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第二百二十六話 報酬

「では榊。前に出よ」


 翠聖様の声が響く。しかし、榊はそれを躊躇した。なかなか前に出ない。


「どうした?」


 翠聖様に聞かれる。


「あの、私はパーティーメンバーなんですけど、まだレベル100なんです。ここに来たのもついさっきのことで、五郎左衆の件というのもよく分かりません。ですからここで見てるだけで十分です」


 榊ははっきりと口にした。まあそうなってしまうよなと俺も思った。翠聖様は人の心をその人以上に正確に読み取ることができるようだ。白蓮様という神も同じことができたと言うから、長く生きる神には難しいことではないのだろう。


 しかしそうなると一切の誤魔化しは効かない。そして榊の頭の中には今回のクエストに対する情報がゼロである。こんな状態で報酬だけ受け取ろうとしたら、どうなるか分かったもんじゃない。そもそも榊の評価は難しい。


 俺も榊が何をしたか覚えていない。榊自身も覚えていない。そしてパーティーメンバーの誰も知らない。本人に至っては五郎左衆って何? から始まっている。活躍した形跡がある【明日の手紙】ももう消えてしまい手元にない。


 ただ俺としては、榊がこの後もいてくれるとありがたい。しかし今回の報酬から外されたら、多分もう着いてこれない。となるとやはり評価されてほしい。なによりも榊の手柄はかなり大きいはずなのだ。


「なるほど。では、お主は何も要らぬと?」

「はい。要りません」


 はっきりと口にした。自分自身の手柄を知らない榊は、自分が何かをもらうのは無理と思ったようだ。


「ではそのようにいたそう。こやつらに追いつくのは難儀と思うがまあ頑張れ。お主ならばいずれ追いつくかもしれぬ」


 望まないものに無理に与える必要もない。翠聖様がそれで納得してしまう。榊の頭の中にも何も情報がないのだから当然だ。ただ俺は納得がいかない。よくよく考えてみて、やはり、榊の協力がない状態でのクエスト成功率は低い。


 どう考えても一番大事な部分をしてくれている。だが主張しなければ終わってしまう。自分も覚えていないことを主張する。怒られないかと心配だったが俺は口に出した。


「少しだけいいでしょうか!」


 榊自身が全く自覚がないので、主張のしようもないが、たとえ無理だったとしても、一応耳にだけは入れておきたかった。こいつは俺よりも低い、たったのレベル100で迦具夜という綺麗であるが、恐ろしい女に一泡吹かせたのだ。


「六条。翠聖様が『そのように』と口にしたのだ。覆させるようなことを口にするのは非礼であるぞ」


 局長が口にした。やっぱり怒られるよな。やめとこうかと思ってしまう。それぐらいレベルが違いすぎる存在の気配は怖い。


「よい。此度は"変わったことも起きた"。童。聞いておこう。申せ」


 だが翠聖様の今の言葉に安堵する。やはりこの神は気づいている。時間が1日消し飛んだことに気づいている。それがどれほどのことなのか? 少なくとも局長ですら、時間のことについては気づいていないようだった。


「……」


 だから、この場で口にすることに悩む。時間に干渉する。それはたとえルビー級最上位であっても効果を発揮する禁じ手のように思えた。局長の何も気づいていない様子。おそらく迦具夜も、目の前で起きたことでなければ対処できなかった。


 そう思うのだ。だからこそ時間に干渉した。それを簡単に口にしてしまっていいのか悩んだ。


「ふむ。なるほど」

「あの」

「よい。喋るな。前においで」


 翠聖様に言われる。俺は言われるままに前に進み出た。そうすると翠聖様が正座から立ち上がると近付いてきて、しっかりと目を覗き込まれる。以前もされたことだ。そうするだけで全て見透かされている気分になる。


 いや気分ではなく実際に見透かされているようだった。


「……なるほど」


 俺の瞳を間近で見つめたまま納得している。息がかかるほどの距離。何も知らない俺が恐れ多いと感じてしまう。


「これ、下がるでない」


 頭をガシッと持たれた。


「あの、この体勢は何と言うか……」

「ふむ。だいたいわかった」


 翠聖様が俺を解放して一段高い場所へと戻った。俺はそのことで安堵した。


「悪いが全て見せてもらった。まあ一連の流れ以外は見ていないから安心せよ。それで六条の言いたき儀は理解できる。わらわも納得した」

「あ、ありがとうございます」

「とはいえ何が起きたかは、わらわでも実際に見ていなければ分からぬ。どうしたものか」


 翠聖様が考え込んだ。どうやらなくなった時間というのは、確認方法が誰にもないようだ。本当に起きたのかも分からず【明日の手紙】の内容だけでは、評価するにはあまりにも曖昧。


