第百九十六話 切江
四層で人を殺したところで、すぐに生えてくる。それぐらいの認識で、新しい武器がガチャから出ると試し斬りとして、四層で暴れるのが好きらしい。
特に今の五郎左衆はやりたい放題で、武官が手を出さないからとあちこちで無駄に人を殺しまくっている。
「ね、ねえ、女の人の頭が急に爆発したんだけど、何か知ってる?」
玲香が聞いてくる。俺は心を読める能力をクミカのことを伏せて玲香に教えている。黙ったままでは一緒に行動できない。だから教えた。
「ああ、俺がした」
そして玲香の性格だとこのままでは、俺に対しても警戒心を持ってしまう。だから少しだけ【意思疎通】で読み取った心を送ることにした。それは今殺したばかりの女たちの心の中だ。
「今の女たちが考えていたこと。かなり刺激的だが教えておく。いいか?」
いきなり送りつけず一応聞いた。
「え、ええ、お願い」
怖がりながらも頷く。俺はどれにするべきかと思ったが、クミカが薦めてきたものにした。子供をかばって命乞いしている母親。それを見ている女たち。子供を殺して泣き叫ぶ母親を男たちと組んでゆっくりと殺している。
そういう映像だった。俺はこれを見た瞬間にこの女たちは全員殺そうと思った。
そしてまだある。
達成不可能なクエストが個人に出た。翠聖様がついに呆けた。ずいぶん格好良い男らしいから、一生ペットにしてやろう。美鈴達のことも捕まえて、遊び倒してやろうと考えていた。女たちの頭の中ではそれが日常になっていた。
毎日毎日好き放題に暴れる。他人のことなどどうでもいい。命を奪おうと泣き叫んでこようとそれはむしろ楽しかった。女たちの頭はおかしくなっていた。【極楽粉】の過剰摂取で頭がいかれているのだ。
普通のことではもう何も喜べなくなっている。
「もう、いいわ」
そしてまだまだ見たものを流し込もうと思ったら、玲香が青ざめた顔で拒否した。俺はそこで映像を止めた。
「ごめんなさい。殺されて当然なのね」
「五郎左衆を殺すかどうかクエストを受けた時には迷ってた。捜査資料を読んでも【極楽粉】で頭がおかしくなってしまっただけで、本来は五郎左衆も普通の人間だったんだと思った。でも、土岐は【極楽粉】を試してもまともに戻ってきた。【極楽粉】で全員がおかしくなるわけではない。だから、迷わなくていいと思った」
「え、ええ」
「玲香、俺が怖いか?」
少なくとも簡単に人を殺した。
「いえ、ごめんなさい。大丈夫。怖くない。それと次は私もちゃんと戦うわ」
局長がなぜ全員殺せと言っていたのか、心を読んでみてよく分かった。こいつらは死んでもしょうがないクズだ。同情など必要ないし、いちいち司法の裁きを受けさせようなどと思わなくてもいい。
それよりもできる限り早く全員殺すべきだ。それにこのクエストが俺たちが担当になったことで、かなりのペースで被害が増えている。武官が居なくなり、なんのブレーキもなくなったからやりたい放題なのだ。
おかげで今は捕まえやすい。でも、俺たちのクエストの達成が遅れれば遅れるほど被害は増える。それが女たちの頭の中からよく分かった。
「玲香。こいつらは全員懸賞金がかかっている。後で報酬が欲しい。死体を回収しておいてくれるか」
「嫌だけど分かったわ。あなたも米崎に借りばかりがある状態なのは嫌でしょうしね。でも、次は頑張るから私もちょっと分け前はくれるでしょ?」
「もちろん」
俺が深刻にならないようにと少し笑わせてくれた。
クミカから得た情報では最初の女は幹部だったらしい。だがクミカにいきなり頭を爆発されて対応できなかったようだ。他の7人は女の部下で、幹部の下には20人の部下が居る構成だ。今回の襲撃では、そのメンバーの中の女だけを集めた。
目的は俺だ。
だから幹部の女は俺の本来の能力に対してはかなり警戒していた。しかし、爆発の能力まで把握しておらず、そんな能力は持っていないと思い込んでいたから、俺の瞳が薄く光ったのに対応できなかった。
攻撃の気配は感じたはずだ。だが爆発ではなく俺本来の攻撃が来ると思って避け損ねたのだ。俺の情報を持っていたからこそ、クミカの能力に完全に不意を突かれて死んだ。
あと242人。全員殺すのはまだまだかかりそうだ。
俺がそう思っていたら、ジャックと土岐の気配を感じた。
「玲香。2人が来たみたいだ」
「うん……大丈夫よね?」
「多分。一応戦う覚悟だけはしておいてくれ」
玲香に警戒だけは促したところで2人が到着した。
「——どうなってる! 久兵衛のおっさんが死んだってどういうことだ!」
ジャックが怒鳴り込んでくる。すぐ近くにある巨大な氷を見た。氷漬けにされた久兵衛だった。ジャックは一瞬言葉を失い、同じくやってきていた土岐も戸惑った。
「本当に死んでる。ちょっ、え? 何これ?」
