第二百二十話 Side迦具夜、祐太
Side迦具夜
なんなのだろうかこの強烈な虚無感は? 祐太ちゃんを待っていた。桃源郷の五層にある少しだけ賑やかな町。長屋が立ち並び、生活排水の匂いが鼻につく。下水道すらもちゃんと完備されていない場所。こんなところに自分が赴く。
男のためとはいえ、今までで一番能動的だ。
長い命の中であの美少年と二人……。
「本当に大丈夫なんですか?」
隣を歩く八代が聞いてきた。この子はこの町の悪臭についてあまり感想がない。平気そうに歩いてる。この子もこの子で欠けてる。私の部下らしい。周囲を見渡す。どれもこれも生命力の弱いものが必死に動き回ってる。
造られ捨てられた命。一口に失敗と言ってもいろいろあるが、この階層の人間の失敗の一番の原因は、レベルアップするための魂がうまく形成されなかった。そのためダンジョンの中にあって最も重要なこと。レベルアップができない。
哀れな存在。そういうものたちを見ながら、私が住まう場所なら裏通りにもないほど汚い表通りを歩いていく。誰もこちらは見ていない。私のような美しい女が歩いているのに気づかない。なぜかといえば気配を隠していた。
それだけで誰も気づかなくなる。それでいて私と八代がなんとなく怖い。私たちが歩いて行く方を自然と避けるように歩く。それはまるで暗い夜道を不気味に思って避けるように、レベルが違いすぎるものを潜在的に恐怖する。
「何が?」
どうしてかこんな場所でいろいろ考えてしまい、八代の言葉への答えが遅くなった。
「六条祐太ですよ。本当に彼が迦具夜様の運命の人なんですか?」
八代は物言いたげだ。この子は私が好きなのだろう。今回は本当に私が婿を取ると分かって、嫌がってる。そんな八代を見てると言いたくなってくる。
あなた私もうすぐ死ぬのよ。分かってる?
500年生きる私たち貴族にとって10年など一瞬に等しい。あまりにも時間がなかった。私が社交場でなんと言われているかも知っている。
【大八洲一の行かず後家】
【売れなかった名画】
【大八洲一の美女にして、悪女にして、モテない女】
そういう貴族たちをギャフンと言わせたかった。何よりもやはり男というものを知ってみたい。長く生きてきて今になって婿探しに躍起になる。
「それは間違いないわ。今までで一番ピンと来たもの。これが違っていたら、この世に本当に私の相手はいなくなっちゃう」
「そうなんですかね」
「文句がありそうね」
「別にそんなのはないですけど、私がお仕えするようになってからでも、もう何度目のことか」
死期が近づくほどに心が焦ってくる。今度こそは、今度こそはと。この五層の憐れな存在のように、この身が老いるならとうの昔に諦めるだろうが、私たちにはそれがない。そうすると死期が近づけば近づくほど、爽健な体が疎ましくなる。
身を持て余して、気が狂いそうになるほど寂しくなる夜がある。そんな日が何日も続く。誰か私を愛してくれと、何度思ったことか分からない。そうして探し求め、未だにこれと思った男がいない。人は私が我が儘過ぎるという。
でも私はあまりにも長く生きるのだ。結婚相手になる男には最高でいてほしい。
そう。最高で……。
私の足が止まる。
「どうかしましたか?」
八代が見てくる。
「……」
その時、奇妙な映像が頭の中に流れ込んでくる。
「祐太ちゃん」
私は膝をついた。
「なにこれ? 頭が痛いっ」
貴族になってからこんな経験は初めてだ。頭が痛くて、その痛みに耐えかねて意識が遠のく。何者かの攻撃か? いや、私をこんなふうに害せる敵対者など翠聖ぐらいだ。しかし違う。昔あの女が怒って、体を燃やされた時とは違う。
『燃えて一皮むけて随分醜くなったではないかえ。人など一皮むけてしまえば全て醜くき汚物よ。少し美しいからと、調子に乗るでない!』
あの時は本当に怖かった。でも、あの女はこういう感じじゃない。なんだこれは? 膝をつき地面に這いつくばった。こんな汚い場所で、地面を這いつくばるなど嫌だ。そう思っていたら八代が慌てて支えてくれた。
眠ったことなど何年ぶりか。
それが分かった。
私は八代の腕の中で寝てしまった。
貴族になっても普通は眠るのだ。
それが私はここ数百年眠ったことがなかった。
なのに眠っていて、それを意識が遠のいた私が俯瞰して見ている。
「迦具夜様! 迦具夜様!」
八代が慌てふためいて声をかけてきた。
夢?
