第二百一話 名前
目が覚めるとまだ左手にシャルティーがいて、右手に玲香がいた。2人ともかなりしっかりとくっついてきており、15歳の少年に大人の女が2人。ダンジョンが現れる前なら、悪いのはどちらになるのか分からないような状況だ。
大人の女性の肌の感触を確かめる。2人とも触られるとムズムズしている。さすがにこれからまたはやりすぎだ。時間がないのだ。動かなければいけない。俺は2人の女性を置いて布団から立ち上がった。
窓からは富士山よりもまだ高い、成層圏に到達しそうな山を見ることができた。温暖な気候で、空調設備は必要なかった。おかげで昨日のいろんな匂いがこもっている。窓を開けた。大きく伸びをする。
息を大きく吸い込んだ。ゆっくりと吐き出す。腰の辺りが軽く感じる。ここまでしてかなりスッキリした。シャルティーだけだと無理だったが、玲香に甘えながらするとかなり気分が落ち着く。
「この後、美鈴たちに殺される可能性は捨てきれない。だが、とりあえず一時の衝動としては最高に良かった」
心の底から口にした。やはりこうして定期的にストレスを発散するのがとても良い。美鈴たちがいないこの間に気づいたことだが、俺はこういうことを我慢しない方がいいようだ。
よく考えたら過度のストレスや、力の持って行き場がなく、殺人に走るアホどもより、女に甘えて慰めてもらう俺の方がよっぽど賢い。なんだか朝日を浴びて生まれ変わったような気分で、この日のことを忘れないために叫んでおいた。
「気持ちよかったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
気が済んだところで、窓を開けたまま振り向く。今の声で目が覚めたのか玲香が俺を見てる。
「大丈夫?」
「大丈夫だ。玲香の体が最高だったって叫んでるだけ」
「ならいいけど」
まだ少し眠いのか、玲香は体を起こしてポケッとしている。玲香が起動するまで、自分でポットから急須にお湯を入れて、湯のみにお茶を入れた。一口飲む。そうするとほっとする。そういえばこういうことはあまりしてなかった。
タッチパネルで食べ物を頼むと料理をするので時間がかかるそうだ。朝ご飯をきっちり食べておこうと思って、頼む。とりあえず俺はテーブルに置いてあった饅頭をかじった。
「うーん」
ゆっくりと玲香が起きるのを見つめていた。テレビをつけると俺と五郎左衆のニュースがまだ流れている。どうやら破壊された建築物の再建が、早くも始まっているらしい。もう基礎が出来上がっているのが見えた。
その姿にちょっとだけ安堵する。ニュースでは災害情報のように取り扱われ、【第45号五郎左衆事変】と名付けられていた。
『関係筋の情報では翠聖兎神様が、クエストの抜本的見直しを発表されたとの情報もあり、この問題は近く解決されるとも言われています。ただ五郎左衆関連の被害はここ最近急激に増え、その原因究明のため、政府は「第三層への陳情に赴くべき」との野党からの批判にさらされております。ですが、今のところ政府にその動きはありません。この政府の弱腰に国民の不満は——』
昨日気づいたのだが、どうもこの宿は四層にあるらしい。というのも貴族以外の利用客が、貴族と間違っても出くわさないように、部分的に四層につなげているそうだ。だから、ニュースも四層のものだった。
大八洲国の四層では人が老衰以外で死ぬ最も大きな原因は、探索者による気まぐれや争いに巻き込まれることである。俺が近くにあったボタンらしきものを押すと、空気中に画面が現れて、パソコンのように使うことができた。
検索サイトのように調べることもでき、ヤシーというサイトだった。俺はそこで、この国の災害について調べた。自然災害はもう克服されている。だからそれで警報が鳴ることはない。警報が鳴る時はいつも人災と決まっていた。
そして犯人はいつも探索者である。最も出される確率の高い警報は、第二種警報で、レベル100~200の探索者が起こす人災を指しているそうだ。第三種はレベル300までらしい。警報がなるたびに1万人以上の人が死ぬ。
そしてこの第二種は大八洲国全体でもっとも多い人災で、四層の住人の死亡原因でトップに位置している。
