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第二百十七話 終着点

 賭けた金額が大きすぎて後に引けなくなる。ギャンブルをしているとそういうことになる。負けるリスクは高くても、勝った時に得られるものが大きすぎる。そして探索者は与えられたクエストから逃げると大抵そこで成長が止まる。


「クソが! どうして俺が一番最後になる! 最初に殺せよ!」


 ジャックが叫んだ。最後に残ったのは俺とジャックだった。目に見えない敵。この敵は男も女も容赦しない。工場を進むごとに人数が減った。減らない時もあったが、それは単に、最後を俺1人にするための調整に思えた。


「ジャック本当にもう逃げていいんだぞ。ここまで付き合ってくれただけで十分だ。クエスト達成ができたと報告することができたら、その時だけ付き合ってくれても、お前を責めたりしない」

「そんなダサいことができるか!」


 全員が結局途中で逃げなかった。俺が何を狙っているのか知らないものもいた。普通は逃げる。それでも逃げないのは、


「それによ。ここまでやりやがったやつだ。どう考えても逃げたから逃がしてくれるとは思えねえ。五層にやってきた時点で逃げるなんて選択肢はなかったんだ!」


 ジャックの言葉は当たっている。俺もそう思う。相手の正体を掴んでから【明日の手紙】は出したい。しかし、全員死んだ。猫寝様ももう殺された。そもそも今回猫寝様に薙ぎ払ってもらうべき敵がいなくなっていた。


 そうなってくると下手に貴族がいるとばれるよりはと思った。いや、黒桜の残した言葉からもう貴族がいることすらもバレているようだと気付いた。結局、相手の思いに今回は乗る。そこから外れたくなくて死にゆく仲間を助けなかった。


 大体、助けても五層にいる時点で逃げ道がない。どうしたところで一本道を進ませるつもりなのだ。相手が強すぎて、そこから外れる道がなかった。いや一つだけあるんだ。それを成功させるためにまだ絶望せずに動く。


「付き合わせてすまない。本当にお前には悪いと思ってる」

「謝るな。自分で選んだ道だ。後悔はしてない。何か考えはあるんだろう?」

「ああ、そのつもりだ。でもちょっと自信がなくなってきてる」


 そう口にした。弱音を吐くのはジャックの覚悟に対して失礼だ。それでも自信がなくなってくるほど、こちらは何もさせてもらえなかった。昨日の自分に手紙を出す。致命的になる五層に降りる前の俺にだ。


 たったそれだけのことでも、本当にこんな相手の目を掻い潜って実行可能なのか。


「……」


 ジャックの返事がなくて様子を見る。隣を見ると誰もいなかった。慌てて振り返る。ジャックが倒れていた。駆け寄って確かめる。心音がなかった。死んでいた。仲間の死体を放置するのが嫌で、マジックバッグに収納した。


 このまま本当に生き返らなかったら、このマジックバッグを持ったまま、生きていこうかとバカな考えが起きる。いや、そんなに俺は強くない。多分失敗したら自分で死ぬ。それだけだ。俺は移動中だった足を止めていた。


 俺は9箇所目から10箇所目に移動していた。その道中でジャックは死んだ。周囲は徐々に洗練された都市へと変貌していってる。今まではほとんどが廃墟のようだった。それがこの中央部分だけ、四層の未来都市のようになっている。


 舗装された道路の上、いくつもの車が横を通り過ぎていく。こいつは何をしてるんだという目を向けられる。それでも立ち止まったまま叫んだ。


「誰もいなくなったぞ! いい加減出てこい!」


 そうすると車を止めて俺を見ているやつもいた。五層のからくり族。中央にいるのは造られた存在の中でもまだ成功した部類。生きていくための機能は全て持っていて、まともな生命体。猫耳やトカゲのようなしっぽなどの特徴はあった。


 大きさは人間サイズが多い。


 そのものたちからこちらへの視線が集まる。


「このクソ野郎! 何がしたい!」


 最後に俺を残した。この周りくどいやり方。俺に絶望感を植え付けようとしているのか。叫んだところで返事はない。ここまで来たら最後まで行く。遠すぎて途中でくじけないように仲間を最後まで残したのだろうか。


