第百九十二話 第四層
女性とこれだけ深く交わったのは、初めてだった。何もかもお互い知らない部分がないほど、二人で様々な行為を楽しんだ。探索者の体はとても頑丈で、エ〇本に載っているような行為は、普通の人間にはできない。
だが探索者の場合は何をしてもいける。お互いに気持ちいいことをしたいだけ、ということもあり、たった三日の間に玲香の体を知り尽くした。そして俺は玲香という女を体だけの関係を持つ相手としてとてもいいと思った。
そんなことだから頭の中から、興奮した気持ちを抜くのが難しかった。お互いまだ体の中にうずくものを抱えながら一時的に【翠聖都】の外に出るために移動していた。
「玲香、少し気になっていたことを聞いてもいいか?」
かなり親しく喋ることがこの3日間で普通になった。親しくなりすぎた玲香と猫寝家側の連絡係・土岐に連絡を取り、久兵衛たちと落ち合う場所へと向かう。今はまだ急ぐ必要もなく、玲香と腕を組んで歩いている。
「ええ、いいわよ」
「お前はクリスティーナのことを何も聞かないんだな」
「むしろ聞いていいの?」
「いや、聞かないでくれると助かるんだが……」
「どっちよ」
「まあそうなるんだが、玲香はクリスティーナが気にならないのかと思って」
玲香はクリスティーナを『クリス』と呼んでいた。そしてかなり仲が良かった。研究上の目的とはいえ、米崎に実験体として扱われる。そして同じようなことを米崎にされて悩む仲間として、親近感を抱いたのだ。
心を読んだ時、玲香はクミカのことを本当に気にしていた。それなのに、一度も俺にクミカのことを聞いていない。今回の目的を玲香は知っており、心を読む能力からして、さすがにクミカの存在に気がついているはずだ。
「気にはなってるわよ。でも、博士の助手を務めるうちに、教えてもらえないことを聞かないようにすることが当たり前になってるのよ。まあそれに予想はつくし」
「つくのか?」
「ええ、あの子、あなたと二人でいるんでしょ?」
「俺と?」
「あの子は絶対にそうする。研究所から出るとすればあなたの側から離れない。それ以外の方法だと、外とは関われないと思ったから。正直そんな状態で大丈夫かって思ってた。それが、なんらかの方法で姿を見せずにあなたと一緒にいるのなら、心配はないと思ってるわ。あなたはクリスのこと悪いようにはしないでしょ?」
「それはもちろん」
この話の流れを聞いているクミカは、
《玲香にだけは話すか?》
《申し訳ありません。今はまだ祐太様以外とは直接関わりたくないのです》
そんな答えが返ってきた。何よりも俺も今のこの状況を心よく感じている。俺の心を知りつくしたクミカ。誰かに自分を理解してもらえる。だからこそ、知ったクミカを外に出すのは嫌だった。できるだけ俺の中にいて欲しかった。
《はい。クミカもそうしたいのです》
《すまない》
《いいえ、クミカが祐太様に甘えているのです》
「またいずれ話すよ」
「まああの子のこと気にはなってるから、そうしてくれると助かるわ」
「それにしても」
俺は玲香に強く引き寄せられた腕を見た。
「ちょっと近くないか? いい加減仕事モードに戻りたいんだが」
「分かってるのよ」
玲香は、体の火照りに治まりがつかなかった。目的地に向かって歩いている間も暇を見つけてはキスをしたり、俺の体に触れたり、それがやめられずにいる。俺もだが玲香からの行為の方が激しかった。
99人の魂のこと、米崎がピクリともこちらに靡かないこと。そしてレベル200になってからようやく1つだけ、自分の思い通りになったこと。それらが合わさって、止まらない。ずっとしていたい。
「でも玲香、これぐらいにしておこう。さすがにもうキリがないぞ」
「……もう少しだけダメ?」
そんな切ない顔で見ないでくれ。分かってる。探索者の体力はこういった行為を続けるためだけならば、ほぼ無限と言える。レベル200にもなるとその回復力で、どんなに激しい行為をしても、すぐに元気になってしまう。
明確な虚脱感がない女は一度火がつくと余計止まらなくなる。美鈴たちとはここまでのレベルになってから、なんの気兼ねもない状況になったことが一度もない。だからこんなふうになった女性は見たことがなかった。
「玲香。俺が言えたことじゃないが、欲望をある程度は制御した方がいい。あまりに強すぎると日常生活に支障が出るぞ」
