第二百十九話 Side小春、綾歌、迦具夜
Side小春
夜の桃源郷。名前は華やかだが、五層ということもあり夜の街の灯りはまばらだ。おかげで夜空の星のあかりは綺麗に見える。まあこの星が本当に地球で見る星と同じ恒星によるものなのか、人工的な光なのかは分からないけど。
高度100mほどでホバリングしながら地上へと近づいていく。雷光に乗っている間は、さすがにばれないだろうとレベル100に戻して、【念動力】で姿勢制御を行う。ダンジョンが現れてもうすぐ6年になってくる。
たったのそれだけで、もうここまでのものが開発されている。純粋にそれはすごいことだなと思う、
「乗り心地は最悪だったけど、大したもんよね」
地上へと土埃を巻き上げながら着陸して、キャノピーが開いていく。地面に降り立つと少しふらついた。怯えてる暇はない。時間を確かめる。あれから1時間も経ってない。残りの距離は1000㎞。これ以上は雷光じゃ近づけなかった。
猫寝様情報ではこれ以上は月城迦具夜の知覚領域に触れる可能性が、0とは言えないのだそうだ。そんな敵を相手に大丈夫かと思った。しかし、月城迦具夜は今かなり自分の能力を抑えてる。そのはずなのだそうだ。
だからこそ大丈夫だ。490年生きてきてようやく初体験の最中。
「羨ましい……」
まあ六条の人権を無視すれば、非常に楽しい時間であろう。今が一番警戒がゆるい。ただ配下のゴールド級が、大事な時間に邪魔が入らないようにと見張っているはずである。何人いるかは分からないが、そいつらへの警戒は外せない。
「問題はついてからなのよね」
中央に近づいてることもあり、舗装された道路が見えてくる。人の多そうな区域は避ける。時間は間に合うだろうから一直線に向かおうとはせず、砂漠地帯などを経由して、山道も走り、こんな場所でも見られている可能性を捨てない。
博士からは、
『六条君の反応が100㎞まで近づいたら、もっと気をつけなさい。見張りのゴールド級はさすがに常時発動型スキルまで外すほど間抜けではないだろう。おまけに五層の人間は地球人とほとんど同じ速度でしか動かないらしい。だから、君も一般人より速く動けば怪しまれる』
『つまり?』
『残り100kmは普通に歩きなさい』
『残り100kmで普通に歩いたら、日が暮れて登ってきますよ』
『だろうね。だから、そこからはバイクを使いなさい。五層のバイクを手に入れておいた。それでできるだけ近づくんだ』
そう言われていた。
「博士はよく分かってるな」
私がバイク好きなのを知っているんだろう。それは近未来的な感じのバイクだった。前が長くて後ろが短い。乗り込むとまんまア〇ラだ。赤の塗装だったら完璧だったけど、私のカラーに合わせてくれたのか紫だ。
エンジンをふかす。なかなかご機嫌である。アクセルを回す。その振動が体に伝わってくる。とてもいい。また六条とバイクに乗りたい。今回のご褒美にツーリングしてくれないかな。
「いや、覚えてないんだったわ」
砂漠の真ん中をアメリカで見たことあるような、どこまでもまっすぐで、広くて、舗装の行き届いていない道路が通っていた。思いっきりアクセルを回した。風が心地いい。自分でもこれより速く走れるのだが、バイクは別腹だ。
「それにしても」
合流したらきっとみんなとワイワイできると思ってた。正直これまでずっと一人ぼっちだったからかなり寂しかった。神楽さん達はアドバイスをくれるし、博士の援助金があったから私はお金にも困ってなかった。
とはいえついて来てくれる仲間がいない。下手に仲間にして六条に近づけたくなかった。だから私は仲間と探索者をしたことがない。元彼とはあまりにふざけてるから一緒に回ってないし、仲間と探索者をしたかった。
本当、成功させないとね。
