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第百七十四話 温泉宿

 伊万里はニコニコしてる。ストーン装備がようやく全て揃いそうなところまで来ているのだ。そりゃニコニコ顔にもなるというものだ。それと合わせてブロンズ装備が2個である。


 揃いでなくなるとバフが消えるのはもったいないが、それもストーリーが解放されれば解消される悩みだ。おそらく伊万里の専用装備の出方は、ガチャ運3では確率的にも最もありがちなパターンなのではと思われる。


 ガチャは基本的にガチャ運通りの結果になりやすい。というのも確率は収束されるからだ。一度だけならガチャ運と違う結果が出ることがあっても、ガチャは何度も何度も回すものであり、その度にガチャ運通りの運試しをする。


 だから回せば回すほど確率に従うようになり、ガチャ運から大きく違った結果というのは出にくい。探索者のほとんどはガチャ運3で、次に多いのがガチャ運2だ。その次がレアなガチャ運4で、大抵の探索者はこの範疇に収まる。


 ガチャ運1は超レアで、その上ほとんどのガチャ運1は探索者を諦めるから虹装備を持っているものは本当に少ない。そして最初の時点でガチャ運5があったという話は誰からも聞いたことがなかった。そう考えるとやはり、俺のガチャ運は、


「それにしてもよ。こうして全員のガチャの結果を見ると、改めて祐太のガチャ運が異常だって思うな」


 再びマークさんに言われた。俺のガチャ運は異常だ。自分でもそう思う。なぜこんなに当たりばかり出るのか、気味が悪いほどで、今回もそうだ。ブロンズガチャでは余計な白カプセルが出てこなくなったから、なおのことそう感じる。


「本当ね」

「外れよりも当たり方が多かったもんね」


 全員の視線は俺の“装備”に集まっていた。今回のガチャで最も目を引いたアイテムは【明日の手紙】でも【アリスト】でもない。また気になりながらもみんな無視して、ついにこれが出てしまったかと思えた【避〇薬】でもなかった。


「揃っちゃったね」


 そう。


「ああ、そうなんだよな」


 あまりにもあっさりと揃ってしまった。


「なんだかさ。美火丸よりも簡単に揃った気がしない?」

「まあうん……実質24時間だしね」


 みんなは俺の姿に注目していた。それはストーン装備よりも高級感があり、そして迫力が増した。


「全部出ちゃったね。“焔将(えんしょう)”さん」


 美鈴の言葉通りだった。俺のガチャから全ての“焔将の専用装備”が出てしまったのだ。それは見た目で言えばそこまで変化がなかった。色も赤が基調だし、美火丸の見た目がグレードアップしたというような印象だ。


 しかしその性能は桁違いである。バフが驚きの+780なのだ。それに加えて美火丸のバフも入るから+1080になる。つまりバフだけで主要な6ステータスが+1080になる。これを俺のステータスに+すると素早さが、


【3642】


 という2000代を軽く超えてしまう数字になる。


「やっぱガチャ運6はバグってるな。祐太、お前一対一なら多分ブロンズではもう負けないぞ」

「いえ、それはないですよ」

「そうか? 俺はあると思うけどな」

「マークさん。ガチャ運4ならブロンズエリアでブロンズ装備を揃えられるやつはいるかもしれない。そしてそいつは多分レベル200ですよ。つまり俺より高いステータスってことです。それに五郎左衆は一人じゃありません」


 俺のこの性能でも最高峰のレベル200。例えばミカエラなら1対1でも負けはしないものの勝てないと思う。今から考えると最初の手加減してなかったミカエラは、それぐらいの気配を放っていた。あの時のミカエラはマジで怖かった。