「榊小春」

「はい」

「少し待て。米崎というものもおらぬのか?」

「すみません。玲香と共に別の場所で報酬をもらうと」

「そうか……。ふん、小賢しい。まあよい。よくあることよ。では近藤。お前に預けるので米崎とやらに渡しておけ」

「畏まりました」


 よくあることなのか。翠聖様と局長は、米崎がここに来なかった理由にすぐに思い至ったようだ。俺も考えてみて、そうしてその理由に気づく。なるほど確かに小賢しい。いや、というより、1人だけずるい。


 昔の大名も相手の家に行くのをいやがったという。それは顔を見られるだけでいろんな情報が得られるからだ。体調がいいのか悪いのか。不安がないのかあるのか。今何を考えているのか。人は結構顔に出る。


 ましてや翠聖様は心を見る。それはミカエラよりも精度が高い。米崎としては近づくのが嫌だろう。


「では榊小春。六条祐太。両名だけ残り、あとは一旦下がれ。近藤も同じにせよ」

「は! お前たちさっさと下がるぞ」


 局長は翠聖様がそう言葉にするのをあらかじめ分かっていたようだった。特に疑問を挟まず、美鈴達も【明日の手紙】のことを知っているだけに、素直に頷いた。そして全員がいなくなる。


 巨大化が収まってもそれでもかなり広い部屋に、翠聖様と俺と榊が残った。


「榊小春。お主の手柄についてだが、六条の記憶にあるものを確かめたところ大きいと思える」

「そうなんですか? でも私何もしてませんよ?」


 榊が首を傾げる。何を言われているのかが全く理解できない。【明日の手紙】のことも教えていないままである。余計理解できないだろう。


「よいな?」


 翠聖様が確認を取ってきたので俺は頷いた。


「榊よ。【明日の手紙】というアイテムがあってな。時間に干渉し24時間後に起こったことを24時間前に10文字だけ送ることができるのだ。六条はブロンズガチャの専用アイテムでそれを入手した。使えば自分が経験した24時間を消し飛ばし、24時間前までなかったことにできる。残るのは10文字の手紙のみ。それも本人が読んだ瞬間に消える」

「そ、そんなのありなんですか?」

「本来はなしだ。そもそもわらわが生きている限りにおいてルルがその領域に自分でたどり着いていないものに、時間への干渉能力をガチャとはいえ与えたことをわらわは知らぬ。故に禁忌だ。本来滅多なことでは触れぬもの。話してやったが、たとえ近藤であろうと言うでない」

「分かりました」


 それは俺が頷いた。多分、榊も後ろで頷いてるだろう。


「榊。お主は、その消えた世界で、迦具夜という貴族、いや、これでは来たばかりのお主は分からぬか。レベル969の女の目をかいくぐり、【明日の手紙】を六条に渡すことに成功したのだ。先程から3042度、わらわの頭の中でその状況をシュミレーションしてみたが、お主が関わらぬ時の成功がこのような形ではまだ一度も実現しておらぬ。お主が関わらぬ場合、成功しても犠牲者が3名以上必ず出てしまう。そもそも100に1も成功せぬ」

「でも私覚えてないし……」

「確かに記憶にも経験にもないことを評価する。それはわらわもやったことがないのう。じゃが功を立てたことに違いはない。よって状況を鑑みて、お主が迦具夜を騙してみせたのは間違いないとする。レベル100であることを考えると誠、見事よ。報酬はレベル230としてやろう。ブロンズのコインは200枚。5億貨を与える。シルバーの魔法を二つ、スキルを一つ好きに申せ」

「う、うん……」


《六条! どうしよう!? ついていけないわ!?》


「えっと。うん……」


 俺に言われても困る。できれば榊が評価されてほしいと思って口にしたが、やはりそもそも覚えてないからフォローのしようがない。


《まあくれるって言うんだし、もらっておけばいいんじゃない?》

《でも私はここに来たばっかりなんだって。何もしてないのにブロンズエリアが終わるのはおかしくない? レベル230ってそういうことでしょう?》

《榊》

《何よ》

《多分【意思疎通】丸聞こえだよ》


「くく。ある意味前代未聞よな。さぞ戸惑うであろう。ついてこられたらわらわが驚く。ならば、わらわのシュミレーションの中で最も確率が高いものをお主ら二名に見せてやろう」