「そうよね。ごめんなさい。なんというか、正直、興味本位だったのよ。あなたとすることがここまでいいとは思わなかった。道理でみんな、このレベル帯の女性がそちら側で困るわけね」
中レベル探索者であった神楽さん達は相手がおらずにダンジョンペットなど作っていた。それは女性の方が抑制が効きにくいという理由もあるようだ。そのことが玲香でよく分かった。
「続きは明日にしておこう。また明日なら夜に十分可愛がってあげるから。それでいいだろ?」
「ええ、いいけど……明日でいいのよね?」
玲香がこうなってしまうのには、もう一つ理由がある。それは、本来は自分が一番後に回される。もしくは美鈴たちが帰ってくると、二度と機会がないかもと考えてしまう。玲香としても俺との関係が美鈴にバレたら、家族関係自体が終わる。
さすがにそれは避けたい。でも、相性的にも俺と継続した関係を持ちたい。だからできる時にしておきたい。そして俺が自分を手放さないようにしておきたい。
「大丈夫だ。俺も玲香が気に入った。これからできるだけ機会を見てしたいと思ってる。だから今はもうやめておこう」
自分の中の罪悪感とかそういうものは、とりあえず横に置いておいた。
「分かった……」
玲香が自分の衝動を抑えるために俺から離れた。あまりに良すぎると女性の方が熱に浮かされたような状態になるらしい。男以上に歯止めが効かなくなり、離れてからも、しばらく木陰に止まって玲香が落ち着くのを待った。
「——ふう」
大八洲には日本と似たところがあって、自動販売機がある。濃いめのコーヒーを買ってきてあげるとそれをおとなしく飲んでいた。
「どうだ?」
「ええ、大丈夫。年上なのに格好悪いわね」
「いや、おかげで俺も色々自分を自覚できた」
美鈴たちとでは同じ年齢すぎて自覚できなかったこと。急激に周りの対応や、自分の体が変わってきたことに対して心もついていってなかった。そういう部分も含めて大人の玲香に吐き出すことで自覚ができた。
行為自体はこれからどうなるか予想もつかないが、自分としてはこれで良かったのだと思ってしまう。
「なら良かった」
木にもたれかかって休んでいた。木陰から出ると夏の日差しだった。【翠聖都】は気候が完全に制御されているので、そこまで暑くはない。それでも夏と感じられる。俺の方は装備を外して焔将の護符と美火丸の首飾りだけをしている。
玲香はメットをしていない黄色いパワードスーツを着たままだ。夏でも暑くないように制御されており、おそらくこの世界の技術を流用したのだろう。それほど頻繁にではないが、同じような服装の人間を見かけたことはある。
「博士が自分を大したことがないというわけね」
【翠聖都】の何もかもが巨大で、制御された全てのものを見ながら、玲香がつぶやいた。
「ああ、米崎でもこっちの技術にはまだまだ勝てないらしい」
「そりゃ3000年以上の歴史があるんじゃね。それでもあの人はすごいのよ。少なくとも人工レベルアップを地球で実現させたのは間違いなく米崎博士が初めて。他の国はまだ足がかりすらつかめていないのよ」
「そのスーツは?」
「アメリカで造られたものね。レベル200が実用実験に使ってくれるってことで、無料で提供されたの。向こうじゃ専用装備をみんな使いたいから、特殊な状況でもない限りこの装備は使いたくないそうよ。それにこのスーツと人工レベルアップじゃ、圧倒的に博士の人工レベルアップの方が有用性が高いのよ」
「まあそうだよな」
あくまでもスーツは補助だが、人工レベルアップは根本的に人間が強くなる。命を危険にさらさなくても病気などにも罹りにくくなる。どちらの方が欲しい技術かといえば、圧倒的に人工レベルアップだ。
「でも不思議だな。高レベル探索者とかは、そっちの才能がないのか?」
「知力のステータスは、頭の良さにまで及ばないのよ。もちろんレベルが上がれば上がるほど情報処理能力は圧倒的に上がっていくから、判断力はどんどん良くはなってくるわよ。ただ米崎のような本職の研究者が、レベルを上げられる方が圧倒的に向こうの技術の理解力も高いの。だからあの人は本当に希少。スーツを開発した研究者もレベル57とかだったと思うわ」
「じゃあスーツを開発した研究者は大八洲国には?」
「ええ、入っていない。だから米崎がある程度の道筋はつけてあげたみたい。転移もよ。その技術も米崎がかなりの部分の情報を仕入れたみたい」
「あいつはどうやってそんなことができるんだ?」