「何よりも恐ろしいのは向こうの人数だ」

「まあ確かに……人数分のガチャコインだってあるだろうしな」

「そうです。油断大敵」


 少なくとも250人分のガチャコインだ。ブロンズアイテムだって、かなりの種類を持っているはずだ。


「ストーンエリアと同じだと思ってたけどダンジョンのルールについても、明らかに違う部分があります。これなら勝てるなんて油断して考えていたら、即行で殺されますよ」

「うむむむ。そうか。こんな馬鹿げたステータスのやつが他にもいるとはちょっと考えたくないが、確かに油断したらダメだよな」

「そうです。そして意地でも全員で生き残るんです」


 マークさんにそう言いながらも俺も油断してしまいそうになるのを戒めた。あまりにも急激にレベルが上がりすぎた。正直俺もこれなら勝てるだろうと思った。でも勝って当たり前のはずの久兵衛たちを俺たちが負かした。


 油断していいのは敵だけだ。味方には絶対して欲しくない行為だ。得することは何もない。ダンジョンでは勝てる要素をいくつも積み上げるのだ。でなければ俺は大事な誰かを失ってしまうかもしれない。


「さすが祐太だ。伊達にここまで生き延びちゃいないか。棚ぼたで力を手に入れた俺とは違うな。じゃあマリカに五郎左衆の引き継ぎのとき、ダンジョンルールの確認もした方がいいな」

「そうね。そもそもダンジョンの中にこんな大きな国があるってこと自体が異常なのよね。ずっと下までダンジョンが続くものだと思っていたけど、ここまで変わっちゃったのよ。敵もモンスターではなく人間だし」

「よく考えたら、これって人間と本気の殺し合いにも当然なるよね。かなり覚悟が要りそうだな」

「そうかしら?」


 美鈴の言葉にエヴィーは意外にも首をかしげた。


「だって人間だよ」

「狼人間は殺してるじゃない。ガーゴイルだってほとんど人間と同じような知能だし、オーガだって殺したんでしょ?」

「それはまあ」

「ストーンエリアにいたモンスターたちは、ほとんど人間と同じよ。【翠聖都】ではモンスターの住人だって普通にいたわ。そう考えたら私たちはもう殺してるのよ。人間をたくさんね」

「うっ、まあそれもそうだけどさ……」


 エヴィーの言葉は確かにその通りだった。モンスターにも優しいやつもいたりして、殺しにくいことだってたくさんあった。特に美鈴は大鬼を殺しにくかったはずだ。それでも美鈴は覚悟を決めてやるのだ。


 ともかくガチャゾーンにいつまでもいても仕方がない。引き継ぎはもう終わっただろうか。摩莉佳さんに会いに俺たちは探索局に戻ることにした。



 探索局に入るとすぐに、摩莉佳さんから、


《私はそこにいない》


 という【意思疎通】が入った。どうやら局長は本気で探索局内にも、五郎左衆に味方をしているものがいると考えているようで、


《そこでは話もできない。だから局長がお前たちのために宿を取ってくださった》


 と摩莉佳さんが話してきた。どこにいるかは分からない。引き継ぎの話が決まった時に、摩莉佳さんと【意思疎通】の連絡先交換はしているから、どこか見えないところから連絡してきているようだ。


《宿?》


 およそダンジョン内では全く縁がないと思っていた単語が出てきた。でもどうやらブロンズエリアでの探索者のほとんどは、定宿を取って、そこから探索をするらしい。ブロンズエリアに来てようやく24時間を過ぎようとしていた。


 そこでようやく俺たちは、ブロンズエリアではまず休む場所を確保するのだと知った。そう。どうやらこのエリアは野宿が当たり前ではないようだ。まあよく考えたらどう考えても宿があるのにどうしてそこに泊まらないのかという話だ。


《そんなものを利用するんですね》


 摩莉佳さんから説明されて感動してしまった。


《お前たちのようにレベル160になって、そんな基本を教えることは滅多にないがな》

《はは》

《まあいい。ともかく局長が取ってくださった宿は貴族でなければ予約できない高級宿だ。周囲の防衛をしているのはシルバー級のもの2名。この2名も局長の子飼いの探索者だ》