 俺は走り出した。何もかも破壊したい衝動が湧き上がってくる。切江やシャルティーが犯罪に手を染めたのはこういう瞬間だったのだろうか。ダンジョンは時に恐ろしいまでに牙を向く。その最悪の部分。最悪なことは自分には起きない。


「そんな気がしてたのにな」


 甘い考えはないつもりだった。でも今この状況になって、自分にはここまでのことは起きないと高を括っていたことに気づく。最後の工場。その姿が見えてくる。都心からは少しだけ離れてる。しかしかなり近い。


 以前は罠だと分かっていたから入らずにいた場所。スマホの時計を確認する。まだ昼の12時だった。ここに来てから12時間ほどしか経っていない。それでも時間がかかりすぎている。頭の整理がつかず、何度か止まって考え込んだからだ。


 以前来た時は暗かったが、今はお日様が真上に出ていて、暑いぐらいだった。


 日中で工場は普通に稼働していた。青い服を着た作業員が忙しく働いている。探索者にしか見えない姿で、険しい顔をしている俺。気味悪がる目線が集まる。今までの工場は閉鎖していた。しかし今回の工場はまだ稼働している。


「……みんな動いてるよな」


 動かなくなった仲間のことを思うと、動いているものを見るだけでも腹が立ってくる。もう早く手紙を出して、生きているみんなの元に戻りたい。いや戻るではない。この俺もまた終わるのだ。こんな残酷なことをしようとした自分が終わる。


 そしてそんなことをしなかった俺だけが残る。それでいい。こんな経験をしたことが頭に残っていたら、まともに探索者を続けることなどできない。行動することが怖くなり、この後、探索者をやめてもおかしくない。


 自分でもそう思うほど精神がまいっていた。もう誰も喋る仲間がいないから余計だ。


「ジャック」


 死体を出して喋りかけようかと一瞬思ってしまった。さすがにそれをしたら本当に頭がおかしくなりそうなのでやめておいた。八つ当たりで周りの人間を殺してやりたくなる。


「はあ」


 盛大に息をついた。そんなことをしたら五郎座衆だ。まさにミイラ取りがミイラである。だが犯罪に手を染めるものというのもまた、まともなことから目をそらしたくなる何かがあったのかと思ってしまった。


「あれ、君一人なの?」


 声をかけられる。


 工場の人間かと思う。


 しかし俺は今、かなり苛立っていて自分の気配を抑えられていない。この状況で普通の人間は探索者に声をかけてこない。怖くて声をかけられないからだ。声をかけてくるなら敵だと確信する。俺は焔将を構えて振り向いた。


「おっと、こっちはまともに戦う気はないんだよ。そんなに構えないでくれるかな」


 振り向いた先にいた人。それは人の良さそうな中年の男だった。小太りでどこかで見たことがあった。あれはもうかなり前のことに思える。そうだ。人間専用の高速道路で出会ったおじさんである。名前は確か、


死黒(しぐろ)……」


 確かそんな名前だった。下は、


怨偽魔(えんぎま)……」


 かなり奇妙な名前だった。本名ではないのかと思ったのを覚えている。


「嬉しいな。僕の名前って覚えてくれてる人少ないんだよ。ちゃんと呼んでもらえるんだ」

「よく俺の前にそんなヘラヘラした顔で出てこられたな」


 確信する。こいつは五郎左だ。五層での五郎左の目撃情報を思い出す。小太りで人が良さそう。この男の特徴そのままだった。怒りのままに殺したい。だがこいつではない。こいつは俺の探している人物じゃない。


 感覚を研ぎ澄ませて相手の気配を探る。俺と同じぐらいの探索者としての気配。レベル200だと思う。圧倒的な気配は何も感じない。人が良いことだけが取り柄のような男。こいつには俺の仲間を容赦なく全員殺すなんて無理だ。