「今回はまだ少ない方なんだ」
まあシャルティーの人権は無視して、戦いが最も被害が小さく終わるようにした。せめてその意味はあったのだと思うとほっとするとともに、早く解決しないとと心に焦りが生まれる。
「何を見てるの?」
目が覚めたようで玲香が後ろから画面を覗き込んできた。焦った気持ちを隠すように、しばらく黙っていた。玲香が画面を見てくる。
「まだ気にしてるのかしら?」
「いや……」
心が落ち着いたから口を開いた。
「そこまでじゃない。ここの人達って病気や怪我で死ぬことがないんだなって。死ぬ理由がほとんど探索者が暴れるからなんだってさ」
「へえ、いずれ日本もそうなるのかしら」
玲香が空気中に現れた画面をスクロールさせる。被災映像が、画面の中にはいくつも流れる。逃げ惑う人たちを面白がって殺す探索者。中には核魔法の餌食になる人間もいるようだ。その時は一瞬で20万人が死んだらしい。
「こんなのが年に何回もあるのか。せっかく科学は進んでいるっていうのに、探索者がいるせいで、災害は起こり続ける。考えてみれば歪な世界よね。どうしてダンジョンは探索者に力を与えるのかしら」
「やっぱり五郎左衆の被害が大八洲国全体でも洒落になってない。早い解決を望まれてるのは確かみたいだ」
「被害者数は……トータル236万4790人。去年が特にひどくて100万人以上殺してるのね。本当に無茶苦茶な奴等だわ」
俺は玲香にもお茶を入れてあげると、それを口に運んでいた。扉の叩く音が聞こえた。
「六条。そろそろ起きたか!」
ジャックが裏切っている可能性はかなり低く。心の中を確かめたことから、俺は拠点となっている宿に招いていた。その声が大きく響く。ひょっとすると俺のさっきの叫びが聞こえてしまったのかもしれない。
「ああ、起きた! 玲香、少し出てくる!」
「ちょっと待って私も行くわ」
「いいよ来なくて。シャルティーを起こしておいてくれ」
「この乳女、私が起こすの?」
「ああ、頼む」
昨日の夜、シャルティーが玲香との最中に目を覚ますことはなかった。眠ることで自分の中で変わった常識を整理していってるのだろう。玲香はシャルティーとまともに話したことがないので大丈夫か心配なようだ。
そういう目で俺を見てくる。
「大丈夫。中途半端なことはしてない。絶対に攻撃してきたりはしないから」
「自分で起こせばいいのに」
その辺は不満なようで、玲香はシャルティーのお尻を蹴っていた。
「ほら、起きなさい」
「もうちょっと……ううん……5分……」
「何を甘えてるの。彼も『起きてほしい』って言ってるわよ」
まあ大丈夫そうなので俺は廊下に出た。ジャックがいて挨拶をする。そうすると向こうも口を開いた。
「よ。随分長くかかったな。あの金髪女は大丈夫か?」
相変わらず鬼神のスカジャンを着て、ジャックはいつも通りだった。
「ああ、もう心配はないと思う。シェルティーも【極楽粉】はかなり何度も摂取したことがあったらしい。でもその影響もだいぶ抜けた。これが、まともって言えるなら、まともに戻ってきてる」
「【極楽粉】か……俺もあれは知ってるが飲まれてたら面倒だったぞ」
「今回誰も飲まなかったよな」
「まあお前を捕まえる目的だったから飲まなかったんだろうが、そのうち飲むやつが現れたら気をつけろよ。【極楽粉】を飲むとあいつらアホみたいに強くなる。おまけに正気を失う」
「捜査資料上では知ってる」
「あと、俺はもうそろそろ動きたい。そんでできれば一緒にお前と行動したい」
ジャックがそう言ってきた。散々危ないことをして生きてきたジャックだが、五郎左衆という犯罪組織を相手に一人で動く気はないようだ。
「ああ、俺もそのつもりだ」
そのまま2人で何気なく廊下を歩いた。こういうのが嬉しい。女性と触れ合うのとは全く違う新鮮な感覚。やはり男に飢えていたんだなと思う。
「ちょっと聞いておきたいことがあるんだがいいか?」
「いいぜ」
「俺のこういう行動ってお前は軽蔑しないんだよな?」
ジャックも女性関係は大概やらかしてきている。そのことは知ってる。ただ、さすがにプライベートのことをあまり深くまでは見なかった。だからその時どんなことを考えていたのかとか、その辺までは分からなかった。