《そこまでしてもらっていいんですか?》

《構わない。局長からの言付けだ『今回の件がお前たちの手に渡ったのも、こちら側の不手際でもある。詫びの印だ。ここを今回のクエスト拠点とするといい』とのことだ》

《じゃあ話もそこですると?》

《そうだ》

《どこにあるんですか?》

《転移門を使ってこい。【翠聖兎神の大森林】とは違う場所だ》


 指示された建物に移動するように言われた。それでも何もせずに探索局から出てくると怪しまれるとのことで、念のために俺たちは適当な討伐クエストを1つ請け負うことになった。そうして偽装工作をしてから外に出てきた。


 偽装用に受けたクエストだが、このクエストも後でちゃんとこなしておかなければいけないらしい。というのも五郎左衆は、武官が自分たちの事件から手を引いたことで、次に誰が出てくるのか見つけようとしているそうだ。


《だから、五郎左衆の討伐中に別のクエストも偽装工作で請け負うと?》

《そうだ》

《スパイにでもなった気分ですね》

《ふふ、しっぽを出すなよ。知らぬ間に一人ずつ殺されるぞ》


 摩莉佳さんの言葉はなんの冗談にもならなかった。なんだか心臓がドキドキしてきた。ブロンズエリアに来てクエストの難易度間違えてないかというようなことが多い。15歳の少年による犯罪組織の撲滅。



《——なんか怖くなってきた》


 宿の場所を聞くと摩莉佳さんからの【意思疎通】が切れ、俺は思わずマークさんに愚痴った。この【意思疎通】もさっきの【意思疎通】も当然のように米崎から教えられた暗号通信を使っていた。


 摩莉佳さんから戦闘禁止区域でも暗号を使うように言われたのだ。ということは戦闘禁止区域でも【意思疎通】を【盗聴】してくる奴らがいるということだ。


《ああ、これを祐太に任せるんだな。もっと自分たちの中でいいやついなかったのか?》

《そうですよね。無茶振りがすぎますよね》


 心底そう思う。『翠聖様も全く何を考えておられるのだ』と向こうの人の気分になって心の中で言ってみた。俺たちは【転移駅】に到着すると指示された通り【桃源郷】行きの転移門を探し、


【転移駅の利用にはお金が必要となります。これより向かう先は壱岐(いき)州・桃源郷雲仙温泉駅行きとなります。料金は42,740貨。引き落としを許可しますか?】


 いつもの女の人の声を聞きながら、お金を支払った。


「桃源郷か」

「この名前で犯罪者の巣窟とか皮肉がきいてるね」

「全くもって」


 転移門が向こう側へとつながる。その光景に目を輝かせた。場所の情報にと電子ガイドブックを買って、おのぼりさんを装い、ポカンと口を開け、実際におのぼりさんのようになる。何しろ目の前に広がる光景はとても美しかった。


「へえ、こりゃ凄い」

「うわー! でっかいどう!」


 転移門をくぐるとそこは湯の町であった。卵が腐ったような湯の花の匂い。それがとてつもなく広い規模で広がっている。地平線の先まで湯気が立ち上っていた。ガイドブックによれば日本の本州がすっぽり入り込んでしまうほど広い温泉街らしい。


 そして俺たちが向かうように指示されたのは、転移駅から20㎞ほど離れた場所にあるかなり大きめの温泉宿だった。俺とマークさんは黒桜に乗り、エヴィーと美鈴と伊万里はラーイに乗って空を飛ぶ。


「祐太」

「何ですか?」

「探索者っていいな! くーデビットにも見せたかったぜ!」


 空を飛んでいることにサングラスをかけたシークレットサービスみたいな筋肉マッチョが、うっすら涙を流している。ちょっと怖いと思ったのは秘密だ。


「はは、そうですね」


 まあ空を飛ぶ力一つとっても手に入れるのは命がけなのだが、それは言わぬが花であろう。俺たちと同じように空を飛んでいるものも結構多い。エヴィーのような召喚獣を持っている人も、相当数いるらしく、中には空を飛ぶ蛇もいた。


 ここは自然も何もかもが人間が全て造ったものらしい。はるか先に臨む標高10kmに及ぶ富士山のような山。富士山そっくりであるが富士山じゃないのは見れば分かった。何しろどう考えてもでかい。ここはなんでもビッグサイズだ。