全然実感が湧かないが、"もう皆死んでるんだ"。生きてるのは六条だけ。その六条もどこまでまともな精神を残せているか。考えていると格好良いバイクに乗れた高揚感が消えてくる。それにまだまだ冷静にならなきゃいけないことが多い。
このバイクで近づく行為も、ここまで近づくと、単純に近づいてはいけないと言われていた。だから私はバイクを3回乗り換えた。間抜けな発言が聞かれてはいけないから声ももう出せない。
博士は今回のことをかなり警戒していて、私はかなり細かく指示されていた、
『月城迦具夜は家臣のゴールド級で、警戒心の強いものを必ず1人連れてきてるよ。ある一定以上近づけば会話を全て聞いていると思った方がいい。それとマジックバッグで大型のものを出すこともやめておくこと。
そのマジックバッグはかなり高級品だ。普通のマジックバッグは戦闘機なんていう巨大なものは入らない。あまり巨大なものの出し入れは、それだけで、十分怪しむ原因になる』
「このバイクもらっていい?」
「はい。お客さん。263万貨になります」
「高い。もうちょっと安くしてよ。いいでしょ?」
値切り交渉も必ずすること。高額なものを値切らずに買うものは五層にほぼいない。その会話でも聞かれれば怪しまれる。警戒心が強いゴールド級の"怪しいリスト"に入って、存在を追いかけられ続けたら、その時点でアウト。
かなり注意されたけど、正直、敵が見えなすぎて、そこまでの警戒が必要なのかどうかよく分からなかった。それでも失敗したらみんな死んだままだ。こんな時に手抜きはできなかった。私は念のために建物に入り【天変の指輪】で姿を変える。
猫耳のついた今までと違う姿になる。そうしてから外に出る。かなり近い距離まで来た。
時間は?
確かめるともう夜の11時になっていた。あと1時間ぐらいで最初の一人が死亡する。それは【明日の手紙】で24時間前に戻っても、その24時間前が、すでに1人死んだ後では間に合わないのだ。
だから【明日の手紙】は六条達が五層に降りる前に届くようにしなきゃいけない。私は迦具夜たちがいる場所に近づいていた。六条がいるはずの10番目の工場。それが目についていた。それでも、止まったら怪しまれる。
何よりも寒気がした。
残り1kmぐらいの距離まで来て、これ以上は近づきたくない。はっきりそう思った。実際誰も近づいてない。ゴールド級の探索者が気配を放って威圧をかけてるんだ。一般人だとそれだけで近づくのが怖くなる。
私はなんとか近づけるけど、もちろんここから中に入るわけにはいかなかった。威圧をかけているのにその中に入ったら、怪しまれるなんてもんじゃない。入った瞬間に直接来て殺される。それが間違いないと思えた。
『チャンスを待ちなさい。この案は六条君も言ってたことだ。それは必ず出来ると』
信じてるわよ六条。あと、できれば正気でいてね。敵対して斬りつけてきたりしたら、本気で泣いちゃうわよ。
Side綾歌
「綾歌ー。そんなに気を張ってて疲れない?」
「疲れない。八代。真剣に警戒しなさいよ。迦具夜様のお相手がようやく決まったのよ」
「そりゃそうだけど。本当にちゃんと決まったのかなーって気もするしー」
「どういう意味よ?」
「あの人、伊達に490年もこじらせてないから」
迦具夜様の影の部分。それを一番知ってるのは八代だ。私じゃないのが悔しい。急に来てあっという間にレベルが上がった八代。そのせいか考えが甘いところがある。私はそんな八代の穴を埋めるべく、迦具夜様に呼ばれていた。
私の得意技は諜報と暗殺。いわゆるくノ一だ。
「まだここに来て10年かそこらのあなたが、ずいぶん迦具夜様を知ったふうね」
「そんなつもりはないんだけどさ。正直ちょっと拍子抜け。六条君の仲間は全員簡単に死ぬしさ。おまけにあの子は顔がいいだけの腑抜けでしょう」
