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第百八十話 日本

「首尾よくいったな」


 2人とも【天変の指輪】で姿を変えると猫寝家から出てきて、すぐに空の上へと舞い上がる。


「はい。これで戦力は確保できました」

「五郎左衆を殺し尽くす為のな」


 摩莉佳さんの瞳に昏い炎が灯る。


「憎いですか?」

「憎い。私は五郎左衆だけは自分の命に替えてでも殺し尽くしてやりたい。むしろ殺すだけでは飽きたらん。奴らの全てが自分の行いを心から後悔する。そういう酷い目に合わせなければ気が済まないんだ」

「簡単ではないでしょうね」


 俺は摩莉佳さんから今までの五郎左衆の行動を聞いて、かなりうまく事を運ばなければ、これでもまだ壊滅まで追い込むことはできないと思った。とにかく五郎左と幹部三人だけは全員殺さなければいけないが、この四人が問題だ。


「……奴らはゴキブリのようだ。【世の悪となる】。奴らの目的はそこに尽きる。武官を相手に何度か致命傷かと思われるほどの死者を出したこともあるのだ。だが、しぶとくいつも五郎左とその幹部は生き残り、いつの間にか息を吹き返す」

「下っ端ではなく幹部以上をどれだけ殺せるか。そこが問題になるでしょうね」

「そうだ。そしてできれば1人たりとも逃さず殺し尽くす」

「10㎞圏内に全員を集めるか」

「可能であればいいが……。この国において悪行で3年も生き延びる。それはかなり難しい。だが奴らはそれをやっている。ついには武官が引き上げるという有様。これでうまくいかなければ……奴らがどれほど調子づくことか」


 何気に俺はすごく重いことを任されているのでは。そんな気がどんどんしてくる。だからこその破格の報酬なのか。ともかく摩莉佳さんとは話さなければいけないことが多い。俺たちはそのまま貴族領(第二層)を降りて、探索者層(第三層)に戻ってくる。


 そして、摩莉佳さんに、久兵衛と土岐が俺たちの仲間となり、今回のクエストに参加する。そのことを局長に知らせてもらう。そうしなければ彼らにクエスト報酬が入らない。それだけは危険でもしておかなければいけない。



「——お前は一旦外か?」


 本州にある門の前まで、摩莉佳さんに送り届けられた。摩莉佳さんとここまで細かく打ち合わせをしていたら、いつの間にか最後まで飛んで送られてしまった。


「はい。話した通り心を読める者を連れてこなければいけません。ただ実際のところ、それにどれだけ時間がかかるか分かりません。俺がもし1週間経っても戻ってこない場合、マークさんに様子を見に来てもらうように言ってもらえますか?」

「分かった。ただ、それ以上かかるようなら、もう無理だと判断しろ。こちらも期限があることを忘れるなよ」

「ですよね……。あと、できれば摩莉佳さんには頼んだ別行動をマークさんと二人でしてほしいんですがいいでしょうか?」

「問題ない。あの肌色はこの国では目立つが、まあこれがあるしな」


 そう言って【天変の指輪】をしているはずの指を摩莉佳さんは示した。【天変の指輪】の存在自体を隠しているので、見えることはないが俺の分も含めて彼女に渡してあるのだ。


「それにしても……」

「なんですか?」

「いや、この高級品。本当に預かっていいんだな?」


 確認を取ってくる。【天変の指輪】にどれほどの価値があるかは、ステータスを見れば一目瞭然だ。売れば大八洲とはいえ、100億貨を超える価値になるとのことだ。となれば、持ち逃げの心配はあるが、そこはもう信用することにした。


 そもそも俺は日本に帰るのだ。それならばこれほど敵の目を欺けるアイテムを腐らせる方がもったいない。何よりも大人のマークさんと摩莉佳さんに任せようとしていることが、かなり危険だった。


