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第百七十八話 猫寝様

「おお! そうか! うむ、よく来た入れ!」


 気のせいなのか可愛い女の子の声。それが精一杯背伸びして偉そうな喋り方をしている。ともかく促されて召使いの人たちが障子を開けた。


「土岐、このような時に客人を通すとはどういうつもりだ!」


 鬼のような形相で、白装束を着て、手に短刀を握る完全に死ぬ気満々のおじさんがいた。そして俺たちと目が合う。カッとその目が開いた。そういえばこのおじさん怖い顔してたなと俺は思い出した。


「お主たちは!」


 こちらを見てその怖い顔が驚きに包まれる。


「えっと、お邪魔します」


 かなり場違いな気はするが、摩莉佳さんとともに俺たちは修羅場の中へと入った。そして久兵衛の横に座るようにと促されて、久兵衛に睨まれる。すごく座りにくいと思いながら、腰を下ろした。


「よく来たな六条。待っておったぞ」


 俺が自分の家臣の一人を殺したのに、その猫耳のついた女の子は他のものより1段高い畳の間でどうしてかニコニコしていた。もしかすると狼牙はあまり好かれていない家臣だったのかもしれない。


「お館様。どうしてこのようなものを屋敷へと招かれたのですか!」

「こ、これ、私に怒るでない。客人の前ぞ」

「それはそうでござるが……うぬぬぬ」


 久兵衛は自分が死ぬの死なないのよりも、俺たちの存在が気になって仕方がないようだ。


「まあ久兵衛聞け。この者たちから私はなかなか魅力的な話を聞いたのだ」

「何を……たとえどのような話であれ敵対者を家に招き入れるなど」

「久兵衛。敗者は勝者に従うものであろう。貴族同士の戦でも、敗者の貴族は勝者の貴族に従うものだ。違うか?」

「それは……。ですが負けたのは我らです。お館様ではありませぬ」

「ああもう久兵衛うるさい!」

「またそのような女の子のような喋り方。ただでさえ威厳がないというのに」

「ええい、お主は負けた! 大人しく処分を待って黙っておれ!」

「むっ」


 そう言われると久兵衛は正直に黙った。どうにもこのハゲかかったおじさん。かなり融通のきかない性格らしい。


「では六条。聞かせてもらおう。キークエストを失敗した我が家臣。それが再びシルバーへと至ることができるという道筋があると聞いたのだが、それは誠か?」

「えっと、誠でございます」


 横で摩莉佳さんが俺のなれない敬語を面白そうに見ている。やめてくれ。話しにくいから。


「ほお、して、その内容は?」

「はい。というのもこの度、えっと、俺は翠聖様からクエストを授かりました」

「ほお……もはや言葉も出ぬ。翠聖様がクエストを提案してくださるなど……」

「珍しいのですか?」

「かなり珍しい。あの方はこの世に飽いておられる。ここ100年は何も目立った動きをされておらぬ。私もルビー級になり、貴族の就任式の時に一言声をかけられたのみよ。それがブロンズのものにクエストとはな。実に羨ましい」

「お館様。そのような口の聞き方は身分卑しきものがする言葉にございます」

「久兵衛うるさい。黙っておれと言うたであろう」

「むっ」

「さて、六条。では翠聖様より出されたというクエストを聞かせてもらおう」

「はい。それは……五郎左衆壊滅のクエストでございます」

「ふむ、そうか……え?」


 それまでなんとか威厳のある雰囲気を保っていた猫寝家のお館様は、俺の方を見て年頃の女の子らしく目をぱちくりさせた。だが、


「お主、今なんと言った?」

「五郎左衆って……」


 驚いてこちらを見てきたのは久兵衛と土岐だった。摩莉佳さんは土岐にもまだ詳しい内容を話していなかったらしい。


「五郎左衆壊滅のクエストでございます」

「バカを言え!」


 久兵衛が叫ぶ。黙っていろと言われたおじさんは黙っていられなかったようだ。それにしても久兵衛と猫寝様の喋り方はそっくりである。きっと少しでも威厳が出るようにと思って、可愛い女の子が怖いおじさんを真似たんだろう。