それは幻のようで、何かが見えた。
起きていないはずのこと……どこか分からない場所。工場? こんな場所で私が服を脱いでる。そしてそのまま祐太ちゃんに尽くす私……最初は良かった……喜ぶ彼は幼くとても可愛かった……だが徐々にその瞳がただの私への服従に変わる。
あーつまらない。
あんなにいいと思ったのにこんなもの。
いつも通り飽きてしまう私……。
またこんな悪い癖が起きるの?
それならさすがにパーティーメンバーを殺さずに放置するか。五郎左衆さえ始末してもらえばいいわけだし、そんな考えが起きる。でもいつも通りじゃなかった……祐太ちゃんは私の予想を超えて見せた……あの子はとても輝いてる。
……私はそれに魅せられて。
……そしてついに私は……
"愛を知る"
「ふふ、ふふふふ、アハハハ!」
目が覚めた私は八代の腕の中から降りて、姿を隠すことも忘れて道の真ん中で狂ったように笑い出す。これは何? 未来の記憶。これから起こること……。そうなのね。あなたは私に抗って見せたのね。でもどうして記憶が残せた。
過去の……いえ、未来の自分はどうしたの? あの御方の言葉を聞く限り、たとえ貴族でも消えた世界の記憶は残せないはず。何が起きたの? 考えていたら手のひらに金色に輝く光が宿っていた。
それは私が400年以上生きた時にふと使えるようになった現象だ。燃費効率が凄まじく悪く、これを使うと周囲の人間が私にひれ伏す。八代も膝をついて頭を下げていた。
「ああ、そうか……」
この光はレベル1000を超えた者が使う神気だ。使えるようになった時、色々試してみたけど、燃費効率があまりにも悪くて、その癖、人を怖がらせる以外の役に立たなかった。だからほとんど封印していた。
今も体中が脱力した。息が荒れた。肩で息をするなど何十年ぶりか。ああ、祐太ちゃん。私をこんなところまで追い詰めた。あともう少しで、あなたが本当に勝ってたのよ。すごいわ。よくぞこんなことまで考えられたわ。
いい子、いい子してあげたい。
でも最後の最後に私を煽ったのは、やりすぎだったわね。おかげで私は愛を知れたわ。あれで私はあなたを死んでも逃したくないと思ったの。きっと世界が壊れていく瞬間。私は思いついたのよ。神気を脳みそと魂に張り巡らせてみようと。
そのおかげで自分の1日分を消滅させられずに済んだ。周囲を確認する。あのことが起きた時間からぴったり24時間前だ。覚えてる。私も覚えてるわよ祐太ちゃん。褒めてくれるかしら? 報告したら祐太ちゃんは私のこと褒めてくれる?
いえ、でも、祐太ちゃんは記憶を残せるの?
