第二百八話 Sideエヴィー 可能性
白蓮様探しから帰ってきてかなり祐太は変わったと思った。女性に対してもだが、それよりももっと根本的な部分。なんというかよりクールになった。以前よりも男性的な魅力が増したのだ。もう見てるだけでドキドキする。
今まで自分のことに対して否定的に捉えてきたものが、大人の女性との出会いや、五郎左衆とのクエストを通して変わってきたのだろう。
「それにしても見事に全員待たされたわね」
畳の上で布団を敷いて寝る。この宿で初めて経験したことだけど慣れれば悪くなかった。
「私はどうしても頭で考えるからダメなのね。もっと美鈴みたいに感情的な方が祐太はいいのかしら。でもあれは賭け要素が多いわ。うまくいかなかった時のダメージが大きすぎて、“お芝居”ではやる気が起きないわね」
自分が美鈴よりも大事にされている。そんな自信はない。実際今回は美鈴のせいで、久しぶりに祐太に抱いてもらえると思ったのに散々待たされた。どうやら私は美鈴ほどは大事じゃないらしい。美鈴との関係が良好だったのは良かった。
おそらく祐太もいずれは結婚話が出てくる。その時かなりの確率で美鈴と伊万里が第一、第二夫人になる。3番目は誰になるか。私だという保証はまだない。昔なら考えられないけど、そういう駆け引きが多分祐太の周りでは出てくる。
ましてや12英傑まで上り詰めたらどうなるのか。
「この国を見てはっきりと分かったわ」
12柱居る神の1柱になるのだ。男も女もその伴侶となる為にあらゆる努力をする。今のところ私は3番手だと思う。美鈴とも仲がいい。私がよほどレベルアップでつまづかない限り、この地位は安定的だと思っている。
「ふふ」
こんなこと真剣に考えるのは昔なら滑稽だった。でも今の12英傑の周りでは本当にそういうことが起きているらしいし、この国では12柱からの寵愛を得ることが男女ともに最も重要なことらしい。まさに時代は逆行している。
「祐太が神に至れば、この私が第三夫人……」
自分の中で一つ分かったことがある。私はおそらくレベル1000には到達できない。神様には12の枠があるらしいし、今回の白蓮様探しで、自分がそこまで行けないことが、嫌になるほど分からされた。大八洲国の海は凶暴だった。
だがその中でも、とにかく伊万里が強かった。私はそれに勝てるとどうしても思えなかった。そして今回の祐太が私たちの留守中にやってしまったこと。女を作ったことなど問題ではない。成果を聞いて伊万里以上に勝てないと感じた。
どれだけ自分を贔屓目に見ても、私には2人のようなことはできない。理解してしまった。
「でもおそらくレベル1000を超えようと思えば、祐太はともかく伊万里ぐらいはできなきゃいけなかった。でもそれをしてたら多分死んでた」
鏡の前で自分の姿をチェックする。美鈴が踏みとどまってくれたのは嬉しいけど、おかげで祐太にとっての自分の重要性を考えさせられてしまった。
「主。綺麗」
「そうだ主。間違いなく一番綺麗なのは主だ」
「その点は自信があるのだけどね」
やはりリーンとラーイといるのが私は一番安心する。私の思っている通りに動いてくれる。そして私の心配を一番してくれてる。そのことが心地よい。後の2体も別に逆らってくるわけじゃない。私の命が危険な時はちゃんと守ってくれる。
おかげで私はパーティーメンバーの中で一番死ににくい立ち位置なのだと思う。特に黒桜がすごい。どんなに私がピンチでも、安全圏にいつのまにか運んでくれてる。でもやっぱり私はリーンとラーイが大好きだった。
「これでいいかしら?」
探索者として優秀な人は少ない。高レベル探索者ですら世界で988人しか生まれないらしい。私の本来の才能だと多分そこまで到達することもできなかった。それがレベル160までもう来てる。
祐太がここまで連れてきてくれたのだと思う。私が祐太の写真をアメリカで見た時の直感は正しかった。
「うむ。いいと思うぞ」
「そっか」
白のあまり過激すぎない下着にしておいた。祐太の好みは美鈴や伊万里だ。あんまり過激なのは好きじゃないのかもと思った。下着が決まったところで、祐太が興醒めしてしまうようなことがないかと心配になる。