「それに頼んだことが頼んだことです。それは絶対に必要ですよ」

「まあそうだな……。分かった。ありがたく使わせてもらう」

「それがあっても敵地では慎重に行動してください。お二人が一番危険ですから」

「どこまでできるか分からない。だが可能な限り、やってみよう」

「くれぐれも気をつけてお願いしますよ」


 摩莉佳さんは五郎左衆を恨みすぎている。深入りしすぎて、殺されないかが心配だった。ただまあそこはマークさんに任せておいた。あの人はなんだかんだで普通なら死んでるはずの状況をここまで生き残ってきている。


 それは探索者にとって一番重要な資質だった。


「分かっている。そんなに簡単に死にはしないから安心しろ。それよりもお前も気をつけろよ。今は日本もかなり面倒な状態らしいぞ。クエストと全く関係のないところで野垂れ死んだりするなよ」

「さすがにそれはないですよ」


 俺は肩を竦めてみせた。


「油断するなと言っているんだ。大八洲の人間は日本には渡れん。助けにはいけないぞ」

「分かってます」

「全く……気をつけてな」


 摩莉佳さんは思った以上に情が深いところもあるようで、心配そうだった。聞けば彼女は25歳らしい。俺は15歳である。心配になるのも無理はない。ただまあ一緒にずっと甲府ゲートの前にいたところで仕方がない。


 俺はガチャ屋敷の横にある甲府ゲートをくぐった。甲府市は意外と都会なのだが、初級ダンジョンが発生する場所とは基本的に田舎であることが多い。ここもその例に漏れず、甲府の中心部からはかなり離れた場所にある。


 ダンジョンのおかげで少しは賑わい、広いアスファルトの道も通り、駅だってある。でも元は何もない山間の村である。周囲を見渡した。田園風景と住宅開発がごっちゃになって進んでいる。


「俺たちみたいなのは珍しいだろうしな」


 探索者が住むための住宅開発をする工事の音。その金遣いの荒さに目をつけて、商売をしようという人たちの商店も増えてきている。その賑わいを聞きながら、外に出ると新人探索者から注目された。



「おい、ブロンズゲートから誰か出てきたぞ」

「やっぱブロンズは洗練された感じがするよな」

「探索者って感じだな」

「私もせめてブロンズまで行きたいな」

「声かけていいかな?」

「やめとこうよ。そういうの迷惑がられるって話だよ」

「……尊い」



 俺はその新人探索者の中から人を探した。黒木と芽依さんである。黒木は自分が気になり、美鈴からはお姉さんの芽依さんが無事か確認してほしいと言われていた。だが確認できなかった。どちらもダンジョンの中か、それとも外か。


 こちらで使うスマホを久しぶりに取り出す。マジックバッグの中は電気が漏れ出たりしないようで、充電はまだたっぷりあった。それを使って黒木と芽依さん、教えてもらったSNSにメッセージを送っておく。


【六条です。美鈴から、芽依さんや家族が元気か確かめてほしいと言われました。これが届けばお返事もらえると嬉しいです】


 と出しておく。黒木にはできればアリストをあげたいと思っていたので、同じような文面で送っておいた。それから俺は舗装されたアスファルトの道を駆け足で急いだ。


「美鈴たちには『自分たちが気にしても仕方のないことだ』って言ったけど」


 正直、大八洲国にも流れるほどの噂になっていたことが気になっていた。だから、人工レベルアップ研究所へ行く前に、寄っておきたいところがあった。それほど遠回りになる場所でもなかった。ちょうど道中にある。


 俺はそこへ寄っていくことにした。周囲の景色が次々と流れていく。ダンジョンの中ではなく、地上に戻ってこの速度を出す。そうすると改めて自分が、いよいよ人間をやめてきたなと思う。


「えっと、ここを右だよな」


 関東一帯の地図は頭の中に叩き込まれていた。その中で自宅のある東京池袋を目指す。甲府からどんどんと走っていくほどに街並みが都会化していく。そうするとビルの合間のかなり隠れた場所からカメラを構えた人を見かけた。