 そのことで落ち着いた。まだ俺のこの中にある怒りを爆発させる時ではない。そんなことをしている暇はない。ちゃんとみんなでクエストクリアの報告をするのだから。


「何か用か?」


 言葉に慎重になる。俺が殺されたら全て終わり。それだけは絶対に避けたい。だからといって下手に出る気は起きなかった。


「こ、こ、怖いからもうちょっと殺気を抑えてくれないかな」

「怖い……」


 これでもかなり抑えている。全く怒らないのは無理だから多少殺気が漏れてる。だからってそれを感じて怖がる。それは一般人の反応とそっくりだ。


「お前、五郎左だよな?」

「あ、うん、そう呼ばれてるよ」


 見た目は人の良さそうなおじさん。でもよくその話し方を聞いていると、子供と喋っているような錯覚にとらわれた。この気持ち悪い奴はなんだ? それに、以前、出会った時はもうちょっとまともに喋っていた。


 ずっと家に引きこもり続けた50過ぎの男をテレビの番組で見たことがある。それに近いものがある。大人になりそこねた大人。これが五郎左衆を率いてたのか?


「五郎左衆のボスで、今までの犯罪行為を指示してきたのはお前だよな?」

「まあそうだよ。かなり違う部分もあるけど言えないしね」

「それなのに俺が怖いのか?」


 本当に怯えているように見えた。足がガクガクと震えている。俺が一歩近づくと向こうは一歩下がった。俺があまりにも殺気を放つものだから、周りの人間もこちらに近づいてこようとしない。苛立たないようにと気をつけてる。


 それでも腹が立ってきてしまう。


「だって僕、自分で喧嘩をしたこともないんだよ。怖いに決まってるじゃないか」

「喧嘩……」


 話が噛み合わない。喧嘩ではなく犯罪だ。その中でもかなり最悪の部類だ。


「全部指示していただけってことか?」


 何なんだこの変なやつは。体の内側に秘めてるポテンシャルは、マークさんにも匹敵するように思えた。まともに戦えば死闘になる。そう思えたが、どういうわけかこの男、動きがどう見ても素人だ。


 探索者は体格に関係なく、そんなドタドタした歩き方はしない。もっとスマートに歩く。


「そうだよ。あのさ。僕はちょっと頼まれごとをしただけなんだ」

「頼まれごと……」

「えっと、どこまで言うんだったかな。最近あんまり考えてなかったから覚えてないな。そうだ。とにかくこれは渡すように言われたんだよ」


 五郎左は俺と同じくマジックバッグを持っていた。そしてバッグから、バスケットボールぐらいの大きさの白い布にかなりの赤いものが混じった物体を取り出す。人間の首に見えた。何度も見てきたからわかる。誰だ?


 危機感を覚えるが、五郎左がその布の結び目をほどいた。


「……」


 ここまでするか。


 もう何度目になるのか。


 仲間の死んでいる姿。


 それは米崎の首だった。


 言葉を発することはなかった。


「なんてことを……」

「これを渡してくるように言われたんだ。それだけなんだ。僕はあんまり色々知らないからさ。怒らないでよ。えっと、それと、君と戦えって言われてるんだけど、僕って戦ったことがないんだよ。手加減してくれるよね?」

「……」


 何があっても正気を保ち。相手の正体を知り【明日の手紙】を自分で出すんだ。こういうことをしたということは、【明日の手紙】のことは知らないんだ。まだ終わってない。絶望するな。意地でも全員助けるんだ。


 でも、助けられなかったら俺も死のう。そう思えるぐらいには絶望していた。


「戦えばいいのか?」


 向こうのシナリオ通りに進める。まだ相手のシナリオを破綻させる時ではない。それに俺たちを見ている可能性が高い。今のところ貴族がお気に召すように動くのだ。


「そうだよ。ちゃんと手加減してくれよ。君は仲間がもう全部死んじゃったから死んでもいいだろう。僕が楽に殺してあげるからさ」

「それは嬉しいな」

「じゃあよーいドン! で斬り合おう。いいね?」

「OK」


 油断はしなかった。万が一にもこんなところで死んでしまうわけにはいかない。【韋駄天】を唱える。焔将も怒りを覚えていることが伝わってくる。動く準備は万端だ。


「よー!……」


 『よー』で、首を刎ね飛ばした。よーいドン! と言葉にすればみんなそれを守ってくれると信じてるのか? 当然待つことなく全力で動き、攻撃したらあっさり死んだ。人の良さそうなおじさんの首が宙を舞う。


