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第百七十七話 責任

 俺と摩莉佳さんは美鈴たちとは別行動で、とある場所を目指していた。美鈴たちはドワーフの行慶さんから預かった野球ボールほどの黄色い玉を使って、ドワーフ工房を目指している。だが、ここで問題になったのが伊万里だ。


 伊万里が翠聖都の外に出る。そのことがどれほどのリスクになるか計り知れなかった。そのため色々考えた結果、伊万里は【天変の指輪】で俺の姿になって美鈴達とともに行動することになった。


 久兵衛たちの時はサファイア級の【天変の指輪】を利用すると、向こうの戦力強化も許可される可能性が高かった。だから全く使わなかった。でも今回は相手の方が戦力が圧倒的に上である。おまけに相手は犯罪者である。


 向こうには報酬すらないのだ。戦力強化が許されるなどという状況になるわけもなく。【天変の指輪】を積極的に使っていこうということになった。


「しかしお前も大胆なことを考えるな」

「そうですか?」

「そうだ。普通は敵対した相手のところになど行かない。敬遠して然るべきだ」


 摩莉佳さんと俺は現在とある人物を訪ねようと空を飛んでいた。【天変の指輪】で男になってもらった摩莉佳さんと元の魅力値の俺とで、摩莉佳さんが俺を後ろから背負って飛んでいるのだ。


 摩莉佳さんの背中に翼があることは伊達ではない。


 空を飛ぶのは俺が飛行石を使うよりも速かった。この摩莉佳さん。その言葉に嘘はなかったらしく黒桜を通じて局長と喋った俺は、このクエストの間、仲間になることを了承していた。局長はこう言っていた。



『摩莉佳が五郎左衆と繋がっている可能性か』

『そうにゃ』

『なるほどお前たちからすれば当然の疑惑だな。俺は考えもしていなかったから、そのことについては配慮が足らなかった』

『うんうん、近藤は気が利かないやつにゃ』


 まあこれで局長が『仲間にするな』と言うようなら、摩莉佳さんも俺たちのところに来ないだろうが、俺たちはこの人を何も知らない。信用できるネタは積み重ねておくべきだ。


『100%とは言わん。だが裏切る可能性は限りなく低いだろう。何しろ摩莉佳は五郎左衆幹部・木阿弥に弟と妹を殺されている。どちらもかなり悲惨な状態で死体が発見された。犯行現場の状態から、木阿弥の拷問を受けたものと思われる』

『ええ、ひどいにゃ』

『目的は摩莉佳だ。俺のそばで情報を抜いてくれる存在が欲しかったようだ』

『それに引っかかったら近藤間抜けすぎー』


 俺は二度と黒桜にこういう役目をさせないと誓った。


『くく、その企みを実行する前に、俺に露見し、摩莉佳が救出に急行したがすでに死んでいた。自殺だったらしい』



 その死体の処分は摩莉佳さんがしたらしい。2人の死体を誰にも見せたくなかったのだそうだ。局長はそれで信用しているそうだが、死体を誰も見ていないのならば俺の疑惑は残った。それで、摩莉佳さんに直接もう1つだけ条件をつけた。


 それも摩莉佳さんが了承したので、信じることにして、今は一緒に動いている。場所は、


【翠聖都・第二層】


 別名貴族領。時代劇などに出てくる天守閣のある城が各地に点在している。ここに住むのは翠聖様の家臣貴族たちである。翠聖様は長く生きている神様だけあり、仕える貴族は多く、その数六八。


 各家に与えられる土地の広さは、その貴族の強さに比例する。


 東京都丸々入る土地を所有している貴族もいれば、猫の額ほどの土地しかないという貴族もいるらしい。俺が目指している場所はその中でも弱小貴族。猫の額ほどの土地しかないと言われる貴族の家だった。


「翠聖様の家臣なんですね。神様が貴族を束ねてるんだ」

「どの神にも所属していない貴族も多いぞ。貴族になること自体は、どこかの神に属さなければいけないわけではない。そういう貴族の半分は、ルルティエラ様直属という形になる。まあルルティエラ様はクエスト以外で貴族と関わったりしないので、ルルティエラ様直属と言っても本当に形だけのことだ」

「じゃあそれも一つの勢力圏なんだ」

「そういうことだ」


 摩莉佳さんにこの国の情報を聞きながら、マークさんの昨日の首尾はどうだったのだろうと気になった。マークさん本人に聞けばいいのだが、もしダメだった場合失礼になると思う。そうすると聞けなくなるのが俺だった。


 貴族が住む街ということで、自然のままの光景はなく銀杏の街路樹が綺麗に並んで整備され、巨大な花畑や、湖、どんな建物1つとっても、かなり考え抜かれて建てられているものだとよく分かった。


