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第百六十二話 炎帝

 相手の方が手数は多い。一撃一撃の重みもある。だが自由度は俺の炎の蛇の方が高い。次々と炎の蛇は狼人間の腕に絡みついて、


「あつ!」


 それを嫌うように狼人間が腕を引いた。意外と簡単に攻撃が防げた……こんなものなわけがないと思いながら、こんなものであってほしいと願う。だが狼人間が笑っている。空に浮かぶことはできないようだが、巨木の枝の上に立っていた。


「お前弱いだろ?」


 かなり余裕そうだった。


「は?」

「魔眼病を殺したなんて、どうしてそんな嘘をついた!」


【滅砕斬】


 狼人間が右手を横に振り、たったそれだけで巨大な弧を描く衝撃波が俺へと襲いかってくる。


【焔鳥】


 それを空を飛んでいる俺は炎の鳥で迎え撃つ。だがあっさりと破られる。その間に逃げようとしたが追尾してきた。この衝撃波。叩き潰さない限り追い続けてくるようだ。


「面倒な!」


【焔鳥!】


 さらに俺が2つ目を出した。


「この程度でももういっぱいいっぱいか?」


 だが、2つ目の【焔鳥】も衝撃波に破られた。逃げようとするが俺が右に曲がれば右に、左に曲がれば左に追い縋ってくる。それどころかどんどんと距離が詰まってきて焦った。


【焔鳥!】


 そして3つ目でなんとか【滅砕斬】の衝撃波が掻き消えた。【焔鳥】はレベル6まで成長してブロンズスキルになっていた。それでも3回放ってやっと向こうが余裕そうに放ったスキルを相殺できた。これがレベル200か。


 ミカエラの時とは全く違う。向こうに手加減の意図などない。殺そうとしているのだ。レベル200にちょっとでも本気になられるとここまで押される。俺にはミカエラ以上に狼人間がとても大きく見えた。


「まあ、あの話はどうせなんかのラッキーパンチが当たっただけだと思っていたが、どうやら本当にそうみたいだな。こんな程度で【魔眼病】を殺せたとは思えないもんな」


 相手の言ってることは中らずといえども遠からず。実際のところまともな方法では全く勝つことができてない。


「なあ魔眼殺し様よー。どんな姑息な手を使ってあんな化け物女を殺したんだよ?」


 でも策を練って勝ったわけでもない。ただ結果的に俺が勝っただけだ。


「ミカエラを知ってるのか?」

「ふん、【魔眼病】はな。大八洲の武官にお前らと同じように襲われたんだよ。そして1人で4人ぶっ殺しやがった。あの時は大騒ぎだったぜ。しかもその後もだ。あの女は意味がわからねえ。武官の宿舎に殴り込みやがった」

「なんでだ?」

「『友達が傷つけられた』とか言ってたよ。重症で回復不能だったらしい。それにムカついた【魔眼病】は目につくやつ全部の頭を爆発させやがる。全部で12人もあの女にぶっ殺された。あんまりやりすぎて逆にあっぱれだって須佐之男様がお許しになり、『友のために使え』って仙桃まであげたんだぜ」

「そんなこと許されるのか?」


 自分の部下のようなものが12人殺されて、その犯人を許してしまう。普通の軍隊なら反乱が起きそうだ。


「あの方は強いやつが好きだから、それでいいんだろ。それが、たったレベル100のやつに負けたって噂を聞いた時は、なんの冗談かって思ったぜ」

「そうか……でもミカエラは俺に負けたんじゃない。ただそうなったってだけだ」


 あの時のことを詳しく話す気はなかった。


「そうかよ! そう思ったぜ! よかったよ! やっぱりお前は弱くて楽に殺せそうだ!」


 狼人間は手を横に振った。


「喰らえよ弱者!」

【滅砕斬!】


「ふん、単発で勝てないなら数で押す!」

【焔鳥!】


 さらに俺が【焔鳥】を連発しようとして、


「バカか。こっちもこの程度のスキル連発できるんだよ」

【滅砕斬】


【焔鳥】で連発して受け止めようとし、その前に相手が連発した。俺は慌てて【焔将の刀】で受け止める。最初に放たれた【滅砕斬】と合わさってクロスを描いて向かってくる破壊の力。目の前に迫っているのに、目に見えない。


