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第二百十八話 Side米崎、??

Side米崎

「全くもって彼といると楽しい体験ができるよ」


 自分はおそらくそれほど時間がかからず死ぬ。自分が敵なら必ずそうする。変に頭が良くてちょろちょろする男。僕なら鬱陶しくて仕方がない。まだ敵がそこそこの相手なら、僕が今まで何もしてこなかったように見えて見逃す。


 しかし、この相手はよく考えるようだから、僕を見逃すという選択はしない。それを予想していない六条君は甘い。まあ15歳だ。そこまで考えられたら僕の仕事がなくなるからそれでいい。何よりも彼は自分の足りないことを知ってる。


 何でもできるリーダーよりも、人材を活かせるものでないと大会社は築けない。そういう点で彼は優秀だと僕は思ってる。女に手を出しすぎる嫌いはあるが、15歳と考えれば可愛いものである。


「なんだかんだでちゃんと納めたしね」

「よく美鈴が玲香さんに手を出して許しましたね」

「ふふ、惚れた弱みさ。あと、意外と彼女は行くところないしね。探索者というのは自由に見えて不自由なものだよ」

「まあそういう話を聞いちゃうとそう思えるな」

「ともかく。おそらく、もう僕と六条君以外は全員死んでる」


 問題はその場合、命をかけて六条君に手紙を書かせにいく。そんなことをする危篤な人間が、僕の思いつく中でももう大八洲国にはいないことだ。六条君の仲間は全員、五層に行く六条君についていった。


 そうしないで誰か1人でも残っていたら、月城迦具夜は警戒を決して解かない。だからそうする必要があった。


「そして僕が生きている今の状況でもまだ警戒は解いていないだろう」


 でも警戒を解いてもらってゆるゆるな状態にならないと、企みは成功しない。相手がかなりノーガードになってもらわないと、ダメなのだ。猫寝様に、


『貴族はどこまで僕らぐらいのレベルの人間の行動を把握できるんですか?』


 そう聞いてみたのだ。


『大雑把なことでいいなら、大体なんでも。私はあんまり考えて動くタイプじゃないから、まだまだだけど、もし、この相手が、あなたの考えているように貴族で、隠神刑部(いぶがみぎょうぶ)様の次を狙っているぐらいだとするとレベル950を超えてる。そんな貴族なら、ブロンズ級の行動は大体読まれてしまうと思う』


 猫寝様はそう口にしていた。その場合いくら猫寝様でも力を制限している状態では、指1本動かせずに殺されるかもしれない。とのことだった。まあそれはそうだ。


 猫寝様以前に六条パーティーなど、相手にしてみれば一般人と大差がないぐらいかもしれない。ただ我々はそれでもやはり一般人ではない。


「それにしても"旦那探し"……。博士それって正気で言ってる?」

「ふふ、旦那探しか」


 かなりの確率で、僕は月城迦具夜が一番怪しいと考えていた。というのも可能性がある35家の中で、男の選り好みが激しく、結婚しないまま490年も生きている。そんなのは月城迦具夜しかいないのだ。加えて彼女は"この宿を利用した"。


 してしまったんだ。そして六条君に一度接触してしまっている。多分、五郎左衆と関わる中で六条祐太を知り、490年ぶりに"これだ"と思った。僕も思ったからわかる。そして我慢できなかったのだろう。宿に泊まり話しかけてしまった。


「博士。貴族って本当に旦那探しのためにそんなリスクを取るの? 五郎左衆のことってばれると貴族でもアウトなんでしょ? それをやってる状態なのに、五郎左衆を無難に消滅させてからとは思わなかったの?」

「思わなかっただろうね。何しろそれだと六条君の位置が大八洲国でなくなるかもしれない。それにね。よく考えてみたまえ。旦那探しは意外と馬鹿にならないよ。美鈴君だって、それ以上はいないと思ったら、六条君を許しただろ」

「でも相手は貴族でしょ。何だかんだで六条はたかがブロンズでしょ?」

「ふふ、君は甘いよ。レベル1000に本当に到達できる器がそう簡単に自分の前に現れると思うかい? 少なくとも月城迦具夜の前にはそんな人間が、490年間一切現れなかったんだ」

「六条はできると?」

「それにね。貴族こそ相手を探すことが大事だ。貴族は自分の勢力拡大以上にこちらに重点を置くものも少なくない。なぜか? それは500年も生きるからだ。その長い命の中で、相性の悪い人間と生きていく。これほどの悪夢はないよ」