「それは仕方ないわ。レベル差がありすぎるもの。あなただって何倍もレベルが違う相手に何かできる?」
「できない。でも、490年探し求めた答えがあれって感じはする」
「辛辣ね」
思わず話し込んでしまった。何しろここは五層だ。正直どれもこれも一般人の動きしかしない。車やバイクでも一直線にこっちに近づいてきているものがいれば、全てチェックしていたが、やはり探索者と呼べるほど危険なものはいない。
こんな状態がもう12時間ぐらい続いていた。その間に迦具夜様は完全に六条祐太を骨抜きにしてしまった。届いてくる声で分かる。六条祐太はもう迦具夜様以外は目に入らない。正直自分だって、あれがとは思う。
「私はさ。一時期自分がレベル1000を超える器だって思ってたことあるんだよね。でも、それがさ。迦具夜様を見た時に私は違うんだって分かった」
「……」
「なんとかお貴族様にはなれそうだけどさ。それもどこまでレベルが上げられるか、あんま自信ない。それなのにさ。もうすぐレベル1000を超えられるかもしれないっていう人が、可愛いだけのボンクラを選ぶのかーって」
威圧は八代がしてくれている。だから1㎞圏内には誰もいない。先ほど入りかけていた猫耳の女の子はいたが、それも引き返してしまった。
「なんだか私までそんな気がしてくるじゃない。やめてよ。これからお仕えするのよ」
「だってさー」
喋りながらも神経の方は研ぎ澄ませておいた。近づけば殺す。近づくなと示しているのに、近づくんだからさすがにそれは許せない。今回の件は後味の悪いこともある。たかがレベル200とはいえ、パーティーメンバーを皆殺しにした。
正直いくらなんでも酷いとは思う。私が殺してきた男の首で、全員殺したと聞いた時はなんとも言えない気分になった。ただ、迦具夜様の気持ちを考えると忠言はできなかった。
それに八代は色々言うが、私は確かに六条祐太に輝きを感じた。パーティー仲間だって敵が五郎左衆だけなら殺されたりなんてしない。そういう粒揃いだった。
「男さえ絡まなきゃ理想的な上司ではあるんだけどね」
「言えてるー」
だから思わず本音が出てしまった。頭がよく商才もある。そして強く美しい。大八洲国で12柱を除けば、これほどの女性は他にはいない。だがどうにも男が絡むと行動が残酷になる。きっと最初のやらかしが、あの人をこじらせ続けてる。
私はもう50年以上の付き合いになるが、惨いと思ったことは一度や二度ではなかった。ただそれでも私はあの人に惚れ込んでいるから離れようとは思わなかった。
Side迦具夜
「聞こえてるわよ」
全くちゃんと見張ってるんでしょうね。
「どうかした?」
「あ、いえ、何でもないの」
最初は私への憎しみが消えなかった彼だが、1時間、2時間と時間が経過していくほどに心の中からそういうものが消えていってるのが分かった。3時間経過して私を害する心配がなくなると、レベル160まで落とした。
敵意が無くなったから落としても大丈夫だろうと思った。それにそうじゃないと初めてがうまくいかなくなるかもしれない。旦那様に対して十分ご奉仕をして気持ちよくして差し上げて、そこからまだ最後までせずに奉仕を続けている。
尽くして尽くして6時間も経つ頃には仲間を全員殺された恨みなど消えてるようだった。護衛だけはしっかり置いて、何かあれば対応してもらうようには言っていた。何よりも、できる限り邪魔されたくなかった。
「ねえ、迦具夜は幸せ者だわ。だってあなたに出会えたのですもの」
「そう言ってくれて俺も嬉しいよ」
自然とキスしてくる。何気にこれも初めての経験だった。心が幸福で溢れていく。こんな幸せなことを490年間も我慢してきた。これだと思える相手が本当の本当にいなかった。強くなれる可能性のある子には何度か出会った。
