんだ」
それなら大人しくついてくればよかったものを。翠聖様はきっと余計な部分までは見なかったと思うが。まあそれでも心の中を見せたくないのは米崎らしい。とんでもない悪巧みをしていないのかちょっとだけ心配である。
それにしても玲香も一緒にいるということは、心を読まれるのが嫌だったんだよな。最初に心を読んでしまったことをもうそろそろ話してもいいかと思っていたが、
《墓場まで持って行った方が良さそうだ》
《そうですね。玲香が怒ると怖いですし》
2人で永遠に黙っておくことにした。
「それと俺がお前を宿で居続けさせたせいで、お前の評価をちょっと下げたかもしれない。悪かったな」
「どんな報酬なの?」
玲香が聞いた。俺は一応【機密保持】に切り替える。そうすると一瞬、米崎が目をパチリとさせてすぐ後にそれを真似ていた。玲香も数秒後にはできていた。米崎はこの魔法を知らなかったようで、
「これ、便利だね」
楽しそうだった。
「だろ?」
美鈴と摩莉佳さんが落ち込んでる。
「報酬だが、レベル211。コイン100枚。金子3億貨。好きなシルバーの魔法とスキルが一つずつ。隠神刑部様もお礼をしてくれて桃源郷にパーティーで使える屋敷をくれた。仙桃は各自に一つずつだ。パーティー全体で使えるようにあと3つの追加がある」
「それって評価低いのかい?」
米崎が言った。
「他のみんなと同じだ」
「じゃあ十分だ。宿で考えていただけだからね」
「俺はレベル250だぞ」
「それはすごい。君の方がシルバーでもちょっと先だね。君が強いのは僕にとっては喜ばしいことだ。それより早くもらいに行ってくるよ」
米崎にしてはウキウキしているのが、歩いている後ろ姿を見ていてもわかる。
「米崎」
「うん?」
「評価を上げたかったら次から自分で動けと言ってたぞ! だから次は動かすぞ!」
「僕は弱いから。あんまりその運用方法はおすすめしないな」
そんなことを言いながら姿が人混みの中に消えていく。玲香が俺に向かって手を振ってから姿を消した。
「小春。全然起きないけど大丈夫?」
玲香の後に美鈴が現れると怖い。俺は一瞬固まったが、美鈴はそのことには触れなかった。そして常識外に早く現れた榊が、眠ったまま起きないことを気にしているようだ。
「まあ一気にレベルが130も上がればね。体を制御するだけでも難しいんじゃないかな」
俺もレベルが一気に90も上がった。何気に動きにくくて仕方がなかった。自分では1歩の力を入れたつもりが、4歩ぐらい進んでいたりする。玲香の記憶では人工レベルアップだと、あまり急激にレベルアップさせると人間の体が持たない。
まあレベル200の米崎ですら機材と人の魂を使えば、マークさんと玲香をレベル200にできた。何千年も生きる翠聖様なら、それぐらいのレベルアップは体に害を与えず簡単にできてしまうのだろう。
「それにかなり寝てないみたいだし休息は必要だろ」
「まあそうか……。全く、後ろにいると思っていた小春に追いつかれるどころか追い抜かれちゃった。むう」
「何気に榊って、ダンジョンに好かれてるって言われるステータスをしてるらしいよ。だから与えられる試練に耐えることさえできれば、俺でも考えられないような追いつき方をしてくるんだと思う」
「そりゃそうだけどちょっとショック」
榊のこの追いついてくるスピードは俺も驚いてる。外に出た時に何気なく言ったつもりの言葉。1ヶ月以内に来いという言葉。実現してみせた。それにあの翠聖様から見せられたビジョンが本物なら、榊は俺のために平気で命をかけてる。
以前、『私、イケメンのためなら死ねるわ』そんな言葉を言っていた。嘘でも何でもなかったようだ。というよりも今回のクエストでは、全員が俺の作戦のために一度は死んだ。恐ろしい事実だと思う。
同時にこのパーティーに臆病者はいないらしい。一番臆病なのは俺なのではとすら思える。みんな俺を信じて動いてくれた。誰も死なせたくないと改めて思う。だから次のクエストで誰かが死んだらと思うと、怖くなってくる。
「美鈴、正直ギブアップしてもいいんじゃないかと思える時がある」
「こんなに順調なのに?」
「ああ、今のままでも幸せになれるなって。美鈴と伊万里は一緒にいてくれそうだし」
「私一緒にいないよ」
「そうなの?」
「うん。いない。祐太が諦めるなら先に行くよ」
「そっか……。じゃあ諦められないな」
「うん。だからさ。進むのは自分だけの責任だとか思わなくていいから」
美鈴が口にする。ありがとう。やはり美鈴を一番にして良かったと心から思った。
美鈴が伊万里に呼ばれてる。エヴィー共々、楽しそうだ。
「はあ、しっかりしないとな」
次のクエストの作戦も根幹は自分が立てる。米崎は仲間が死にそうな作戦でも、俺が立てた作戦なら反対しない。それを採用するだろう。危険性の説明は別に俺にしてこない。今回もここまでのことになるとは言ってなかった。
だからこそ俺は気合いを入れ直した。
明日はチャンピオンREDの発売日です。
またよければ書店で手に取って読んでみてくださいね。
今回もバッチリ面白いです!





