第百九十四話 考え方
なるほど土岐は探索者孤児だったところを久兵衛に拾われているのか。何度か孤児院の頃の知り合いに五郎左衆へ誘われたことはあるが、その全てを断っている。
『土岐。もっと自由に力を使ってみたいと思わないか?』
そんなことを言って五郎左衆は仲間を募っているようだ。孤児院の知り合いは武官に殺されている。かなり親しかった相手のようで、土岐はそのことを結構気に病んでいる。そして土岐は久兵衛に黙って何度か悪いこともしている。
【極楽粉】という大八洲の探索者が使用するような薬物があり、それを摂取したことがあるのだ。その時、異常なほどの多幸感に包まれ、とてつもない快楽に飲み込まれてしまった。
何よりも【極楽粉】にはレベルアップブーストの効果もあり、体中に訪れた気持ち良さ。そして急激に力が上がることによる万能感。その快楽の波に飲まれて土岐は罪のないからくり族を7名も殺した。
ただ、大八洲ではそれは明確な罪ではない。そしてそのことを黙って、本人としては反省もして久兵衛の仲間をやってる。
『悪いことをしたとは思ってる。でも、あんなに気持ちいいとは思わなかったんだ』
久兵衛に拾われたのは探索者になる直前のこと。それまでにも第四層でかなりの悪行を働いている。久兵衛のお世話になることになったのは、第四層でのこと。武官として動いていた久兵衛に手を出したら、返り討ちにあった。
捕まって武官に突き出されるかと思ったが、そうならずに逆に、
『坊主、お前は見込みがありそうだ。どうだ。悪行などとつまらぬことをせず、それがしと共に武官になる道を歩んでみぬか?』
そう誘われたのだ。このまま捕まって何年も監獄の中にいるよりはと軽い気持ちでその話に乗った。いやなら途中で逃げればいいと思っていたが、猫寝家はなかなか人材が根付かず人手不足で、自分なんかが頼りにされた。
『土岐。いつも世話になるな』
貴族のくせに気さくな猫寝様のことも気に入り、そして、なかなか煮え切らない久兵衛が心配でもあった。正直言えば一度、俺たちの話が出る前にシルバーへのキークエストが出たこともある。
若いながらに土岐はなかなか優秀だったのだ。
『本当にいいのか? 二度と出ないかもしれんぞ』
『2人には言わないでよ。僕ってお館様と久兵衛にくっついてほしいんだよね。それなのに僕が猫寝家の筆頭になっちゃったら、久兵衛は絶対僕に遠慮する。あいつ、自分の召喚獣を寝取られても黙ってるんだよ。これ以上遠慮したら死ぬまで何もしないよ』
『お前なりの忠義か……それならばとやかく言わん。しかしまあ猫寝は色々な意味でもったいないな』
探索局の人間が出てきた。それは俺の知らない人間だった。記憶を見る限り、過去の土岐はかなり問題の多い人物だった。しかしお館様や久兵衛というお人好しと接するうちに、かなり丸くなったようだ。
そんな土岐は結婚もしている。嫁は3人。そして愛人が10人。
《多いですね》
《多いね》
《心を読む限り、特に土岐が特別というわけではないようです。むしろ探索者ならばもっと多い人間もいるようです》
《もっと多い……》
何気に子供もいる。男6人女9人計15人の父で、大八洲では特に珍しいわけではないようだ。重婚は男にも女にも許されており、探索者として優秀なものほど異性からモテることは、日本と変わらない。
そして、
『あのレベルアップ速度にあの見た目。六条君は大変そうだ』
土岐の目から見れば俺なんて、モテて当たり前。
毎日大変だろうな。4、5人まとめて一緒にしないととても追いつかないぐらいかな。と思ってるらしい。土岐は嫁からの性的なアピールもすごくて、逆に面倒だなと思うこともあるらしい。
《むしろ久兵衛の方が変わり者みたいですね》
《うん……。そだね》
変わり者どころか本来手を出すべき相手にも出さない。それは大八洲では嫌われる行為らしい。お館様が求めているのならば、さっさと手を出して、お館様を本妻にし他の女にも手を出す。それぐらいするのが大八洲の男だ。
《祐太様。これを見て慌てる必要はないと思います》
《あ、ああ……》
衝撃を受けたのは事実だった。ここまで異性についての考え方が違うとは思ってなかった。久兵衛の心を読んで自分が情けない男の気がしたが、少なくとも大八洲では俺の方が喜ばれる。
『大八洲だと六条君みたいなのは巨大ハーレムを築くのが普通』
普通。
普通って何?