 それでも食らえば体が粉々にされる自分が想像できた。焔将は持ちこたえてくれてるが、俺は力負けして腕が曲がってくる。耐えられない。俺は空でどんどんと衝撃波に押されて上に登っていく。


「それで十分死ぬと思うけどよ。念には念を入れてきっちり殺しとこうか!」


【滅砕五連斬!】


 さらに破壊の刃が無数に向かってくる。


【使え!】


 美火丸が俺の脳内に叫んだ。俺は焔将を両手で持っているから、美火丸まで持てない。その間にも焔将を持つ手が衝撃波に触れて血が流れた。


「さあさあ! 死ねよ!」

【滅砕五連斬!】


 衝撃波が10個合わさる。狼人間からの攻撃が強すぎて、いなすことができなかった。


【私を使え!】


 美火丸がもう一度言ってきた。そしてどういう意味なのか今度は頭にビジョンを送り込んでくる。それはまるで、美火丸が"空を飛んでる"みたいだった。


「そうか!」


 俺は美火丸を首飾りから現出させる。だが俺の両手がふさがっていて、誰も握るものがいなくて、美火丸は空中に現れて地面に落ちていく。それをアウラの糸で掴み、さらに【念動力】で固定する。


 下に落ちた美火丸をこっそり動かして、下から狼人間を斬り上げる。


「なっ!?」


 慌てて向こうがよけた。それとともに向こうの衝撃波が消滅する。そのまま飛び上がっていた狼人間を美火丸が一太刀斬り裂いた。狼人間は腕で庇う。その腕の1/3ほどが斬れた。攻撃が通った。狼人間は慌てて距離を取る。


 美火丸で追い縋るが追いつけない。狼人間が巨木の枝に着地した。


「くそっ! 変な技使いやがって!」


 狼人間はポーションを飲んだ。斬った腕がすぐに回復してしまう。俺はといえば呼吸が荒くなる。こんな短時間動いただけなのにひどく疲れる。初っ端から【韋駄天レベル3】を使い続けていた。


 本来ないはずの力のせいか、体がスキルに追いついていないようで、呼吸が苦しい。


「今ので死んどけば一番楽なのによ! 小賢しい抵抗をするな!」


 相手が怒る。俺は狼人間からしたら、弱いはずだ。瞬時に殺せてもおかしくないはずが、傷を負わされてしまった。


「狼人間! お前レベル200の割には大したことないな!!」

「はあ!? この程度で調子に乗るな!」


 狼人間から力の集中を感じる。


「装備スキル開放!」

「装備スキル開放!」


 ここまで予想通り。格下を力でねじ伏せようとして、その格下が力で応えたら相手はどうする。きっと余計に力でねじ伏せたくなる。


「【魔天に響け!】」


 狼人間が力ある言霊を叫ぶ。俺は今まで一度もSP100以上を消費してしまうスキルを放ったことがなかった。しかし使う段階になって、SP100を超えるスキルには言霊が必要だと頭に響いた。だから俺も叫んだ。


「【蜘蛛の糸! 華咲け! 我が敵を死に誘え!】げぼ! げぼ!」


 だが全て唱えることができずに口から血が流れた。


「偉そうなこと言ってその程度かよ! 小僧、"贔屓でもらったすごいスキル"を唱えようとしてるみたいだが無理っぽいな! 死ね!」

狼竜哭(ろうりゅうこく)塵滅(じんめつ)!】


 相手の拳からスキルが放たれる。翼の生えた巨大な狼が俺に向かって襲いかかってきた。


「げぼ! げぼ!」


 俺は言霊の途中で口から血が流れて止まらない。体中から力が抜け落ちる。自分のキャパシティを超えたスキル。口の中の血をごくっと飲み込んだ。目の前に狼の竜が迫る。俺は必死に最後の言葉を叫ぶ。


糸華死縛陣(しかしばくじん)!】


 翼の生えた巨大な狼は口を開いて俺に襲いかかる。しかし、こちらも唱えた結果は凄まじかった。巨大な蜘蛛が現れ、そこから放たれた糸が綺麗な花の形になる。翼の生えた狼がその花を喰い破ろうとした。


