第百七十一話 局長屋敷
「五郎左衆か……」
目の前には局長さんがいて、滅多なことではそんな顔をしないと思うのに難しい顔をしていた。
「厳しいクエストですか?」
場所は以前報酬とクエストをもらった。局長屋敷だった。その大広間では、相も変わらず桜が咲き誇り、ししおどしの音が響く風流な空間だった。エヴィーは日本のこういう空間が嬉しいのか目を輝かせている。
伊万里はよほど局長が怖いのかさっと俺の後ろに隠れて出てこない。まだ俺を頼ってくれているのだと思って逆に安心している自分がいる。いつもそうだ。伊万里が頼ってくれたから、俺は頑張れるのだ。
「思っていた以上に……」
局長さんは考え込んでいた。
「局長。はっきり言われたらどうでしょう」
後ろに控えていた摩莉佳さんが言う。背中に翼を生やしたメガネの女性。相変わらず厳しい目つきでこちらを見て、メガネをクイッと直した。
「ううん」
「私から言いましょうか?」
「いや、いい」
難しく考え込んでいた局長さんが顔を上げた。
「六条」
「はい」
「今回のクエストに関してだが、俺が予想していた中で一番厳しい。正直俺の予測では、高確率でお前たちは全滅する。ただ矛盾したことを言うようだが、お前たちだからこそ達成する可能性がある」
「ええ……」
どういう意味だろうか。この人が言うのだからかなり引き受ければ全滅する可能性が高いのだろう。だがそれでいて俺たちならばできるという。
「まず説明するが、五郎左衆の問題は大八洲の武官が組織的に請け負って対処しているのだ。武官側にも死者が何人も出ている。武官からすれば、今更手を引きたくない案件だ」
「なるほど……」
「だが、ことに当たっていた武官に対し、つい先ほど翠聖様が引けと命じた。公には秘密にされているが、お前たちがそれを引き継ぐことになる」
「ちょ……ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「いや、国が組織的に引き受けていたことを俺たちだけでやるんですか?」
日本で言えば警察が担当していた事件を、民間人が引き継いだみたいな無茶苦茶な話である。まあ探索者というものは個人が、暴力機関そのものである。普通の一般人ではないけど、それにしても無茶ぶりがすぎないだろうか……。
「そうだ。当然、無茶苦茶だと思ったな?」
「思いました」
「俺も思う。ただこれは俺の推察になるがな。一応そうする理由はあるのだ。というのも、武官側はもう3年もこの五郎左衆という犯罪集団を追い続けている」
五郎左衆って、犯罪集団なのか……。
「だが、武官は目立った成果を出せていない。そのせいで、翠聖様が桃源郷の爺様に相談されていた。そしてお前に頼むことを決め、武官組織の武官庁から無理矢理、仕事を取り上げてしまったというわけだ。これにより武官庁の面目は丸潰れ。秘密とはいえ関わる人数が多すぎて、秘密にはしきれぬ。すぐに周りは騒ぎ出すぞ。誰が代わりを引き継ぐのか。とな」
「……五郎左衆って、そんなにやばい人達なんですか?」
「構成員250名。ブロンズ級の犯罪組織としては世界的にも最大規模だ。全てレベル150~200だと思っておけ。日本の探索者もかなりこれに加担している。シルバーに行く目がなくなった輩も多いが、シルバーに行けるのに行かずに享楽的に犯罪行為を楽しんでいる。まあそういうかなりタチの悪いやつらだ」
これはまじもののやばい人たちでは? 構成員と聞くとイメージ的にヤクザを思い浮かべる。だがそれとも違う。ブロンズ級の探索者が250人もいるとなれば、もうほとんど軍隊と変わらないような戦力である。
「どうして潰さないんですか? その……失礼な言葉になるのかもしれないんですが……」
「ブロンズ級以上がいないのならば、俺がやれば一発じゃないのかと言いたいんだろう?」
こちらの心を読んだように言われて頷いた。
「ルルティエラ様はな。極端な不平等をたとえ犯罪者相手でもお許しにならないのだ。たとえそれが犯罪行為であってもブロンズのことはブロンズが解決するという方針だ。まあ貴族にちょっかいをかけてくればその限りではないが、奴らもその辺は分かってる。貴族が出てきそうなことには手を出さないし、貴族を見ればとっとと逃げる」