 そして500年も誰とも交わらないまま死んでいく。いくら貴族でも、どれほどの権限を有していても、愛されないまま500年も生きていく。そんなのは嫌だ。だから貴族はパートナー選びにはかなり慎重だと言われている。


 いつでも交換ができるようにレベルが下のものを相手にする貴族も少なくない。だがその場合本気で好きになった場合が辛いのだ。何しろ相手はどれだけ頑張っても100年で死ぬ。探索者になるとそれまでは驚くほど元気だ。


 ただその跳ね返りなのか。100年が来ると急に衰えて死んでしまう。


「貴族はレベル500以下のものを何とか生き延びさせようとするが、無理だ。おそらくルルティエラという存在によってそれが禁じられているのだろう。先に死んでしまう相手に貴族は本気になりすぎて、相手が死んだ後、誰とも関わりを持たなくなる。そんな悲劇もかなりの数あるらしい」

「貴族も結局人なんだ」


 だからこそ対等な関係を築けそうな相手には執着が強くなりやすい。


 その相手を手に入れるために領地を全て手放したなんていう貴族までいる。僕はブロンズ探索者から抜け出すために、この大八洲国の資料を漁ったが、意外なほど相方選びに失敗して、せっかく貴族に到達したのに身を滅ぼした貴族が多いんだ。


「月城迦具夜はあと10年で死ぬ。それって結構追い詰められてるわけか」

「そうだよ。レベル1000を超えなければ500年もの間、男性経験すらせずに死ぬ。おそらく彼女が今回の争奪戦で一番なんでもやる。だからこそ彼女に関する行動パターンは300通り、六条君に覚えて貰った。憂いはないよ」

「これで外れてたら最悪ですね」

「全くだ。でも、やはり彼はラッキーだとつくづく思うね。彼のために命をかけられる。そんな君が間に合ってくれて本当に良かった」

「何もよくありませんよ。タダで、シルバーになれるんだって思ったのに着いた早々"これ"ですよ。おまけに成功しても、この手柄は六条も誰も、自分自身も知らないんですよね」

「そこは本当に申し訳なかった。【明日の手紙】に君のことを入れようかとも思ったのだがね。入れてしまうと六条君の頭に希望が生まれすぎる。それはあまりよろしくないんだ。月城迦具夜がそれに気づくといつまでたっても警戒が解けない」

「あいつそんなに私のこと期待してますか?」


 少女を見ながら僕は立ち上がった。時計を見ると午前12時を過ぎていた。そろそろ僕にも月城迦具夜の目が向く頃合いだ。少女は僕に『期待してる』と言ってほしいのだろうが、


「期待してないよ。だからこそいいんだ」

「ぶー」

「それよりも君。失敗するんじゃないよ。僕はこれからちょっと死んでくるからさ」


 言葉を発しながら僕は不健康な顔で笑顔になった。


「楽しそうですね」

「そりゃそうさ。僕はね。死後の世界というものを一度体験してみたかったんだ。そういうのは信じてなかったんだけどさ。ダンジョンが出来て、いろんな超常現象が現れるのを見て、信じる気が起きた。ただ残念なことに、その経験は僕の頭に残らない。それが本当に全くもって残念だ」

「死後の体験か。どんなだったか教えてくださいね」

「覚えてないって言ってるじゃないか」


 僕がさっさと死なないと月城迦具夜の警戒がいつまでたっても取れない。警戒を解いてから時間が経てば経つほど、相手は気が緩んでくるだろう。だから僕はできるだけ早く死んであげる必要がある。


「というか美鈴たちも含めて全員の命が私にかかってるとか、すっごいプレッシャーなんですけど」

「僕の考えでは意外と成功率は高い。ギャンブルをする価値は十分にある」

「私ここに来たばっかりなんですけど……博士もうちょっと話しましょうよ」

「残念ながらそんな暇はない。君に渡す物は全て渡した。僕の現在動かせる資産を全て使い、集めたアイテムたちだ。何をどれだけ使っても構わない。どうせ使っていないことになる。そのアイテムがあれば、ゴールドまでなら君でも少しぐらいは誤魔化せるさ。でも月城迦具夜にだけは出くわさないように気をつけなさい。何をどうしたところで彼女だけは誤魔化すことができないよ」


 かなり決めつけてしまっている。だが他の貴族はどう考えてもこの行動はとらない。そう思えた。だから万が一の可能性は考えたが月城迦具夜が主犯と決め打ちして動いていた。これが外れるとかなり成功率が下がる。


