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第百七十九話 猫寝様②

「お館様、いけませぬ! 我らのようなブロンズごときに貴族が頭を下げるなど!」

「そうだよ。いや、その、僕はかなり心を読まれるのが嫌なんだけど、そんなことをされて頼まれたら困るんだ。これで断ったら僕が疚しいことでもあるみたいじゃないか」


 2人ともかなり狼狽していた。


「2人が頷いてくれるまで私はこの頭を上げない」

「うぬぬ」

「いや、だから、困るんだよ」


 久兵衛と土岐は本当に困り果てた顔になる。2人ともいつまでも猫寝様に頭を下げさせるわけにはいかない。かと言って心を読まれることは自分の全てをさらけ出すことだ。それをどこの馬の骨ともわからない俺にする。


 それは只管に嫌だろう。俺だって別に男の心の中を読んで楽しむ趣味はない。第一はっきり見えるのはクリスティーナの方で俺にはっきり見えるわけではない。だからって、それをこの2人に説明しても意味はない。


 とにかく心の中を見られることは疚しいところがなくても嫌だ。だが猫寝様は頭を上げてくれない。貴族ということは歳はかなり上だと思うが、見た目は小さい女の子。正直、俺まで動揺した。俺の方が妥協をするべきかと思えた。


 でも武官に裏切り者がいる。局長さんがはっきりそう言ってた。万が一にもこっちに上手いこと入り込まれたら、人数の少ない俺たちは一瞬で終わりだ。だから、俺がするべきことは、まず仲間を信用できる人間だけで固めることだと思った。


 それにはこの条件を飲みそうなほど、追い詰められている探索者に協力を求める。100%相手を信用するためにはそれしかなかった。猫寝家はちょうどその条件に合致している。窮地に立たされ、こちらがそれを回復する提案もできる。


 やはりここは妥協できないと頭を振った。二人は結論を出せず黙り込む。時間だけが流れる。猫寝様は動く気がない。きっちり頭を下げたままだった。


《これって大丈夫……》


 嫌な汗が流れてきて、思わず摩莉佳さんに【意思疎通】を送った。


《このクエストはこちらも命がけだ。お前の言葉通り、相手が絶対裏切っていないという保証が今回のクエストには必要だ。しかしまあ……》


 摩莉佳さんも動揺しているのがわかった。貴族が頭を下げている。この国の貴族は元は普通の探索者である。生粋の貴族でない以上、土下座のハードルは低いかもしれない。しかしそれをされる探索者は生きた心地がしなかった。


 こんな女の子でも怒らせれば、こっちなんて簡単に殺せるのだ。そしてそのプレッシャーに耐えきれなくなったものが出た。それは、


「……分かった。分かったよ。心を読ませればいいんだろう。一度だけでいいんだよね?」

「も、もちろん!」


 俺もその言葉にすぐに頷いた。


「ただし、僕の心を読んだとしてもその内容は誰にも一言も絶対に言わない。それだけは約束してくれよ」

「分かった。それは約束する」


 俺は土岐に言った。意外にも先に頷いたのは土岐だった。正直、五郎左衆に付いてる可能性があるとすればこの男だと思っていた。だから土岐には断られることも想定していた。しかし彼は頷く。俺はかなり失礼なことを考えていたらしい。


「それで僕はどうすればいいのかな。このまま座ってれば君が心を読むのかい?」

「あ、いや、すまない。準備が必要で今すぐじゃないんだ。少しだけ待ってほしい」

「えぇ」


 今すぐ出来ないことに土岐は顔をしかめた。だが無理なのだ。何しろこれから人工レベルアップ研究所に行って、クリスティーナがレベル200になる手助けをして、それが成功してからだ。本来なら順番が逆だ。


 でも、それだと久兵衛が切腹した後になってしまうかもしれない。さすがに久兵衛が死んだら、猫寝家と手を結ぶことは不可能だと判断した。だから俺のしていることはかなり見切り発車だ。


「僕、できればいますぐに勢いでやっておきたいんだけど。待ってる間に嫌になる……」


 そう言って、土岐は久兵衛が頷かないから、まだ頭を下げている猫寝様を見た。そして頭を振るとため息をついて久兵衛に言った。


「あのさ久兵衛。今回僕たちは立場が悪いよ。五郎左衆はこの国で蛇蝎のごとく嫌われている。それを壊滅させる誉れはこの上なく高い。彼はこの案なら別のところにも持っていけるかもしれない。