 翠聖様が口にした瞬間。


「待っ」


 嫌な予感がして俺が止めようとしたが間に合わなかった。頭の中にあるはずのない記憶が次々と浮かび上がってくる。仲間が全員死んでゆく。死の行軍、それでももう後に引けなくなって進むしかなくなる。


 最後に誰一人いなくなって迦具夜に籠絡される情けない俺。それでももう一つの人格が生きていた。そして榊が【明日の手紙】を届けたことにより、盛大に俺は迦具夜に向かって啖呵を切る。


 だが、実際のところ迦具夜は記憶をそのまま持ち帰ってしまった。そこまでしたのに、結果としては迦具夜に対してできたことはほとんどなく、悪の元凶は生きたままである。あの女は利益だけを享受している。


「これは真実ですか?」


 榊が聞く。おそらく榊が見たものは、俺が見たほど最悪な光景ではないのだろう。平気そうな顔で翠聖様に尋ねた。俺は口を聞くどころじゃなかった。恐ろしくなって青ざめた。万が一でも何か失敗していたら……。


「俺はバカだ」


 本当にバカだ。迦具夜に籠絡されたまま俺が五郎左と成り代わっていただけかもしれない。それはきっと最悪の人生で、それでいて俺は五郎左と同じく迦具夜に飼われる人生を幸せだと思い続ける。


 仲間が全員殺されているのにだ。


「そう嘆くでない。シュミレーションの結果、三度に一度、このケースでお主は成功しておる。ポーカーで言えば2ペアが揃う確率よりも高い。そこまで分の悪い賭けではなかったと思うぞ」

「そ、そうですか……」

「榊。此度の報酬はお主がレベル100ということを鑑みてのこと。あの女を最後まで騙しきった。六条に目を奪われ、迦具夜はお主の存在に未だ気づいていないようす。大変見事であったえ。報酬は堂々と受け取るが良い」

「あ、ああ…………私すごいですね」

「うむ。すごい。では、すまぬが、お主も下がってくれるかえ?」

「あ、はい」


 俺以外の報酬が決まり、そして俺と翠聖様。広い部屋には2人だけとなった。いや、一人と一柱のみとなった。


「……」


 俺の方はまだ顔が青ざめたままだった。


「なるほど。銀次があの時お主に『断れ』と言うた意味がよくわかる。本来であれば今の晴れやかなものは何もなかったということよのう。六条。お主もう探索者はやめるか? わらわが厳しいクエストを出した。それもあるが、どの道ルルも大差ないクエストを出したであろう。何よりも次のクエストも楽ではあるまいて」

「……」


 翠聖様が目の前にいるのに何も喋れなかった。頭の中がグルグルして、結論が出なかった。翠聖様は別に急がせるわけでもなくそのまま待ってくれていた。日本はシャレにならない戦争が始まろうとしている。


 ここで逃げたらその争いの中で逃げ惑う一般人になってしまう。それは何度考えを巡らせても、嫌だった。


 ただ強くなりたいと思った。


 自由になりたいと思った。


 それなのに俺は束縛されたままで、選べる道はそれほど多くなくて、逃げることは惨めになることを認めることと同じだった。


 結論などあのダンジョンに入ると決めた日にもう出てる。


 そう思えた。



「——ふむ、決めたかえ」


 翠聖様がすぐにそう気づいたようだった。


「はい。このまま俺は探索者のままです。どんな経験をしたとしても、レベル1000になることを諦めたくありません。弱いままでいる。それがどれほど惨めなことか。そのことだけはよく知っています」

「なるほどのう。確かに弱いままでいることほど情けないことはないのう」


 どれぐらい時間をかけて口にしたのかはよく分からなかった。翠聖様は衣擦れの音すらたてることなく、ただ待ってくれていた。最初に見た時。恐ろしい神様なのかと思ったが、かなり印象が変わった。


「実はな。先に約束していたこと。それはもうルルに聞いたのだ」

「そうなんだ」


 何を言ってるのかは分かった。ルルティエラという存在が、なぜ俺のようなものにこだわるのか。それを聞いてみたいのだ。そして代わりに翠聖様が聞いてくれたようだ。期待を込めて見る。