「私ギャンブルは嫌いだな」

「僕もギャンブルは嫌いだな。できれば勝つと分かっている試合をしたいものだ」


 そして歩き出した。こう見えて小心者なので心臓はバクバクとうるさい。最後の最後でみっともない姿を見せたくなかった。彼女が可愛く小さく手を振った。微笑んでいる。全くもって豪胆な子だ。


 僕らしくもないけど小さく手を振り返した。


「じゃあまたね博士。お互い次に会った時は覚えてないのでしょうけど」

「ああ、また会おう」


 最後に僕は彼女の名を口にした。


「榊小春君」



Side榊小春

 統合階層で死にかけた。我ながらあんなに厳しいクエストによく耐えられたものだと思う。多分六条でもこんなに早くは無理だったんじゃないか。神楽さんたちは不思議がっていた。


『気味が悪いぐらいトントン拍子ね』

『なんだかあっという間に追いつかれそうで面白くなーい』

『そう一概には言えないわよ。こういう子たちに出されるクエストって、本当に意味わからないぐらい難易度高いから。小春ちゃん。こんなの日常では普通ないわ。でもね。ダンジョンに好かれすぎた人間にはこういう奇妙な現象が起きるらしいわ。でも、私は小春ちゃんのステータスがそうだとは思えない』

『犯人は"あいつ"ですか』

『多分ね。おそらく彼について行くのは大変よ。本当に行くの?』

『ええ、私イケメン大好きなんですよ』


 神楽さんの言葉通りだ。ついて早々なんなんだこれは。私はまだレベル100だぞ。いくらアイテム使い放題でも、これはない。


「六条も六条よ。ここで逃げ出したらブロンズ止まりだからって無茶しすぎでしょ」


 神楽さんたちにはあんなこと言ったけど、自分もできればもうちょっと難易度の低いものにしてほしかった。レベル969。かなりの確率でそんなやつが敵なのだという。実力差10倍。奇跡など起きるはずのないレベルの違い。


「ついて早々こんな無茶。おまけに六条のやつ、これで手柄を立てても覚えてくれてないし」


 さすがに愚痴りたかった。でもそんな場合じゃなかった。これで失敗したら、私だって正直罪の意識で死んじゃう。それぐらいやばいクエストだ。本気になろうと頬を強く叩いた。そして博士が残してくれたアイテムを確かめておく。


 まず【天変の指輪】。ゴールドまでならごまかせる可能性の高い変装の指輪。ルビー級でも見破るのは難しいが、観察力でバレるらしい。ルビー級はかなり些細なことでも、通常との違いを見破ってしまう。

 動きが変装した相手と、どれほど違うのか。ルビー級はそれが自然と目に止まってしまうのだ。だからサファイア級の効果があっても、使うのがブロンズではその性能に追いつくことができないらしい。


 そして【聖常薬】。効果がある場合とない場合はあるが、薬を盛られたりした人間を正常な状態に戻すことができる。こういう種類のものはあと5種類もらった。六条が正気でなかった場合、このどれかの薬で正常化できる可能性が高い。


 さらに【服従薬】。これが一番確実らしい。おそらく相手はこれを使っていない。ブロンズの人間にこれを使ってしまうと、人としてまともな思考をすることができなくなるらしい。旦那様を探している月城迦具夜は決して使うことができない薬だ。

 そしてこの世界は消えるからこっちは逆に使える。六条が正気でなかった場合、面倒ならこれをとっとと使って服従させて、【明日の手紙】を書かせてしまえとのことだ。【明日の手紙】に込める暗号はついさっき私も頭に叩き込まれた。


 そして【倍加薬】。一時的に体を強くできる薬らしいが、私のレベルは100である。正直あまり意味はない。それでも念のためにと思って用意していた薬らしい。1分間ほど効果があり、副作用でその後しばらく動けなくなる。

 まあ敵と遭遇した時点で詰みだから、おそらくこの薬が使われることはないだろうとのことだ。


 あとは【転移球】。【転移石】の上位互換のアイテムで、100mぐらいの範囲を転移させてくれる。六条が捕らえられていた場合、潜入に使えとのことだ。


 おまけとして、現在日本で開発が進められているあらゆる現代兵器。それらがマジックバッグにてんこ盛りである。正直これらはどこまで使えるのか分からない試作段階のものばかりだ。あまり当てにするなと博士から言われていた。


 私は様々な展開の予想を博士から聞かされて、頭を整理する。そして博士が出てから1時間後。宿から出ることにした。正直『こんなの私じゃなくて、博士がやればいいのに』と言ったら、