でもそういう子にはいつも相手がいて、私が入る余地はなかった。知り合いの貴族の女たちは、相手がいなければ造ればいいとみんな妥協をした。造らずに適当な相手を選ぶ子もいた。本当の恋へと成就した貴族もいる。
でも自分はどうしても最初から両想いの人と関係を築いていきたかった。多少は作ったけどこれぐらいは、さすがに許容範囲だと思う。
「最後の最後であなたが見つかって良かった」
「俺も迦具夜に出会えてよかったよ」
あともう少しで死んでしまう。とりあえず神になることでそれを回避しようとした。しかし戦力は心もとなかった。これでは織田や近藤に勝てない。五郎左衆は成果を出してくれたけど、それでもまだ戦力が足りない。
悩んでいたところにこの子を見つけた。五郎左衆をそろそろ始末してしまわなければいけない。そう考えていた。翠聖が私を嫌うならそれに乗って、クエストを受けた六条祐太に全員殺させたらいいと思った。
正直ここ数日はとても楽しかった。
「でも……」
ああ、いけないな。
「なんだか……」
また私の病気が出てきた。
「違う気もする……」
もう終わり。
ああ、まただ。
私の悪い癖だ。
「この子こんな顔だったっけ?」
口について出てしまった。目の前の男の子に興味がなくなってきた。この子名前は何だったかしら? どうして私は手に入ると興味をなくしてしまうのだろう。この子は本当に輝いてる。でも手に入るとやはりなんだか違う気がする。
「はあ、この気持ちになるともうダメなのよね。嫌だわ。また探し直すの?」
私は結局最後までせずに立ち上がった。
「八代。綾香。なんだかちょっと違う気がするの。この子、死黒がいた牢屋に入れておいてくれる?」
「ええ、"また"ですか」
綾歌がすっと私の目の前に現れた。八代も後ろにいる。綾歌は違うけど八代は私がお気に召さなくて嬉しそうだ。それを見ながら、私はゆっくりと自分のレベルを戻していく。数分で体に力が充足していく。彼が私を怯えた目で見てくる。
つまらない……。
どうしてこんな男しかいないの……。
「いいと思うんですけど、いらないなら私がもらっていいですか?」
そして、八代は欲しそうにしている。
「ダメ。この子才能だけはすごいわ。下手にダンジョンに出してたら、私より強くなっちゃう可能性がある。そうなると制御が効かないわ。仲間も全員殺したから、放置しておくと、いつ恨みの思いが復活するかも分からない。牢屋の中でしっかり管理しなさい。顔だけはいいからたまに愛でに行くわ。手垢をつけるんじゃないわよ。それと綺麗にだけはしておいて」
「レベル1000は諦めるんですか?」
「いいえ、大鬼を見ててちょっと思い出したことがあるのよ」
「何ですかそれ?」
「ふふ、いいの」
もう1つの方法を試してみましょう。あまり大八洲国では使われているところを見たことがなかった。魂の移植。すっかり忘れていたけどそういうのも昔はあった。この子を骨抜きにして私にもっと従順にしてから、魂を私に移植する。
そうすれば私は後5年ほどでかなり強くなる。
「そうね。それまで時間を稼いでこの子の魂が熟成したら、私が織田も近藤も食べてしまえばいいか」
そんなことを考えていた時だった。
「うん?」
私の感覚に大きな気配が引っかかる。それはブロンズなどではありえない気配。五層に貴族が入ってきたのがわかった。私は思わず唇の端がつり上がる。
「来たわね」
時間を確認すると丁度午前0時だった。隠神刑部が死んだ。おそらくそうなのだろう。そして、この時を待ちわびていたやつらがいる。伴藤家ゆかりの貴族。遠くで大きな力が爆発したのを感じる。
そしてこちらのことをまるで知っていたように、一直線に近づいてくる。狙いは私だ。早すぎると思ったが、誰かに聞いたか?