「お前っていくつだっけ?」
「15歳」
「若いな。探索者の中では一番若いぐらいだ」
「そうなるな」
いろいろありすぎて一番年下という感覚はあまり持ってない。でも15歳だ。年齢的には高校1年。まだ童貞でも全くおかしくない年である。それがもうモンスターを殺し、人間を殺し、そして複数人の女性と関係も持った。
人生が変わりすぎた。こういうことを考えるといつも池本の姿を見て隠れていた日を思い出す。あいつは多分一生俺の頭の中から離れない気なのだろう。
「まあその年なら無理ないって。逆に抑えられたらびっくりだよ。性欲ないのかって心配になるわ。正直どの探索者に聞いてもだいたい一緒の意見だと思うぞ」
「そんなものか」
「探索者は急に常識では考えられないぐらいモテ出す。レベル100とかを超えてくると誘って断られることがまずない。というか誘う必要がない。お前の歳でレベル200に手が届いてるって事は、多分お前は死なない限り高レベル探索者だろ」
「そうなるのか?」
「惚けるなよ。自分でも分かってるだろ。なんかよく分からんが、自分が選ばれてるってよ」
「……まあ少しは感じるけど」
俺たちは日本家屋の宿に泊まっていて、縁側を歩いていた。かなり長い縁側で500mぐらいあると思う。その一角で腰を下ろした。座ると綺麗な庭園と澄んだ水の中を鯉が泳いでいた。空中に巨大で丸い球体の水が浮かんでいる。
その中を鯉が泳いでいるのだ。ジャックが空気中に現れたパネルを操作して、日本酒を注文した。熱燗の日本酒がすぐに運ばれてきて、
「お酌をさせてもらいますか?」
「いや、必要ない」
ジャックが言う。見た目の良い猫耳を生やした女中が残念そうに下がっていく。ジャックが俺のお猪口に日本酒を注いでくれた。探索者だと日本でも飲酒制限がなくなる。そしてこの体だと酔っ払うこともない。
俺は遠慮なく、お猪口の酒を飲み干した。お猪口が空になるとジャックがまた入れてくれたので、俺もジャックに入れてあげた。そうして2人でボケッとする。なんとなく南雲さんとアメリカに行ったことを思い出した。
「安心しろよ。大抵の探索者がそれを我慢できずに、自分の本命の女と散々揉めながら、答えを見つけていくんだよ」
「そうなんだ」
お酒が胃の中に流れ込むと体が熱くなる。この酩酊感は嫌いではなかった。かといってこの体は、お酒の毒ぐらいでは正気を失わない。1分もあれば回復して頭がクリアになる。本当に酒に酔うということはこの体では無理らしい。
「でもまあ、間違いなく探索者になる前の俺なら、お前の行動は軽蔑してたと思うぜ」
「今は?」
「お互い様」
「そっか、はは」
ジャックも人のことは言えないと自覚しているらしい。
「お前ぐらい見た目が良くて、優良株ってなれば、女は嫌でもついてくる。この辺が男と女の探索者の違いだな。女の探索者は強くなればなるほど、ちゃんと相手を探しておかないと、誰も相手をしてくれないというぐらいモテないって話だ」
「逆ハーレムがあるって聞いたぞ?」
「逆ハーレムもあるにはあるんだが少ないな。森神様とかは別枠だしな。この辺は男と女で考え方が違うんだろうな。ダンジョンペットにされるのもほとんど男だしな。知ってるか? あれはあんまり長期間やってると奴隷になってしまうらしいぞ」
「マジか……」
小野田と後藤は奴隷にされてないだろうなと少し心配になった。
「1年以上だったかな。ダンジョンペットのまま甘んじた男はその女の奴隷になるって話だ」
じゃあまだ大丈夫か。
「奴隷になるとどうなるんだ?」
「まずステータスの称号に【〇○の奴隷】って出てくるらしい。こうなると主人に絶対逆らえない存在になってしまうんだとよ。一応奴隷になる1週間ぐらい前にダンジョンから警告が来るらしい。まあだからダンジョンペットも意外と美味しいところだけ美味しい思いして、その警告を聞いて慌てて逃げ出すらしいぜ」
「女は大変だな」
散々そこまで自分の理想の男を作ろうと思って投資したのに、最後の最後で逃げられてしまう可能性が高いわけか。