『僕が死なないと向こうが油断しないだろう。同じ理由でクミカ君もすでに殺されてるはずだよ。彼女には役目が終わればさっさと死ね。と言ってある』


 とのことだった。六条側の人間が0になる。そうしてようやく向こうが油断してくれる。博士に聞いたら私の存在は、六条ですら覚えてないらしい。ちょっとそれってひどくない? そう思ったが、色々大変すぎて私どころじゃなかったんだ。


「きっとそうね」


 さすがにもうこの宿を見張っている人間はいないだろうが、念のために【天変の指輪】でレベルを下げて、レベル50程度のからくり族として外に出た。男と女で動きというのは違うらしいから、余計なところでバレないように化けたのは女だ。


 からくり族というものは主からの要求を果たすために急いでいることが多い。からくり族が走る姿は結構よく見かける。だから私も走るのは問題なかった。湯の花の匂いが鼻腔をくすぐる。街並みは道後温泉みたいだなと思った。


 元彼との旅行で出かけたことがある。経験人数は多いけど、六条の顔に惚れ込んでからは全部整理した。手を出されることなんてないだろうけど、池本のことでかなりのマイナスだろうから、万が一にもこれ以上嫌われないようにと思ったんだ。


「こういうところで六条とゆっくりしたかったな」


 統合階層での疲れをすっかり癒すつもりだったのに、探索局で六条からの伝言を聞き、この宿に来て私はちょっとだけ六条から褒めてもらえると思っていたからガックリした。


 何しろ統合階層のクエストを全てSS評価という桁違いの偉業を成し遂げたのだ。それなのに宿には博士しかいないし、おまけに、


『悪いんだけどさ。これから僕死んじゃうから、君、僕の代わりにちょっと貴族のところまで潜入してきてくれない?』


 なんて言われた日には、博士もついにダンジョンで頭がおかしくなったのかと思ってしまった。そもそも私は『貴族って何?』から始まった。そんな私が一生懸命覚えたのだ。


 その覚えた【転移駅】を利用しながら、温泉街を走り抜けて、山を越えて、荒涼とした大地に来ていた。かなり急いだので息が切れている。


「は、走りすぎて、久しぶりにお腹痛い。って休んでる場合じゃないのよね。待ってなさいよ美鈴、ちゃんと生き返らせてあげるから」


 正直、美鈴にも結構悪いことをしたなと思ってる。私は六条に横恋慕しちゃってる。こんなの叶うわけがないとわかってるしさ。虚しいだけだと思うけどさ。でもまああの子のことは本当に友達だとは思ってたんだ。


 だからなんだか悪いなって。そう思うんだから生き返らせて貸し借りなしである。なにせ生き返らせるんだから、横恋慕は貸し借りなしだろう。


「私は玲香さんと違って、六条のイケメン見てるだけで納得して、命をかけてあげるお安い女なんだから許してよねっと」


 スマホで現在地を確かめる。六条と博士が【明日の手紙】を隠すと決めていた場所。不気味なほど巨大な黒い輪っかがあった。その中は完全に黒で、そこから本当に近くの荒涼とした土の中。博士から聞いていたポイントを掘り返した。


 今ここで見張りをしているものはいないはず。その言葉通り誰かに見つかった様子はなかった。


『既に僕たちは全員死んでる。さすがにこの状況で月城迦具夜も見張りはおかないだろう。実力差は明白だしね。ただもし見張りがいた場合、君は即行で見つかる。その場合、捕らえられて尋問されるから早めに死になさい。

 後はもう六条君自身がなんとかして【明日の手紙】を出すことにかけるしかない。君がゲロってしまうとその可能性もなくなる』


 捕まって生還できる可能性はない。つまり見つかった時点で私のクエストは終了なのだ。心臓が激しく脈打つ。土を呑気に掘り返しているうちに敵に出くわす可能性だってあるんだ。


「これ?」


 しかし、さすがに相手も私の存在を予想はできなかったんだ。私は六条が隠したアイテムを見つけた。【明日の手紙】ともう1つあった。それを大事に懐にしまう。これでいい。


「このまま五層ってのに降りろって言ってたわよね」


 その命令だけは怪訝に思った。そもそも月城迦具夜が五層で、六条から目を離す瞬間などあるだろうか? そんなことはないように思えた。ようやく見つけた旦那様。私だったら、六条が手に入ったら片時も離れたくない。


 でも博士は本当に頭がよく回る。考えすぎて頭がパンクしないのだろうか。そう思えるぐらいだった。だから考えるのは死んだ博士に任せる。私は黒い輪っかの穴に落ちた。


 最初は地面があまりにも遠くて驚いた。私の今のレベルは50。さすがにこの高さはダメージを受ける。だが、落下することに驚いたが、徐々にスピードが緩んできてくれてほっとする。