常識が仕事をしていない。
いや、むしろ常識は非常識……。
《と、ともかく、土岐も裏切る心配はなさそうですね》
《ああ……過去にはかなり問題があるけど、今は【極楽粉】にも手を出してない。久兵衛に恩義を感じているから、これで裏切るとは思えないな》
俺は【意思疎通】を土岐に切り替えた。
《土岐。いいだろう。お前を信じる。だが【極楽粉】について後で詳しく教えてほしい》
《興味あるの? 絶対にやめておいた方がいいよ。あれは本当にやばい》
《興味はない。自分で使おうとも思わない。ただ捜査資料にもあったから気になるんだ》
《ああ、まあそりゃそうか。それならいいよ。後で情報を渡す》
そして俺は最後のジャックを見た。
正直、ジャックのことは信じていた。田中のことがあるから無条件にと言いたいところだが、久兵衛から『ジャックを仲間に』と聞いてから、米崎にジャックのことを聞いたのだ。
それによれば、
『ああ、彼は悪人にはなれないよ。甲府では3人並びでよく比較された僕たちだけど、人を殺した数なら僕が一番多い。実験も含めてね。次にミカエラ君だ。最後にジャック君。彼は殺す相手が結構強い探索者であることが多くてね』
『どうして?』
『殺した探索者は、世間的にその全てが明らかになれば悪人と呼ばれる部類のものたち。それを殺して回ってたんだ』
『本当に正義の味方をしてたってことか?』
『探索者などというものになっても正義の味方に憧れてる。そういう奇特な人間なのさ。だから彼は必ず正義側につこうとするはずだ。そして僕たちは一応正義だろ?』
『正義か……』
それを声高に言えるほど正義であるつもりはなかった。
『米崎を平気で仲間にしている時点で、正義なんて笑ってしまう気がするが』
『それは確かに』
その後いくつか新聞にも載った殺害事件を米崎に見せてもらったが、どうやら悪人ではないという結論になっていた。そして結構強いということも聞いていた。少なくとも俺だけなら、
『ジャック君と現段階でも引き分けかな。スキル的には君の方がいい。ただ彼は人間と戦い慣れてるからね。しかも悪い人間と。その戦いの中で培われた経験値というのはバカにできない』
「正直お前のことは信じてはいる」
だから俺はその思いのままを口にした。
「簡単に信じていいのか? 結構評判は悪い自信があるぜ」
ジャックはそんなことを言ってくる。
「もちろん心は読む」
「まあそうだよな。お前疑り深そうだし、友達いなさそうだもんな」
「……」
《こいつ頭を爆発させましょうか?》
クミカは俺の図星を突かれて頭に血が上った。嘘を言われるのも嫌だが、一番痛いところを突かれるのも嫌だ。そして友達。それは俺の最も痛いところだ。かなりグサリとくる。友達に憧れ何度友達を作ろうと思ったことか。
だが今の今まで友達と呼べるものがちゃんとできた試しはない。
《いや、いい。ちょっと傷ついたけどいい》
《友達がいない人間に友達がいないとはっきり言う。それがどれだけ酷いことか!》
《いや、いいから》
余計に傷つくからやめて。まあなによりも人の心を隅から隅まで知っておかないと安心できないなどという俺である。最近では心から好きだという美鈴たちではなく、体だけの玲香に一番心を開いている俺である。
友達がいない理由が、本当は自分にもあるって分かってる。だから本当に傷ついたりなんてしてない。黒木もマークさんも俺が友達って思ってるだけだしな……。南雲さんは友達だよな。いやでもあんなにレベルの高い人が友達?