「じゃが残念なことにな。ルルはお主について何も語らなかった」

「ああ」


 それでいてそういう答えをわかっていた気がする。そんなに簡単にわかることではないと思った。


「それでいいです。いずれ自分で確かめられるように頑張ります」

「お主は結果が早い。続きを聞け。ただそれでは報酬としてあまりにも拙い。ゆえに何故かとわらわなりに考えてみた。そして何故なのか? ルルも"よく分かっておらぬのでは"と思った」

「本人がよく分からないですか?」

「うむ。今まででもよくあったことよ。人のルルは、人を好きになる。しかしその理由は本人もよく分かっていないようだった」

「自分でそこまで自分のことがわからないものなのですか?」

「ルルはな。わらわですら想像もつかぬほどの永遠を生きている。なぜそれほど生きているのかもよく知らぬ。本人もそれをよく分かっていないように思う。それでいて生きるために昔の記憶ほど忘れていくようだ」


 全てを覚え続けるには長く生きすぎているということ……。


 しかし今を生きる俺にはそんな昔の過去などない。


「俺へのこだわりは珍しいことではないんですか?」


 通常言われるダンジョンから好かれている。その範疇を俺もはみ出していない。理由がわからない。その程度の存在。自分で自惚れるなと思った。このダンジョンというものは、俺が想像していたよりもはるかに昔からあるようだし広い。


 美鈴たちの話を聞いてよくわかる。どれほどの生物が生息しているかも想像できない。そんな中で自分だけが特別などとバカバカしい


「いや六条。それでもな。やはりわらわが見てきた中で、ルルのお主へのこだわりは一番強いように思う。明らかに贔屓している。【明日の手紙】などお主の死を恐れているとしか思えぬ。そしてお主はそれに潰されまいとなんとか抗っておる。ルルは人の加減というものをよく分かっておらぬ。わらわ以上に分かっておらぬ。そしてな。ルルは好きであればあるほどそのものが早くレベルアップすることを望む」

「はい」


 慎重に言葉を聞いた。


「榊を見て思った。明らかにお主のためにここへと急がせたのだ。あのものはな。何も語らぬが統合階層ではずいぶんと地獄を見ておる。2週間ほどは片手がなかったようだ。全てSS評価など聞いたこともない。よく死ななかったものよ」

「そうなんだ」

「六条。ちと大変なことばかりが続くえ。死ぬでないぞ」

「畏まりました」


 その言葉はすっと出てきた。自分はいずれルルティエラにたどり着く。そんなことできるかも分からなかったけど頷いていた。


「うむ。ではお主の報酬を決めよう。此度の件、リーダーであるお主が最も成果を上げたものとする。ゆえにレベル250。コイン100枚。これは少ないのだがな。お主はガチャ運が高すぎる。これでも誰よりもはるかに多い報酬を受け取ることになるであろう。文句はないな?」

「ございません」

「うむ。では金子は10億貨を与え、魔法はシルバーで好きな物二つ。スキルも2つ。わらわもできればお主に生きて見てほしいと思う故にゴールドを一つやろう。使用には十分気をつけよ」

「ありがとうございます」


 きっとそれはすぐには使えないと思った。だが死なない範囲で使わなければいけない時がくる。それも確かな気がした。


「米崎についての報酬もお主に教えておく。報酬は他のものと同じとする。理由はわかるな?」

「実際に行動をしていないからですね」

「そうじゃ。作戦参謀は必要だとは思う。じゃが、あまりにも安全圏での行動が目立つ。次から報酬を増やしたければ自分でも動けと伝えておけ」

「畏まりました」


 これは俺も悪い。米崎は戦闘が苦手だと思い、宿からほとんど出さずに行動させてしまった。あいつは別のクエストでは自分でもちゃんと動いている。今回は俺に従ってもらったばっかりにそれがマイナス評価になった。


 実際的な強さを重んじる大八洲国では自分で全く動かないというのは、いくらクエストの中で重要な役割を担っていても、評価が低くなる。そういうことだろう。


「ではスキル、魔法で欲しいものを述べよ」


 俺はそれを考える。しかし、シルバー級の魔法もスキルも詳しくない。そして一番詳しいであろう神様は目の前にいた。


「……翠聖様が思う中で、俺がもっとも強くなるもの。それを頂けると嬉しいのですが、こういう頼み方はダメでしょうか?」

「ふふ、よい。ではわらわが選んでやろう。魔法に飛ぶものと転移を。スキルに炎と糸を。そして何者をも砕く金を与えよう。——近藤。全員部屋に呼べ。反省したなら銀次達にも入ってきて良いと伝えよ」