「誰かリークしたわね。誰だと思う?」
「恨まれすぎてて分かりませーん」
八代が口にした。確かにその通り。私ももう命が終わりに近い。それを気にしてめぼしい男を紹介してくれる貴族はいた。しかしすぐに燃えるものがなくなる。私自身この性分だけはどうにかしなければと思っていた。
まあでも計画通りに行けば神にはなれるだろう。そこからまたゆっくり考えよう。
「私たちじゃ勝てませんからね。守ってくださいよ」
「はいはい。でも気合は入れなさいよ。流れ弾で死んだって知らないから」
伴藤家ゆかりの貴族が3名、殺気を放ち近づいてくる。五郎左衆のことを怪しんでいたのだろうが、問題はない。六条祐太だけは生き残らせている。彼がパーティーメンバーの全てを犠牲にして討伐に成功した。事実そうなのだ。
私は今日も完璧だ。
そして敵はここに来るまで1秒もかからなかった。
「よお、迦具夜のババア。会うのは何年ぶりだ?」
男は居丈高だった。虎のような見た目でごつい。タイプではなかった。あと二人もワイルドタイプだ。汗臭いから消えてくれないかしら。
「まだ生きてたのか。行き遅れ」
「子細は聞いた。悪事を働き過ぎたな。大人しく死ね」
3人とも空中に浮かび、こちらを殺して来そうなほどの気配を放っている。でも問題はない。こいつらなら勝てる。それに戦いにはならない。
「や、やば……」
「勝手にしゃべるな小娘。ついでに殺すぞ」
「は、はい」
八代と綾歌が怯えている。あなたたちこれで怯えるなら、彼のことは言えないわね。少なくとももっとレベル差があっても挑んできたのだから。そう考えると少しもったいない気がした。
「うちの子を脅さないでくれる? それに何の用?」
「正直こんなところに来たくなかったんだがな。お前が五郎左衆の元締めだという情報が入ってきてな。嘘か誠か答えてみろよ」
「失礼ね。私は相談を受けていた男の子が無事かどうか心配になっただけ」
「男の子?」
「そうよ。そのためにこんなところまで来てあげたの。五郎左衆の討伐を任された男の子よ。その討伐には見事成功したそうだけど、この子達もタダでは済まなかった。心配した通りパーティーメンバー全部が死んじゃってた。あまりに可哀想だから少し慰めてあげていたところよ」
微笑んで私はそちらを見る。
「そ、それは誠か?」
「全員死んだ……なんと不憫な……」
「童よ。お主大丈夫か? 泣いてるのか?」
そして、目を瞬く。彼がきちんと服を着て、なぜかアスファルトに向かってうつむいていた。その瞳がわずかに見える。私と話していた時とは違う正気の瞳。何かを書いている六条祐太がいた。
「嘘……」
見た瞬間に分かった。この子の心の中に私に対する反逆の意思がある。
「あなたまだ逆らえるの?」
六条祐太が何か書いていた手紙が手元から消えた。
「ああ」
返事をした六条祐太が私を嘲るように嗤った。
「久兵衛を見て、"自分もできないか?" と思った」
彼が何の話をしているのか理解できなかった。
「自分も?」
「鈍いな。月城迦具夜。頭が悪いんじゃないのか?」
私を煽ってきてる。なぜか私はそのことで胸がキュンッとして、子宮が疼いた。
「わ、私の頭が悪い?」
「ああ、久兵衛と言った瞬間に思いつけよ。完全に自分を二つに分けることだよ。試してみたら意外と簡単だったよ。2つ自分を完全に作る。1人はお前に従い。もう1人はお前に従わないようにってな。隠して俺の頭の中に閉じ込めた。想像以上に不甲斐ない俺で拍子抜けだっただろう?」
「発動条件はどうしたの? あれは簡単には人格が入れ替われないはずよ」