「ずる賢いんですね」
「頭目の名は組織名にある五郎左だ。こいつはやばい。本当に女子供でも平気で殺す。ついた称号が【達磨の五郎左】。相手を殺す時に相手の手足をもぎ取ってから殺すのだ。情などかけらもない……」
「あの、質問していいですか?」
美鈴が何か気になったようで口を開いた。
「構わん。できる限り聞いておけ」
「その……そういう犯罪者の集団でも、私たちを殺せとかいうクエストが出てるんですか?」
美鈴は私たちと言ったが、本当は勇者をと言いたかったのだろう。犯罪者の集団なんかに勇者殺しの依頼が出ているとすれば、正直かなりやばい。
「ああ、それはない。大昔にはそれも許可されていたそうなのだがな。その結果、犯罪行為が蔓延し、いくつかの国が滅びたらしい。以来、ルルティエラ様も、そういう輩への報酬は中断されたそうだ」
まあそうだろうな。むしろ許可されていた歴史があるのか。つまり今回、勇者殺しの依頼が五郎左衆には出ておらず、伊万里が特に危ないというわけではないのか。考えていたらエヴィーが口を開いた。
「つまり伊万里が狙われるわけね?」
さすがエヴィー。そういうところははっきりさせる。俺は伊万里の手前、言いにくかったから助かった。
「……それを言い切れん。ルルティエラ様は勇者となれば意地でも殺そうとする。ひょっとすると通常では出ないことなのだが」
「出るかもしれない?」
「いや、おそらくその律は破らんと思うが……」
どうにも局長は歯切れが悪かった。ひょっとするとこの人なりに伊万里に気を使ってくれているのかもしれない。
「はっきりとお願いするわ。私たちはそれをちゃんと知っておかなければいけない」
「そうだな。おそらく、正式なクエストは出さないであろうが、なんらかの方法を用いて、必ず五郎左衆の目標を勇者に向けるだろう」
「では勇者殺しに懸賞金をかけるとか?」
「その類だと思っておけ。とにかく東堂の身の回りは気をつけることだな」
「もう一つちゃんと確認。私たちの目標はどこまで?」
エヴィーがいると俺と同じぐらいしゃべってくれるから助かる。アメリカ人的には男に任せて女が決まったことをやるというのは、格好悪いのだろう。
「五郎左衆の壊滅だ。全て誰一人生き残らせず殺してしまえ。遠慮はいらん。違法薬物、違法賭博、強盗、殺人、婦女暴行、奴隷商売。違法取引。あげだせばきりがないほど死んでも仕方のないようなことをやり尽くしてきたやつらだ」
「殺さない選択は?」
俺はもうかなり薄れてきたが、エヴィーも美鈴も伊万里も人殺しはかなり躊躇しそうだと思った。マークさんは問題ないと思うが、250人も殺すとなると精神的にもかなり辛い。
「捕らえても構わんかな。どの道こちらで殺す。ちなみに奴隷商売というのは、日本人も含まれる。そこにいる白人でもいい。珍しい人種ならなんでも扱う。大八洲国ではからくり族以外の奴隷は禁止されている。まあ要は殺したところでなんの問題もない奴らばかりと思っておけ。それと五郎左衆には懸賞金がかけられている。下部構成員が1000万貨。幹部が3000万貨。上級幹部6000万貨。五郎左が1億貨だ。殺しても懸賞金は変わらんから安心しろ」
それはすごい。こなせば金銭的にもかなり潤うことになる。しかし、
「……少し準備が要ります」
思った以上に闇の深い案件だ。考えていた以上にちゃんと対策を取らないと、このままの戦力なら間違いなく全滅なのだろう。局長は米崎のことも知っている。それを入れても無理ということか。
「だろうな。今のままでは全滅する。それを忘れるなよ」
「肝に銘じます」
「ねえ、どうしてこれが私たちならできるの?」
こそっと美鈴が聞いてきた。
「女。疑問があるなら堂々と聞け。俺はお前たち全員としゃべっているつもりだ」
「え、えっと桐山美鈴です。あの、局長さんは武官では無理だけど、私たちならできるかもしれないって思ってる部分もあるんですよね?」
「そうだ」
「それはどうしてですか?」
「まあ所謂裏社会の論理だ。日本のヤクザというものも同じだろう。警察には捕まらないように工夫をする。だが、それが一般人となればどうだ? 例えば一般人が構成員を殺した。これをそのまま放置するヤクザはいるか?」