 翠聖様が口にすると美鈴たちが中へ入ってくる。そして鎧を着た男たちが、大広間の中にどんどんと入ってきた。1人として女はいなかった。翠聖様のお世話は全て男がしている? いや余計なことは考えないでおこう。


 全員貴族なのだろう。こちらに視線が注がれる。


「これ、脅すなと言うたであろう!」


 何人かの貴族がさっと前を向き直す。叱られた子供のように憮然としていた。


「全くもって仕方のないやつらよ。六条。そしてお主たち。お主たちはこれでシルバー級だ。一部のものに至っては1年もかからずにシルバー到達。ほんに見事。いつぞやの老婆を思い出すのう」


 それはきっとダンジョンに出る山姥なんだろうなと思った。


「六条。シルバーに行くとしても、ここに居を構えるのが通例としてよくある。パーティー全てで使えるぐらいの屋敷を一つやろう」

「あ、ありがとうございます」

「いや、これは、老狸からの礼だ。桃源郷の三層に用意させてるらしい」

「それは、えっと」

「老狸は礼はいらぬと言っておった。あと、あのものは直接来れぬのが残念だと嘆いておった。代わりにこれを渡すようにと言われた。各自、【仙桃】を一つずつ与える。パーティー全体で必要な場合に使うためにともう3つ与えるとのことだ。あのものがかなり喜んでおった。代わりにはわらわが礼を言う。この通りだえ」


 翠聖様があっさりと頭を下げた。


「い、いえ、こちらこそありがとうございます!」


 全員が慌てて頭を下げ返した。そしてしばらくして頭を上げた。それにしてもよかった。これから先に出るクエストがどんなものであろうと。仙桃のお陰で死なずに済む確率がぐっと上がった。


 見たこともないたぬきの神様に俺は本当に感謝した。


「ではレベルアップを行う。全員立ち上がりしっかりわらわを見よ」


 俺たちの視線が翠聖様に集まる。翠聖様が胸元から扇を取り出した。それを広げ扇ぐ。そうすると翠聖様からこちらに力が流れ込んでくるように感じた。犬の耳をしたかなり年寄りに見える男がこちらを見ている。


 やはりかなり面白くなさそうだ。なぜかと考えてみてようやく分かった。レベルアップするというが、その力は一体どこから流れてくるのかと思っていた。レベル100までと違い、自分でレベルを上げることは修羅の道。


 そう言えるぐらいモンスターを倒してもレベルが上がらなくなる。レベルが上がるほどに1レベルごとのエネルギー量が大きいのだ。その膨大なエネルギー。それが目の前の翠聖様から流れ込んできているように感じられた。


 クエストを達成して報酬を与えるのはすべて、翠聖様自身ということか。暖かく力強い、そんなエネルギーである。枯れることのない巨大な翠聖樹。そこから少しだけ力を分けてもらっている。そう感じられた。


 体が充足感に包まれ顔を上げた。


「うん。終わったぞ。お主たちも気づいたかもしれぬが、これはわらわの力の一部だ。純粋なエネルギーとして与えたから、わらわの方に属性が偏ることはあるまいて。一度器が大きくなれば、あとはこのダンジョンから流れてくるエネルギーで、自然とレベルに沿った力を身につけることができよう」

「了解いたしました。この度は本当にありがとうございました」

「こちらこそよ。此度は大義であった。隠神刑部も大層喜んでおった。またなんぞ困ったことがあれば、おいで。近藤に言えば、わらわにつないでくれるであろう」

「ありがとうございます。過分なご配慮、感謝してもしきれません」

「よい。こちらも無茶を言うたな。六条。シルバーについて詳しいことは近藤に聞け」


 俺たちは全員で頭を下げ、局長に連れられて、帰ることになった。

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【ダンジョンが現れて5年、15歳でダンジョンに挑むことにした。】
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― 新着の感想 ―
クミカ?と思ったが、パーティ登録してないからかぁ
仙桃ありがたいねえ
小春への報酬は破格ですね。 裕太はシルバーを二つづつだけでなくゴールドも! あれだけ苦労したから報われて良かったね。 更には望外の仙桃まで! 米崎はちょっと残念。 ところでクミカは?
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