私の体に不備がないか2人に見てもらう。乳房の形からアソコの状況まで確認させたのだからどうかしてる。畳の上でそんな私たちの様子を黒桜があくびをしながら見ていた。猫寝様はまだ私の召喚獣になっていないから、ここにはいない。
クーモだけ出さないのは可愛いそうなので出している。小さな蜘蛛になって、どういう感情なのかいまいちわからない感想を抱きながらこちらを見ていた。せめてこの3体目が完全に私の召喚獣だったら……。思わないわけではない。
「やっぱりこっちの方が喜ぶか」
どうすれば一番祐太の気が引けるか考えて、浴衣を着たが下着は脱いでしまった。祐太の訪ねてきた声がした。リーンとラーイがさっと姿を消す。こういう時には気が利く黒桜は、クーモを咥えていなくなった。だから自分だけで出迎えた。
「いらっしゃい」
作った笑顔ではなく、本当に微笑んでしまう。私はやはりこの男が好きだ。玲香とシャルティーなどに負けるわけにはいかない。私は美鈴みたいに不動の地位ではない。シャルティーは経歴が経歴だから大丈夫だと思う。
でも、玲香とは祐太の中の優先順位でいえば競ってる気がする。浴衣を着て、胸元は少しだけ開けた。これから毎日本当にしてくれるんだろうか。私だけ飛ばされる日があったりしたら、さすがに落ち込んでしまいそうだ。
「エヴィーその、美鈴にいろいろ話してくれてありがとう」
美鈴に色々聞いたか。正直いくら美鈴でも、この時間には入ってきてほしくない。あなたをとどまらせたおかげで時間は1時間だけだ。毎日なのは嬉しいけど男女の時間としては短い。一瞬で終わってしまう時間だ。
正直1日交代にしてもいいのではないかと思ってる。そうじゃないとすぐに終わりすぎる。
「いいの。あんなに危なっかしいのに一人で外になんて怖くて出せないわ。心配になりすぎて夜も眠れなくなるでしょ?」
「本当にそうなってた。本当に出て行く気なら【自然化】を唱えて、追いかけられなかっただろうし」
「隠れるのが得意なのも困りものよね」
「エヴィーは俺を全然嫌いにならなかった?」
「なってほしかったの?」
「そんなわけないけど」
女の方から寄ってくるだけで、祐太自身は旧来の考え方にとらわれている。私はそう感じていた。だから禁欲的になった時期がある。
「もちろん私も自分だけの男が理想だと思う。でも探索者だけは、今までと桁が違うと思うの。レベルが上がることで得られる権力が違いすぎるもの。それを誰か一人の女が独占する。そんなことは不可能なんだと思うわ。みんながあなたに期待してる。今回もあなたなら絶対できるとみんな思ってる。そういうのが辛かったんでしょ?」
「まあ、うん」
「玲香が甘えさせてくれて嬉しかった?」
「嬉しかった」
「本当は私がそういうポジションでいたかった。それがうまくできてなかったのね。祐太。私こそ謝らなきゃいけないわ。気づいてあげられなくてごめんなさい」
「エヴィーが悪いなんて思ったことないよ」
「祐太。お詫びに今日はなんでもしてあげるから言って。どうしてほしいの?」
祐太自信が一番、自分の今の状況に戸惑っているんだろう。レベル1000に至れることのすごさが、ダンジョンの中でレベルを上げていくほどに分かっていく。ただ単に喧嘩の強い格闘家じゃない。
探索者は一人で軍隊に勝ってしまう。誰もその探索者の威光に逆らえない。その魅力はレベル1000になってもいない祐太が、レベル1000に至れる可能性が高いというだけで、どんな女もどんどん靡いて来させるほどだ。
玲香どころか芽依ですら祐太の女になりたがっても不思議じゃない。祐太の話を聞いてると積極的に女を口説いたことが一度もない。それなのにおそらく女の中でもトップレベルが6人。祐太が言えば大抵のことをしてくれる。
他人から見れば羨ましい環境だろうが、同時にそれは祐太に対する期待の高さでもある。祐太はそれを得るだけの権利があるのだと示し続けなければいけない。それはいつのまにか祐太の心の重石になってたんだ。
「ふふ、ニャン」
四つん這いになって猫のように振る舞う。何をされても文句は言わなかった。むしろ祐太に必要とされることが嬉しかった。私はこの男と共に生きていく。途中で死んだりなんてしない。
最後までこの男と何年も、いえ、何百年でも……。
「行っちゃった。早く終わりすぎでしょ」