 パシャッと、


「撮られた……」


 シャッター音が鳴ったのが耳に届く。命知らずにも、探索者を写真に収めたのだ。目的は自分の趣味ではなく、売りさばく目的が多いということは知っていた。高レベル探索者の写真ほど高値で買い取られるということは有名だった。


「……どうする」


 引き返してカメラを没収するべきかと思った。だが、先を急いでいる。何よりもできるだけ楽をして小銭を稼ぎたいという心理も理解できなくはなかった。共感はできないが、目くじらを立てるほどのことでもないか。


「大体俺も見てたしな」


 ネット上に上がっているそういう写真を、憧れて見ていたこともあった。今は周囲に影響を与えすぎないように速度を落としてるから、撮りやすかったのだろう。まあブロンズ探索者の写真など100円にでもなればいい方だ。


 元は陰キャの精神力が発揮され、ことなかれ主義にしておいた。首都高速に乗ると今まで時速500kmぐらいで走っていたのを、もう一段速度を落とす。あまり速く走って事故の原因になりたくないので、車と並走する。


 車内の子供が手を振ってきたから手を振り返した。


 周囲を見渡す。


 以前走った時よりも、俺と同じように走っている探索者が多かった。ふと1人が近寄ってきた。


「よ」


 と言われた。


「うん?」


 と顔を見る。


「私だよ。覚えてる?」


 その姿に見覚えを感じる。髪を美鈴よりもまだ長くロングにした大人の女性だった。ポニーテールにしているのは美鈴と同じで、美鈴かと思いかけてそんなわけがないと首を振る。


『髪をロングにしているのが澪』


 かなり性能のいい頭が記憶を引っ張り出す。


「澪さん」


 間違いない。この人は池本の時にいた中レベル探索者だ。神楽という人のパーティー仲間。そして榊小春がこの人たちに協力してもらいながら、今現在探索者をしているはずである。榊小春。残念ではあるがレベルはまだ50を超えていない。


 いずれは協力者になってほしいと思っていたが、一番才能のある彼女ではなく、ダンジョンを諦めたはずのマークさんやクリスティーナが、パーティー仲間になる。世の中は成ってみないと分からないものである。


「正解。野木澪(のぎみお)って言うの。君は相変わらず格好良いね六条君」


 ぱちりとウインクされる。かなり魅力的な仕草だ。容姿も整っている。この女性に相手がおらず、ダンジョンペットなどという方向に走るのだ。世知辛いな。小野田と後藤は元気だろうか。


「はは、どうも」

「小春ちゃん。君のために結構頑張ってるよ。私たちがちょっと引くぐらいね」


 だが、そんなことを言ってくる。榊が頑張っている。それを聞くと申し訳ない気持ちになる。今となっては強さが違いすぎる。どれだけ頑張ったところで追いつけるわけがない。俺は自惚れではなくそう思ってしまう。


 榊のように才能のあるものが、米崎の人工レベルアップを受けたくないという気持ちも分かる。だから榊とは道が違えたなと思っていた。


「榊は今、何階層ですか?」

「聞いて驚け」


 ということは四階層か……早くても五階層だな。


()()()()だよ」


 だが予想とは違った。


 統合階層?


「……」


 聞き間違えたかと思った。


「今なんて言いましたか?」

「ふふ、全然信じられない顔してる。統合階層よ」

「本当に? 誰か他の人間とパーティーを組んだんですか?」


 それこそ本当に恐ろしくなるほど優秀なパーティーだ。自分たちだけ特別と思っていたのが、あるいは意外とこの速度に追いつけるものは多いのか?