「そんなに難しくない。月城迦具夜。お前がキーだ」
「私……」
「"お前に裏切られたら発動する"。そういうふうにもう一つの人格を作った。裏切られたという心の衝撃が、まともな俺との交代条件だ。490年も相手がいなかったんだろう。面倒臭いこじらせ女。きっと俺のこともお気に召さないと思っていたよ」
「ふふ、いいの? あんまり調子に乗ってるとあなたぐらい簡単に殺せるのよ?」
「いいよ。殺せよ。だってお前はもう俺に負けた。終わってるんだよ」
なんだろう。嘘を言ってない。本気で言ってる。やだ、格好良い。こういうのよ。こういう格好良い、たとえレベル差6倍でも曲がらない。タフな男を待ってたのよ。あの時のピンと来た感覚。本物だと思った。
でも違っていて残念だった。
でも違わなかった。
「好き」
「は?」
「いいわ。やっぱりあなたのこと気に入ったわ。あなたは私のものよ。そうやって私に逆らい続けて、私を感じさせ続けなさい」
「やだよ。悪いがババアに興味はないんだ。なあ榊」
彼に集中しすぎて気づかなかった。彼の横に女が一人立っていた。邪魔な女は全部排除したはずなのにまだいたのか。そうだ。彼は手紙なんて持ってなかった。アイテムらしきものは全て剥がした。あの女が届けたのか。
すごいわ。
ここまで準備したのね。
この3馬鹿貴族が現れるって分かってて。
私と八代と綾歌が、あなたへの警戒が完全にオフになる。
その瞬間を逃さなかった。
いえ、でも、ただの手紙になんの意味がある。
例え手元から消えたとしても、それがなんの意味がある。絶対に何か考えてるのね。それをなんとしてでも自分で思いつきたくて、祐太ちゃんから『賢い』って思われたくて私は必死になって考えた。しかし貴族の男たちが邪魔をしてきた。
「おい、月城。貴様やはり!」
「黙れ!」
水球で包んで一気に押しつぶした。声を出した男が肉塊となっていた。ああ、これで後に引けなくなる。隣にいた邪魔な敵の2人が気色ばむのが分かった。こいつらを殺したら織田と全面戦争ね。いいわ。持ちこたえてみせるわ。
「八代、綾歌。祐太ちゃんを守りなさい。傷1つでもついてたら後でおしおきよ」
まずこいつらを殺そう。そうしてから祐太ちゃんを楽しもう。この子なら本当にこの490年の渇きを癒してくれる。ああ、でも、振り向かせるにはどうしたらいいの。完璧に嫌われちゃったわ。薬漬けにする?
ダメよ。このままの祐太ちゃんじゃないと嫌。
ああ好き。
好きすぎる。
「……あれ?」
ただ、その景色の中に1人のとても不思議に感じる女の子が立っていた。こんな子いたかしら? 私はそれを目にした後、自分の意識がなくなっていくのを感じた。どうして? 490年間生きてきて一番興奮してるのよ。
なぜ意識がなくなっていく。私は必死にそれに抵抗した。
「機械神ルルティエラに申請。彼が【明日の手紙】を使用したわ。この世界を1日消滅させなさい。そこからまたやり直すの」
【了。当該地域の消滅を開始します。レベル999以下の存在は全て抹消されます。レベル1000以上で記憶をなくしたくない神々はフィールドを張るようにしてください。繰り返します。当該地域の消滅を開始します。レベル1000——】
薄れゆく意識の中で女の子が動いているのが見えた。祐太ちゃんに触ろうとしている。触るな。それは私のものだ。触れた瞬間。祐太ちゃんが消えてしまう。嘘。そんなの嫌。でも、理解した。ああ、この女が……。
女が口にしていた。
「まだ確かめられない……きっと間違いないのに……」