「あのクエストは翠聖様が武官から取り上げられたのだ! ならば翠聖様直臣の中でも最も優秀と言われる柳生家が引き受けるのが筋! 柳生家ならば相当優秀なレベル200が存在するはず! お主のような半人前になぜそんな大任が任される! いくらなんでもまだレベル200には至っておるまい!」

「今はレベル160ですね」

「うぬぬぬ。もうレベル160! それがしの数十年に及ぶ苦労が!」

「ふえー。ちょっと信じられないね。いくら君たちが“地球人”だと言っても、ブロンズエリアを1年以内に余裕で通り過ぎちゃう気? いや、あのクエストって確か1ヶ月の期限だよね。成功すればブロンズエリア1ヶ月で終わり?」

「理解できぬ……。なぜそうまで違う」


 久兵衛と土岐がこちらを信じられないものでも見るように、見てきた。そして、それはお館様も一緒だったようだ。見た目的にはどう考えても可愛い女の子が、可愛い声で口を開いた。


「悪いことは言わぬ」


 こういう言葉遣いを可愛い高めの声で言われると、余計可愛く見えてしまうのだが大丈夫だろうか。多分威厳を保とうとして使っていると思うが、その企みは成功していない。


「その方、嘘ならばすぐに言い直せ。本当ならばそんなクエストは断れ。そのような無茶、さすがに断ったからといってシルバーになる道が絶たれるとは思えぬ」


 猫寝様の言葉はその通りなのかもしれない。でもシルバーへの道は断たれることがなかったとしても、間違いなくレベル1000に至る道は途絶えると思えた。


「どうして俺が断るのですか?」

「決まっておる。私の家臣を見事打ち破ったその実力。ただ死なせるにはあまりにも惜しい」

「お言葉ですが猫寝様」


 とは摩莉佳さんが口にした。


「この者はそのクエストを決して断ることはありません」

「なぜじゃ。普通にやれば死ぬぞ」

「普通にやらねばいいのです」

「邪道を行くと?」

「戦に邪道などありません。寡兵で大軍に勝つのです。むしろ邪道こそ正道でしょう。ましてや相手は犯罪者。正々堂々などとやる必要は一切ありません」

「うむ……」


 そう言われて猫寝様は少し考え込んだ。


「確かに伝え聞く五郎左共の悪行……。子供を盾にしてシルバー級を殺したこともある。嫁を奪い。娼館で働かせ、男は見世物小屋に入れて手足を切り落としたとか。探索者のいない街で住民を皆殺しにした上に木にくくりつけておいたとも」

「もっとひどい内容もありますよ。ちょっと口じゃ言えませんけどね。とにかく探索者の力を他人を苦しめ貶め嬲ることに使う。そこに快楽を感じる。そういう輩の集団だと言います」


 それは土岐が言った。


「聞いてるだけでもうんざりするような話ばかりよ……」

「だから、奴らを相手にこちらが正道など行く必要はありません。ましてやこちらは武官ではない」

「武官では面目上できぬこともできるか……」

「幸い此度のクエストは制限が一切ありません。このものの裁量次第で支度できる最大戦力を持って一気に五郎左衆を壊滅する手筈でございます。やつらも裏社会での面目を保つため、レベル160のこの者から逃げることはできますまい」


 今は俺も摩莉佳さんも、【天変の指輪】での変身を解き、元の姿へと戻っている。さすがにこんな交渉をする時に変装したままというのはあまりにも失礼だった。そのメガネをかけた摩莉佳さんを猫寝様が見た。


「……その方は近藤家のものだったな」

「此度の戦に参戦するため、お家からは暇をもらいました」

「なるほど……。あの家を去るか」


 そう言われると猫寝様はこの話がいよいよ本当のことだと思い出したようだ。所属している家を去る。それだけ摩莉佳さんの行動には真剣な思いがあった。


「今はこの者のパーティーの末席に席を置かせてもらっています」

「うむ……。どうやら世迷い言ではないようだな。となれば、本当にそのような重大なクエストに切腹寸前の私の家臣を加えてくれるか? 分かっているだろうから言うが、そのクエスト。参加を希望する武官はいくらでもいるぞ。摩莉佳のように自分の家に暇をもらってでも、あの者たちを殺し尽くしたいという武官も探索者も多かろう」