「あの子が君以外の人間と組むわけがないわ。小春ちゃんは一人で本当に統合階層に到達したのよ。こんな速度でね」

「どうやって?」


 物理的にそれが可能なのかと思えた。四階層と五階層の暗闇。六階層のアラクネ。どれをとっても1人ではクリアするのに膨大な時間が必要なはずだ。


「まあ私たち、あの子はなんか面白くてさ。手伝ってたのは知ってる?」

「あまり詳しくは知りません」

「今の私たちは自分たちの探索より小春ちゃんを優先してる。ルルティエラもクエストの時にね。【実際的な手助け以外ならば神楽パーティーの補助を許す】なんて補足をつけてきたんだよね。まあこんな補足聞いたことないし、神楽も私もみんな結構面白がってるよ」

「中レベル探索者の補助……」


 その内容はどこか俺たちと似ていた。ブロンズから解禁される誰かからの助け。それを揃えられるかどうかもその人の才能の一つと見られているようだ。だがそれをストーンから許すのか。


「まあ私たちが手助けしてもいいって言ってもさ、クエストに応じて制限はあるんだけどね。六階層で【転移石】が名指しで指定された時はびっくりしたわ。『こんなの六階層で渡しちゃっていいの?』って」

「転移石があるとかなりクリアしやすいでしょうね」

「私たちのパーティって1人だけガチャ運がかなりいい子がいるの。それでついつい大判振る舞いしちゃってね。シルバー級の転移石を渡したわ。でも、その分、クエスト難易度は凶悪だったし、あの子でも10回中、9回は失敗すると思った」

「それはまた酷い」


 中レベル探索者の予測は馬鹿にならない。何しろ演算能力が恐ろしく上がっている。その人が10回中9回といえば、10のマス目があるダイスを振って、番号を言い当てるのと同じだ。そして番号が外れたら死ぬと考えた方がいい。


「私達ってさ、正直あの子にかなり情が移っちゃってね。5人とも止めたかったんだけどね。ダンジョンに入れなくなるわけにもいかないしさ」

「じゃあ今榊は?」

「そんなにかからずに統合階層終わるんじゃないかな。あの子『さっさと下に行かないと、絶対六条に置いて行かれる』ってかなり慌ててるし、あの調子だとやっちゃいそう」

「どうしてそこまで?」


 榊はそこまで命がけで、ダンジョンに入る探索者ではなかった。


「“地上の女”なんて絶対にお断りなんだってさ」

「……それは榊らしいですね」


 いわゆる探索者でいうところの現地妻である。俺は3人以上に手を出すつもりはない。今でも自分の許容量を超えている。榊は分かっている。実際それ以上望んでいるわけでもない。ただ少し変わった性格をしている。


 榊は置いていくしかないと思っていた。優秀なやつだからきっといい探索者にはなる。ただ進む道は違う。だが、どうやら向こうは同じ道にいるつもりらしい。


 ルルティエラは伊万里ではなく、榊を用意しようとしていた……。


 そう考えたことがあった。榊が努力し、ダンジョンで勝利を勝ち取っていることに違いはない。だがルルティエラは道理など気にせず、自分の定めたルールだけを守りつつ、榊を押し上げようとしている。そのようにも見えた。


「榊に伝えておいてください」


 俺はルルティエラに逆らわない。ルルティエラにどんな思いがあったとしても、その顔も知らなかったとしても、ここまで俺を押し上げた存在。その思惑から、今更外れる気はない。伊万里のこと以外に関しては従う。


「何を?」

「『何も期待に応えることはできないが、29日以内にブロンズエリアに来ることができれば、レベル200にすることができる。だからそれまでに来い』って」

「29日か……。ふふ、分かった。伝えておくね。じゃあちょっと急いでるから」


 澪さんは首都高速の出口の分岐点で、高速を降りて消えていく。それを見送って俺も、池袋のところで降りた。そして自分の自宅マンションを通り抜ける。買っただけでほとんど住んでいないマンション。


 その近くにある池袋ダンジョンショップに到着した。

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― 新着の感想 ―
>榊小春。残念ではあるがレベルはまだ50を超えていない 6階層のレベル限界が42なので、「まだ40を超えていない」とした方が良いのかなと
小春っちやるな 評価を上げざるを得ない
[良い点] 更新頻度高いのはありがたいです [気になる点] 摩莉佳さんは嫁の貰い手がない100歳超えだったのでは?
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