この力は彼では使えないわ。でもあの方の言葉からして、祐太ちゃんがやったことには間違いない。手紙……そうか。あの手紙の中身を24時間前に送る能力。多分そうね。私は無理だけど彼はできるの……。
「あの、大丈夫ですか? ここで姿を見せるのは予定と違いますよ」
ここでは一切私の姿を誰にも見られないようにする。そういう約束だった。しかし、見せてしまった。いや、八代がとっさに自分の隠密スキルを私にかけたか。誰もこちらを見てない。私の気配を抑えるために八代は苦しそうだ。
「ふう」
私は深呼吸をして自分を落ち着けた。
「もういいわよ。自分で隠れるから」
「は、はい。というか何なんですか? 急に笑い出しておかしくなったのかと思いましたよ」
「いいの。これは私と頑張った祐太ちゃんだけの秘密よ」
「はい?」
「それにしても困ったわ。これってびっくりするほど祐太ちゃんに嫌われてるわよね」
仲間を全員殺されて、嫌われない方が難しい。それなら【媚薬】漬けにすれば私の好きにできるだろうが、あのタフで格好良い祐太ちゃんは二度と戻ってこなくなる。咄嗟に自分を2つに分けた祐太ちゃん。
その2つの人格に同じことを行えば、もう死んだも同然だ。
「あのままのあの子が欲しい……」
手紙はもう読まれている。あの手のものは手元に届けば本人はすぐに気づくはず。多少でも時空が操れるならば、時空の歪みには敏感なはずだ。今、私は意識を失っていた。その時間は10分ぐらい。
今から探し出して、【明日の手紙】を読まないようにするなんて間に合わない。
「困ったわ。男に好かれる方法が思いつかない」
「何言ってるんですか? 六条祐太の女を全員殺して、その後彼を【媚薬】で気持ちよくして、好かれるって計画でしょ」
「八代。あなたってバカなの? そんなことをして得た"愛"に何の意味があるの? 造られた愛の何が嬉しいの? そんなことだからいつまでたってもあなたは養殖男しかできないのよ」
「うわー、いくら迦具夜様でも聞き捨てならなーい。今、迦具夜様は養殖男を持つ女、全てを敵に回しました。というか、自分がしようとしてたんでしょう。寿命が近づいてきてボケたんですか?」
「ボケてないわ。どうしましょう。八代。祐太ちゃんの仲間を全員殺して、それでも愛される方法って何かない? 【媚薬】はなしよ」
「……」
八代がとても表現しにくい怪訝な顔で私を見てくる。
「こ、殺さなければいいのでは?」
「ダメよ。もう殺しちゃったもの」
「いつの間に!?」
話が噛み合わない。ダメね。どうしましょう。今まで自分がしてきた行動を後悔したことは一度もなかった。たとえ男がひどい目にあっても、それは私を満足させられない男が悪かった。でも満足させられてしまった。
私の心の渇きを潤わせる。私の頭の中を祐太ちゃんが埋め尽くしてる。ダメ。好きすぎて祐太ちゃんのこと以外考えられない。私の生涯の相手は決まった。後は両想いになるだけ。ふふ、楽しみ。どうしてあげましょう。
私は自然と笑顔になった。
八代は相変わらずこちらを怖そうに見ていた。
Side祐太
想像以上に大変なことになった。やべー。五層に降りる。その一瞬前にクミカが俺に【明日の手紙】の内容を知らせてきた。仲間は全員死亡。こちらは抵抗らしい抵抗を何もできない。五郎左衆は全滅させることができるが、俺自身も操り人形。
途中で自分の人格をもう一つ作ることで、何とかそれに抵抗して、手紙を書くことには成功するが、こんな相手ではそれ以上のことができた可能性は低い。ここから勝利するには、猫寝様だけでは無理だ。
戦力が足りない。
単純にレベル900以上の協力者がいる。
それがいなければ俺以外の人間を皆殺しにされて終わりだ。
《黒桜、お前の本当の力》
思わず無理だと分かっているのに言ってしまった。
《祐太。悪いけどそれ以上話したらダメにゃ。黒桜はそれをしないという約束でここいるにゃ。何よりもダンジョン内では特に無理にゃ。黒桜を当てにしちゃだめにゃ》
《そうか……》
それができたのなら黒桜がいた時点で、こんな遅れの取り方はしていない。黒桜は多分自分の力を制限することで、ここにいることが許されている存在なのだ。それを破ることができないからこそ、ここまで悲惨な事態になった。
何よりもエヴィーの召喚獣を勝手にアテにするわけにはいかない。
次に思いつく相手を俺は口にした。
「摩莉佳さん。局長に『五郎左衆の一連の事件に、貴族の関与が濃厚になりました。一緒に五層へ降りて貰えませんか?』って確認してもらうことはできますか?」