《お労しや祐太様。大丈夫です。友達なんていなくてもクミカがいます。玲香も美鈴様達も友達どころか祐太様が心の底から好きです》
そうなんだよ。なんだか意味が分からないぐらい女の子にだけは好かれるんだよ。もうちょっと男にも好かれたい……。どうしたら男の人は俺のことを好きになってくれるんだろう。
いやきっとこんな疑り深い俺には友達は永遠にできないのだろう。
「おい、読まないのか? 読みにくいだろうから護符関連はちゃんと外してるぞ」
「あ、ああ、悪い。ちょっと考え込んでいた。ちなみに友達はいるから」
「は?」
「友達はいるから。黒木って奴で、毎日電話してきてちょっと面倒臭いなっていうぐらい友達だから」
「お、おお。ごめん」
「じゃあリラックスしててくれ。すぐに終わる」
再びクミカからの力の流れを感じた。
《……この人友達いますね》
《……》
ジャックはつまる所正直な男だった。以前話を聞いた通りの人生を歩んできて、田中のことをテレビで知って、そして元々単純な性格だったのだろう。正義側に一気に心を入れ替えた。
殺しをする時には自分なりに掟があり、殺したやつの顔はちゃんと覚えておく。たとえ相手が悪人でも人を殺すのだ。そいつがいなくなったことで家族が路頭に迷ったりしたら可哀想だ。こっそりとだが、できるだけ面倒を見てやる。
家族に恨まれた時はできるだけ逃げて相手にしない。正しい人間を殺さない。もし殺してしまった時は自分も死ぬ。その覚悟を決める。それがジャックなりの生き方だった。ただジャックにもつまずいていることがあった。
順調にレベル200までレベルアップすることができたが、キークエストが出なかったのだ。ステータス的には悪くないから早く出てほしかったが、1年経っても出ない。そのことに結構本人はいらだっていた。
『正しさを主張するやつは上にいかきゃいけない』
ジャックはそう思っていた。だから勇者殺しを引き受けた。でも正直伊万里の顔を見て殺すべきかどうかは結構悩んでいた。最終的に殺さないことになって、シルバーになれないことは残念だったがちょっとほっともしていた。
ただ、それで久兵衛が死ぬことになって慌てた。
だから自分が責任を取って腹を切ると言った。
しかし死ぬほど久兵衛から怒られたのだ。
『この馬鹿者! 猫寝家の人間でもないお前が腹を切ってなんの意味がある! だいたい親もいるであろうが! 軽はずみに死ぬなどと言うな!』
でも今回の戦犯は自分だ。責任を取りたかった。それが自分なりの正義だった。しかし、久兵衛に意味がないと諭されてしまった。そしておっさんが死ななくてよくなったことにほっとしていた。
だから今回の件はなんとしてでも成功させようとかなり気合いを入れている。
《これは心配ないでしょう。土岐もですが、裏切るとはとても思えません》
《うん。そうだな。えっと、でも、クミカ》
《ジャックの女性関係も見ておきたいのですね》
心が通じ合ってるから、言わなくても分かったようだ。土岐は大八洲の人間だ。日本の人間がどうしているのか。自分は自分だと思えればいいのだが、どうしても気になった。
《いいか?》
《ふふ、大丈夫です。見ても私たちだけの秘密にしておきましょう》
《そうだな。悪いけどちょっと見せてもらおう》
ジャックの女性関係について心を読んでみた。大八洲国のそういう関係は土岐で分かったが、日本だとどうなのか気になった。そしてまず分かったことは、ジャックは童貞ではない。学生時代からの付き合いがある女子が最初の相手だ。
緊張しながらあーでもないこうでもないと、初めての夜を頑張っている姿は微笑ましかった。しかしその女子とは長続きしていない。ジャックの行動に不信感を抱き、別れ話を切り出されたのだ。ジャックはかなり本気だった。
だから凹んだ。そして相談した女教師に慰められ食べられてる。目的は自分もレベルアップをしたくて、それを手伝ってほしかったようだ。単純なジャックはそれを手伝い、その女教師とは未だに関係を持ったままなのだ。
《祐太様とちょっと似てますね》
《ああ、こういうのってみんな経験するのか?》
それからジャックは女教師から紹介され、他にもレベルアップを望むという女教師3人と関係を持っている。それからジャックは、女教師との繋がりが多くなった。学校の教師はレベルを上げないと、生徒が暴れた時に困る。
そのためレベルを上げたい女教師が多いのだ。それに比例してジャックは経験人数がやたらと増えた。そして無料でそういうことに付き合った。正直、体の関係がなくてもレベルアップには付き合うのだが、逆にそれは嫌がられた。
なぜかは知らない。まあ女教師もフラストレーションがたまるのだろう。そんなわけでジャックの経験人数は多い。それに対しての違和感もあまり持ってない。人妻の女教師がたまにいる。それだけはNGにしているらしい。
「どうだ?」
色々濡れ場がすごくて、思わず夢中になって見てしまった。そうしたら現実のジャックから聞かれた。
「ああ、その」
《お前は女の数が多いのはどう思う?》
そして俺はこの相手なら大丈夫かと思わず聞いていた。
《見たんだろ?》
《見ました。ごめん》
《見せたんだからいい。あんまり考えたことはないな。俺は女教師に望まれる限りは応える。嫌がる相手とはしない。またそいつとすることで嫌がる相手がいる時もしない。まあ守ってるのはそれぐらいかな》
《姉妹だとどうするんだ?》
《は?》
《いや、妹と付き合ってるんだけど、その姉と仲良くなってしまって……》
《うわー。やっちまったな》
《どうしたらいいと思う?》
《いい女なのか?》
《かなり、いろいろ話したら聞いてくれてつい》
《……ま、まあできるアドバイスはあんまりないが俺もそういうことで揉めたことはある。殺されかけたこともある。だが幸い俺たちは頑丈だ。大丈夫。死なないって》
そっか。殺されかけることはあるんだ。やっぱりそうだよな。それでも俺はジャックの言葉を聞いてちょっとほっとしていた。似た年頃の男子と話せただけでも嬉しかった。