 それにしても摩莉佳さんは男の姿がよく似合う。今回のクエストでは摩莉佳さんこそが、身バレしてはいけない。だから男の姿になってもらったのだが、もともとしゃべり方が男みたいだったこともあり、とてもよく似合っていた。


 ただ、幾ら男の姿でも、摩莉佳さんに持ち上げてもらうことはマークさんに遠慮があった。そんな俺を摩莉佳さんは無視した。今回のクエストに対して並々ならぬ意気込みがある彼女は、



『何を遠慮している。期限は1ヶ月しかないのだぞ。どんなこともできる限り素早く終わらせるべきだ』



 そう言われては何も言えなかった。心の中でマークさんに謝りながら、後ろからしっかりと抱きしめられる。元が女の人で、あの厳しそうな顔つきを思い出すと、色々と来るものがある。今は男なので着物に袴を着ている。


 だから気にするなと頭に言い聞かせる。俺のどうでもいい懊悩など顧みられることもなく、俺たちはそれほど時間がかからず目的地へと到着した。摩莉佳さんに地上へと降ろされて前を見る。大きな木の表札に寝ている猫が彫刻されていた。


 これがこの家の家紋らしい。その下に【猫寝】と字で書いてある。どうやって声をかけるのか? 大きな門の前で、チャイムがなくて分からずに戸惑い摩莉佳さんを見た。


「貴族との面会は完全に予約制だ」

「予約……取ってないんですけど」


 背中に冷たいものが流れる。とにかく当たって砕けろの精神ではダメらしい。


「私が先に訪問内容を伝え、約束をとってある。私たちがここを訪ねればすぐに出てくる手はずだ」


 聞けば予約したものが訪れると自動でそれが認識されて、召使いへと伝わるらしい。昔風に見えるのに全て最新式なんだ。俺がそんなことを考えている間に、それほど待つこともなく門が両開きに開いていく。待ち構えていたのは、


「や」


 ドワーフの土岐だった。俺の腰ぐらいまでしかない身長、小学校1年生ぐらいに見える茶髪の男の子。それまで敵対して、仲間を一人殺した俺に対して敵意をむき出すわけでもなかった。ただ自然体で手を上げて挨拶をされたのだ。


「あ、えっと、この度は俺の“提案”に乗ってくれたことを感謝します」


 そして俺は頭を下げた。敵対しているととことん強気になれるようになったが、敵対していない相手に対しては未だに弱気が出てしまう。


 俺が提案したこと。


 それは()()()()()()()()ということだった。クエストが終わった直後に米崎に提案し、彼が面白がって、



『君ならきっとうまくいく』


 などと調子に乗せてくれた内容だった。なぜそう考えたかといえば黒桜から『武官は任務に失敗すると切腹する』という話を聞いたことがあったのだ。それを聞いた時にそれはもったいないと俺は普通に思った。


 これほど文明が進んでいるのにどうしてそんな前時代的な風習が残っているのか。そう考えて、米崎にそのことも聞いてみた。そうするとあの男は結構親切に教えてくれるのだ。


『確かに前時代的ではあるね。ただ武官にとって任務の失敗は、将来性を断たれるということでもある。特にキークエストになってくると、失敗すれば二度とチャンスは回ってこない。そうなればそのものは終わりとも言える。実際は終わりじゃないけどね。そう考えるのがこの国の人間だ』


 それでもいまいち理解できない考え方だった。ここまで生き残った人が、自ら死ぬ。命がけで頑張ったのにって思ってしまう。そんな俺に米崎は、猫寝家のお家事情というのも教えてくれた。それは久兵衛が猫寝家で一番の家臣だということだ。


『久兵衛が序列で一番上の家臣?』

『別に珍しくないよ。弱小貴族にはよくあることさ。大貴族に優秀なものはほとんど行っちゃうから、残された優秀じゃないものの中でブロンズ以上の家臣を持てるかどうか。それもこの国の貴族にとっては結構重要なことだったりする。それこそゴールドの家臣なんていれば威張り散らせるよ』



 米崎はこの国について一体どこまで調べているのか。そんな関心を抱きながら、ならば余計に、猫寝家にとって久兵衛たちは大事なのではないかと考えた。そこから俺の提案は発生していた。


「はは、堅苦しいのはいいよ。僕は君の提案に価値があると思ったしね。まあ連絡を受け取ったのが僕で良かったよ。僕以外の人間だったら、あ、いや」


 そのまま門の中へと通された。玄関までずらっと召使いが並んでお辞儀してくれていた。それほど大きい貴族ではないと聞いていたが、それでもかなり仕えている人は多いようだ。