「もちろんできるが、本当に動いてもらうなら証拠の提出が必須だ。どこの誰が五郎左衆の犯行をバックアップしたのか? その確かな証拠さえあればいくらでも出動してくださる」
そんなものはもちろんない。そして【明日の手紙】自体もクミカが読んだ瞬間、手元から消えたそうだ。
「『俺のことを信じてください。この命をかけます』。で、どうでしょう?」
「話にならんな。そんなことで動かれる方ではない」
「ですよね……」
俺は黒い輪っかの手前で、しばらく考え込んでしまう。どう考えても下に降りたら再び皆殺しだ。それでも、正直言えばその事態に対する実感がない。仲間が全員死んだ。と言っても俺が直接見たわけではなかった。
たった10文字の文字でそれを知っただけだ。
もちろん米崎のおかげで、暗号化されてるから、1000文字以上の文章として頭の中に入ってきた。
【嵐 蔽 麺 歴 網 謙 昆 聴 煮 酪】
これらの文字の全てに米崎が、100文字以上の文章をつけた。それを探索者の頭で強引に覚えてしまったのだ。完全に覚えることができたので、どれほどやばかったのかは伝わる。文字のすべては月城迦具夜の関与を示すものばかりだった。
考えられていた想定の中でかなり最悪の部類。しかし問題はここから先。こちらも猫寝様以外の戦力も必要になる。その可能性はもう一つある。頼れるとしたらその人たちである。迦具夜には届かないレベルの貴族3人。
再び午前0時が来れば、五層に降りてくる伴藤家ゆかりの貴族。
それは約24時間後のことだ。
それを待つのは……。
「ダメだよな」
それは分かってる。ただこの3人が、今俺が動かせる戦力の中で最も確実性が高いと思った。黒桜は多分、無理をさせたら、いなくなってしまう気がする。探索局の局長は頼ってもダメな場合、時間のロスが痛すぎる。
「六条。いつまでこんなところにいるつもりだ? 五郎左衆から招待されたんだろう。降りなかったら今度は向こうからここに上ってくるぞ」
「そうなんだよ」
様子を見に月城迦具夜が上ってくる。その時点でアウトだ。というかこんなところで考え事をいつまでもしている時点でかなりやばい。
「はあ」
俺はここの地面に【明日の手紙】と【焔将の魔法護符】を埋めておく予定だった。魔法護符まで埋めようと思ったのは、俺の精神に負担が少ないブロンズ級までのアイテムで操られていた場合、魔法護符を手にしただけで正気に戻る。
それなのに、万が一月城迦具夜にボディチェックをされて、魔法護符を奪われると、それもできないからここに埋めるつもりだった。ただ【媚薬】の場合は自分の想像以上の快楽によって、言いなりになってしまうため、回復しない。
そして一番使われる可能性が高いのは【媚薬】だったようだし、実際使われたのは【媚薬】だった。
《祐太様、撤退を……ここで降りてはいけません》
基本的に俺の言うことを全面肯定してくれるクミカでも、【明日の手紙】の内容を知ると降りる気が失せたようだ。そこに美鈴から声をかけられた。
「そんなに内容が悪かったの?」
【明日の手紙】を知ってる美鈴が話しかけてきた。
「うん……」
米崎は、
『ここから先は君が考えなさい。正直僕でも良い案が浮かばなかった。君が例の貴族の3人にリークを提案した。しかし、それでも、彼らは隠神刑部が死ぬ前に行動を起こさない。それがこの国の貴族の守るべき礼節なのだろう』
こういうときの米崎は頭の中に答えがいくつか出ている。そしてその中で一番可能性が高いものを分かっている。あいつなら一番正しい答えを選ぶ。でも俺に選ばせようとする。ダンジョンの中では正しいことが正しい。
それが通用しない。
意外と間違った行動でも正解になることが多い。
正解が揺れる。
そういう時に米崎はいつも、
『なぜだろうね。僕はそういう時に正解を引くのが非常に下手だ』
だから、レベル200の先に進むことができなかった。
そんな話をしていた。
「迷ってても仕方ないな」
局長が頼れないならば、その3人が最適解である。俺はスマホを鳴らした。米崎は猫寝様に頼んでスマホの連絡先だけはゲットしてくれたようだ。貴族の連絡先。簡単に手に入るものではなかっただろうに、
「今回はほとんど考えてもらったしな。ここからは俺の仕事か」
『誰だ?』
電話越しなのに圧迫感がある。高円寺高虎。赤い虎の姿をした貴族らしい。赤虎とも呼ばれる人で、転生してから織田に言われて自分の名前を改名したらしい。
「六条祐太と言います」
『ああ、少し聞いてる』