 それを僕たちのところに持ってきてくれた。そしてこれが叶えば僕たちは猫寝家筆頭のまま、お館様を支え続けることもできる。もちろん僕たちがここで断っても、おそらく彼らは僕たちを仲間にせざるを得ないだろう。

 でもそんな不安定な信用のもと、一緒にこんな命がけの仕事をするかい? 彼らもここに来たのは命をかけてるんだよ。このまま嫌がって彼らが妥協してくれることを待つのは、君にしては不誠実じゃないかな」


 土岐が言ってくれた。そうなのだ。実際ここでこの2人にこの案を断られたとしても、俺はこの秘密を漏らしてしまった以上、この2人を仲間にするしかない。力ずくで心を読むなんてことが、猫寝様がいる以上できない。


 そのことも理解した上で、土岐は今回のクエストを円滑に進めるために頷いてくれたようだ。思った以上に感情よりも今後の展開まで予測した理性が優先される。そういう決断だった。


「……それは、うむぅ」

「君がなぜ頷きたくないのか分かるけどさ。君の心の中が分かるのはお館様じゃないんだ。六条なんだから別にいいじゃないか。ちょっとぐらい君がお館様へのあれやこれやの思いがあったとしたってさ。それがお館様に知られるわけじゃないんだよ」

「そうだ久兵衛。あなたが私を普段どれだけ頼りないって思ってるかなんて、私には伝わらない。だいたい私にはその自覚があるし」

「……」


 何かよほど嫌なのか久兵衛はなかなか返事をできずにいる。しかしいつまでも女の子に頭を下げさせているというのも居心地が悪かった。


「……分かった。分かりもうした。それで良い!」

「久兵衛。じゃあ!」


 猫寝様は顔を上げて笑顔だった。


「切腹はやめておきまする。シルバー級への道が断たれたわけではないのなら、猫寝家の面目も保たれましょう。だが、六条。分かっておろうが、それがしの心を読んで何が分かってもその内容は秘密だぞ」

「もちろんです」

「もしその口が滑れば、それがしはお主を後ろから刺すかもしれん」

「えっ、いや、まあ大丈夫ですって」


 俺の顔は引きつったが、それでもそんなこと人に言いふらす趣味はなかった。ともかく土岐と久兵衛、この二人を仲間とすることはできた。俺はこれを探索局に申請する必要があるが、その内容は伏せられる。


 摩莉佳さんが近藤家を離れたことも、公には伏せられている。知っているのは局長だけだ。だからこの一件が終わるまで摩莉佳さんが局長への連絡役にもなってくれる。局長は今回、このクエストを誰が引き受けているのか表沙汰にしない。


 表沙汰にするタイミングは俺たちに任せる。そういう形で協力してくれていた。それだけでもかなりありがたかった。そして、俺の今回の“本命”が残っていた。残念ながら久兵衛と土岐が協力してくれても戦力として不十分だ。


 だが戦力として期待できる人が1人いる。


 俺は可愛くて小さい猫耳の女の子を見た。


 貴族は全てルビー級。


 だとすれば、この女の子は、俺が狼牙戦で大地を抉り取ったアグニの一撃以上のことができる。


「では次のお題に移ってもよろしいでしょうか?」


 俺は久兵衛と土岐、そして猫寝様を見た。


「やはりか……」

「まあそうなるよね。正直、五郎左衆の相手をするなら、僕たちが協力したぐらいじゃ焼け石に水だもんね」


 そして久兵衛と土岐も猫寝様を見た。この2人も俺たちの本当の目的を理解してくれているようだ。つまりそれも踏まえて悩んでいたのだろう。それは、自分たちがシルバーへ登るために、この女の子を駆り出すということなのだから。


「どうしたのみんなして、そんなに一生懸命私の顔……、何か私の顔についてる?」


 猫寝様が自分の顔をペタペタとさわる。その仕草が可愛い。本当に強いんだろうなとちょっと不安になる。


「お館様。先ほどから口調が戻っておりますぞ。ただでさえ可愛すぎるのです。それでは威厳もへったくれもあったものではありませぬ」

「あっと、そうであった。で、なんの用か?」

「用があるのはそれがしではありませぬ。六条。はっきり言え」


 久兵衛がもうその覚悟も決めたのか、俺に先を促した。


「はい。えっと、猫寝様。今回のクエスト。本当に仲間として入っていただきたいのは“あなた”です」

「私?」


 猫寝様が不思議そうに首を傾げた。


「はい」

「え……でもそんなことしたら五郎左衆は逃げてしまうんじゃないの?」


 猫寝様が言う。事件ファイルを見て一番目を引いたのは、とにかく五郎左衆の逃げの姿勢だった。必ず逃亡に向いたものが仲間として帯同し、武官の影が見えればすぐに逃げる。


 この五郎左衆、貴族を怒らせないように気をつけているが、それでもあまりの非道な行いに貴族を怒らせたこともある。でもそういう時は、その怒りが止むまでその地域には全く現れなくなる。