「えっと、いないと思います」
「どうしてだ?」
「それは……そんなことをしたら裏社会で舐められるから?」
「そうだ。つまり桐山。お前たちを相手に五郎左衆は逃げん。武官だとどうにも逃げ回られて捕まえることができなかったのだ。しかし、お前たちは今回の報酬をもらってもレベル200にはならん。そんな半人前を相手に逃げたら裏社会の笑いもの。お前たちにやられればやられるほど、相手はお前たちを意地でも叩き潰さなくてはいけなくなるわけだ」
「なるほど……」
美鈴も納得がいったようだが、同時に今回のクエストがどれほどの厄介ごとかも理解した。要はヤクザに喧嘩を売りに行く一般人だ。相手もだけど俺たちも頭のネジがぶっ飛んだやつらということだ。
「納得がいったならばいい。摩莉佳。武官の捜査資料の引き渡しはまとめてお前がしろ。翠聖様の勅命となれば武官庁も頷くだろうが、情報を漏らす阿呆がいるかもしれん。お前がやってこいつらに渡せ。いいな?」
「かしこまりました」
「では今回の報酬を渡しておこう」
局長はそういうと以前と同じようにステータスをオープンにした。そして、
【翠聖都探索局第二局局長近藤勇より申請する。エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクの第一、第二クエストクリアを認める。並びに六条祐太。桐山美鈴の第二クエストクリアを認める。そして、全員の第三クエストのクリアを認める。承認されたし】
【了。全てのクエスト達成を承認。報酬の引き渡しを行います】
それと同時に再び俺の体が淡く輝き、体に新たな力がみなぎってくる。今度はエヴィーとマークさんも一緒だった。俺はそうして自分の素早さを確かめた。いつもこのステータスが一番伸びるからだ。
素早さ:1780→2562(+260)
この時点でレベル100の時の倍近くのステータスになっていた。もう、地上でミサイルより速く走れる。それに専用装備がブロンズでは全然性能が違うようだ。2つの時点でもうすでに+60もある。
以前は2つだと+10だった。それが6倍のバフになっている。それに加えて焔将はバフの種類も加算されたようで2つ増えている。以前までは力、素早さ、防御、器用のみのバフだったが、これにSPとHPを加えて、6ステータスを+するようだ。
「どうだ。ストーン時代とはステータスの上がり幅がかなり違うだろう?」
「ええ、かなり違います。前は1レベルで上がるステータスは多い物でも10ぐらいだったのに、13とか14も上がってる」
「それはストーンでのステータスがかなり影響している。ブロンズでは、だいたい、ステータスに対してレベルで割った分が、次の1レベルごとのアップ値になる。つまり、よいクエストが貰えて、報酬にステータスアップが付いているとこれの加算分がどんどん大きくなっていくわけだ」
「う、うん?」
何言ってるのこのおじさん。みたいな顔で美鈴が、局長を見た。
「桐山……」
局長はなぜか熊の恐ろしい顔をしているのに、優しい顔になる。出来の悪い子には甘くなってしまうタイプのようだ。昔もこういうことがよくあったのかもしれない。
「つまり、お前の素早さがレベル100で1000だとする。その1000を100で割れば10だ。これが1レベルごとのアップ値になる。そして良いクエストでステータスに+100がついていたとする。そうすると、1100を100で割れば11だ。この11が桐山美鈴の1レベルごとのステータスのアップ値だ」
「つまり元になるステータス値が高ければ高いほど余計に次は強くなるってことですか?」
「そういうことだ。だからな。探索者はストーン時代が大事だ。ここで良い結果を出せば出すほど、ブロンズではさらにステータスのアップ値が1レベルごとに大きくなる。そしてブロンズの結果がよければ良いほどシルバーでさらに強くなるということだ」
今までの流れが余計に強化される。これからはますます同じレベルでも強さに差がついていく。俺たちはそのことを改めて知った。