 地面に落ちると笑えるほど綺麗に着地していた。転がらずに正面を向いていたのだ。周囲の人間がついに悲鳴を上げて次々に逃げ出した。俺は五郎左の首に見られているようでイライラして、全部燃やして灰にした。


 これで向こうの企みは全て終わっただろう。五郎左衆が完全に壊滅した。俺が完全に始末したとみんな見てた。裏にいるやつもそれを望んでいたのだと思う。


「ふう」


 誰もいなくなった工場のその場で座った。クミカからの【意思疎通】ももうかなり前からない。精神的な繋がりも感じない。どうやってかは知らない。でも影の中で殺されてしまっているんだろう。それでも全部が終わった。


「……」


 必ず接触してくる。そう思ったのだ。何も接触してこなければそれこそ、何をしたいのか意味がわからない。その場合はもう日本のダンジョンから逃げるように手紙を書く。全員を誘って外国でもう一度ブロンズ探索者からやり直しだ。


「はは、ブロンズ止まりか」


 その場合はシルバーにみんな上がれることはないだろう。米崎だけは怒りそうだけど死ぬよりはマシだと説得しよう。どこに行こうか。やっぱりエヴィーのいるアメリカか。そう動くように昨日の俺に手紙で指示しておこう。


 五層に降りたのは午前0時。それまで何もせずにここで待つつもりだった。そこまで何もなかったら、五層に降りる前に全力で逃げろだ。


「ち、早くしろよ」


 毒づいた。俺は早くこの自分を終わらせたかった。



「——こんにちは」


 それはどれぐらい時間が経っていただろうか。2時間。いや時計を確認すると3時間経過していた。


「お化粧直しをしていたら時間がかかったの。待たせてごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。あなたは……」


 とても綺麗だった。耳がエルフのように尖っていて、瞳は清らかに澄んでる。綺麗な鼻梁。ピンク色の唇。そして長い水色の髪。蝶のような羽。天女が舞い降りたのかというような美しさ。この人も五郎左と同じで見たことがあった。


「月城迦具夜。宿であったことを覚えていない?」

「覚えてます。全部あなたが?」


 あまりに美しくて、そう信じられなかった。それでもこの相手以外はいない。これで最低限の情報は集まった。後は手紙を出すだけだ。そう思っていたら腰からマジックバッグが消えた。


「少しチェックさせてね。安心して。何もなければ荷物は全部返すわ」

「ここまであなたの狙いに乗った俺を疑ってるんですか?」

「ごめんなさい。私とても疑り深いの」

「……分かりました」


 念のために【明日の手紙】は手元には持っていなかった。米崎と話し合いそうするべきだと結論付けた。場所は俺と米崎しか知らない。ここまではいい。問題は米崎まで殺されたことだ。


 この場合、俺がこの女に精神操作をされたら、手紙を出す方法がなくなる。それだけが問題だ。


「この期に及んで動揺してない。まだ希望があるの?」


 上位者の場合それは見ればわかるようだ。特にこの女は鋭いと思った。


「どうでしょう」

「そう。あるのね。あなたは本当に見所があるわ。うん。ねえ、これで五郎左衆は全部壊滅したわ。1人残らず全部死んだ。そうよね?」

「そうですね」


 それは間違いない。五郎左衆はもう1人も生きていない。月影という存在だけが気になったが、名前からしてこの人の関係者だろう。つまり元から五郎左衆ではなかったのだ。それならばかなり高い確率で、


「あなたはこれでクエスト達成よ。1人だけどシルバーに上がれるわ。嬉しい?」

「そう見えますか?」

「見えないけどすぐにそう思えるようにしてあげるから。あのね。私から提案があるの」

「何でしょうか?」

「……あなた私の旦那様にならない?」


 少しだけ間を開けて彼女は口にした。覚悟を決めて口にしたようには見えた。米崎は【明日の手紙】を出すにあたって、できるだけ短い文章で多くの意味を送れるようにと考えていた。それにはどうするべきかと考えて、一つの案を出した。



『今回の行動を起こしそうな貴族家をピックアップした。外れていた場合大変なことになるのでその数は35家だ。それ以外の家はメリットがなさすぎてやらないと思う』

『少なくないか? 988家もあるんだろう。もう少し多めに予想しておいた方が良くないか?』

『いや、目的から利益を得られる家というのが絞られる。今の桃源郷で動くなら、一定以上の実力者でなければいけないという理由もある。35でもかなり多めだよ。これに漢字を割り振る。いいね?』