 2つのスキルが激突した。


 空中で拮抗する。


 何か狼人間は驚いているようだった。だが俺はそれどころじゃなくて、空中で体に力が入らずに地面に落下する。大森林の巨木に引っかかり、何度も枝にぶつかりながら地面に叩きつけられた。


 体中が震える。一方で花は咲き誇り、狼竜を包み込む。空中で2つの力がぶつかり合って衝撃波が巻き起こる。それでも無残にも糸の花が翼のある狼に喰い破られた。


「くそ……逃げ……」


 なんとか飛行石で飛んだ。こいつの方が強い。純粋な力押しに持ち込んだが、それでも、当然のように負ける。だが俺はこれでいいと思った。


「生意気なんだよお前! どうしてお前のスキルと俺のスキルがちょっとでも釣り合った!」


 糸の花を喰い破り、地面にぶつかった狼が破壊の力をぶつける。まだ俺はこの攻撃から逃げ切れてない。逃げないと"次に行けない"。でも逃げられないと悟る。


【鉄隔壁】


 それごと体が吹っ飛ばされた。大森林の巨木が薙ぎ倒され、巨大なクレーターが出来上がっていた。全てが終わった時、体がバラバラになるほど痛みを感じポーションを震える手で飲む。


「ふ……防げた」

「むかつく! "お前も選ばれてるっていうのか"!」


 相手がかなり腹を立てているところを見ると向こうも最強のスキルだったのか。2つとも化け物じみた威力だった。それでもまだ俺の方が負けてる。なのに狼人間は今のスキルに耐えられただけでもショックだったようだ。


 だが一度スキルを唱えただけで、死ぬんじゃないかと思うほど体への反動が強い。狼人間はそうじゃない。疲れている様子は見えたが、俺みたいに血を吐いたりしていないし、ポーションも飲んでない。


「まあいい。お前が俺より弱いのは変わりない」

「そうだな」


 でもこれでいい。小細工をすると思っていただろう俺が真っ向勝負に出た。そのことでこいつは意地でも力でねじ伏せることにこだわるはず。


「魔眼殺しよ。次で確実に殺すから教えておく」

「なんだ?」

「そもそもお前はバカだぜ。小娘1人が探索者を諦めれば、誰も死なずに済むってのによ」


 きっとこの言葉は本当だ。伊万里が探索者を辞めれば誰も死なない。


「悪いな。こっちも命がけだ」

「ほんとバカだぜ。お前は選ばれた人間ってやつだろう。でもこんなところで、たかが狼人間の俺に殺されて死ぬんだ。まあ死ぬってことは才能がないってことだ。正直気分がいいぜ。お前みたいにダンジョンに好かれたやつを俺は一度殺してみたかったんだ」

「嫉妬か」

「そうだよ! 俺はお前らみたいなのが大嫌いなんだよ! 碌に努力もせずにすぐにレベルが上がりやがる! 俺が1上げるのにどれだけ苦労してると思う! それをお前は簡単にレベル125だ!」


 やはり鑑定持ちがいるな。マークさんを見張っているドワーフだろうな。


「そいつを俺が正面から殺すって言うんだから気分がいいぜ! 魔眼病が怖くてぶるっちまってた俺がな! 友達が死ぬ! 知るかボケ! 勝手に死ね!」

「へえ」


 俺はマジックバッグに手を入れた。


「これを見て……それでもそう言うか?」


 頼む。逃げるなよ。即行で逃げられたら、俺に勝ち目はなくなる。相手の気を十分に引いた。こんなに弱い俺にちょっとでも拮抗されてイラついて意地になると思った。通常これぐらいレベル差があれば、相手を圧倒しなければ恥だもんな。


 マジックバッグから炎をまとう剣が鞘に納められた状態で姿を現してくる。


「……」


 “それ”を見て狼人間が驚いている。言葉を失っていた。


「伊万里が諦めたら誰も死なずに済むかもしれない。でも、それは、伊万里が探索者を諦めるだけでは終わらない。中途半端にクエストを諦める探索者にダンジョンは、


【出来なかったね。仕方ないわ。そんなに頑張らなくていいのよ】


 なんて優しく言ってくれるのか?」


 一昔前はそういう教育が流行った。頑張ったら精神が壊れるだのどうだの御託を並べて、頑張らないことに頑張るのだ。今ではすっかり廃れてしまった。今では死にかねないようなダンジョンの中に入れというのが主流だ。


 死ぬまで頑張れ。一度でも諦めたらもうチャンスはない。俺が今まで経験してきたダンジョン。そしてルルティエラという存在は、とても苛烈な女神だった。頑張ってその末に出来なければ……。俺なんて無価値だと思うんだろ?