 猫寝様は、今度は俺を見てきた。今回の話について嘘はないと信じた。でもなぜ自分たちの家なのかと聞いてきた。五郎左衆。世間から恨まれるどころではない集団。俺は言葉を選びながら答えた。


「それでは無理です。正直、俺は最初ゴールドの契約書を使って、仲間を集めたらいいと思いました。そうすれば相手が裏切らない保証にもなりますから」

「ふふ、なるほど。この国の常識を知らぬ人間の思いつきそうなことだな」


 猫寝様は俺の言葉に怒った様子はなかった。


「ええ、摩莉佳さんにそれを提案したら丁寧に断られました」


 この国の人間にとって、ガチャから出てくる契約書による束縛は禁忌らしい。どうもガチャから出てくる契約書は、普通の交渉で使われるものではないそうだ。摩莉佳さんは言っていた。



『それはからくり族や罪人を相手に使うものだ。そうでないものにそれを使用すると言えば、決して破ることのできない約束を一生することになる。それは、お前の国で言ってみれば、いわば「奴隷になれ」と言っているようなものだ。さすがに私もそれには同意できない』



 そう言われてしまったのだ。米崎がジャックと契約書を交わしたと聞いていた。しかし契約書にサインしたのは大八洲の人間ではなくジャックだからだ。ジャックだからOKした。この国の人間なら、たとえ死んでも頷かなかったそうだ。


「ではどうする?」

「俺は猫寝様が五郎左衆と繋がりがあるとは思えません」

「であろうな。私にはあれと組むメリットがない。それに、おぞましい話だが、あれと繋がりがあればもう少しあくどくうまくやっておる」

「でも久兵衛と土岐を信じきることは難しいです」


 特に土岐についてはほとんど知らない。久兵衛は疑うのが難しいほど真面目に見えるが、土岐はそうじゃない。隠れて何かをしていたとしても別に不思議じゃない。またそう思えるぐらい五郎左衆はあちこちで犯罪行為を犯していた。


「ですので一度だけで構いません。心を読ませていただけませんか?」

「「「心を読む?」」」


 猫寝様、久兵衛、土岐の声が重なった。


「え? あなた……じゃない。お主、そのようなスキルを持っているのか?」

「いや、お館様。それは悪名高き魔眼の女のスキルのはず……」

「あれを殺したのって確か六条だよね?」

「まさか! ひょっとしてお主、魔眼病からスキルを奪ったのか!?」

「え? ちょっと待ってよ久兵衛。そんなスキル存在する?」


 猫寝様が普通の女の子みたいに喋りそうになる。どうも彼女はそちらの方が喋りやすいらしい。


「詳しくは説明できませんが俺には人のスキルを奪うようなスキルはありません。ただ……色々あってそれと似た形になっています。その能力を使いお二人の心の中を読み取ることができます。ですからそれを使い、お二人の心を一度だけ読ませてほしいのです」

「……むむ」

「心を読まれるの?」


 2人がかなり難しい顔になる。契約書にサインをするのも嫌だけど、心を読まれることだってかなり嫌である。ただ俺ならば、それでシルバーに行く道が開けるというのならOKする内容だと思った。実際、摩莉佳さんもそれにはOKしてくれた。



『私の心を知れるのはお前だけなのか?』

『いえ、正確にはその能力を受け継ぐ女の子がいます。その子と俺の2人だけということになります』

『……そうか。いや、ううん……』



 かなり考え込んでいた摩莉佳さんだが、それで弟と妹の仇が打てるのならと頷いたのだ。どうやらこの国の人間は心を読まれることについては契約書ほどのマイナスイメージがないようだ。ミカエラが持っていた能力である。


 この国でも、他にも誰か所持している探索者がいるのかもしれない。


「久兵衛、土岐。私はルビー級だから多分この子たちのスキルじゃ心を読まれない。でもそうじゃなかったら私の心も見せていい。久兵衛が死ななくてよくて、土岐もそれでシルバーになることができるなら、それぐらいしてもいい。だからお願い。2人とも、どうかこの件を引き受けてほしい。私は2人とまだまだ一緒にいたい。心からそう思ってる」


 猫寝様は久兵衛と土岐に向かって、1段上の場所から降りてきて、正座をして頭を下げた。この国の人間にとって土下座をする。それはかなりの意味合いがある。いや日本でもこんなことをするのはかなり覚悟がいる。

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