何百年も一緒にいるつもりなのに1時間で終わってしまった。人数が多いから時間厳守なのだ。美鈴にあんなことを言った手前、不満は漏らしにくいが、正直もっと長時間相手をしてほしかった。
「主はエロエロにゃ」
面白くないなと思いながら、とりあえずリーンとラーイを呼ぼうとした。そこに部屋からクーモを連れて出て行ったはずの黒桜が、クーモを連れずに現れた。
「見てたの?」
「見たにゃ。思いっきり見たにゃ。裸で『にゃん』って言ってるところ見たにゃ」
「悪い子ね。それで私はどうだった?」
だからって別に減るものでもなし、見たければいくらでも私と祐太の愛の軌跡を見ればいい。隠し立てするところは何もなかった。
「完璧だったにゃん。でも本当になんでもしてあげるからびっくりしたにゃ。尻尾がないのに、尻尾を生やしたりなんてよくやるにゃ」
「まあね。結構負けず嫌いなのよ。せめて3番手は譲りたくないの」
「1番はいいかにゃ?」
「む。何か用事?」
狙ってみたい気持ちはある。ただそれをすると、その過程で、逆に祐太から嫌われることになりかねない。できればそれは避けたかった。だからうちのパーティーはそういうことが起きてない。
多分それが起きるとすれば、祐太がレベル1000を超えてからだ。ちょっと探索が一段落して、祐太が自分の他のことをやり始めた時、きっと女たちも本気になる。一番最初はまず結婚相手だろうな。
「少し話をしたくて来たにゃ」
黒桜が少しだけ真剣にこちらを見てきた。それだけで一歩下がってしまうぐらい迫力がある。本当にこの猫はなんなのだろう。
「今回の遠征で主には悪いことをしたと思ったにゃ」
「戦う時のこと?」
それ以外思いつかなくて聞いた。
「そうにゃ。黒桜は外であまり攻撃的な魔法を使いたくないにゃ。本当はずっとそれも黙っているつもりだったにゃけど、猫寝が急にバカなこと言い出したから、そういうわけにもいかなくなったにゃ。あの子まで主の召喚獣になってさすがにちょっと気味が悪いにゃ?」
「まあそれはね。そういえば猫寝様が私にそんなことを言ったのは、あなたを見た瞬間だったわね」
私はあの時のことをしっかり覚えている。今から少し前のことだ。
『でも困ったわね。猫寝様が黒桜の真似をしてたのなら、本物の黒桜はどうするべきかしら? あなた姿を変えられるの?』
言葉にした瞬間黒桜が私たちが話をしている部屋の中に入り込んできた。美鈴が怒って出て行ってしまい、祐太は美鈴が心配で話をしているどころじゃない雰囲気だった。でもちゃんと色々知っておかなければいけないことが多すぎる。
白蓮様探しをしていた私達と、五郎左衆の壊滅クエスト。この2つを話し合っておく必要がある。
『黒桜とやら、すまぬな。勝手に姿を借りていた』
黒桜が喋るよりも先に猫寝様が話していた。
『申し訳ないのだが、お主には私ほどのレベルも戦闘能力はあるまい。今回は主から外に出ずに中で控えていてくれぬか? なに、主が心配であろうが私に任せておけば……』
猫寝様は言葉にして黒桜としっかり目線を合わせた。姿は話し合いをするからと猫人の小さくて可愛い女の子に戻っていた。老けた喋り方をするのが可愛くて、それでいて不思議とかなりの年上だと感じさせる雰囲気を持っていた。
その、私よりも年上の猫人は黒桜の姿を見て、
『へ?』
大きくてぱっちりとした瞳をまたたいた。
『お前バカにゃ』
そして開口一番本物の黒桜から言われた。土岐がいきなりの主への罵倒に驚く。ここで黙っていたら猫寝様への忠義が問われかねない。だから土岐が前に出てきた。
『無礼者! 撤回しろ! いくら召喚獣といっても、我が主に暴言を吐くなら、許すわけにはいかないぞ!』
『お、お、お、おま』
だが、土岐が本気で怒りかけた時、肝心の猫寝様が全く同じ姿をした黒桜を見て、一歩、二歩と下がっていく。猫人の体で正座して、どう見ても平伏しそうになった。
『お前バカにゃ』
何のつもりか黒桜が、頭を下げようとする猫寝様の顔に飛びついて0距離になった。あの時は肝が冷えた。奇妙なところの多い猫だけどこの国の貴族に対してそんな大それたことをやらかすとは思わなかった。
『なぜこんな場所に……』
『黙るにゃ。それ以上一言でも喋ったら怒るにゃ』