 そして他で悪さを始める。その過程で何人かは捕まり処刑された。しかし主要メンバーが捕まらず、構成員の数も相変わらず多いままだった。ブロンズのことはブロンズにというルルティエラ様の決めた約束事。


 つまるところ基本的にどんな犯罪にも同じ力同士のもので対処する。力が変わらないからこそ対処が難しい。それは地球で言うところのテロリストに手を焼く国のようだった。


「五郎左衆が逃げなくするための俺たちです」

「……どういうこと?」


 猫寝様は考えるのが苦手なようだ。レベルが上がると知能が上がり処理能力が上がる。しかし判断能力が向上するかどうかは、人によってかなり違うらしい。久兵衛はため息をつき口を開いた。


「お館様、六条はこう言っているのです。六条がこの件を引き受けてお館様が協力する。そうすれば、確かにこのクエストは無茶なクエストではなくなる。もしこれを引き受けたのがどこぞの大貴族のレベル200ならば、五郎左衆はあるいは上位者の協力を最大限に警戒するでしょう。だが六条達はこの階層に来たばかり、上への伝手もない」

「お、おうなるほど六条は賢いね。いや、うむ。もちろん分かっておったぞ」


 多分この人を甘やかした存在がいる。俺は久兵衛を見た。


「唯一可能性があるとすれば近藤局長だが、探索局ならば見張りの目はいくらでも紛れ込ませられる。近藤局長では動けばすぐに知れ渡る。そしてそれが無理となれば、他に頼る。それは日本の探索者だが、あちらでは今かなりの騒動が起きていると聞きまする。たかがブロンズの探索者のために、大八洲に構っているどころではないでしょう」

「なるほど。そうなると五郎左衆もこの者たちに対しては油断するか」

「おそらく……。六条たちは目を見張るスピードでレベルアップをしておりますが、5人だけではどうにもなりますまい。と、向こうは思うでしょう」

「そこで私が一発ドカンとやるわけだ」

「うまくいけばです。おそらく一度やれば向こうは上位者の存在に気付く。その一度で絶対修復不可能なほどの打撃を向こうに与えねばなりませぬ。ですからそのような場を六条達が準備できるかどうかです」

「他人事じゃないよ久兵衛。僕たちもそれをできなきゃいけないんだよ」

「うむ、それはその通りじゃ」

「まあ細かいことは良い。六条。それは大層面白そうじゃ。ではそなたたちはその死力を持ってそうじゃな……10km圏内に五郎左衆を集めてみせよ。さすればたとえどれほどの逃げ足を持っていたとしても、この私が全て殺し尽くしてやろう」


 そう言葉にした時に猫寝様から、感じただけで意識が飛びそうなほどの気配を感じた。やはり恐ろしく強いことは間違いないようだ。


 ともかく猫寝様から快諾が得られて、ようやく1つだけ肩の荷が降りた。まだ五郎左衆を相手取るまで準備がいる。俺と摩莉佳さんは詳しく段取りを説明していく。


 まず、今回の俺たちのクエストを巡り、本来なら責任を取って切腹していないとおかしい久兵衛は、そのまま死んだと世間的には発表してもらうことになった。


 そして土岐は連絡役として、第三層に常駐してもらう。


 リーサルウェポンである猫寝様はしばらく、久兵衛が死んだことを悲しみ、屋敷の中で臥せっていると噂を流すこととなった。

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― 新着の感想 ―
久さんの召喚獣誰もぶっころしてなくて良かったね ネコ姐さんがチンピラ狼のことで不和にならないといいけど
猫姫様好きだったから出番増えて嬉しいなぁ 猫圧すごくてわろた。10kmマップ兵器www 流石ね
[良い点] ルビー級こわいこわい 10Km圏内なら逃げられないってやばいって [気になる点] …アグニの持ち主はこの騒動中に間に合って、場をかき乱しに来るのだろうか
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