米崎だってレベル200である。できることには限界があるはずだ。おまけにあの男はあまり強くない。レベル200としては決して弱い方ではないが、強いとも言えなかった。探索者というのは弱いと認められない側面が強い。
「なんの技術資料が欲しいのか。日本の高レベル探索者に頼んで、仕入れてきてもらったりするらしいわ」
「じゃあ今の世界的な新技術開発って」
「ええ、かなりの部分に米崎が噛んでるわよ」
博士を大したことがないと思われたくない。同じレベルになったのに、全く頭脳で勝てる気がしない。それを普通などと思われたくない。米崎が人工レベルアップを完成させたことで、他国はぼーっとしていたらまた日本に置いていかれる。
そう考えて急激に動き出した。という経緯もある。心を読んだことを少し悪く思いながらも、玲香の今考えていることが、正直言えば聞かなくてもよく分かっていた。
「どうしたの?」
顔を見ていたら玲香から聞かれた。今は隣り合って歩いている。
「いや、なんでもない」
俺は視線を戻し、前を見ると【翠聖都】の外に出るための巨大な門まで来ていた。
「第四層に行きたいんですけどいいですか?」
門の両脇に待機している門番に声をかける。
「ああOKだ。下に行く分には、特に許可もいらない」
門番からあっさりOKが出る。第二層に行く時は許可やら何やらかなり面倒だったのだが、今回は全くそんな必要はない。何ひとつチェックすらしなかった。
「まあ楽しめよ。お前たち日本人はこっちの方が楽しいらしいからな」
門番が笑う。高い壁に囲まれた【翠聖都】。俺たちはそこから一度出た。そして隣の門が開いていた。それは第四層へと繋がる門だ。
「三番目の門から出て、四番目の門をくぐるだけで全く違う層にいくのね」
「ああ、ほとんどの主要な都市はこんな構造らしい」
「同じ次元に違う世界を5つか。本当、意味のわからない技術ね」
土岐から指定されたのは【翠聖都】の第四層である。久兵衛たちとはそこで落ち合うことになった。
俺たちは門をくぐりまずその光景に息を呑む。第四層は一言で言えば未来都市だった。空と地上を走る車。両方が走り、そして和風にこだわっていない巨大な未来的な超高層ビル。玲香のような服を着た人々。
「こっちの方が発達してない?」
「摩莉佳さんの話だと、第三層以上は日常に科学の力なんて必要ないから、あまりごちゃついてないらしい。第四層にいる人間はレベルが上がる見込みがほとんどない人たち。そしてレベルを上げることを諦めた人たちが住んでる。だから、こうして科学の力に頼るということらしいよ」
「上は科学が邪道という感じなの?」
「というよりも各階層ごとに必要とされる科学が違うという感じかな。病気にならないのに病院はいらない。自分で動く方が速いのに自動車はいらない。荷物の運搬もマジックバッグと転移門でどうとでもなる。でもここにはそれがない」
「ひょっとして技術共有は階層ごとではされてないんだ」
「そういうことらしい。各階層ごとの技術。それは交わらない。そしてどうしても知能の高い階層の方が技術力が高くなる。その知能の高さで開発した技術に低いものはついて来れない。だから差別を起こさないためにも区別してる。そういう側面も強いらしい」
【翠聖樹】が一番目立っているところが、【翠聖都】である唯一の証拠だった。その中で俺たちは1つのビルを訪れる。中に入るとオフィスビルのようで、【月城ビル】という看板がかけられていた。
日本なら大企業のビル。そんな感じの建物だった。いくつかの企業がこのオフィスビルにオフィスを借りているようで、名前が並んでいる。それを見ながら、玄関エントランスをさらに中に入ると男も女もみんな玲香みたいな姿をしている。
そして、忙しく動き回っている。かなり活気づいた様子だ。ひっきりなしに連絡が来るのか、エントランスにある受付は常に誰かと会話しているようだった。
ただ受付嬢2人は手が空いており、やってきた客の対応をする。玲香とは少し違う。下がミニスカートになっているボディスーツのようだ。思わずお尻に目がいってしまう。横の玲香が気になって見てみると、
「君は本当お尻が好きよね」
可笑しそうにしていた。特に他の女に目がいっても怒らないようだ。いや、それよりも俺は受付の方へと声をかけに歩いていった。
今月は私生活にかなり変化が多く、ちょっと更新が滞る時があるかもしれません。
できる限り、毎日ペースを保てるようにと思っているのでまたよろしくお願いします。