「正直男で良かった。お前は俺の心を読んだし、女教師のことは知ってるんだろう?」
「あ、ああ、悪い」
「別にいい。最初はな。複数はだめだろって俺も思ったんだよ。でもなんか寄ってくんだよ。しかも結構綺麗なのばっかり。おまけに倫理的に問題があっても、俺達って法律的には裁かれないんだよ。まあだからって女が怒らないわけじゃないからよ。死ぬほど怒らせたこともある。刺されたこともある。でも、だからなんだって感じで終わるんだよな。何せ女に刺されたぐらいだと結構簡単に治るんだよ」
「まあ確かに」
そういえば南雲さんもそんなこと言ってた気がする。
「それで刺しながら、俺が平気なの見ると、結局『他の女に手を出してもいいから捨てないで』とか泣きついてくるしよう。そういうのを見ると俺も反省するんだよ。その時は。でもまあ一度手を出しちゃった女も『捨てないでほしい』って言うしさ。そうなるとどうしようもないだろ?」
「……うん」
ジャックとものすごく共感した。近い将来自分にも起こるかもしれない光景だ。ただ、俺の場合、美鈴達は同レベル帯だ。ちょこっと刺されてポーション飲めば終わりというわけにはいかない。【毘沙門天の弓槍】で打ち抜かれたら死ぬ。
【清明の剣】で切られても死ぬ。リーンと【人獣合体】した状態のエヴィーにブチ切れられても死ぬ。玲香とシャルティーは気持ちよかったけどその代償は大きいかもしれない。額に一筋の汗が流れた。
「なんだよお前可愛い返事して」
「いや、俺のパーティーメンバー全部女だけど……」
「ああ、そういえば同じレベルなんだな。大丈夫。最終的にはあっちが絶対折れるって」
「なんかそれはそれで色々最低だ……」
「ふん、女からすれば、お前意外と迷惑な男だと思われてるだけかもしれないけどな」
「それはありえるか……。はあ、かなり自分を戒めないと調子に乗るよな」
しみじみ俺がつぶやいた。
「そうだよ。探索者の心はそんなに立派なもんじゃねえ。大企業の社長さんが苦労してトップに上り詰めたとかそんなのじゃねえ。そもそも、お前みたいに急に強くなるやつは、バランスを崩しやすい。出されるクエストの難易度もアホみたいに高いから、ストレスも溜まるしな」
「そうなんだよ。なんだよこの無茶苦茶なクエストってマジ思う」
「まあ分かる。でもクエストを投げ出さないだろ?」
「ああ」
「じゃあ今日は出るよな?」
「そのつもりだ」
「行くか」
「ああ、行こう」
「その前に少しだけいいかな」
声がして振り向いた。白衣を着た男が縁側を普通に歩いてくる。米崎にしては珍しく突然現れなかった。その後ろから自分は決して、ふしだらなことなどしませんという顔で、ボディスーツに着替えた玲香がついてきている。
さらに装備を整えたシャルティーもいた。大きな胸だ。片手じゃとても収まらない巨乳。
「やっぱり乳がいいよな」
「ああ、乳はいいもんだ」
後は土岐だが、土岐はこの宿に来ていない。俺は土岐には先に猫寝家に走ってもらい、猫寝様と会えるように渡りをつけてもらっている。
「六条。ここにいたのですね」
シャルティーは俺のそばに近寄って横に立った。この状況でいちゃつこうとするほど、バカな行動は取らないように言ってある。
「米崎。用事?」
俺が聞いた。
「ああ、久兵衛君の残骸をちゃんと回収したんだよね。爆弾とか仕掛けられてたら面倒だ。一応確認しておくから見せてくれるかな」
俺の顔が曇る。久兵衛の話は今あまりしたくない気分だ。でもしないわけにはいかなかった。
「分かった。外に出ると五郎左衆と戦いになるだろうし、部屋に戻ろう」
「了解」
米崎が頷いたので俺の部屋へと戻った。布団は何事もなかったように片付けられ、俺が注文した朝ご飯が置いてあった。高級旅館だけあり美味そうだ。結局全員分頼むと、朝ご飯だけ終わらせて、テーブルを片付ける。
そして、俺がお風呂場の湯船のようなものを土魔法で作った。それぐらいの土魔法ならステータスに出ていなくても唱えられる。玲香が、マジックバッグから湯船の中に久兵衛の死体を出した。