 標高10kmにもなればかなり息苦しいはずだが、ガイドブックによれば息も普通にできるようになっているらしい。色々綺麗だったり雄大だったりして目に楽しい街だが、その実態は科学の力全開でゴリ押しでリメイクされた街らしい。


「ほえーこれを全部造ってるんだ」

「うん。ガイドブックによればそうらしいよ」

「やっぱりダンジョンの中に宇宙はないのかしら」

「さあ、その辺がよくわからないよなー」


 あまりに美しい光景にここに何をしに来たのか忘れそうになった。俺たちは空でワイワイと楽しく話し合いながら、ゆっくりと目的地に到着した。かなり大きな日本家屋。ここが言われた温泉宿だ。


「うわー。エヴィーが泊まってた宿より高そう」

「確かに」

「いくらするのかな」

「まあ値段を聞くのは無粋じゃないの」


 俺たちはおっかなびっくり門をくぐる。敷石を踏んで、1泊いくらかかるんだろうというような温泉宿に到着した。天井は様々な絵画が描かれた格天井。高そうな一枚板の踏み台。柱は5寸柱で無地物が使われていた。


 中に入ると檜のいい香りがする。間違いない。ここは高い。と思いながら、さっと教育が行き届いていそうな、品のいいきつね耳の女中さんが迎えてくれた。


「ご予約はありますか?」


 きつね耳の女中さんからまずそう聞かれた。


「えっと、松倉伊蔵という人の紹介なんですけど」


 それは昔、局長さんが偽名として使用していた名前だそうだ。一泊の車で帰ってきて値段は聞かなかったけど10万貨は確実にしそうだ。俺たちがかなり難易度の高いクエストをこなしたことはすでに有名になっているそうで、あまりケチな宿に泊まらない方がいいらしい。


「ああ、松倉様のご紹介ですね。こちらでございます」


 からくり族と思われるキツネの耳を生やした女の人。歳の頃は30前後。こちらを若干怪しげに見ていた。貴族の宿にブロンズのものが泊まりに来るなどないのだろう。とはいえ、俺はそれよりも、そうか。こうなるのか。


 と思った。こうなることを全く予想していなかった。俺の感覚ではダンジョンの中にいるのだから、ゆっくり宿をとってそこで寝泊まりする。そんなことをすることはないと思っていたのだ。何よりものんびりする気分ではなかった。


 それなのに局長さんは多分()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その意味は分かってる。3人の方をちらっと見ると、こちらも不意打ちだったようで、どうしようかと戸惑っているようだ。


 だが悩んでいても部屋には案内される。案内されると丁寧にきつね耳の女の人が、ドアを開けてくれた。中に入ると襖があり、和室の部屋には布団が2つ並んで敷かれていた。部屋数は3部屋もある。


 隣には豪華な料理が6つ用意されていた。さらに向こう側には個人で使える露天風呂まで完備されていた。


「ユウタ、まあ頑張れ」


 何を頑張るのかマークさんから肩を叩かれた。余計なお世話である。

ちょっと私事が立て込み更新間隔が落ち気味になってしまいました。

落ち着いてきたのでそろそろ戻ると思います。


毎月19日はチャンピオンREDの発売日です。

今月も【ダンジョンが現れて5年、15歳でダンジョンに挑むことにした。】が好評掲載されています。

叶先生の綺麗な絵による美鈴の二人の姉、そしてついにエヴィーも出てくるので、是非楽しみに読んでくださいね。


次の月はちょっと単行本作業があるので休載です。

また今月読んでくださった方は、再来月まで楽しみに待っててくださいね。

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― 新着の感想 ―
専用装備の開放はメリットしかないように見えるけど、システムさんは何で確認してくるんだろうね 単純に見るタイミングのためだけなのか、デメリットもあるのか
[一言] 寸と尺を間違えていそうな予感 5寸くらいなら普通です。
[一言] セット装備そろうのはやすぎて笑う
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