『は、はいです』
結局喋っちゃってるし、その後、なんとか普通にお互いの状況確認に戻ったが、途中で何を思ったのか猫寝様が私の『召喚獣になりたい』と言い出した。なんだか黒桜はすごく疲れた様子で、何も聞くなというオーラを全開にしていた。
もともと変な猫だと思っていた。白蓮様の飼い猫である。
深く聞くといろいろと事情が込み入ってそうだった。だから私ですらその場では追求しなかった。しかし、しばらくすると土岐まで黒桜に遠慮し始めた。結局黒桜は2人を連れて部屋から出ていき、しばらくしてから戻ってきた。
「困ったものにゃ。猫寝は昔からおっちょこちょいにゃ」
この気楽そうな猫にしては珍しく本当に困ってるみたいだった。自分ももう面倒なのか呼び捨てにしてしまっている。
「猫寝様……やっぱり召喚獣にするのはだめかしら?」
「猫寝はまだまだ若くて自分の力の制御が甘いにゃ。多分主は猫寝を使うたびに寿命が縮むにゃ」
「それは嫌ね」
「でもこれもダンジョンの縁の一つ。黒桜は反対しないにゃ。でも主。どんなことがあっても黒桜と猫寝は戦いに使ったらダメにゃ。主の消費が激しすぎるにゃ。レベルを制限してても主には操れないにゃ。あの子が暴れたがっても絶対に使っちゃダメにゃよ」
あの子と言ってしまっている。それはつまり黒桜にとって猫寝様は“あの子”ということなのだろう。つまりこの猫は猫寝様よりもレベルが上なのだ。それはつまりルビー級であることを示していた。
白蓮様はどうしてそんな猫を私のところに置くことにしたのだろう。本当に黒桜は私の召喚獣として居続けてくれる存在なのだろうか。猫寝様だってそうだ。今、召喚獣になってくれるのは嬉しいが、先でその力がなくなることはかなり困る。
それでも私の強さになったことには違いない。
「黒桜。その条件は分かったわ。あなたたちは私が強くなるまで戦いには使わない。そして黒桜の目的通りには動いてあげる。ただ、約束して、黒桜。あなたがいなくなっても私が困らないようにして。それだけは約束してほしいわ」
「しっかりしてるにゃね。OKにゃ。色々ばれちゃったにゃ。本当は強制送還されるかと思ったけど、致命的ではないと判断されたみたいにゃね。ちょっと許してもらえたにゃ。確かに黒桜は永遠に主のそばにいるのは無理にゃ。そもそも結構歳だからそんなに長く生きられないにゃ」
「いくつなの?」
「400年ぐらいは生きてた気がするにゃ」
「アバウトね」
「あんまり長く生きると色々適当になっちゃうにゃ。白蓮様は黒桜の最後のわがままを許してくれてるにゃ。主。多分勘違いしてるから言っておくけど、黒桜は祐太のせいで、主の元に来ているわけじゃないにゃ。主が目的でちゃんと来てるにゃ。あの時あそこに主が呼ばれたのは、黒桜がそれを望んだからにゃ。だから忘れないで欲しいにゃ。黒桜はちゃんと主の召喚獣にゃよ」
「そうなの?」
「そうにゃ。あと、猫寝は黒桜が死んだら自由に道を選ばせてあげてほしいにゃ。それと、主自体が本当に強くなりたいなら、リーンとラーイとクーモをもっと極めるにゃ。召喚士の強さは召喚獣の数で決まるんじゃないにゃ。あの3体は強くなる可能性がまだまだあるにゃよ。だから主。あの3体をもっとうまく使いこなすにゃ」
黒桜が言うと不思議と説得力を感じた。リーンとラーイだけだと思ったけど、そうか、クーモも私の召喚獣だと思っていいのか。奇妙な黒桜、本当の姿はどんなものなのか興味があった。そしてできればこの奇妙な猫ともずっと一緒にいたい。
でもきっとそれは無理なんだろう。この猫は何か目的を持ってる。それがどんなものなのかは知らない。でも私にもちゃんとスペシャルなことがあるのだと思うと少しだけ自信が持てた。
「黒桜」
「なんにゃ?」
「私のところに来てくれてありがとう」
「そう言ってもらえると嬉しいにゃ。主。強くなるにゃん。もっともっとレベルを上げてルビー級まで到達してほしいにゃ。そうしたら言いたいことがあるにゃん」
「どんなこと?」
「安心するにゃん。黒桜はメスだし、愛の告白でないことだけは確かにゃ」
「ふふ、そう。じゃあその日が来るのを待ってるわ」
私がそう言うと黒桜の猫のいつも気楽そうな顔が、寂しそうに見えたのは気のせいだったと思う。