本当なら俺達とジャック達の関係はできるだけ隠すはずだった。しかし久兵衛が殺されたのだ。ほぼ間違いなく相手は猫寝家と俺たちの関係を掴んでる。
《この2人は裏切ってない。間違いないよな?》
《そのはずなのですが……》
クミカも自信をなくしていた。どう考えても裏切り者がいないと、久兵衛がいきなり攻撃されて死ぬなんて思えなかった。それに摩莉佳さんが情報を流すタイミングは、こちらの準備が全て整ってからだ。
今はまだ五郎左衆は俺たちの存在を知らないはずだ。改めてこのクエストの難しさを知った気がした。ではこうなることが全く予想できなかったかといえば違う。
武官が組織的に引き受けても手こずるクエスト。
探索者で構成された武官という治安組織。それが3年も追い続けて、なかなかそのしっぽを掴むことができずににいた。その最大の理由が多分これなんだろう。捜査資料にもあった。
【裏切り者がいる】
何度対策に当たるメンバーを見直しても、必ず裏切り者が出る。そのせいで、いつも仲間を疑わなければいけない状況。それはかなり武官という組織にとっても苦しかったらしい。そしてそれが俺たちにも出た。
そうとしか思えなかった。
「もう一度確認する。お前たちは裏切ってないんだな?」
「はあ!? そんなことよりこれはどういうことだ!」
ジャックは久兵衛の氷漬けにされた死体を見て、事と次第によっては許さないとこちらを睨んでいた。俺が心を読むということはジャックも土岐も分かっている。だから俺は【意思疎通】を使って、必要な情報を2人の頭に流し込んだ。
《【意思疎通】? 何のつもりだ……おえっ》
「へえ、便利だ。あそこで頭がなくなって寝ている女の人たちの記憶だよね?」
頭の中に俺が最初見た久兵衛の死体の光景や、襲撃してきた女たちの頭の中身を見せた。ジャックは途端に気分が悪くなって青ざめた。土岐はジャックほどではないが顔には不快感が浮かんでいる。
「ああ」
「嘘だろ。こんな惨いことを人間がするのか?」
女幹部の下に居る20人で、街中で1時間に何人殺せるか。一番多く殺せたものが、ご褒美をもらえる。そのご褒美も付近にいる見目の良い男女を拉致しておく。そして違法に奴隷にする。それがご褒美なのだそうだ。
ジャックに見せたのはその映像だった。たったの1時間で全部で1000人以上が死んでる。武官が止めなければもっと死んでいた。
「頭のネジが飛んじゃってるね」
次に見せたのは【極楽粉】のパーティーである。一時的にパワーもアップするそれを一般の人間に摂取させて、戦わせる。相手が死ぬまで戦いは続き、そして探索者の薬物である【極楽粉】を摂取した一般人は勝者であれど死ぬ。
「お前たちは大丈夫なんだな?」
明らかに疑っている。そういう目で見た。
「ふざけんな! 裏切ったのが俺だって言いたいのか!」
それでいて俺の心はこの2人を信じたいと思っていた。何よりも2人の心は相変わらず、裏切りの兆候すら見えなかった。
「ジャック。落ち着こう。久兵衛がこの場所で殺されたとなれば、六条君が僕たちを疑うのは当たり前だ。そうでなければ、こんな場所で久兵衛が殺されるわけがないだろ」
「いや、しかし、少なくとも俺はそうじゃないぞ」
「じゃあ僕ということか?」
「いや、土岐はちょっとひねくれたところもあるし、短い付き合いだが裏切るようなやつじゃない」
「微妙に庇ってくれて嬉しいよジャック。六条君。正直僕も動揺している。僕と久兵衛は親しいなんてものじゃなくてね。心を読んだのなら分かると思うけど、彼は僕の恩人。それを僕が殺すなんてとんでもない。信じてもらえないなら、いくらでも心を読んでくれていい。僕は裏切ってない」
「お、俺だってそうだよ」
俺も意味が分からなくなる。仕方がないので土岐とジャックの心を再度クミカに見てもらった。
《——やはり2人の心におかしな点はありません。むしろ久兵衛様が死んだことをかなり悲しんでいます。怒りで思考が鈍るほど怒ってもいます》
クミカにだけ心を読ませるのはしんどいだろうから俺も一緒に見た。しかし俺の見解も2人は白だった。
「どうなってる」
頭を激しく掻いた。あの小さな当主・猫寝様になんて言えばいいのだ。それに猫寝様は久兵衛が死んでも協力してくれるだろうか。そのことを一番心配している。人が死んだことを素直に悲しめない自分が嫌になる。
いや、それよりも生き返らせることができるだろうか……。
「ともかくこの状況はかなりまずい」
「だよね。誰を信じていいのか僕だって分からないよ」
とにかく二人への警戒は外さずに、もう一度今の状況を考えてみた。女たちはクミカの存在を知らなかった。それでいて俺本来の力は知っていた。能力もほとんど把握している。ただ俺は【魔眼殺し】として名前が通っている。