『OK、その形でいいよ』


 それを聞いて本当にこの男は、大八洲国の情報集めを徹底していたのだと思う。ほぼ全ての貴族家の特徴が頭の中にきっちり入ってるようだった。


『35家の目的。行動タイミング。それらを決めて全て100文字以上の文章にする。そしてそれに漢字を振ろう。だが織田家なら織などという単純なものはダメだ。漢字から連想される関連性はないようにしておく。万が一にも見られても意味が分からないようにするよ』


 これに関しては俺たちが五郎左衆を殺している間に、米崎が考えてくれた。普段はもっと俺に考えさせようとするが、自分の役目として割り切ってくれていた。そして、俺は五層に降りる。その前日に米崎が考えたパターンを全て覚えた。


 その中で最も今回動く可能性が高い。そして疑わしい家があった。


『月城迦具夜の"月城家"だ。今回、レベル1000を超える可能性が高い有力候補だね。迦具夜はこの世のものとは思えないほど美しいと評判だが、結婚したことが一度もない。処女なのではないかと噂もある。まあ男のロマンチズムだね。実際のところは男の選り好みがかなり強いらしい』


 確かにそう口にしていた。米崎は"当てた"。確かに月城迦具夜だった。あいつはここまで当てた。それならば自分が殺される可能性を考えていないだろうか。いや絶対に考えてる。あいつはそういうところで抜け目のないやつだ。


 必ず自分が殺されても大丈夫なようにしている。


 そうだよな?



「どういう意味ですか?」

「何度も言わせる気? あなたの持っているものはもう何もないでしょ。このままダンジョンの外に出て普通の人間に戻るなんて嫌よね? だから私と結婚しましょう。仲間には私のところから選りすぐりの子を差し出すわ。手は出しちゃだめよ。あなたとするのは私だけだから。どう?」

「お断りします」


 当然そう口にした。むしろそう口にしなければ不自然すぎる。仲間を皆殺しにされ、その相手と結婚するなどありえない。ともかくなんとか1人になって【明日の手紙】を出せる状態にならなきゃいけない。


「まあそうよね。作った部分など何もなく、心から愛されるのが一番良かったのだけど、そう簡単には行かないわね」


 月城迦具夜の綺麗な瞳がしっかりと俺を捉えた。やっぱりそう来るか。体が動かない。ここから俺がやるべきことは単純だ。米崎が俺に一言だけアドバイスをくれていた。



『耐えるんだ。できなければ全て終わりだ』



「口を開けなさい」


 抵抗しようとしても口を開けてしまった。


「あまり強いのは良くないから、ブロンズにはブロンズの薬にしておきましょうね」


 そう言って見覚えのあるピンク色の薬が月城迦具夜の人差し指の上に乗っていた。


「許してちょうだい。美鈴って子みたいにまた勝手に死なれたら困るってだけなの。大丈夫。490年生きてきて、あなたの顔を見た瞬間ピンと来たの。次はもう死なせたりしない。大事にするわ。私はあなたを待ってた。きっとあなたは私と一緒に頂きへと上れるわ」


 月城迦具夜の指とともにピンク色の薬が口の中に入ってくる。俺はそれに抵抗して【念動力】で胃の中で溶けないようにしようとした。


「ダメ」


 美しい声でそう言われた。そして清らかな水を流し込まれた。薬が溶けていってしまう。


「さて、八代は【媚薬】を使ったら、後はできるだけ早くするべきだって言ってたわ」


 迦具夜がなんだかそわそわしだす。不思議と手慣れては見えなかった。だからなのか。工場の真ん中、こんな場所で服を脱いできた。白い肌。こんなに綺麗なのは見たことがない。頭がそれだけでクラクラする。


 それでも絶対にこの女だけは殺してやると思った。

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― 新着の感想 ―
これはわからせる必要があるな、ベッドで!
おおー 何とか1ー1の根性バトルにまで持ち込めたか ユウタがんがえー!
媚薬を飲まされた状態でどうやって手紙を書くのか……ハラハラする。
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