 全く勝手な女神だ。


「お前……そいつを"振れるのか"?」


 一方で狼人間は、俺の持ち物に意識が集中していた。


「逃げたければ逃げろよ。お前の方がやっぱり弱いもんな」

「な!?」

「弱くて負けそうだから泣きながら逃げるならそうしろ!」

「ぐう! 上等だ!」


 持ってるだけでどんどん力を吸い取られていってる。俺は剣を鞘から抜いた。


【誰だ……】


 そして声が聞こえた。それは確かに意思を持っていた。そして自分自身の怒りで燃え狂っている。自分が主を負けさせたこと。それが腹立たしくて仕方がない。強烈に浮かぶのは天使の姿だった。その存在を燃やし尽くしたいと思っている。


【お前はなんだ?】


 そして聞かれた。


《六条祐太》


 その剣は全てが揃っているわけではないのに意思を持っているようだった。そして俺は【意思疎通】を送ってみた。


【知らぬ名だ……我を持っているだけでも倒れそうなか弱きもの……我を離せ……。お前には資格がない……最低限も足りない】


《せめて一振り力をくれ》


【握ることを許さぬ……触れるな!】


 握っていた右手が燃え上がった。炎帝はあまりにも弱い俺に握られているだけでもプライドが許さないようだ。まして使うことなど絶対に許さないという感じだ。


「は、はは! 馬鹿だろお前! どこでそんなもの手に入れたのか知らないけどよ! それルビー級だろ? お前なんかには100万年早いんだよ! 手が燃え切って使い物にならなくなるぞ!」


《今一瞬一度だけ力を貸してくれ……そうしたらお前をいずれ主の元に帰してやる……》


【主の元へ……】


 俺のその言葉に少しだけ【炎帝アグニ】からの反発が和らいだ。


《本当だ。それに力を貸してくれるのは一度だけでいい》


【主の元へ……メト様……私が情けないばかりに……か弱き者……お前はそこに届いていない】


《いいや、俺は必ずそこに行く》


【本当か?】


《ああ、本当だ》


【嘘だ……お前はあまりに弱い……。いや、しかし……燃え盛る系譜を感じる……メト様…………】


 しばらく返事がなかった。狼人間は俺が手に持つものを見てまんじりとも動けずにいる。


【一度だけでいいのだな?】


《ああ、一度だけだ》


【……か弱きもの……死ぬなよ】


 俺は剣を振り上げた。炎の火柱が天に向かって高々と吹き上がる。それが輝く朝の太陽と調和して大森林を照らし出した。


「馬鹿野郎! 手を離せ! マジでやばいことになるぞ!」

「狼人間。本気で来いよ。中途半端なことすると本当に塵も残らないぞ」

「……つ、付き合ってられるか!」


【我の前に立ちはだかり逃げるとは愚か……唱えよ! か弱き者!】


 俺は頭に言霊が浮かんだ。


【全ての光の源たる太陽に捧ぐ 燃やし尽くせ 全てを塵に 原初へ還せ】


 気を抜くと、体が燃え上がりそうだった。美火丸とアウラと焔将が、俺が死なないようにと守ってくれている。それを強く感じた。


【か弱き者! 振り下ろせ!】


 最後の言葉は教えられなかった。多分教えてもらって唱えたらその瞬間体が燃え上がっていたのだと思う。俺は、


【炎帝アグニ】を振り下ろした。


 全てが光に包まれた。

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― 新着の感想 ―
ごめん、サイコーにおもろくてかっこいい
こう、無理を通してどうりをひっこめさせるまでの過程がとても上手なので 嫌味とか違和感が全然ないんですよね TUEEEんだけど、冷笑余地ないの本当すっごい
[気になる点] これアグニを返す時にメトと戦うハメになりそうな予感 んで祐太が倒して炎帝アグニを託されるパターン?
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