あの女たちが知っていたのは、噂で出回っているであろう範囲を逸脱してなかった。おかしいのは久兵衛達とこのタイミングで手を組んでいることを知っている。そのことだ。そしてこれを知っているのは、
米崎、土岐、ジャック、摩莉佳、マーク。
この5人だ。
それを2人に伝えた。
「じゃあ裏切ったの米崎じゃねえの?」
「それこそない」
可能性はゼロではないが、一番裏切りそうにないと思っているのが米崎だ。あの男の目的ははっきりしている。人工的に神を創り出したい。それには自分が、せめてレベル500を超えたい。
そのあてが他に見つかったのなら裏切るかもしれないが、正直俺以上に米崎をレベル500まで持っていける人材が簡単に見つかるとは思えなかった。
「君が心を読んでなくて、可能性が一番高いのは誰? 悪いけど感情抜きで答えてほしい」
土岐に言われた。心を読んでいない人間の仲間。米崎、摩莉佳、マーク。この3人が頭に浮かんだ。誰か一人でも裏切れば、今回のことが実行できるかもしれない。俺は考えた。武官もこの問題でどうにもならずに悩んだのだ。
「いや、武官もお互いに疑心暗鬼になったことが、一番五郎左衆の問題を難しくしたらしい。だから俺はとりあえずお前たち2人のことは信じる。土岐とジャックも俺を信じられるか?」
「それはまあ……君がクエストの出た本人だしね」
「クエストを出されたその本人が裏切るとか意味が分からん」
それを聞いて俺は言った。
《なら、俺に定期的に2人の心を読ませてくれ。何かお前たちが俺を裏切る“瞬間”があるかもしれない。意味は分かるな?》
《……なるほどそっちか……“催眠”の可能性だよね。いいよ。心の底から嫌だけどOKだ。一緒に行動した方がいいね》
《俺もいい。1時間に1回ぐらい読むか?》
そうしようと決まったところで、誰かが動く気配がした。
《ところでさ。【意思疎通】にしたってことは気づいてると思うけど、誰か“まだ”いるよ》
俺も気配を探った。誰かがいる。そんな感覚がする。四層とはいえ明るい日差しの中だった。この世界の文明だと人工的に太陽を造るのは簡単らしい。その明るい太陽の下に暗い目をした女がぽつりと濃い木陰から現れる。
「兄さんやっぱり強いね。最初見た時から殺しがいのある御仁だと思ったんだ」
男のようだが、女だと分かる。体の線は細かったし、着流しから見えるさらしを巻いた胸が膨らんでいた。宝島大劇場の男役にでもいそうな女だ。全ての髪を後ろに流したオールバック。自分の唇をペロリと舐めた。
クミカに心を読むように言っておいて最初に口を開いたのは俺だった。
「2回目になるな“切江さん”。最初にあったのは探索局近くの道端だった」
「名前を知ってくれてるなんて嬉しいねー。俺がね。その木偶の坊を殺したんだ」
ものすごく楽しかったと言いたげに目の形が歪んだ。
「無防備に立ってるから殺していいのかなと思ったんだが、悪かったかな?」
切江は久兵衛のえぐれた頭を見ていた。
「情報はどうやって手に入れた?」
頭に血が上りかけたのを堪えて聞く。
《ダメです。心が読めません》
《理由は?》
《おそらくスキルではありません》
「これ」
小さな指輪を見せてきた。
「武官の研究所で開発された【心理バリア】。かつてミカエラという人間がいてね。無類の強さを誇った。心を読んで動きを予測して頭を爆発させる。宿舎に乗り込まれて武官は何十人も殺された。なのにスサノオ様は許せと仰せだ。武官は腹が立ったが神様に許せと言われれば許さなきゃ仕方がない。だが二度とこんなことがないようにと、その女に対する対策でね。こんなものを開発した」
そしてそれはお前たちに対する対策でもあった。いやメインはお前たちに対しての対策だ。ようやく実用レベルまで来て、そこで翠聖様にクエストを取り上げられた。頭に来た武官は俺たちに【心理バリア】をくれないようだ。
むしろ俺たちはさっさと失敗してほしい。武官は自分達に捜査権を戻したいらしい。
《俺もその方がいいんじゃないかと思うよ》
《その場合クエスト失効だ。俺たちは全員死んだ状況だよな?》
《うげー、僕は他人のために死ぬなんて嫌だな。それに翠聖様が君にクエストを出した以上、その方が解決が早いと思ったはずだよ》
《マジかよ》
自分が一番それを疑うよ。
「教えてくれるんだな。裏切ったのが誰かも教えてくれないか?」
2人と【意思疎通】でしゃべりながら切江に言う。裏切りに催眠。どの可能性も捨てきれない。探索者の戦いだと本気でそれも考えなきゃいけない。
「それは無理だよ。さすがに都合が良すぎるだろ?」
ウインクしてくるのが決まっていた。切江がその手にレイピアを握っていた。首には首飾り、そしてタキシードのような白い純白の装備が浮かび上がった。フェンシングのような構えを取っている。この人は多分、日本人なんだと思った。