「そういえば無重力フィールドがあるって言ってたな」


 逆に落下するのに時間がかかりすぎて、急いでるのにと焦って、空気を蹴って速く降りた。


「六条の場所はと……」


 スマホで確認する。下手に探索系の能力を使うよりも、相手が油断している場合、意外とこちらの方がばれにくいらしい。六条のスマホが反応している。聞いていた10箇所目の工場だとわかった。


 しかしその場所を見て私は驚いた。


「と、遠くない?」


 六条のいる場所まで3138㎞と出てくる。私だって探索者だから100㎞や200㎞は楽勝だ。でもさすがにこの距離は無理だ。慌てて時間を確認した。日が沈みかけていて、午後5時56分。走っていたら今の私のレベルじゃ間に合わない。


「それでか……」


 一瞬焦るがすぐに落ち着く。この距離でもかなりの速度で到達できるものが博士から預けられていた。大げさすぎるし、目立たないのかと心配だ。しかし使わないと間に合わない。


「やだな……」


 博士が私に購入して支給してくれたものは、ダンジョンアイテムだけではない。マジックバッグから巨大なものを取り出した。あまりにも大きくて驚くほどのもの。それを岩石砂漠の上に出す。


「博士が自衛隊から巻き上げたんだよね」


 機体名【雷光】


 最近開発された最新式"試作魔導戦闘機"である。どの軍隊もいまだに探索者に対抗する兵器の開発を諦めたわけではない。その開発過程で製造されたのが雷光と呼ばれる機体で、全長16m、巡航速度・時速3500㎞。


 それがどれだけすごいことなのかはよく知らない。ただトップスピードになると時速5000kmを超えるらしい。大八洲などの国から技術を分けてもらい、開発期間1年ほどで、探索者の魔法とスキルも合わさり生み出された魔導機体。


 ステルス性能にすぐれ、消音という観点でも一般人ならば真上を飛んでいてもその音に気づかないのだそう。さすがにそれはちょっとすごいということは分かる。


『博士。私、ぶっつけ本番で戦闘機に乗るの?』

『目標が遠い場合はね。必要なければ使わなくていいよ』


 博士がそんなことを言う場合、大抵使わなきゃいけないんだろう。そんな気がしていたけど、やっぱりそうだった。一度博士には、私がか弱い女の子だということをコンコンと話して聞かせる必要がある。


「ああ、テンション下がるわ」


 こういうのが好きな人はテンションが上がるのだろうが、私は好きでもなんでもないからテンションが下がる。それでも荒涼とした大地の上で機体に乗り込んだ。この機体。垂直離陸が可能らしい。マジかよと思う。


 博士に言われた通りに機体を操作していく。まだ姿勢制御が甘いから、【念動力】で強引に、安定させろと言われていた。パワーだけはアホみたいにあるらしいので、こちらが姿勢制御を手伝えばあとはなんとかなるらしい。


「なんとかって……博士って意外とアバウトな時があるわ……」


 私の耳には轟音が響き出す。激しく周りに砂埃が舞い、絶対にこれは目立つだろうと思った。しかし誰一人こちらを見てこない。何の目的かわからないけど荒野を歩いてる人たち。


 誰も見てこないところを見ると本当にステルス性能がすごいんだ。せっかくこんなものに乗っているのだから気分を出したいが、管制塔はなく話す人もいない。


「まあとっとと行って終わらましょう」


 操縦桿を握った手から、SPとMPが吸い上げられていくのを感じる。性能面を追求しすぎて、結局探索者でないと操縦できなくなったという試験機。これはまだ開発に時間がかかりそうだと思いながら、雷光が空中へと浮き上がっていく。


 スロットルレバーを押した。その瞬間、雷光が探索者の私でも潰れるかと思う加速を見せた。計器を確認する。雷光はその名に恥じず、たったの3秒でマッハ1まで加速した。


「ちょー! 苦しい! 苦しいから! そんなに飛ばさなくていいから!」


 探索者の私の意識がブラックアウトしかける。とにかく帰ったら博士に文句を言ってやろうと思った。博士がもう死んでて文句を言えないことは後で思い出した。

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― 新着の感想 ―
さすがにマジカルパワー利用しても慣性制御や重力制御はまだ無理だったか
イケメンが好きというだけでなんでもしてくれる 結構好きなキャラ
うっはw コハルは想定内だったけど(あとはニンニンさん)、戦闘機で噴いたw 使い捨て高性能戦闘機とか男の子が大好きなやつーーーw アガるぅ!
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