「まあ僕以外の人間と言っても、君に狼牙は殺されちゃったし、久兵衛も切腹して責任取るつもりだし、僕しかいなかったんだけどさ」

「ああ、えっと」


 こういう時なんと言うべきか俺はわからなくて言葉を探した。


「恨み言じゃないさ。君たちが抵抗するのは当然。そして格下だった君たちが策を練るのも当然。最後の地面をえぐりとったあの超高熱の何かがどうやってやったのかは知らないけどさ。これが選ばれてるってことかって正直思っちゃったな。僕、狼牙の死体を探す気も起きなかったよ」

「……」

「やはり、お前は恨み事を言いたいのか?」


 俺が言葉を返せずにいると摩莉佳さんが言葉にした。


「いいえ、もちろん違いますよ。正直感謝してます。狼牙はいろいろ問題行動が多くてね。久兵衛はともかく僕は結構ムカついてたし、あっちの方が年下なのに死ぬほど偉そうにしてくるしさ。僕の頭をポンポン叩いてくるんだよ。そういうことされるのって僕大嫌いなんだよね」

「そんなことで死んでもいいと思うのか?」

「そりゃそこまで思わないけどね。ま、狼牙は生え抜きのうちのパーティーメンバーじゃないんだよ。だから僕の思い入れも少なくてね。正直代わりになるアテもいる。それよりも代わりがいなくて困るのが久兵衛だよ。あの頑固オヤジ。召喚獣を使えるから大体なんでもできるしね。できれば僕たちは失いたくない」

「それなら」


 俺は自分の提案が受け入れられるかと思い口を開いた。


「ああ、詳しい話はこれからだけど、お館様はかなり乗り気だ。だって久兵衛の奴、こっちの言うこと聞かないんだから。お館様がなんとか助ける理由をひねり出そうとしてるのにさ。真面目腐った顔で『それがしには死んで泣く家族もおらぬ。だからこそ一人で責任を取る』の一点張りなんだよ」

「はは……」

「それで本気なの? 僕たちにはメリットが十分ある。でも君たちは僕たちを信用できるの?」

「ええ、まあ、そっちにこちらの条件を呑んでもらう必要はあるんですけど」

「……条件か。何?」

「後で話します」

「ふうん。怖いな。まあいいや入りなよ」


 俺が貴族領に入る許可がもらえるのに1日。お役所仕事のように遅くなかったのは助かるが、それでも時間は過ぎている。あと29日だ。屋敷の中へとあげられて廊下を歩いていく。


 久兵衛は今にも死のうとしているらしく、このままお館様との面会だそうだ。翠聖様と思われる銅像が建立されているのを見ながら、寝ている猫の置物があちこちにある庭を見て、そして実際に猫が何匹かいる姿を見つめる。


 あのふてぶてしい黒桜を連れてきたらどんな反応をしたんだろう。と思いつつお館様の部屋へと通された。


「なりませぬ。このような失態を犯し、誰も責任を取らぬなど聞いたこともありませぬ!」

「しかし、久兵衛。猫寝家の1番の家臣はお前ぞ。それが死んだらどうなる。我が家は終わりぞ」

「終わりませぬ。若い者は育ってきております。シルバーになる道を断たれた我らよりも、そのものたちがまたこの猫寝家を盛り立てていきましょう!」

「いや、しかし……」

「しかしもかかしもありませぬ。上に立つ立場のものならばさっさと潔く『切腹せよ』と言いなされ! さあ!」


 中からただ事ではない騒ぎが聞こえてくる。内容からして今回のクエストに失敗したことによる責任問題をどうするかということらしい。戦国時代でも大きな戦に負ければ誰かが責任を取る。


 だがそれは決まって上からあまり好かれていない家臣である。上から好かれている家臣は、大きな戦に負けたからといって死んだりしない。適当に理由をつけて、処分が見送られることは戦国時代でもよくあること。


 そして、どうやら久兵衛は好かれているらしい。


「お館様、予約のあったお客人が参られました」


 中は絶賛修羅場の最中という感じだったが、土岐はそんな空気を読むこともなくしっかりと明瞭な声で、邪魔をした。

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― 新着の感想 ―
≫久兵衛たちの時はサファイア級の【天変の指輪】を利用すると、向こうの戦力強化も許可される可能性が高かった。だから全く使わなかった。 証拠を押さえられるようには使ってない。という解釈でいいんですかね?…
ジャッくんも誘って田中談義しようぜ
[気になる点] > 久兵衛たちの時はサファイア級の【天変の指輪】を利用すると、向こうの戦力強化も許可される可能性が高かった。だから全く使わなかった。 【天変の指輪】はガッツリ使ってませんでしたっけ?…
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