すぐに氷を溶かしてしまい、米崎が久兵衛の死体を調べる。死体をいじる行為。俺たちは顔をしかめたが、米崎は全く平気らしい。久兵衛の死体であるはずの眼球から何もかもしっかりと確認していく。
「どうだ?」
俺は答えを聞くのが憂鬱になりながら尋ねた。
「うむ……。これは“久兵衛君の死体じゃないね”」
その米崎の言葉に、喜びが湧いてくることはなかった。久兵衛が死んでないことを全く喜ばない。むしろ喜んではいけないのだ。俺はいっそこれが本当に久兵衛の死体であってくれたらと思ったほどだった。
「博士よ。じゃあこれは誰の死体なんだ?」
ジャックもかなりイライラしているように米崎に聞いた。俺も正直同じ気持ちだった。これはない。これはないだろう。口に苦いものが込み上げてきた。
「似た顔と装備を着せてるだけで、ごく普通の人間だ。おそらく四層の人間だろう。久兵衛君と体型と顔が同じものを見つけたんだろうね」
「そうか……」
俺は“あの男”の心を読んでいただけに信じられなかった。そしてなぜなのかと考え込んでしまう。
「じゃあ裏切り者はやっぱり……」
ジャックがそれを口にするのをためらった。ジャックもかなりお世話になったのだから当たり前だ。お世話になった相手が裏切り者などと口にしたくはない。俺にとっての南雲さんぐらいジャックはあの男が大切だったはずだ。
「そうなるね。シャルティー君の言葉は嘘じゃなかったわけだ」
「当然ですわ。私が六条に嘘など言うわけがないでしょう」
それでもできれば嘘であってほしかったと、心の中で思ってしまう。何がどうなってこんなことになっているのか。正直俺はまだ頭がこのことに関してモヤモヤしたままだった。理解ができない。確かに俺はあの男の心を読んだはずだ。
《クミカ。何かあの時気づいたことはなかったか?》
俺は目覚めていたクミカに尋ねた。
《それは……》
《それは?》
何か思い当たることがあるのだとクミカが思ったのが分かった。
《正直言うと少しだけ奇妙なことはありました》
クミカがそんな返事をしてきた。
《何が変だったんだ?》
全て共有しているはずだが俺は気づかなかった。
《なんというかあの男の心は、私にはあまりにも綺麗すぎると思いました》
《綺麗すぎる?》
《そうです。ジャック様も土岐様もそれぞれに心にはかなり汚れている部分がありました。ですがあの男の心にはそれがありませんでした。私にはそれがまるで自分の思う理想を作っているようだと見えました》
人は誰しも正義のヒーローでいたいと思うが、現実にそんなに綺麗なやつは存在しない。俺は未だに池本のことを思い出すだけで急に腹が立ってくるし、女に関してはかなりだらしない。ジャックもそれは似ている。
土岐に至っては犯罪行為をしていた時期がある。俺たちは極端だとしても、それでも人には人に言えない汚い部分がある。だがあの男は心を見せるのを嫌がっていた割に、その心はあまりにも綺麗だった。考えてみればシミひとつなかった。
「でも米崎。確かにあの男の心は白だったぞ」
「まだ日本では症例が少ないけどね。大八洲国では結構多く症例が報告されている。まあ探索者独特の精神病さ。おそらく彼はそれにかかっていたのだろう」
「精神病……探索者にそんなのがあるのか?」
「あるよ。むしろない方がおかしい。何しろダンジョンはその人の体の健康は保証してくれるけど、心の健康は保証してくれない。レベルが上がっても心は強くなることがない。知能が上がっても精神が別に強くなっているわけではないんだよ。だから探索者は常に心と体がアンバランスなのさ。おそらく彼はその症状がかなり強く出たのだろう」
誰もが名前を口にするのをためらった。そう。裏切り者の名前。
だが米崎は口にした。
「裏切り者“久兵衛”は、おそらく【分身心症】という病気だね。普通の人間にはない探索者独特のものだ」
その名前。口にされると改めて俺の心に染みてきた。そしてまた俺は殺したくない相手を殺さなきゃいけないのかと思った。
マークのガチャ運が、2だったり3だったりしていたのを、2に統一しました。
本当は前回のガチャをやり直さなきゃいけないんですが、どの道マークは、
前回ガチャ運2ぐらいしか当たってなかったのでそのまま行きます。