貴族ということで、いきなり電話などかけられない。かけていいですかという許可をちゃんと取っておかないと、番号を教えたからと言って気軽に電話すると、かなりお叱りを受けるらしい。
『レベル160程度でありながら、五郎左衆を随分と殺してくれたようだな。礼を言う。逃げられたらどうしようもないしな。ほぼ全滅と聞いてかなり胸のすく思いだ。それでなんだ? 猫寝から、聞いてあげてほしいと土下座をされた。だから聞くだけは聞く。言え』
「今回は折り入って頼みがあり、連絡をさせてもらいました」
『五層に先行して降りろ。ということなら聞けんぞ』
ある程度こちらの言い分は読んでる。あまり考えて動くタイプの貴族ではないと、話は聞いていたが、手強そうだなと思った。
『今は喪に服すとき、隠神刑部様が明日死ぬという時にそんな非常識なことはできん』
探索者は基本的に死ぬ時がはっきりしている。レベル499までは115年で死ぬ。貴族になってからは500年で死ぬ。それは神でも同じこと。レベルがそれ以上に上がらない場合1000年で死ぬ。ただ、半分ほどの神は千年を超えて生きている。
そういうのはレベル1000を超えて2000とかに到達している。アマテラス、ツクヨミ、スサノオ、翠聖、そしてまだ名前も聞いたことのない2柱。これらはまさに想像もつかない神の領域。
だが通常は神々ですら、死ぬ日が決まっている。そのため、死ぬ前に"喪に服す"ということが起きる。基本的には神が死ぬまでの1ヶ月間は、目立った行動をしないこと。それが基本だった。
例外はルルティエラ、もしくは神からクエストが出た場合である。その場合に限り喪に服さなくてもいいとされる。俺は翠聖様からクエストが出されているから例外だ。おまけに今回の件は隠神刑部様の憂いを晴らすという大事な意味もある。
それでも、この国の常識として、この日貴族が動くわけがなかった。なんなら死んですぐ動くのですら常識外れ。3人の貴族はそういう意味では五郎左衆首魁を逃さないために精一杯早く動いたと言えた。
「それでは間に合いません。月城迦具夜は俺の仲間を全員殺してしまいます」
『おい小僧。みだりにその名を使うな。ましてや犯罪行為の首魁として、貴族の名前をあげるなど、もし耳に届けば殺されるぞ』
「これは隠神刑部様の為にもなります。死ぬ前に安心して死んでいただきたいのです」
顔も知らない神様のためにそんな気持ちはない。だがこの言葉はこの国の人間には効くはずだ。
『……あと24時間待て。今からならもうそんなにない。午前0時まで待てば、お前たちと共に下に降りてやろう。これはできる最大限の譲歩だ。六条祐太。貴様の働き誠に見事だ。貴様の話を聞くたびに楽しく思っていた。だからこそ待て。今はその時だ』
頑なな人だ。決まりは決まりだと言いたいわけか。
「無理です。そんな時間まで月城迦具夜は俺を見逃しません。俺はそれが怖い」
『ここまでのことをなしたのであろう。今更臆したか?』
「事実です。五層の輪の手前にいます。いつ、月城迦具夜が現れてもおかしくありません」
『では早く逃げれば良いではないか』
でも、この人はちょっと甘い。自分も月城迦具夜を疑っていたことを認めてしまっているような喋り方だ。
「逃げたくないから嫌です」
『な、何を言っておる。相手はあの月城迦具夜ぞ。単体ならばお館様と伍する化け物女ぞ。我等もこの件は命がけ。たとえ死のうとも伴藤の敵は討ってみせる。そう思っての行動よ。お前達が五郎左衆に対してなしたことを鑑みて信じたのだ。お前も我らを信じよ』
たとえここで逃げれたとしても、これから俺が行動しない24時間。あの女は考え続ける。そしてそんな時間を与えれば間違いなく、証拠なんて何もなくなる。五郎左すらどこかわからないところに始末してしまいかねない。
「冷静になってください。あなたたちの行動は世間的にもそうなるだろうと知られてる。月城迦具夜の裏などかけません」
『裏などかく必要がない。大八洲の貴族たるもの正面から打ち破るのみ!』
「……」
どうすれば動く。考えろ。24時間待つのはダメだ。絶対に五郎左衆自体がいなくなる。そうなればクエストクリアはなくなる。俺は考えに考えた。そして、
「俺は織田様の家——」
「だーめ。祐太ちゃん」
最後の手段として"織田の家臣になる"と口にしようとした。しかしそこで後ろからふわりと柔らかいものに抱きしめられた。身動きが取れなかった。後ろから頬にキスをされる。その横顔を見た。この世のものとは思えないほどの美しさ。
月城迦具夜がそこにいた。





